たこ焼きとラフランス

2008夏季旅行前編






個人旅行と部活での活動が入り混じってるけども、面倒だから夏季旅行記でまとめてしまおうと思う。







その1~出発準備~

まずそもそも何故この旅行をしようと思ったかでも語ろうか。

そんなものいらないから早く旅行の内容を聞かせろという人もいるかもしれないけども、まぁ待ちたまえ、1つずつ段階を踏むからこそより旅行記は輝いていくというものだ。たぶん。


事の始まりは探検部で屋久島に行くことになったこと。

そこに行く過程をいろいろ考えた結果、一人で旅行しながら現地を目指した方が有意義ではないかと考えた。




・・・言ってしまうと何ともあっけない。

あっけなさすぎるから補足説明をしようと思う。

他の部員の方々のほとんどは、四国にある吉野川で川下りをしてから屋久島に直行するという日程なんだ。

僕は別に吉野川に行きたいと思わないし、わざわざ屋久島に一緒に行くために吉野川に行くほど、吉野川は気軽な活動じゃない。楽しいと評判だが、それだけで1週間近く拘束される。


そんなのはごめんだ。

吉野川によらず直接に屋久島に行く人たちの動向を見る。

・新幹線で行く(新潟→東京→博多→鹿児島)・・・金。
・吉野組と合流して屋久島を目指す・・・調整が面倒。

で、1人で気ままに行こうと思った。それがいい、それがいい。


夏休み前半は実家にいたからその期間に、どのようなルートで行くかを考えた。


でも結局のところ、具体的な計画案ができたのは出発の二日前、電車時間などの詳細な計画が出来上がったのは出発前夜である。


もうね、アホかと。馬鹿かと。

僕は自問したのです。

経緯を少し述べようか。

1、明後日の朝に出発かな~
2、とりあえず計画を立てようか
3、この計画では明日早朝の電車じゃないと屋久島に間に合いません。
4、現在時刻夜11時。
5、わ~!
6、とりあえず、もっと計画の中身を煮つめようか。
7、計画完成。
8、準備開始。


もっとも、あらかじめ旅行の準備は着々と進めていたから、準備は滞りなく済む。



計画を立てた際の素案を述べたいともう。


もともとの計画では、実家から帰って即出発。中国地方と四国地方の最高峰を登り、九州の百名山すべてを登るという途方もない計画であった。

はっきり言ってバカである。
この計画は越後三山に登った瞬間に消滅した。俺そこまで山に登りたくもないなと思ったのだ。

で、登山計画を大幅に減らす。観光地は屋久島からの帰り道(復路)だけに限定するつもりだったが、復路の時間の都合上、往路でも観光地に少し寄ることにした。
行先はとにかく有名だけどもまだ行ったことがないところ、中でも大学生の今こそ行くべきだと思ったところを最優先した。

その結果、屋久島を目的地とした上で、天橋立(社会人になったら行く機会がなさそう)と原爆ドームに絶対に寄るという大まかな計画が成った。
あとは宮の浦(屋久島にある山)以外の山を一つ登る、という目標のもとに計画を作成。
さっきも言ったように、計画が出来上がったのは出発前夜、というか正確には当日。時間に直すと出発の3時間前である。
あと、言っておくと、復路の計画は屋久島を出る時間が分からないので、大まかな案だけに絞ってある。

言うまでもないというか、学部の友達に言うと全員から驚かれたのだが、移動は基本的に青春18きっぷである。それ以外には路線バスと、屋久島の往復の船、屋久島内での部員が運転するレンタカー。



持ち物・・・寝袋、銀マット、コッヘル、着替え、カッパ、登山靴、ナイフ、虫除け一式、携行食、ザックカバー、ツェルト(自前)

これらをいつも使っている35Lザックに頑張って詰め込む。
本当に頑張った。というか、このザックで行くためだけに荷物を相当減らした。

でもまぁ考えてみてくれたまえ。これから10泊位の旅行に出かけるんだ。しかもホテルとかそういうの話でほぼ野宿の旅だ。
荷物は多ければ多いほど安心というもの。

でもねぇ、一応僕は35の2倍以上のサイズのザックを所持してるんだけどさぁ、そのザックだとコインロッカーにザックが入らないんだよね。

今回の旅行、駅から少し歩いて観光して駅に戻るというのが多いから、快適な旅のためにもコインロッカーは有効利用したいし。さらに言えば、移動にしたって、35の方が便利だしね。
コインロッカーを全く使わずに背負って歩けという根性は持ち合わせていない。それにどうせなら快適な旅行をしたいしね。




基本的に他者の介入なしに1人で考えた旅行計画。

自分で考え自分で実行する。これってとても素晴らしいことだと思いませんか?

