オキナワの中年

オキナワの中年

鯨岩/又吉栄喜



 多額の不労所得を得ることにより、精神が荒廃していく軍用地主。この見えにくい基地被害を最初に取り上げたのは大城立裕『恋を売る家』(一九九八)であるが、又吉栄喜『鯨岩』ではさらに地主と米軍との癒着にまで踏み込む。小説というジャンルの虚実皮膜を最大限に利用し、沖縄のタブーに挑戦する作品である。
 物語は軍用地主の三代目である「赤峰邦博」と、本土での生活に破れ沖縄にわたってきた「美佐子」との恋愛を軸に、米軍将校や地代をねらって地主に接近する人々との関係、赤嶺家の黙認耕作地内にある「鯨岩」を巡る戦前、戦中、占領下の記憶など、盛りだくさんの内容が描かれる。基地問題、経済問題、沖縄伝統の文化にある呪術的な力など、しばしば全く別々に語られる問題を、一つの小説の中で取り上げるという試み自体は野心的なものである。特に近代科学の粋を集め、圧倒的な力を誇る米軍の将校にまで、沖縄の呪術的な力が及ぶというモチーフは又吉ならではであろう。またこの作品では又吉文学の中心を占めてきた沖縄女性をあえてはずし、本土出身の女性を中心に据えることで、他府県出身者による沖縄批判という事実上のタブーにも挑んでいる。
 ただしこれほどきわどい内容を含んでいながら、今のところこの作品は大きな反響を呼んではいない。それは小説がかつてほど社会的影響力を持っていないこと、また又吉固有のユーモラスな文体によりオブラートがかけられていることなどもあるが、やはりこの作品に小説としてのおもしろさが欠けている、という点が大きいように思う。あまりにも多くのモチーフを持ち込みすぎたために焦点がぼやけ、結末はほとんどの問題が放置されたままあっけなく閉じていく。部分ごとの魅力に対して、全体としての衝撃に欠ける、という近年の又吉文学の傾向が出てしまった、残念な作品である。


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