ベルギー(四歳)の雑記部屋

ベルギー(四歳)の雑記部屋

楽しい家族旅行 (後編)



楽しい家族旅行 後編


――――そんなこんなで旅行当日……


「う、うぉぉおう?」

鷲士はただ、目の前に突如として現れた風景に唸る事しか出来なかった。

快晴…まさにそう呼ぶに相応しい、晴れ渡った秋の日。

やはり、そんな日は空気もどこか違うのだろう。

空を飛ぶ名も知らぬ鳥たちも眼下に広がる、見渡す限りの緑を眺めながら、ど
こか機嫌よさそうに鳴いている。

「さぁ、みんな張り切って行こぉ♪」

そんな晴れやかな天気の中、やはり晴れやかに美沙の声が響く。

茶色いパーカーに下は紺のジーパン、頭にはちょこんと帽子をかぶせ、完成。

アウトドアルック全開のオチビ様である。

だが………

「……張り切って…」

「行こう……ねぇ…?」

「………」

ほかの三人……鷲治と美貴、そして樫緒は一様に顔を見合わせ、そして大きく
ため息をついた。


そしてお互いに何も示し合わせることなく殆ど同時にあたりを見回す。

「ほら見てよ?見渡す限りの緑、名も知らぬ小さな鳥さん達のさえずり、サイ
ッコーじゃん」

「いや、確かに見渡す限りの緑も、鳥さんのさえずりもいいとは思うけど…」

「………」

「……姉さま…これは少し、お話と違うのでは?」


いっせいに三人のジト目が帰ってくる。

見渡す限りの緑に名も知らぬ鳥たち……などと言ってしまえば聞こえはいい
が、それが比喩ではなく、『文字通り』だとすると話は違ってくる。


文字通り…イコール…すなわち………

『ここは、どこ?』

みごとに、三人の声が重なった。

少なくとも日本には地平線がうっすらと見えるほどの広大な森林はないし、

今、鷲治達の目の前で空を飛んでいるような名も知らぬ、あんなにまで色鮮や
かな翼を持つ鳥はいない。…………いないはずだ。

「な、なによぅ!!皆して、そんな景気の悪い顔しっちゃってさ?せっかくの
家族りょこ……じゃなくって、ピクニックなんだよ?そんな言い方だと、まる
で私が旅行にかこつけて何もしらない三人をヘリに乗せて誘拐して来たみたい
に聞こえるじゃん!!」

「……いや、ピクニックって……」

少なくとも鷲治の常識の範疇では移動手段にヘリコプターを使うようなものを
ピクニックとは言ったりしなかった。

旅行当日、集合時間Am5:00。

……えらく早くから出発するなぁ…とは思っていたのだが。

ニコニコ顔の美沙に黙ってついていってみれば……現れたのはMISA-CUSYOMと
丸っこい緑フォントで書かれた、もはやこのメンバーにとって見れば機密でも

何でもなかったりする、某超大国の空飛ぶ軍事機密―――ロッキード・マーチン、F22ラプター。そしてその横には同じくロッキード・マーチン・C5ギャラ

クシー。

鷲治達よりも早めに到着していたのだろう。美貴たちも自分と同じようにぽか
んとした顔をしていた。

そしてその後、目的地も明かされぬままに半ば無理やり乗り込まされ美沙はい
そいそとラプターへ…

それから空の旅する事、五時間とちょっと。

まさに、海越え山越えで『ここ』についたのだが…

「って、ゆーか…『ここ』は日本……だよねぇ?」

「はははー。ヤだなー、鷲治君ったらー」

なぜか棒読みで美沙。


たらー、何なのだろう?続きが知りたい。切に。

そんな鷲治の胸中を知ってか知らずか美沙は無邪気に、にっこりと笑う。

見る物を思わず惹きつけずに入られない、会心の笑み。

いつもなら、つられ鷲治も思わず目じりを下げてしまう所だが…今はそんな笑
みが怖い。

「そ、そーだよねー…いくらなんでも、国外なんで事は…」

だがそれでも何とか、気を取り直し鷲治が何事かを言いかけたその時。



『クェエェェェエエエエエエエエエエエ!!』




ばっさ、ばっさ。

鷲治の鼻先を虹色の鳥……?のような物が奇声を上げながら猛スピードで通り
過ぎていく。しかもサイズが尋常ではない、軽く鷲治野の身長ほどはあろうか
と言うほどの、ジュラシックパークに登場してそうな……そんな、なんと言う
か冗談じみた巨大な鳥…?

……いや、あそこまでいくと、もはや、鳥というより『怪獣』とか『恐竜』等
といったほうが適切かもしれない。

「………」

「………」

「………」

「………」

四人分の三点リード。

嫌な沈黙が広がる。

「い、今のは……?」

「解りません…………あぁ、ちなみに日本に生息する野生の鳥の中で一番大き
いとされている鳥は日本白大鷲なのですが……日本大鷲の最長記録は、それで
も一メートルに届きませんでしたね。」

