恐竜境に果てぬ序章第2節6

恐竜境に果てぬ序章第2節・時空理論その6「タイムスリップ」

田所が珍しくいらいらしていた。彼は私以外の誰かを相手にしての他愛ない雑談などで、例えば相手の言葉遣いや言葉尻に不快感を覚える充分な理由があっても、それしきのことで感情を表に出す男ではない。唯一の例外は絵画の出来をからかわれた時であるが。
彼が今急に不快感をあらわにし始めたのは、言うまでもなく己れの開発した『時間旅行』操作を、明快な理論と簡潔な言葉で語れなかったからだ。

それでも彼は話し始めた。
田所「これも必ずお前をあなどったりしてのことではないから、誤解せずに聞いてもらいたい。
四次元理論や時間旅行手段は、ある程度基本構造の説明が可能だ。しかし、例えば時間旅行工程をすべて説明し尽くすには、数式などを書き連ねる必要がある。
村松さえかまわなければ、自動車が動くメカニズムよりはるかに複雑なタイムマシン・メカニズムの話は相当量省かせてもらいたいのだが」

私「何んだ、そんなこた百も承知だ。田所のやりやすいように話を進めてってくれ」
田所の顔がわずかにほころんだように見えたと思ったら、彼はまたまるっきり予期しなかったことをしゃべり出した。ただ、難解な物理学よりもこちらのほうがずっと楽で面白いには違いないので、彼の話に合わせた。

田所「村松、俺は、よく昔の三流SF映画に出て来る、いかにも善人ヅラした科学者が嫌いだったし、そのヤカラが必ず世界平和を口にするのも不愉快だった。現実に、科学者は戦争に協力している史実がある。アインシュタインは憎きドイツを破壊したくて、時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトに原爆開発を急ぐよう進言する書簡を送った。手紙の文面はハンガリー出身の物理学者レオ・シラードが起草したもので、彼がアインシュタインに署名を促したらしいが、アインシュタインが加担したことも間違いない」

私「わかるよ。これは親父さんを悪し様に言うのではなく、田所博士は、憎まれ役に徹し、自身の社会的立場を危うくしてまで、自説を貫いたし、きれいごとなんぞ、一切言わなかった。それに名言と言うべき言葉を残してるもんな。科学者にとって最も大事なものは『直観とイマジネーション』だとな。お前も同じ血を引くんだから、当然だ」

田所「だけど、お前が子供のころからずっと趣味にして来た特撮ものやヒーローものも見下してるんだぞ」
私「構わねえよ。今初めて言うわけじゃねえけどよ、と言うより、機関誌『大一プロブック』誌上では、折に触れ書いて来たんだよ。たとえば円谷英二の特撮の欠点なんかを」

田所「ほお、それは初耳だ。少なくともブログではやや神様扱いかと感じたが」
私「心酔してる人もいるけどな。俺は文章趣味の立場から、これを危険なことと決めている。あ、それとな、うーむ、田所のことだから『スーパージャイアンツ』なんて、見てねえよな。ま、どっちにしてもな、昔の新東宝はな、すごいセリフ言ったものだぞ」
田所「宇津井健の『スーパージャイアンツ』なら、少しは見て覚えてるぞ。あの子供だましがどうかしたか ? 」

私「ははは、のっけからキツイな。ま、いい。この第三部の『怪星人の魔城』の中で、今ハヤリの愚かな差別語なぞというものが吹っ飛ぶセリフがあるんだよ」
田所「ほお、セリフまでは覚えてない。だがその映画は・・あとでテレビでも見たかな・・・あ、もしかして『カピア』って言わなかったか ? 」

私「さすが田所。でな、あの映画では謎の空飛ぶ円盤騒ぎが発端となるんだ。なんだか、また話が脱線して長くなりそうだけど、まあいいか。あの映画のまず傑作なところはな、空飛ぶ円盤の耳障りな金属音をな、『ギーの音』って決めちまうんだ。国会で円盤の音を聞いた議員たちが『私も確かにギーの音を聞きました』と口々に言い出すんだ。UFOの金属音を、いい年した大人が『あ、ギーの音だ』って、不安げに言うんだ。しまいには、スーパージャイアンツまでが『ギーの音は確かに存在します』って言い出すから、もうホントに、ああ・・・昔はおおらかで良かった」