大学生の暇な時間を使い、僕は旅に出る。
生まれてきてから最も長期間の1人旅行。僕の胸は期待と不安と不安と少しの孤独感でいっぱいだ。
だが、この旅行を終えた時、僕は1人の人間として、少し誇りを持てる何かを得ることができるのではないか、そう思い。



さぁ、出発だ。


2008年8月28日早朝。
扱い慣れたザックを背負い、使い古したサンダルを履き。
白み始めた空のもと、僕はこの旅行の第一歩踏み出した。




その2~出発~


颯爽と、自転車にまたがり、最寄りの駅へ行く私。
駅に到着した私。
ホームに出る私。

人は少ないっていうか自分しかいない。5分くらいしたら若い人が数人来たけどもやはり始発電車は人が少ない。

電車が来る。これから長い電車時間が始まるのかと思うと別に憂鬱にはならないが、むしろこれでゆっくり眠ることができるという安心感が無きにしろあらず。

電車に乗りザックを荷台に上げる私。

椅子に座って一休み一休み。


電車が次の駅に到着。


なんだか駅のホームにでかい荷物を持った集団がいるのだが。

夏休みだしね。そういうこともあるのかもしれない。





まぁ、寝るか。







「あ~○○さんじゃないですか~~!!」






















いきなり一人旅じゃなくなった件について。










そうだ・・・そうだよー。
そういえば探検部1年主催で行われる無人島企画と出発日が同じだったんだよー。
いや、忘れてたわけじゃないんだ。
というか、もしかするとって思ってたとこもある。
でも最初の駅に到着した段階で誰もいなかったから、一本遅い電車で出発するもんだと思ってたんだ。
なにわともあれ、後輩諸君がどやどやと、文字どおりどやどやと電車の中に入って来た。その数10数名。
大体の人がが50~60Lくらいのサイズのザックに荷物をパンパンにつめている。無人島に何をそんなに持って行くものがあるのだろうと僕は疑問が浮かんでは消えない。

まぁ、僕は別にどうでもいいんだけどもね。
とりあえずさ、ここはね、電車の中だから、他の乗客の迷惑にだけはならないようにしてほしいと、僕はそれだけを切に願う。

というか、別にかまいはしないんだが、一人でいるのとこの大集団といるのとでは後者の方が圧倒的に目立って恥ずかしい。



かくして、僕と無人島組の電車旅が始まる。






とはいえ。





寝不足だったから電車の中での大半の時間を僕は寝て過ごす。
なにしろ途中まで一緒なものだから、寝過ごすことはありえないだろうと心おきなく眠る。
一度など、後輩に起こされなかったら乗り換えをミスするところだった。
だって、一人じゃないし。甘えてしまう。

語ってしまうなら、電車の中でほぼ寝てたから言うことも特にないんだよね。
後輩ともいくらか話はしたが、そこまで大した話もしてない気がする。
とりあえず、寝かせてくれと。
僕をほっといてくれよと。


ジレンマだな。
一緒にいれて、楽で便利な点と、極めて一緒にいたくないという気持ちの交差。




難しく考えるのはやめよう。結局はずっと寝てたからあまり関係はない。


気付けば、僕は、最初の目的地のすぐそばまで来ていた。





その3~東尋坊~




福井県三国町東尋坊。


いやいやお前、ちょっと待てよ。旅行の最初の目的地にそこを選ぶか!って思う人も中に入るかもしれない。
東尋坊は言わずと知れた自殺の名所なのである。
まぁ、日程の都合上、北陸あたりで行き先を一つ作る必要が生じたんだよ。で、結果的に最適と判断したのがこの東尋坊。



JR芦原温泉駅で僕は無人島組語一行とお別れをする。

改めまして僕の一人旅が始まる。



駅を降りる私。

曇り空。駅前は寂れてるというか、東尋坊を頑張って持ち上げているような感じ。地方の観光地らしい街並みだと思った。

バス時間までだいぶ時間があるため、一人ぼ~~~~~~~~っとする。
バスが来る。
バスに40分くらい揺られる。


到着。


バスから降りるなり、荷物をお預かりしましょうかって近くの店のおばちゃんに言われる。
無料の荷物預かり所らしい。
バス乗り場にあるコインロッカーは何のために・・・。

バス乗り場から、東尋坊までの道は、商店街っぽい通りをしばし歩くことになる。
道の両脇には店がずらーっと並んでいる。軒先には活きのいい海産物。

もっとも、海産物を今買っても本当にどうしようもないから無視するけども。

商店街を抜けるとすぐに東尋坊が見えてきた。





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学習しようか。


東尋坊は、福井県坂井市三国町安島に位置する観光地。海食によって海岸の岩肌が削られ、高さ25m程度の絶壁が続いている。地名の由来は、乱暴で恨みを買って此処から突き落とされた平泉寺の僧の名前の東尋坊から来ている。
越前加賀海岸国定公園に属し、そのハイライトでもある。国指定の天然記念物及び名勝にも指定されている。(wikipediaより)

あとすっごい珍しい地質なんだって。世界でここを含めて3か所でしか確認されてない地形だそうな。

どちらにしろこの岩はだいぶ迫力がある。

そそり立つという感じ。





そこらを歩いて回る。



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見つけてしまった。いわゆる救いの電話。
救いの電話

ここ東尋坊は自殺の名所としても有名だが、地元では各所に自殺をためらわせる句碑や看板を設置してイメージダウンを避ける努力をしている。また、公衆電話にテレホンカードを常備し、誰かに相談ができるようになっている「救いの電話」を設置し、自殺を思いとどまらせるようにしている。(wikipediaより)