だからなんなのだ、それはあえて告げず、あくまで冷静に樫男が答えた。

「ははは……そうなんだ。…どうしよ、僕パスポート持ってきてないや……」

一応の答えが出たようなので鷲治。乾いた笑みを浮かべ、樫緒はこめかみの辺
りを手で抑えため息などを一つ。

『どうやら、これは『ピクニック』等といった生やさしい物ではないらしい』

鷲士と樫緒、両者の間に共通の認識が生まれるのにさしたる時間はかからなか
った。

「……君も、凄い姉を持っちゃって大変だね…」

「……いえ…貴方ほどじゃありませんよ、お父さん。」

まがいなりとはいえ、父息子がお互いを『漢』として認め合った瞬間であっ
た。

だが、鷲士は知らない。

息子…樫緒の言葉にはあえて飲み込んだ言葉がある事を……

『何しろ貴方には、『凄い娘』のほかに、とんでもない『妻』までいるのだか
ら…』

「ハハハハハハハハハハハ」

「フフフフフフフフフフフ」

お互いに乾いた笑いをこぼす。

目が潤んでいるように見えるのは涙のせいではない、心の冷や汗だ。

きっとそうに決まっている。

だって彼等は『漢』なのだから。





『ち、ちょっと!!美沙!!』

なにやら横の方で、不気味に笑い合っている鷲治と樫緒を尻目に、今までずっ
と押し黙っていた美貴が娘を小声で呼んだ。

そして、呼ばれるがままに、やってきたオチビ様の首根っこを引っつかみ、凄
い剣幕で近くの物陰に引っ張りこむ。

ちなみに、美貴の今日のファッションは美沙とほとんど同じピクニックルック
だ。

それがまた、壊滅的に似合っていたりする。

「な、ななななな、なになになに??白昼堂々、娘をレイプ?」

「ち、ちがーうっ!誰がそんな事!…私が興味あるのは、しゅー君だけ…っ
て、そーでもなくて…あ~~もぉっ!キミは、一体どういうつもりなん
だ!?」

「いや、どういうつもりって……平平凡凡などこにでも転がっていそうな家族
旅行を自分なりにアレンジしてみたんだけど……?」

「ア、アレンジしてどーするんだっ、アレンジして!?こういう場合、するの
なら『演出』だろう『演出』!!大体、どこの国に、ちょっとした家族旅行で
海外までいくような子供がいるんだ?」

「ここ?」

「シャアアアアアアアアアアア!!!!!」

美沙の屁理屈に美貴の人間として何か切れては行けない回路が二~三本ブちぎ
れる。

美沙は冷や汗だ。

ちらりと見えた母の親指の爪のギザギザがとっても目に痛かった。

「い、いや、ちょっと落ち着いて、落ち着いてってば!……それに何か誤解し
てるみたいだけど、ここはれっきとした、日本だっ
て。……………………………………ぎりぎりだけど。」

「……ぎりぎり?」

「そ、ぎりぎり。」

オチビ様がにやりと笑う。

「んじゃ、そろそろ今回の企画の説明するとしましょーか。」







……宇佐美島…日本最南端、与那国島のちょっと手前に位置する無人島。

美沙の説明を簡単にまとめると、どうやらそういうことらしかった。
勿論、世界地図はおろか日本地図にも載っていないような小さな離れ孤島であ
る。


…と、いう割にはなぜ地平線が見えるほどの森林や、ジュラシックパーク顔負
けの巨鳥なんかが居るのか?という疑問が残らないでもないのだが……そこん所を追求すると、何だか凄くイヤな答えが返ってきそうなので、三人…鷲士、
樫緒、美貴は黙っている事にした。
人間知らないほうが幸せと言う事もある物だ。

「とぉ…いうわけでぇ…」

質疑応答終了とみなし美沙が今回の企画の説明に入る。

「最近ねぇ、ギルド…鷲士君には前にも話したけどさぁ、メリー・アンってゆ
ー変な名前のハンターギルド。そのギルドに変な噂が流れててね?」

「メリー・アン?」
聞きなれない言葉に美貴が軽く顔をしかめた。

メリー・アン、美沙が所属しているハンターギルドの名前である。

規模としてはそれほど大きくもないのだが、どうやら特殊な情報ルートを持っ
ているらしく加盟しておくと中々の情報が入ってくる。

美沙=『フェイス・チーム』がとる、少数の人数で情報収集やらそれに対する
検討、調査を行うというスタイルには中々に都合が良かったりする。

情報源のパイプは多ければ多いほどいい。

その分、情報の拾取が面倒になるのも確かではあるが、それだけ単純計算に情
報の質、そこからくる推論レベルでの正確さが増す事になるからである。

こと情報という点において美沙は常に万全の体制を敷いている。

……もっとも、当の美沙本人はまだギルドの規定年齢に達していない為、鷲士
の名前で登録してあったりするのだが…

美沙の話は続く。
「鷲士君、妖刀って知ってる?」                      
話が急にオカルトチックになってきた。


……妖刀。

かつて古来より、そう呼ばれ恐れられていた刀。あるいは剣。

そう言ったたぐいの伝説はその信憑性はともかく意外に多い。

最もポピュラーな所では由井消雪の弟子が持ったと言われる妖刀三代村正。

外国で言えばアーサー王が持ったといわれるエクスガリバーなども『魔剣』、
『妖刀』のたぐいに入る。

もっとも歴史の勝者であるアーサー王は自らの持つ剣を『魔剣』ではなく『聖
剣』と称したが・・それはともかくとして……

魔剣、妖刀と言われるからには何らかの、ほかの剣、刀にはない『能力』があ
ったと言う事が考えられる。

伝説曰く……何でも切れるなどというファンタジーめいた物から、血を求め使
用者の体を使い狂気に狂わせるだとかオカルトじみた物……その真意や審議は
ともかく、今の科学、常識で言えばまずありえないと思われる、そんな存在。


現代の科学から見た場合そんなものはない、あるはずがない。

刀が人間を操れるはずがないし、たかが鉄で出来た剣が岩を切り裂いたりする
はずがない。

そういうことになってしまう。

だからこそ皮肉られ『オカルト』=『隠された知識』などとよばれたりするの
だが

では、そもそも人々に魔剣、妖刀、といわれ恐れらたもののとは何なのか?

