バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

最後の宴会




毛唐の話し声で、目が覚める。

時計を見ると、また止まってしまっているので、今何時なのかまるでわから

ない。

時間に縛られているわけでもないが、いざ時計が役立たずになっていると、

少々難儀だ。

こまめにゼンマイを巻いてやれば、快適に動いてくれるしろものなので、簡

単に手放す訳にもいかないのである。


今日は、十月最後の日。

日曜日と言う事で、食堂は休みだ。

外に出て、ミルクとビスケットを手に入れ、昼食としながら、二時間ほど手

紙を書くのに費やした。

これからの旅のスケジュールを知らす意味の手紙で、七、八人に出すとなる

と、結構時間も費用もかかってしまうものだと痛感する。

ただ、俺は今ここにいるぞ!って、知っておいて欲しいというのもあるのか

も知れないな。


午後も一歩も外に出ず、北杜夫の「楡家の人々」の本を読み漁る。

日本語に飢えているのかも知れない。

日本大使館の貸し出しカードが付いている所を見ると、大方誰かが借りたま

ま、何人かの旅人を経て、ここにあるのだろう。

それが、どういう経路を辿って、わが手にあるのか、この本だけが知ってい

る。

日が暮れるのも、雨が降り出したのも、また時計が止まってしまったのも忘

れてしまうほど、夢中になって本の中に入ってしまっていたようだ。

本を読み終えて初めて、今日はビスケットを買いに外へ出たくらいで、ほと

んど外出していない事に気づいて、雨の中ではあるが、散歩がてらに日曜日

でも開いているタベルナを探すために、外出する事に決めた。

                        *

ISHとジョセフ・ハウスのちょうど中ほどあたりに、手ごろなタベルナを見つ

けて中に入る。

見ると、おじさんが一人で店番をしている。

        俺「食事・・・出来るの?」

     おじさん「ノー!ここは、午後9時から12時までで、今準備中

         だから後で来い!」

せっかく来たのにということと、何だ日曜日でもやっているところがあるん

だと言う、両方の事を思いながら、坂を下りシンタグマ近くのサンドイッチ

屋に入り、サンドイッチをほうばりながらISHに戻った。


戻る頃になると、ほとんど雨は気にならないほどで、暗くなると木の葉など

が多数落ちているのを見ると、かなり雨交じりの強風が吹いていた事に気が

付いた。

                         *


部屋に戻って、ベッドにあがると、テッシンからの置手紙が目に入った。

テッシン”ジョセフ・ハウスで宴会あり、急いで来てください。”

暗闇の中また歩き出す。

急いで行くが、間に合わず、宴会が終わってしまっていた。

二人の見知らぬ日本人も加わって、和智さん一家も勢ぞろいしていた。

         玲子ちゃん「あら・・・・遅いから、終わっちゃったわ

              よ!」

ワインで酔った玲子ちゃんの声がした。

それでも、丼一杯のぐらいのご飯は残っていて、それに梅茶漬けを振りかけ

て、やっとまともな夕食にありつける事が出来た。

皆、食後のワインがかなり入っていて、玲子ちゃんなどは、「美味い!美味

い!」と言って、いくらでも口に運ぶものだから、口数も多く人に絡んで

は、「良いではないか!」などとのたまう始末。

        和智「女の酔っ払いは、みっともないぞ!」

そういう声にまた絡んでくるのには、閉口したものだ。

”17”と書かれたワインが、数本カラになっている。

”17”とは、ぺチーナと言うギリシャの大衆ワインで、ちょっぴり酸っぱ

い味がして、それ程美味いと言う飲み物ではないが、アルコール度はかなり

のもらしい。

この8号室も、以前ほど活気もなく、相部屋なので、毛唐が一人いると言うこ

ともあって、そんなに遅くまではしゃいでいられないとかで、早めにお開き

する事となった。

         和智さん「明日は、最後の夜なので、もう一度宴会を開

             く事にしようじゃないか!」

そう提案すると、皆もろ手を挙げて奇声を発する始末。

和智さん一家が部屋を出て行った後、それを追いかけるようにジョセフを出

た。

初顔の一人が、酔っ払い女をからかっている中年男が気になり、なんとも後

味の悪い宴会になってしまったようだ。

雨の止んだ夜道を”23歳の別れ”を口ずさみながら歩く。

部屋に戻ると、切れていた電球の玉が取り替えられている最中で、ガウン姿

の女主人が言った。

         女主人「どこへ行ってたの?」

優しい目で問いかけられるので、嫌な事も一度に吹っ飛び、今日一日がすば

らしい一日に変わっていくのがわかって、自然と笑みがこぼれる。

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