中年よ、大志を抱け!

中年よ、大志を抱け!

遠距離恋愛



では・・・

遠距離恋愛・・・切ない響きですね。

人によっちゃ、隣町に好きな人がいるって言うのも、隣のクラスに好きな人がいるって言うのも遠距離恋愛になるのかもしれませんが、僕の場合は愛知県と青森県という距離でした。

当時僕は、新しい職場に行くまでの間、知り合いがやってる旅館でアルバイトをしていました。

そこに、家族で観光にきた彼女が泊まったわけです。

彼女の宿泊中は、別に何にもありませんでした。僕は担当が違ったので、彼女とは接触する機会がなかったわけです。

それが、彼女が返る日、僕はちょうど食材の調達のため出かけるところだったんですが、重い荷物を抱えて駅に向かう彼女達を見かけたので、「あ、お客さん、駅までどうぞ」と声をかけて車に乗せていってあげたわけです。

その3日後、丁寧にも彼女からお礼の手紙が来ました。僕はそんなこと初めてだったんで驚きました。それで、手紙に対するお礼の返事を書きました。

すると、それに対してまた返事が来ました。僕はまた驚いて、「もう、そうなんにしていただかなくても・・・」と返事をしました。

すると、また返事が。・・・僕は、「なんか文通してるみたいですね」と返事しました。

すると彼女から「よかったら本当に文通しませんか?」との返事。

こうして、あらためてお互いに自己紹介をしあい、文通が始まったわけです。年齢は、彼女の方が僕より6歳下でした。

大体1週間に2通のペースで手紙のやり取りが続き、彼女からの手紙が待ち遠しく、いつもポストを見る、という感じになっていました。

20通ほど手紙のやり取りをした後、彼女から、お互いにどういう顔してるのか写真を交換しませんか?と言って来ました。

彼女の方は、僕の顔を忘れてしまってるし、僕の方は、彼女の顔をちらっと見ただけなので、忘れるもなんも知らないと言ったほうが良いくらいでした。写真を、という彼女の申しでは、僕にとっては非常に恥ずかしかったのですが、結局OKして僕の写真を送りました。

そして彼女からの手紙。同封されていた彼女の写真は・・・えええ?!ってなもんでした。・・・決して想い出を美化するわけじゃないんですが、思っていたよりもずっと可愛いかったんです。

それに比べて僕はといえば、太ってたし、顔もそんなに悪くないとはいえ、それほど良くも無いんで、こりゃつりあいがとれんなぁ、って、自分でも思うくらいでした。

彼女が、思っていたよりもうんと可愛かったんで、僕は少なからずショックを受けました。やがてこの楽しい文通も終わって行くんだろうな、と、うっすらと淋しくなったわけです。

実際、写真を見た友達も、僕に気の毒くだと思って面と向かっては言いませんでしたが、「コリャ彼女の方から徐々に引いてくぞ。」と言い合ってたそうです。

ところが、実際はそうはいかなくって、彼女は、「写真見てるとなんか安心できる」、とか、「あなたのお蔭で頑張れる」とか、「私の熊さん」、とか、書いてくるわけで、手紙も更に分量が増えました。僕の方も、「こら、大人をからかうんじゃないの・・・でも嬉しい・・でへへ」みたいな感じになった訳です。

幸せでしたね、もうめちゃくちゃ。しかし、やがて手紙のやり取りは、30通くらいを越えたあたりでがくんと減りました。・・・コミュニケーションが電話に代わったのです。

もう毎晩くらいかけたし、かけて来ました。電話代がすごいすごい!

今はメール、なんてことが出来ますが、当時の僕はまだワープロも打てませんでしたし、彼女もパソコンを持ってませんでした。と言うよりも、今のように誰でもがそんなもんを持ってるって訳じゃなかったんです。

好意を感じている人の声を耳元で聞いてしまうと、どうしても会いたくなってしまうのが人情なわけで…「会いたい」・・・この言葉が僕達の会話の中に常に出てくるようになりました。

その思いはやがて具体化に進みました。彼女はアルバイトをしていましたがそれほどお金に余裕が無く、僕の方も就職してましたがやはり余裕はありませんでした。

なんたって、青森は遠かったんです。演歌にもあるでしょう?「ごらんあれが竜飛岬、北のはずれと~~」って。

そのことを友人に話したら、ぽんと5万円貸してくれました。ええやっちゃ!持つべきものはお金持ちの友達、ですね。

それで僕は青森行きの夜行列車に乗ったわけです。

会ったら、結婚を前提に付き合っていきましょう、と言うつもりでした。

ガタンゴトンと列車は走り、やがて青森駅に。到着したのは朝7時か8時か、とにかくそういう時刻でした。

迎えに来ていた彼女と、何かぎこちない挨拶をすませ、喫茶店でモーニング。そして彼女の案内で市内観光。竜飛岬にも行きました。もちろん、「ごらんあれが竜飛岬、北のはずれと~~」も歌いました。

海辺の道を散歩しながら、いろんな話をしました。「なんか手紙とか電話と違って丁寧なしゃべり方ね?」とか言われてしまいましたが、あがっていたというか、実際に彼女と会ってみると、年齢は6歳違うし、彼女はかわいいし…要するに、自分で落ち着けないほどギャップがあるように感じてしまったって事だったと思います。しかし話しているうちに、彼女も本気であると言う事に確信が持ててきて、午後の昼下がりの海岸通りでは、今までの僕の個人史上初の、と言ってもいいくらいの「恋人同士の雰囲気」という感じでした。