人の思いが、ただの剣を良く切れる『魔剣』に、意志をもった『妖刀』を作
る。

所詮『剣』、『刀』はただの鉄の塊……人の『思い』こそが『魔』であり
『妖』なのだ。

ロマンチストな詩人ならそんな風に言うかもしれない。

だが、リアリスト…現実主義者はそうは考えない。

こと、トレジャーハンターなどというロマンチストな現実主義者などは…

すなわち、

『魔剣』や『妖刀』と言われる物が現実に伝説などの形で多々残っている。


ならば、そう言われるだけの『何か』があるに違いない。
例え、百個ある伝説のうち、九十九個がデタラメであったとしても残りの一つ

が真実であれば、それで良いじゃないか。

だから噂は流れる。


「この島ってさぁ、昔から無人島だったんだけど……なんか、やったらめった
ら、色んな伝説だとか伝承だとかがこの近くの島に伝わってんのよ。」

「え~と……伝承やら伝説って言うと、この前の『散文のエッダ』とか、『八
百比丘尼伝説』みたいな?」

「そ。ま、どちらかと言えば、それよりもお伽話や民話……『かぐや姫伝説』
なんかに近い所があるわね。……って言っても今回のは前のとは違ってかなり
信憑性も低いみたいなんだけどねー。」
「で、姉さま。その変な噂というのは……」

「あー、そうそう。んで…噂なんだけど、メリー・アンに入ってるトレジャーハンターがひと月前くらいにこの島に来たとこから始まるんだ。

トレジャーハンターって言ってもピンキリでね、そいつはトレジャーハンター
としての評価は中の上くらい……Bクラスの奴だったんけど、各国に伝わる民
話とか伝承とかにはすっごく詳しい奴でさ……」

「中の上……Bクラス?トレジャーハンターの世界ってそんな格付けみたいな
のがあるのか?」
と、これは美貴。

「うん。一応だけど、メリー・アンがギルドに名前を置いてるハンターにはラ

ンクをつけてるの。へへっ、ちなみに草刈鷲治……ダティ・フェイスはSSラ
ンクなんだよ♪」

もっか成長過程の胸をはり、えっへん。


ほめて、ほめての合図だ。

「ははは…すごいね…。」

ほめながら鷲士は引きつった笑みをもらす。

素直にほめる事が出来ないのは、そのSSランクとして認定されているのが他
ならぬ自分と言う現実についていけないからである。

一方、美貴はジト目で娘を睨み、樫緒は興味がないのか……と言ってもそれが常なのだが、全く感情をうかがわせない表情で姉の話を聞いていた。

「で、話がそれたけど。そのハンターはイギリスの金持ちのボンボンでね半分

以上道楽でハンターをやってるんだ。自分の興味のあるものを伝承とか伝説を
中心に責めるタイプって言うのかな?それで、そのハンターの興味のあるもの
の中に『刀』とか『剣』とかがあってね?」

「それでそのハンターがなんでこの島にくるんだ?」

美貴が疑問を口にする。

美沙は話の腰を折られたのが不愉快だったのか、ぷぅっとほっぺを膨らませ

「ぶーーっ。美貴ちゃんは黙ってて、話には続きがあるんだから!……全くオ

バサンは気が短いなぁ」

「お、オバサンって…あんた!…ボクは仮にも君のはは…」

あまりの言い草に激怒する美貴。

「私の何よ?」

「……っく。」

だが、オチビ様の優位は変わらない。

『言うならいいなさいよ』その美貌に笑みすら浮かべ言葉に詰まる美貴を悠然
と見下ろす。悪魔である。

「あ~もう、よく解らないけど喧嘩はよそうよ。美沙ちゃんは言い過ぎ。でも
美貴ちゃんも大人気ないよ…美貴ちゃんは大人で、相手は子供なんだよ?」

見かねた鷲士が仲裁に入る。

もちろん母と娘の苛烈な精神戦には全くきづいちゃいない。

これでも一応、この場では一番の年長者である、と言う無意識のうちの自覚が
そうさせたのだろう。


「うう……鷲士まで僕をオバサンだって言うの?…。」

「……いや、そうは言ってないんだけど……」

唯一のアキレス腱、鷲士に怒られシュンとなる美貴さま。

それを見て美沙はあっかんベー。

ほえほえの時の鷲士にならいくら怒られようがどこ吹く風である。

「じゃあ、話を続けるね。この島には色々な伝承や民話、伝説があるってのは
前にも言ったけど、その中でもそのハンターが目をつけたのは、この宇佐美島
の妖刀伝説。

 伝説の内容はオーソドックスでよくあるやつなんだけど……」

美沙は流暢に物語を語り始めた.



時代は江戸。

ある所に天才刀鍛冶がおりました。

その鍛冶師の作る刀は全てが名刀。

その刀は大名達の間で目の飛び出るような値段で売れました。

……ですが、天才鍛冶士は満足しません。

既に戦乱の世ではなくなっていた、この時代。

刀はほとんどお飾りにしか過ぎず、本来の役目……すなわち『人間を切る』と
言う事が出来ません。

『ああ、なんと言う事だ。これでは真の刀を打つ事など到底かなわぬ。』

自分の思うものが作れない。

そんな悶々とした日々を過ごすうち天才鍛冶士はとうとう自分の作った刀の試
し切りを始めてしまいます。

……もちろん、いきた人間で…

ある時は、四肢をばらばらに。

ある時は、なます切りに。

臓物を取り出し、変わりに石を詰めてみたり。

妻を切り、娘を切り……目に見える物全てを切り……

そして、その度に刀を改良していき。最早、それは刀と言えない程に殺傷能力
の高い武器になっていったと言います。

ですが当然……幾ばくもしないうちに、鍛冶士はお縄にかかります。

 本来ならば打ち首獄門。それでも生ぬるいくらい。

…ですが殿様はそうはしませんでした。

彼の天才的な技術を殺すのはあまりに惜しい、と。

結局、彼は打ち首にはならず島流しの刑に合います。

彼は流された島で再び刀を作り始めます。

最強の刀を、ただひたすらに強い刀を……と、

よなよな鍛冶士のうめき声と刀を打つ音が、島の村の人々の所まで風に混じっ
て聞こえたと言うから、その鍛冶士の執念がうかがい知れました……

そして幾年もの年月が流れました。

そして、いつの頃からか鍛冶士の刀の打つ音が聞こえなくなりました。

村の人々は『きっと、病か何かにかかって死んでしまったのだろう』と鍛冶士
を哀れに思いましたが、同時に、不気味に流れる声に悩まされる事もなくなる
とほっとしました。