ここから実家に電話したらネタだよなとか思ったけども、周囲の人に奇異な目で見られそうだからやめることにした。
この電話ボックス当たり前といえば当たり前なんだけども、目立たないところにある。東尋坊の負の部分。なんたって地名の由来からして人の死が絡んでるからねぇ。


辺りを巡ってて、光景を存分に楽しんで回る。
最初は乗る気はなかったんだが、せっかく来たんだしということで遊覧船に乗ることにした。海の上からその絶壁を眺めようというのである。

結果からいえば乗ってよかったと思う。



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東尋坊のメイン絶壁、東尋坊大池。高さ25メートル。

すっごいのよこれ。うっひゃーって感じ。伝わるだろうかこの思い。



船から降り、先ほどの大池の上に行く。



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正直言って上に立つと下で見るほど高くは感じなかった。普通逆だと思うんだけども。
でも、怖いよね。多少は。




見るもの見たので東尋坊を後にする。バス乗り場へ。


思ったが、バス代がシャレにならん。



芦原温泉駅に到着。

いざ、次の目的地へ。





その4~天橋立~



東尋坊を後にした僕。再び始まる電車旅。

時刻は午後4時を回ったところ。
一路天橋立を目指す。

敦賀到着。もう外は暗い。

小浜線っていう若狭湾沿いのローカル電車に乗る。
時間も時間だし、ローカルだし。
電車にあまり人がいない。

しばらくして。



車両に僕一人だけ乗ってる状態になる。



イァーオォォウ・・・・。




一人旅な上にさらに周囲から人気がいなくなる。まぁいいんだけどさ。

普段電車乗るとき周囲の乗客が邪魔だ邪魔だ、いなくなればいいのにと思ってたけども、いざいなくなると寂しさすら感じる。僕は世間に対してツンデレなのかもしれない。


暇な電車旅。窓の外を見ても街明かりもなく、夜の闇が広がるだけ。








略。










本日最後の乗り換え。小浜線から北近畿・タンゴ鉄道に乗り換える。
この電車、JRじゃないから18きっぷが使えない。しょうがないです。

乗り心地が悪い電車。






天橋立駅到着。夜の0時を回り、日付は29日。
天橋立の町は静まり返っている。当たり前ですね。
というか、天橋立駅で下車したの僕一人なんですけど。


ザックに銀マットをくくりつけたいかにも怪しい風体で通りを歩く僕。たまに通る車から奇異の目で見られてるような気がしてしょうがない。35Lとはいえ、傍目から見れば十分に大きい荷物である。
警察がいたら絶対に尋問されるだろうなぁって。


さて。そろそろ僕の天橋立での計画を話そうかと思う。
割と疑問に思ってる人もいるかもしれない。お前、どこで寝るんだよと。真夜中に天橋立着てどうするんだよと。

僕はね、計画の段階で結構悩んだんだ。計画の際に一番悩んだポイントの1つがこれ。
天橋立は位置的にきわめて辺鄙なところにあるため、他の目的地への電車移動とかみ合わず、大きな負担となる。
かと言って、行きたい場所だし、どうせ行くからには見るとこちゃんとみたいし橋立の上歩きたいし。

まぁつまりは、普通の常識ある旅行計画なら、橋立を取るか他の観光地を取るかの選択にならざるを得ないんだよな。

で、僕はその両方を取る方法を考えた。

深夜に天橋立到着→橋立を歩いて渡って対岸へ→天橋立のビュースポットである傘松公園に行く→公園で野宿→日の出→天橋立を見る→天橋立を渡る→始発の一本遅れの電車に乗る。

これならば、移動の負担になることがない上に、天橋立をバッチリ見ることができる。始発でないのは、始発だとまだ日が昇らないうちに公園を出発しなきゃいけないから。


馬鹿な発想といえば否定はしないけども、目的を果たすための、理にかなった方法ではあると思う。




というわけで。
怪しい風体の僕は真夜中の天橋立を行くのです。

駅から橋立は歩いてすぐ。
橋を渡ったらそこはもう天橋立。
かすかに香る潮の香りが、ここが海を2つに裂いた陸の道なのだと感じさせる。
美しいであろう松林(真っ暗で人気がないからめっちゃ怖い)。耳に感じる波の音。
ここが、日本三景天橋立か。


事前に収集した情報によると、天橋立は海水浴スポットになり果ててるらしい。
だから、この時期に静かな天橋立を堪能するには夜か早朝の2通りしかないの。そういった面でも僕の計画は完璧。俺天才だね。



・・・。



ぶっちゃけた話、真夜中誰もいない天橋立歩くのって、かけらほども楽しくないんだよな。
まぁー、たしかにー、道の両側が海ですがー?それがなにかー?って感じ。暗いし景観とか何も見えないし。怖いし怖いし怖いし。なにこの変な形の松。ビビらせないでくれない?マジで。


