たこ焼きとラフランス

2008夏季旅行後編


その11~屋久島後編~




宮之浦岳を降りパーティが合流し温泉に行ったところから。

その後、多少は時間があったために観光することに。





1、千尋の滝

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この滝、落差約60メートルなのだが、遠くから眺めるしかないのでいまいちに迫力に欠けるのである。むしろ左側に見える巨大な岩壁に目を奪われる人もいるのではないかと思う。
悪くはないんだけどもね。






2、大川(おおこ)の滝

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落差88メートル。この写真は他の人が撮ったもので、僕が屋久島に入る前に撮られたもの。よって、宮之浦岳から降りた段階でこの滝に行ってないのは2人だけ。それでも他の人たちが行った方がいいというので、夕闇が迫る中、行った。
こっちの写真の方が迫力が伝わるのでこの写真。
事実すごい。轟音、水しぶき。その迫力たるや。



日が暮れる。
これから夕飯を食べに行き、コインランドリーに行き、この前と同様、港で就寝。
夜が明ける。






その12~夏の思ひ出~




屋久島最終日。この日は土産を買って後は船に乗って屋久島とおさらばという日程。

まぁ、僕は土産を買わなかったんですけどもね。モノより思い出。
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ドラゴンフルーツ。いや・・・言葉を失うね。毒々しい。思わず写真に撮る。
食べた感じはキウイと洋ナシを足して2で割った感じ。悪くない。





とまぁ、屋久島が名残惜しくてしょうがない。
でも別れの時間が近づく。





そして再びメンバー分離、僕と行きで一緒だった彼女だけ、別の船で帰るため港で降ろされる。往復で予約したんだ。だってそっちの方が安いし。
他の方々は別の港から出航する船で帰る。


まずは船が出るところを確認してそこら辺を見て回ろうということになる。

船確認終了。



2人で近くの土産物屋さんへ。

女「あーこれいいねー!!」
僕「そうだねー」
女「うふふー」
僕「あははー」

2人で近くの河口へ

女「すっごくきれいだね!!」
僕「本当にきれいだ。見てごらん、水が透き通ってるよ!!」
女「ちょっと降りてみようよ」
僕「うん、行こう」
女「きゃっ!!」
僕「おっと!!」
女「すべっちゃったしー!!」
僕「いやぁ、危なかった、僕がいなかったら落ちてたねー」
女「うふふー」
僕「あははー」




これは・・・これは何なんだろう。
南の島ー、青い海ー、仲良く二人でー、男女がー、歩くー。
傍目にこれが交際中の男女でなかったら一体何であろうか?

道の途中、5人の若い男性集団とすれ違った時、僕が軽い優越感を味わったのは言うまでもない。


時間が来たので船に乗る。



屋久島よ、一夏の思い出をありがとう。なんか涙が出てきた。
帰りの船では彼女は寝てたが、僕は航路の途中で見えるであろう、薩摩富士「開聞岳」の姿を見たくて起きてた。
ちょっとだけ見えた。写真で見たとおり、とっても端正な形をしていた。僕に言わせてもらえば気持ち悪い形の山。
船を降りる。
振り返ると、行きのときは雲に包まれていた桜島が、晴れ晴れとした青空のもとに姿をさらしていた。



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ちなみに写真左下が、野宿しようとして雨が降って来た地点。




選択肢が2つある。
屋久島組を待って一緒に移動するか、1人先に行き1人旅を進めるか。

僕は後者を選んだ。だって前者だと今日中に熊本までしか行けないんだもの。後者だと博多まで。これがどれほど旅行日程に影響を与えるかは時刻表を調べればおのずと見えることであろう。

人恋しさは僕の旅行の日程をわざわざ遅らせるほどの要因にはならず、一路我が道を進む。


彼女とこの場にはいないけども残りの屋久島組8名に、別れと数日後の再会を告げ、分離。


再び僕の一人旅は始まった。



その12~宮島~



再びJR九州博多駅到着。就寝。しかし近くのホームレスの強烈な臭いに堪え切れず目を覚ます。しょうがなく場所を変えてしゃがんだ格好で数時間の仮眠。

目を覚ますと同時に改札のシャッターが開き始めた。

今日も一日が始まる。


始発の電車に乗り込み僕は広島周辺を目指す。
11時になる前にはもう目的地に着いていた。

JR宮島口駅 到着。


さて、このJR宮島口駅になぜ来たのか皆さんはご存知であろうか。
普通の人は宮島観光をするためと考えるだろう。
鉄道マニアは駅の写真を撮るために降りるであろう。
気転の利く人は体調を悪くしてやむなく降りたのだと考えるであろう。


