ちょびびんばの思いつき日記

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2011年10月30日
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こんにちわ。
今日は天気予報通りの雨模様の一日で、朝から肌寒い一日です
昨日日記に書いた「キャットニップ」には恵みの雨になっているかな



今日は・・・
というか、今日も(笑)愛猫の話です。



私は動物好きです
そんなこと言わなくても、11匹の猫と犬を飼っていたら分かりますよね(笑)
でも・・・実は、こんなにたくさん飼う予定ではありませんでした。
猫さん達が聞いたら怒るかな。

そのうちの一つをお話します。(長くなりますが、お付き合い下さい)



子供の頃の話ですが、当時から猫が欲しかったものの母の反対でずっと断念していました。
賃貸も今ほど厳しくなく飼える状況ではあったのですが、母の過去に悲しい出来事があったようで、それを二度と経験したくないからとのことでした。



その反動のためか(苦笑)両親の実家ではそれぞれ猫を飼っていたので、遊びに行くと必ず猫を抱っこしたがり、いつも猫に嫌われていました
それでも懲りない子供時代の私。
布団で一緒に寝ようとしたり、猫の散歩に付いていこうとしたり。
猫にしたら迷惑なことを散々やらかしていました。



母が病気をしてからは、双方の実家に行く機会がかなり減って、猫と接する回数も共に減り、また私自身も部活やテストに追われ、猫を飼うことを考えなくなっていました。
更に高校に入ってからは病院実習や課題提出にも追われる毎日で忙しくなり、どんな看護婦(当時の名称)になるか、どこに就職するかでいっぱいで、母も症状がきつく家庭の中が毎日戦場でした。



それから数年後。
就職目前の19歳の時。

生まれて間もない子猫で、小さな声で助けを求めていました。
慌てて川から引き上げてはみたものの・・・・
病気の母が飼うことを許してくれるはずがありません。
当時、強迫症状がきつく、お客様を家に招くことすら出来なかった状況だったので。




だけど、小さな体を震わせる子猫を見捨てることも、自分には出来ませんでした。

でも、とにかく早く濡れた体を乾かしてあげたかったし、ミルクもあげたい。
そこに目に入ったのは、田んぼで遊ぶ小学校3~4年生くらいの男の子達でした。



その男の子達の元に、家からこっそり持ってきたタオルに包んだ子猫と共に走り寄りました。
当然のごとく、びっくりしていた男の子達でしたが、子猫を拾ったことと私の家ではどうしても飼えないこと、だけど弱っている子猫をどうにかしたいなどを説明したところ、男の子達は快く聞いてくれて、一人の男の子の家に連れて帰る話になりました。



ですが、やはりそこの家のお母さんが反対され、子猫を飼うことは無理でした。
当たり前といえば当たり前でしょうか・・・。
男の子も一生懸命お母さんを説得してしてくれましたが、やはり家では飼えないとのお話。



このまま放っておくと子猫は死んでしまいます。
どうしよう・・
必死で考えた結果、里親を探すことにしました。
ただ、その間子猫を世話してあげないといけません。



困っていると、その男の子のお母さんが
「飼ってくれる家が見つかるまでなら、うちで預かってもいいよ」
と言ってくれて、その言葉に甘えて子猫を里親が見つかるまでお願いすることにしました。
ただ、期間は数日とのことで、3日間くらいの間で子猫が生活できる先を見つけなければいけません。



思い当たる所に片っ端から電話をして、事情を説明しました。
ですが、なかなか飼ってくれそうな家はありません。
友達にも当たってみましたが無理でした。
数日ということだったので、張り紙をして待つ時間もありませんでした。



とにかく病気の母に感づかれないようにしていたのと、子猫のことが心配で思うように里親を探せなかったように思います。
当時は今のように便利なネットなんてない時代でしたから、自分で出向くしかなくて、母にも言えないし、電話も話が母に筒抜けになる場所にあるので一人で探していました。
公衆電話を使うにもお金がかかるから、そんなにたくさん電話はかけられない。



今思えばもっと方法はあったのでしょうが、まだまだ知恵がない年齢でしたから、いよいよ煮詰まってきました。
この時ばかりは、病気の母を本当に恨みました。
「母さんが病気でなければ子猫を助けられるのに」
子供が考えることなんてその程度です。
母が悪いわけではないのですが、怒りは母の病気に向いていました。




子猫のことを思い浮かべながら途方に暮れていた時に、たまたま目に飛び込んだ文字。
小さなペットショップの看板
「子猫引き取ります」




「もう・・ここしかない」
と思いました。
引き取り代として3000円必要でしたが、拾った子猫と同じくらいの猫が数匹ケージに入っているのが、看板の奥に見えました。
すぐにそのペットショップに入り、引き取ってくれるかどうか訪ねました。
「自分でミルクを飲める猫ならいいよ」
という返事をもらい、翌日に子猫をそこに連れてくる約束をしました。




期日ギリギリに子猫の行き先を見つけました。
しかし、そこは里親ではなくてペットショップ。
それも、この先飼い主が見つかるかどうかわからない不安に思う場所。
複雑な思いでした。




しかし、無理を言って自分が拾った子猫を預けているのですから、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません。
少し重い足取りで男の子の家に向かいました。
子猫はすっかり男の子と打ち解けて、庭先で遊んでいました。
それを見るとますます胸が詰まる。