その頃からです。

村に…・・いえ、島に異変が始まったのは。



ゴクリ、唾を飲む音が急に寒くなってきた辺りに静かに響く。

美沙の唇がふいに止まった。

「……おしまい。ああ、もちろんその天才鍛冶士が流された島ってのが、この
宇佐美島ね。」

言ってニッコリ笑う。

「へ?………って、そこまでで、おわりなの??」

「そ、そうだよ。結末のないホラーなんて願い下げだよ!!」

目を点にして講義するふたり。

何気に美貴の手が鷲士の袖をつかんでいる所はご愛嬌と言った所か。

才気走る麗女にも恐いものはあるのだ。

「ねー?そう思うでしょぉ?これからって所で、はい終わり、だなんて。すっ
ごく後味悪い。私だって、この話しを始めて聞いた時はげろげろ~って思った
もん。」

「じ、じゃあ。この話はほんとにこれで、おしまい?」

「うん。」

コクリ。首を立てにふる。

「ちなみにこの島、今でこそ無人島だけど実際に江戸時代には実際に流刑の島

にされてて、現地に住む土着の人たちも囚人村とは別に村を作って暮らしてた
んだって。……なんで無人島になっちゃたんだろーねぇ?」

意味ありげに笑う、美沙。

「………うわー。やな話聞いちゃった。…結末がない分、なんか本当っぽく見

えるよ…」

「……たしかに。この話の作者がそれを狙ったのは間違いないでしょうが。……ですが、姉さまの言う通りこの手の民話にしては珍しくもない。
話の内容から察するに作られた時代は江戸後期といったところ……何か実際に
あった話を物語風にアレンジしてあるのでしょうが所詮は作り話です。結末が
あえてかかれてないのは、ぼろが出るのを嫌ったのか…それを書いてしまうと
あまりにその『実際にあった話』を示唆しすぎるためか…それとも。」

少し青ざめた母親をおもんばかってか樫緒が淡々とフォロウを入れる。

「それとも?」

「……それとも、それを書いてしまうと冗談抜きで…本当に洒落にならないほ
どに後味が悪くなる結末だったのか…そのいずれかでしょう。」



「……………………………」

「……………・・」

「………・」





何とも言えない沈黙が流れる。

「う、うわ~~~~。こわいよー。樫緒がいじめるよー。もお、帰りたいよ
ー。」

「は、ははは……な、なんか急に寒くなってきたね…」

「……か、樫緒…アンタそれ、余計に恐いし…」

「……私は、事実を言ったまでなのですが……」

一体それの何が恐いのか、見当もつかないと言った顔で樫緒。

「そもそも昔のお伽話や伝承、民話が残酷な本当にあった洒落にならない実話
を『昔々~』などと、あたかもそれが作り話だと言うような記述で書かれる事
は珍しくない事です。

…そういえば私が知っているその手の話にも……例えば。」

「え~~いっ。やめんかっ。」

一般的な情緒とか恐怖とか言う感情がすっぽりと抜け落ちた弟に姉が制裁を加
えた。





 「……ほんっとに本気で話がそれたけどっ!!」

今度話の腰を折ってみなさい、巡航ミサイルで狙い撃ちにするわよっ…てな感
情を込めて、いつまでたっても企画の説明を終われないでいる美沙は強引に話
を元に戻した。

「そんなこんなの諸事情があって、その天才鍛冶士が作った刀を求めてそのハ
ンターがこの島にやってきましたと。んで、それがひと月前の話。そのハンタ
ーは結局、この島から何も持ち帰らなかったみたいだけど、ここから先が本題
ね?

島からかえって来た直後、そのハンター、メリー・アンを脱退して、ハンター
家業も辞めちゃったの。ギルドの役員が理由を求めても何にも言わずに疲れた
ようにただ首を振るだけ。

仲の良かったハンター仲間にポツリと漏らした話によると、この島で何かが遭
ったことは間違いないみたいって話。

そ・れ・でっ!最初の変な噂ってのに戻るわけ、つまり『宇佐美島には何かが
ある』って。」

「……でも、それは単にその人がハンターやるのに疲れたからじゃないの?ほ
かにも単に飽きちゃったとかさ。元々道楽でやってたんでしょう?」

「だぁーから、最初から信憑性低いって言ってるんじゃん。ピクニックがてら
真相を確かめるのにちょうどお手軽かなーって思ったって分け。……ってのが
以上、今回の旅行の目的ね?」

えへへ、と笑い美沙。

間違いなく確信犯である。

「うう、なんか、いつもと同じことを名前を変えられてやってるみたい。」

「……旅行じゃない、こんなの家族旅行でもなんでもない…・ぶつぶつ…・・
(がりがり)」

「おかあさ……いえ美貴さん。爪を噛むのはやめたほうがよろしいかと……」

「じゃ、早速、始めよっか!!この島そんなに大きくないって言っても一周す
るのに大体二~三時間の島だから二手に分かれて、とりあえずは鍛冶士の家と
思わしき物を探す事。

まぁ、多分そんなもの存在しないとは思うけど……万が一発見した時はこの発
煙筒で位置を知らせる事。集合時間はそーだなー…今が大体、十時だから二時
くらいにしよう。みんなでお昼を食べるの♪。以上、何か質問は?」

意思の疎通とか、協調とか、意見に対する合否とか……そんなものに関係なく
オチビさまは言い放った。

「フェイスチーム。しゅっぱぁーつ!!」





それから十分後。

「一体、何でこんな事になっちゃったんだろう……」

二手に分かれたうちの、鷲士+美貴ペアの大人組み。

アマゾンもびっくりと言うような密林を、前をいく鷲士の背中を追いつつ麗女
はポツリと呟いた。

家族がそろったせっかくの休日に何が哀しくてこんな秘境を歩き回らなければ
ならないのか…

…旅行の前日…昨日などはベッドの中で、明日は何しよう、ああしよう、せっ
かくの家族旅行なんだ、あれもしよう…などと考え出したらきりがなく、結局
ねむれなかったりしたのだが……

