全526件 (526件中 1-50件目)
【1】念願の神戸勤務がかなった。仕事は、六甲アイランドでの 、港の地盤改良工事。液状化現象防止のため、重機を使って地中の土にセメントミルクを混ぜる工法だった。4社4機の地盤改良機の管理 業務だった。仕事は、まあまあ順調に進んでいた。俺の仕事は、4社の担当者との、打ち合わせ、報告受け、連絡業務などが主だった。パソコンで、データ解析もやったが、事務所内とはいえ、現場での事務作業は、いらいらしていやなものだった。4社の下請け会社の担当者の上に存在するという状況は、複雑な気持ちだった。もともと偉くなりたいなどという願望があったわけでもなく、自信を持って普通に対応できたか疑問に感じていた。それでも、これが自分の職務なのだからと割り切って、開き直って業務を続けていた。【2】1号機の担当者は東京、29歳。素直な子で、俺の指示もすんなり受け入れてくれた。2号機の担当者は名古屋、23歳。まだ建設業界のことがわからない状況で、ヘルメットのかぶり方も注意したことがあった。3号機の担当者は大阪、18歳。以前は道路関係の仕事をしていたが、これから地盤改良をやっていくんだそうだ。若いだけあって、現場業務もパソコン操作も、覚えるのが早かった。4号機の担当者は福岡、24歳。普通の感覚の子で、まだ、大学時代のことが思い出されるあたり、かわいい。みんな、若い子ばかりで、かわいいと思ったり、不安になったり、気持ちが忙しかった。みんな、それぞれの仕事の頑張り方も見えたし、管理する立場の俺としても、誇らしいというか、気持ちがいいものだった。【3】まず、1・2・3号機が感覚を置いて進んでいった。多少のトラブルもあったが、仕事は順調に進んだ。それが、終わってから4号機が入る工程だった。仕事が半ばまで進んだころ、1号機の担当者が交代することになった。今の担当者が他の現場へ行き、新しい担当者が来た。唯一俺より年上の人だ。会社も東京にあり大きいし、実務経験も長いからか、最初から偉そうな態度をとった。目が「ドロ」っとした、優秀そうにも見えるおじさんだった。別に俺は、偉そうにしていたつもりはなかったけど、上の会社に所属している俺を、おだてたり、嫌ったり、忙しそうだった。俺は、仕事だけの付き合いだし、この現場だけの付き合いになるだろうと、あまり真剣には相手にしていなかった。ドロ目男も、業務は順調にこなしていった。そこはおとなになってもらわなくては困る。【4】1号機の担当者ドロ目男は、この話の対象者なのだが、現場業務が終わるまでは、普通に接していた。仕事の知識を鼻にかける感じもしたが、経験値を利用させてもらおうと気にしないでいた。人を見下す感じもしたが、年上なのだからしょうがないかと割り切っていた。ドロ目男は、現場終了間際に、自宅の電話番号を教えてくれた。会社にいないときでも、自宅に電話してくれれば、わからないところに答えられるからということらしい。素直に喜んで、電話番号を控えた。1・2・3号機の仕事が、ほぼ同時期に終り、重機は解体されて搬出された。担当者も帰っていったり、他の現場に向かったりした。ドロ目男も、東京に帰っていった。なんかすっきりした感じはした。とりあえず、3台の仕事は無事終わったという安心感もあった。次は、4号機だ。【5】4号機が搬入され、組み立てられ、作業を開始したころに、ドロ目男から電話がかかってくるようになった。最初、作業データの処理が気になるのかと思っていたが、その類の話ばかりではなかった。「あなた、結婚しなくちゃだめじゃないですか」などと、プライベートの話もでてきた。変わった世間話をする奴ということにして、対応していた。その「世間話」は、とうとう1日数回電話が来るようになった。うっとうしいから「うるせぇんだ!ばかやろう!」と怒鳴ったこともあったが、効果はなかった。あることに気がついた。最初からなのか、だんだんとなのか、ドロ目男の声が、ゲロゲロと気持ち悪かった。冷静になって、客観的に聞いてもみたが、気持ち悪い声で、ねちねちと人を攻撃しているように感じた。【6】ドロ目男からは、毎日のように電話がかかってきた。内容は、いつもと同じいやみったらしいことを、ゲロゲロ言っていた。もう電話しないでくれとも言ったが、やめることはなかった。いたずら電話と判断した。電話を録音した。客観的証拠として使おうと思っていた。まず、兵庫県警の警察署に電話して、いたずら電話で困っている旨伝えた。録音した電話内容も聞いてもらった。「東京の人間は、そんなやつもいるのか」と言っていた。威力業務妨害にならないか聞いてみた。十分成立すると思うという回答だった。だが、業務妨害で即逮捕でも面白くない。とりあえず被害届を出す用意はしていると伝えると、被害届は、警察署に来てくれれば簡単にできると言う。相手の様子を見てから被害届は出すと答えた。【7】ドロ目男の所属する会社は、東京にある。その会社の電話を使っているということは、事件発生現場は東京だということだ。警視庁の管轄警察署にも電話しておこう。警察署に電話すると、いかにも面倒だなという雰囲気の対応だった。兵庫県警には被害届をだす準備をしていると伝えると、逆に警視庁には関係ないことのような言い方だった。ちがうだろ。兵庫県警が被害届を受理したら、加害者は、警視庁管轄の住所にいるということだよ。それは、無視できないだろう。話してもなかなか理解してもらえないようなので、ドロ目男の声が入った録音テープを聞かせることにした。最初、その担当者は、そんなもの聞いてもなぁという態度だったが、ドロ目男のゲロゲロ声を聴いて黙った。「どうですか。長年警察業務をやっている人なら、声を聞いただけでも、犯罪の匂いをかぎ分けるはずだよね」【8】警視庁の警察官は「う~ん。これは問題があるな」と態度を変えてきた。「でしょう。防犯課に取り次いでもらったのもそのためなんですよ。事件が起きてから動くなら刑事課でいいんですから、未然に防げたら、刑事課なんていらないんだから。防犯課の仕事のほうが大事ですよ」「そうか、防犯課の仕事のほうが大事か。わかった」「それで、兵庫県警に被害届を出した時点で、警視庁も動いてほしいんですけど」「それまでは、動くなっていうのか。それも問題だな。せっかくやる気になったのに」「『内定調査』程度にしておいてください。俺のほうでも、電話で確認したりしますから」「わかった。内定調査な。それならいいんだな」「はい、事前調査程度なら」【9】ドロ目男からの、次の電話は「警察に連絡したんですか。困ったもんですね」というものだった。「『困ったもんだ』という言葉は、そのまま返すよ」ドロ目男は怒ってるんだろうか。語気は荒くならず、相変わらずゲロゲロ話す。「あなた、頭おかしいんじゃないの」と言うので「それも、そのまま返すよ。今後を楽しみにしてな」と言った。「なんで警察なんか入れるのかなぁ」「あなたがやってることは、威力業務妨害っていう刑法犯罪なんだよ」「なんで犯罪になるのかなぁ。犯罪じゃないんだよ」ドロ目男は、笑いながら言っていた。「自分で勝手に決めないで、法に従ったほうがいいぞ」【10】ある日、1号機の最初の担当者から電話があった。奴もドロ目男と同じ会社だからなと警戒して聞いていると「ヤマザキさん、がんばってください」と言うではないか。「え?頑張るって、仕事のこと?」「いえ、うちの人間ともめてるって聞いたもんで」もめてるのに、俺にわざわざ電話してきて『がんばれ』か…「がんばっていいのか。こっちは、つぶしてやるって思ってるんだぞ」「ぜひ、思い切ってやってください」「同じ会社の先輩を守らないのか」「僕も、いやみ言われていじめられてたんですよ。結婚しないのかとか言われて」「まだ29歳だろ。結婚しなくて悪いのかよって感じだな。田舎の年よりみたいだな」「ほんと、いやになってたんですよ」【11】どうやら、ドロ目男は、自分より年下に人間には強くて、いじめたがる性格のようだな。1号機の最初の担当者には「まかせとけとは言えないけど、俺を応援してくれて心強いよ。やるだけのことはやってみる」「それでけっこうです。がんばってください」「うん。でも、俺とこういう話をしたってことは、奴にも周りにも黙ってたほうがいいぞ。陰ながら応援してくれるだけで十分だから」「わかりました。陰ながら応援してます。やっつけてやってください」「わかった。それで今の現場は順調かい?」「ええ、問題もなく、順調です」「それはよかった。まず、仕事でとトラブらいのが一番だよ。今後、奴のことで、俺に電話してこないほうがいいぞ。ばれると面倒だから」「わかりました。では、失礼します」【12】警視庁に連絡する前、ドロ目男ともう一人が、俺の会社に行っていることを聞いていた。会社の所属課長が電話してきた。どんな様子だったか聞いてみた。「うーん、事務係長と一緒に来てたな」「営業活動とか、あいさつ回りって感じはしましたか?」「いいや…おまえのことを聞きに来てたって感じだったな」ほう、事務屋を手下にして、俺の身辺調査か。こっちもそれとなく調べるか奴のことを。特に性格について知りたかった。心理戦になれば、相手の性格を把握しておく必要があるだろうな。警察は、あくまでバックアップ、保険のように用意しておいて、自分でなんとかしてみたくなった。なんとかなるだろう。ひとりつぶすか、その性格をなおすくらいはできるだろう。【13】ドロ目男の会社に、こちらから電話したこともあった。ドロ目男と行動を共にしている事務係長のことも知りたかった。最初に電話に出た総務の女の子らしい子は、こちらの名前を言うと、態度を一変させた。つっけんどんというより、怒ったような対応だった。たぶん、ドロ目男から言われてるな。俺から電話が来たら、まともな対応するなと。それでも、こちらは怒ることもなく、事務係長に取り次いでもらうようたのんだ。事務係長は、俺からの電話ということでかなり警戒しているようだった。「なんだ、あんたは。なんのようだ」と、冷たい対応だね。会社にかかった電話に対応する態度じゃないと思うけどね。そういうやくざ会社なのかと勘違いしてしまいそうだった。ただ、総務女子も、事務係長も、声の感じから普通の人たちなんだろうと想像できた。【14】ドロ目男の自宅の電話番号も聞いていたから、奥さんとも話しておこうかと電話した。以前にご主人と、同じ現場になったものだけど、いたずら電話のようなことでいじめられていると話した。「ご主人とは、対決ということになると思うけど、結果によっては奥さんにも迷惑がかかるかもしれないから」「どうも、ご迷惑かけてすいませんでした」ちょっと暗い感じのする声だったが、素直にこちらの言うことも受け入れてくれた。逆に奥さんに言われたことは「よろしくお願いします」だった。こちらでも、俺は応援されたということか。ドロ目男は、子供を撮った写真も会社でプリントしたいたそうで、奥さんはそれもいやでやめてほしいと言っていたそうだ。個人的な写真のプリントまで、会社の金でやってたのか。せこくて汚いやつだな。【15】警視庁が動いたようだ。警察署の担当者から電話があった。「おう、相手の会社に行ってきたぞ。どの電話使ってたんだとか聞いてな、電話機の写真も撮ってきたぞ。証拠だからな」なんか、誇らし気に話していた。「そうですか。ありがとうございます。これで、警察は本気なんだと、本人も会社の人間も思ったでしょう。ありがとうございました」「いやいや、職務だからな。礼はいいんだよ。それより、今後どうする?逮捕するか」「いや、兵庫県警に被害届を出した後でいいですよ。それがゴーサインになりますね。それまで、俺にも対応させてください。ちょっと考えてることがあるんで」「なにか考えてるのか。残念だな。こっちも『仕事』したかったんだけどな」「そういう状況になったら、よろしくお願いします」【16】事務係長と総務の女子は、ドロ目男の仲間とみていいだろうな。同じ会社に所属するからという理由で、俺に冷たく当たるというのはおかしいな。やはり、ドロ目男に誘導されている、脅されているとみるべきだろうな。ドロ目男が、俺の悪口を言って、あんな奴となかよくしちゃだめだ、たたいてやれなどと言っているのかもしれない。事務係長と総務女子を、ドロ目男から離してやれればいいな。距離ではなくて、ドロ目男の味方をやめさせるということができれば、ドロ目男を孤立させることができる。いたずら電話のようなことをするような男だ。孤立しても、一人で立っていられるとは思えない。事務係長も総務女子も、声の感じからして、ほんとは普通の素直な子という印象を受けた。そうだ、普通に会社で仕事をする人に戻してやればいいんだ。今は、ドロ目男に洗脳されているだけなんだから。【17】ドロ目男の会社に電話すると、いつもの総務女子がでた、電話応対係なんだろう。俺の名前を名乗ると、急に不機嫌な態度になった。しかたない、あとで何とかしよう。事務係長と変わってもらった。事務係長は、俺から名指しの電話だと知って、驚いているようだった。「なんの用なんだ?」と戸惑っているようだった。「あいつは、そばにいるのか?」「いや、いない。外へ出てるようだけど」「それじゃ、いい。話しやすい。この間、警察が来たろう」「来た」「あいつを威力妨害で告訴する予定でいる。あんたも共犯でいいんだな」「…」「警察沙汰になるってことだぞ。黙っていて、一緒に逮捕されたいのか」【18】「俺も逮捕されるのか」「今のままではな。共犯ということになるだろうな。威力業務妨害という軽微な解放犯罪だけど、いい歳して悪いことするのか。子供もかわいそうだぞ。父親が前科者になるってことは」「なんとかならないのか」「いまさらと言う感じもするけど、なんとかしたいのか」「なんとかしたい」「その前に、普通の事務作業に専念したらどうだ。それとも、椅子に座ってする仕事が苦手なのか。仕事に専念していたら、あいつに加担する余裕なんてないはずだぞ」「いや、椅子に座ってする作業は苦ではないんだけど…実は、仕事も溜まってるし」「そうだろ。俺から見ると、いすに座りっぱなしの仕事って苦痛だけど、向いてる人もいるんだな」【19】「俺はこれからどうしたらいいんだ」事務係長は、震える声で聞いてきた。思った通り、もともとまじめな人なんだろうな。「そう、これからな。これまでしてきたことはどうにもならないもんな。これからできることは、あいつを無視することだよ」「無視?できるかな」「できるよ。自分の机に向かって『仕事があるから』って言えばいいだけだ。それは、ただの通常業務だろ。それができないなら、会社も辞めて転職したほうがいいな」「転職はするつもりはないな」「だったら、あいつから話しかけられても、仕事を続けて、無視すればいい。なんども言うけど、事務職の人間が正しい通常業務をするだけだぞ。できるだろ」「できそうだ。それだけでいいのか」「それだけでいいよ。それで2・3日様子を見る」【20】次は総務女子につないでもらった。「私になんの用ですか?」相変わらず不機嫌そうだ。「今、事務係長と話がついた。これからは、あいつのこと無視してくれるか。そうしないと、自分が孤立するよ」と、一気にまくしたてた。「無視するって…」「うん、言葉で拒絶するのはむずかしいだろ。だから、あいつが話しかけてきたら、サッと立ち上がって、女子トイレか給湯室に逃げ込めばいい。いい?サッと立つんだよ。おばさんみたいに『どっこいしょ』なんて言ってちゃだめだよ」すると、女子は笑った。「ふふふ」「色っぽい笑い方するね。いいよ。怖がらなくていいから、ゲームのつもりで逃げるんだよ」【21】事務係長と総務女子が、ドロ目男を無視したら、周りの人間も追従するかもしれない。いままで、人の弱いところをいじめて上位に立とうとしてきた罰だ。会社の中で孤立するだろう。孤立して、静かになって、通常業務をして、普通の交際ができるようになれば、それはそれでいい。できなければ、会社に居づらくなるだろう。奥さんに、もう一度電話しておこう。「奥さん、旦那さんは、俺のために会社をやめることになるかもしれません。最悪の場合ね」「すみません。ご迷惑をおかけしまして」「いえ、それより、だんなさんが会社を辞めて、生活していくのがたいへんになると気になったんですよ」「しかたのないことだと思います」「そこまで、割り切ってくれているなら、こちらも、思いっきりやらせてもらいますよ」【22】「思いっきりやってください。お願いします」お願いしますと言われると、応援されているような気がした。「生活が変わることも覚悟しておいてください」「…わたし、離婚しようと思ってるんです」その決断は今回のことだけじゃなくて、積もり積もった不満から来てるんだろうな。「…大人の男と女の関係なんで、なんとも言いませんけど、その後の生活に不安はないんですか?」「なんとかなるって思ってます」静かな声に強い意志を感じた。「そこまで、強い決意なら、止めはしません。頑張ってください」「ヤマザキさんみたいな人と結婚すればよかった」こちらが、急に暗くさびしい気持ちになった。「…なんともいえません。ごめんなさい」【23】ドロ目男から電話がかかってきた。「あなた、家にも電話したのか?」「したよ。奥さんが心配だから」「なんて言ったんだ」「それは、教えられない」「教えられないだとぉ。係長と女の子にはなんて言ったんだ」「それも教えられない」「なんだとぉ」孤立状態になって、気落ちしておとなしくなるタイプじゃないな。荒れるタイプか。「奥さんに暴力ふるったんじゃないだろうな」「あんたに関係ないだろ」「やったのか。離婚決定だな」「あんたが悪いんだぞ。こんなことになって」「怒りをぶつけるのはじょうずだな。でも、自業自得だって気がつかないのか」「なんだとぉ」【24】2日程たって、事務係長から電話があった。めずらしいな。「たいへんなんだ。あいつが暴れてる。どうしたらいいんだ」「暴れてるって、会社の中でひとりで椅子でも振り上げてるのか?」「そんな感じだ。どうすればいい?」「会社の人間で止める人はいないのか」「それが、いないんだ」みんなおとなしいんだろうか。それとも、そんな人間に関わりたくないと思ってるんだろうか。「ずっと上のに人間はどうだ。社長はどうせお飾りだろうから使えないとして、部長か取締役に武闘派はいないのか」「いる。一人だけいる」「その人に直接連絡しろ。非常事態だから助けてくれって」「わかった。やってみる」【25】翌日、相手会社の常務という人から電話があった。「このたびは、たいへんご迷惑をおかけしました」「どうですか。解決しましたか」「ええ、事務係長から連絡があって、私が来た時にも暴れてました。一発ぶん殴ってやったら、おとなしくなりましたけどね」「そうですか。荒療治しましたね。しかし、一発でおとなしくなりましたか」「そうなんですよ。根性がないんですね。一発で決まりましたから」「常務の威厳とパワーでしょうね。そういう方がいてくれて助かりました」「いえ、私も現場上がりですからね。負けていられないですよ」「これで、一件落着ということにしたいと思います。ありがとうございました」「いえ、こちらこそ、お手間取らせました」【26】「ところで、ヤマザキさん、あいつの処遇なんですけど、クビにしたほうがいいですかね」「どうでしょう。それは、そちらの会社におまかせしますが、クビはちょっときつすぎのような気がしますね」「でもね、会社に損害を与えるような者を置いとくわけにはいきませんね」「それじゃ、千葉の袖ケ浦に重機ヤードがあるでしょう。あそこへ送ったらどうですか」「それもいいですね」「会社の電話を受信専用にして、ピンクの電話でも置いておけばいいですよ」「そうしますか」「そこでしばらく頭を冷やして、もとに戻れるようなら、もどしてあげればいいじゃないですか」「もとに戻れるようになりますかね」「それは、そちらの判断にお任せします。私のほうでは、すみましたので、おかげさまで」【27】「それと、ヤマザキさん、うちの総務の女の子が、ヤマザキさんを好きになってしまったようで、どうですかお付き合いしてみませんか」常務さん、仲人気分かよ。電話だけで、好きになられたことは以前にもあったけど、「幻想」だと思ってるからね。「いえいえ、その子には、ぐいぐいリードしてくれる強い男がいいと思いますよ。ボクは弱い男ですから、向いていないですね。せっかくですけど。おことわりしておきます」「そうですか。それと、ヤマザキさん会社を辞める予定だとお聞きしてます。どうですか、うちの会社に入っていただけないですか」「まだ、神戸に残って復興の仕事をしたいんですよ。そのお話も、せっかくのお話なんですけど、ご辞退させていただきます」ある意味では、運命が変わるタイミングだったかもしれないが、二つとも遠慮・拒絶した。【28】警察関係に報告しなければならない。まず、兵庫県警に電話して、終息したことを伝えた。「そうかよかったな」被害届も出さないことを伝えた。警視庁にも電話した。無事終わったと伝えたら「なあんだ、そうか。あいつを逮捕できると張り切ってたんだけどな」公務員が張り切って仕事するのはいいことだけど、ことが無事に終わるのはもっといいことのはずだ。「せっかく、動いてもらって、こちらも心強くなれたせいで、円満解決になったんだと思います。ありがとうございました。「ま、よかったというべきかな。また、なんかあったら電話くれ」「はい、頼りにしています。また困ったことが起こったら、お願いします」【29】今回の事件を振り返って、ふと思ったことがある。俺は、現場事務所の電話で話してるだけで、どこにも出向かなかった。しかし、いろんな人たちが動いてくれて、ことがうまく進んだ。「動かした」ではないだろう「動いてくれた」だと思う。電話だけという、ある意味横着な行為でうまくいったのは、自慢ではないが、俺の声と話し方にもよるだろう。やさしくわかりやすい話し方に勤めてきたことがよかったのだと思われる。思いを声に乗せるということもしてきたかもしれない。ドロ目男の犯罪者的な声と話し方と対極にある誠実な甘い声が武器になったのかもしれない。どちらにしても、自分の思いは声に出やすいものなのだ。魂は声に現れる。(完)