ただの散歩道だよなって思う。
サンダルだから、砂利が足の裏に張り付いて痛い。歩きにくい。荷物重い。歩くの疲れた。眠くなってきた。しんどい、だるい。

ふと横を見れば、砂浜。今すぐに銀マットを敷いて寝てしまいたい。テント設営禁止って書いてるけど野宿禁止じゃないし。

いやいや、ここでその誘惑に負けてはいけない。
僕は天橋立を高い所から見下ろしたいんだ。それでこそ天橋立。日本三景。



40分くらいかけて天橋立を渡り終える。次は傘松公園だ。


傘松公園は先ほども言ったように天橋立の景観が素晴らしい観光スポット。日が照っている間はケーブルカーが走っている。

それはつまり、傘松公園が小高い山の上にあるということを意味する。

地図を確認したら、ちゃんと徒歩で行ける道もあったので大丈夫だとは思うのだが。



傘松公園のケーブルカー乗り場へ行く。そこの脇から延びる道をまっすぐに行けば、笠松公園に着く、はず。


道を行く。


街灯がなくなる。


お寺に到着。














Where is here??



というか、ここめっちゃくちゃ怖いんですけども。なんで好き好んで真夜中のお寺なんかに来なきゃいかんの?というか寺の背後のうっそうとした木々は何なの?木がザワザワいって怖すぎるんですが。


ザックを降ろして一息。

よく見ると寺の脇から道が続いてた。

ほっと一安心。

ザックを背負いその道を行く。

街灯がないので前がよく見えない。

ヘッドランプで照らしてみる。

鬱蒼とした木々と石段が不気味に照らし出された。

安心は消し飛んだ。




え・・・何、これ。一人肝試しですか?





怖かった。
本当に怖かった。
本当に嫌だった。
何でこんなとこ1人で行かなきゃいけないの。
一人旅しようって言った馬鹿はどこのどいつだよ。
お前、ヘッドランプ消したら視界ゼロじゃねぇかよ。
木がザワザワいってるぜ、ちょ、そこの茂み今揺れなかったか?
早く終われ~!っつか何この石段。長い。長いぞ。しかも急。


怖さと疲れがピークに達し、僕はその場にへたれこむ。明かりを消し、体育座りをして俯く。








10分経過。




段々慣れてきた。体力も少し回復した。

休憩終了、出発。





結局、休憩時間を除いて登り30分くらい石段を登って傘松公園に到着。


いや、たぶん、ここが傘松公園の一部なのだろう。立札にそう書いてたし。ケーブルカーの乗降場とか観光地らしいものは何もない。
あるのは屋根の付いた休憩スペースとなんかの建物。すごく殺風景。
なんかホームページで見た印象と全然違う。

まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。どこで寝ようかどこで寝ようか。

ふと見ると、いいサイズの石ベンチみたいなのがあるではないか。
ちょっと横になると慎重にジャストフィット。





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近くの看板見ると、どうやらこの石の上に立って 股のぞき しろってことらしい。

そんな石も今日は僕のベッド。銀マを敷いてシュラフ(寝袋)に潜り込む。虫はいない。


自分に向っておやすみなさい。












なんか目が覚める。雨である。空は白んできてはいるがまだ暗い。

極小雨だったから屋根の下に移動しようか迷ったけども、結局移動する。
で、またすぐ寝る。











今度は蚊に起こされる。予定してた時間よりも30分早いけども、起きて出発準備をする。蚊がいる場所には極力いたくない。雨は止んでいた。







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早朝の天橋立。これを見るためだけに僕はここまで努力をしたのかと思うと感無量。

正直言って天橋立を見たこと以上に努力が報われたことにないする喜びの方がはるかに大きい。



来た道を引き返す。石段で2回こける。めっちゃ滑るんですけども。



早朝の天橋立を行く。昨夜は怖かった松林も実にすがすがしい。なんて立派な松なんだろうか。

散歩してる人と何度かすれ違う。
なーるほど、昨夜思った以上にここは絶好の散歩スポットだな。



朝の散歩を終え天橋立駅へ。これからまた電車旅が始まる。
電車に乗って少しすると、雨が降って来た。大雨だ。
まぁ、天気予報雨だったしね。





その5~姫路山陽九州~



宮津に到着すると、女子高生が大量に乗車して着てビビる。
え、ここって女性車両かよ?っていうくらいに。

やかましいことこの上なし。女三人寄れば姦しい。


福知山到着。ここから尼崎まで。
日本海側から瀬戸内海側へと陸地を一気に縦断。


昼くらいに尼崎到着。

さらに電車を乗り継いで姫路に到着。



外はあいにくの雨。

近くのコンビニで傘を買い、姫路城を目指す。

僕の中ではとっても印象が薄いんだけども、姫路城って世界遺産なんだよね。


駅からアーケード街をだいぶ歩く。広い十字路に出たと思ったら、姫路城が見えた。

っつか、姫路城は電車の窓からも見えた。とっても目立つ。



雨にぬれた白鷺城は美しい・・・のか。個人の好みの問題だとは思うけども僕は晴れていてほしかった。
傘が邪魔でしょうがない。

基本姫路城はどの角度からとっても絵になる。便利なものです。
戦時の空襲で姫路が空襲を受けても、姫路城はまさに、まさに奇跡的に被害を免れた。

1945年7月3日の姫路大空襲で姫路城下は灰燼と帰する。
城内にも着弾するが本城跡に有った中学校校舎のみが焼失しただけで、西の丸に着弾した2発は不発あるいはすぐに消火された。また大天守にも焼夷弾が直撃したものの、不発だった。
城本体は奇跡的に炎上を免れた。翌朝、焦土の中に無事に建つ姫路城を見て、城下の人々は涙したという。


奇跡だね。
そうして現在も誇り高く聳え立つ姫路城。秀麗とはこの城のことを言うのではないか。



城門あたりの受付で若干の金を払い入場。外人さんが多い。japanese castel.

