バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

日本が消える!





  PM4:00、荷物をまとめる。


 妹達が集まってくる。


 今まで楽しかった日々が走馬灯のように頭を駆け巡ってくる。


    「もう行くの?ひろみも外国へ行きたいな!」


    「・・・・・・・。」


    「洋子に手紙頂戴ね!・・・・・切手欲しいから・・・・

       ね!」


    「切手だけかよ!」


    「そういう訳じゃ・・・ないけど。」



  ホテルの玄関先で妹どもと記念写真をとる。


 親父さんは団体客の出迎えで忙しいらしく、車の中から顔を見せた。


    「もう行くのかい!元気で行ってらっしゃい!またいつでも来

       なさいよ!」


 と、声を掛けてくれた。


「ありがとうございました。本当に長い間お世話になりました。」


「気を付けて行ってらっしゃい!」


「はい!」


 娘さんばかりの所へ、野郎が一匹、親父さんにも嫌がらずえらい世話

になった。



  従業員のおばさんたちが顔を見せてくれた。


 そんな暖かい、見送りを受け港へ向かったのがPM4:30。


 港の事務所で出国手続きと切符の手配をして、ロビーに行くとヒッチ

ハイクの仲間が座っていた。



  30分後、乗船が開始されると人が動いた。


 と、言っても台湾へ行こうとする人は少ない。


 皆が乗り込んだ後、一人玉龍丸に向かった。


 こんな寂しい石垣島の港が・・・・海外への第一歩となろうとは。


 あの華やかな羽田空港とは趣を異にした旅立ちであろう。


 大きな玉龍丸の隣では、これから那覇に向かう小さな沖縄丸が満杯の

人たちを乗せ、見送る人たちもそれに負けないほどの群れをなしている。



  沖縄丸の岸壁では、幾筋もの七色のテープが風に震えながら、

いっぱいに伸びようとしている。


 歓声が上がると、沖縄丸はゆっくりと岸壁を離れ、見送る人達がしっ

かり握っていたテープが青い海へと舞い落ちていく。



それに比べて、我々が乗る玉龍丸は何とひっそりとしている事か。


 乗船すると同時に、船内放送があった。


 全員デッキに集められて、一人一人チェックを受ける。


 乗船している人は少なく、外国人が多く見られる。



かなりの時間を掛けて、チェックを済ませると荷物を部屋に置いて

デッキに出る。


 デッキに出ている人も少なければ、見送る人もほとんどいない。



  デッキから下を見下ろすと、二三組の若者が、沖縄丸の見送り

とは対称的に静かに出港を見守っていた。


 そんな中に、少し離れた場所で二人の女性を見つけた。


 和子とひろみだった。



  船のデッキは相当高く、大声を上げてもなかなか通じない。


 乗船前に和子から貰った五色のテープを上から投げ下ろす。


 物陰に隠れていた二人が船の下までやってきた。


 やっと見送りの格好がついた気がした。


 沖縄丸のあのきちがいじみた見送りはここでは似合わないようだ。



  広い港に四五人の静かな見送りは、未知の世界へ旅立つ俺にと

って相応しいのかも知れない。


 赤・青・黄などのテープが今にも引きちぎられそうに風に震えてい

る。



  ひっそりとした静寂の中で、玉龍丸は三十分ほど遅れてゆっく

りと動き始めた。


 見送りのテープがいっぱいに引っ張られ、一つずつ海の中へ落ちてい

く。


 和子とひろみはそのテープを海に落とさないよう、必死に手繰り寄せ

ようとしている。


 テープの端に”ありがとう”と書いているのに気がつぃただろうか?


 最後のテープが手から離れると、二人はだんだん小さくなっていっ

た。


 両手が大きく左右に振られている。


 それに答えるように、ひろみとお揃いの白い帽子を手にして大きく振

ると、ひろみが飛び上がって笑ったように見えた。



  二人の姿が見えなくなると、つい先ほど別れてきた洲鎌ホテル

が姿を現した。


 みんなで廻った灯台、つい先ほどまでいた山頂が、もう随分昔のこと

のように懐かしく、目に飛び込んで来た。


 洋子は相変わらずホテルのフロントでテキパキと仕事をこなしている

事だろう!


 そこへ和異ひろみが戻り、今夜も夜遅くまで語らう事だろう。


 お世話になったホテルも小さくなり、石垣島も小さくなって行く。


 空は高く、夕日は沈むことを躊躇っているようだ。



  全てが消えた!


 俺の目の中から洲鎌ホテルが、三姉妹が、石垣島が、そして日本が消

えた。


 二度と再び日本の土を踏める約束などしていない、そんな全てが遠ざ

かっていく。


 あれだけ高く広がっていた空さえも・・・消えていくようだ。


 俺の頭から日本が消えていくように、闇が広がろうとしている。


 闇が船を音も無くつつんでいく。



  船内で仲間と合流。


 二段ベッドの並んだ部屋を仲間は占領していた。


 俺は二等船室の広い部屋に移った。


 十名ほどの旅行者達が思い思いに場所を確保している。


 夜ともなると船室とはいえ冷え込んでくる。



  仲間が狭い部屋から移ってきた。


 TVでは”夜の大捜査戦”が写しだされていた。


 船内放送が聞こえてきた。


    「何だって?」


    「夜中に台湾へは入港できないので、朝まで停泊するんだっ

       て!」


    「そんなこと解っているのに夜中に出航するのかい!」


 こんなに近い台湾なのに、何と船で12時間もかかるなて・・・・。



  船のエンジン音がしばらく聞こえていたのは、船員が良い漁場

を探しているのだと誰かが教えてくれた。


 船員達はそうして夜釣りを楽しんでいるのだそうな。


 船のエンジン音が聞こえなくなった。


 目指す台湾・キールン港は目の前に違いない。



  石垣島と沖縄本島、石垣島と台湾の位置関係がやっと理解でき

た俺にとって愉快な出来事だった。


 もうここまで来てしまった、後戻りは出来ない。




     ≪出国 Departed Aug.14.1976 ISHIGAKI 

            Immigration Inspector 日本国≫



  疲れていたのだろう、TVもそこそこに眠り込んでしまってい

た。


 そう死んだように。


 船も海も空さえも闇の中に溶け込んで眠り込んでいたようだ。

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