
これも 枚岡神社
での話。ただし時代はもっとさかのぼり、私が小学6年生になる年の3月のこと。
近所の友人と二人して自転車で枚岡神社まで行き、境内の奥、本殿の石段下に駐輪して、生駒山の中腹の展望台辺りで遊んでいた…とまあここまでは別段変わったこともなく、奇跡はその帰りに起こったのです。
この神社は春日さんの系列で、神社の規模としては中くらい。鳥居から本殿までの参道は坂になっており、この坂が緩やかか急かは人によって意見の分かれるところ。私は物理学者でも建築技師でもないから、傾斜角度をもって示すことは敢えてしませんが、要するにそれぐらいの勾配の坂なんです。太い参道を斜めによぎっていた排水溝は現在埋められてしまってありません。
さて、腕白ざかりの少年ふたりはそれぞれの自転車にまたがるや、鳥居まで競争しようやということになり、あらん限りの力でもってペダルを踏み始めました。ちょっとスピードが出過ぎていると感じた私は、 片方のブレーキを掛けましたが掛かりません 。そうだった! 来る道で、ブレーキが切れたのでした。続いてもう一方のブレーキを掛けると、これはまさにその時 音を立てて切れたのです 。斜めに走る細い溝を越える時、これで少しは減速するかと思いきや、何のことはない、ガッタンと跳ね上がりむしろ加速したようなあんばい。「 ブレーキ利けへん !」と私が叫ぶと、友人は「 飛び降りぃ !」とすぐ後ろで叫び返して来ました。目の前には 鳥居の石段 があるはず(現在は段差の小さな緩やかなものになっています)。そしてその先には 車の走る道路 を挟んで 枚岡駅への石段 が(後日数えてみたら17段降りた所に踊り場がありその下にまだ12段ありました)。
猛烈なスピードで走る自転車から飛び降りる勇気も出ないまま、ブレーキがバカになったハンドルを握り締めて目を固くつぶりました。その時一瞬、死ぬんだなと思いました。前輪ががくんと落ちたのがわかりました。空中を舞ったような気がしました。そして数秒後(実際には2秒位でしょう)、私は 静かに自転車ごと着地しました
。恐る恐る目をあけてみると、道路の真ん中に 進行方向と90度ずれて
自転車は止まっていました。鳥居の下で休憩していた土方風の二人が言いました。「危なかったなあ、今おまえ 空中一回転
したんやぞ」
友人の証言。石段を頭から突っ込んだと思ったらいきなり空中に飛ばされて複雑に回転して落ちて行った。
家に帰り着くまで私はすべてが上の空でした。これは 夢ではないかとか、死後の世界ではないか
と考え続けました。
もしあの時、車が来ていたら…。もし90度のひねりがなくて30段の石段に突進していたら…。想像しただけでゾッとします。着地した時の衝撃はほとんどありませんでした。 目に見えない誰かの大きな手がそっと地面に降ろしてくれたような感触
は今でもはっきりと覚えています。40年近くも昔の、奇しくも 誕生日の出来事
です。
そのことがあって、私は子供心に二つのことを刷り込まれました。 目に見えない偉大な者の存在と、その者が私にこの世で何かをさせようとしているらしい ということです。もう既にやってのけたのか(例えば将来地球を救う偉人に私が何らかの影響を与えたとか)、まだこれから実行するのかはわかりませんが。
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