2021.02.16
コメント(0)
【1】車を運転するときに、一時期シートベルトをしていなかった時期があった。(今は、ちゃんとするけどね)乗車したときに、ベルトを装着するのが面倒だったような気がする。乗ったら、すぐ発車する刑事ドラマみたいなのがいいと思ってたのかもしれない。だから、ときどき、警察に捕まった。反則金なしの減点1点だから、何回かは捕まってもいいと考えていた。検問に引っかかったときなど、なんで自分が止められたのか気がつかず「おまわりさん、俺、何も悪いことしてないんだけどね」などと、言ったこともあった。警察官は、「これだ!これ!」と手を斜めに動かして、シートベルトの検問であることを知ったこともある。神戸に言った頃も、シートベルトはしていなかった。【2】神戸の街を、車で走っていたら、突然、横から警官が出てきて、赤い旗を振った。その旗には「とまれ」と書いてあった。素直に止まった。スピード違反の取り締まりだろうか。震災直後は、交通取り締まりなど手が回らなくて、取り締まりも緩かったと聞いていたが、落ち着いてきて、交通違反にもきびしくなってきたか。車を降りてみると、かわいい女性警官がきれいな笑顔で話しかけてきた。「シートベルトの検問中でーす。こちらの交番まで来ていただけますか」最近は、婦人警官にこんなかわいい子がいるんだと驚きながら、サラサラ髪の笑顔の警官と並んで歩くのがうれしかった。たぶん、検挙されてうれしく感じたのは初めてで最後だったように思う。シートベルト不着用で減点1点など、どうでもいいと感じていた。【3】俺は、その女性警官が取り調べすると思っていた。うきうきしていたのだ。実際は、中年男性警官の前に座らされた。女性警官は、同僚たちと談笑している。「呼び込み」だけか。がっかりした。免許証を渡して、違反切符が書かれる間、ぶすっとして黙っていた。隣では、やはり捕まった違反者が、やたらとしゃべっている。違反切符が書かれたようなので、サインをして、拇印を押して、さっさと帰ろうとした。中年警官は「ちょっと待ちなさい」と言う。「いえ、待ちません。違反をして、切符をもらったので用はありません。帰ります」と言って、立ち上がりかけたら、「まあ、話を聞きなさい」と言う。シートベルト違反ごときに、時間をかける警察官だなと思った。よほどひまなのか。なにを言いたいのかわからないが、話があるというから、座りなおした。【4】中年警官は、俺が座ったのを見て話し出した。「あのな、今回シートベルト不着用ということで止められたけど…」話が長くなりそうだな。「はい、わかりました。すいませんでした!これから、シートベルトをします!」よし、これで話は終わったろうと腰を浮かしたら「そうじゃないんだ。ま、聞きなさい」「いや 、そうでしょう。間違ったことは言っていません」「たしかに、間違ったことは言っていない。そうじゃなくて、シートベルトをしていない事故で大けがや死ぬ人もいるんだから、シートベルトをしていないことは、危険なことなんだ。シートベルトが自分の命を守ってくれているという気持ちでいてほしいんだ」と、俺に口をはさめないように、一気にまくしたててきた。【5】「お上が『シートベルトしろ』っていうから、それに従ってればいいっていうのか?」「そうじゃない!事故のときシートベルトをしていたおかげで助かった人が多いんだよ。自分の命を守るために、シートベルトはするものなんだ」「自分の命を守るのは、運転技術だよ。腕なだよ、腕。シートベルトみたいな物に頼ってるか!」と、自分の腕をたたいて見せた。「そういうことじゃないんだ。注意をしてても事故は起こるんだから、最後の最後でシートベルトが守ってくれるんだよ」「ああ、そう。わかったって課長か署長に伝えておいて。喜ぶとおもうわ」「課長や署長は、どうでもいいんだよ。あんたが大事なんだから」「課長や署長はどうでもいいって?」「ああ、どうでもいい」【6】その中年警官の、上はどうでもいいと言う言葉を聞いて、単純に一般ドライバーのことを考えてくれてるんだなと思った。「わかった。最後の守りとしてシートベルトするよ」「そうか、わかってくれたか。よかった」俺は、もうほんとに帰ろうと思って「それじゃあ」と言って、敬礼した。中年警察官も、敬礼を返してくれた。「気をつけていけよ」と言われて「ありがとう」と答えた。交番を出るとき、引き戸が閉まってることに気づかず、ガラスに当たった。「シートベルトの前に、出入り口に気をつけなくっちゃね」と、苦笑いをして見せた。「おお、気を付けて行けよ」「ありがとう」引き戸を開けて、晴天のまぶしい神戸にで出かけて行った(終)
2021.02.15
コメント(0)
【1】神戸に着いて、高速を降りて考えた。このまま、夜の時間帯に寮に入るのも迷惑だろう。一晩車中泊して、明日入寮しようと考えた。路上駐車できるような、静かな場所を探して海の近くまで行ってみた。広い道路で、路側帯も広く、街路灯も明るい場所を見つけた。今夜はここで泊まろう。車中泊 は、北海道一周をしたときにも何度かしたことがある、抵抗感はなかった。ただ、駐車禁止場所だろうな。標識は見えなかったけど。ま、人が乗ってるんだし、もし見つかったとしても、いきなり駐車違反のキップは切らないだろう。移動すればいいだけのことだ。まだ8時ごろだったので、眠くもならずカーラジオを聞いていた。静かでまったりしたいい時間帯だった。それが、神戸の第一夜だったが、さびしくはなかった。【2】これからの活動を考えながら、期待と不安を感じながら、車中でまったりしていると、後方にパトカーが見えた。驚きも緊張もなかった。通り過ぎるだろうと考えていた。パトカーは3台、いきなり2台は、俺の車の前方に泊まり、後方に1台止まった。逃げるつもりはなかったが、車を出せないほどきっちり止められた。パトカーからは、総勢10人ほどの警官がでてきた。笑っていたりして、気楽な感じはした。しかし、いきなりパトカー3台に囲まれて、10人の警察官を見たら、「俺指名手配されてたのか?」と思えてきた。もちろん、身に覚えがないけど。しかし、実際には、路上駐車の駐車違反だけだろう。どうしても、キップ切りたいならやらせようか。駐車料金だと思えばいい。【3】どうせ、「免許証拝見」とくるだろうから、自分でさっさと財布から抜いて用意した。中年の警察官が寄ってきて「お、なにも言ってないのに免許証出すなんて、なにかやましいことでもあるのか」「ないですよ!どうせ、免許証出せって言われるんでしょう」「そうか、準備がいいんだな」中年警察官も、きびしい表情ではなく、周りの警察官たちもリラックスしていた。「ところで、こんなに荷物積んで、泥棒かと思われるぞ」「震災関連工事で、神戸に来たんです。そりゃ荷物はありますよ」「そうか、物いっぱい持ってると泥棒に見られるからな」見られるからなって、自分で言ってるのかよ。顔が冗談ぽかったので、俺もリラックスして対応できたけど。【4】俺は、その頃頭をスキンヘッドにしていた。「まさか、オウム真理教だと思ってないでしょうね」不安になったので、先に言った。地下鉄サリン事件の年だったので、変な疑いをかけられたらいやだったから、こちらから探ってみた。後ろのほうで「オウムか」などと言って笑っている。俺が冗談で言ったということになったらしい。中年警官は、俺をキッと見て「だいじょうぶだ。顔見れば悪い奴かどうかわかるんだから」と言った。たしかに、ベテラン警官は、顔や声で人を判断できると聞いていた。まさか、俺の顔は悪人のものではないだろう。前科もないのだから。そういえば、無線で俺の前科前歴を照会した様子もない。全面的に、信用していてくれているということか。【5】所は神戸、時は震災後半年、荷物を積んだ車が関東から来たということは、復興工事のために来てくれたという感覚があったのだろうか。警察官たちも、震災後はたいへんだったろう。俺に対する対応も普通の警察官のものではなかったように感じた。今日は、交番で会合でもあるのだろうか。パトカー3台と10人の警察官は多すぎる。あるいは、慰労会かな。中年警官は、真剣な表情で言った。「車を止めて置くのは悪いとは言わんけど、ここらへんは、悪い奴らが集まったりするところだから、なにかあったら、この先に交番があるから、すぐに来い。車を置いて走ってでもいいから来るんだぞ。必ず、助けてやるから」「はい、わかりました」警察官は、いつの時代も心強い存在だ。【6】「神戸のおまわりさん、かっこいいなぁ」「そうか。ほんとにそう思うか」「思うね。ねぇ、敬礼するとこ見せて」「敬礼が見たいか。そうか、よし、見せてやろう」中年警官だけ、敬礼しようとしたが、若い警官たちも、横一列に並びだした。「よし。みんなでやろう…敬礼!」10人の警察官の敬礼は、かっこよかった。俺も、にっこり笑顔で敬礼した。(終)
2021.02.14
コメント(0)
【1】神戸の震災の後に仕事に行くべきだと、会社まで変わったのだけど、北海道で1本現場をやってくれないかと言われた。部長まで出てきてたのむと言われては断ることもできずに、承諾した。これがサラリーマンの宿命かと思った。自分の希望だけ通るわけではないのだ。会社のことも考えなければならない。しかたない半年間の仕事らしいが、それを終わらせてから、神戸行の希望をもう一度言ってみようか。会社の意向も一度飲んだんだから、次は従業員の希望も叶えてくれるだろうと、甘い考えで北海道行を決めた。北海道の現場を1本終わらせて、直属の課長に電話で相談した。震災後の復旧工事に行けると思って中途入社した会社なんだから、どうか神戸に行かせてほしいとお願いした。課長の尽力で、どうやら、西日本支社に出向という形で、神戸に行けることになった。【2】自分の車を持っていくことにした。横浜から神戸までの移動。距離500km以上と見た。当然、全線高速道路を使うことにした。途中、パークイングエリアでは、トイレ休憩と缶コーヒーを買うために立ち寄った。たしか、静岡の磐田パーキングエリアだったと思う。立ち寄ったが、車を駐車場に置いて、トイレまで歩いていくのが面倒なので、トイレ前まで、車を乗りあげた。4WDなので、20センチほどの段差は難なく乗り越えた。もちろん、車を乗り入れてはいけないところと知っていてやった。トイレを済ませて、出てくると、車の横に初老の警備員が立っていた。「これ、あんたの車か?」「そうです」「そうですじゃないよ。なにやってるんだよ」「なにやってるか?トイレ休憩ですけど」【3】その老警備員は怒りに燃えているようだ。「トイレじゃないよ!。どこに車止めてるんだよ!」「ええと、ここは、トイレ前ですけど」「こんなとこに止めちゃだめじゃないか!」「そうですね。だめですよね。すぐ移動しましょう」「移動しましょうじゃないよ!だめなんだよ!」「はいはい、すぐ出発します。トイレも済んだんで、もう用はないんで」と、車に乗り込んだ。警備員は窓の横に来た。「おいおい!どこ行くんだ!」「え、本線に戻るんですけど」「本線に戻るって…逃げるのか?」「はい、逃げます。それじゃあ。さようなら。お元気で」「おいおい」まだ制止しようとする警備員を振り切った。【4】本線に戻って、時速100kmほどで走っていた。それ以上出しても、速度違反より、長距離ドライブでは疲れると考えていた。後方から、赤色灯をつけたパトカーがぐんぐん近づいてきた。交通機動隊か高速機動隊と呼ばれるものだな。俺の車を追い抜くと、車の前でスピードを落とした。パーキングエリアの老警備員が警察に通報したんだろうか。パトカーは、後ろの俺の様子を見るように、しばらく俺の車の前を走っていた。次のインターで降りるように誘導されるだんだろうか。俺は、窓を開けて、風に手をかざして、平気な振りをしていた。パトカーは、俺の車の横に来て、並走する形になった。車種はスカイラインだな。高速道路に使用されるんだから、早いんだろうな。助手席の窓がすーっと開いて「どこまで行くんだ?」と聞いてきた。【5】「神戸まで」と、大声でつっけんどんに答えた。警官二人は、なにか話してるようだった。俺は、「この車『GTE』?」といやみを込めて言った。警官は「『GTS』だよ」と、なめんなよといった態度だった。また、警官二人はなにか話しているようだった。助手席の警官は俺に向かって言った。「眠くなったら、休んでけよ」「はい、了解!」と、敬礼してみせた。「じゃあ、俺たちは行くからな」と言って、パトカーの窓は閉まった。まだこちらを見ている警官に、再度敬礼をした。助手席の警官は、何か言って前方を指さすと、パトカーはびゅ~んと走って行って、どんどん見えなくなった。神戸復興関係の車と知り、俺を見逃したな。たぶん。かっこよかったよ。(終)
2021.02.13
コメント(0)
【1】霧多布の現場は、北九州の専門業者が、地元の作業員を採用して仕事をしていた。聞くと、元々建設作業員ではなくて、雇われ漁師をしていて、漁の仕事がないので、建設現場で働いているという人も多かった。みんな、仕事のやり方さえ教われば、けっこう仕事はこなしていた。ただ、ひとりだけやる気がないおっさんがいたようだ。酒を飲む機会などには、張り切るのだけど、仕事はさっぱりのようだった。俺は、普段事務所で書類作成などしていて、現場には、同じ会社のムーミン似の担当者がでていた。ムーミンから、1人働かない作業員がいるということは聞いていたが、「あまり」働かないということだと思って流していた。全体の仕事の進み具合は順調なのだから、1人ぐらい変なのがいてもしょうがないだろうと構えていた。ムーミンにも「様子を見とけ」と指示した。【2】働かない作業員は「あまり」ではなく「全然」仕事をしないようだった。港の現場だったので、カニを獲る網など仕掛けて遊んでるということだった。困るのは、他の作業員が不満を持つことだ。「あいつは働かないのに、給料は同じかい」などと、まじめに仕事している人間が腐ってしまってはまずい。他のまじめに仕事している人たちが、仕事をしなくなっては、現場が止まってしまう。下請けの会社も、その働かない人間を 持て余しているだけで、動かすこともできなかったようだ。俺は、その現場の下請けの所長という立場でいた。俺がなんとかしなければならないときが来たか。その人間を、働かせるか又は、クビにするかしないと、示しがつかないだろうと考えていた。こちらも覚悟を決めて、現場に出て行った。【3】現場に出て、働かない作業員を見つけた。たしかに仕事をしていなくて、岸壁でカニかごを上げていた。まだ、漁師のつもりなんだろうか。「みんなも休憩しなよ。働いてばかりじゃなくて」と言って、みんなを休ませて注目させた。働かない作業員に向かって「おい!なんで仕事しないんだ!」と怒鳴った。作業員はふてくされたように「しらねえよ」と言った。「自分のことなのに『しらねえよ』はないだろ。仕事しないならこの現場から出ていけ!」「出ていけって言われて、出てけるもんじゃないんだよ」「なんだと!じゃあ、ロープで縛ってでも引き出してやる。誰かロープ持ってこい!」これだけ言っただけでも、本人にも通じたろうし、他のみんなも納得できただろう。【4】みんなの前で怒って見せたので、示しはついたろうとホッとしていた。そこへ横から「はい、ロープ」と別の作業員が港にあったロープを差し出してきた。まさか『ロープ持ってこい!』とは言ったけど、ほんとに持ってくるかな。かえって困った。しかし、自分から言ったことなんだから、やらねばなるまい。「こう、カウボーイが使うように輪っかを作って…」などとぶつぶつ言いながら、ほんとに引きずり出さなくちゃならないのか。いやな役目だなと思っていた。輪っか ができたので「よし、できたぞ!」と、働かない作業員のほうへ向かって行った。おとなしくロープに巻かれてくれるだろうか。抵抗された場合どうしようと考えていた。働かない作業員は、さすがにロープに巻かれるのがいやなのか、走って逃げ出した。【5】相手が走りだしたので、俺は追いかけなければならない。「この野郎」ロープも放り出して追いかけた。追いついて捕まえたら、襟首でもつかんで現場の外へ出してやろうと思っていた。相手は走るのが早かった。相手は長靴、俺はスニーカー。それで全力で走っても、5mほどの距離は縮まらなかった。どうとう、港の防護壁まで出てしまって見失った。とりあえず追い出すことはできたのだから、このくらいにしてやろうかと思って、遠くのみんなのほうを見ると、あっちへ行った、右に曲がったと指さしている。もっと追えってかい。右に曲がって、防護壁に隠れたので追うのはやめた。奴の姿は見えない。それでも、下請け所長である俺がそこまで怒っておいかけたのだから、みんなも納得しただろう。【6】その後も、働かない作業員は遊んでばかりいたようだったが、無視した。他の作業員のやる気がなくならなければいいんだ。そんな時期に、俺の所属していた会社の親会社の東亜建設の社長が現場視察に来るという。「トップが示す安全意識」のスローガンに従った行動らしい。親会社の社長が現場視察なんて珍しい。これは、いいタイミングだ。演技しよう。いい演技をね。社長を現場に案内して、工事内容などを説明などした。社長は、次の現場があるのですぐに帰ることになった。俺は、立ち去る社長に、深々と頭を下げた。その姿は、他の作業員にも見えたはずだ。働かず遊んでいる作業員も見ただろう。それでいい。俺の忠誠心を見せたわけではない。俺にも、「上には上がいる」というところを見せたかった。【7】俺は、朝の朝礼が終わると、1日のほとんどの時間事務所で事務処理をしていた。現場には、ムーミンが出ていて、よく現場の状況を伝えてきた。「働かない男の様子はどう?」と聞くと「今もほとんど仕事をしないんですよ。ただ、ヤマさんがお辞儀をしていた人は誰だって聞くんで、東亜の社長だよと言っておきました」「それは、よかった。本人も気になったようだし、だいたい東亜の会社の大きさもわかってるんだろうね」「ええ、大手マリコンだと言っておきました。今の現場の元請けよりずっと大きい会社だって言っときました」「よし!成功するかもしれない」「なにがですか?」「あの働かない男を働かせる方法…」「それができるんですか」「そのほうがいいだろう。みんなのためにも」【8】俺も、時々現場に「視察」のように出る。現場に出たら、働かないおじさんが、また遊んでいる。ゆったりと自然に、働かないおじさんに近づいて言った。「東亜の社長がほめてたよ。『北海道の人は働き者だねぇ』って」働かないおじさんは、黙って俺の顔を見ていた。その後、俺は事務所勤務に戻ったが、ムーミンが現場の状況を伝えてきた。「あのおじさん、張り切って仕事してます」「そうか、うまくいったな」「なにか言ったんですか?」「ん?内緒」一緒のチームで重機オペをしていた人が「あいつ、働くようになったのはいいんだけど、今度はうるさいんだよな。張り切りすぎて。あいつになんて言ったんだい?」【9】「働くようになったのは、よかったろ」「それはよかったんだけどよ。今度は、働きすぎて、しゃべりすぎて、うるさくって仕方がないんだよ。」「いいじゃないか。カエルが騒いでると思えば、腹もたたないよ」「カエルか。あいつはカエルなのか。そうか。そうか。」納得して戻っていった。俺が現場に出ているときには、ムーミンに事務所にいてもらっていた。俺がいないときに、会社から電話があったのか、自分から電話したのか、今回の働かせる手口は不明のまま事実だけが逐一報告されていたようだ。ムーミンはおしゃべりなんだよね。そう、よくしゃべる。俺がかけっこしたことや秘密の言葉で作業員を働かせるようにしたことなども、支社の課長に報告していたようだ。ま、悪いことではないのでかまわないけど…【10】毎日、昼1時から、元受けの事務所で打ち合わせがあった。その日の状況や、工程の打ち合わせをしていた。監督の中に、若い人がいて、よく現場に出ていた。彼が「ヤマザキさん、現場で走るのはやめましょうね。ころんだら怪我するから」とニヤニヤしながら言う。たぶん、俺がかけっこした経緯を、ムーミンあたりから聞いているな。それで、冷やかしの意味もあって言ってるのだろう。しかし、説明も言い訳もいらないだろう。「はい、以後気をつけます」とだけ、頭をかきながら言った。怒る、叱るもしなければ、現場監督なんてできないんだから、それはそれでいいだろうよ。とにかく、作業員全員が、元気に安全に作業して、工程が進んでいるんだから、それでいいんだよ。【11】ムーミンにも、パソコンの操作に慣れてもらうために、事務所でいっしょに仕事をする時があった。ムーミンが、突然作業をやめて、俺のほうに向き「実は、俺おかまなんですよ」と言う。突然、そんな話を切り出され、どうしていいのかわからなかった。どういう意味だ。ムーミンは、見た目太っていて、ひげは濃い。そういうおかまもいるとは聞いていたが、ゲイバーでもない実社会で、おかまであることをカミングアウトされても…困った。しばらく沈黙の後、気持ちを落ち着かせて、静かに言った。「どうして、それを言おうと思ったの?」おかまとゲイが、頭の中でごっちゃになって、もしかしたら、俺に『けつ貸してくれ』なんて言われるのかと思った。逃げようかと思ったが、そこは2階だ。危険が多すぎる。【12】ムーミンに聞いてみた。「なんで、自分がおかまだってこと、話す気になったの?」「黙ってても、ヤマザキさんにはばれるだろうなと思って、先に言っちゃおうと思ったんです」「いや、わからなかったけどね」たしかに、ムーミンはよくしゃべった。俺は聞き役のほうだったので、長々と話すこともあった。そこらへんは、おかまの特徴だったのかもしれない。ただ、うれしいような怖いようなことは、俺がおかまを見抜けると見られていたことだ。働かない作業員を、裏技を使って働かせるようにしたあたりから、俺のことを、心理的巧者と見ていたのかもしれない。ま、心理操作も悪いことに使ったわけではないんでやましいことはないが。ムーミンは、そのおしゃべりで会社に報告してるだろうな。【13】「俺は、ノンケだからね!」と、ホモ関係などは拒絶しておこうと、強く言った。「いえ、ホモとは違うんですよ。その気はないですから、だいじょうぶです」実社会に暮らすおかまに出会うなんて貴重なことだから、質問しておこう。「あ、そう。よかった。で、今、結婚してるけど、違和感は感じてない?」「違和感はあります。普通の夫婦というより、女同士の友達みたいですね」「そうなんだ、で、セックスはするの?」「あります。女の体に興味はないんですけど、それなりにできるもんです」「そう。それは、いつ頃感じたの、自分がおかまだって…」「小学生のころから、男の遊びが好きでなかったし、女の子の遊びがうらやましかったね」「じゃあ、生まれつきってことだね」【14】その後も、ムーミンを差別することなく、偏見も持たずに過ごした。現場が終わって、横浜の支社に戻ったら、お局様が恐い顔をして言った。「あなた、なんて言われてるかわかってんの?」北海道の現場での状況をムーミンから聞いてるな。すぐさま答えた。「キツネですか」お局様は、緊張した顔で黙っていた。キツネの鳴き声ってこんなんだったかな。「コーン!」お局様は、慌てて周りの人に言っていた。「ほら、鳴いたでしょ。聞いたでしょ」安全部長が落ち着いて言った。「なんだ鳴いたって、言っただけだろ」俺は、お局様の顔をじっと見て言った。「キツネ嫌いなんですか。かわいい野生動物なのに」 (終)