姫路城のすごさは現存する天守その他諸々の意向も含めて、城全体の城郭構成にこそあると僕は思った。
おもった、が。別に城に詳しくもないので解説できるわけでもなく、ただ単に僕がそう思ったという程度でご理解いただきたい。


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姫路城天守閣遠望。まぁ、こんな写真は場内のいたるところからとれる。
もっともこの天守に行くまでの道のりが大変遠い。それこそが、この姫路城の特徴なんじゃないかと思う。最大規模の平城。



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この階段はドラマでよく使われていたような記憶がある。ただそれだけの話。姫路城にあるんですよという解説。




姫路城の写真はこれ以上アップしない。



天守閣の中は資料展示っぽくなっていた。


へ~。




城を後にする→道に迷う。




姫路城の来た所から別の城門から出たために僕の地理感覚が狂う。

おそらく、一時間は時間をロスしたかな。

まぁ大きな問題ではないけども。ここでの計画はだいぶ余裕をもって立てたから、電車時間には余裕で間に合う。


姫路から山陽本線をひたすらに西へ行く。
ここら辺は、電車の便がいいし、分かりやすいのでとっても計画が立てやすかった。


日が沈み、夜の帳が下りていく。

窓の外は真っ暗。


深夜、下関に到着。

関門海峡を横断し、博多に着いたのは午前1時半ころ。


本日の日程は終了する。

今晩の宿泊は博多駅でビバークの予定。いわゆる STB 。ステーションビバーク。


STBの基本ルールは終電から始発までの間だけ宿泊するということである。
幸いにも僕の乗ってきた電車は終電で、僕が乗る電車は始発である。

大きい駅では、夜は出入り口を封鎖しているところもあるらしいが、博多駅はその類ではない。ここら辺は旅行を計画する段階で調べておくのが基本。

駅構内では横になって寝ているホームレスがたくさんいた。
寝る場所には困らない。

警備員が複数名いて心強い。

ホームレスと近すぎず遠すぎずの距離間の場所にちょうど良くスペースが空いていたので、そこに銀マットを敷く。寝袋を出そうかとも思ったが、周囲の大半のホームレスが新聞しかダンボールで寝ている中、シュラフで寝るのはあまりにも目立つのでやめた。

こっそり持っていくにはあまりに大きいサイズの35Lザックとは言え、念には念を入れて自分とザックをしばりつけておく。貴重品や小物はザックの奥深くに入れて盗難に用心する。

アラームをセットして横になる。なんとも不思議な感覚。非日常。
大きな駅で一人で寝る。

寝るという表現はあまり正しくないと僕は思った。
STBとは「寝る場所」としてではなく「一夜を過ごす場所」なのだと。

明るく、駅構内の工事もうるさい。

だがそれでも。疲れていたのか、あっさりと僕は眠りに落ちた。

ガヤガヤという話声に目が覚める。

携帯を見ると起きる予定の時刻よりも数十分ほど早かったが目が覚めた以上出発の準備に取り掛かる。

辺りのホームレス達は誰も起きていない。


荷物を整理して出発。

出発というより、博多駅の正面改札へ。


正面改札はまだシャッターが閉まっていた。時間は朝4時過ぎくらいだったはず。
何人かの人が、その場でシャッターが開くのを待っていた。
僕もそこら辺の柱にもたれかかり、時間が過ぎるのを待つ。


シャッターが開き改札が始まる。


再び電車の旅へ。



その6~阿蘇~


一気に熊本に到着。

熊本から阿蘇へ電車で行く予定だったが、電車時間まで1時間の余裕がある。
行けるかどうか分からないけども、遠望でいいから熊本城を見てみたいなという思いに駆られ、地図を確認しながら熊本の街を歩く。

25分経過。
熊本の町は微妙に高い建物が立ち並んでいたため、熊本城は見えなかった。

諦めて熊本駅に戻る私。

そもそも熊本城にそこまで行きたかったわけじゃないから別にかまいはしない。


電車に乗り阿蘇へ。
電車の中からも熊本城は発見できなかった。姫路城とはだいぶ違うなって。


熊本大分間を結ぶこの豊肥本線では、スイッチバックを拝むことができる。

電車マニアだったら興奮するのだろうか。僕は時間がやたらかかってイライラしただけだったけども。


阿蘇駅到着。


前にも行ったが、屋久島宮之浦岳以外に僕はもう一つ山を登ろうと考えていた。
その結果選ばれたのが、 阿蘇山 である。

この山を選んだ理由はたくさんある。
交通の便がいいとか、短時間で山頂まで行けるとか、極めて興味深い山であるとか。


ちなみに、他に候補に挙がっていた山は、大山(中国最高峰、鳥取)、開聞岳(薩摩富士、鹿児島)、石鎚山(西日本最高峰、愛媛)。
最終的に阿蘇さんに落ち着く。


さて。
まずは阿蘇山のロープウエー駅までのバス切符を買う。

購入窓口へ。

え~どれを買えばい・い・の・か・な?


