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“ピアノの音色”

3階音楽室から聞こえてくるピアノのメロディーは近いはずなのにものすごく遠くから聞こえてくる気がした―――


3階から2階の間の階段を下りながら、三宅 有人(みやけ ゆうと)は聞こえてくるピアノのメロディーに耳を傾けていた。
ふと、メロディーが止まった。
そして、代わりに階段を勢いよく下りてくる音が響いた。
おどり場で足を止めて、振り返ろうとしたその時、背中に衝撃が走った。
振り返ると、よく見知った人間が背中にくっついていた。
幼馴染の山西 美鈴(やまにし みすず)だ。

「お前、階段でタックルするのはやめてくれ。俺はまだ15歳の生涯に幕を閉じたくはない。閉じるのなら1人で閉じてくれ。」
「おどり場だから大丈夫!!」
さっきまでキレイな音色を響かせていた人間が騒音を撒き散らしている。
「ったく。」
「有人、もう帰んの?私も帰るからちょっと待ってて。」
「おー、分かった。玄関で待ってる。」
「さっさと行くからー。」
そう言って全速力で階段を駆け下りていった。
俺はその後をゆっくり自分のペースで下りていく。
玄関に着いた時には、もう美鈴の姿があった。
「早すぎだ、バーカ。」
「アンタが遅い。」
「あ、そだ。俺今日寄りたいところがあるんだけど、お前どうする?」
「ついてく~。」
「そう言うと思った。」
俺達は玄関を後にし、目的地へと向かった。

「で、どこ行くの?」
「本屋。」
「何買うの?」
「マンガ。」
「ふ~ん。」
適当な言葉を交わしながら本屋へと向かう。

自動ドアが勝手に開くのを待ち、本屋の中へと入った。
2人の間にある微妙な空気は一体なんだろう。
マンガ雑誌が置いてあるところに向かうと美鈴もあとをついてきた。
本屋自体に用は無いのだろう。
俺は目当てのジャンプを手にとり、パラパラと読み始めた。
美鈴も隣で何かを読み始めた。

「もうすぐ卒業だね・・・そしたら・・・もう・・・」
美鈴がポツリポツリと言葉をつむぎだす。
俺はその続きが聞きたくなくて、美鈴の言葉を遮り、「会計済ませてくる。」と言って、レジへと向かった。
美鈴に背を向けた俺には、アイツの寂しそうな顔なんて見えてなかった。

「帰るか。」
「うん。」
そう言って、本屋を出て帰路へとついた。
家が近いので帰り道はほとんど同じだ。

さっき、美鈴が言いかけた言葉の通り俺達、3年生はもうすぐ卒業なのだ。
美鈴も俺ももう、高校は決まっている。
俺は、近くの公立の高校へ。
美鈴は、ここから大分遠い東京の国立の音楽の学校へ。
東京へ行って、1人暮らしを始めるそうだ。
詳しい事は、よく知らない。
いや、知ろうともしなかったんだ。
離れていってしまうと言う現実が受け止められなくて、知りたくなかったんだ。
美鈴は、『世界のピアニスト』になるという夢に向かってもう、歩き出している。
俺は、まだ将来の夢もハッキリしていない。
美鈴に置いてかれてる気がしてどうにも美鈴とちゃんと高校の話が出来ない。
情けねぇなぁ、俺。

「卒業式、後輩たち何かしてくれるかなぁ?」
「さぁ、アイツら結構薄情だぞー。」
「流石に花束ぐらい欲しいよね~。」
「そうだな~。」
「・・・・・」

なんとなく、空気が重い。
美鈴が卒業の話ばかりするのは恐らく、ちゃんと話がしたいんだろう。
俺もちゃんと話しとかないといけないんだろうな。
何も話さないまま東京行かれるのも嫌だしな~。

そんな事を思いながら、歩いていた。
俺はこの時自分の内の思いをまとめる事に必死で、美鈴の方は見てなかったし前も向いていなかった。
だから当然美鈴が俺の足を引っ掛けようとしていることなんか全くもって気付いていなかった。
そして、当たり前のようにこけた。
しかもボーっとしていたのでガードする事も出来ず、俺はアスファルトの上に無様に這いつくばった。
痛い・・・