2021.02.12
コメント(0)
【1】神戸の震災の後に仕事に行くべきだと、会社まで変わったのだけど、北海道で1本現場をやってくれないかと言われた。部長まで出てきてたのむと言われては断ることもできずに、承諾した。これがサラリーマンの宿命かと思った。自分の希望だけ通るわけではないのだ。会社のことも考えなければならない。しかたない半年間の仕事らしいが、それを終わらせてから、神戸行の希望をもう一度言ってみようか。会社の意向も一度飲んだんだから、次は従業員の希望も叶えてくれるだろうと、甘い考えで北海道行を決めた。仕事は、地盤改良の管理の仕事だった。まず、自社マシンを、釧路に運んで立ち上げに参加した。その後、一人で霧多布という所の現場に配置された。実作業は、北九州から、専門業者が来てやることになった。【2】現場が順調に立ち上がって動き始めたころ、北九州から新しい人が来た。歳は18歳の新入社員で、たぷたぷ太った子だった。今では、個人情報保護の観点から、健康診断書を現場事務所に出す義務はなくなったが、その当時は提出していた。その子の診断書から血圧が180あるということがわかった。18歳で180の高血圧…その会社の常務も来ていたので「この人は現場に入れられないな」と言った。万が一、現場で倒れられたらたいへんなことになる。常務は、現場には出ないデータ管理要員だから、なんとか置いてくれないかと言ってきた。プレハブの事務所内作業だけならいいかと、作業所内勤務を許可した。しかし、なにが原因で18歳で高血圧なんだろうと考えていた。まず太りすぎということもあるのだろうか。では、なんで太ってるのかという疑問もでてきた。【3】事務所で、高血圧少年と二人きりになった。「なあ、血圧が高いのは精神的な影響もあるんじゃないか」「はい、それもあるみたいです」「夜、部屋にひとりでいるときに、『死にたい』なんて考えたことあるか?」「正直に言って、そういうときもありました」「死にたいって思ったのに、なんで今生きてるんだ?」「そのう、自殺する勇気がなかったんだと思います」「自殺する勇気がなかったから?じゃあ、俺が手伝ってやるか」「手伝うって、自殺のですか?」「そうだよ。2日ほど待ってくれるか。太いロープを調達してくるから」「どういうことですか?」「自殺を手伝ってやるってことだよ」ふたりとも、静かな口調で話していた。【4】「どういうことですか?」また同じ聞き方をしてきた。現実味を感じてないだろうか。「椅子の上に立ってもらって、天井から吊るしたロープで首を縛って、あとは俺が椅子を蹴っ飛ばしてやる。じっとしてるだけで済むぞ」「なんで、なんで」イメージができたようだ。泣き顔になってきた。「なんでって、自分で言ったんだろ。『死にたい』って。望みをかなえてやるよ」「やめてください。お願いです」彼は、涙と鼻水を流している。感受性が強いんだろうか。完全に本気にしている。「おまえは、『やる』と『やらない』の反対のことを平気で言うつもりなのか。どっちか片方にしてくれないかな」「やらないでください。お願いです」【5】「気が変わってきたのか。じゃあ、気が変わらないうちに実行したいんだけど、2日だけ待ってくれ。この辺りは田舎だから、ロープの調達に時間がかかりそうだから」「やめましょう」涙と鼻水を垂れ流して拭おうともせず、懇願してきた。「だいじょうぶだよ。俺は自殺ほう助罪になるけど、人助けするんだから、刑務所に入ってくるのも苦にならないよ」「やめましょうよぉ」「…そう、何回もやめるっていうところ見ると、本当にやめるのか?」「本当に、やめましょう」「本当にやめるってことは、生きる覚悟があるってことでいいのか?」「生きる覚悟ができました」「それでいいか。今後軽々しく死ぬなんて考えると、俺みたいなのに殺されるぞ」【6】「わかりました。わかりましたからぁ」高血圧少年は、顔をこちらにむけたまま泣いていた。これ以上言ったら、ただのいじめだろう。改善していくか。「生きる覚悟ができたら、それでいい。生きる覚悟を行動で示してみないか」「…行動って…どんな」「走れ」「今ですか?」「会社に戻ってから、毎日だ。毎日ジョギングするってこと」「…走ったことがあまりないんで…」「そうだろうな。無理はしなくていい。最初は短い距離でいいんだよ」「…走れば…よくなるんですか」「必ずよくなる。体も心も…」「体も?」「そう、体も痩せて血圧も安定してくる。」【7】「はい、やってみます」「そう、やってみるでいいよ。走れば体が締まってくるし、気持ちも強くなるから」「気持ちも強くなるんですか」「うん、途中で休もうかなとか考えるから、絶対に。でもちょっとでも休まずに走り続けたら、さっき休もうと思ったのに走れたって自信になるから」「途中で休んでもいいんですか?」「どうしても辛かったら、休んでいいよ。無理はいけないね。自分の体と相談しながらやったほうがいい」「やってみます」彼は、地元に戻ってから、本当に走るだろうか。それと、走ることで、心と高血圧 がよくなるだろうか気になった。自分からとっさに言い出したことだけど、いい方向・結果になってくれればいいなと考えていた。たぶんうまくいくと楽観もしていたけど…【8】高血圧少年と話してる途中に「走れ!走るんだ!」と、大声で激しく言った記憶がある。自分としては、魂の声のつもりで言っていたけど、相手に伝わっただろうか。『運動をしたほうがいいね』などと、年寄臭い言い方をするよりはよかったと思っている。18歳で血圧180というのを、俺がなんとかしてやるという気持ちもあった。その気持ちが伝わったのだろうと思っている。しかし、自殺ほう助未遂を、本気で信じてくれたのは不思議だった。この人冗談で言ってるんだと思われても不思議ではない。それを信じるだけの、静かな迫力があったのだろうか、俺に。しゃべり方は静かで、言うことはきついというのは、今も昔も変わっていない。歳をとってきて、きついことは少なくなったけど。【9】高血圧少年とは、ここで話したことを、お互いに誰にも話さないと約束した。後日、現場に残っていたその会社の常務(33歳)に話しかけられた。「あいつが走ってるんですよ。ヤマさんなにか言ったんですか?」「たしかに『走れ』とは言った。それ以上は言えないよ」「ええ、教えてくれないんですか。あいつ、俺にも『走りませんか』なんて言うんですよ」「常務に走れって…それは…やらないだろ?」「走らないですけど、ヤマさんになんて言われたのか…」「まぁ、いいじゃない。それより、あいつの体の調子は大丈夫?」「だいぶ、血圧もよくなったみたいです」心身ともによくなったか。よかった。(終)
2021.02.11
コメント(0)
【1】会社に、親会社から永久出向の人間が入ってきた。彼は、俺と同学年…同級生でもなく、同期入社でもなく、同い年というだけの同学年…社員300人ほどの会社だったから、紛れてはいたけれど、お互いに意識していたかもしれない。彼は大卒、俺は高卒…俺のほうでは対抗意識など持ってもしょうがないと思っていたけど、あちらは、俺を競争相手か友達かと探っているようでもあった。課が違うということもあったが、俺はマイペースで、あまり熱心に相手にしていなかった。本人は、俺のことよりも、子会社に出向させられたのがいやで、暴れていたようでもあった。隣の課で話を聞いていると、うるさいやつという印象だった。特に所属課長には、噛みつくように話していた。【2】俺の席の後ろで、同学年が課長にうるさく嚙みついている。よく聞いていると、屁理屈をいって課長を困らせているだけらしい。課長は黙っている。相手にしたくないのか、よくわからんことで抗議のようなことをされて困っているのか。俺の課の課長を見ると、困ったやつだなという目で見ているだけだった。実際に、仕事に支障がでるほど、うるさかったので、振り返って同学年に「うるさいよ!」と言ってやった。同学年は、俺のほうに向いて「うるさいとはなんだ」と言ってきた。「なんだ?」と聞いてきたとみなした。「うるさいとはなんだ?って聞いてるのか。うるさいってのはな、漢字で書くと『五月蠅』って書いて、春の5月のハエみたいにうっつしいということだ」「ハエとはなんだ?ひとのことハエ呼ばわりしていいと思ってるのか」【3】「ハエ呼ばわりしていいのかって聞いてるのか?もちろん、いいと思ってるよ」そう言うと、同学年は黙って俺をにらんでいた。最初の静かにさせるという目的は達成できたので、俺は自分の仕事に戻った。後日、社外から戻ると、また同学年と課長が言い合っている。言い合うというより、課長が、同学年を仕事のことで説得しているようだった。同学年は、それに従おうとせずひねくれていたようだった。それが長く続くようだったので「あのー、今やってるのは、大きな声の世間話なんでしょうか?世間話なら、外でやってもらえないでしょうか。うるさいんで」と言ってみた。課長は「ほら、そういうふうに言われちゃうんだよ」と言っていた。同学年は、俺のほうを見て「なんですか?あなたは」と言ってきた。【4】「あのな、今のは、課長の業務命令だぞ。日本語の返事は『はい』と『いいえ』の2種類しかないんだよ。どっちなんだ?」同学年は、怒ったのか緊張して「なんですか?あなたは?」と言うばかりだ。「『何ですか』なんて返事はないんだよ。『はい』と『いいえ』だけなんだよ。言い分があるんなら『いいえ』でもいいんだよ。どっちなんだ?」同学年は、ちょっと黙っていたが「はい…」と『返事』した。「よし、決まった。話終わり!」課長が「そうか、そういえばいいのか」と言っていた。同学年は、ただひねくれて、だだをこねていたということかな。おとなしい課長だったから、なめていて、甘えたとも見える。どちらにしても、友達にはなるまいと決めた。【5】同学年のことは、憎たらしいやつという印象で、今現在の詳細な性格となぜそういう性格になったか知りたかった。そういう意味では、嫌いだけど興味はあったということだと思う。たまに、休憩時間に会話に扮した質問をしていた。どういう質問をしていたか細かいことは忘れてしまったけど、とにかく奴の心理を探る行為が好きでもあった。しかし、聞けば聞くほど、腹が立つ奴だった。一度などは、「この野郎!」と飛び蹴りをしてやろうと机に飛び乗ったが逃げられた。後を追いかけたら、裏の階段から降りて行ったようだ。逃げ足が速くて 捕まえられなかった。次に、机を飛び越えて追いかけたときは、裏口に先回りして逃げられないようにした。部屋の角まで追いつめて、さて、暴力を使うつもりはなかったが、そこで問い詰めてやろうと思った。【6】同学年を部屋の隅に追い詰めて、どうしてやろうかと一瞬考えたが、そいつは急に土下座して「すみませんでした!」と叫んだ。その姿を上から見たら、脱臼したカエルのようだった。もう少し、骨のあるやつかと思ったけど、あきれかえった。彼の耳元で「そうすれば、許してもらえると思ってやってるだけなんだろう?」と言ったら「おっしゃる通りです!」と簡単に答えた。俺は、さらにあきれかえって、「やーめた」と言って、自分の席に戻った。席に着くと、所属課長が「なあ、机の上に飛び乗るのはやめろよ。汚れるから」と言った。「そうですね。今後気をつけます」と答えた。興奮もしてなかったので、怒りは収まったと感じた。同学年も、席に戻り、「静かな仕事」が再開された。【7】所属課長に止められた、「机飛び乗り」だが、またやってしまった。同学年が、ひねくれて反論するものだから、机を飛びこえて飛び蹴りをくらわしてやろうとしたのだ。だが、さっと机に飛び乗った瞬間に、同学年は逃げた。5m ほど離れたところでこちらを見ている。俺は、机に乗ったまま「ちょっと来い。何もしないから、聞きたいことがあるんだ」「なんですか」俺は、椅子から立ち上がってすぐに机に飛び乗っているのに、なんでやつはそれを察知できて逃げられたのか知りたかった。「俺が動き出したときには、逃げる準備をしてたのか?」「そうですよ」こいつ、逃げ腰で話してたのか。【8】机飛び越しは、所属課長に注意されたし、実際に失敗だったし、次に怒ったときは、机を回り込んで歩いて行った。すると、角の机の女子事務員が立ち上がって、両手を広げて、俺を制止した。やわらかい体がポニョッと当たって、俺は止まった。「どけよ」「だめです」彼女の真剣な表情は、同学年を守るためとも感じられなかった。俺は女子の腰に手をまわして引き寄せ「わかったよ」と言った。女子は、自分の体が俺のほうに動いたので「あらら」と驚いていた。後で聞いた話では、「ヤマザキさんは、私たちのためにも同学年をやっつけてくれるんだけど、暴力を使わせちゃだめだよ。それは止めないと警察に捕まっちゃうから」という段取りになっていた。【9】同学年にしていた質問に彼の実家のこともあった。「実家に、よく帰るらしいけど、月に1回くらい帰るのか?」「それ以上帰ってますよ」ここは横浜、彼の実家は鹿児島。飛行機で往復するらしいが、月の交通費だけでも大変な額だな。「実家には何をしに帰ってるんだ?」「何かしなくちゃならないですか?」「実家に帰るにも目的があるだろう。古い友達に会うとか」「しませんよ。何もしませんよ」「実家に兄弟はいるのか?」「長男がいます。いつ帰ってもいるんだから、あいつは」「じゃあ、母親に会いに頻繁に帰ってるってことでいいのか?」「…」【10】同学年は体が細かった。仮にもけんかが強そうには見えなかった。「俺とけんかするなら、真っ向勝負は無理だろうから、後ろからボールペンででも刺すんだな」と言ってあげた。その後、俺が椅子に座って仕事をしていると、課長やお局様の視線が背中のほうに向いてることに気づいた。みんな、無言だった。本当に、後ろから刺すつもりなのか。それが卑怯な行為だという自覚もないのか。ボールペンなら、たいしたけがもしないだろうと考えているのか。知らんぷりして、周りの人の視線と表情を見ていた。奴が動き出したらわかるだろうと思っていた。今か!という時に、椅子からサッと立ち上がって横によけた。同学年は、見逃し三振のような体制になっていた。「後ろからでも、無理みたいだな」【11】同学年とは、離れた席で対決になったこともあった。「おまえ、真綿って知らないだろう」「知ってますよ。真綿ぐらい」「じゃあ、ひも状の真綿を水に浸した状態なんてイメージできないだろう」「真綿を水に浸す…はい、イメージできましたよ」「じゃあ、それを首に巻いてしばるなんてかっこいいことはイメージできないだろう」「真綿を首に巻く?イメージできましたよ。完璧ですよ」「そうか、よかったな」そう言ってしばらくほおっておいた。しばらくしてから「おまえ、体に変調を感じてないか。首の真綿が乾燥して、首を絞められるはずなんだけど…」「…」【12】同学年は、机に突っ伏して「く、苦しい」と言っている。「あ、そう」苦しい演技をしているのかと思った。「いや、ほんんとうに苦しい。直してくれ」本当に苦しいのだろうか。真綿が首を絞めるのをイメージしただけで、本当に息ができなくなるものなのか。同学年は、「けーけー」言ってもがいている。「困ったな。解除の仕方、知らないんだよな」同学年は、喘ぎながら「助けてくれ」と言っている。「あ、そうだ。なあ、真綿のひもを外せばいいんだ。自分で縛ったんだから、自分で外せるだろう」同学年は、見えない真綿を外しているようだ。やっと「ふぅ~」と、息が楽になったようだ。そんなことに、心理的に引っかかるなんて、感受性が強い子なのかなと思った。【13】どういうわけか忘れたが、同学年に対して「殺してやる」と伝えたことがあった。彼は「そんなことしたら、警察に捕まりますよ」と言う。「それは、後のことだろう。おまえは死んでいなくなってからのことだ。俺の目的は達成される。おまえは死ぬ。俺は刑務所へ入る。それで刺し違えようか」「どうすれば、いいんだ」「どうもしなくていいよ。普通に会社に通ってなよ。会社内ではやらないから。通勤途中、気をつけるんだな」「通勤途中にどうするつもりなんだ」「道具はナイフ。一発で心臓を刺す。そのほうが苦しまなくていいだろう」「どうすれば、いいんだ」完全に暗示にかかってるようだった。なぜ、俺が言うことを信じて、イメージしてしまうのかはわからなかった。【14】同学年は、暗い顔をしてうつむいて「助けてください」「おまえ馬鹿じゃねぇ。おまえを殺そうとしてる人間に『助けてください』って言っても無駄だよ」だが、課長やお局様たちが「助けてやれよ」と言っている。「助けてやるんですか?」「違う。助けてやれ。助けられるのはおまえしかいないんだから」違う。助けてやれか。お局様の時と同じ状況ということか。しかし、俺にこいつが助けられるだろうか。きっと、マザコンかパニック障害だろうと思う。俺の貧困な心理判断によれば。とりあえず実験的にだけど、話だけはしてみようか。質問をしてアドバイスするだけでも、よくなるかもしれないし、他者が見ても治しているように見えるだろう。【15】「助けてくれって言ってるけど、ほんとに俺の言うことを聞くのか」「聞きます」「じゃあね、まず、鹿児島の実家に帰るのを減らせよ。盆と正月くらいにしときな。交通費だってばかにならないだろう。別のことに使うか貯金しろよ」「貯金します」「素直だね。よろしい。それと、5人兄弟の3番目だそうだけど、ほかの兄弟は競争相手じゃないからな。身内・仲間なんだから、なかよくやりなよ」「はい、普段は仲がいいんですけど…」「みんなが仲良くしてくれてるんだよ。自分も努力しろよ。それとな、男ばかりの5人兄弟を育てるのは、大変だったと思うよ。おかあさんは戦争のようだったと思う。自分に注がれるべき愛情がたりなかったような気がするのも、気のせいだよ」【16】「初恋っていつだった?」「中学の時…」「別に恥ずかしいことじゃないぞ。女性を好きになったってことは正常ってことだからな。どんな人だった」「普通の子です」「そうか、俺が想像してみるに、けっこう美人だな」「えへへ」「女から好かれることより、好きになることのほうが大事だからな。その頃のことを思い出して、もう一度、女性を好きになってみるんだな」「はい、難しいでしょうけど」「難しいか。いきなり交際しろって言ってないぞ。人を、女性を好きになれって言ってるだけだぞ」「はい」「素直でよろしい」【17】素直に「はい」と返事するところをみると、治ったのかなと感じた。これが、俺に対してだけの態度でなければ、治ったのだろうと思う。俺を上に見て従っているだけなら、まだまだだと思うが、これで一応俺の「治療」は終えたと思った。「殺してやる」という荒療治が功を奏したのだろうけど、そういうことで人は、はっとして変わるものだとも思った。今後が心配でもある。一時的に素直になって、またひねくれた状態が良くなることもあるだろう。周りの人間に観察するようお願いした。俺は、長期出張で神戸の震災がらみの仕事に就く予定だったから。「治療」のために集中力を使ったので、眠くなった。「ちょっと眠ります」と言って、机に突っ伏して眠った。周りの人たちは静かにしていてくれていた。(終)
2021.02.10
コメント(0)