『くえええぇええええ』

『けきょ?ケキョケキョケキョケキョーーーーーー?』

……現実に聞こえてくるのはそんな怪獣大パニックもかくやと言わんばかりの
意味不明の鳥言語である。

それもこれも全部、美沙に旅行のセッティングを頼むと言う配慮とか適材適所
とか言う言葉を百万光年ほどかなたに押しやった
人選を行った自分が悪かったりするのだが……

そもそも常識的に考えて、あのスーパーオチビ様、美沙に家族旅行のコーディ
ネイトを頼む時点で、なんか人として終わっちゃてるような気もしないでもな

い。

大体、あの娘ときたらどうも、今回の件にしろ、今までにしろ、自分と鷲士の
関係をはっきりさせろと言う割には楽しんでいるフシが見られる。

……あぁ、育て方失敗したかな~?

「は~~。」

につまって、ため息。

「ごめんね、ミキちゃん。」

と、マイナス思考全開の美貴に前を歩いていた鷲士が謝った。

「え……?」

きょとん、目を丸くして美貴。ぽかんと鷲士を見やる。

若干いつもよりすまなさそうな色が入ってはいるものの、もはやトレードマー
クと化した、瞳のない笑顔。

条件反射で何気に前髪を整えながらおすまし顔で

「ご、ごめんねってなにが?鷲士、私に何か謝らなきゃならないような事した
のか?」

「ううん…いや…ほら、何て言うかさ…美沙ちゃんがまたなんか暴走しちゃっ
てこんな事になっちゃて怒ってるかなーと」

美貴の顔をうかがいながら鷲士。



なんだ、そんなことか……美貴は笑って答えた。

「全然、怒ってなんかないよ?あのバカ娘に振り回されるのなんていつもの事
だし…」

「え?いつもの事って…?」

「あーあわわ……そーゆう意味じゃなくてなんと言うかその……」

つい口を滑らせてしまった美貴の顔があたふたする。

「し、鷲士!人の言葉尻取るなんて男らしくないぞっ!?」

「い、いや。言葉尻って今のは……」

急にプンスカし始めた美貴におどおどしながらも鷲士。

「と、とにかく!!私は全然、怒ってないし、鷲士はそんな事でわざわざ私に
謝らなくてもいい。それでいいじゃないか。」

「う、うん…それはそうだけど。」

納得してしまう鷲士。とことん押しに弱い男である。

「なんか美沙ちゃんさ、ここんとこ…ピクニックに皆で行くって事が決まって
からくらいかな?すっごく…って、いつもそうなんだけど…いつもにまして明
るかったんだよね…」

「え?」

疑問を投げ返す美貴を見つめながら鷲士は嬉しそうに笑った。

「あの娘ってさ…すっごく大人びてるじゃない?それを言ったら樫緒君なんか
もそうなんだけど、でもあの娘のはさ……なんてゆうか、無理してる?…違う
な…なんていうんだろ、もちろん地もあるんだろうけど、意識してそうあろう

としてるってゆうのかな…」

「そ、そーかな?私はあれほど自分に正直に生きてる子供はいないと思うケ
ド…。」

「はは、言えてる。」

苦笑して鷲士、先を続ける。

「それはさ、僕が頼りないからってのも勿論あるんだろうけど……でもさ、本
当にここ何日間、たがが外れたみたいに明るくって……きっと今回はさ、はし
ゃいでるんじゃないかなーとか思ったりして…」

「……はしゃいでる?…あの娘が?」

「うん。」

「はしゃいで、ピクニックにロッキード・マーチン?」
「うん。」
美沙らしいと言えば実に美沙らしいといえる。

十二と言う若さでありながらフォーチュン・テラーのチェアマンである美沙。

一国の元首であろうがローマ法王であろうが足蹴にする美沙。

自分のルーツを探したい。

そして自分と言う存在を、結城家の美沙でなく、人間、結城美沙として認めさ
せたい…それだけの理由で十二と言う若さでトレジャーハンターをしている美
沙。

……確かに半分以上『地』と言う感も無きにしも非ずではあるが……

やはり美沙もまだ子供なのだ。

鷲士はそういいたいのだ。……たぶん

鷲士が自分の、自分達の子供の事についてちゃんと考えていてくれる。

そう思うと、我知らずにやけてしまう。

さっきまでの憂鬱な気分など、ふっとんっでしまった。

「それに僕もさ…実は言うと嬉しいんだ。」

「鷲士も?」

「うん。ぼくも、施設のでだったりするからこんな風に皆でわいわいがやが
や、それも血の通った自分の娘や息子達と一緒に休日にピクニック…違うか
な?まぁ、ともかく……

 こんな風にして出かけたりすることがさ。」

「鷲士……」

そして、自分に本音を打ち明けてくれる鷲士。精一杯の誠意を見せてくれる鷲
士。

そんな鷲士に、自分は……

「あ、あのさ!!……」

意を決して美貴。

「なに?美貴ちゃん?」

心像ははやてのごとく鳴り響き、喉はからから。顔面に体中の血液が集まるの
が解る。

「あ、あのさ…前にさ、初めて会った時…・鷲士、私の事をゆう…・」

――――――――ドゴオオオオオオオオォオン!!!