そして夕食。彼女のご家族といっしょに、という事になって、お寿司屋さんへ。なんたって、もしかしたら義理の両親、兄弟となる人との会食ですから、そりゃ緊張しました。何と言っても僕を見られるわけですもんね。しかし、まあ、無事にその時間を終え、お披良喜となりました。

では、さようなら、という予定だったんですが、彼女の言えと僕の泊まってるホテルが近かったので、彼女は僕をホテルまで送ってくれ、ちょっとお話しようよ、と部屋に入って来ました。僕は今日一日の感謝を告げ、結婚を前提に付き合いたい、と言いました。彼女の返事は「嬉しい」でした。

その後のホテルでのことは、この前書いた通りで、強烈な痒さの中、僕は後ろ髪引かれる思いで「また明日ね」と言い、そのまま別れました。

翌日はホテルのモーニングを彼女とともにとり、僕は仕事の都合で午前中には帰らなければならなかったので、彼女の家に寄って挨拶をしました。帰り際、彼女のお父さんに、「僕は娘さんの事が好きです。お付き合いを続ける事をお許しください」と言いました。すると、「まあ、そう硬くならないで。あの子は君のお蔭で、毎日明るくって仕事もがんばってるよ。これからもよろしくね」との返事。なんか人生がぐっと前進した! という感じでした。

彼女は駅まで見送りに来てくれ、ホームで電車を待つ間、いろんな事を話しましたが、僕が電車に乗る直前、きゅっと抱きついて来ました。・・・もう、映画みたいなもんです。もうこれで俺はなんもいらんわ、って思いましたね。そういうことが僕の人生の中にあるなんて、ほんとに、生きててよかった! と思ったわけです。

そして帰郷。

ここまでは、すごくハッピーストーリーでした。このまま彼女との交際が続いていたら、きっと彼女と結婚してたでしょう。しかし・・・

彼女との電話や手紙のやりとりはその後も続きました。しかし、やがて彼女は、ずっと僕の側にいたい、と言うようになりました。

それは僕も同じでした。ずっと彼女の側にいたい。・・・でも、それはまだ出来ないことだったのです。

僕は当時独身社宅に住んでいて、そこに彼女をつれてくるわけにはいきませんでしたし、まだ入りたての会社だったんで、見習いみたいなもんで、給料だって十分ではなかったのです。

僕の家も彼女の家も裕福ではなく、結婚はともかく、住むところまで、たくさんのお金を融通してもらう事は出来ませんでした。彼女もまた沢山のお金を使ってアパートに住む、なんて事は出来ない状態でした。・・・今時?・・・と思うかも知れませんが、トレンディードラマに出てくるような人達とはレベルが違う暮らしをしていたんですから、仕方がありません。

それで、「もうちょっと待っててね」、というのが・・・苦しかったんですが・・そう言うより方法がなかったんです。

彼女が泣き、僕が慰める、というパターンがずっと続きました。

やがて彼女から、知り合いの人から縁談が来たけど断っていい? と言っていました。

僕は、断って欲しいと答えました。彼女は断りました。でも、これからの事を思うと不安だ、と言ってきました。僕は、不安なんて後から見たら笑い話さ、と答えました。彼女は、「そうならいいけど」と言いました。

それから一月程経って、彼女は、アルバイト先の店長から「好きだ」と告白されたと言いました。人柄も良く、バリバリ働き、お金も僕よりは持ってる男性でした。

「私を連れに来て欲しい。でないと私は彼の所に行ってしまう。」・・・彼女からの電話に、僕は、「出来ればそうしたい。・・・でも、それは出来ない。」としか答えられませんでした。苦しかったです。でも、そう言うより他なかったんです。

その後しばらく彼女からの連絡は途絶えました。僕からも連絡しませんでした。連絡しても、こちらにおいで、とは言えないんで、言葉に詰まってたわけです。

やがて、長い沈黙の後に、といった感じで、「会いたい時に会いたい人と会えないのはとてもつらい。あなたと出会わなければよかった」という手紙が来ました。それが彼女からの最後の手紙でした。

僕は返事を出しませんでした。出したら、本当に終わってしまうと思ったからです。

それから3ヶ月後、ある夜、彼女から久しぶりに電話が来ました。泣き声でした。「私、店長と付き合い始めたの。ごめんね。私、店長と一緒に生きて行こうと思うの。ごめんね」と。

僕は、「君に会えて良かった。幸せになってね。僕もなるから」と言いました。本当は、そんなこと言いたくなかったんですが、そう言うより仕方ありませんでした。

その後、馬鹿だなあ、俺って。必死になったら何とでもなったはずなのに・・・そう思い、悲しさと悔しさと、そして、ある安堵感とを、ウイスキーとともにグビグビ飲みながら、彼女からもらった約50通の手紙を全部焼きました。でも、彼女の事を恨んだりしませんでしたし、真剣に彼女の幸せを祈りました。本当に好きでしたから。

チャンチャン!

というわけで、今回は、特にこれといって結論はありません。「遠距離恋愛」してる人、がんばってくださいねって、・・・これしか言えませんわ。ただ、成功させたいなら、必死さ、は絶対必要条件ですよ。本当に。

その後1年くらいして彼女は結婚しました。僕はその3年後に今の家内と結婚し、二人の子供も出来て、なんやかんやと結構幸せな日々を送っています。だからでしょうか、今では、当時の事は遥か遠い日の出来事のように思え、もう彼女の顔も思い出せません。今、もしもばったり彼女に出会ったとしても、きっとわからないと思います。彼女もそうでしょう。風化してしまったエピソードですが、風化していく事が、もしかしたら幸せということなのかもしれない、なんて、ちょっと思ったりするわけです。

そういうことって、ありません?

では。

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: