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虎党団塊ジュニアさん昨日、TVを観てたら"真弓"って言う野球選手がいた
小学校の時、クラスに まゆみちゃん っていう女の子がいた。瞳の大きい可愛い娘だった。恥かしながら 徳虎 の ♥ 初恋 ♥ ってそんなことはどうでもよいが...。ある月曜日の授業中、その娘に担任の先生が言ったのが、冒頭の言葉。当時はよく日曜日の昼間にNHKがパリーグの放送をやっていた。 まゆみちゃん のことが好きだったから、その日すぐに カルビープロ野球チップスでホームランカードを当てて貰った「選手名鑑」で "真弓" って選手を調べた。 クラウンライターライオンズ という九州のチームの選手だった。
それが、 徳虎 と 真弓明信 の出会い(!?)である。その日 野村 、 有藤 、 張本 などとならんで 数少ない 知っているパリーグの選手 の仲間入りを果たした。
それから数年後、 その真弓がタイガースにやって来た 。 本当なら嬉しくってたまらなかったはずだが、 嬉しくなかった。いや悔しかった。哀しかった。 なぜなら、大好きな 田淵幸一らとの交換トレード だったから...。
徳虎 がこの36年間 この目で見てきた虎戦士の中から そのエピソードと想い出を交えながら独断と偏見で選ぶ、 猛虎 強者列伝 「 Tigers 時空ベストスタメン 」 トップバッターは 来季から監督を務める 真弓明信 。
真弓 と言えば 85年に代表される ホームランを打てるトップバッター のイメージが強い。実際、初回先頭打者ホームランは 通算41本を記録し、 たこ焼きのおっちゃんこと福本豊 の42本についで歴代2位である。
が、 か移籍当時は 俊足巧打のトップバッター で、 ライオンズ最終年の34盗塁 (成功率は90%をこえていたはず)もあり、打撃よりも機動力を期待されている。現役では 平野恵一タイプ 、 福本 に餞別としてもらったという 「 つちのこバット 」でコツコツと当てる バッティングで、キビキビとした動きが売りだったが淡白な一面もあった。
だが当時の 中西太 打撃コーチ (80年途中から監督) の強く叩く打法 を習得するため 軽いバットに変えて以降、85年の34本など 本塁打 20本超の常連 となる。

打撃タイトルは 83年の首位打者(.353)のみだが、85年V戦士が引退・移籍後はクリーンナップ、晩年は下位 そして代打の切り札を務め、先日の 朝のラジオ番組 に出演した際 「 タイガースでは、2番と9番以外は打った 」 と告白した。おそらくそのタイプから、 ライオンズ時代は2番とか9番が多かった と思われ、だとすれば 全ての打順でスタメンを張った珍しいバッター である。
守備も同様の傾向がある。 藤田平 の後 ショートのレギュラーとして活躍するも、自身のケガ ⇒ 平田 の台頭 ⇒ 岡田 のケガ によりセカンドにコンバート、外野はいやヤと駄々を捏ねるいっちょかみの復帰後は外野(ライト)を守り日本一を勝ち取った。 チームの為なら自己をを主張せずに結果を残す いい男。更には 掛布の戦線離脱時 には緊急的にサードを、晩年はファースト そして代打の切り札と バッテリー以外すべてを守った 事になる上に、ライオンズ最終年の78年にショートで、首位打者を取った83年にセカンドで、日本一の85年は外野手として ベストナインに輝いている。3ポジションで獲得したのは真弓が史上初である。
いろんなポジションを守り、いろんな打順を打った。ならば、どの選手の考えもわかる采配が出来る!!
いやいや 真弓監督に期待することはそんな単純じゃない!!
秋季キャンプでは走塁練習に時間を割いた。ただ走るだけではなく、「帰塁の自信=スタートの自信」「2塁からサードゴロでのスタート判断」など場面を想定して、 技術とともに判断を鍛える 訓練 は、これまでのタイガースにはなかった練習である。
プロでの判断 とは 「単なる瞬間的な動き」ではない。野球を知り尽くした上での根拠のある動き...。そう「考える野球」である。
監督就任会見で 「もっとも印象に残る監督は!?」 の質問に、「プロ入りの時の 稲尾監督 」と答えた。しかし以前、ある雑誌で 「もっとも影響を受けた監督は!?」 の似て非なる問いに、 「 Dブレイザー 」 と答えてたことがある。
タイガース移籍時の監督であったブレイザー とは、 MLB カージナルス で活躍後 南海ホークス に入団。力いっぱい投げる球を 力で打ち返すだけの当時の日本球界に、引退後 ヘッドコーチとして 「考える野球」を伝授 し 73年の南海のリーグ 優勝に貢献 している。 当時の南海の監督は野村克也 。その「考える野球」を野村なりに解釈しまとめたのが 「野村の考え」 といわれている。

79年から1年あまりの短い期間ではあったが、 タイガース の監督を務めた ブレイザーは、「シンキングベースボール」 として指導にあたった。配球をはじめ、カウントごと球種ごとの守る際の重心の置き方など細かいものだった。その中で 「もっとも成長した選手は真弓」 であり、当の真弓も後に 「それがあったから首位打者が獲れた」 と言っていた。
「シンキングベースボール」こそ 真弓イズムである。
ちなみに 岡義朗 特命コーチの、 広島時代のヘッドコーチ 、 南海時代の監督 が ブレイザー 。
タイガースは以前、野村監督の「野球の考え=ID野球(TOP野球)」で失敗 した事実がある。
ただその 「野村の考え」 は、あくまで 「キャッチャー目線」 だったらしい。だから 「打者として感じたのは疑問しかなかった」 とは 当時の2軍 監督 。著書「頑固力」の中でそう述べている。
すなわち、当時のタイガースは キャッチャーから見た考えを打者の論点に応用できなかった 、しようとしない選手ばかりだった。唯一 理解できたのは矢野だけ 、それによりレギュラーの座をつかんだ。なぜなら矢野はキャッチャーだから。また 上から目線の野村 は、そのことに気づかず 「理解できないのは選手が無能だから」と 選手に責任を転嫁 していた。だから失敗に終わった。成功するはずがない。
じゃあ、 真弓の「考える野球」 はどうだろう。選手に浸透するだろうか?
ここで生きてくるのが、 あらゆるポジションを守った いろんな打順を打った真弓の経験 である。
さァ 期待が持ててきた。強いタイガースが見えてきた。
猛虎 強者列伝 「 Tigers 時空ベストスタメン 」
1番 ショート 真 弓 明 信 背番号 7

まゆみ~ まゆみ~ ホームラン!!
まゆみ~ まゆみ~ ホームラン!!
「かっとばせ~ まっゆっみ~!!」
高知ファイティングドッグス June 1, 2015 コメント(6)
あの正義の一発が忘れられない January 13, 2009