全8件 (8件中 1-8件目)
1
忍者版ロミオとジュリエット「SINOBI」伊賀忍者おぼろと甲賀忍者げんのすけ、2人は相敵対する忍者同士、運命は皮肉にも、2人を出会わせ残酷にも宿命の対決へと迫いこむ。出来るなら、忍びとして生まれず、人を殺めることはせずに普通の恋がしたかった2人だったが、天海上人の助言により、家康は、2つの忍者軍団を戦わせ、どちらか一方を残すことを約束することにより、片方の忍者を滅ぼす策にでた。自らの最強の技を用い、殺しあう忍者達、念鬼は陽炎の毒の息に絶命し、豹馬は蛍火の幻影に惑い天膳に討たれ、蛍火と夜叉丸は小四郎に討たれ、小四郎はおぼろのはげんの瞳の術で葬られ、、陽炎は天玄に討たれるが、天玄は剣で切ることによっては死ねない自らの体を呪い、陽炎の毒の息を食らい死んでいく同士討ち 伊賀の忍者がげんのすけに襲いかかるが、相手が一時的に止まるような素早さで、残りの伊賀の忍者全てを葬り去るげんのすけ、何故にこのような星の下(もと)に生まれたのか、自らの呪われた宿命に泣き叫ぶげんのすけ、 最後に残るは、おぼろとげんのすけ、2人は現世で結ばれることを諦め、自らの忍者の里を残すためげんのすけは戦いの雄叫びを上げる砂浜でおぼろとげんのすけは向き合い、二人は、現世で結ばれることを諦め、はじめから、戦う宿命にあったことを確かめあう げんのすけは促す、「参れ」おぼろは自らが持つ必殺技、「はげんの瞳の術」をげんのすけに掛けようとするが、術を出すことができない、再び、叫ぶ げんのすけ「参れ」おぼろは小刀を抜き、げんのすけを刺す、げんのすけは何もせず最愛の人を殺めることなくやすらかに眠れることに満足し里のことをおぼろに頼みながら、息を引き取る。おぼろは、家康の前で、伊賀と甲賀の犠牲者の名を挙げ、双方の里を残すことを頼むが、家康は応じない、おぼろは自らの両目をつぶし、家康に再度、里を残すことを懇願し、聞き入れてもらうおぼろは、里に帰り、川のそばで、水を飲み、そっと両目を開けるが、目には何の傷もなくおぼろはひとり、里でげんしろうと結ばれるまでの永遠の時を待ち続ける。歴史的史実による忍者達さて、伊賀と甲賀は敵対関係にあったというのは歴史的事実なのでしょうか?歴史的資料では、戦国時代、六角氏が伊賀と甲賀の里に逃げ、六角氏を滅ぼしに来た信長の軍を伊賀と甲賀の忍者が迎え撃ったことがしられています。伊賀と甲賀の忍者は姿を見せず、落とし穴や、ゲリラ戦を用い大軍を撃破していき、六角氏を助けます。この戦いで戦国大名は忍者の恐ろしさを知ることになるのです。忍者の特徴は武器のように見えないものを武器とし、それは、物を壊したりとか城壁をのぼったりする道具に変わったり、当時の戦いの常識を超えた戦術を用いていました。戦国大名達は忍者を非常に恐れたのです。しかし、信長は激怒し、伊賀と甲賀の忍者を全滅に追いやるのです。それは非情なものでした。女、子供を見境なく殺し、里には火をつけ、里ごと葬り去ったのです、それ以降、僅かに残った伊賀と甲賀の忍者は、織田信長を憎み続けるのです。
2009.06.19
コメント(1)
永遠(とわ)のエール(応援歌)古(いにしえ)に神(かみ)に誓(ちか)いし、こころの詩(うた)山に響(ひび)くは故郷(こきょう)の調(しら)べ明日(あした)は晴(は)れと祈りを捧げ 今日の勝利(しょうり)を君と喜(よろこ)ぶ昨日のミスを今日に敷き明日の糧とし夢に征(ゆ)く遠き果てとて瞬時(しゅんじ)の間(あいだ)苦しき時も昨日の夢 ただ前を向き嵐に向かう 雲の上は青き空 母なる太陽(たいよう)不滅(ふめつ)の光(ひかり)貴方(あなた)の勝利(しょうり)を既(すで)に知(し)り 不惑(ふわく)の都(みやこ)に向かいしを 魔王(まおう)が揶揄(やゆ)を聞き流し 勝利(しょうり)の宴(うたげ)に君と酔(よ)う しばしの間 目黒区 斎藤やすひろさん 町田市 こいそ善彦さん 全公明党議員へのエール(おうえんか)とします。
2009.06.18
コメント(0)