地面を揺るがすほどの衝撃、そして何かの爆発音。

美貴の言葉はかき消され、そして消えた。

「い、いまのは?!あっちの方……美沙ちゃん達に何か合ったのかも?……ま
さかミュージアム?!……」

青ざめた顔で爆音のした方を指し鷲士。もはや告白だ何だといってる場合では
ない。

……あわれ美貴

「あ、あぁ…・・」

「行って見よう!美貴ちゃん!!」

「う、うん。」

……なんでいつもこうなんだ…思いつつも、何気に鷲士に手を引かれ

『しゅー君と、手つないじゃった♪』

などと少し嬉しかったりもする。美貴サマなのであった。





一方、少し時間はさかのぼり、こちらは子供チーム。美沙+樫緒だ。

「……姉さま。」

「なぁに?」

先頭を切ってずんずん進む美沙に向かって、樫緒はそろそろいいだろうと言う
風に切り出した。

「今回のこの件……まだ他にも裏がありますね?」

「…うっ、なななな、なに言っての、この子ったら…アハハハハハ。」

うっ、とか言ってる時点でもう語るに落ちているとは思うのだが、それでも笑
ってごまかそうとする美沙。

樫緒はそんな姉の挙動不審な態度に確信を得る。

「やっぱり。」

「やっぱり…ってあんた、一体何を根拠にそんなこと……」

「大体おかしいとは思ったんです。あんな…メリー・アンでしたか?身内でも
なんでもない組織から出た怪談じみた話だけで姉さまが動くなんて。」

「いや、だからこれは今回の家族旅行のついでで……」

「だったら、姉さまならもっと他の、信憑性があり且つ実用性のある物に関わ
りをもたせてくるはずです。……と、いうことは他に何か私に……もしくは、
母さまやあの人に言えない事情がある。そういうことでしょう。」

視線をまっすぐに飛ばしてくる弟に美沙は両手を上げ……降参。お手上げのポ
ーズだ。

「…まぁったく、あんたってば、ほんっとに性格悪いわよね。」

「それはお互い様でしょう。」

いって、僅かに笑みをもらす。

……どうやら樫緒少年、いつも言いくるめられてばかりの姉を逆に言いくるめ
る事が出来て嬉しかったりするらしい。

「それで、一体何を隠しているんです。」

「んー、じつはさ……今回のこれさ…ついでだとか、信憑性低いだとか言った
けど、私としては絶対に方って置けない山なのよ……」

「と、言うと…?」

「さっきさ、あの天才刀鍛冶士の話。あんた達に言ってない事が二つあって
ね……

一つはその天才鍛冶士……じつは刀鍛冶士ってゆーぅよりは錬金術師って言っ
た方が正しい事。その例の妖刀ってのも何だか伸縮自在だとか、いまの地球に
もない合金だとかって話し。そしてもう一つ、その天才刀鍛冶士の名前。」

「名前?……さしたるアクターとも思えませんが…」

「ま、聞きなさいって。実はさ、その鍛冶士の名前、結城澄乃丞ってゆー
の。」

「結城?」

樫緒の声に軽く驚きの色が混じる。

「そぉ、ゆーき。偶然かも知れないけど私達と同じ性。ま、でも結城の性が出
てくる民話や伝承なんて腐るほどあるしぃ?……そこらへんをふまえて信憑性
は少ないって言ったのよ。」

「……確かに…ですが、それなら、あの話の筋も通る…本来なら打ち首の所を
島流し…それは単に鍛冶士の才能を惜しんでの事だけではなく結城が裏から手
を回した……?」

「ね?いかにも結城のやりそぉな事でしょう?」

「………ですが、それをなぜ母さま達には、伏せておいたのですか?」

「……って、あんた、そこまで解っておいて、そんなことも解らないわけ
ぇ?」

このニブちん。呆れた…と言う風にため息をつく。

「…すみません。」


「……ったく、だからあんたは冷血だの何だの言われんのよ。」

「私にそんなことを言うのは姉さまくらいだと思うのですが。」

正確に言えば言えるのは…だ。

「うっさい!人のことば尻とるなんて男らしくないぞっ!?」

「はぁ…」

どこかで聞いた事のあるような会話をしつつ……やはり樫緒が納得してしま
う。

血とは争えないものだ。

しょーがないなあ、と呟き美沙。

「いい?大体この旅行はもともと何のための旅行だと思ってるの?ただ単に、
わーいわーい皆でピクニックだぁ…ってのじゃないの。美貴ちゃんのための旅
行な分け、この旅行で何とか美貴ちゃんが、がんばって鷲士君に真相を伝える
下準備さえできれば……ってね。