とか思っていた僕に一つの看板が飛び込んできた。







「本日は火山ガス活動が活発なためロープウエーは運航休止です」





ナンデスト?





なにこの、あれだ、なんだ。とにかく何かを著しく否定された感覚。激しい虚脱。

窓口の人に聞いてみる。

僕「ロープウエー動いてないんですか」
窓「はい。本日は今日はロープウエー含めて入山禁止なんですよ」
僕「じゃぁ・・・山登りとかも当然・・・無理ですかね?」
窓「無理ですねー」





溜め息一つに落とす肩、僕の望みは徒労に終わる。




なんなんだよ、マジで。ふざけるなよと。

わざわざここまで来て、今日無理っすー。なんて、もうマジやめてくれよと。
悪い冗談にしてほしい。


だー。






しょうがない。
諦めることにする。そんな危険な状態の山に登るのはあまりにも愚かだ。







阿蘇山付近の観光名所「草千里」までバスで行くことにする。




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ただの草っぱらじゃんって思っただろ?


実は僕もそうなんだ。

まぁ、馬の乗馬体験とかもしてたけども、何が嬉しくて一人でそんなことしなきゃいけないのかと。




阿蘇山付近の草っぱらは皆牧場。バスの中で放牧された牛やらを何頭も見た。

阿蘇山火山博物館で阿蘇山についての知識を深める。

外は風が強い。




寂しい。僕は強くそう感じた。



早々にその場を立ち去り、再び阿蘇山駅へ。



電車に乗り再び熊本を目指す。




その7~熊本城~



熊本到着。


阿蘇山の計画がほぼ丸つぶれになったので予定がだいぶ変更が出た。

空いた時間には、さっき行けなかった熊本城に行くことにした。



熊本には路面電車が走ってる。

わたくし、路面電車に乗るのは初めてである。

安い早い便利。僕の町にもほしいくらい。最高だよ、路面電車。一文字変えたらロマン電車。電車には夢が詰まっている。


阿蘇山にいた時は、雲はどんよりで風が強く、寒かったが、熊本に着く頃には太陽が顔を出し、夏らしい天気となっていた。

つまりは暑いということ。


熊本の街中で35ザックを背負って歩くのは多少恥ずかしい。


お金を払って入場。




熊本城の良さはね、石垣だと思うんだ。




asas.jpg


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細川時代と福島時代の石垣。どっちがどっちだか忘れた。



さっきも述べたが、めちゃくちゃ暑い。

天守閣近くの自販機で飲み物買って一息つく。


何かもうやだ。阿蘇山登れなくてテンション下がったわー。マジ下がった。しけた。
だってさだってさ、阿蘇山行って火口も拝まずに帰るなんてどんだけだよ。ありえん。



どうせさ、再現天守閣なんてね、しょせんなもの。

ちゃっちゃと行ってちゃっちゃっと戻る。





もう飛ばし過ぎてごめんなさいね。そうでもしないとやってられないのよ。
そもそも行けそうだったら行く程度のとこだからさ程の興味もない。




億劫に電車に乗り鹿児島へ行く。
本来鹿児島には翌日の午前に着いて、西郷隆盛像とかおいしいものとかを食べて屋久島入りする予定だったけども、大幅に予定が早まった。


窓の外には人里の明かりも見えない。途中2回もスイッチバックをしてた。
田舎も田舎、ひどい田舎を電車で行く。
乗ってる乗客は数名。旅行者っぽい感じ。もしかすると同様に青春18キップで旅をしてるのかもしれない。

彼らは駅に泊まるごとに電車から降りてすぐ戻ってくる。
いったい何をしてるんだろうと思ってたら、駅の看板を写真に撮ってた。

あぁ、鉄オタか。



途中数度の乗り換えの後、ようやく私は鹿児島中央駅に降り立った。


鹿児島は遠い。

いや、もしかすると近いのかもしれない。
だって、電車で2日も乗ってたら着くような場所なんだから。

旅って不思議なものだ。いろんな感覚がおかしくなる。




その8~二人きり~


23時半ころ、鹿児島中央駅に到着する。
鹿児島には鹿児島駅と鹿児島中央駅の2種類があってとっても分かりづらい。
鹿児島中央駅の方が拠点駅だと思われる。


駅についてまずした事は待合室で人を待つこと。
そうすれば知り合いが一人来る。

鹿児島中央駅はそこそこに人が多い。というか駅の一歩外は割とにぎやかで驚かされた。本州最南端の県庁所在地は僕の予想を覆して栄えていた。

待合室はとても小さく静か。うつむいて寝てる若者1人に、声を小さくしておしゃべりするおばさんが2人だけ。

電車の中で十分に寝たとはいえ、疲労が取れたわけではない。
僕は目をつぶり、しばしの休息に至る。



20分もしただろうか。

すぐ近くに人の気配を感じた。

目を開けると足があった。
視線を上げると自分の2倍のサイズはあるザックを背負った女の人が立っていた。

「おぉ・・・!」
「さて・・・」
「行きますか・・・」


正直言って重装備に驚く。
一番驚いたのは銀マットを2つ背負っていたこと。WHY?なぜ。
銀マの片方は屋久島に行く他の女性の分らしく、重装備は屋久島後にある天竜川の大会の装備も持ってきてるかららしい。