回りくどい書き方をしたが、普通に宮島を観光するために僕は来た。一度来てみたかったんだもの。


これで 日本三景 全てを回ることになる。(松島には小学校の修学旅行で行ったことがある)

でも実際のところ、日本三景をすべて回ったからすごいとかそういう考え方はおかしいと思う。
例えばさ、日本百名山というのがあって、日本百名山制覇を目指して山登りするという人も多くいる。それはそれで結構なことだが、それは山登り自体を楽しんでるんじゃなくて、百名山制覇を目的に歩いているんだから、山登りあるいは山が好きで登ってるわけではないんじゃないかなって。もちろん山が好きでその目標の一つに百名山を設定するというのは大いに結構だけども。百名山制覇ってスタンプラリー制覇を目指すのと同程度な気がする。「実」以前にその「名」ばかりに憧れ目を奪われている感じ。いい山は他にいくらでもあるでしょう。
同様にしてこの日本三景も、「名」ばかりが先行している気がする。日本三景だからすごい、宮島だからすごい。行く価値がある、見る価値がある。

私は疑問に思う。

まぁ、あまり人のことを言えた義理でもないからいいんだけどもね。できる限り僕は「名」に目を奪われず、宮島の、引いては全国各地の観光地の「実」を素直に見つめていきたいと思う。
と言っても行く先は知名度優先ですが。







駅から徒歩5分くらいで宮島行きの 宮島連絡船 乗り場に到着。
この船、実はJRが営業している。全国で唯一、青春18切符が利用可能な航路なのである。
最も18切符なぞ使わずとも、片道の運賃は大人一人わずか150円。嬉しい限りではないですか。

ザックをコインロッカーにしまい船に乗る。

船に乗って出港。青空のもと穏やかな瀬戸内海が目の前に広がる。
何に驚いたかってね、船に乗ったその時点で大鳥居が見えるんだよね。
厳島神社近いなーっと。

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宮島駅到着。

駅に降りてまずした事は、パンフレットの入手。次にしたことは実家への連絡であった。




携帯電話が・・・動かない。

この現実に気づいたのは昨日の朝、屋久島で目覚めた時の話であった。
充電してもうんともすんとも言わず、ボタンを押してもなんの反応もなし。

かくして一人旅はさらに孤独を深めたのである。



実家からは旅行に先立って定期的に連絡を入れろと言われている。
今回の旅行、殊に1人で屋外に野宿するという事実を考えればその必要性はおのずと生じるであろう。もしもの何かがあった時に誰にも気づかれないのは非常に困ったことだ。とはいえ、旅行の全日程を話したら口うるさく言うにきまってるから1人旅という情報のみを省いて実家には連絡。彼らは僕が探検部の方々と一緒に野宿をして行動してることと考えているであろう。
で、最後に連絡を入れたのが宮之浦登る前だから実家はまだ下山してるかどうかすら知らないわけだ。親の心子知らず、子の心親知らず。
心配してるであろうから公衆電話から電話。

出ない。
真昼間だから当たり前といえば当たり前か。

諦めて宮島散策を開始する。


まず目に飛び込んだのはシカ。




といってもですねー。

屋久島で野生のシカをいくらでも見たから、こんな整備されきった観光地にいるシカを見ても全然興味が湧かない。
シカを華麗にスルー。




五重塔を見て千畳閣を見て厳島神社を見てそこらの土産物屋とか寺とか日本一の大しゃもじとかを見る。
画像?ここいらの写真は極めてありふれてるから自分でネット上を探してくださいな。なんたって厳島神社は世界文化遺産ですから。僕の中で僕としては厳島神社の価値は水上に建つというその特殊な景観もさることながら、歴史や思想の中での重要な立ち位置にこそあると思ってる。


日陰で飲み物を飲んで待ったり。

この日はとても暑いのだ。


その暑い中、僕はロープウエーに行き、宮島の主峰弥山の山頂に行くことを決意する。



歩く。



歩く。



疲れた。暑いしんどい。




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噂には聞いていたがなんて変な看板だろうか。ときどき走ってとか。
ユーモアセンスを感じずにはいられない。こういうの大好き。




ロープウエー乗り場に到着。

思ったより運賃が高い。片道1000円、往復1800円。宮島連絡船の値段と比較すると首をかしげてしまう。あれはJR運賃で単純に距離だけで値段決まるから安いのかと。ロープウエーは観光客からしぼりとらなきゃだしね。しょうがない。



登りのみの切符を買い、下りは徒歩で帰ることに。
なんたって観光地ですから登山道も整備されてることであろう。



ロープウエー。




微妙な待ち時間。






上に到着。




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お前らいいセンスしてるよ。





ここから山頂までひたすら階段。超暑い。









うあー・・・・・・・







山頂到着。

これはロープウエーを降りた段階で言えたことなんだけども、山の上からの景観がやばい。
瀬戸内海の島々が大変にきれいなのだがどうしたことか。



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勘違いしてる人もままいることではあろうが、この山頂からの風景こそが、日本三景安芸の宮島の景観なのである。厳島神社は関係ない。なのに日本三景の石碑は厳島神社のすぐ近くにある。しかもパンフレットには日本三景と謳いながら厳島神社の写真ばかり使用されてる。なんだかなー。








というわけで。


宮島に来て厳島神社だけ見て帰った人たち。





m9(^Д^)フ゜ギャー



むしろ僕としては、観光客にもまれ、テレビや写真で見慣れ、そして見飽きた厳島神社よりも、山頂のさわやかな風になびかれて、夏の瀬戸内海の島々を一望する方がはるかに素晴らしいと思う。というか好き。
事実、実によい景観である。汗かきここまで来た甲斐があるというものだ。


水分補給して下山。






すみません。僕は山をなめてました。
どうせ観光地だからとかそんな考えはもうやめましょう。

弥山の山麓って結構凄いんだよ。厳島神社の影響もあって畏れ多いというかなんというか。とりあえずあまり荒らすべからずで古くからの原始林が残ってるほど。というか弥山の山麓は世界文化遺産の区域内だから、その意味合い、重要性やいかに保存されてるかは考えるまでもない所。


なんなんだこの腐ったような登山道は・・・。


細い、分かりにくい、藪、砂利砂利、岩、岩。
そこいらの山の方がまだ歩きやすくて安全。岩とか普通に踏み外したら大けがだし。木のせいで道がよくわかんないとこで分岐してるし。砂利が入って足裏痛いし。藪が藪が・・・。



リアルに3回道に迷った。その度にに来た道を引き返して必死にルートファインディング。
猿にあったらどうしようとすごく不安になる。
食料水分不所持、恰好はハーフパンツにあろうことかサンダル。地図?観光パンフレットの地図でだったらありますが。

心強いのは日の入りまでまだまだ時間があることと、港側に向かって降りているという事実。

まさか、こんなひどい道だったなんて。観光地だから整備されてるなんて考えた自分のなんと愚かなことか。



しばらくして木々の間に厳島神社が見える。ほっと一安心。本当に安心。
というか、この角度からの厳島神社いいね。好きだ。わざわざ、偶然ではあるけどもここから降りてきてよかったと思った一瞬。

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さらに30分ほど歩いてようやく路地に出る。よかった。



もう少し宮島で見て回りたかったところもあったが、時間的にも精神的にもそろそろ宮島とお別れの時間。


連絡船に乗り、宮島にさようなら。





その14~ヒロシマ~


電車に乗り広島駅へ。時刻は3時。

駅からは市電に乗る。市電で幾ばくもしないうちに原爆ドーム前に着く。

そして現れる原爆ドーム。


なんというか、ここら辺は多くを語ることがためらわれる。
戦争の負の遺産である。
いかに文章にしてよいものやら。

ここを含めて、広島平和記念資料館は今旅行の最も重要な目的地の一つ。かつて先生はおっしゃった。社会人になる前に一度はここを訪れなさいと。

周囲には外国人も多く、観光客(自分もその一人)はどこかしら神妙な面持ち。



いいや、疲れるから何も言わない。川の向こう側から撮った写真を載せておく。
自分の広島と原爆で想起させるイメージは夕焼けと川。



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近くに観光案内所があったので中に入り、資料館の開館時間を確認してからベンチに座り休憩。日中ほどではないがまだ暑い。


出発。資料館はすぐそこにある。
資料館の前には、毎年平和記念式典が行われる 広島平和記念公園 がある。


慰霊碑前では数人が手を合わせて黙とうしている。

自分もそれに倣って黙とう。






何を思って黙とうするのかとか、何のために黙とうするのかと聞かれたら、答えに窮するが。
この慰霊碑の前で黙とうするその行為自体が、この広島であった出来事に対する何らかの思いの表れだと思う。あとは人それぞれ。
原爆投下という事実に対して思うことすべて。



資料館へ。

資料館へ入るとのっけから警備員の人に呼び止められる。

なんだ?と思ったら荷物をロッカーに入れてはどうですかという丁寧なご案内だった。
お金かかるから・・・と僕が遠慮するそぶりを見せると、ここのロッカーは無料ですと言われた。
この資料館は大人入場料が50円。
つまり、それだけ多くの人に見てほしいという思いの表れなのだと思う。