4月2日の公明新聞に映画「スタートレック」の魅力に迫ると題して新しく生まれ変わったスタートレックについて紹介されています。要旨についてまとめてみます。あのSFアドベンチャー史上に残る名作がスクリーンに還ってくる!?政策も兼ねるJ・J・エイブラムス監督が再構築して作り上げた映画スタートレックが5月29日から東京・丸の内ルーブルほか全国で拡大公開される。1966年のテレビ放送以来、5つのテレビシリーズと10本の映画に加え、アニメ化もされた伝説の人気SFアドベンチャー・シリーズ「スタートレック」さて、内容なのですが、これまでのただの続編ではなく、オリジナルのテレビシリーズをヒントに、カーく船長の若き日の冒険と成長を描くストーリーとなっているそうで、エイブラムス監督が”全く新しいスター・トレック”に挑戦した。リ・イマジネーション(再想像というのでしょうかこの意味)40年続いたシリーズの根幹となる精神性は残して本作のキャラクターの中にしっかりと受け継がせ生かしているそうです。「特に感情の部分や内面から外に表れるような部分から人間性というものを作り上げた」 エイブラムス監督ストーリー「人類にとって最後に残されたフロンティアである宇宙。その未知の世界に人類が新たな可能性を求めて旅立とうする時代、宇宙船の優秀な船長の父を持つカーク(クリス・パイン)だったが、不運な事故で幼くして、父を亡くし、一人で残されていた。そんなカーくがある日父を知る人物と出会い、父を超える船長になることを目指して宇宙隊へ入隊することを決めるしかし、入隊から3年にたってもトラブルを起こすばかり。そんな中、ある緊急事態が発生しれを受けた士官候補生に紛れて宇宙船エンタープライズ号に乗り込むことに成功したカークは、予想をはるかに超える大事件に直面することになり..............」
2009.06.18
コメント(0)
貴女が賢母になりたいのなら、NHK大河ドラマ「直江兼次」の妻のふるまいをみればいいと思います!!わたしは伴侶となる方に賢母となって頂きたいです、感情をコントロールできない人はまだ、わたしの伴侶とは認められません、それでは、他の女性とどう違うのでしょうか?今のわたしの仕打ちは心を鍛えていると思ってください。そうしなければ、やがて、倦怠期がくるということです。ほどほどがいいです。仏法は中道です。それは、結局は不倫を生みわたしを捨てることになるのが見えるからです。若い時はそれがわかりません。わたしも今、耐えています、犯罪そのもののいたずらは許しません、わたしは人を幸福にすることによって、今、自分が幸せなのです。それを、邪魔するのですから、当然怒ります。また、そんなわがままな人を伴侶とは認められません。約束はしましたが認めてはいないということです。自分のことについて話せない臆病ものなど、まだ、わたしの伴侶とは認めるわけにはいきません。これからは、我儘など許さないことにしました。目的のためなら、手段は選ばないということが周りの人を不幸にし、さらには、自分が不幸になることを知ってほしいと思います。わたしはヒトラーやスターリン、そして、サダム・フセインなどの臆病者で横暴な人間になって欲しくないのです。自分の正体を明かし、家族はどんな人なのかを紹介する勇気ある賢母になるまでずっと、待つことにしました。それまで、能忍(のうにん)です能忍とは仏の異名で能(よ)く、忍(しの)ぶということです。若い時は、わたしもわかりませんでした。それは、離婚を生むことになります。わたしにはそれが見えます。嫉妬や傲慢、臆病、恐怖などの感情をコントロール出来なければ、この先起こる困難なことにどうして耐えることができるでしょうか? 「鉄は熱いうちに打て」といいます。とにかく、心が若い間にそれは鍛えなければなりません。惰性や妥協に陥った時、その人の人生は、不幸へと転落することになると思います。年齢が若い人にはそれがわかりません。もし、自分の父親が浮気をしたり、母親が不倫したりしたら、どう思うかよく考えていただきたいと思います。直江兼次は戦国武将のなかでは、極めて珍しく、側室を持ちませんでした。