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南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し
(2)キノコとの格闘
《11月―キノコ奮戦記》~2002年11月の記録
∬第2話 キノコとの格闘
私は、簡単には諦められなかった。
多くの人が前日採って行き、今日も朝の5時から林中を探し回って集めた人があるというのに、探せばどこかに残っているのではないかという淡い期待があったのだ。
松林の中は決して平坦ではなく、岩場あり凹みあり潅木の茂みありといった具合で、下の娘を連れている夫の方が先に音をあげた。
なかなか諦められずうろうろしている私を尻目に、夫はさきほどの青年とさっさと値段交渉を始めていた。
1kgだけでいいという私の有無を言わせぬ言葉に、夫もしぶしぶ従い、1kgだけ分けてもらうことにした。
キノコ採りは決して楽じゃないということ悟りはじめていた私たちは、苦労賃も含めて青年に3ミリオンを渡し、まだキノコ探しを続ける一家と松林とを後にした。
松林を出たところで、ある看板が目に留まった。
アラバルック(カワマス)を食べさせるというレストランの看板。郊外で車を走らせていれば、どこでも目にする類のものだ。
幹線道路から7kmも入るらしく、再び降り出した雨の中、わざわざ足を伸ばすとは普段なら考えられない。
しかし、ここでふたりの思いと直感がピタリと一致した。
「ひょっとしたら、養殖してるんじゃない?分けてもらって、今日の夕食はアラバルックにしようか。」
道は、先程出てきたばかりの松林の中へと戻り、さらに坂を下って続いていた。周囲は松松松の山の中。果たして舗装もされていないこんな細い道の先に、本当にレストランがあるのだろうか、あっても閉まっているのでは、と不安がよぎる。所々松の幹に掛けられた、アラバルックをかたどった粗末な看板に励まされるようにして、ひたすら坂を下っていった。
坂を下り切ったところで1匹の犬が出迎え、そこがレストランだと分かった。
店自体は田舎風のこじんまりしたものだが、店の前には確かに養殖用の立派な生簀がいくつも並んでいた。
値段は1匹80万リラ(約60円)。思ったほど安くはなかったが、なによりついさっきまで生簀で元気に泳いでいたのだ。はらわたを取ってきれいに洗ってあり、いつでも料理できるように下準備済みである。
家族4人分、計6匹を買い求め、家路を急いだ。
午後2時を回って自宅に帰り着くと、すっかり遅くなった昼食の準備のため、さっそくキノコの調理に取りかかった。
朽ち落ちた松葉がしっかりと貼りつき、笠の裏側は襞の中まで小さいごみや土が入り込んでいる。しかも胞子が残っているのか、苔が生えようとしているのか、オレンジ色の襞のあちこちが緑色に染まっているのだ。これらを丹念に取り除き、何回も水を換えながら洗い流すのは一苦労だった。
このキノコ、エリンギの笠を大きく広げ、乾燥させて硬くしたようなものなのだが、笠の端の方に張り付いた松葉や汚れを取ろうと指先に力を込めただけで、簡単に崩れてしまう代物。
石突きを切り落とすと、小さな穴が無数に開いていた。
これは虫が入っている証拠。虫に対する恐怖症のさほど強くない私でも、虫が通ったと明らかに分かる部分はとても食べる気にはなれない。フンが残っているかもしれないのだ。
穴が見えなくなるまで切り落としていくと、あれだけ大きかったキノコが見る見る小さくなっていった。
結局3分の1ほど下準備をしただけで疲れ果て、残りはビニール袋に戻して冷蔵庫の奥に押しやってしまった。それ以上ゴミや虫と格闘する忍耐力は、私にはもう残っていなかった。
次第に騙されたような気になってきた。
あの青年はそのまま焼いても美味しいし、玉ねぎ、油、塩、レモン汁で炒めても美味しいと教えてくれたじゃないか。それなのに、虫の穴やら苔のような緑色を目の前にしては、とても網焼きになんかできっこなかった。
それならと、玉ねぎとニンニクをみじん切りにし、オリーブオイルで一緒に炒め、塩コショウだけであっさりと味付けしてみることにした。
椎茸やしめじ、エリンギやマッシュルームだって、これくらいの簡単な調理法で十分滋味深い味に変わるのだから。
しかし、このキノコときたら・・・火を通しても無味無臭のまま。さらにトマトを加えて煮込んでみること10分。普通のキノコならとっくに縮んでいる頃だが、いくら煮込んでみても軟らかくなる気配もない。トマトの汁が干上がったところで私の方がギブアップ。
キノコとの格闘に時間を取られ、すっかり遅くなった昼食。キノコ好きな夫でさえ、このキノコには箸がすすまぬようだった。
皆がこぞって採りに行くのだからそこそこ美味に違いない、と期待したのは間違いだった。「食べられる」というだけの理由なのだった。
日本人がいかに美味しいキノコを食べ慣れているか、そしてまたキノコに血道をあげる人々であるかを、私はあらためて我が身で知った。
私の松茸への意気込みは、このことをきっかけに、ますます高まっていったのだった。
(つづく)
∬第3話 またしても空振り
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