田所「なるほど」
私「で、この『ギーの音』騒ぎの前に戻るけどさ、各界の権威が意見を述べるシーンで、こんな傑作なのがある。

『心理学者の立場からひとこと意見を述べます。わたくしはナゾの円盤に関する報道を全く信じておりません。と、申しますのは、目撃者の多くは、興奮しやすい労働夫とか、又は漁師など、科学の教養のない者に限られているからです』

これは、思い上がりとのそしりを恐れずに言うけどな、新東宝、よくぞ言ったと、拍手したい思いだ。俺はだいたい差別語という言葉自体が不愉快だ」

田所「是非善悪を抜きにすれば、昔のほうが厳然と存在する差別をはっきりセリフにしたと思うな」
私「うん。・・・おっとだいぶ脱線しちまった。さて、そろそろ本題に入ろうか」
田所「わかった。でな、親父がどこまで直観とイマジネーションを重視したか知らぬが、俺は子供のころから、世界のミステリーなどと言われるイカサマっぽいものにも、一通り興味を持って来たつもりだ。その一つが『タイム・スリップ』現象だ」

田所はそう言うと、ゆっくり腕組みをして、やや小首を傾げ、その傾げる向きを、時々右に左にというふうに、交代させた。初めのひとことにためらいがあるように見えたが、やはり科学者たるもの、軽々しく超自然現象の話を始めることに、慎重になる習性が身についたのか。

私「田所、話し始めないうちから、口出しするようで悪いけどな、お前、何かにこだわっているのか ? 」
田所「村松、お前さ、『シベリアのツングース』で謎の大爆発が起きた昔の事件を知ってるか ? 」
私「おお、知らいでか ! あれは新書判で出版されて、ベスト・セラーになったんじゃなかったか」

田所「話題をコロコロ変えて済まぬが、聞いてくれ。つまりこの手の話は、まあ言うまでもないことだが、UFO目撃談と同類扱いだよな。情報源も、追跡調査も、信憑性の考察も、定かでない。シベリアの大爆発の話は、無論結論は出ないが、村松、お前はどの仮説が一番有力だと覚えているか ? 」
私「田所、ちょっと待ってくれ」
私は本棚から一冊の本を取り出した。
田所「あ、その本だ」

私「著者の考察が最後には余りに突飛な方向に行き着いているようだから、さすがにマユにつばをつけたい気にもなったけどさ、逆に近年の彗星(すいせい)衝突説に落ち着きそうなムードには、かえってあきれたよ」
田所「俺もそう思う。ここでまた話題を変えるが、恐竜絶滅の原因にも、似たことが言える気がする」

私「ああ、それなら全く俺もそうだ。第一、子供の頃からこの手の話は、少年雑誌なんかの企画でよく見たよな。その時は『隕石衝突説』は、むしろ一番説得力を欠くと見られていたはずだ。昨今の学者ってのは、一体どういうつもりか、わからねえ」
田所「そうなんだ。恐竜という生物種は、ティラノサウルスみたいな典型的なものから、てのひらに乗りそうなものまで、一匹残らず絶滅した。
同じく隕石の洗礼を受けたトカゲやワニやカメが絶滅を免れている」

ツングース

私「少なくともツングース謎の大爆発は、核爆発だという説を俺は、最有力視する」
田所「『毎日新聞』の手柄と言ってもいいな」
私「ああ。朝日新聞の腰ぎんちゃくと言われる毎日新聞にしては、エキサイティングな報道だったな」

田所「お前のおかげで、だいぶ気がほぐれた。『タイム・スリップ事件』のことで俺が言い出しかねていたのは、まず、事件に遭遇した新旧の航空機の機種特定が出来ないからだ。わけはほかにもあるが、これが最大の疑問だし、信憑性を疑われる原因と言われても仕方ない。ネット検索に至っては、原著書からの丸写しか単なる孫引きで書いたとしか思えぬものばかりで、タイム・スリップへのオカルト的興味の域を出ぬ」

私「とにかく、怪現象の一通りを、かいつまんで話してくれよ」
田所「村松、お前と『世界のミステリー』のことを語り始めると、止まらなくなるな」
私「ああ、本当だな。今のツングース大爆発、恐竜絶滅、魔の三角海域バミューダ、ネス湖の怪獣、アフリカはコンゴ、テレ湖のモケーレ・ムベンベ、モスマン(蛾人間)、・・・」

田所「ダイオウイカは、ようやくテレビでハッキリ映像公開されたな。
だがダイオウイカ、もう少し正式にはオオヤリイカにしても、世界のミステリーの類いの本では、子供の頃から扱っていたけど、魚介類の図鑑でさえ、最大で数十cm程度の記述で、ダイオウイカのダの字もなかった」