【1】どの会社にも「お局様」はいたりする。古株の女子事務員だ。その会社のお局様は、あと2年で定年退職と言っていたから、58歳だろうか。総務課長という男性社員もいるが、その上をいく影響力を発揮していたようだ。噂では、部長級の給料をもらっているとか。人事などに口を出さなければ、こちらも持ち上げておけば、他の女子事務員の重しにもなるし、重宝な存在といえるのだが。休憩時間などには、よく話をした、あちらも、中途入社の俺に興味があるようだし、こちらも、「お局様」のご機嫌をとるということではないが、探りを入れるために質問したりしていた。「趣味はなんですか?女性の趣味っていうのが、さっぱりわからなくて」「わからないの?私は、海外旅行かな」『わからない』という言葉に反応してるな。【2】「あたしはね、海外旅行かな」「そうなんですか。どこら辺行きました?」「香港ばっかりだよ。もう何回も行ってる」「香港?いいじゃないですか。おいしいものとか食べましたか?」「あたし、中華料理きらいだもん」「名所とかは行きました?」「行かない。買い物だけ」「買い物だけ?なにを買ってくるんですか?」「バッグとかだよ。ブランドもの。ヤマザキさんはブランド好き?」「ボクは買わないですよ。似合わないと思ってるし」「なんで買わないの。いいのに」「ってことは、香港にブランドものを買いに行ってるってことですか?」「そうよ。ほかに用がないじゃない」「用がない?海外旅行で?」【3】お局様は、買い物依存症だろうか。海外に行く目的が買い物だけなんて、バブル期には多かっただろが、いまでも治らないのか。もう少し話を聞いてみよう。「バッグとか買ってきて、使わないものもありますか?」「あるわよ。いっぱい。使わないどころか、箱を開けてないものまであるもの」「使わないのに買ってくるって、もったいなくないですか?」「いいのよ。ほしいものを買うことが楽しみなんだから」「そうですか。家族にお土産なんか買ってきますか?」「お土産は買わない。あたし離婚して、今独身だから」「そうだったんですか。失礼しました。子供は?」「子供2人いるわよ。」【4】「子供さんは、どうしてるんですか?」「子供はあっち…」「ああ、おとうさんが引き取ったんですか?たまには、子供に会ってるんですか?」お局様は、メガネの奥で鬼のような怖い目をして「どうして、子供に会わなくちゃならないの」「…」この時点で、このお局様は性格異常だと思った。買い物依存症で、子育て放棄で、子供に会いたくないという性格のひずみ方はどこから来たんだろうと考えていた。子供のころの育ち方だろうか。どちらにしても、社内だけでの人間関係なんで、俺の迷惑にならなけれは、ほっといていいんだけど、向こうから攻撃してくることがあったら、つぶしてやろうと考えていた。自分に近い関係の人間だったら、必ずつぶしてやると考えるような女性だった。【5】俺とお局様が話してる間、他の社員はしずかにしていて、二人の会話を聞いているようだった。ときどき「なに!」などと声が入るが、みんな黙っていた。お局様が何を言うのかと聞いていたのもあったし、中途入社の俺がどういう人間かを探る意味もあったかもしれない。買い物依存症のお局様は、なんでこんなふうになったのかは、わからなかった。ただ、「買い物をやめたら」と言っても、治らないだろうなとは思っていた。依存症は、もっと性格に関わることだから、精神科医でも、治すのはむずかしいだろう。子育てを放棄して、自分の子供に会いたがらないという異常さも、買い物依存症と元は同じと感じられた。治してやれれば、本人のためにもいいことだけど、方法がはっきりとわからない。心理専門家ではないのだから、仕方がないが…【6】「ところで、出身はどちらですか?」「仙台よ」「横浜」といっしょで、その近くでもそう答えてるかもな。「仙台け?おら行ったことねげど、いいとこだべな。広瀬川なんかあったりしてな」と、東北弁で言った。「やめなさい。東北弁なんか!」と、怒ってる。俺の東北弁がうますぎたかな。お国なまりなんだから、笑ってもいいんだけどな。きっと、地方出身者のコンプレックスがあるのかな。「たまには、仙台に帰るんですか?」「盆と正月くらいわね。テレビでやってるでしょ」「ああ、帰省ラッシュのニュースですか?」「あれ見て、帰らなくっちゃならないのかと思って、帰る」人と同じことをするということか。【7】俺のお局様に対する感想は「憎たらしい」だった。ただ、それを態度に表すことはしなかった。感情をすぐ表に出す女子供じゃあるまいしと思っていた。俺がどう思うかより、会社にとって、他の社員たちには、お局様の存在はどうなのかということのほうが気になった。定年退職まであと2年ともなれば、ほっとこうかという感覚も強かったように思う。ただ、それで、若い社員が理不尽な思いをするのは、許しがたいことだった。極端に言えば、職場環境を変えるためには、お局様に辞めてもらうか、その性格を直してもらうかということだった。俺には、辞めさせる権限もないし、力もなかったから、性格を変えてやる方法をとることになるのだが。人の性格を変えられる自信はなかった。当然だ。そんなこと誰にでもできるわけがない。【8】何日かの、休憩時間の俺とお局様の会話が続いたあとで、俺はお局様に対して「殺してやろうか」と言っている。俺の「憎たらしい」という感情だけでなく、この人間を、会社から社会から排除しなければならないような使命感も感じていた。周りの社員たちは、黙って成り行きを見守っていた。邪魔するものもいなかった。ただ、そこへ行くまでの経緯を覚えていない。肝心なところなのだが、なぜそんな過激発言になったのか覚えていない。ただ、お局様の反応はこうだった。「あなたに助けてほしいの」「あんた、馬鹿じゃないか。殺してやると言ってる人間に『助けてほしい』と言っても助からないぞ」「そうじゃないの。あなただったら、あたしを助けられそうだってこと」今回は、警察も呼ばないのか。【9】殺して助けるということか。いやな役目がまわってきたなと思った。お局様は、こちらを向いて立って、下を向いていた。俺にほんとに殺されると思ったのだろう。恐怖のあまり、小便を漏らしてしまった。「シャー」という音をたてて、小便が流れたようだ。周りが「なんだよ」などとざわついた。俺は、平然とお局様を見ていた。ここで俺が動揺したら、おれの行為が間違ってたんだよ、ごめんねということになってしまう。若い女子たちに「若い子たち、後始末してやってくれるか?」と言うと、「はい」と何人かが立ち上がって、濡れた床なども拭いていた。お局様は「いいから、だいじょうぶよ」と言っていた。俺もその日は、それ以上責めることはしたくなかった。【10】後日、休憩時間は俺とお局様のお話の時間になっていった。周りも「治してやれ」とまるで俺が専門家のような扱いだった。さて、お局様のような人は、自分で自分が嫌いなんじゃないかと思った。だから、好きになるためにか、自分に嫌気がさしてか、依存症になるんだろうと見ていた。だが、50歳を過ぎた人に「自分で自分を好きになりなさい」と言ったところで、無理だろう。だから「殺される」と感じるような荒療治が必要だったように感じた。問題は、その後だ。どうケアしていくかで、あらぬ方向へ飛んでしまうかもしれない。本当は心理専門家でないと無理だろうな。でも、俺がご指名いただいたので、恐る恐るではあるけれど、治るという確信もないまま、やってみることにした。まず、質問と答えだろうとは感じていた。カウンセリング術など知らなかったが…【11】依存症などの性格異常の人は、こどもの時の親子関係に原因がある場合が多い。それくらいのことは、本を読んで知っていた。そういう人にもあったことがあるし。アルコール依存症の父親を持つと、母親が父親の世話にかかりっきりになるので(共依存)、子供は、自分が母親からかまってもらえず、母親の愛情を感じずに育つ。それが、原因で、大人になっても、性格異常のままの人もいる。治し方は、親子関係を意識しなくなるようにもっていく方法をとっていた、ボクは。それが最善の方法かどうかはわからないが、それでよくなればいいと思っていた。お局様の子供の頃の話を聞いてみようか。たぶん、聞かれることには抵抗はないはずだ。逆に、自分が注目されているようで、気分がよくなるはずだ。「子供の頃のこと、覚えていますか?」【12】「子供の頃?全然覚えてない。ヤマザキさんは覚えてるの?」「ボクは覚えてます。それはいいんですよ。子供時代のことを覚えてないってことは、親のことは覚えてますね」「どうしてわかるの?」「なんとなく…目をつぶって思い出してもらえますか?親のこと」「いいわよ」「親にぶたれたことありますか?」「あるわよ」昔のことだから、親がたたくことはあったかもしれないけど、女の子は傷物にしてはいけないと暴力はなかったはずだが。虐待のあった家庭なのかなとも思った。「ぶたれた時のこと、よく覚えていますか?」「よく覚えてるわよ」「そのときのこと、映像にして思い出すことできますか?」【13】「うん、思い出した」「おとうさん、どんな服装してます?」「着物着てるよ」「着物の柄わかりますか?」「うん、黒と茶の縦じま」昔の「どてら」と呼ばれた着物か。よく思い出したな。「そのとき、おかあさんはどうしてました」「おかあさんは、おとうさんの前で正座してる」そういった後で、お局様はしくしくと泣き出した。「どうしました?」「ぶたれたのは、わたしじゃなかったんだ。おかあさんだったんだ」「そのとき、おとうさんとおかあさんはどんなふうにしてました?」「おかあさんは…ぶたれて、よろけて、着物のすそを直して座りなおしてる」【14】ずいぶん気丈なおかあさんだったんだな。昔のことだから、夫の暴力に妻が逆らうということもできなかったのだろう。だが、おかあさんがおとうさんを強く意識して対応していたら、ほかにも家事が忙しいことだし、子供にかまってられなかったろうな。「手がかからないしっかりした子」でいてくれる子が、親のためにはよかったということもあるだろう。だけど、子供は、ほんとうはおかあさんに甘えたかったかもしれない。それができずに、心残りどころか、心の傷に近いものになっておとなになったかもしれない。さて、お局さまだ。子供のころの親子関係が原因とみて間違いないだろう。少なくとも、その原因に対処しておけば、一部分は治るとみた。子供のころのトラウマやカタルシスというものを解消してあげればいいはずだ。問題は、その方法だ。【15】「両親とも、ご存命ですか?」「ううん。父親は亡くなってる」「お墓参りしてみませんか?」「帰った時、お墓参りはしてるよ」「それはいいことですけど、特別にお墓参りのために帰省してみませんか?」「うーん。いいけど。特別なの?」「そう特別なお墓参り。塩を1kg買っていって、墓石に全部投げつけましょうか」「いいけど…怒らないかな、おとうさん」「だいじょうぶ。父親って娘のためだと思ったらがまんできるもんだから」「じゃあ…やってみる」「その塩を投げた手は洗わずに、実家でおかあさんのほっぺを触ってみて下さい」「それで、よくなる?」「っていうか、なにかが変わるはずだから」「なにかが変わる?なにが?」「わかんないけど、必ず変わります」【16】その後、本当にお局様は実家に帰って、塩ぶつけ墓参りをしたみたいで、ボクが言ったことだからということは別にしても「信じる」のはいいことだと思った。「墓石に塩ぶつけてるとき、誰かに見られなかったでしょうね」「私も見られてないか、どきどきしながらやったわよ。あの塩は掃除しなくていいの?」「塩は清めるものだからいいんです。今度お墓参りしたときに掃除しましょうか。それで、どうですか?その後」「家に帰って、おかあさんのほっぺ触ったら、なぜだか涙が出てきたの」「うん。そのときどんな感覚でした」「おかあさんの顔はしわだらけで、涙が出たのはなんでだかわからなかった。でもそのあと、すっきりした感覚はあったわよ」「それはよかった。少し治ったかもしれない」「治ったでしょう?私もそう感じるもん」【17】その後、俺は神戸に長期出張になったので、お局様からは、現場事務所に電話があった。「最近、里帰りが楽しくなってきて、帰れるのがうきうきして待つようになったの。それっていいことでしょう?」「すごくいいことですね。なにかを楽しみに待つって最高じゃないですか。ところで、今でも買い物はしてます?香港とかで。」「買い物はやめたのよ。お金の無駄遣いだし、買い物しても、以前ほどうれしくないと思うようになったし」「それは、いい調子ですね」「そうでしょう。だいぶよくなったでしょう。これもヤマザキさんのおかげよ」「いえいえ、つらいのもうれしいのも本人の問題なんで、俺はそのきっかけを作っただけですから」「でも、私にとっては神様みたいなものよ」「こんなだらしない神様いないですよ」【18】しばらく経ったころ、お局様から電話があった。「子供たちに会ってみようと思うの」この人は、かなり正常になってきたなと感じた。「いいことですね。ぜひ会ってあげて下さい」「でも、不安なの。ずいぶん会ってないから、子供たち怒らないかと思って」「きっと、誰でも同じ状況だったら不安だと思います。でも、思い切ってぶち当たってしまいましょうよ。子供たちが怒るのも無理はないって、受け止めてあげましょうよ、親なんだから」「そうね、やってみる。やってみるでいいのよね。でも、だんなには会いたくないな」「だんなさんには会わなくていいでしょう。やってみるでいいと思いますよ」「ヤマザキさんの許可も下りたし、私やってみる」【19】その後、お局様は子供たちにあっただろうか。躊躇して取りやめになったんではないだろうななどと思っていた。ある日、お局様さまから電話があった。「子供たちに会ってきたの」声がはずんでいる。きっとうまくいったのだろう。「よかったですね。子供たちも喜んでくれたでしょう」「喜んでくれたかどうかは…わからないけど。楽しかった」「楽しかったのなら、きっと喜んでくれたでしょう。よかったですね。思い切って会ってみて」「最後まで、会うのよそうかなって不安だったけど。子供たちが笑ってたの。楽しそうに。会ってよかったと思ってるの。ヤマザキさんのおかげね」「いえいえ、ぼくは…子供たちの勝ちですね」【20】「子供たち、大きくなってたでしょう。今おいくつですか?」「中1と小5なんだけど、大きくなってた。びっくりした」「でしょう。体も成長してたでしょうけど、精神的にも成長してたでしょう」「そうなの、驚いた。『おかあさん、ひとりでだいじょうぶ?』なんて言うのよ」泣いてるような震える声だった。「泣いてるんですか?」「うん、うれしくて…涙は出てないけど」「おかあさんも成長したみたいですね」「あたし?あたしは成長したかな。老化はしたけど…」「そう言えるのも成長した証拠ですよ。親子ともよかったですね」「ほんと、思い切って会ってみてよかった。また会う約束してきたんだけど。いいよね」「もちろん」【21】「それにしても、息子さんかっこいい男に成長したね。俺が負けそうだよ」「そうなのよね。これからが楽しみなの」将来は、田舎に帰ろうかとも考えていると言っていた。それもいいだろうと答えた。大事なのは、自分が本心で思い、それを行動に移せるかどうかだということだと思った。「でも、あたしあっちへ帰って、ちゃんとやっていけるかな」やはり、環境が変わることの不安はあるのだな。もともと性格が弱いということもあるのかもしれない。「おかあさんと二人きりで不安があるなら、習い事なんかのサークルに入ってみるといいよ」「そこで、ちゃんとやってけるかしら」「うん、そのくらい下手にでたほうが、他人との関係はいいんだよ。心配ない。親の面倒を見てる同じ境遇の人もいるだろうし」【22】その後、会社の他の人に、お局様はどんな様子に見えたか電話で聞いてみたけど、まろやかな普通の女性に感じたという意見が多かった。性格の底に、自分でもいやなものがあったのだろうと思う。それがなくならないうちの言動は「悪あがき」でしかなかったので、他人にも迷惑をかける女性になっていたのだと思う。今回、「殺してやる」という極端な状況になり、やっと自分で、心の底のいやなものを取り去ったのだろう。だいたい、俺の役目は終わったかなと思ったので、悩み相談のようなものは断ることにした。今度は、俺に依存されても以前と変わらないことなんだから。その後の消息は聞かないが、普通に幸せに暮らしているであろうと願っている。(終)
2021.02.09
コメント(0)
【1】会社に「どもり」の人がいた。年齢は40歳代だろうか。普通に話せば、低音の魅力的な声なんだけど、慌てて話すときだろうか、「こ、こ、こ、今度の~」と激しくどもってしまう。それを聞いている女子社員などは、くすくすと笑っている。そんなにおかしいことか。その人とは課が違うので、普段話すことはなかったが、人員が足りないなどの理由で、他の課の俺に話がきた。「こ、こ、こ、今回…ひ、ひ、人を、か、か、か、貸してほしいですけど…」俺は、思い切って言ってみた。「なにどもってるんだよ。何言ってるかわかんねぇじゃねぇか。はっきり気合入れてしゃべれ!」「はい」ちょっときつい言い方だったかなと思ったが、こちらも気合を入れて言ってみた。【2】「はい」その人はどすの効いた返事をすると、どもるどころか、すらすらぺらぺらと話し出した。どういうことだ。学生時代にもどもる人はいた。「ちゃんと話は聞いてるから、落ち着いて話せよ」と言うと、どもらずにすらすらと話した。あわてない状況を作ってやれば、すらすらぺらぺらと、普通の人よりよくしゃべった。この人もそうだ。落ち着け!と厳しく言ったから、どもらないのだろう。あんまりいっぱい話されたんで、内容が把握できなかった。「すいません。一度にいっぱい言われるとわからないんですよね。少しどもってもらえますか…というわけにはいきませんね」「そうはいきませんね」ノートを持ってきて、要点を言ってもらってメモした。【3】自分の席に戻ると、お局様が「ヤマザキさん、ちょっときつい言い方なんじゃない」とご意見を言ってきた。「うるさい!今度あの人がどもったとき笑ったら、あごの骨砕くぞ!」と、こぶし出した。お局様は、興奮状態で「そんなことしていいと思ってるの?暴行罪じゃない。警察呼ぶわよ」後ろからどもりの人が「おまえは黙ってろ!」と大声が聞こえた。俺に対して言ったのかと思い「なに?」と、睨み返した。するとどもり男は「そっちの女に言ったんだ!」と強く言った。なんだ、そうなのか。お局様は、指示通り黙っていた。【4】俺もお局様に「俺も真似するかな。おまえはだまってろ!」と言ってやったら、ほんとうにお局様は黙ったままだった。それから、俺は神戸に出張することになり、会社を離れた。神戸の現場事務所に、どもり男から電話があったことがある。あまり親密な関係でもなかったので、なんの用事だろうと思った。どもり男は、少しもどもることなく話しだした。「あの時は、大変お世話になりました。おかげさまで、どもらなくなりまして」「そうですか。よかったですね」やっぱり、会社で女子にくすくす笑われると思うと、緊張して余計にどもってしまうんだな。俺が、鉄拳を使うと言ったから、女子たちも笑えなくなったか。【5】「ところで、会社にいるときはどもらなくなったってことですけど、他の場所では、どうですか?たとえば、家にいるときとか…」「そうなんですよ。会社ではどもらなくなったんですけど、家では、時々どもってました。そのたんびに、嫁が笑うんで、一度ひっぱたいてやったんです。」「あらあら、だいじょうぶでしたか」「そしたら、どもっても笑われなくなるし、笑われなくなったら、どもらなくなったんですよ。」「そうでしたか。よかったですね」やっぱり、思った通りだ。女性に笑われるということを気にするから、余計にどもってたんだ。「これも、ヤマザキさんのおかげです。ありがとうございました。」「いえいえ、俺はきっかけを作っただけですから、あとは自分の努力だと思いますよ」【6】「いえ、努力なんてしてないですよ。すべてヤマザキさんのおかげだと思っています」「そこまで言われるなら、お受けしておきますけど、ところで、どもる原因なんですけど、言いたくなかったら言わなくていいです。あのー、子供の時におかあさんに笑われましたか?どもってうまくしゃべれないときに?」「ええ、母親には笑われましたね。」「俺は、それが原因だとおもったんです。どもることの」「そういえば、子供のころからどもりが治らなかったですね」「治ってよかったですね。どもらないと、低温の声で魅力的ですよね」「そうですか。自分ではわからないですけど」「いや、今こうして話してても、素敵な声と話し方だなって感じますよ。」「いや、ほんとにヤマザキさんのおかげです。すごいですよね。何十年もどもってたのに」【7】「ところで、おかあさんは健在ですか?」「いいえ、他界しました。ろくに親孝行もしないで終わってしまいましたね」「親孝行は子供の時に終わってるじゃないですか。昔の母親って、娯楽もなく働くだけでしたからね。子供が笑わせてくれたと考えれば、もうすでに親孝行はしてたんですよ」「そうなんでしょうか。そういえば、私も子供に笑わされた覚えがあります」「そうなんですよ。みんな、子供の時に、親を楽しませるいい子だったんですよ」「そうだったら、報われる感じがしますけど」「それより、おとなになってから、落ち着いて話せば、いい子供から、いいおとなになれますよ」「私でも、なれるもんなんですかね」「もう、すでに、なってるじゃないですか」(終)
2021.02.08
コメント(0)
ここに書いてあるもの以外に、フォグスナイパー回顧録短編集、「純粋バカ一代」、少年時代の思い出「草食伝」、英会話教室でのアメリカ人との闘い「デビルモンスターの聖戦」があります…amazan電子出版から購読できます…有料ですけど…
2021.02.07
コメント(0)
