オキナワの中年

オキナワの中年

海鳴り/長堂英吉



 本書に収められた四つの作品は、それぞれが優れた短編であると同時に、すべてが総合されることで沖縄近代を描く交響曲になっている。

 ペリー艦隊の来琉に始まり、明治後半の徴兵拒否、第二次大戦、復帰前後から現在へ、とほぼ半世紀ごとに置かれた作品は、中国福建の琉球館やアメリカ移民、関西地区での生活と、時間的にも空間的にも広大な舞台を持つが、すべての作品に通底するのは、生きるということの力強さであり、かつ寂しさである。いずれの主人公も決してヒーローではなく、沖縄近代をめぐる巨大な歴史に翻弄される小さな人間たちである。しかしそうした力の無い個人たちが、過酷な条件においてどのように生きたか、この作品集は歴史小説であると同時にいわば人間小説なのだ。


 たとえば表題作「海鳴り」では、徴兵拒否を貫いて、後の時代に英雄扱いを受ける人物の妻の手記、という形で、お世辞にも英雄とは言い難いような本人の小ささ、弱さが描かれる。英雄像は崩されるわけだが、しかしその妻にとってはたった一人の夫であり英雄であったという結末は、人間の弱さと力強さ、同時に生きるということがいかに困難であり、かつ寂しいものであるかを伝えて余りある。本当のヒーローなどそうそういないのだ。だれもが生き延びるために恥ずかしい事もするし、状況に流されることもある。しかし常に精いっぱいである人間の生に対して、作者の筆致は慈愛に満ちている。

 作品集自体はすべて沖縄(琉球)に素材を取り、近代の過酷な国際関係に巻き込まれた沖縄そのものを描いているともいえるわけだが、同時に沖縄を訪れた宣教師、個人としての米兵、中国系のアメリカ移民等を描くことにより、人類全体につながる普遍性を備えている。

 最後の「帰郷」において作者の慈しみは、生きとし生けるものすべてにすら及ぶ。すべての作品を読み終えるとき、読者は、実は自分もまた歴史の一部である、という感を新たにするであろう。


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