ただ一人の妻しか持ちませんでした。さらに、豊臣秀吉、徳川家康、伊達正宗などのいわゆる、権力者に迎合することなどありませんでした。身長は180Cmを超えるということです。これは現在の2.0mを超えるということです。わたしは、新潟出身で、上杉謙信のほうが好きなのですが、兼次の主君、景勝は謙信の甥であり、それはそれは、景勝を可愛がったそうです。その様子を兼次は見ていたのではないかと思います。謙信のほうはもっとすごくて、謙信は生涯、独身でした。しかし、許嫁がいたのです。ただし、関東管領になったり、武田信玄との川中島などの戦いや家臣の進言などもあり、許嫁との約束を果たせなかったのです。その為、許嫁は二十歳前で亡くなったそうです。さらに、謙信は義ということのために戦を起こしたため家臣からはまったく理解されませんでした。しかし、謙信によりいままで、混乱していた越後をあっという間に統一したほどの天才武将であり、戦国時代最強と言われてました。何故、謙信が天下をとれなかったかのかというと、まず、謙信自身にそのような気持ちはなかったとされています。例えあっても地の利は悪く、義のために戦うといっても、それを家来が理解できない、また従はない、これで、天下がとれるわけがないです。義というのは物の道理ということです。人により、国により、時代により変わらない常識といったほうがいいと思います。正義ということは正しいものの道理というのではないでしょうか?なので謙信は甲斐の地が武田信玄により、苦しめられていると訴えた農民のために戦を起こしたのです。さらに「敵に塩を送る」と言われてますが、何も、武田信玄に送ったのではなく、甲斐にいる農民に送ったのです。
2009.06.18
コメント(0)
アショーカ王が統治(とうち)したということは、なんらかの戦争があったのではないかと思います。理屈(りくつ)をいっても、納得(なっとく)しない人が、争(あらそ)いを仕掛(しか)けてくるのをただ、黙(だま)って、逃げ回っていたのでは、統治など出来る訳ないからです。それは、やむを得(え)ないことではないかと思います。お互(たが)いが自分の主張(しゅちょう)をたたかわし、一つの結論(けつろん)を導(みちびく)くことは、極(きわ)めて民主的(みんしゅてき)なのですが、それに納得(なっとく)しない人だっているわけです、そんな人たちが、争(あらそ)いを仕掛けてくれば、当然、戦争(せんそう)が起こるはずです。ヨーロッパではキリスト教やイスラム教が多いと思われますが、戦争はなかったか、誰かに詳(くわ)しく述(の)べてもらいたいです。さらに、他(た)の宗教(しゅうきょう)では、戦争がなかったかについて、教えて欲(ほ)しいですなので、仏教(ぶっきょう)では、暴力(ぼうりょく)を否定(ひてい)しながらも、戦争しなければならないような事態(じたい)が発生(はっせい)したのではないかと思います。しかし、それは、残酷(ざんこく)なものです。お互いに死者(ししゃ)を出し、憎(にく)みあいそれが、結局(けっきょく)、敵(かたき)討(う)ち、或いは、報復(ほうふく)として、繰(く)り返(かえ)されてきました。これでは、永遠(えいえん)に戦争のなくならない世界が続くことになります。誰(だれ)かどの時点(じてん)で止めなければなりませんでした。この地球(ちきゅう)が発生(はっせい)してから、最初にそれを説(と)いたのが、釈尊(しゃくそん)、すなわち、お釈迦(しゃか)様と思われてきました。現存(げんぞん)する資料(しりょう)からそういう結論(けつろん)を導(みちび)くしかないわけです。それ以前に同じようなことが起こっていたとしたとしても何も証拠(しょうこ)が残っていないのですから。さて、釈尊(しゃくそん)は理想郷(りそうきょう)を実現するために、極めて、具体的(ぐたいてき)に教(おし)えを説きました。釈尊が説いたのは、人の振(ふ)る舞(ま)いです。理想郷といっても、難(むず)かしい、理屈(りくつ)を並(なら)べたとは思われません。それでは、いろいろな人に理解(りかい)されないからです。釈尊は教えを説(と)いただけです、実行(じっこう)するひとがいなければ、絵(え)に描(か)いた餅(もち)であり。結局(けっきょく)、釈尊の説いた理想郷も実現(じつげん)しないわけです。そこで登場したのがアショーカ大王という訳です。