【1】会社には、保険外交員が時々来ていた。2・3人で来ることもあったが、全員女性だった。俺の机の所にも来て、飴など置いていくものだから「これいらない」とはっきり言ったが、作り笑顔で「どうぞ受け取ってください」などと言っていた。飴が、というより保険屋から物をもらうのがいやだったんだけどな。飴は、課長の机の上に置いて「これ、あげます。お中元です」と言った。ある日、しつこい外交員が来ていた。しつこく保険加入を勧めるのは、仕事熱心だということだとはわかるが、自分の収入を増やすためとも見えていやらしいとも感じていた。俺にも、少し離れたところからだが声をかけてきた。「あらー、いい男ですね。こんないい男がいるとは気がつかなくて、失礼しました。」などと、と近づきかけた。【2】「それ以上、俺に近づくな。保険屋に用はない」そう言っても、にこにこしながら近づこうとしたので、こちらから出向いて行って、「保険屋に用はないと言ったろう」と、女の頭をつかんで、机の上に押さえつけた。「保険屋に用はない、俺に近づくなと言ったろう。わからないのか」女は動けないまま「わかりました」と言った。女がおとなしくなったようなので、手を放して席に戻った。「髪の毛が乱れたから、整えてから帰れよ」と言うと「失礼しました」とだけ言って出て行った。髪を直す様子がなかったけど、いいのかと思っていたが、これで保険屋に恨みをかうことになるのだろうか。【3】ある日、頭を抑えつけた保険屋の女性の上司という人が会社に来た。上司が抗議に来たのかと思った。「どういうご用件でしょうか?」と聞くと、女性上司は、深々と頭を下げて、「先日は、当社の人間が失礼なことをしたようで、申し訳ありませんでした」いやみで言ってるのかと思った。「いえ、こちらこそ、女性に対して失礼なことをしました」女性上司は、驚いたような顔をして「怒ってらっしゃらないんですか?」「いつまでもはね」女性上司は、下を向いてなにか考えていた。自分も罵倒されて、頭を押さえつけられるとでも思ってたんだろうか。「部下から報告を聞いた通りの素敵な方ですね」急に何を言い出すのかと思って混乱した。【4】「その素敵な方に、いったいどういうご用件でしたっけ…わざわざ上司が出向いてきて」「実は、容姿も行動も素敵な方と報告を聞いて、私も拝見したいなと思いまして」「そんなことでいいの。苦情言わなくて」「いえ、苦情なんて滅相もない。頭をつかまれた女性も、しばらく髪を洗わないんだって…芸能人と握手して手を洗わないみたいなものですね」「ふ~ん」「最近少ないですね。はっきりした男性って。そこにひかれたんだと思います」「ふ~ん…俺はアイドル?」「いえ、アイドルなんかよりすごいと思います」「ふ~ん。あなたが会ってみても?」「ええ、もちろん、聞いていた通りのすばらしいお方と思っております」【5】この保険会社の管理職は、何をしに来たんだろうか。ほんとに俺に会うためだけに来たのか。ひまなんだなぁ。「せっかく、保険屋のえらいさんが来てくれたんだから、保険について言いたいことがあるんだけど、聞いてくれる」「なんなりとおっしゃってください。今後の参考にさせていただきます」「あのね、俺、以前大腸に悪性リンパ腫のポリープができて手術したことあるんだ。悪性リンパ腫ってリンパ腺のガンだからね。他の保険屋さんの話だと、一生保険には入れないそうだね。利益供与や詐欺罪になってしまうから。元気な体の人ばっかりに保険勧めて、ほんとうに不安がある人が、保険に入れないのはおかしいだろう。どうにかならないかな」「そうだったんですか。知らないこととはいえ、失礼をいたしました。その件につきましては、今後検討していきたいと思います」【6】「検討していきます…か。役人の答弁みたいだな。やる気ないな」「いえ、すぐに実現はできませんが、保険業界も変わっていかなければならない時期になっていると思っています」「そう、じゃあ、その『検討』ってのぜひやってみて。それとね、もうひとつあるんだけど、保険って貯蓄の意味でやってる人多いんだけど、それやめて、掛け捨ての保険を多くできないかな。将来のけがや病気のために備えるってのが正道だと思うよ」「はい、掛け捨ての保険につきましては、いろいろなパターンを考えて、保険商品にするよう開発しています。…あの、『せいどう』ってなんですか?」「『正道』…正しい道だよ。保険を貯蓄と称して金集めて、でかいビルばっかり建ててるんじゃないよ」「はい、わかりました」【7】「ほんとに、わかったの?」「はい、わかりましたけど。私も、これからの時代の保険というものを考えていたところですから。たいへん参考になりました」「そう?変わってね。本当に不安な人のための保険作ってね」「わかりました」「あ、そう。ところで、冷静に反応するひとだね。業界は違うけど、上司だったら、女性上司でも働いてみたいなと思ったよ」「滅相もございません。私の方こそ、下で働いてみたいと考えております」「両方でほめあってると、周りからは馬鹿だと思われるから、これくらいにしようか」「そうなんですか」「よし!じゃあ、建設会社と保険会社で合併しようか?」「それは、難しいと思いますけど…」(終)
2021.02.07
コメント(0)
ここに書いてあるもの以外に、フォグスナイパー回顧録短編集、「純粋バカ一代」、少年時代の思い出「草食伝」、英会話教室でのアメリカ人との闘い「デビルモンスターの聖戦」があります…amazan電子出版から購読できます…有料ですけど…
2021.02.06
コメント(0)
【1】「インテリアデザイナー」そういう職業の人がいることは知っていたが、実際に会うとは思ってもみなかった。会社で、机や椅子などの備品を入れ替えることになった。親会社から分裂して2年目だったけど、業績がよかったんだろうな。年商100億円とか言ってたから。その机の配置などのために、東京からインテリアデザイナーが来たらしい。もちろん、会社が依頼したということだろうな。俺は、配置換えの日に、千葉県のほうに出張で行ってたんで、古い机を出して新しい机を入れるという作業から免れていた。夕方、会社に戻ってみると、まだ、片付いてなくて、混乱状態だった。机などは、だいたい収まったようだけど、配線などはまだで、俺の机の上にまとめて置かれていた。机の上の配線の塊を見て思った。「うどんみたいだなぁ。まずそうだけど…」【2】そのうどんのようなコードの塊を、立ったまま呆然と見ていると、「このテーブルは、ここの置くといいですね」と聞きなれない女性の声が聞こえた。テーブルの向こうには、脇の髪をスプリングのように巻いた女性が、俺をじっと見ていた。「それは、俺に言ってるんですか?」そう言うと、すかさず丸顔の課長が「ヤマザキ!その人とけんかするなよ。今日は、外部から来てもらった人なんだから」総務の女の子も「ヤマザキさん、またなにかやったんですか。よりにもよって、こんな忙しい時に」俺は、危険人物か。巻き髪の女性が「けんかなんてなさるんですか。そういう風には見えませんけど」やわらかい笑顔だ。「けんかは、なさりませんよ。めったに…」【3】巻き髪の女性は「申し遅れました。私こういう者です」と名刺を差し出した。名刺の肩書は「インテリアデザイナー」…「すごいですね。カタカナ職業だ。しかも肩書が2行になってる」「そんなにたいした者じゃないですけど」どうやら、事務所の模様替えのために呼ばれたらしい。それで、机をここに置くといいとかアドバイスしていたのか。それも「インテリアデザイナー」の仕事か。「ええと、住所は東京ですね。わざわざ都会からお越しいただいて、ご苦労様です」「うーん。私が住んでいるところは、そんなに都会じゃないですけどね」とちょっと小首を傾げながら、年甲斐もなくかわいく言っている。丸顔の課長が遠くから声をかけた。「おまえたち、結婚しろ」【4】なんと言えばよかったのだろう。いきなり、初対面の人と結婚しろと言われても…「じゃあ、課長、仲人お願いします」のほうがよかっただろうか。「そうですか。じゃあ、新婚旅行は、鬼怒川温泉にしましょうか」「まあ、新鮮!」インテリアデザイナーは、助手の子にも「ねえ、新鮮じゃない。そうでしょう」と言っている。助手の女の子は、上司の言うことでもあるので、「うん、うん」と首を縦に振っている。インテリアデザイナーは、こちらに顔を向けた。それは、俺には、蛇が首を持ち上げてこちらを見ているように感じた。この話の進展はない。事務所の整理でがたがたしているときに、軽い冗談を言って和んだだけという終わり方だった。(終)
2021.02.06
コメント(0)
【1】会社の休憩時間にコーヒーを飲んでいたら、後ろのほうから女子社員に声をかけられた。「ヤマザキさん、質問してもいいですか?」「いいよ。別に」「よかった。えー、では質問します。ヤマザキさんは、白髪が多いですけど、自分で気になったことがあるんですか?」若白髪が多いから変だと見ているのか。でも、なぜ、それを本人に聞く?高校生の時、二度髪を染めたことはあるけど、栗色に。その後は、ほったらかし状態。「…それは、どういうつもりで聞いてるんだ?」「ただ、ヤマザキさんが、白髪を気にしてるかどうか知りたくて…」「ああ、そう。気にしてないよ。だいたい鏡を見るのが朝顔を洗う時だけだから、その時も白髪は気にならないよ」「やったー!やっぱりそうなんだ!」【2】「『やっぱり』ってどういうことだ?」「あのね、女子達で昼休み、ヤマザキさんの話をしていて、白髪が多いよねって話になったんですけど、本人は気にしてないのかなという話になって、直接聞いてみようということになったんです」「お前たちは気になるのか?」「いいえ、本人が気にしてないなら問題ないです。全然。」「ところで、なんで『やったー!』なんだ?」「ん?ヤマザキさんは、そんな小さいことを気にする人じゃないよということで意見は一致したんですけど、本人に聞く役目を私が勝ち取ったんです。じゃんけんで」「じゃんけんで負けたから聞き役になったのか?」「いえ、勝ったんです!グーで!」彼女は、グーでガッツポーズをしていた。(終)
2021.02.05
コメント(0)
【1】神戸行きを希望して入った会社だったが、ずっと内勤で、他の現場の話が出たり…囲ってしまったものは、会社の幹部連中の言いなりになってしまったようだ。それでも、神戸行きの希望は捨てずに、時期を見て言い出そうとは考えていた。ある朝、いつものように電車通勤のため、駅まで歩いていた。商店が並ぶ場所まで来たら、突然、右肩になにか当たったように感じた。その当たったようなものは、右前方に転がって行った。よく見ると、それはナイフだった。俺はナイフを投げつけられたのかと呆然としていると、髪の長い男が落ちたナイフに向かって走って行くのが見えた。咄嗟に、次は刺されるなと感じて、その男を追いかけて、右後方から近づいた。相手が右利きなら、ナイフを拾って左回りに振り向くと読んでの行動だった。男はナイフを拾うと走って行ってしまった。【2】男が走っていくのを見て追うことはしなかった。俺を狙って失敗して、それで逃げてるんならいいけど、無差別にナイフを投げる男だとしたら、その後が危ない。警察に通報しようとしたが、携帯がまだない時代だ。近くに洋服店があったので、電話を借りようと駆け込んだ。その商店の店主らしい30歳代と見える男は、興奮した状態で「今、警察を呼びました」と言っていた。「そう、ありがとう。状況は見ていた?」「はい、店の前にいたんで、全部見てました。それで、警察呼ばなくっちゃと思って…」この街は、まだ社会が機能していると思った。安心して、会社に行けそうだ。俺は、目撃者になるんだろうか。いや、被害者か。「俺は、会社があるんで行きますから、警察が来たら連絡してください」と名刺を置いて行った。【3】会社に着いて「今朝、知らない男からナイフ投げつけられた。警察から電話があるかもしれない」と言った。「けがはなかったのか?」「ええ、ナイフの柄のほうが当たったみたいで」「なんで、ナイフなんか投げられたんだ?」「わかりません。きっと気がおかしいんでしょう」「そんなおかしい奴が、うろうろしてたのか?」「すぐ近くの人が、110番してくれて、警察が取り押さえるでしょう。ナイフを持った汚い風貌の男だったから」「それで、警察から会社に電話が来るの?」「来るでしょう。俺、被害者だし、目撃者だし」「警察から呼び出しがあるかもね」【4】電話がなった。お局様がビクっとして「警察からかな。どうする?ヤマザキさんが直接出る?」「いいよ」「はい、〇〇建設です」「こちら、警察ですが、ヤマザキさんという方おられますか?」「はい、私です」「あ、そうでしたか…名刺から拝見してもっと大きな会社なのかなと思ってました」「大きな会社ですよ。今朝の事件の話をしていて、警察から電話があるはずだって待ち構えてたんです」「そうでしたか…それで、どうですか?おけがはありましたか」「いえ、ナイフの柄のほうが当たったみたいで、けがはないです」「そうですか。よかったです。それでどうですか?その気持ち的に落ち着いてらっしゃいますか?」【5】「気持ちは落ち着いています、事件当時から。それより、あの男が他でもナイフを投げて、人を傷つけないか心配だったんですけど」「それは、だいじょうぶでした。あの男は、駅前で取り押さえました」「それはよかった。ごくろうさまでした。やっぱり気がおかしかったんでしょう?」「かなりおかしかったですね。で、どうしますか。彼に思い罪をかすべきとお考えですか?」「いえ、あんな精神状態ですから、家族が引き取るか、施設に入れることでいいと考えてます。僕もけがをしたわけではないし」「わかりました。ご意見は伺いました。適切に対処いたします」「僕の事情聴取はおわりですね。ごくろうさまでした」(終)
2021.02.04
コメント(0)
ここに書いてあるもの以外に、フォグスナイパー回顧録短編集、「純粋バカ一代」、少年時代の思い出「草食伝」、英会話教室でのアメリカ人との闘い「デビルモンスターの聖戦」があります…amazan電子出版から購読できます…有料ですけど…
2021.02.03
コメント(0)
【1】「カメリヤ」だったろうか。「スィートテンダイアモンド」と言って、結婚十年で、奥様にダイヤが10個付いた指輪をプレゼントしようというTVCMが、盛んに流れていた。俺には、ダイヤを送る旦那さんがかっこよくも見えなかったし、なぜ奥様だけプレゼントされるんだよと思っていた。宝石屋だから、いかにしてダイヤの指輪を売るかの末の、しつこいようなCMだったのだろうが、気に入らないと考えていた。社内の休憩時間に、その話をしていて、また興奮してきて、カメリヤ本社に電話しようということになった。こいつは、いろんなところの本社に電話するやつだなと思われていたんだろうが、みんなにも刺激になってよかったようだ。カメリヤの電話番号を調べて、本社に電話することになった。住所は東京銀座だった。それも、嫌みったらしくて嫌いだ。【2】カメリヤ本社に電話して、広報担当者にでてもらった。「おたくの、スイートテンダイヤモンドのCMが気持ち悪いんだけど、放送中止してくれるかな」「どういったところが、お気にさわったんでしょうか?差し支えなかったら、お教えください」「あのね、夫婦でプレゼントするのはいいことだと思うけど、なんで旦那さんが奥様にだけ一方的にプレゼントすんのよ?」「ご主人は、奥様に10年間支えてもらったという感謝の気持ちでいいと思いますが…」「旦那がかわいそうだろ。10年間会社で怒られながら頑張ってきたのに、家庭では指輪にお金遣わされて…」「ご主人が会社で頑張ってこれたのも、奥様が支えてくれたから、ということもありますから…」【3】「それはお互い様だろう。『内助の功』なんて言うの?江戸時代じゃあるまいし」「はあ…」「指輪を売りたかったから、女性だけに訴えかけたんだろう」「たしかに、指輪は女性のお客様が多いですから…」「夫婦ってのは、二人が同じ方向を向いて、共通の敵と戦うものなんだよ。いわば戦友だよ。どちらかが死ぬときになったら、支えてくれたことを感謝して『ありがとう』って言うものなんだよ。それを、結婚して10年も経ってるのに、お互いに向き合ってるみたいで、気持ち悪いんだよ。ダイヤ10個の指輪贈るなんて」「はぁ…」「売上上げたくて情報操作するのもいいけど、CMには公共性があるから、やめてくれるかな『スィートテンダイヤモンド』」【4】「お話はわかりましたが、私の一存ではどうにもなりません」「中止しようという気持ちはあるの?」「私共は、宝石屋で、宝石を売るのを生業にしています。CMを中止するのは酷かと…」「じゃあ続けてくんだ。ひまな専業主婦に指輪ほしがらせて、だんなに買わせるって作戦」「その販売方法については、今回ご指摘も受けましたし。もう一度検討したいと思います」「改善できる発想力はあるの?そうは思えないけど…」「発想力は…自信がないですけど、改善したいとは思います」「そう、努力してみる気持ちがあるならもういいや」「許してくださるんですか?」「許すよ。将来的には変えていくんだろうから」「はい、将来的には…」【5】「上司にも頼らず対応してくれて、ありがとう」「いえ、こちらこそ。実は、私も結婚して3年になるんですが、結婚生活というものがどういう形にしていいものかわからなくなっていまして…今回、お客様のお話を聞いて少しわかってきたような気がします」「そう?参考になったんなら、こちらとしても光栄です」「実は、あなた様のような方に、指輪を買っていただくのが、一番いい気がしています」「俺?指輪みたいなじゃまくさいものしないよ」「いえ、奥様に贈られるのがふさわしい方だと…」「俺、独身だもん」「では将来、ぜひお願いします」「わかった、結婚10年目に『スィートテンダイヤモンド』買いに行くよ」(終)
2021.02.03
コメント(0)
【1】「東京スポーツ」なのだろうか。通称「東スポ」と呼ばれる新聞がある。裏のとれてない芸能人のゴシップ記事や宇宙人現るなどの「でたらめ」の記事が書いてある。会社で東スポの話題になり、なんであんなものあるんだと、だんだん怒りが込み上げてきて、よし、直接電話してみようということになった。誰が?というと俺が…東スポの本社の電話番号を調べて電話した。「広報担当者を出してほしい」と言うと「どういったご用件でしょうか」と、憎たらしいほど落ち着いている。「おたくの記事が、でたらめが多すぎるので苦情を言いたい」「そういうことでしたら、わたくしがお伺いいたします」まだ、落ち着いている。【2】「東スポは公共性のある新聞なのに、でたらめ記事書いてるだろう。それでいいと思ってるのか」「新聞ですけど、三大新聞のような公共性はありませんから」でたらめ記事のところは否定しないんだな。「いや、一応新聞なんだから、公共性はあるだろう」「うちは、宅配がありませんから、駅売りだけで」「駅売りでも公共性は、あるだろう。それを読んだ人が信じ込んだら、社会は混乱するよ」「社会の混乱まではならないと思いますけど。ただの読み物としてとらえてもらえばわかるでしょうか」「新聞の形態をした、ただの読み物ってことでいいんだ。社内的にも」「そうですね。公共性のある大新聞とは違うという認識はあります」【3】「そういう公共性のないものが、世の中に出回ってもいいと考えてるの?」「うちの新聞を買ってくれるお客さんがいるんだから、公共性は必要ないと思います」「どういうこと?」「うちは宅配をしていなくて、駅売りがメインですから、それを買う人の自由ということですね」「え!、買う人間がいるからいいんだってこと?」「そういうことですね」「でたらめの記事でも、それを好む人が買ってくんだからいいんだということ?」「そういうことですね。ご理解していただけましたか」「じゃあ、購買客が悪いってこと?」「お客さんも当社もあなたも悪いわけではないです」「なるほど、理解できた。ありがとう」(終)
2021.02.02
コメント(0)