何のために二人きりにしてあげたのか……きまってんじゃない。

もし、私が今回のこの企画は実は来訪者関係のヤツかも知んない……なんてい
ったら鷲士君なんか張り切っちゃって、それ所じゃぁなくなるでしょーが。」

「なるほど。」

ぽん、樫緒君納得だ。

そして、おもむろに目を閉じ。精神を集中。

「……そういうことでしたら。」

「ちょ、樫緒?」

「……………ありました。その鍛冶士の家かどうかはわかりませんが、ここか
ら歩いて少しの所……非常に入りくんでいて解りにくいですが…何らかの建造
物があります。」

いって、にこり。無邪気に笑う樫緒少年であった。






「あった。」

それから樫緒の言う通り、歩く事ちょっと。

突然開けた場所にでたと思ったら、『それ』はそこにあった。

随分古い。かろうじてまだ原形を残していると言った木造のぼろや。あちこち
に穴やひび割れが入り、今にも壊れて落ちてきそうである。

「なんか、あっさりとしすぎて物足りないなぁ……」

美沙がぼやく。

樫緒はため息だ

「そんな事よりも……姉さま。中には入らないのですか?」

「う、うるさいわね!今、入ろうとしてた所よ!!」

と、自分でもわけがわからずにぷんすか。

やはり何だ言った所で、バリバリのアクションがなければ物足りないオチビ様
であった。







「どうやらこれが……」

かおく…と言えるかどうかは微妙な所であったが…

…ともかく屋敷内に踏み込んで二~三歩もしない内に、目的の物……結城澄乃
丞が残したとされる刀…妖刀は見つかった。

あちこちがボロボロと崩れ落ち、荒れ果てている中、唯一原形を残している
物。


まるで美術館か博物館の展示物であるかのようにふた振りの刀が、よく時代物
のドラマなどで見受けられる刀置きに収まっている。

ただ不可解なのはそのすぐ横…まるで刀の付属品とでも言わんばかりに置かれ
た用途不明のひも状の物。色は黒ずんでおり相当な年代物のようだが……

「……姉さま?」

「…う~~ん。見た所、トラップの類もない見たいだし、当たりっぽいんだけ
どぉ……

 なぁんか、違和感あるのよねぇ…」

フニャッと眉をひそめ美沙。その二つの瞳は一心に刀に向けられ……

「あ、あっ!わかったぁ!!」

突如、何事かひらめいたのか、ぽんと手のひらを叩く。

「これ…この刀。てっきり二つ、それぞれ別の刀だと思ってたけど。…違う、
この刀は

二つで一本なのよ!」

「二つで一つ…?…どう見ても二振りの刀にしか見えませんが…」

今度は樫緒が眉をふにゃり。

姉の言わんとする事が解らず訝しげに眉をひそめる。

「ほら、よく見て。それぞれの刀の柄の所……」

言われ目を細め……

「……繋がっている…?」

なる程……確かに言われた所をよく見てみればお互いの刀が柄から伸びたひも
か何かで連結されている事がわかる。

「これは、どう言う事でしょう?」

「さあ…そこまでは解んないけど……ま、ともかくデータでも取ってみます
か。」

いうと、おもむろに背中のリュックから、なにやら色々とそれっぽい機械を取
り出す。

「…まずはぁ、鞘を抜いてぇ…っとぉ?」

刀を手に取り鞘を抜きかけたその時。

「……なに、これ?古すぎて所々消えてるけど、なんか鞘に彫ってある……な
になにぃ?え~と…銘を宇佐美刀…頭…二刀にて一刀…・?…じゃなくて…二
つを頭に…かな?

……!!…ひょっとして!ちょっとカシオ頭借りるわよ?」

「なっ…ちょっと、姉さま……?事情を説明……」

何かをひらめいたらしい美沙は弟の頭に繋がった二刀を横に置いてあった先ほ
どの用途不明だったひもでくくり付け……

「…やっぱり!このひもなんか変だなぁとは思ってたけど…何これ?すごく伸
びる…

ゴム?…まさか。だって江戸時代にはゴムなんてとーぜんなかったはずだし
ぃ…

それにこれ…ゴムともちょっと違うような……ってことは、ひょっとしてひょ
っとするかも?…」

姉がよこでぶつぶつ呟きながら自分の頭に刀をくくりくけている中……

樫緒はなぜか、胸の動悸を覚えていた。


―――――トクン――――――

意味もなく心像が跳ねる。

……なんだ?この感覚は……

それはあたかも今まさに生まれてくる胎児の胎動のように、ゆっくりと、だが
円滑に、そして力強く……

―――トクン、トクン――――――

奥底から何かが…

「…できたぁ!!」

作業完了。

二つの刀…宇佐美刀は見事に樫緒の頭にくくり付けられていた。

「……たぶん、二つがくくり付けられてて、横にこんな伸びるひもが置いてあ
るってのはこーゆーことなんだろうけど…でも、だから何?って感じ……ひょ
っとして、これは戦闘なんかに使うんじゃなくて、何かの儀式に使うとか?…
でも伝承では伸縮自在だとか無敵の殺傷能力だとか書いてあるんだけど…い
や、でも伸縮自在ってのはこのひもの事?

それともやっぱり伝承自体がデマ……」

「ね、姉さま…」                    

一人、考えにふける美沙に樫緒。

樫緒は本能…それとも、その濃く受け継がれた結城の血によるものか…

ともかく解ってしまったのである。今、自分にくくり…いや装備された刀…

これは本物だ、と。

そして美沙の推理は半分正解で半分間違っていると言う事に。

理屈ではなく直感。

「ん?なに。…あ!そうだ…せかっくだから、樫緒。鞘も抜いてみよっか?案
外ほんとに伸縮自在だったりー…なぁんて……・・って…お、おぅっ?」

「……姉さま?」

美沙が、驚愕に固まる。

その手には鞘が握られ、わなわなと震え……そしてその視線の先には、抜き放
たれた刃、直刀の白刃。それは薄暗い家屋でも、なお光り輝き……

そして異常なほどに、白く。

……だが、美沙の顔が驚愕に固まったのは、そんなことにではない。

それから起こったこと。それに較べれば、全く取るに足らない。

その二振りの刃が、突如……





ぐにゃり。







曲がったのである。

そして、それはまさに。

二つの白刃が重力に従い微妙に垂れるその様子は……








「バニー?」





・バニー「名」 ウサギ。日本ではおもにガール、また一部ではボーイと続く事
が多い。




先日の痴態、ネコ耳姿を美沙に見られた時のことがフラッシュンバックする。

「い、いやだ……」

「ん?何か言った?」

「や…いやだ!!」

―――――ぷちん。

樫緒の中で何かが切れた。

「はははははははははははははははははははははははははははははははははは
は」

突然けたたましく笑いだす樫緒。

顔には凄惨な笑み。うつろな笑い声…

「か、樫緒?ちょ?し、しっかり…どーしたって、ゆーのよぉ!!」

…なんだ?一体僕はどうしてしまったんだ?はは、はははは……赤い、赤い
よ!!……

みいいいいいんな赤いんヨォォオォォオオオオゥ!!!!!

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

―――――ドゴオオオオオオオン!!