私「ああ、築地あたりでは、もうとうの昔から、ダイオウイカが上がった記録がゴロゴロしていたけど、あそこは食堂か食卓が対象だからってんで、デカイばかりで大味のダイオウイカなんぞ、興味本位で買うわずかな人以外、相手にしなかったらしいな」

ダイオウイカ

田所「だがな、ほんの少し前は、いかにもネス湖の怪獣のように、ナゾの巨大イカという程度の扱いだったのも事実だ。現実は既にテレビが見せた10mクラスを上回るものが捕獲された記録がある。村松、お前、ああいうの詳しいよな。ダイオウイカは最大どれくらいまであるのだ ? 」
私「これはな、一時『大一プロブック』を通じて手紙などのやり取りのあった翻訳家の小泉源太郎(こいずみ・げんたろう)先生の『怪獣の謎』で読んだんだが、未発見ながら理論的に、体長60mに達するダイオウイカの存在は何ら不思議ではないと書いてあった」

田所「ほお。すると、フロリダ半島沖のバハマ諸島に棲息するという巨大ダコの最大推定60mに全く一致するな。さて村松、そろそろ例のタイム・スリップ談に入る。ひとことに言うと、ある空域で次元の裂け目が出来て、昔の複葉機と現代の金属製飛行機が、一瞬、時空を超えて接触事故を起こしたというものだ」

田所という男は、職掌柄というばかりでもないのだろうが、世界中に昔から絶えぬ不思議な現象というものにも、興味は持っていても、あくまで否定的見解、可能性を言わば蓄えたうえで、口碑・伝承の類いに臨む習慣がついている。

今回も再三再四「タイム・スリップ現象」などという言葉ばかり使って来たにもかかわらず、いっこうに不可思議談そのものを始めなかったのも、彼の慎重さゆえと言ってもいい。
その田所がようやく重い口を開いたと言えようか。

田所「時に1960年、1月25日、アメリカでの出来事だ。
だが、操縦免許取立ての若者の搭乗機の機種特定からして怪しい。この疑わしさや、ほかの事共に目をつぶらなければ、話が全く進まない。

さて、その飛行機だが、翼が機体の上に一枚ついている『セスナ』との記述と、下についていて、名前は、興味のある人でないとなじみのない『パイパー・チェロキー』という記述の二つに分かれる。

セスナ機

これだけなら、共に軽飛行機に属するセスナ機かパイパー・チェロキー機かいずれかの可能性だけで済むのだが、セスナ機の場合、報告の中に『セスナ182型』とあり、これが生産された正確な年がわからない。セスナ機は1950年代には生産されていたが、事件の起きた1960年初めに既にセスナ182型機が生産され飛んでいたかどうか、判明させられなかった。

パイパーチェロキー機

同様に、パイパー・チェロキー機についても、既に1950年代に生産、初飛行の記録のある機種があるものの、こちらは大ざっぱな機種はわかっても、何型かという番号までの絞り込みは出来ていない。

また、不愉快ながらも調べたある関係書では、このパイパー機は、『赤と白に塗り分けられた』とあったものの、『赤と白のツートン・カラー』などとなまじ書いてあるから、かえって特定しにくくなる。それならむしろセスナ182型に、・・・正確にはツートン・カラーではないが、赤と白が目立つものがある。

もっと言わせてもらうと、軽飛行機イコール『セスナ』と、昔、御殿場に過ごした時代に、土地の同級生たちがほとんど皆勘違いしていたのが、思い出すほどに不愉快だ。さらに、セスナと呼ぶ飛行機すべてが機体上部に翼を持つ高翼機ではなく、双発セスナ機では翼は普通の位置にある低翼機もあったのだ」

聞き役の私は、この手の話は全くわからず、飛行機そのものはどちらかと言うと好きなのだが、余りに専門的になり過ぎると、お手上げなので、彼が腹を立てても私は腹が立たず、それでもせっかく詳しく語ろうとする姿勢を茶化すなど、もってのほかなので、ただただうなずいて同感の意を示すばかりだった。

ようやく田所は話を進めた。
田所「先ほど話した免許取立ての若者が軽飛行機で、空の散歩を楽しんでいた。前方の雲を迂回して旋回すると、やがて視界がひらけ、真っ青な空間が広がった。
その時だ。広々した青空の彼方から一機の飛行機がこちらへ近づいて来る。

