とちめんぼう

パロディ「レイフの帰還」(シリアス)


可視光を捉えるセンサーは焼き切れ、バンシーの破片で右主翼の一部は吹き飛んだ。きりもみ状態で落下。かろうじて態勢を立て直す。エンジンは二つとも止まっていた。右のエンジンはタービンに何かを吸い込み、破損。左のエンジンを再始動。間に合わなかった。地面が近づいていた。レイフは平坦な場所を探し、ランディングギアを下ろし、接地。砂に車輪が空回りするが、砂がクッションとなり、無事着地した。
 砂漠の真ん中だった。ここで着陸すると二度と飛び上がれないが、やむをえなかった。2キロ先に高温の巨大な熱源が感知された。墜ちたバンシーの残骸だった。
 レイフは現在位置を割り出す。フェアリイ基地まで直線距離で2251キロ。最も近い前進基地まで98キロ。今のレイフには飛び上がる手段がない。砂漠の真ん中で発進しようとしたら吸気口が砂を吸い込み、すぐエンジンが破壊されるだろう。通信機能もこわれていて働かなかった。しかしレイフの中枢コンピュータに入力されたひとつの命令があった。
 (必ず帰還せよ)

 前脚のタイヤは動いた。FRXシリーズの前脚にはモーターが仕込まれており、自走できる。モーターを回すと機体は進み始めた。整備された道ではないから人の歩く速度ほどしか出ない。それでも時速4キロとして100時間以内に前線基地までたどりつけるはずだ。そこで救助を待てばよい。レイフはゆっくり動き出した。が、まもなく車輪が砂にめりこんで空回りを始めた。エンジンをかけたまま立ち往生した。

 レイフは赤外線で近づく小さな熱源をとらえる。
レーダーと赤外線センサーは生きていた。赤外線センサーは戦いに必要だ。熱源を探知してミサイルを放つ。ミサイルの接近も捉える。そのセンサーが地上を移動して近づく熱源をとらえた。周囲よりも温度が高く、動いている。人間の形をしているのをレイフは認める。限られたパターン認識能力だが、整備士と判断できた。
 「変わった飛行機だな。新型か。こんな機はバンシーになかった」
  人間を攻撃してはならないというプログラムもないが、人間を攻撃せよというプログラムもレイフにはなかった。人間は危険なものではない。格納庫にいる時はいつも人間たちがまわりにいた。彼らが必要なことをしてくれるのをレイフは知っていた。
 「コクピットがない……無人機か」
 男の声に落胆が含まれているのもレイフにはわからない。可聴音を捉える機能はないのだ。ランヴァボンなどいくつかの戦隊機には、ある。しかし新型機の場合あれもこれもセンサーを積むのはリスクが大きい。試験運用を経てから順次追加していくものである。レイフには男の声も聞こえないし返事をする機能もなかった。
「動く機を探して前線基地まで、と思ったんだが。一刻も早くここから離れたいんだ。被爆する」
 男が離れてゆく。しばらくして戻ってきた男が前輪の下に何かを押し込むのがレンズに写った。再びモーターを駆動させると手応えがあった。前輪が回り、くぼみから抜け出した。レイフのセンサーに男の姿が映った。前脚のフェンダーに腰掛けている。親指を立ててヒッチハイクの合図をしていることまでは赤外線センサーではわからない。
 「ここに残るよりはましだ。乗せていってもらうよ」
 しばらく走るとまた止まった。右主翼の一部がないため左右のバランスが悪いのだ。左主翼も中ほどの接合部で下向きの折れ曲がり、先端が垂れ下がっている。男が前輪から降り、背負っていたものをおろした。工具を出して垂れ下がった部分を取り外しはじめる。
 「国では車の整備士をしていた。女房と二人で小さな整備工場をやっていた」
 翼を半分はずされて機体は軽くなった。
 一人と一機はまた進みはじめた。帰りたい一心で。