轟く爆雷。

「きゃっ!!」

樫緒中心に半径二メートル以内のものが全て吹き飛ぶ。

『樫緒の世界』だ。

「くっ…何だか知らないけど、ピィィィンチ!カモーーーーン、ラプタ
ー!!」

「ふはははははははははははははー」


…………かくして、弟の暴走は始まった。





…そして。

「こ、これは…い、一体?」

二人、鷲士と美貴が到着した時。もうその戦いは幕を下ろしていた。


当たりには焦げ臭いにおいが充満し、木々や草、全てが焼き尽くされ……

ただあるのは、その廃墟の真中でお互いに支えあうようにして倒れている二
人。

美沙と樫緒だ。

そこでどんな熾烈な戦いがあったのか、それはあえて想像にお任せするが……

そこにはボコボコの鉄くずと化したラプターと、ひび割れた二振りの刀が転が
っていた事だけは供述しておく。




・エピローグ・



「はぁ…どうしよう。」

ため息をついたのは、娘…美沙をせおった、ほえほえ青年だ。

「ほ、ほんとに……」

それに呼応したのは夕日の赤い光に照らされて、もはや幻想的とさえ言える美
しさを醸し出す美女。その背中にはやはり息子…樫緒が背負われていた。

どちらも、すやすや寝息を立てて寝ている。

時折、聞こえてくる二人の寝言……

「ミ、ミサイルが…ミサイルが効かない?!そんなバカな!!」

などと言う驚愕の声や、

「ふふ、ふふふふ、ふふふふふふ」

などと言う、あまり健康によろしくなさそうな、うつろな笑い声を別にすれ
ば、まぁ…おおむねの所ほのぼのとした家族水入らずの風景と言える。

海岸線の遥か向こうでは太陽が一日の仕事を終え帰路につこうとしていた。
二人はそれを見ていた。

子供を背負い砂浜に座りこみ。

ロマンチック……と、言えなくもないのだろう。

が……

唯一の移動手段……ロッキード・マーチンは壊れてしまった、代わりの乗り物
もない…

頼りのオチビ様達はダウン。

さあ、どうする。

などという、ささいな問題の前では、全ては絵空事にしか過ぎない。
「はは……ほんとに参ったな…」

ぽつり。もういちどほえほえ青年……鷲士が呟いた。

美貴はそんな鷲士の横顔をそっと盗み見る。

言葉とは裏腹に全然、参ってなさそうな、それ所かどこか満足げな顔……

「…やっぱりさ……二人ともはしゃいでたんだね。」

ぽつり、今度は美貴が呟く

……『ぶっ』小さく『姉弟』が吹き出した。

本当に小さく、二人の親に気づかれないように。

どうやら二人、やっとお目覚めのようだ。
だがお互い目配せをしあい、このまま寝た振りを決め込む。

何気にいいムードである。

ひょっとすればひょっとするかもしれない。

「え?」

美貴をまじまじと見つめ…しばらくし、微笑んで鷲士。

「そうだね……」

静かな、静かに時が流れた。

二人で同じ夕日を眺め……
「そうだ」

と、ふいに鷲士が言い出す。

「何?」

「あの……さ。さっき…あの爆発が起こる前に言いかけてたこと……一体、何
だったのかなぁって思って……」

「あ、ああああれ?あれはー・・・な、何だったのかなー。あは、あははは
ー……………………って……知りたい……よ、ね?」

「うん。」

『ゴクリ』

双子が顔を見合わせる。
「あ、あの…ぼ、ぼくは…実は……ゆう…」

…と、まさに美貴が問題の単語を口に出そうとした時だった。

オチビ様のリュックから妙な音が上がったのは。

――――――ちゃ~ららっちゃちゃらら、ちゃ~らら~♪

「…な、なんだ?」

「ま、また邪魔が……」

軍艦マーチ。美沙の携帯の着メロだ。それもエージェンシー。緊急用のだ。

「ちょ、ちょっと、よ、よりによってこんな時にっ!」
そうでなくてもムードぶち壊し。


だが、さすがに無視するわけにも行かず、鷲士の背中から飛び降りすぐさま電
話にかじりつく。
喚きもさすがに小声だ。

樫緒もそれに習い美貴の背中から離れ、しわのできた眉間に手をやり、ため
息。

「み、美沙ちゃん?…それに樫緒くんも…起きてたの?」

「あ、あんたらは~~!!」

ぶるぶると怒りに身を震わせながら美貴。

鬼のような形相…とはこのようなものを言うのだろう。

ひ~~~、と美沙は冷や汗だ。
が―――すぐに幼い美貌は凍りついた。

「……な、なんですって!?」

美沙は血相を変え、鷲士達は眉をひそめた。

「うん、うん……解った。すぐ迎えを……うん。そーゆー事で!!…あ、今回
のデータはもう送ってあるから…うん…すぐによ?すぐに!!じゃ。」

ピ…携帯を切りこちらに向き直る。

「一体どうしたの?」
「どーしたもこーしたも!!……鷲士君、イエス・キリストのほんとの墓って
どこにあるか知ってる?」

「い、いえす・きりすと…って、まさか……??」

雲行きが怪しくなってきた。

「にゃははー、なんかイスラエルの山奥でイエス・キリストの本物の遺体が発
見されたんだってー。しかも凄い事に遺体が腐る事無く五体全部残ってるんだよ♪」

「いや…あははー…そりゃすごい…じゃなくって、まさかこのまま?」

「もち!!」

「ね、姉さま……それは、ちょっと私は予定の方が……」

「ぼ、僕だって!!」
「うっるさあああああああいっ!!着たくない人は来なくていいもん!!その
代わりヘリには乗せてあげないから泳いで帰ってよね!?」

「そんな、めちゃくちゃな……」

ババババババババババババババババ……

とか何とかやってるうちに迎えのヘリが……

「んじゃぁ、フェイス・チームしゅっぱーつ!!」

美沙がにこやかに告げる。

新しい冒険の始まりである。

「だ、だから、僕はダティフェイスじゃないんだってば~!!」
ボケ青年の悲鳴も、しかし日本列島から遠くはなれた無人島では、誰にも届く
はずがなかった。



草刈鷲士。天涯孤独の学生でありながら、実の娘との出会いにより、やがて本
当に世界最強の宝捜しになってしまう恐るべき青年。

人は彼を顔のない男―――ダティ・フェイス




(おまけに続く)



小説ルームへ戻る


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: