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2006.05.24
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カテゴリ: 内山の歴史
たんぽぽの種
たんぽぽの種

ユっぴー・コスモスです。

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『月刊こすもす』 (内山地区にプリントショップ・コスモスさんが配布している地域新聞)
5月号に掲載された、
内山在住、 羽毛田(はけた)卓也さん の、地元の歴史・自然エッセイを、
下に転載いたします。



 ★見てね♪→ ★羽毛田さんの、自然・歴史エッセイコーナー★

今回の羽毛田さんのエッセイは、
タイムマシンで、弥生時代後期の内山へ、連れて行ってくれます。

どうぞお楽しみください。


     ♪ ♪ ♪  


文化のはじまり 弥生 その3 内山弥生物語  --- 

今から1800年前弥生時代後期の町下扇田のBさんのお宅に
おじゃましてみましょう。

Bさんの家は総数20軒からなるムラの西端に位置しています。
北には坪ノ内ムラ、東には塚田ムラ、西には和田ムラが見えます。

ムラの中央には4棟の倉庫があり、
北端にはミコさんの家とお祭りをする広場と祭壇があります。

祭壇は一辺が8mで高さが1mほどに盛り上げられ、
南側の陸橋以外は周囲に溝が掘られています。
陸橋の入口には二本の柱が立てられて、
柱のてっぺんに木で作った鳥が飾られています。

Bさんの家の中に入ってみましょう。

「こんにちは」。
真夏ですが、家の中はひんやりしています。

三人の子供が昼寝をしていました。
どうやら起こしてしまったようです。
不思議そうな顔をしています。

天井からは草木で作った籠がいくつも下がっていて、
籠の中には赤く塗られた細い首の壷が入っています。

両親は田んぼへ出かけているということなので、
子供たちと外へ出ることにしました。

「おばば様の家に連れて行ってあげる」
と子供に手をひかれ、小さな家の前に来ました。

「おばば様はこの辺のムラの中で一番えらいミコさんなんだよ」。
子供たちの騒ぐ声で、おばば様が家の中から出てきました。

彼女の両腕には金色に光るブレスレット(銅釧:どうくしろ)が15本ずつ、
首には緑の勾玉7個と赤い管の玉を組み合わせたネックレス、
耳には青いガラス玉と緑の勾玉を組み合わせたイヤリング、
髪にはガラス玉を帯状に組み合わせた髪飾りをしています。

「客人(まれひと)さんかい。みなで歓迎しないとな」。
ムラでは客人をもてなす風習があるようです。

「きょうは、お天道様の占いが良かったから、あんたを歓迎するぞ」

おばば様が広場に吊り下げられた木の板を棍棒でたたくと、
あちこちから子供が集まってきました。
どの子供も青いガラス玉の首飾りをしています。

おばば様が広場中央でたきぎ薪に火をつけると、
子供たちが踊りを舞い始めました。
おばば様は祭壇で何やらお祈りを始めました。

祭壇には赤く塗られた高坏がいくつもあり、
山菜や野菜、穀物がのせられています。
また赤く塗られた浅鉢の中には、土で作った勾玉と丸玉の首飾りや、
耳飾、髪飾りが入っています。
みなお供え物だそうです。

踊りのお礼に子供たちにリュックからアメを取り出して全員にあげました。
「あまーい!」とみんな大騒ぎです。
おばば様にもひとつ差し上げました。

子供たちには、家の脇に積んであった竹を持ってきてもらい、
ナイフで竹とんぼを作りました。
飛ばし方を教えるとみんな大騒ぎです。

その騒ぎを聞きつけて田んぼから大人たちが集まってきました。
男性はみんな陽に焼けていてたくましい体つきです。
腕にイレズミをしている人もいます。
みんないい笑顔です。



   ・・ [発見された弥生土器] ・・


   明治時代に東京の本郷弥生町の向丘貝塚で発見された土器が、
  日本最初の弥生式土器となった話は誰もが一度は耳にしたことがあると思います。

  明治時代に、土器の表面に縄の紋様があるから縄文式土器、
  弥生町で発見されたから弥生式土器と命名されています。

  実はこの時に発見された弥生式土器、頸部から上の口の部分が欠けているのですが、
  頸部(首)の部分に縄目の紋様があるのです。
  弥生土器なのに実は縄目の模様があるのです。

  また1887年にアメリカの生物学者のモースが発見した縄文時代の大森貝塚は、
  実際には大田区の大森にはありません。
  ちなみに佐久地方の弥生時代の前期から中期にかけての土器にも
  縄目の模様があります。

   (文責羽毛田)






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最終更新日  2006.05.24 02:38:59 コメント(4) | コメントを書く


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