資料見学。


あぁ、なんだろう。このやるせない気持ち。
この資料館全体が重苦しい沈黙に包まれている。
そしてこの資料館ほど、たくさんの人々が熱心に資料に読み深ってる資料館を僕は終ぞ見たことがない。
そこに展示されてる資料たるや、館内で流れえいる音楽は惨劇そのものである。
なんという沈痛。

こんな安直な言葉をいくら並べたところで無意味でありますから、最終的に言えることは、一度でいいからこの資料館に行くべきだということ。行けとは言わない。
人によって思うことはさまざまであろう。


閉館ギリギリの時間まで資料を見てから、外に出る。


今立っているこの場所が、かつて原爆の火に曝されたと思うと不思議な感じがする。空間に思いをはせる。







駅に着いて実家に電話するとようやくつながった。
今いる場所とか、これからの予定とかを手短に話す。


電車に乗り先を進む。
広島には夜の帳が下りていた。







その15~大阪の夜~

(当時の日記より)


今、僕は大阪駅付近のネットカフェにいる。

ここではそれに至った経緯を軽く述べたいと思う。



僕の中にはこんな考えはあった。

山陽本線と東海道線はすっごいよねー。
広島から米原なんてあっという間だよねー。





ガッデム!!!!!


どこが近いものか。

いったいこの俺は長年桃鉄をやって何を学んだというのだ?



この時間、時刻表を見るとどうがんばっても西明石までしかいけない・・・。


いやー、困った。西明石なんてぜんぜんっしらないよぉ。
まぁそれは米原も大差ないんだけどもさ。


不安を抱えつつ西明石へ。


「本日最終の大阪行きはこちらです」

て駅員さんが言ってた。

なんですと?大阪まで行けるのか。これ時刻表に書いてないが・・・まぁいいか。


で、ひょいひょい大阪まで来る。
大阪だったら僕みたいなバックパッカーもとぎがたくさんうろついてるのではないかと考えたわけだ。



大阪到着。


この電車が大阪駅の最終便だったらしく。


・・・ってかさ、なんでこんな広い駅に人っ子一人いないわけ?恐怖すら覚えるね。


出口を求める。

あー、これだから都会の駅はいやなんだ。出口がいっぱいありすぎてわけがわからない。

ようやく外に出る。地図があったので覘く。とりあえず左方向に歩いてみるかなーって行ってみたら歩道が途切れてて進めない。
なんじゃこりゃ。

困った僕はもう一度駅に入り別の出口から外に出る。

今度は少しまともだ。ちゃんとした大きな歩道がある。

少し進むとバス停留所とベンチがある。
寝てる人が2人ほど見える。

よし、今夜はここで一夜を明かそうか。

ベンチに座って数瞬。

あ、やめよう。



なんか身の危険しか感じない。ここめちゃくちゃ明るいし車の通り大きい割りに、人通り少ないし。

なんか怖い人に絡まれたら僕の人生が終わりそうで。



そうだ!!貴重品を含めて、荷物を駅の中のコインロッカーに預けよう!!と思って駅のコインロッカーに行ったら小銭が足りなくて何もできないという悲劇。


それにしても不気味である。これほど広い構内に人一人いないなんて。煌々と輝く明かり、長い廊下。

ここら辺で寝てもいいんじゃないかなーって思えてきた。そんなときが僕にもありました。


突如アナウンスが流れる。

「本日の営業は終了しました。駅構内での待ち合わせはご遠慮ください。これより全ての入り口のシャッターを閉じますのでご協力をお願いします」





ナ、ナンダッテー!!!


急いできた道を引き返し、出口へ。





ど・あ・が・し・ま・っ・て・る





途方に暮れる我ココにあり。そういうことだったのね。だから誰も駅にいないんだ・・・。


呆然としてると突如ドアの向こうから声がした。


「にいちゃんにいちゃん!!左上いじってみい!!」
50代後半のおじさんが僕に話しかけてくるではないか。
言われるままに左上を見ると。手動で簡単に解除できることに気づく。
カチッと開いて危機を脱する。

「ありがとうございます」
「にいちゃんタクシーか?」
「いえ、違います」

よく見たらこのおじさんタクシー運転手。

「ここら辺で野宿しようと思ったんですけどそんな雰囲気じゃないからどうしようかなーって思ってたんですけども、いいとこないですかね」
「ってことはなにかい、ネットカフェとかかい?」
「はい、ありますか?」
「あるとこに行けばそりゃあるよ。明るい通りまで行かなきゃならんがね」
「どこらへんですかね」
「こーいってあーいってここらへん」
「なるほど、ありあとうございます」
「きぃつけてなー」


なんか嬉しすぎる。


ザックに銀マットを外付けした僕はもう怪しさ抜群なのでね。

急ぎ足で言われたとおりの道を行くとネットカフェの看板を見つける。


ほーっ!!


そうして初めてのネットカフェ。




いい経験になりました。



寝心地の悪い椅子に目を覚ます。ここは大阪駅近くのネットカフェ。

本日は日程に余裕があるからのんびりとした出発。電車も始発ではなく6時半くらいの電車である。


支払いを済ませて外に出る。

朝の繁華街は閑散としている。

たぶん路地を行けば風俗店が軒を連ねていることだろう。そんな通りの一角にあるネットカフェ。



駅に着くと、大阪の通勤ラッシュなのかどうなのかは分からないが、数多くの人が速足で歩いていた。これが大阪かと。
昨晩はがらんどうとした駅が、活気というか、殺伐した空気というか、とにかく多くの人であふれかえってる。
その中でザック背負ってうろちょろしてる自分は明らかにサラリーマンの不興を買っていることだろう。

で、駅で少し迷いつつも無事に電車に乗る。





その16~彦根城~


ほっと一安心。電車がいい加減に嫌になっていたが、電車は一応安心な空間なわけで。



電車で米原の一つ手前の駅、彦根駅に降りる。

彦根には 彦根城 がある。

ひこにゃん を知ってる人も少しはいるのではないだろうか。




駅を出るとあいにくの雨。

駅前には井伊直正像がある。けっこう立派。

彦根城の詳しい説明は面倒だからwikipediaを読んでください。


雨で平日だから、当然といえば当然だが、人通りは非常に少ない。
駅から城までは歩いて15分くらいだったろうか。

入城券を買い、入城。


最初に階段。

階段の一段一段の高さの違いを感じてみる。

天秤櫓を見たり。

あっという間に天守閣。


規模そのものは姫路城なんかに比べたらじっと小さいけどもずっと濃縮された感じがする。天秤櫓とそこにかかってる橋とか歩いてて楽しかった。



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天秤櫓と廊下橋



城内にはいたるところにひこにゃんが。だんだんひこにゃんに引き込まれている自分にいづく。


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天守閣。小さいけども屋根の組み方がすごくきれいだと思った。
天守の最上階からは琵琶湖が見えた。


正直に言って。

雨がひどくて非常にテンションが低い。



城を後にして、 弦宮園 へ行く。弦宮園の入場券と彦根城の入場券はセットなのである。


雨降りしきる中、大名庭園を見学。
普段はこういう所に来たら座ってまったりするのだが、この雨ではそんな気はかけらほども起こらず、早く回ってしまおうと逆に足が急く。



結局ね、彦根城全体を自分は速足で回ってしまったわけだ。しょうがなかったとは思ってる。だが、少し後悔が残っているのも事実である。




その17~名古屋城~



彦根を後にして米原へ。
米原から東海道本線に乗り換えて名古屋へ。


名古屋では行くか行かないか迷ったが、名古屋城に行くことにした。

というか、彦根城に行く前に大阪城に行こうかと考えたこともあったのだが、大阪城なんていつでも行けるような気がして。
名古屋城だって何時でも行けそうだけども、どうせ時間が余ったるんだし行こうかと。
犬山城 も一度は視野に入れたが、行くのが大変なのでパス。


したがって結局のところ名古屋城。

名古屋駅もまた大きな駅である。いかにして名古屋城に行こうか、駅構内を相当うろうろする。
バス乗り場で時刻表を見たが路線図が難解で分からぬ。

地下鉄で行くことにした。


地下鉄は5分に1度の割合で走ってる。なんて便利なことだろう。これだから都会は。



名古屋城 到着。もともとそこまで行きたかったわけでもないから、雨は止んでるんだけどもやる気は低い。

実は名古屋城には今年の春にも一度訪れている。
その時は時間も時間で外から見ただけであった。


なんというんだろう、名古屋城は名古屋のシンボルだとは思うけども、名古屋城がなくたって名古屋はやっていける。
言ってることがよく分からないが僕はそう思った。


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名古屋城の天守閣は戦時に焼失し、現在ある天守は復元したものである。復元したものということで、外観は往時の姿そのものらしいが、内装は鉄筋コンクリートでエレベーターがある。
故に、天守閣の中に入るとやや拍子抜けしてしまう。

復元ということで馬鹿にしてしまいがちだが、いや、まぁ、それはしょうがないとしても、戦時で城が焼け落ちたことは、いったいどれほど衝撃的で悲しいことであっただろう。

空襲の中で奇跡的に被害を免れた姫路城と、哀れにも焼失した名古屋城。

そう考えてみれば、思いをこめ大金を投じてまで復元したこの天守に、重みを感じるというものだ。


ぶっちゃけ、見る限りにおいてはそうたいしたものでもないんだけどね。ここは想像力の勝負だと思ってる。


名古屋城を後にする。








その18~天竜川ホワイトウォーターフェスティバル~


再び電車。

豊橋まで行き、飯田線に乗り換える。頃は夕刻。電車を待ってる間にあたりは暗くなる。


飯田線は山間の天竜川沿いを行く電車であるから、田舎列車。乗客が多かったのは豊橋周辺の駅のみで、ほとんどは閑散としていた。

駅に止まっても降りる人も乗る人もおらず、明かりのない地を黙々と進む電車。


やることもないので寝る。






運転手に肩をたたかれて起こされる。終点ですよ。


電車乗り換え。時刻は22時くらい。目的地の駅までは電車であと1時間くらい。
寝過ごしたらあまり笑えないので後の時間はずっと起きて過ごす。



元善光寺駅 到着。時刻は23時過ぎ。



ここが、探検部が毎年参加する 天竜川ホワイトウォーターフェスティバル の大会会場最寄り駅。僕の昨年の大会の話は こちら

問題はここから大会会場まで行けるかである。

一応、出発前に地図は頭に叩き込んでるから、行けるとは思うが。

誰一人いない暗い道を僕一人が歩く。


まっすぐまっすぐ・・・ここを・・左だったような気がする。
この道であってるのだろうか。
とりあえず川の方角に向って歩いてるのは確かだから何とかなるとは思う。

大きい通りに出る。見覚えのある建物。

たしか・・・こっちだ。

真っすぐ行く。思っていたより距離がある。疲れるとかそういう意味じゃなくて、なかなか目的地に着かないので不安になる。





ようやく、明らかに、絶対に知っている場所に出る。
橋と河原の広場に通じる道。これは間違いない。

その道を進むと徐々に雄叫びが聞こえてきた。あぁ、無事着いたらしい。


大会会場は昨年といささかの変りもなく。


暗い中、数多くあるテントの中で、数少ない探検部の三角形のテントを探す。古いテントはこういう時に役に立つ。

発見。



進む。







探検部の皆様総勢数十名と合流。

こんな夜遅い時間に大会に参加するわけでもない自分が突如として出現するのはいささか違和感があるが。

飲み会でつぶれてる人や、そうでなく座って話している方々に混じり。



銀マにシュラフで就寝。

明日一日は大会の応援をする予定。


大勢の知ってる人に囲まれて起きるというこの安心感。
博多では大勢の知らないホームレスの中で起きたわけだから、雲泥の差である。

周囲の人で夜中のうちに着いた自分を見てなんでこいつが今ここにいるんだろう的な目で見る人も多数いて。
まぁ、まったくそういう怪異な視線で見られることを意図してなかったわけではないがね。

結局のところ、この大会に立ち寄ったのは、日程と旅行コースが抜群にかみあったからである。じゃなきゃわざわざ寄らない。
といったところで、それもそれで当然な話で、そもそも屋久島の計画自体この大会をある程度考慮した期間で設定されたもの。故に日程がぴったり合ってしまうのも当たり前。


ついでに言えば、屋久島グループの全員がこの大会会場に来ている。出場しないのは自分だけですがね。




この日は朝からとても暑くて、何もしなくても汗がじりじりと頬を伝い、太陽光線が僕の脳天を焦がしに来ている。


今回、僕は応援ということで、選手の荷物の運ぶのを手伝ったり、買い出しをしたり、当然応援をしたり。

正直なところあまり仕事はない。装備の管理なんて各チームごとにやるのが当然だし、買い出しったって車でちょいと行っておしまい。

だから大半の時間は日陰を探して、そこで慌ただしそうにしてる人を見てるだけ。




時間は過ぎまして。




各チーム出艇。

スタート地点にいたホットパンツのお姉さ…(ry


選手たちが残して行った用具の数々をしまってから車で応援へ。

数地点を回るが、どこにいっても我が校の選手はすでに過ぎ去ったあと。


ゴール地点へ。





すでにゴールしたチームがいた。当たり前である。

だが、うちの大学でだいぶ前に出艇した1年生チームが来てない。

話を聞くと、ラップ(船が水の流れで岩に押し付けられて動かない状態になる)したらしい。
そりゃ大変だな、あははー。って経験も特にない僕は思う。ビデオで見たことはあるけどもさ。

でもね。
一応去年僕はこの大会に参加したけども、そんな面倒な事故が起きるほどこの川は激しかったのかなぁって。もっともあの時はボートの操作はまかせっきりだったから、実際のところはよく分からないが。

