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今日、向こうに持っていけない家財道具を全てSPCAに寄付した。トラックを予め手配しておいたので、向こうの係りの人が2人来てウチからはおっさんとおっさんの友達。4人の男性で運んだらものの10分もかからず運び出し成功。やっぱり力仕事は大人数でパッパと片付けるに限りますね。
2005年02月27日
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昨日は、貸し倉庫に預ける荷物を引き取りに来る日だったので、私たちが荷物を運び出す間家の安全を守ってもらうためくまこちゃんが昼間うちに来てくれた。意外と預ける荷物が多かったので結局私の物が2箱分入らなかったからそれは別に船便で実家に送ることにしそのまま倉庫の人にお願いして準備完了。くまこちゃん、ラッキー&ブレンディ、お留守番お疲れ様。もうお腹ペコペコだわ。ってことでお昼ご飯を食べに行くことに。台湾料理の美味しい店をこの前紹介してもらったのでそこに行きたくてくまこちゃんとおっさんに「ちょっと歩くけど近いから」とか言いながら歩き始めたんだけど、実は遠かった!!!3~4キロくらい歩いた?2人ともかなり疲れてそう・・・・・ううぅぅ・・・すまんのぅ~・・・・じゃがバス便もないのさ・・・と言ってるそばからバスが「びゅーっ」って通り過ぎた。ワシ、嘘つきじゃ!散々歩いてお腹も空いたところでようやく到着。お昼のピーク時を過ぎたため、店内は適度に空いてたからすぐ座れたので早速メニューチェック。注文したものは・・・・くまこちゃん「甘酢ポーク&野菜かけご飯」おっさん「チキンから揚げ麺」ワシ「マーボー豆腐かけご飯」そして「小龍包」どれもなかなか美味しかったですよ。特に小龍包なんて10個で4ドル95セントだったし味も本場の手作り。ご馳走様でした。帰り道はバスも来ないみたいだったから歩いて駅まで。そこからウチに戻り用事のあったおっさんと別れ私たちは荷物をまとめる作業へ・・・続きはまた時間のある時に書きますね・・・
2005年02月24日
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昨日2月18日は、今の会社で働く最後の日だった。たまたま社長は仕事でビクトリアという場所に行かなければいけなかったので後任の人と一緒に丸一日すごしたけど、途中電話をくれて少し話した。社長が最後にちょっとだけどお昼ご飯みんなで食べてお別れ買いしようよ。って言ってくれた。来週の木曜日。後任の人に中華料理の手配をしてもらうようにしてくれたので、美味しい中華料理が食べられるかな。なんだか一年と少ししかいない会社だったけど、本当にみんな暖かい人柄の過ごしやすい場所だった。仕事関連では取引先やお客さんの支払いの件など色々あったけど、お給料もきちんと上げてくれあんなに今回の退職の件でも私の抱えている状況を親身になって考えてくれて「いやあ、昨日は色々考えて眠れなかったよ。何だかすてぃっちさんの状況を考えると涙が出てくるよ」とまで言ってくれた社長。そして知恵を絞ってアドバイスしてくれた。社長が考えてくれたように出来れば一番良かったのかもしれないけど、おっさんの学校在学中そして卒業後2年、計4年も仕事が見つからなかったしずっとダンナがバイトというのも将来的に希望が持てない。私が生活を支えるのにも限度がある。今回の判断が将来的に実りあるものになる事を祈るだけだ。そして安定したその時また会社に挨拶に行ってこれから新しい土地で体験するであろう冒険を話したい。また、仕事中にお世話になった会計士のおっちゃんも来てくれ、お別れカードとチョコレートをお土産にプレゼントしてくれた。冗談を少し言ってすぐダウンタウンのオフィスへ行っちゃったけど、カードを読んだら、「これからの貴女の人生、自分が判断したことに自信を持って進んで下さい。就職の推薦状などが必要になったらいつでも遠慮なく言って。現地に着いたらメール下さい。」と短い文章が書かれていた。何だか後押しされた気分。同時になんか自分って本当にみんなに守られてここで頑張って来たんだなあ・・・と思うと涙が出てきた。そしてお昼ご飯は後任の人にご馳走してもらった。日本食。色々おしゃべりしながら、楽しかったなあ。後任の人を選ぶのに、実は今回一度ある選ばれた人と引継ぎしかかったんだけど、私の中で「この人はダメだ。きっと後でトラブルの元になる・・・」という予感がしてならなかったので断り別の人に来てもらうことになった。私の判断は恐らく間違っていなかったと思う。断りの電話を入れた日の午後、職場を早退して来たんだか何だかでものすごい剣幕で事務所に殴りこんできた。色々ギャーギャー言われましたよ。会社の鍵を貸してあったので「返して下さい」というと「社長から話を聞くまで返さない。社長が帰るまでここで待つから電話して」ってすごい剣幕だったけど、社長は打ち合わせでいないので無理やり帰ってもらった。そうしたら下の事務所にいた現場の人の所に言ってギャーギャー。。。。。履歴書には色々と良い事が書いてあったんだけど、どうも実際経理ソフトの使い方を教えても実践で使ったことがないようでたどたどしかった。その割には自分の給料の事などちゃっかりPCに登録したり、税金が安くなるように変更するよう私に言ったり。。。。文章ではなかなか表現出来ませんが、こんな強烈キャラはやっぱり雇わなくて正解だったかも。何だかねえ、会社のお金を扱う人になるわけだし、ぺティキャッシュ(小口現金)月400ドルも常に取り扱う。金額どうのこうのじゃないけどどうも第六感みたいなのが「こいつはダメだ」って訴えてて。。。色々ありますな。そして一年ほど前に交通事故に遭った台湾出身の女性。彼女も昨日は社長と一緒にビクトリアに行かなければいけなかったので、その少し前に一緒にお昼ご飯を食べに行った。会社近くの台湾料理の店。目立たない場所にあるのに、お客さんがいっぱい。そして味も良かった。ここも彼女がご馳走してくれた。親元から離れた場所で他人から受ける人情って本当にありがたいもんです。これでまた一つの「章」が終わって新しい「章」に移る。今度はどんなことが起こるかなあ・・・・・。
2005年02月18日
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おっさんのジイチャンが90歳を迎えるということで、本人には内緒で親戚一同が集まってパーティーをすることになったのよ。おっさんの妹から電話があり、おっさん二つ返事で快諾。早速ホテルの予約や、レンタカーの手配を嬉々としてやっていたんだけど、そこに出てくる問題がひとつ・・・。実は今回のカナダ出国に関して、おっさんのおかんが反対。やはり一人息子を海外に出したくないようで、おっさんが「実は○○に行くことになって・・・・」って言った瞬間「ガッチャーン!!!!」って電話切られた。おかんも短気らしく、今までにおっさんと何度か衝突したり、子供時代には色々とあったようで、多少今でも確執があるようだけど、それでもおっさんはなんとかおかんに合わせてた。それでも今回はさすがに無理だったようで「どうしよう・・・ジイチャンのところ行くとき、おかんのところに借りてたテーブル返しに行かなくちゃいけないだろうなあ」ってちょっと心配してたおっさん。。まあ返さなきゃいけないのは返さなくちゃいけないので、当日ホテルにチェックインした後電話して、テーブルを返却に行った。おかん、やはり機嫌が悪くて玄関にも来てくれないし、顔も「ぶっすーー....」ってしてるんだよねえ。。。。う~~む・・・。ワシも困った。。。まあでも仕方ないので、少しだけソファに座り、返すものだけ返して退散。。。きっとこれが行く前には最後だろうなあ。と思ったけど、向こうに送り出す気持ちが無いんだから仕方ない、ってことでおっさんも諦めた様子。なんだかちょっと後味悪いけど、気を取り直しておっさんの留学先の弟と会い、夜ご飯を一緒に食べホテルへ戻った。今回はお金を節約したかったので、安いチェーン店に泊まった。まあどこも泊まるのには変らないし一泊だけだったので気にならず。テレビで放送されてた映画を見たりしてリラックスし、翌日のジイチャン誕生パーティーに向けて早めに寝ることに。翌日は9時ごろ起床し、朝ごはんを食べてからチェックアウトしてモールに向かった。バースデーカードを買ってフードコートで休憩してからおっさんの散髪をしに「スーパーカット」へ。安いチェーン店で、14ドルだった。それからペットショップに寄ってウサズの移動用ケージを買ってパーティー会場へ。