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2008.02.12
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カテゴリ: 読書/歴史系
今回は、第14章です。

王莽が殺され、天下は乱れ、あちこちで自称天子が続出。
皇帝だらけの世の中に。(ヒドイもんだね~)

劉秀も、別に皇帝になりたいわけではなかったけど、ならないと命が危うくなってきたので、
西暦25年、即位することに。
後漢朝の始まりです。

ちなみに、このころのローマといえば、第二代皇帝ティベリウスの時代ですね。

その後ようやく全土を平定。


ところで1484年志賀島で発見されたあの「漢委奴国王」の金印を与えたのが、この光武帝です。
ただし、この金印を与えた直後に、光武帝は62歳で亡くなってしまうのですが。。

あの金印は、遼東太守だった蔡ユウという人物が、
何か前代未聞のことをやればそれが史書に記録されるだろうと考え、
それではということで、海の向こうにあるという倭の国に朝貢させるよう執念を燃やし、
働きかけた結果、ということです。

日本が初めて史書の中に登場したウラには、そういう経緯があったのですねぇ。

一方、大秦(ローマ)に行くことを夢みていた男もいました。
「漢書」を完成させた班固の兄・班超です。

班超は、前漢が滅びてしまったことで、匈奴に傾きつつあった西域諸国を平定。
夢の大秦(ローマ)に近づきつつありましたが、しかし、年を取るとやはり故国に帰りたくなり、


しかしその一ヶ月後、71歳で没。
ご苦労さんでした。。

さて、後漢朝は、光武帝、明帝の時代まではまともでしたが、三代目からおかしくなってきます。

後のほとんどの皇帝がまだ成人に達していないまま即位した幼帝だったため、
外戚の力が大きくなりすぎてしまったのですね。


これに危機感を強めた宦官たちは、梁氏を滅ぼしてしまいます。

が、梁氏は滅びたものの、今度は宦官の力が強くなり、これがまた新たな災いのもとに。
まったく皇帝の力が弱くなると、災いの種はつきません。。

さらに霊帝(在位168~189)は、自分の遊ぶ金欲しさに、官職を叩き売ってしまうというおバカぶり
この「売官店」で、曹操の父・曹嵩は、太尉の官を一億銭で買ったと言われています。

まったく世も末です。
庶民はたまったモンじゃありませんよ。。

そこで出てくるのが、太平道の張角。
黄巾の乱の始まりです。

さーて、いよいよ「三国志」の世界に入ってきましたよー。

ちなみに、黄巾の乱が起こった西暦184年時点での三国志の豪傑たちの年齢は、
曹操29歳、孫堅28歳、劉備23歳、関羽22歳、張飛16歳、孔明3歳、とのこと。

次章からは、三国志に突入ですよー。


小説十八史略(3)


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最終更新日  2008.02.12 11:44:13
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