【1】本社は東京四ツ谷にあった。最初の面接で訪れただけで、その後行っていない。用事もないので。面接は、社長が不在だったので、総務部長がおこなった。特に問題もなく、世間話のような面接になった。面接の後、採否には関係ないが、国語と数学のテストと心理テストがあった。国語は全問解けた。正解かどうかはわからないけど。数学は、応用問題で難しかった。同年代の社員が、テスト中覗き込んできて、「数学は、難しそうですね」と言う。理系の仕事でもあるので、できないことは恥ずかしかったが、後で聞くと誰も苦労したようだった。心理テストは、100問の質問にはい、いいえで答えるものだった。人の心を見透かされてるようで、気持ち悪かった。そういう心理テストは、よく当たるとも言われていた。【2】国語と数学のテストの結果はよかったようだ。新卒3人と中途入社3人の中ではトップだったようだ。「すごい優秀なんだな」と言われたがうれしくなかった。新卒組は何をやってきたんだというより、高卒後10年近く経っている俺より成績が下というのが情けなかった。心理テストの結果は「誠実そうな印象を与える」だった。「誠実そうな」という部分が気にいらなかった。なんか詐欺師みたいな言われ方をした感覚だ。支社勤務が始まって、課長と話しているとき「あの心理テストってのは気持ち悪いですね。廃止しませんか」と言ってみた。総務部長が不在の時だったので、課長もなんとも返事はできないようだった。「おまえ、自分で本社に電話して話しろ。心理テストは本社がやっているものなんだから」【3】「じゃあ、電話しましょうか」本社に電話した。電話に出たのは、面接の時にも会った、同年代の若い社員だった。自分は、中途入社のヤマザキと名乗ると「お久しぶりですね。元気でやってますか?」と言ってきた。覚えていてくれたのはうれしかったけど。「元気でやってます。ところで、総務部長か社長いらっしゃいますか?」「今、二人とも外出中ですが、なんの御用でしょうか。私が伺っておきますが…」「いや、上の人のほうがいいんだけど。入社時に受けた心理テストのことでね」「心理テストがどうかしましたか」「いえね、会社には人事のプロもいるって支社の総務部長が言ってたけど、業者の心理テストなんか、参考にしてるようじゃたかが知れてるねって話で…」「人事のプロって言ってました?」【4】「そうだよ、うちには人事のプロがいるからなぁって言ってたよ。それにしちゃおかしいだろ。業者の心理テストなんか参考にして」「心理テストは、採否に影響しないし、ただの参考程度ですから」「人事のプロが心理テストを参考にしてるのはおかしいだろう。人を見る目がないから、心理テストなんか参考にするんだよ。人事のプロじゃないんだろう」「人事のプロでないと言われれば、そうかもしれないなと思います」「え!引いちゃうの?どっちかにしてほしいね。人事のプロであるならば、自分の目を信じてほしいし。自信がないなら心理テストを参考にしてお茶を濁してればいい」「では、ヤマザキさんは、心理テストを廃止すべきだと考えているということでいいですか」「そうですね。廃止してください」【5】「ヤマザキさんが、心理テストを廃止すべきだとおっしゃるなら、その方向で検討してみたいと思います」「それでいい。でも、本社の一社員の権限でできることなの?」「そこなんですよね、問題は。部長や社長に掛け合ってやってみたいと思います」「だいじょうぶかい。それをやって自分の立場を窮屈にしたり、自分の首を絞めるようなことにならないかい」「お気遣いありがとうございます。がんばってみます」「心理テスト廃止は、会社のため社員のためっていう覚悟でやってほしい」「わかりました」「そのほうが、自分を責めなくて済むからね…俺のことは責めてもいいよ」「いいえ、そうはいきません。僕に仕事を与えてくれた人でもありますから」【6】「あ、そう。普段仕事があまりないの?」「ないですねえ」「本社勤務ってそういうものなんだ。たいへんだね」「いつかは支社に行きたいんで、そのときはよろしくお願いします」その後、俺は神戸に長期出張になったけど、本社の彼は、心理テスト廃止のためにがんばってくれたようだ。「仕事」がしたかったのだろうとも思う。支社の課長から電話があった。「おい、今年から入社時の心理テストがなくなったそうだぞ」「それはよかった。今年入社すればよかった」電話の向こうで「今年入社すればよかったって言ってるぞ」と笑いあう声が聞こえていた。(終)
2021.02.01
コメント(0)
【1】その会社は、50歳代の「お局様」が牛耳ってるようにも感じられた。よくあることだけど。まるで、家庭で妻が夫をコントロールしてるように会社でも振舞っていたりする。聞いたところでは、そのお局様は、子供が二人いて、離婚しているのだそうだ。子供は旦那さんが引き取っているらしい。お局様の給料だが偉いさんと交渉して部長待遇らしい。うらやましいとかねたましいと思う前に、憎たらしい。できれば潰したほうが会社のためになるような気がしていた。ある日、お局様と安全部長が話していて、現場に配置する人の話のようだったが、「あの人はだめよ。顔が悪いんだから」とお局様は、でかい声で言っていた。顔で決めるのか。しかも、お局様だが、総務の平社員が、なぜ社員の配置まで口を出して、動かそうとしているのか。【2】俺は遠くから「バーカ」と言ってやった。「今言ったのは誰?」と蛇のような眼をして言った。「俺だけど、それがどうしたの?」「人のことをバカって言ったわね」「ああ、言ったよ。馬鹿をバーカってね」「人のことをバカなんて言っていいと思ってるの?」「思ってるよ。間違ったことをしてないもん」「ただで済むと思ってるんじゃないでしょうね」「後からねちねちされるのはいやだから、今やりなよ」「警察に訴えてやる」「警察?警察入れるの」「警察呼ぶわよ」「それが、脅しで言ってるんじゃないんなら、俺が110番してやるよ」机の上の電話で110番した。【3】お局様は慌てていた。「ほんとに電話してるの?やめなさい」「警察沙汰にしたかったんだろ?」電話からは「はい、警察です。どうしました?」と聞こえている。「どうしました?って聞いてるけど」「電話を切りなさい!」「切りなさい…か。命令口調なんだな」と言いながらも、俺は受話器を置いた。お局様は、はーはー言いながら「ほんとに電話すると思わなかった」「まだ、過去形じゃないよ」「え?」「110番して電話切っても、警察は逆探知して電話してくるよ。なにがあったんですか?ってね」「…」「警察に、ばかな人員配置見てもらおうか?」【4】電話が鳴った。「きっと警察からだよ。俺が取ってもいいかな」「待って!私がでる」お局様は、慌てて受話器をとった。「はい、〇〇建設です…ええ、ちょっと社内でいざこざがありまして…いえ、口論になっただけなんですけど…すみません、慌てて110番してしまって…はい、二度とこのようなことがないようにいたします。…すみませんでした」受話器をおいて、おおきなため息をついた。「対応がうまいね。さすが古株のお局様だね」「二度とこんなことがないようにしましょうね。お互いにね」「そうだね、お互いにね」(終)
2021.01.31
コメント(0)
【1】巡視員をしている時代に「阪神・淡路大震災」が起こった。テレビで、高速道路が横倒しになっている映像を見て、「これが日本で起こったことなのか」と驚いた。仮にもだけど、土木技術者の俺がこんなのんきな仕事をしてていいのかという思いになった。所属する会社の社長に電話をした。「神戸へ行きたいんですけど」もちろん、土木関係の仕事が激増するだろう。俺も少しは力になれるかもしれないと思って言ったのだが、社長の答えは「なんで行きたいんだ?旅行か?」だった。この会社は辞めようと思った。神戸へ派遣してくれそうな会社に転職しようと思った。巡視員時代に「一級土木施工管理技士」の資格にも合格していたし、国家の一大事に、自分のステップアップも兼ねて動くことに決めた。【2】人材紹介会社で紹介されたのは、大阪本社の東京支店と東京本社の横浜支店の2社の建設会社だった。東京支店の会社は、面接に3時間くらいかかるかもということで、現場見学でもするのかと思ったら、小論文を書かされた。タイトルは決められていて「建設業の現状と将来に思うこと」だった。2時間で、原稿用紙2枚か。書けないことはないけど、なにをどう書こうか迷って、時間ぎりぎりまで考えて、一気に書いた。書き出し「セックスは~」として、頭のつかみを考えて、内容は、普通に自分なりの建設業の将来の展望を書いた。高速道路の補修を専門とする会社で、神戸にも仕事で行けそうだし、将来性もある感じだった。横浜の会社に行かなかったら、そちらの会社に入っていたと思うが、辞退することにした。【3】横浜の会社は、東京に本社がある東日本支社だった。マリコンの親会社から現業部門が独立した前年度年商100億円、従業員数300人の中堅大手だった。支社での面接では、総務部長、土木部長、土木一課長、土木二課長、最後には支社長も現れた。みんな気さくな人たちで、緊張はあまりなかった。西日本支社の管轄だが、神戸にも現場はあるようだし、年収500万円ということもあり、その会社に入社することに決めた。事務所は、海沿いのビルの4階だった。古いビルなので、いや歴史のあるビルなのでエレベーターがなかった。しかし、毎朝4階まで駆け上がっっていた。しかも、2段ずつ飛び上がるように駆け上がっていた。4階まで上がると、息を静かに収めた。ここで、はぁーはぁー言っているようではかっこ悪いと思っていた。【4】ある日、いつものように2段跳びで階段を上がっていったら、踊り場に、女子社員が立っていた。笑顔で…「おはよう」とだけ言って、また2段跳びで上がったら、次の階の踊り場にも女子社員がいた。次の階にもいた。「どうしたの?」と聞いても「えへへ」と笑うだけだった。4階までまで登り切って、鼻で息をして整えた。そこには、総務のお局様がいた。驚いたような顔をしている。下から、踊り場に立っていた女子社員たちが上がってきた。「本当だったでしょう」とお局様に言っている。どうやら、俺が2段跳びしながら上がってくることを検証したようだ。「なんだ、そういうことか。ごくろうさま」(終)
2021.01.30
コメント(0)
【1】巡視から戻って、事務室で報告書を書いていたら、係長が「ヤマザキさん、隣の出張所から話が来てるんですけど…」「なんの話ですか?」「ヤマザキさんに、ぜひ聞きたいことがあるという話なんですよ」「いい話ですか?」「いいか悪いかはわからないけど、江戸川でゴミを捨てられる場所があるでしょ。あれどうにかならないかって話なんですよ」「他の出張所のことは、管轄外ですから、ボクが口を出さないほうがいいと思いますよ。」「それがね。ヤマザキさんに聞いてみてくれって名指しで話が来てるんだよね」「出張所の所長かだれかが言ってるんですか?」「いえ、職員じゃなくて、近くの住民から、ぜひヤマザキさんに聞いてほしいって…」【2】「近隣住民が言ってるなら、聞いてもいいですけど…」「ゴミ捨て場になってる場所の対策ってなにかありますか」「そうですね。ゴミを掃除してなくすることかな。座ってサンドイッチを食べられるくらいにきれいにするってこと」ゴミが捨てられている場所は、「ゴミがあるから捨ててももいいや」という気持ちになるものなのだ。そこを片付けてきれいにしたら、ゴミを捨てにくくなるはずだ。「じゃあ、住民の人たちにそう伝えます。ヤマザキさんのアドバイスとして伝えます。」「住民の人たちが活動するんですか」「そうですね。住民たちが、あのゴミだらけの所をどうにかしたいって言ってきてるみたいなんで」「そうでしたか。それはいいことですね。住民が自発的に動くって…」【3】自分の出張所の管轄の堤防道路を行くのだが、右岸から左岸へUターンするために、一部他の出張所の管轄の道路と橋を渡る。その他出張所のコンクリート河川敷に、一般車が乗り入れて、ゴミを捨てていくらしい。そこを、地域住民が清掃したようだ。きれいになっていた。しばらくの間、ゴミも捨てられず維持されていた。ある日、コンクリート広場にタンスが捨てられていた。俺はわざと車の通るところの真中へ引っ張り出してきた。一般車にも、「こんなアホがいるんだぞ」と見せつけるつもりだった。4・5日すると、タンスはなくなっていた。捨てていった人間が持ち帰ったのか、他の誰かが持っていったのか、出張所で処分したのか、地域住民が片付けたのか、わからなかった。でも、そこの場所はまたきれいになった。よかった。よかった。(完)
2021.01.29
コメント(0)
【1】江戸川の河川敷に、ブルーシートで作ったテントらしきものがある。対岸からは遠いがよく見える。車で河川敷に入ってもらったが、葦が群生していて近づくことができなかった。河川の内側に、テントを作って住んでいるホームレスなら、当然河川法違反だし、公共の土地に住むことは許されないだろう。自分の管轄にはまだ一人だけだが、それを許してしまうと、既成事実になって増えてしまう。一度、近くまで歩いていって話をしてこなければならないなと考えていた。運転手さんにそれを言ったら「やめといたほうがいいよ。ああいう人は、後先を考えてないから、危ないよ」と言う。「後先を考えてないなら、こっちもいっしょです」といったら黙った。天気のいい日に行ってみようと思った。曇ってると、人間の気持ちも曇って、よくないような気がしていた。【2】そのホームレスには、一度会って話を聞かなければならないなと考えていた。もし放置しておいたら、そこに住んでいることを既成事実として認めてしまうことになる。ある日、運転手さんに言った。「あのホームレスに会ってきます。近くまで行ってもらえますか」「えー、どうしても行くの。気を付けてね」「30分で戻ります。もし30分経っても戻らなかったら、出張所に連絡してください。緊急事態だと…」「わかった。30分以内に戻ってきてよ」「必ず戻ってきます」葦が群生する中に、獣道のような、人が通れる道がついている。そこを歩きながらテントに近づいていった。犬がいるらしく激しく吠えている。構わずというか、平気なふりをして、テントに近づいた。犬の吠えるのを聞いて、人が出てきた。【3】そのホームレスは、まだ若い人だった。ちょっと見た感じ汚い服装はしているが、目に知的なものを感じたので話せばわかるだろうと思った。「こんにちは、建設省の巡視員です。お話を聞かせてください」と言って、2mの距離まで近寄った。人はあまり近づきすぎると、警戒感を持つらしい。しかも、いきなり暴力でも振るわれたら、防ぎようもない。その男は「ほっといてくれよ」と怖い顔をして言った。「ほっとけないんだよ。こっちは仕事で来てるんだ。あんたも仕事はしたことあるだろう?」「あるよ、昔」「仕事したことがあるんならわかるだろう。やらなくちゃならないんだよ」少し語気を強めて言ってみた。【4】「今、おいくつですか」「28ですけど」「まだ若いのになんでこんなところにひとりで住んでるんですか?」「いろいろあって…」「いろいろって、一般社会でいろんなことがあったってこと?」「そう…その一般社会は向いてないなと思って…」「それは会社でなにかあったってこと?」「会社だけじゃなくて、なんていうか人付き合いもうまくいかなくて…」「それで河川敷で住もうと思ったの?」「最初は住むところを変えたりしてたんだけど…お金もなくなって…」「親兄弟に頼るということはしなかったんですか?」「親兄弟には頼れません。きっと嫌われてるっていうか、いやがられてるみたいで…」【5】「もう一度、普通の生活をしてみたいとは思わないの?」「もう無理なんじゃないかな」「やりなおせると思うよ。まだ若いんだから」「でも…つらいですね」「誰もつらいことはあるよ」「そうは見えませんけど。みんな楽しそうで…」「みんなつらいのをがまんして、楽しそうにしてるんだよ」「そんなふうには見えませんけど。いつも楽しそうで…」「一般社会がつらいから、こんなところに逃げ込んでるの?」「逃げてるって言われれば、逃げてるのかもしれません」「甘ったれるな。みんなつらい思いをがまんして生きてるんだぞ。自分だけ、こんなところに逃げてるわけにはいかないんだよ」【6】「逃げてると言われれば、逃げてるのかもしれませんね」「ところが、逃げ込んだ場所は危険な所だよ。夜、上流で大雨が降ったら、静かに水面は上昇するからね。流されておぼれ死ぬかもしれない」「ほっといてください」「人が死ぬのをほっとけって言うのか。一般社会じゃ通用しないよ。安全のためにもここから出て行くんだな」「別に、死んでもいいし…」「ほう、死んでもいいって覚悟ができてるのか。じゃあ俺が殺してやろうか。誰も見てないし…」体の距離を縮めた。1m50くらいだろうか。「ええ!」「洪水で死なれたんじゃ、いろんな人が迷惑するんだよ。俺が殺してやる。いますぐにな」「ほんとにやるのか?」【7】一歩前へ踏み出すと、相手は一歩退いた。相手の顔が曇って、涙と鼻水を出していた。俺の殺意がほんとうだと感じ取ったんだろうな。「どうしたんだい?いつ死んでもいいんだろう」「勘弁してください」「はあ?どういうこと?死にたくないの?」「死にたくないです」「じゃあこんな場所で暮らすのはおかしいだろう」「すみませんでした」「もう一回やり直してみたらどうだ。一般社会で」「考えてみます。いますぐにってわけにはいかないけど…」「今日俺と話したことは、内緒にしとくから、本気で考えてみてくれるかな」「わかりました」【8】「じゃあ、帰るよ」「はい」帰り道、犬たちが激しく吠えていた。俺を敵と認識してるのだろう。「よくなついてるみたいだな」と言うと「ただ、飼ってるだけです」「あ、そう」来た道を通って、車に戻った。運転手さんが俺を見つけると、シートの上で飛び跳ねながら喜んでいた。経過時間は28分だった。「もう少しで、出張所に連絡するところだった。よかった。よかった」無事に戻っただけで、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。運転手さんは「どうだった?」とも聞かずに「とにかく無事でよかった」と満面の笑みだ。「ええ、だから言ったでしょ。必ず戻るって」出張所に無線を入れた。「ホームレスに会いました。詳細はのちほど」【9】出張所に帰り、ホームレスに会った件を報告した。係長に「で、どうでした?」と聞かれて「28歳のおとなしい人でした。犬が3匹いました」とだけ報告した。翌日、所長と2人の係長が、そのホームレスに立ち退き勧告に行った。帰ってきて、所長が「巡視員の人と話したからっていうだけで、内容を言わないんだよ。なにを話したんだ?」「何を話したかは内緒の約束してるんです。でも、立ち退くとは言ってなかったですか?」「うん、立ち退くけど時間がほしいって言ってた」「少し待ってみましょうよ。本人の意志で立ち退いてくれるように…」その後、そのホームレスがどうしたかは不明。立ち直って、一般社会で生きていることを願う。(終)
2021.01.28
コメント(0)
【1】住宅地近くの堤防で、子供たちが「芝滑り」をする場所がある。段ボールなどに乗って傾斜を滑り降りる遊びである。俺としては、子供のころから河川に親しむということで、いいことだと思っているので「芝滑りをやめろ!」と禁止したくはない。建設省の立場としては、子供が怪我でもしたら、管理責任を追及されないかと心配だろうけど…いつも芝滑りで遊ばれている場所は、草がなくなって、土がむき出しの状態になっていた。堤防の草は、表面を雨で流されないように保護するという役目もある。土がむき出しの状態は、あまりよくない状況でもある。子供たちの遊びを妨害せず、堤防も守るという軽い板挟みになったようだ。車からおりて、草が剥げて土がむき出しの現場を眺めながら、俺個人の判断で動いてみることにした。【2】ある日、芝滑りをする子供たちに近づいていった。きびしい注意でもするのかと思われないように、へたな笑顔でゆっくり近づいた。俺に気付いた子供たちが、芝滑りをやめて、こちらを見ている。ゆったりした口調で言った。「このかたい土の上で芝滑りをするより、横の草が生えてる場所でやったほうがよくないか」こどもたちは、土がむきだしになった場所が、芝滑りをするところと思い込んでいたようだ。「そっちでやってもいいんですか?」「そっちでやったほうがいいよ。そしたらここに草が生えてくるから、そしたらまたここでやればいい」子供たちはけげんそうな顔をしながらも、草の上で芝滑りをはじめた。「うわあ、こっちのほうがいいや」とわーわーキャーキャー言っていた。【3】ある日、芝滑りの場所に、女性が3人立っていて、俺のほうを見てお辞儀をしていた。たぶん、子供たちに、芝滑りの場所を変えろといったので、苦情でもいいに来たのかと思った。苦情なら、それはそれで聞かねばならないだろうな。車から降りて行った。女性たちは、みんな神妙な顔をしていた。「こんにちは」と言うと、「こんにちは、ごくろうさまです」と足をそろえて言っていた。どうしたのかと相手の出方を待っていたら、一人の女性が「子供たちに、芝滑りをやめるように言われたんですか?」と言う。「いえ、やめろとは言ってないです。草の生えてる場所でやればと言ったんです」「では、芝滑りはやってもいいんですか?」「やっていいと思いますけど。子供たちがなんて言ったんですか?」「河川パトロールの人に言われたって…」【4】「私は芝滑りをやってはだめだとは言っていません。草の生えてる場所でやればと言ったんです」「そうだったんですか」「かたい土の上では、けがもしやすいし、土の部分に草を生えさせたいし」「そうなんですよ。よくすりむいてきたりして」「子供の時の擦り傷はしかたないでしょう。私もよくやりました。」「芝滑りやられたんですか?子供の時…」「ええ、やりました。芝滑りはけっこう好きな遊びでしたね」「そうだったんですか。…そうなんだって」と3人で顔を見合わせている。「草の汚れは、洗濯しても落ちにくいでしょうけど…それくらいは許してやってください」「土の汚れも落ちないから、いっしょです」【5】女性の一人が「あのー、サインしていただけますか?」と、メモ帳のようなものを出した。芝滑りについての覚書みたいなものにサインするのかと思ったら、白紙のメモ帳だった。「え~と、どこにサインすればいいんですか?」「ここに大きく書いてください」「え?まるで芸能人のサインですね」冗談だろと思って言ってみたが、彼女たちは本気のようだ。「普通の字しか書けませんよ」「それでいいです。十分です」3人のメモ用紙に「サイン」をした。彼女たちは、俺をどう見ていたんだろうか。サインをねだるってことは、いいほうに見ていたことは間違いないが…生まれて初めて自分の名前で『サイン』した。(終)
2021.01.27
コメント(0)