でも、約束は約束です。
そこの家庭の事情もあります。
男の子に声をかけ、子猫を迎えに来たと伝えました。
そこにお母さんが出てこられ、飼ってもらえる家は見つかったの?と聞いてこられました。



男の子の手前、何故か本当のこと言っちゃいけないような気がして嘘をつきました。
「親戚が飼ってくれることになったから。」
お母さんは安堵したように
「子供にすっかり懐いてきたから飼おうかと思ったんだけど・・・
お父さんがダメだって言うもんで。
本当にごめんね。」




違うんです。
お母さんのせいじゃないんです。
本当なら自分が飼ってあげたかったし、せっかく助けた命を見捨てたくなかった思いで一杯でした。
でも、言えなかったし自分もそう出来なかった。



寂しそうにする男の子に「ありがとう。心配ないよ」と言って、自分の家の前まで子猫を連れて帰りました。
子猫の戸惑っている様子がはっきり伺えます。
「やっぱり隠れて飼おうか。」
でも、自分が学校に行っている時の世話は?
ご飯代は?
安心して眠れる場所は?



ない。
やっぱり無理だよね。



子猫に申し訳ない気持ちでした。
「ごめんね。」
と言ってバックに入れて、あのペットショップに向かいました。
子猫がパニックになり、暴れ出します。
その振動が体中に伝わり泣き出しそうになりました。
私は鬼なんじゃないかと思いました。




ペットショップに連れていき、子猫を店主に見せました。
「この子なら大丈夫だね。」
と素っ気なく言ったあと、私から3000円を手にするとあのケージの中に子猫を入れました。
川から引き上げられて寒い思いをしたけど、あの優しい男の子の家できっと温かい家族の中で過ごせたのでしょう。
でも、それは本当に短い間でした。
今度は知らない、そして狭いケージの中で生活しなければなりません。




「よろしくお願いします」
それだけ言って、子猫を見ないように店から出ました。
見ることができませんでした。
誰もいない場所まで行き、声をあげて泣きました。
「ごめんね。本当にごめんね。」




どれくらい時間が過ぎたでしょうか。
気になりつつもそのペットショップには行けない日が続いていましたが、ある日思い切って出向いていきました。
「子猫引き取ります」
その看板はまだありました。
でも、その子猫の姿は見当たりませんでした。



いい飼い主さんが見つかったのでしょうか。
狭いケージから出て、温かい毛布にくるまって眠れているのでしょうか。
そうだったらいいな・・・。
でも、もしひどい人が連れて帰ってたら。



子猫の姿が見えないケージを喜ぶことは出来ませんでした。
それからも時折そのペットショップの前を通りましたが、知らないうちにあの看板もケージもなくなっていました。



その数年後に今、実家で飼っている「たま」に出会います。
「たま」は実に強引に母に無理を言って飼わせてもらいました。
あの時の子猫のことがずっと忘れられなかったから。
そして、同じようなことを繰り返したくなかったから。




今、我が家でいる猫さん達にも、実は主人が自己破産した時にどうするかという話が上がりました。
元々は、お義母さんが親戚から貰ってきた猫で、繁殖に繁殖を重ね増えた状態でした。
基本放し飼いなので、喧嘩して大傷を受けた子もいるし、病気をもらって亡くなった子もいます。
そのまま行方不明になった子もいました。



あのお義母さんが責任を持って飼うはずもなく、飼育代節約に犬用のご飯を猫にあげていたくらいです。
そのため栄養失調で短命で亡くなった子猫もいます。
その時はまだ主人と交際している時だったのですが、猫のご飯は私が買って毎日主人の実家まであげに行くようにしていました。



そのような背景があったので、自己破産の申請で主人の実家を出ることになった時、あのお義母さんは絶対見放すと思い、経済的にかなり厳しい状況でしたが猫を連れていく決心をしました。
自分は既に退職し収入は年金と夜中にしていた代行運転のバイト代だけ。
主人は破産手続中だったため、私と一緒に代行運転のバイトをしていましたが、借金だらけでした(苦笑)



でも、何とか暮らしていこうと思い、猫と犬(破産する前に里親募集でもらった子です)を連れて主人の実家を後にしました。
引越しの準備中に何かを感知したのか、そのまま帰ってこなくなった猫もいて、全員新しい家に連れてこれたわけではありません。
それは今でも心残りです。
どこかで元気にしてくれていたらいいですが、野良をしていたら寿命的に考えると無理かもしれない。
私達が引越しをしたあと、お義母さんも実家を出ました。
元々、主人の借金の抵当に実家が入っていたので、他人の手に渡ることになりました。
だから、誰もあの土地に残った猫達を保護できない状態でした。




こうして色んなことを経て猫をたくさん飼うようになりましたが、もちろん離れる気は全くありません。
我が家にいる猫さん達が、あの子猫のようになるのは嫌です。
猫さんの体調が悪く、動物病院の治療費が高額でローンを組んだこともありましたが、家族だから当然です。
あの時の子猫が暴れた、あの振動、あの声は未だに忘れられないのです。
人間の都合で亡くなる命は、もう見たくありません。



だから、これからも猫・犬共に一緒に暮らします。
最期までちゃんと一緒に。
はちゃめちゃな我が家の猫さんですが、あの時の子猫が教えてくれた命の重みを忘れずに、どんな時も一緒にいる想いです。






















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最終更新日  2011年10月30日 16時09分59秒
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