分からないから、ラップしているところを見た人に聞いてみる。

「その場所ってラップするようなところなの?」
「まずないな。頑張って狙えば何とかできる」

だそうな。

そこで見事にラップする一年艇は前途多難。

ゴール地点にいる方々は一年生が対処できるかどうか不安そうな感じ。



選手含めて多くの人は時間も時間なので大会側のバスに乗ってメイン会場に帰って行った。

数人で1年生を待つことにする。



しかし、待てども待てども、彼らは来ない。

他のチームは順調に目の前でゴールしていき、残るチームはほんの数チームとなった。


だんだん待つのも飽きてきた。眠い。早く来いよと僕は思う。とはいえメイン会場に帰っても特にやることがないのも事実だが。



どれくらい待っただろう。

ようやくにして1年艇が帰って来た。ダントツの、ダントツのビリでのお帰りである。
誰も怪我がなくてよかったなとも思う。


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車の中で事故の詳細を聞いた。


腹を抱えて笑った。
詳細は伝聞の伝聞を文章で話しても伝わらないから省略。ご苦労様でした。


メイン会場に着くと料理コンテストの準備をしてた。

僕は手伝うわけでもなくそばで見る。多くの人はその間に練習に行った。


料理コンテストの試食が始まる。今年は「○んこ」みたいな下ネタが少ないなと思う。全体の味的にも昨年の方がおいしかった気がする。
それでもお腹いっぱいに食べまして。

食べ終わってからさらに部で作った夕食を食べる。こちらは非常にうまかった記憶があるが、そもそもお腹は結構膨れてるので食欲はそれほどわかず。


その後、ナイトフェスティバルと呼ばれるものが始まる。

・和太鼓
・吹奏楽
・アフリカ


それと同時にして各大学間の飲み会も始まる。

僕はそんなに交わる気はないので陰に座って1年の女の子2人と談笑。


談笑、してたんだが、魔が襲う。

ふと、僕の足元にビールが置かれる。

上を見ると知ってる先輩と知らない男が一人。

「あぁっと・・・誰ですか?」
「誰?いま誰ってこの子言ったよ!!!」
「じゃあ自己紹介するしかないですねへっへっへへっへへhhhhh」
「うんちゃらだいがくーなんのだれがしーおぃおぃおぃ」

う・あー。
つまり自己紹介し返さなきゃいけないわけで僕も立ち上がるしかなく。

立ち上がってよく見たら、酔っぱらった一年生の女の子が1人視界に入って来た。平衡感覚がまひしてるらしく、立つというか、フラフラ・・いやむしろくねくねと、全身を不気味にくねくねさせながら俺の名前を連呼する。

なんなんだこの火星人は・・・!!

と僕は心の中で強く強く思う。


で、自己紹介という名のイッキ飲みが終わった後、僕はこれ以上巻き込まれるのはごめんだと大変思ったわけだ。
さっきまで談笑してた女の子2人が僕に言う。
「大丈夫ですか?」
「・・・銀マを持ってきてくれ!!」
「・・・はい、持ってきました」
「ありがとう・・・そして・・・俺は、逃げる」


僕は近くにあったテントに潜り込み安らかな眠りを得た。




「三十六計逃げるに如かず」

僕はひとり呟く


朝、携帯のアラームにより目を覚ます。時刻は5時半なり。


もそもそとテントを出ると、嵐の後の静けさと言わんばかりの閑散とした風景。

1年生の何人かが朝食を作るためにすでに起きていた。ご苦労様なことです。



僕は手伝わない。僕はもう出発する。
昨日のうちに荷物をまとめ、電車時刻の方も確認。始発は面倒だから始発の次の電車に乗ることにした。

その場にいた人に、自分はもう出発するから他の人たちに伝えておいてほしいと言伝る。
もっとも昨日のうちに主たる部員数人には出発する時刻を伝えておいたから問題はない。



夜遅くにふらりと現れ、早朝誰も見てない時間にふらりと去る。


俺ってかっこいいぜ!!!





一人、駅へ。電車に乗りて北へ。






その19~東方の話~




下諏訪駅で下車。



駅にある観光案内所は閉まっててやってない。しょうがないので看板を頼りに目的地へと向かう。


向かってる途中なんかが視界に入って来た。




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・・・ぉお!!


これは・・・これは・・・!!!




先へ進む。


諏訪大社下社秋宮に到着。

期待に胸ふくらませ中に入る。



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・・・ぉお!!


これは・・・これは・・・・!!!!