「てめぇ、何しやがんだよ。」
「アハハ、いも虫みたい。」
「あのなぁ。
「有人さぁ、何考え事してんの?」
「え?」
「ずーっとボーっとしてる。」
「それは、その・・・」
「・・・あのさ、私さ高校は東京の高校へ行くじゃない?」
「あぁ。」
「だから、東京行っちゃうわけじゃない。こうやって、普通に話したりとか出来なくなっちゃうわけじゃない?」
「そうだな。」
「だからさ、ちゃんと有人と話ときたいと思うの。」
「・・・・」
「有人なんか意識してるみたいだけど、私そんなに悲しいとか寂しいとか思ってないよ。自分の夢に向かって進んでいくんだから。」
「・・・」
「だから、そんなに意識されると辛気臭くなっちゃうじゃない。もっと明るくいこうよ。」
「・・・」
「なんか言いなさいよー。」
「そーゆーお前が泣いてどーすんの?」
美鈴の目には涙が溜まっていて、溢れた涙がぽたぽたとアスファルトの上に落ちてアスファルトを濡らした。
地面に這いつくばる男とその前で泣いている女というのはとても滑稽な画になるだろう。
俺は起き上がり服の汚れをはらって落として、かばんの中からハンカチをと思ったのだが、どうにも汚れているのでティッシュを数枚美鈴に渡した。
「拭けよ。俺が泣かしたみたいじゃん。」
俺がそう言っても、美鈴は泣き止まなかった。
俺はどうしていいかわからず、美鈴の頭を撫でながら「泣き止んでくれよ~。」と哀願した。
美鈴が落ち着いてきた頃に俺も腹をくくりまだ固まっていない思いを言葉にし始めた。

「そうだよな。お前も不安だよな。新しい土地。新しい環境。1人の家。だけどさ、お前なら新しい学校でもすぐ友達できるだろうし、遠いけど俺もいる。今は、メールとか便利なものもあるし、電話だって手紙だってある。遠いけど会いに行くこともできる。それにどうしてもダメだったら学校やめて帰ってきやがれ。って、まぁお前はそんなことしねぇだろうけど・・・お前はやればできる奴だよ。だから、頑張れよ?」
「うん。うん。頑張るよ・・・」
少し鼻声で美鈴がこたえた。

「さて、帰るか?」
「うん。あ、そだ。」
「ん?」
おもむろに美鈴が俺の方に手を出してきた。
「手。」
「は?」
「手!!」
わけがわからないまま、俺も手を出すと美鈴が俺の手を握った。
そして離さない。
「何?」
「こうして帰ろ。」
「はぁ!?ガキじゃあるめぇし!!」
「いいじゃん別に~。」
なかなか離さない美鈴に俺も観念してそのまま帰ることにした。
「小さい時もよく2人でこうして帰ったよね。」
「そうだったっけか~。」
美鈴が握る手に少しだけ力をこめた。
俺は自分のものより一回り小さな手を握り返した。
暖かいその手は、大きくなった以外何も変わっていなかった。
優しい温もりが俺の手に伝わってきた。

1週間後の卒業式では、ほとんどの女子が泣きじゃくっていたが、美鈴は全く泣かなかった。
俺は勿論泣かねぇよ。
男だからってこともあるし、俺自体が冷めてるってこともあるし、ほとんどが同じ高校に進むってこともある。
式では、全く泣かなかった美鈴も帰り道後輩から貰った花束を両手いっぱいに抱えて真っ赤なバラの上にぽろぽろと涙を落とした。
俺はまた慌てた。
だが、俺も両手いっぱいに花束を持っていたのでろくな事は出来なかった。

その日の夜、俺は美鈴と2人で卒業の打ち上げ会と称して近くのファミレスへ行った。
クラスでの打ち上げは、一般入試が終わってからだそうだ。
適当に自分たちの好みのものを注文して、料理を待っている間はずっと喋っていた。

