(略)ヨーロッパ人の間では、トンボは悪魔的にみられ、
世の中に災いをおこすために悪魔から送られた存在とも伝える。
トンボは「悪魔の縫い針」ともよばれ、子供たちは嘘をつくと
トンボに縫われると聞かされるという。
日本では、『古事記』『日本書紀』に、天皇の腕をかんだアブを
「蜻蛉 あけず
」がとったので、トンボをたたえる歌を詠んだ
という物語があるように、むしろ縁起のよいものとされた。
特定のトンボを神聖視する習慣も広い。
オハグロトンボ( 注:ハグロトンボのこと
)は、カミサマトンボと
称して、とることを忌む。田の神様といって尊ぶ地方もある。
盆行事の時期のトンボを、精霊の姿、あるいは精霊を送迎するもの
とみる風習は全国的にあるが、とくにアカトンボについて顕著である。
京都府北部には、七月一日をトンボ朔日 ついたち
とよび、
地獄の釜の蓋が開き、アカトンボの生まれる日であると伝える村があった。
岡山県でも、アカトンボを盆トンボといい、とると盆がこないという。一般に、とることを忌み、殺すと罰があたるという。
アイヌ民族にも、たくさん群れているところへ行き合わせると縁起がよいとか、もてあそんではいけないとかいわれているトンボがある。
アメリカインディアンでも、ズニ族では、トンボは超自然的な力をもつものとみなされ、殺すことを忌むという。
(略)民間では、初秋に突如として群れをなして飛来するところから、
祖霊が姿をかえてやってくるとみてこれをとらえることを忌み、
とらえると<盆と正月礼にこい>と唱えて放つ風習があった。
東北地方にはトンボに姿を変えた魂が宝物を埋めた場所を知って
長者になる昔話(蜻蛉 だんぶり
長者)がある。
(略)英語ではトンボをdarning needle(かがり針)、
devil's darning needle(悪魔の~)と呼ぶ。
(略)トンボの長いしっぽを針のように使って、人間の耳を縫いつけて
しまうとか、子供がうそをついたり、いけないことをいったりすると
唇を縫ってしまうという俗信に由来する。
(略)フランスの古い迷信でもトンボと爬虫類や両生類などと
結びつけられることが多く、おそれられ、いやがられてきたようである。
サンショウウオとトンボを同じ名で呼び、かまれると危険と思っている
地方や、洗濯女などがトンボに"刺されないよう"におまじないの文句を
唱えていた地方がある。
またトンボの翅で手が切れるとか、トンボに額を打たれると必ず死ぬとか
いわれていた。