【1】江戸川を巡視していたら、河川敷で中年のおじさんが、木を工作しているのが、堤防の上から見えた。舟の桟橋でも作るつもりなのか。それなら河川法で禁止されているのだから、止めなければならない。運転手さんに「止めてください」と言って、車から降りて、堤防を駆け下りた。いきおいがついて止まらず、川べりまで来た。「おっとっと」川べりまで来たついでに、平らな石を拾って「水切り」を何回かした。おじさんはきょとんとして俺を見ていた。こちらが「こんにちは」と声をかけたが、「なにやってんだ?」と聞くので「水切り」「『水切り』って?…」「水切り?平らな石を水面をはずませて投げること」【2】おじさんは、手書きの設計図を書いて、工作をしてるようだ。きょとんとしているおじさんの前に行って、空を見上げて言った。「今日は、いい天気だな。雲ひとつないな。宇宙を見てるみたいだ」「あんた、宇宙が見えるのか?」「見えますね。青空の向こうは宇宙でしょうから」おじさんも空を見上げていた。口を開けて。俺は、遠い堤防に目を移して言った。「青い空と緑の堤防のコントラストがいいな。寒色同士のコントラストってのもいいもんだなぁ」「寒色ってなんだ?」「寒色?寒い感じの色。青とか緑とか。赤や黄色は暖かい暖色…ですけど」「寒色かぁ」と言って、おじさんも遠くを眺めていた。【3】ある日、堤防の上を車で移動中、先日の木工作おじさんが立っているのが見えた。なにか黒い塊を、大事そうに持っている。俺を待っているようにも見える。黒い塊は武器か。近づいて行って、車から降りて「こんにちは」と声をかけた。黒い塊に見えた物は、一眼レフカメラだった。「どうしたんですか?そのカメラ?」「いや、買ったんだよ。趣味で始めようと思ってな」「そうですか。いいカメラですね。高かったでしょう」「そうなんだな。けっこう高いものなんだな」「で?何を撮るんですか?」「江戸川だよ。あんた言ってたじゃないか。寒色同士がいいって」「そうでしたね」河川敷の木工作品はきれいになくなっていた。【4】結局、木工おじさんには、河川に桟橋など作るのはだめですよなどとは、一言も言わなかった。おとなに、杓子定規な注意などしても素直に聞いてくれない、と考えていた。もっと、凝ったことをして、違法行為を止められたらなぁ、と考えてはいたが、なかなかうまいことはいかない。でも、木工おじさんは、俺と会話して、カメラを始めた。木工はやめてカメラにしたらとは言っていないんだけど。結果的に、違法な桟橋など作って、舟遊びをするより、カメラが趣味になってよかった。カメラなら、続けられれば老後の暇つぶしの趣味にもいいだろうし、舟遊びよりは、品がいい感じがするし、おばちゃんたちにもモテるかもしれない。巡視員としては、違法行為を止められたし、おじさんはカメラおじさんになって、楽しんでくれるだろうし…めでたし…めでたし…【5】ある日、堤防を車で行くと、カメラおじさんがたっていた。手には、金色に輝く物を持っている。あれで、たたくつもりなのか。近づいていくと、金色に光るものは、長さ30cmほどのトロフィーと見て取れた。車から降りて「こんにちは」と近づいていくと、カメラおじさんは挨拶もせずに「このあいだ、写真のコンクールに初めて出品したら、佳作になっちゃったんだよ」と言う。「へえ~。初出品で佳作受賞。そりゃすごいね」「いやあ、まさか受賞なんてないと思って出したんだけどな」「よかったね。せっかく始めた趣味なんだから…励みになるんじゃない」「励みにはなるけど、おれなんかが、こんなものもらっていいのかよ」蔭佐の「いいんだよ。審査の結果なんだから」【6】「これは、あんたにあげたいんだよ」と、カメラおじさんは、トロフィーを差し出した。俺は、ただカメラを始めるきっかけを作ってやっただけだから、おじさんのカメラセンスと技術の受賞だよね。「いやいや、受け取れないな。これはおじさんの宝物だよ。自分で大事にとっておいたほうがいいよ」「あんたのおかげで、受賞したような気がしたんだけどな」「いや、おじさんの実力だよ。自信もってこれからもいい写真撮って…そういえばその写真のほうがほしいな」「そうなんだよな。とっておきたかったんだけど、ネガまで提出しちゃったから」「残念だったね。そこんとこは…」こうして、俺は「無冠の帝王」を続けた。(終)
2021.01.26
コメント(0)
【1】出張所の近くに、ある新興宗教の本部があった。本で調べたら、公称信者数80万人ということなので、けっこう大きいところなのだろう。新興宗教の信者は、よく「勧誘」に動く。新規信者を集めるという目的もあるが、勧誘をするとき団体のいいところを強調して言うので、それが、「自分の言った言葉に強い影響をうける」という行為になって、信者の信心を強めるということもあるようだ。建設省の出張所は公共性のある役所なので、特定の宗教などと関わってはいけないと考えていた。しかし、近所ということもあって、平日の昼間に、その新興宗教の信者が勧誘に来ていた。出張所は1階が食堂や倉庫になっていて、2階が事務所になっていた。建設省の正職員は2階にいた。そこへも「勧誘」は入っていったようだ。【2】出張所の1階にある食堂で休憩していると、新興宗教の信者らしき中年女性が、2階から降りてきて食堂にも入ってきた。俺にも「奇跡がどうたら」と書かれたパンフレットを渡し、あなたは奇跡を信じますかというようなことを言っている。俺はその女性に「ここの2階は役所の執務室なのだから、出入りしないでほしい。ここからもでていってほしいんですけど」と言った。その女性は、にこにこしながら「どうしてなんでしょう」と言っている。早く出て行ってほしかったので「俺も予言くらいならできるよ…あなたは、あと10秒後の間にこの部屋から出ていくでしょう」と言ってみた。「はぁ?」「10,9,8,7…」ゆっくり数えだすと、女性は「すみませんでした」と出て行った。【3】その当時付き合っていた彼女に「新興宗教の中に行ってみようかな」と言ったら「だめ、いっちゃだめ」と言う。「ひとりで、見学に行くんだよ。どういうところか見てみたいんだ」「だめだよ。ああいうところはよくわからないところだから、いっちゃだめだよ」「よくわからないところだから、よくわかるように中に入り込むんだよ」「友達が前に変な宗教に入ったら、ぜんぜん変わって変な人になっちゃったんだよ。お願いだから行かないで」「いや、入信したいわけじゃないんだよ」「だめだよ。中に入ったら強引に加入されるんだから」「そこまで言うんなら考えてなおしてみるか」「うん、よく考えて、やめて」【4】運転手さんにも「新興宗教に入り込んで、中を見てみたい」と言ったら「やめたほうがいいよ。ああいうところは隠ぺい性があるからね。」と止めていた。ある日、巡視に出発すると運転手さんが「このルートはね1年に1回くらいしか通らないんだけどね」と、新興宗教の周りをゆっくり走った。そこは、3メートルくらいの高さのブロック塀で白く塗られていた。白くなかったら刑務所みたいだ。風窓といわれるものもない。開口部がない。裏の角に1か所だけ、裏門なのか、搬入口なのか、トラックが出入りしていた。運転手さんは「高い塀だねぇ。出入りもできないし、中が見えないようになってるんだねぇ」とわざとらしく言っていた。俺が中に入りたいなんて言ったから、危険な感じのところだろうと見せてくれたみたいだ。【5】ある休日に、野田の街を歩いていた。古くからしょうゆ作りの盛んな土地で、古い看板なども見られた。ふと道路の反対側を見ると、数人の中年女性がかたまっている。観光客風ではない。地元の人間かと思うが、立ってるだけで買い物などの行動目的が見えない。考えすぎかもしれないが、出張所で、新興宗教の信者を追い出すような形になったので、俺を恨んでマークしているのかと思ってみた。俺は、女性たちのほうを見て動かずにいた。しばらくじっとしていると、30歳代らしい女性一人を残して消えていった。残った女性は、横を向いて動かなかった。街中では、不自然な行動だが、彼女はずっとそこにいた。俺も動かずにその女性をじっと見ていた。しばらく経ってから、その女性も消えていった。家まで尾行されるなと直感的に感じた。【6】アパートに戻って、裏から出て1ブロックをぐるっと回ってみた。さっきの女性が、道路の角にいて、俺の住んでいるアパートの方向をじっと見ている。俺は、後ろからそっと近づいて行って、落ちていたゴルフボールを、その女性の前に投げてみた。その女性は、何だろう?とゴルフボールが弾んでいるのを見ていた。俺は、その女性の自転車に近づいた。女性は、俺に気が付いて驚いた猫のように、自転車に乗ろうとした。俺は、自転車の前輪を電柱に押し付けていた。女性は、動かないハンドルに力を入れて「あれ、あれ」と慌てていた。「俺が住んでるところがわかってよかったね、おめでとう」と言うと、女性は無言でいそいで走り去っていった。【7】アパートに戻ったが、さっきの女性が、もう一回つけてきてるかもしれないと思っていた。玄関のドアをそっと開けてみると、さっきの女性が目を伏せて立っていた。逃げることもせず、黙って立っているので、「中で話そうか」とだけ言って、その女性の腕をつかんで中へ入れた。ドアを閉めて、二人とも黙って立っていた。俺は、いきなりズボンとパンツを降ろして「さ、男と女がすることしようか」と言ってみた。その女性は、顔を手で覆ってしゃがみこんで泣き出した。しばらく泣かしておいて、おとなしくなってきたので「あなたは、あそこの新興宗教の人だよね」と聞いてみた。女性は「はい、そうです」とはっきりした声で答えた。「それだけわかれば、もう帰っていいよ」【8】その当時は、資格試験のために勉強していた。部屋で勉強するのが辛くて、喫茶店やファミレスに行って本を読んでいた。あるファミレスで、食事を摂りながら本を読んでいると、ウェートレスが横に立っているの感じた。こちらには用がないので無視していたら「イナゴ好きですか?」といきなり聞いてきた。なんだこいつはと思ったが、ゆっくり顔を上げて「嫌いです」と答えてやった。ウェートレスは、無言で消えていった。帰り際に、レジ係の女性が「ごめんなさいね。へんな宗教に入ってる子がいて」と言っていた。俺は「別にいいよ。入ろうと出ようと俺には関係ないから」と言ってやった。やはり新興宗教は、俺をマークしてるらしいことがわかった。そのファミレスには2度と行かないことにした。【9】俺が新興宗教にマークされてるのは間違いない。部屋までわかっているのだから、大家にかけあって合鍵くらい作ってるかもしれない。それで、部屋に侵入して、盗聴くらいのことはするかもしれない。俺の思い過ごしということもあるだようが、用心するに越したことはない。部屋の中を見回して探してみたが、盗聴器らしい物は見つからなかった。ただ、コンセントに、見慣れないテーブルタップがささっていた。俺がつけたんだろうか記憶がない。だいたいがコードが刺さっていない。これが盗聴器かどうか調べなければならない。抜き取って、ドライバーで分解してみた。コンデンサーのような形のものが入っている。ただのテーブルタップはもっとシンプルだ。これが盗聴器だということは間違いない。しかし、どこの誰が盗聴器を仕掛けたか確定したわけではない。【10】盗聴器をそっとコンセントに戻して、CDをリピートで聞いていた。曲は大好きなZARDの「ゆれる想い」だった。CDはかけたまま外に出てみた。盗聴器の電波の届く距離は、半径200mくらいと聞いたことがあった。近くに、盗聴音声を聞いている人間がいるかもしれない。アパートの周りをまわって、裏に来た時、ブロック塀にレシーバーらしき物をぶら下げている中年男2人組がいた。2人も、俺を知らないのか、そっぽを向いている。そのレシーバーからは「ゆれる想い」が聞こえていた。まず間違いないだろうが、確認のため、ちょっと曲を聴いていた。1曲終わって、間があって、また「ゆれる想い」だった。確定だ。俺の部屋を盗聴しているレシーバーだ。俺は、レシーバーをいきなりつかんで「これはなんだ?」と男たちに言った。【11】男たちは「ふぇ、ふぇ」とおびえていた。驚いておびえるくらいなら、最初からやらなきゃいいのに。「俺の部屋を盗聴して何を探ってたんだ?」「俺たちは、何も知らない。ただ、言われたことをやっていただけなんで…」「あの新興宗教の人間が言ったのか?」「あ、ああ、そうだ」男たちは、俺がつかんだレシーバーを強引にもぎとり、走って逃げて行った。俺は追いかけもせず、彼らを見ていた。大家さんから合鍵を借りて、部屋に侵入したに違いない。しかも、盗聴するということが悪いことという認識もないのだろう。女性を使って尾行はさせるし、部屋にも来るし、一般人から見たら怖い相手だな。出張所に来た信者を追っ払うようなことをしただけで、そんなに恨みをかうんだろうか。まさか、命までは取らないと思うが…【12】次はどんな手を使ってくるんだと思ったら、不思議と怖さもなかったけど、興奮もしなかった。まさか、新興宗教すべてが、オウム真理教のようなことをするはずがないだろうという気持ちと、金と人はたくさん持っているのだから、とんでもないことを仕掛けてくるかもしれないとも思っていた。それと、宗教は、幸福と安泰を望むのだろうから、俺が追っ払ったことには怒ったとしても、「許す」ということもするのだろうと考えていた。その新興宗教の教主は、先代の息子で二代目で、歳は俺と同じくらいだった。信者たちが暴走しても、それを止める力はあるんだろうと思っていた。「奇跡」は起こさなくてもいい。団体を引っ張って行く力は、持っていてほしいと考えていた。さあ、次は何をしてくるのかな。楽しみだ。【13】朝、出勤しようと外に出たら、ヘリコプターが飛んでいてうるさかった。下の駐車場まで降りてみたが、どうも、ヘリはこのアパートの周りを旋回しているようにも見える。中型のヘリだった。俺を攻撃してくるためかと思い、車から一時離れようと思った。車が攻撃されたら、ガソリンに火がついて爆発を起こすだろう。入口のブロック塀の横に立った。もし攻撃されたら塀の裏側に逃げようと考えて、ヘリを見ていた。ヘリのドアは開いていて、一人の男が座っていた。その男は、白い筒状の物を抱えている。バズーカ砲かロケット砲か。男は、白い筒をこちらに向けた。どうやら、カメラの超望遠レンズらしい。俺を撮ろうとしているのか。俺は、斜に構えてにらみつけた。カメラマンは、手を挙げて、カメラを降ろし、ヘリは飛んで消えていった。【14】空の上から超望遠レンズを使って、人の写真を撮るってなにか意味があるんだろうか。女子尾行にしても、盗聴にしても、ヘリからの撮影にしても、なにを考えてるのかがよくわからない。暇で他にやることがないのかな。新興宗教の信者として、自分の存在感を感じるためとか、他の信者に行動を評価してもらうためとか、たぶんそんなところだろうなと感じる。俺の命を狙うなら、もっと賢い隠密行動をするだろうし、そこまでする必要はないと考えてるのかな。ああ、娯楽か?新興宗教の名を借りたお仲間サークルで、刺激のあることをやってみたいということか。信者数が80万人もいれば、集まる寄付金も相当な額だろうからな。その、使い道に迷ってるのかもな。まだまだ、怒ってこちらから出ていく場面でもないな。【15】巡視から戻って、出張所の事務室で報告書を書いていたら、係長が「そこの新興宗教から電話です。どうも、そこの教主らしいですよ」緊張した。「トップの人間と話がしたい」と誰かに言いたがったが、そのきっかけがなかった。そこへ、向こうから電話してきたか。「お電話替わりました。ヤマザキです」「わたくし、新興宗教で教主をやらせてもらっている『ヤマナカ』と申します」教主をやらせてもらっているとへりくだって、「ヤマナカ」という本名を使っている。「どういったご用件でしょうか」「うちのものが、ご迷惑をかけたんじゃないかと、お詫びの電話をさせてもらっています」話し言葉に育ちのよさを感じるが、カリスマ性のようなものは感じられなかった。二代目でもあるし、「お飾り」の教主なんじゃないかとは思っていた。【16】「こちらでは、たいして迷惑だと感じていません。それより、そちらのほうが、俺一人のために、手間をかけたり、ヘリなんか飛ばしてお金かけて、ご迷惑だったんじゃないですか」「それらは、うちのものが勝手にやったことでして」「あなたには責任がないと?」「いえ、全責任は私にあります」「でしょう。だったら、下々の者に、余計なことをするなと指導されたらどうです?」「おっしゃる通りです。今後はきびしく指導していきます」「それと、俺ごときに、手間とお金をかけるより、なにかみんなでボランティアでもされたらどうです?そうのほうが、暇をもてあますこともないし、大金を使うこともないし」「そのお話は、ぜひ検討してみたいと思います。ありがとうございました」【17】朝の出勤は、ときどき自転車で行っていた。片道4km自転車で走るだけでも運動不足の解消になるだろうと考えていた。新興宗教の前まで来たら、塀沿いに人が並んでいた。全員女性だ。声をそろえて「おはようございます!」と言っている。さすが宗教団体は統率がとれている。よくやるよと思いながらも、悪いことでもないので、その日は、知らんぷりして通過した。翌日も女性たちが「おはようございます!」と声をかけるが、どうやら、俺だけに向かって言ってるようだ。リーダーらしき女性を呼びつけて「俺に挨拶するんじゃなくて、ここを通る人全員に挨拶すれば、俺一人に挨拶するなら、断る」「わかりました!」と異様に元気な声で答えていた。【18】ある日、江戸川を巡視中に出張所から無線が入った。運河に「フナ」が浮いていると通報があったとのこと。魚が浮いているということは、水中の空気がすくなくなったのか、油か薬物が流れこんだか、なにか原因があるはずだ。とにかく、確認するために、運河を一周してきたが、何も見えなかった。出張所前の公園に、徒歩で降りて行ってみた。川面には何も異常はなかった。フナが浮いているという通報を疑うべきか。だいたい、魚といわずにフナと限定してきたこともおかしい。巡視員である俺をおびき出すための罠か。また、新興宗教のしわざかと考えてしまった。運河に異常が起きたとなれば、俺が動くだろうと見てるんだろうか。それとも、通報したのに、動かなかったら、そこを突いてくるつもりだったのだろうか。
2021.01.25
コメント(0)
【1】巡視車の運転手さんも民間会社からの出向で、いつもの人が休みの時には替わりの運転手さんが来ていた。ピンチヒッターの運転手さんは、70歳代だそうで、なにかキリスト教系の新興宗教の信者らしい。俺は、けっこう聞き役なので、そのおじいさんのキリスト教の話も聞いていた。そのおじいさんが言うには、鉱物のウランは期間が過ぎるとプルトニウムになるので、普通はウランがなくなってしまうものなのだけれど、今現在も地球上にウランが存在するのは、神のしわざなのだそうだ。俺は「なんで神様はウランを作るんですか?」と聞いてみた。答えは「ウランは神が作ってるんです」「いえ、そうじゃなくて、なぜなんの目的で神はウランを作る必要があるんですか?」「それは神が起こした奇跡なのです」【2】「別にそんな奇跡は起こらなくてもいいんだけどね。ウランって原爆の材料だから、神じゃなくて悪魔なんじゃないの?」「いいえ、悪魔ではありません。神なのです。ウランがあることが、神が存在する証拠なのです」「へぇ、神様はいるの?いるんだったら、一度会わせてもらえるかな。ちょっと言いたいことがあるんだよな」「え?神は人間の前に現れません」「じゃあ、神様はいないことの証明になっちゃうよ。一度会って話がしたいんだよな」「話ってなんですか。話ならうちの幹部が聞きますが…」「教団幹部に用はないんだよね。直接神様と一対一で話がしたい」「神は姿を現しません」「いいから、神様出せよ。びびってんの?」「いえ、神はびびったりしません」【3】「あなたたちの神様は『信じる者は救われる』って言ってるでしょ?それ、おかしいよ」「いえ、信じる者だけが救われるのだから、信じることが大事なんです」「神はすべての人間の創造主なんだろ。信じる者は救うけど、信じない者は救わないっていうのは、自分の子供がなつかないから育てないっていう親といっしょだよ」「いえ、神は人間と違います」「たしかに違うね。人間以下だね。ほんとに創造主ならすべての人間をすくいなよ。それを言いたいから、表に出てこいって言ってるのに、出てこないんだから、要領のいい弱虫だね」「神が弱虫だと言うんですか」「もう、言ったよ」月に一度くらいしか会わない人だから、思いっきり言ってやった。ちょっとすっきりした。(終)
2021.01.24
コメント(0)
【1】堤防の外側には、民家が並んだところもある。その1か所に、堤防の裾にコンクリートの構造物がある。建設省が作った物ではない。民家の人が、境界を越えて作ったものだ。畑に堤防の土が流れてこないように作った土留めのようだ。俺は車を降りて、その構造物を眺めていた。なぜ、建設中に止められなかったんだろう。強引に作られてしまったんだろうか。その家の人が出てきた。俺は「こんにちは」とあいさつしただけだった。その人は、「これは、これは親父が作った物なんだ。親父はもう亡くなっている。」と必死に弁明らしきことを言っている。「これから壊すのもたいへんだし、実際には堤防の補強にもなってるんだし、これはこれでいいと思うんですけど、問題は、これを見た周りの人なんですよね。境界を越えて構造物を作ってもいいのかということになる」【2】ある日、堤防の上をパトロールカーで移動していたら、下から構造物の家の人らしき人物が手を振っている。どうやら、俺を呼んでいるようだ。俺が堤防を駆け下りて行ってみた。その家人が言う。「この構造物について、町内会の人とも話し合ってみたんだけど、俺としては、親父がやったことなんで、自分は関係ないと思ってるんだ。違うことをいう町内会の人もいるんだけどね」すると、家の陰から数人が歩いて近づいてくる音が聞こえた。なんだ、と見ると、数人の男たちが無表情のまま近づいてくる。俺は斜めに構えて警戒していた。何者なんだこの男たちは。しかも確実に俺に向かってゆっくり近づいてくる。「ごくろうさまです」と口々に言っている。俺も「こんにちは」とあいさつした。【3】数人の男たちは、けんか腰で向かってきたのかと思ったら、そうではないようだ。「その構造物の話が、町内会の会合で出たんだけど。確かに建設省の土地に勝手に作ってるんだから悪いことなんだけど、作った本人が亡くなってるんだし」「ボクの意見ですけど、もうすでに出来上がってるし、実際には堤防の補強にもなってるんで、これは、壊さなくていいと思うんです。解体するのに費用がかかるし」もう少し意見を続けた。「この構造物を見た人が『境界超えてもいいのか』と真似をされるのが怖いんです」「俺たちは、ここの町内会の者だけど、真似をしようという気はないから」「それならいいんですけど、境界を越えていいのか、1mならいいのか、5mならいいのかってエスカレートしていくのが怖いんです。堤防が壊れてしまいますからね」【4】お金の話をしたほうがわかりやすいかなと話した。「例えば、洪水の時、堤防を削った場所から決壊したとしたら、家が流されて、人が死んでも、損害賠償は建設省が支払うべきですか?それとも壊した本人が支払うべきですか?」「それは…壊した本人だろうけど…」「でしょう。だから堤防の管理はすべて建設省にまかせて、個人ではいじらないでほしいんです」「わかった。管理は建設省に任せるよ」ということで、話はまとまった。出張所に戻って、報告した。「住民に事情を聞いていただけなんですけど、話はまとまったようです」(終)