ジイチャンが信仰している教会のホールを借りてたので、そこへ向かうとおっさんの姪っ子や親戚、兄弟達が大集合。30分ほどしたらジイチャン、バアチャン登場。みんな幸せそうな顔して楽しかったわ。教会の教義でベジタリアン??みたいで野菜料理がたくさん出てきた。美味しかったな。おっさんの亡くなったお父さんの弟(オジサン)さんも泣いてた。うれし泣きかな?昔の写真のスライドとかもあって、とてもよい誕生日でした。でも、90歳まで長生きしてみんなに祝福されるジイチャン。これからも長生きしてもらいたいもんです。私たちはこの後すぐバンクーバーに戻らなければいけなかったので、早めに失礼したけど普段話したことのないオジサンとかともいっぱいしゃべれて嬉しかったな。帰り道、再び5時間かけてケロウナから地元に戻ったのは夜9時。ウサズをお迎えに行って、お世話になった人と話し込んだりしてたらちょっと遅くなったけど、いざバンクーバーを離れるとなると、周りの人達の親切さが身にしみますねえ。。。あと2週間足らずとなったバンクーバー生活。悔いのないようにしなくちゃね。。。
2005年02月17日
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今年に入って2度目の風邪をひいてしまい、なかなかつらかったんだけど、ようやく回復しつつあります。狭い家の中を我が物顔でのさばっていた電化製品達も、一台、また一台・・・といった感じでだんだん少なくなって来て、あとは電子レンジが残るのみとなってしまいました。まあこれは小さいから少し落ちついてからまたカナダに取りに来るまで保管しておいてもいいし・・・・ね。私は物の売り方が下手なんでしょうな、どの商品もめちゃくちゃ安く言ってしまうので、その度におっさんにしかられ。。。。結局おっさんの方がよっぽど商売上手で、ハイテンションでセールスポイントをまくし立て、あっというまに売ってしまうんですわ。案外商売人やったほうがうまくいくかもしれませんね。2、3日前にくまこちゃんとくまおさんがウチに遊びに来てくれ、ウサ達の相手をしてくれたり、いろんなお話をしたり。その後もオセロを持参し、近所の中華系喫茶で盛り上がり・・・。楽しいのう~。でも、おっさんの目の前に座ってたくまこちゃん、おっさんの「目ェギロギロ」にちょっとおびえてました。あはは。ごめんね~。次回は負けないようにくまこちゃんも「目ェギロギロ」でがんばって下さい。じゃ、今日はこの辺で。また時間があれば続き書きまーす。明日から、おっさんの実家まで行ってきます。一泊だけだけど、まあちょっくら・・・ってことでね。
2005年02月11日
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何だか引越し前っていうのは忙しいもんで、毎日仕事から帰って来て片付けしてると疲れちゃいますね。・・・もうこれで引越し何回目だろう・・・・。とりあえず今バンクーバーでしか出来ないこともやりつつ、家の片付けや仕事の引継ぎなどに精力的に頑張りたいなあと思ってるところですが、今朝中尊寺ゆつこさんが亡くなったっていうニュースを読んでやはりちょっとびっくりしてしまいました。死ぬには早すぎる42歳。まだまだ子供さんだって小さかったし将来も見届けたかったでしょうに、残念なことです。生きていたい、という人に限って病気や事故で亡くなるケースをよく聞きますが、それも運命なんでしょうかねえ・・・私ね、最近まで「何でカナダってこんなに仕事が見つかりにくい場所なんだろう。簡単な仕事だったらすぐ見つかるけど一生出来るような仕事はコネがないと到底無理。私は何とか経理の職にありつけるからどこに行っても困らないけど、おっさんがねえ・・・・・」って考え込んじゃってたんですよ。それで今回のカナダ脱出も決めたわけなんですけど(英語圏以外だと、少なくともおっさんは英語の先生が出来ますからネエ)、中尊寺さんの事を思うと何でも人生出来るうちにチャンスをつかんでやりたい事やって後悔しないような人生の方が幸せなのかなあ・・・・なんていうことも思ったりして。人それぞれの生き方って色々ありますよね。
2005年02月01日
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