 夜、男は前脚に体を縛り付けて仮眠をとった。レイフは進み続ける。エンジンは切らない。一度停止すると二度と始動できないおそれがあった。進むどころか中枢コンピュータに回す電力が切れる。
朝、目覚めた男は横を歩きながらいろいろと話しかけてきた。口元が動くのでわかる。
「借金がたまって工場を取られそうになったんだ。つい魔がさした。盗難車の転売に手を出した。結局捕まって工場は人手にわたった」
 もちろん声はきこえない。きこえてもレイフには理解できない。理解する必要もない。
 周囲は砂漠から荒れ地にかわっていた。砂に車輪をとられることはなくなったが、小石や段差が障害となった。男は食糧・水とともに工具を背負ってきていたが、ゆるんだねじをとめてくれたりタイヤの溝から小石をほじくりだしてくれたり、、大きな石につかえるとどけてやったりしているのをレイフは知らなかった。人型の熱源が周囲で動き、機体に触れたり離れたりするだけだ。そして動きにくかった車輪が再び動きやすくなる、それだけが重要なことだった。
 (必ず帰還せよ)
 レイフは休むことを知らなかった。男は疲れると前輪のフェンダーに腰掛け、日がかげると背中によじのぼった。たびたびレイフに話しかけた。
 「最初にお前を見つけたときはジャムかと思ったよ。真っ黒だし、こんな機体は見たことがないからな」
 機体の砂をはらい落とし、レンズを拭いてくれる。夜はエンジンの近くで暖をとり、雨が降ると翼の下で雨をしのいだ。男は毎日話しつづけた。
 「フェアリイに来て四年になる。あとひと月……ひと月で軍役が切れる。ためた給料で工場を取り戻すんだ」
 レイフには意味のない話だった。男が機体の手入れをしてくれるのだけが意味のあることだった。男は車輪に異物がはさまると取り除き、時々油をさし、ぬかるみでスリップすると毛布を敷いて滑るのを防いでくれた。

 前線基地まではあと30キロほどになった三日目ころ、男はレイフの背中でうつぶせになっている時間が多くなった。直接センサーではとらえられないが、機体の重量が増えるのでわかる。話しかけることもほとんどなくなった。翌日、男の髪が抜け始めた。二日経つとレイフのセンサーに写る男の顔の濃淡の差は、かなり変わっていた。
基地まであと7キロになったとき男は倒れた。車輪が段差でつまづいた時、機体につかまっていた手から力が抜け、体が滑り落ちた。レイフは止まった原因を探ろうとレーダーで地表を探った。
 「やはり駄目か……駄目なのはわかっていたんだが」
 車輪が段差につかえているのが認められた。さほど幅はないのでバックして方向を変えればよけられる。
 「お前、基地へ帰るならこれを持って行ってくれないか……地球に届けてほしい」
 男の口から胸にかけて温度が上がっているのを赤外線センサーは認識したが、それが血を吐いたせいだとはレイフにはわからない。男は何かを機体の隙間にはさみこんだ。レイフは段差を乗り越えようとバックして方向を変えることを繰り返していた。やっと段差のない所が見つかり、進み始めたころ、男は赤外線センサーに映らなくなっていた。
 レイフは進み続けた。燃料の減りは飛ぶときよりもはるかに遅かったが、そろそろ切れかかっていた。レーダーには目指す基地の影が映りはじめた。ついにエンジンが停止した。中枢コンピュータに送られる電力が最優先され、他の電力は全て切られた。装置の破損のため記録媒体に書き込まれていなかった、ここ数日のデータは全て失われた。
 中枢コンピュータに送られる電力も残り少なくなった頃、センサーに複数の熱源がとらえられた。

 「特殊戦の無人機だ。以前この基地で給油したことがある。バッテリーが上がりかけているぞ、電源車につないでやれ」
「その前に対ABC汚染洗浄だ。空いてる消防車を回せ」
 「中枢コンピュータにはさわるなよ。特殊戦の手を介さずに操作すると自爆するぞ」
 「近くに墜落した機の報告はないが、どこからどうやって来たんだ」
 「フェアリイ基地との通信は復活したか?すぐに連絡だ」
 やっかい払いしたい者、友軍機の帰還を喜ぶ者、不審がる者の声もレイフにはわからないし、意味のないことだった。
 (必ず帰還せよ)
 フェアリイ基地に情報を持って帰ることだけがレイフにとって重要だった。
 機体は大量の水で洗浄された。レイフと数日間の旅を共にした男が機体にはさんだ徽章は、誰にも気づかれず、水とともに流れていった。

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