いやぁ、すまないね。僕一人で舞い上がってしまって。

今日僕が来たのは先ほども書いたけども諏訪大社下社秋宮。
諏訪大社そのものは有名だから名前は知ってると思う。

諏訪大社は実際には4つに分かれてる。
上下社×春秋宮の4種類。

諏訪大社の細かい内容とかはもう面倒だから wikipedia で見てくれ。



まぁなんでここに来たのかといえばね。

下の画像を見てほしい。






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もったいぶって申し訳ないが、東方の元ネタを探訪したかったわけだ。
この説明をしていったいだれが得をするのかはなはだ疑問だが、説明する。
東方風神録の5、6、エクストラステージのボスの元ネタは諏訪一帯に存在する。一つ一つ説明してもきりがないから分かりやすい所だけを取る。

上の画像の背景をよく見てほしい。


ボスの背中にある綱を見てほしい。



リンク先 を見てほしい。

ボスにささってる4本の棒を見てほしい。





いや、本当に申し訳ないと思う。諏訪大社は諏訪大社でそれなりに興味はあるんだが、東方の元ネタじゃなかったら来てなかった。
本当に申し訳ないと思う。いろんな意味で。しかも元ネタの見るとこだけ見てさっさと帰るというね。最低だね。




でもねぇ、こんなに近くを通るのに行かないわけにもいかないじゃないか・・・!!



ということで、夏季旅行の中にも東方の話が出てきてうんざりする方もいるとは思うが、僕はここに来れてとてもとても満足でしたというお話。


毎回毎回暑い暑いと言ってるが、この日も同様に暑かった。歩いているだけで汗がだらだら出てくる。




その20~松本城~


諏訪大社を発った私は、少しだけ北上し、信州の松本に到着した。

松本といえば信州そば(桃鉄より)

昼飯は信州そばを食べた。
別に僕は食通でもないのでおいしいそばだなって思った。たぶん何を食べても似たようなリアクションしかしないだろうが。

松本駅を出て松本城へ。

松本の市街地は賑やか。健康的なにぎやかさ。この日は日曜日。



松本城到着。近くのコンビニでアイスを食べて休憩。






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微妙な角度からの写真で申し訳ない。もっときれいな写真もあるんだけども、きれいすぎてパンフレットの写真と大差ない写真なんだ。
どうせ個人旅行で行ったんだから個人撮影っぽい写真の方が「行きましたよ」って感じがしていいと思わない?思わない?


そのままのノリで天守閣へ入る。


日曜の昼過ぎ。

込んでいるのは必定。


何回か進んだところで行列ができていた。

並ぶ、遅遅として進まず。

家族連れUZEEEE!!






ようやっと最上階へ。はぁと溜め息。別に最上階に何かあるというわけでもなく。
景色と言っても松本の町が見えるだけでそうそうたいしたものも見えないし。

城ってね、臭いと外見が大事だと思う。

そりゃぁ、城の構造だとかそういうのが好きだって人もいるだろうけども、構造なんて、へぇそうなんだぁ程度にしか思えないし、昔からの技法です、へぇーくらいにしか感じられない。
さすがに城の中にエレベーターとかがあったりするときにくわないけどもさ。

結局ね、特別傾倒してない人たちにとっての城観光は、城の壮大な外観を見て、城の古くからの臭いをかいで、ノスタルジックな雰囲気に浸っておしまいだと思う。そしてそれ以上のことを求めるべきでもないと思う。だって興味の方向それ自体が違うんだもの。
観光地だから行くというのも、それはそれでしょうがないこと。
と、僕は思った。





来た道を引き返し松本駅、電車に乗る。



長い旅路もようやく終わりへ。





その21~旅の終わり~



2008年の8月28日に始めた夏季旅行は、9月7日の夜、新潟に到着しに全日程を終了する。
10泊11日の旅行。
電車移動距離総計、約3413.8キロメートル也





いくつかの思うところといくつかの言い残すところ。



まず一つ目。
もうしばらく電車での1人旅はしたくない。もう嫌だ。
でも来年の夏はどこかに行こう、そうしよう。北へ。


2つ目。
旅行はとてもいい思い出になりました。それ以外には何もいらないと思う。こんな旅行をしたんだという事実が一番大事。




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電車ルートを地図にしてみた。手書きで非常に見苦しくて申し訳ない。
赤が屋久島までの往路、青が復路。



最初、この旅行記のタイトルを「2008夏季旅行」か「西日本旅行」かで迷ったんだ。
でも、西日本って大雑把過ぎるよなぁって。だから2008夏季。分かりやすくてよい。



旅行記の最後はシンプルにまとめようと最初から決めていた。
一文で、そして後味良く。






この旅行は一夏の思い出として僕の心に刻まれたのでした。


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