二人並んでなんと僕の荷物の少ないことか。

でもここで荷物を持ってあげようなんて言わないのが、マイジャスティス。




ここで説明。
この女性は探検部の人で、鹿児島まで一人新幹線で来て一晩野宿して屋久島入りする予定だった人。
本来合流する予定じゃなかったけども、阿蘇山が中止になり、計画が端略された結果、今晩中に合流することになった。野宿は一人より二人の方が心強いと。


そこでだ。

どこで野宿をするか。

先ほども言ったが、鹿児島中央駅周辺はなかなかに盛っていて野宿しがたい。
駅の中にしたって、あまりいい感じじゃない。博多駅ほど広くもなく、そんなホームレスって感じじゃない。


どうしようか二人で悩む。結果、駅員に聞こうということになる。

改札のとこにいるオジサン(アロハシャツ着用)に聞いてみる。

「あの~すんません。どっかここら辺で野宿できるような場所ってないですかねぇ」


結果、駅の中で野宿するんだったらあそこら辺だが、駅員として野宿していいということはできない。自己責任。
みたいなことを言われた。

とりあえずその場所に行ってみる。


女「ここは・・・ちょっと無理っぽいよね」
僕「そうだね」


というかね、あまり僕を頼らないでほしい。
今回の旅行は特別で、野宿なんてそんなしたことないのよ。
向こうは一人で野宿にならなくて良かったって言ってるけどさ、同じことは僕にも言えるわけでして。
総じて何が言いたいかというと、僕はヘタレ。
ここで男らしい決断を下してこそ株が上がるというものを。


結果、近くの公園、あるいは港の方で野宿しようということになった。
どうせ明日船に乗るんだし。


歩く。話す。





夜の街、見知らぬ街、僕は南国の夜空、明るい街灯の下を同い年の女の子と二人きりで歩く。
二人きり。なんて素敵な響きだ・・・!!







その女の子には、













彼氏が




















いる。
















そしてその彼氏は



















このブログの存在すら知っている。あろうことか部活の先輩。


















OK。自重しよう。このブログを閉鎖はしたくないんだ。


何を話したかって言われたら、いろいろ話したが、特にこれだって言うことを話した記憶はないんだよね。
ただ屋久島含めてすべての旅行を終わってからこの彼女に言われたことには「開化(花?)した」だいぶ印象が変わったらしい。




asd.jpg
歩いてたらあった。



港周辺に到着。

割と立派な、だけど誰もいない建物をくぐると広めの緑地が広がってた。公園。

二人でここら辺いいんじゃないかと話し合う。

その時僕は気配を察知する。


僕「ちょっと待って」
女「?」
僕「あの奥に人が結構いる」



そう、ここは港。港にはやんちゃな人がたまるもの。ここら辺もその例外ではなく、ずっと遠くに黒い影ではあるが、そういった方たちが屯しておられる。
野宿の何が怖いって人間が一番怖い。
暗く、人目に付かず、寝心地が良く、虫がいなく、乾いた場所。それが僕らが捜してる場所。
探検部で屋外で寝ることはしょっちゅうだけどもそれは大人数だからであって、1人あるいは2人で寝るというのはだいぶ勇気がいるものである。ましてや女の子なんてね。僕が彼女の親だったら野宿なんてさせないね、絶対に。
それだけに僕にかかる責任も大きくなると感じたら自意識過剰であろうか。


バイクのやんちゃ集団が遠目に見えるその公園をスルー。

明日屋久島行きの船が出港する乗り場まで来た。というか公園のすぐ近く。


乗船待合室は閉まってた。

どうしようかと思案。周りを見渡す。


と、岸壁で、柵と木の影で周囲からは全く見えない場所がある。
段差があるため、バイクとかも入ってこれないような。

そこがいいそこがいいと。


二人でそこに行く。



銀マットを敷いておやすみなさい。












5分もしないうちに起きる。雨が降って来た。


女「どうする?」
僕「どうしよう?」


本当に。
ほんとうに頼りになんないね俺って。自己嫌悪にすら陥る。
こういうときくらい頼りになるような男でありたいものだ。
という今回の反省。


船の乗り場に少し明るくて人目にもつきそうだけども、屋根があって比較的寝れそうな所があったからそこに移動する。

女「コンビニに行ってくる」
僕「はいはい」


僕は実に臆病でね。彼女がコンビニに行って5分くらいしても帰らないから言い訳を考えるんだ。
何の言い訳か。ここから先は僕独特の思考回路である。

彼女がコンビニに行く
→なかなか帰ってこない
→近くにはバイク集団が屯してる
→1人になった彼女が襲われる
→それに気づきすらしない僕
→全て終わってしまった後で襲われた事実が判明
→襲われて心身とも傷つく彼女
→近くにいたのに何もしなかった僕
→知り合いから非難される
→言い訳。