2009.06.17
コメント(0)
さて、キリストについて、調べてみましょうキリストについて、広辞苑で見てみますと「キリスト(ポルトガル)・基督“ヘブライ語のマーシーアッハ(ギリシャ語形メシアス)のギリシャ語訳Christosから”「油を注がれた者」の意。古代ヘブライ時代に王や祭司や預言者が任命(にんめい)に際(さい)して頭に注(そそ)がれたことから、のちにイスラエルを救うために神が遣(つか)わす王の意となる。キリスト教では、犯罪者(はんざいしゃ)として十字架刑に処せられたイエスを人類(じんるい)の罪(つみ)を贖(あがな)うために神が遣わしたキリストと信じる」となっています。これについては、どう感じるか、或(ある)いはどう思うか、皆さんの意見を聞きたいです。わたしはキリスト教信者ではないので。
2009.06.17
コメント(0)
常寂光土(じょうじゃっこうど)(消滅変化を超えた永遠の浄土=永遠に壊れることのない幸福の世界)どんな困難に遭おうと決して、諦めず進んで行く強い心を持つことができれば、どんな地にあっても恐れることなく、何事もやっていける、そんな自分になることです。そうすれば、自分のいる地はまさに寂光土ということになります。なので、永遠に壊れることがないのです。すなわち、寂光土は捜すものではなく、誓い=約束なのです。広辞苑(こうじえん)には「アショーカ王 (梵語Asoka 阿育王)、インドのマガダ国に君臨したマウリア王朝第3代の王。インドを統一、仏教を保護宣布し、第3回仏典結集を行ったという。王の活動は摩崖・石柱に刻まれて、遺在。古代インドで唯一、絶対年代が定まるのがこの王の治世で、古代インドの基点とされる。アソカ王。阿輸迦王(あしゅかおう)。(在位前268~前232)」アショーカ大王の時代 釈尊(しゃくそん)が実在したといわれていましたが、それを証明するものがありませんでした。しかし、石碑(せきひ)が発見され、そこに書かれている、碑文(ひぶん)からその存在が証明されたそうです。そのアショーカ王が統治(とうち)した時代の世界を人々はガンダーラと呼んできました。現代の我々には遥(はるか)か昔の時代であり、単なる空想の理想郷(りそうきょう)と思われてきましたが、実際に実在した訳です。ガンダーラはゴダイゴの歌で非常に流行った曲です。孫悟空(そんごくう)のテーマソングでした。そこに歌われているように、いったいどこにあるのか教えてほしいと、みんなが渇望(かつぼう)していました。しかし、それは、前にも書きましたが、捜すものではなく、誓いであり、約束で、どんな困難に遭(あ)おうとも決して諦めないということを誓うのですそうすれば、自分のいる地が寂光土自分のいる国がガンダーラということになる訳です。チルチルとミチルの「青い鳥」も幸福を呼ぶといわれる「青い鳥」を捜(さが)しにいく兄妹(きょうだい)の姿が描かれています。チルチルとミチルは夢の中でさまざまな国々を遍歴(へんれき)しますが、見つからず、目が覚(さ)めると青い鳥はどこか遠くに在(あ)るのではなく身近にいることを知るというお話になっています。わたしがそれを読んで感じるのは、遍歴するのは、仏教の修行に当たるのではないかと思います。修行した結果、どんな困難も乗り越えることができると確信した時、「青い鳥」は自分の身近に在ることを悟(さと)る。そんな感じがしますが、どうでしょうか?
2009.06.17
コメント(0)
現世(うつしよ)の苦しき姿はうたかたの夢 フォーレの調べ(シシリアン)にわれらは踊りし
2009.06.16
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1
![]()
![]()