2021.01.22
コメント(0)
【1】堤防から川に降りるような細い小道を見つけた。人為的に作られた道だろうと降りてみた。そこには、船の桟橋のようなものが作られていた。きっと、船を所有してる人が自分で作ったんだろう。しかし、河川敷のなかは構造物を作ることが禁止されている。理由は、洪水になったとき、それにゴミなどがひっかかり、川の流れが変わるから。川の流れが変わり堤防が削られるようなことになったら大変なことになる。出張所には立て看板を作る係りの人がいた。その人に看板を2本たのんだ。1本は大至急作って、あと1本はあとでもいいと。内容は「河川敷に構造物を作ることは、河川法によって禁止されています」翌日、とりあえず1本の立て看板を、桟橋の横に立てた。早く持ち主に見てほしいものだ。それで、構造物を撤去するとは考えにくいが、建設省では、把握していると伝えたかった。【2】数日後、桟橋があったところに降りていくと、立て看板はなかった。立っていたところを見ると、ぐりぐりと穴を大きくして引き抜いたらしい。そこで、2本目の同じ看板を立てた。最後に「巡視員山崎」とマジックで書いた。これで、「見逃さないぞ」という意思表示ができるし、巡視員はあなたを監視しているというメッセージになるだろう。桟橋は、その後も撤去されることはなかったが、立て看板も立ったままだった。それでいい。他の人が見ても、河川に構造物を勝手に作れないんだというメッセージになる。ついでに巡視員の名も売れた。今度の巡視員はしつこくて手ごわいぞと思わせただろう。(終)
2021.01.21
コメント(0)
【1】巡視中、車の中から川を眺めていたら、フェンスの内側に入って釣りをしている人が見えた。運転手さんに聞くと、去年から来ているのだそうだ。言っても聞かないよと言う。「下へ降りてください」「え、行くの?」「行きます。注意してきます」フェンスで仕切ってあるのだから、立ち入り禁止のはずだ。フェンスは一部が壊されている。そこから出入りしているようだ。フェンスの中に入ってみると、釣りをしている老人だった。近隣住民らしい。しかし、フェンスを壊して河川に入るなどということは許されない。「ここでは釣りはできませんよ。フェンスの中に入らないでください」老人は「へへ」と笑っている。それでも、注意せねばならないだろう。「危ないですから、外へ出てください」【2】老人は、いうことを聞かずににやにやするだけだった。仕方がないのでそこから立ち去った。役所的に言うなら、何か起こっても、注意はしたという事実は残るというものだ。翌日、人がいなかったので、フェンスの壊されていた部分を針金で修復した。これで入る気は失せるはずだと思っていた。その翌日、老人が釣りをしている。フェンスの修復した場所をまた壊して入ったようだ。運転手さんに「降りてください」と言った。「え!行くの?」「はい、行きます」車からおりて、老人に向かって言った。「おい、ぼうず、この場所は魚がいないところだから、釣れねぇぞ」なぜ、親よりも年上の人に『ぼうず』と言ったのか、自分でもわからなかった。「わかってるよ。ほっといてくれよ」と老人は言う。【3】ほっといてくれよと言われたが「ほっとけないな。今日は午後から雨だぞ。その年で濡れたら風邪ひくぞ。今日だけは、いい加減ににて帰れよ」と言った。その老人は、横を向き「わかったよ」と手を挙げていた。横顔が泣き顔に見えた。車に戻ると、運転手さんが「あのじいさん泣いてたね」「やっぱり、そう見えました?でも、なんでないたんだろう」「うれしかったんじゃない。あんたに声かけてもらって」「声かけただけで、泣くほどうれしいものですかね。よっぽどさびしい人なんだな」「さびしいから、釣れもしない場所でひとりで釣りをしてたんだろうね」「ふ~ん」翌日、おじいさんは来ていなかった。また、フェンスを修復して入れないようにした。【4】それから、釣り老人は見かけなくなった。フェンスの修復したところも見たが、もとのままだった。来なくなったら、心配になった。運転手さんに「あのおじいさんどうしたんでしょうね」と言った。「なにかほかに楽しみができたんじゃないの」「老人ホームでかわいいおばあちゃん見つけたりして」「案外そういうことかもよ」「それならそれでいいですけどね」(終)
2021.01.20
コメント(0)
【1】国土交通省運河出張所で巡視員をしていた。江戸川の一部と運河を見回るというものだった。制服は国交省の職員とほぼ同じものだったが、身分は民間会社の社員だった。パジェロの助手席に乗って、河川に異常がないか見て回るというたいくつな仕事だった。川と堤防の緑を眺めながら過ごす時間でもあり気持ちよかった。1か所、大量のエロ本が捨てられていることがあり、それを焼却処理するのも、前例にならった仕事だった。エロ本は、個人が持っていたものらしい。見飽きたから捨てたのだろう。それを燃えやすいように棒で広げながら焼いた。これが仕事かよといやになった。夜も熟睡できないほどいやだった。捨てた本人が見ていたら、あそこへ捨てれば建設省で処分してくれると思ってないか。【2】大量のエロ本が捨てられていた場所は、ある日から突然捨てられていなくなった。運河の端には、大きな樋門があり、テレビカメラが設置されている。出張所で門の開閉などを確認できるようだ。それで考えたが、運河と江戸川全線にカメラを設置すれば、巡視員など必要ないはずだ。車も運転手も燃料もかからない。最初の設備投資には費用がかかるだろうが、あとは経費がずっと安く済む。巡視員の職がなくなる。それも困る。では、カメラのような機械ではなく、人間でしかできないことはなにか。俺は、地域住民との会話ではないかと考えた。情報交換の会話だけでも、人間にしかできないだろう。その日から、ゆっくり進む車の中から、散歩などをしている近隣住民に、頭を下げてあいさつするようにした。【3】毎朝、犬の散歩に堤防を歩く中年女性がいた。毎朝すれ違うので、車中から頭を下げてあいさつしていた。ある日、車から降りて挨拶だけでもしようとその女性を待っていた。「おはようございます」と言うと「どうしたの?なにかあったの?」と聞いてきた。「いえ、なにもないです。休憩です」と言うと「それならいいけど」と言う。「この間、本を捨てていった人に『ここに捨てるんじゃないわよ!』って言ってやったの。」「え!そうだったんですか。ありがとうございます。でも注意するのも危ないですから、僕にまかせてください」「いいのよ。あなたがいつも焼いてたから、頭きてたのよ、捨てる男が」江戸川の堤防は、住民によって守られた。【4】うれしかった。泣きそうだった。後で運転手さんに聞いたら、泣いてたよねと言っていた。エロ本を焼いていた俺をよく見ていてくれたんだ。俺は悪いほうに考えていた。ここに捨てればあいつが焼却処分するんだと見られて、もっとゴミが増えないか心配だった。実際には、エロ本を焼いている俺を見て哀れに思ったのか、近隣住民は活躍してくれたのだ。敵は天災、地域住民は味方。この考え方を軸にして巡視員をやっていこうと考えていた。(終)
2021.01.19
コメント(0)
「純粋バカ一代」本編は、ここの日記でも読めますけどね…
2020.09.15
コメント(0)
若いころのエピソードを短編集にして電子出版しました…よかったら読んでみてください…amzaon電子出版「フォグスナイパー回顧録」
2020.09.15
コメント(0)
自分史「純粋バカ一代」本編は、ブログ日記にも移設してますので、スマホでも読むことができます…《年下の男の子という場所》原稿用紙33枚《対決免許試験場》原稿用紙35枚《対決保険金殺人女》原稿用紙84枚それ以外は、3枚から15枚程度の短編になってます…
2020.08.13
コメント(0)
自分史「純粋バカ一代」…「巡視員時代」…https://plaza.rakuten.co.jp/sunafukin0515/35000/ 自分史「純粋バカ一代」…「施工監管理士時代」https://plaza.rakuten.co.jp/sunafukin0515/36000/ 自分史「純粋バカ一代」…「草食伝」少年時代https://plaza.rakuten.co.jp/dm0099/9000/ 自分史「純粋バカ一代」…「デビルモンスターの聖戦」https://plaza.rakuten.co.jp/dm0099/16000/
2020.08.13
コメント(0)
【113】水戸地検の人がふたり家を訪ねてきた。検事と事務官らしい。「東京地検から連絡がありまして、来ました」「そうですか、じゃあ話は伝わっているんですね。証拠品があるから持って行ってくれませんか」と、ビニール袋に入った1億円の保険証書を渡した。「これで、僕のほうにはなにもないです。もうこの騒動を終わらせたいんですよね。あとは、どうしようとお任せします」検事が、暗い神妙な顔をして聞いた。「ヤマザキさんは、検察庁になにをのぞまれますか?」まさか正義の味方は望んでないよ。「ただ、粛々と職務をこなしていただければ十分です」検事と事務官の顔が、ふあ~と笑顔になった。(終)
2020.07.11
コメント(0)
【112】D生命から謝罪もあったし、保険改革の話もできたから、これで終わりにしようと思った。共同通信社とニューズウィークに、話を聞いてくれたお礼を言い、解決した旨伝えた。東京地検特捜部にも電話した。個人的には解決したが、社会的には問題が残ったかもしれないと伝えた。1億円の保険証書は家に届いていた。ビニール袋にはいってそれをじっとながめて、これがもとで殺されそうにもなったし、保険会社に抗議することにもなったんだなと思った。証書には、俺の指紋がついてないわけだから、勝手に俺の知らない間に作られたものだ。証拠品として警察に提出しようか、あるいは記念に持っていようか、あるいは捨ててしまおうか。いや、やっぱり警察に提出すべきだろうか。私文書偽造の罪だろうが。でも、また引っ掻き回しそうで、やめとこうかな。
2020.07.11
コメント(0)
【111】「話はふたつあってね、ひとつは、高額の保険加入の場合、本人確認をしてほしい。N生命は5000万以上の保険は、本人が加入したかどうか確認してるよ。そうしないと保険金殺人を誘発することになるからね」「わかりました」「もうひとつは、がんを経験した人は保険に入れないって他の生命保険会社から聞いたんだ。入れるように工夫できないだろうか。健康で心配がない人が保険に入って、今後再発の不安がある人は保険はだめっておかしいよ」「それはむずかしいです。利益供与になりかねないんで…」「わかってる。でもそこをなんとかしてほしいんだ。取締役在任中にがんばって改革してほしいんだ」「わかりました。できるかぎりがんばってみます」
2020.07.11
コメント(0)
【110】しばらくして、D生命の取締役から電話があった。「ヤマザキさん、このたびはたいへん申し訳ありませんでした。」「今日は、やけに素直だね」「ヤマザキさんに、孫に聞いてみろと言われたんで、孫に聞きました。そしたら『おじいちゃん、その人にあやまったほうがいいよ』と言われました」「優秀なお孫さんだね。歳いくつ?」「5歳です」「5歳だったらわかるかな。なんで大人になったらできなくなっちゃうんだろうね。…理由は言わなくていいよ。言い訳になるだけだから」「わかりました。言い訳はしません」「あやまってもらったところで、俺の話を聞いてほしいんだけど」「なんでしょう」
2020.07.11
コメント(0)
【109】後日、D生命取締役に電話した。彼は、いままでと違って沈んだ感じだった。追い打ちだな。「あんたもバカだね。ほんとに俺を殺そうとしたの?地検特捜部にも連絡している人間を。もう、終わりだね。あんたの社会的立場も。」相手は、暗い声で「私は、どうしたらいいんですか?」「俺にどうすればいいか聞いてどうすんの。孫にでも聞いてごらん。」「孫に聞いてみるんですか?」「以外に、子供のほうがよくわかってるから。あとで電話くれるかな。もう俺は電話しないから」「え?もう電話はないんですか?」「うん。電話しないよ。外部マスコミと特捜部に動いてもらうから」「ちょっと待ってください」「ああ、待つよ。電話待ってるね」
2020.07.11
コメント(0)
【108】車に戻ろうとすると、大家さんの娘が車の中から心配そうにこちらを見ている。2台のベンツと黒服の男たちを見て、異様な感じは受けただろうな。近づいていくと「ヤマザキさん、だいじょうぶですか?警察呼びましょうか?」と言う。「だいじょうぶだよ。もう話はついたから」娘さん、眉を八の字にして心配顔だった。「そんなことより、心配そうに眉を寄せてる顔もかわいいね」ふあ~っと笑顔になり、長い髪が揺れた。たとえようもなくかわいい。ほんとにかわいい子は「いえ、そんなことないですぅ」なんて言わないんだね。「心配いらないからね、いってらっしゃい」と送り出した。俺も車に戻り出勤することにした。男たちに手を振ると、手を挙げて答えていた。
2020.07.11
コメント(0)
【107】「ちなみに、俺を始末するのにいくらで請け負ったんだい?」「手付金1000万、成功報酬1500万」「そうだな、それくらいもらわないとな」「いや、まだ話だけは聞くってことなんだ。まず相手の様子を見てくるって来たんだよ」「そうか、じゃあ交通費と日当くらいはもらったほうがいいぞ」「昔と変わってねえなあ」「俺はただの機械工だけど、道は違うけど、お互いがんばろうや」彼は、サングラスをしたままの顔を下に向けた。「そうだな」「とにかく元気でやりなよ。俺は会社があるから行くけど」「ああ、おまえも元気でな」おまえと言われて、ちょっとくすぐたかった。旧友は気持ちがいい。
2020.07.11
コメント(0)
【106】「どういうことなんだ?」とその男は聞いた。「知らない間に保険かけられて、女に殺されそうになったんだ。」「悪い女にひっかかったな」「女は警察に預けたから、保険会社もおかしいだろうって、ちょっと突っついてね。俺を消すしかないだろうって言ったんだよ」「そうだったのか。俺もこういうことは初めてなんだけどな」「で?やってくのかい?俺のこと?」「ばかやろう。やらねぇよ」よかった。また助かった。しかし、D生命の取締役も困ったもんだな。ほんとに殺人依頼してやがんの。それでそのヤクザと俺が知り合いで、この話はなかったことになるだろう。遠いマスコミと東京地検特捜部で囲って、ヤクザも通用しない。チェックメイトかな。
2020.07.11
コメント(0)
【105】騒ぎたてる男たちを制止したということは、こいつが頭か。ということは、こいつと話をすればいいんだな。きっと俺を消すために依頼されてきたんだろう。どう出るのかなと思っていたら、その男から思いがけないことを言われた。「ひさしぶりだな」おれはヤクザの友人はいない。いったい誰だ。「どっかでお会いしましたっけ?」「忘れたか。もう昔だからな。札幌でちり紙交換のバイトしてただろ?」えっ、あいつか。寮の2段ベットの上で夜中まで話したっけ。風俗の店にもいっしょに遊びにいったな。登別にも行って熊見てきたっけ。10年以上前だな。そのときは、彼が捜索願が出たからと帰って行った。その後ヤクザになったのか、それともそのときすでにヤクザだったのかもしれない。ここで会うとは偶然なのか運命なのか。
2020.07.11
コメント(0)
【104】俺の部屋の近くに、大家さんが所有する土地で、製薬会社の駐車場に貸しているところがある。ある朝、出勤しようと車でその駐車場の横を通ると、そこには黒のベンツが2台止まっていた。東京のナンバーだ。車の周りには黒のスーツを着た男たちが数人いた。その雰囲気はいかにも「ヤクザです」というものだった。俺は、車を降りて行って「この駐車場は、そこの会社に貸しているところですから、車を止めたらまずいですよ」と言ってみた。男たちは、「なんだと」と向かってきた。「いや、俺はただここに止めたらまずいですよと言ってるんです」それでも、男たちは、口々に「なんだ」「このやろう」と言っている。いちばん横に立っていた若いサングラスの男が「おい、やめろ」と男たちに言っている。
2020.07.11
コメント(0)
【103】D生命の取締役に電話した。「マスコミは、共同通信社とニューズウィーク、それと東京地検特捜部と話がついている」それでも怒ったような拒絶する口調はかわらなかった。「目的はなんなんだ?金か?」と聞いてきた。「金はいらない。金で解決できると思うなよ」本来の目的は、謝罪と改正なんだけど、相手がひねくれたやつなので、もっといじめてやろうと思った。「これだけ周りを囲んだら、もうおわりだろう。助かりたいんなら、俺を始末するんだな。ヤクザに、金を払って殺人依頼でもするんだな」と言って電話を切った。殺人依頼の話は、半分冗談でまさか実行するはずがないと思っていた。そんなことしたら、殺人教唆で捕まるし、大会社の役員がやることだ、社会問題になるだろうな。しかも保険会社だ。保険金殺人か。
2020.07.11
コメント(0)
【102】東京地検特捜部に電話をした。話は高検のほうから聞いているという。もっとぴりぴりした感じかと思ったが、やわらかい対応だった。警察では、相手が大企業なので、丸め込まれてもみ消されそうだったので、検察庁に電話することにしたと伝えた。俺のほうで相手と話をしてみるので、今は情報入手ということにしておいてほしいとたのんだ。業界最大手のN生命にも電話してみた。広報担当者がいうには、5000万円以上の保険契約の場合、調査員が本人に確認に行くという。そうだろうな。多額の保険金は殺人を誘発するし、保険会社が特定の人間に利益供与をすることになってしまうのだから。それを、D生命は、保険金額の実績と保険料欲しさにずさんな営業をしている。話をした取締役は反省の色もない。なにが悪いんだという態度だった。怒ったような態度で、俺を拒絶するだけだった。
2020.07.11
コメント(0)
【101】次は検察庁へ電話しようと考えた。警察では、大企業ゆえに、丸め込んでしまうのではないかと思ったから。D生命本社がある場所も東京なのだし、どうせなら、地方検察庁より東京高等検察庁にしようと電話してみた。高検では相手にもされないかなと思ったが、こちらの事情を説明したら、真摯な態度で聞いてくれた。担当者は「上司と相談して、後日お電話します」と言ってくれた。後日、高検から電話があった。「ヤマザキさんもご存じかと思いますが、高等検察庁は地方検察庁の事案を審理するところですので、東京地検に特捜部がありまして、そこは捜査もできる部署ですので、こちらからも話がわかるように連絡しておきました」東京地方検察庁特捜部?あの東京地検特捜部か。話が大きくなってきたような気がした。
2020.07.11
コメント(0)
【100】次にD生命に電話をする前に、周りを固めようと考えた。日本のマスコミだと、大企業が丸め込んでしまうと考え、共同通信社とニューズウィークに連絡しようと考えた。まず共同通信社に電話をして、事情を説明すると、思ったより真剣に話を聞いてくれた。一般人の情報など相手にしてくれないのかなと思っていたので、逆に驚いた。まだ記事にはしないでほしい、もう少し本社と交渉してみたいのでとたのんだ。ニューズウィークはニューヨーク本社に国際電話をした。片言の英語で話していたら、「ちょっと待って」と言われ、日本人が電話にでた。本社駐在員か。事情を説明すると、「保険会社は、たたけばほこりがでますからねぇ」と言っていた。こちらにも、予備情報としてストックするだけにしておいてほしいとたのんだ。
2020.07.11
コメント(0)
【99】D生命の本社に電話をした。「おたくの勧誘員に、勝手に1億円の保険をかけられて、殺されそうになった。上の人と話がしたい。できれば取締役と話がしたい」と伝えると、長い時間待たされたが、取締役が電話に出た。事情を説明して、会社の責任は感じないのか?と問いただした。取締役は、保険屋のおばさん、支店の課長と同じで、自己防衛のために、こちらのいうことを興奮気味にはねつけるだけだった。「保険金殺人が起こっても、保険料収入さえあればいいと考えてるんですか?」と聞いたが、違うという答えぶりではなかった。「証拠があって言ってるのか」と言ってきた。「証拠はある。警察に届けてある。俺の指紋がついてない保険証書もある。殺されそうになった時は警察が守ってくれた。」返答はあやふやなものだった。「興奮してるようなので後日電話します」
2020.07.11
コメント(0)
全526件 (526件中 1-50件目)