風が吹けば桶屋が儲かる的な。

帰って来た彼女にこのことを話したら笑われた。そりゃ笑うよな。割と真面目ではあるんだが。
「初めに考えありき。」
とりあえず彼女が無事コンビニから帰ってきてすごくホッとした僕でした。


再び眠りへ。


眠れない。



横になりながらいろいろと話をする。
主に男女関係の話。向こうはすでに交際して長い人がいるから、むしろ男女関係について僕がいびられてる感じ。
こういう機会でもないとじっくり話す機会もないし、僕は思うことを結構正直に話す。
語り明かすって感じだね。

何を話したかはだいぶ忘れた。





寝ようと宣言をし、ようやく眠りに着く。







その9~屋久島前編~



朝。辺りが白みはじめる。睡眠時間は3時間くらいか。

肌寒い。


二人ともごそごそと起きて寝袋をしまう。寝袋から出るとますます寒い。ここは鹿児島か。

早くしないと船の職員が来ちゃうねと話す。

とかしてる間に職員が来た。2人のオジサン。
僕らを見て「いい場所を見つけたね」と笑ってくれた。ちょっと安心。


海の向こうにどっしりとした形の山があった。山頂付近は雲に隠れていて見えない。
あぁ、あれが桜島なんだなと。想像を超えて立派だった。あれが噴火したらさぞ大変だったろうと。



待合室は10数分くらいしたら空いた。

椅子に座り、テレビを見る。



屋久島の宮之浦岳で遭難があったそうだ。うわー、気を付けようかと二人で話す。



出航時間。






船の中で2人とも熟睡。


トントンと肩をたたかれて屋久島に到着したことに初めて気づく。




船を下りて陸のほうに歩いて行く。

欄干の方に見知った顔がこっちの方を見ていた。

探検部屋久島組8名である。



まず最初に言われたことが、何でそんなに厚着をしているのか。
言われて気づく。屋久島は暖かい。

というかただ単に日が出てきて気温が上がったんだろうけどもね。
明け方はとっても寒かったんだよ。



彼らは車を2台レンタルして、前日から屋久島を観光して回っていたらしい。

本日も一日屋久島を観光の予定。



ということで。




車に乗りいざ屋久島観光へGO








・ ガジュマル園

「屋久島で有名な木といえば何ですか?」
「縄文杉!!!」

ってほとんどの人が答えると思う。何も間違えちゃいないよ。
でも、屋久島には他にも有名な木が一つありまして。

それがガジュマル。聞いたことはあるんじゃないだろうか。
僕がガジュマルと聞いて最初に思い浮かんだのは、NHKの連続TV小説「ちゅらさん」で、その中のタイトルの中にガジュマルという単語が登場してた覚えがある。
とはいえ、ガジュマルがどんな木なのか、僕はよく知らなかった。

だからとりあえず wikipedia で調べるが、文章だけじゃいまいちわかんないからね。
写真を。

で、写真を貼るところなんだが、僕の写真なんかよりも数倍きれいに取れた写真がネット上にあったからリンクを貼っておきます。
ここ にいけば不思議でそして美しいガジュマルを見ることができます。

まぁ、携帯で見れない人もね。後で中間ガジュマルっていうガジュマルの写真はのせるから、それを見てガジュマルってこういう木なんだと思ってほしい。

ガジュマルの説明はこれくらいにして・・・というか全く説明にはなっていないんだが。
ガジュマル園での話。
このガジュマル園は奈何せん蚊があまりにも多い。非常に多い。
受付で200円払うとうちわを貸してくれるんだ。
「このうちわは何に使うんですか?」
「それで蚊を追い払ってください」
これ実話。

ガジュマル園自体はまぁまぁ。珍しい植物を見れたという満足感。
ガジュマル園を後にする。



・屋久島一周

車で屋久島を一周する。
それだけで結構な満足感。以下写真。

sdf.jpg

猿。たくさんいた。車が近づいてもあまり逃げるそぶりは見せない。
かわいいですか?僕は猿の顔って憎たらしく見えるんだけども。

asdd.jpg

美しい南国って感じ。実に美しい。




・シュノーケリング

こんなきれいな南国の海で泳がないのは損。
というわけで、用具をレンタルして海へ。
きれいで気持ち良くって気分は最高さね。この気持ちは行った人にしか分からないから文章省略。


・中間のガジュマル

qwq.jpg
ということで改めてガジュマルの写真。
屋久島で一番大きなガジュマルの木ですね。
日本の冬山でアオモリトドマツに雪がついて樹氷となりモンスターとか呼ばれたりする。
さしずめガジュマルは南国の化け物だなと思う。この不気味ないでたちに大きさ、その迫力たるや。





これらを見終えて夕闇が迫る。

シュノーケリングと移動に相当の時間を費やした。



明日はいよいよ待ちに待った屋久島、九州最高峰宮之浦岳登山である。
その頂こそが、今旅行の目的地なのであるから。


屋久島組は10人いたが、パーティを二つに分ける。

いざやいざや。

宮之浦岳へ。





テンションが上がって来た。




続きは 宮之浦岳登山 へ。


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