「そういえば、有人制服ボタン全然なかったよね~。」
「おう。とられた。」
「モテモテですな、だんな。」
「はぁ?言っとくけどとったのは女だけじゃねぇぞ、野朗にもとられた。」
「え、男?」
「後輩とか色々。「三宅先輩ボタンくれ。」だとか「有人記念だ、俺にボタンよこせ。」だとか「呪ってやるから第2ボタンよこせ。」だとか。」
「で、肝心の第2ボタンは何処?あげたの?」
「やるかよ。第2ボタンって心臓に1番近いから、その人の心臓握るとかそんな意味あるんだろ?」
「あー、ちょっと違う気もする・・・」
「ま、いいけど。だから、式終わったらすぐ自分でとったよ。他人に心臓握られてたまるかっての。」
「うわーなんか有人らし~。」
「で、お前は誰かにボタン貰ったのか?」
「私からは貰いに行かなかったけど、くれた人はいたよ。」
「おモテになることで。で、それどうしたんだよ?」
「その人のことが好きな子にあげたよ。いらないもん。」
「お前結構ひでぇぞ。」
「ま、そんな事は置いといて。」
「そんな事かよ。」
「私泣かないって思ってたんだけどな~。」
「大泣きしたな。」
「うるさい。」
運ばれてきた料理にフォークをさしながら美鈴が、「春休み皆でどっか遊びに行きたいよね~。」とか言っていた。
腹いっぱいデザートまで食べてから、美鈴の家に行った。
第2ラウンドが待っていた。
美鈴の姉の美和(みわ)がケーキを焼いて待っていた。
生クリームたっぷり苺たっぷりの甘々ケーキが。
美鈴もいつの間にか山西家に来ていた俺の弟の弘人(ひろと)も美味そうにそれをたいらげていた。
お前ら夕飯食ってるだろうがよ。
結局2人で1ホール食っていた。
恐るべき・・・

その後は、ずっと美鈴がピアノを弾いていた。
俺も、美和さんも、弘人もその音色に聞き入っていた。

時間が時間だと言う理由と弘人が眠くなってきたと言う理由で俺達は家に帰った。

俺は何の実感も無いまま中学校生活を終えた。

そのまま春休みはほとんど遊んで過ごした。
美鈴は引越しの準備だとか色々でヒマと言うわけではなかった。
それでも皆と遊んでいたし、毎日ピアノの練習をしていた。

そして、東京に行く日、最後に1曲と言って卒業式で歌った曲を弾いた。
『ツバサ』。
それを弾いて、「じゃぁね。」と簡単な言葉を残してアイツは駅へと向かった。
俺は、何でか知らねぇけど、ちゃんととっておいてあった中学校の制服の第2ボタンを握り締めていた。
「美鈴!!」と叫んで、手に握っていたボタンをアイツの方に投げた。
それを受け取った美鈴は手の中を覗き込んでビックリしたような顔をした。
「行って来い。」
俺もそれだけを美鈴に伝えた。
数え切れないほどの思いは、言葉にならず胸の中で溜まっていく。
「行ってきます!」と本当に無邪気に笑って美鈴が言った。


これから進む道は分かれる道だとしても、俺達はまた会える。
ピアノの音色が俺をお前のところへ導いてくれる。
きっと必ず、また一緒にいれる。



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で、出来たぜコンチキショー。
これはしっぽへの誕生日プレゼントです。
10月だけどね。
実際、ツバサはウチのとこの、卒業の歌になってます。
なんかいい歌ないかなぁと無い知恵振り絞って探してみたら、「あらら、これいいんじゃない。」とかそんな事に脳内で決まっちゃったのでこれになりました。
アンダーグラフの曲ですね。
歌詞は コチラ です。
最後繋がったかどうかとっても不安です。
まぁ、何はともあれ5ヶ月ぐらい遅い誕生日プレゼント受け取ってくれぃ、しっぽよ!!


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