これが明らかに旧式な機体の複葉機だった。
さてここで再び機種の特定に窮する」

私もまたイヤな予感がした。博学の田所が昔の複葉機をズラリ並べながら、不満を言うのかと思ったからだ。ところがここはあっさり片付いた。

田所「村松、今回は言い訳ばかりしてまことに済まないが、複葉機の特定は省いて話を進めさせてもらいたい」

甲式四型戦闘機
フランスのニューポール29の製作権を買い取り、中島飛行機が生産した旧日本陸軍甲式四型戦闘機。接触事故の複葉機はニューポールだったとの説もある。

待ってましたと言いたいのを口に出さず、話の成り行きが楽しみだったので、私は「かまわねえ」と答えた。
実はこの話、私の世代で世界の不思議な現象に興味を持つ者ならば、少年時代、あるいはそれ以後も、雑誌や関連本に一べつくれて、おおざっぱな内容くらいは知っていた。
だが物理学者の田所が語るからには、いくらかの理論展開が加わるかも知れないとの期待があった。

田所「若者が見た複葉機は、1910年代から1930年代初めまでの戦闘機つまり第一次世界大戦で活躍したフランスのニューポール24C1や、その後性能を向上させて製造されたニューポール・ドラージュ29C1などを連想させる機体だったらしい」

私はこういう具体名が出るだけで、何かボーッと頭がのぼせて気が遠くなるような感じに襲われるが、何とか耐えて彼の話を聞いた。

田所「旧式の複葉機とは言っても最高速度時速百数十キロは出るから、互いに最高速度が出ていたとすると、新旧二機の飛行機は合わせて時速数百キロで急接近したことになるが、俺の推測では二機ともまたは片方が巡航速度だったと思う。不幸中の幸い、双方の翼端が接触するだけで、かろうじて衝突を避けられたが、若者は接触の衝撃で機体のバランスを失いかけ、何とか姿勢を立て直した時は、複葉機の姿は空中のどこにも見えなかった。
村松、聞き飽きた話だろうな」

私「いや、俺はそのへんまでの話は何となく覚えているけどな、田所、その話には後日談があるんじゃなかったのか・・」
田所「その通りだ。長々しいばかりで退屈だろうが、もうしばらく聞いてくれ。
この航空機接触事件で考えられる現実的解釈は、若者の軽飛行機と、旧式マニアの複葉機とが、たまたま接触したという見方だ。

だが若者は接近して来る複葉機をそうは見なかった。これも本人の直感だろうが、彼はこちらへ向って来る複葉機のパイロットを見た瞬間、熟練の戦闘機乗りと判断した。俺が若者の飛行機を巡航速度での飛行と推測した根拠がここにある。つまり残る可能性は余りにも現実離れした解釈だが、若者は自分がごく短いあいだに、過去から来た複葉機、それも第一次世界大戦ごろの戦闘機と接触したと強く思った。

飛行場に無事帰還した彼は翼端に塗装のはげ落ちた箇所を確認した。
だが彼がこのことを話しても、近しい人々は誰一人取り合ってくれなかった。
しかし村松、この話が本当だとしたら、後日談とは単なる偶然がもたらすものではないと思いたくなるものだ」

私が知りたかったのはここからの話である。

田所「二ヶ月ほど経ったころ、地元の飛行クラブが旧式の飛行機を復元して再び大空へ飛ばせるというイベントを開催することになった。
この時、ある農家の納屋で一機の朽ちかけた複葉機が見つかった。
軽飛行機で接触事故を起こした若者のことは、うわさ話としてマニアのあいだに広まってはいたようだ。

この朽ちかけた複葉機の翼端に、硬いもので擦られたような傷があり、塗料がこびりついていた。見つけた飛行クラブの面々は、ようやくこの時に妙な思いに捕われたようだ。
彼らは複葉機と若者の軽飛行機それぞれからそぎ取った塗料を然るべき研究所で鑑定してもらった。
両者はピタリ一致した。複葉機の主翼にこびりついていた塗料は、若者の軽飛行機の塗料と同じものであることがわかった。

さらにこの話に高い信憑性を与える物が出て来ている。古い飛行日誌だ。
やはり信用出来る研究機関に鑑定を頼んだところ、インクの化学テストなどから、飛行日誌は3,40年前に書かれたものだと判明した。

そしてとどめとも言えるのが、この飛行日誌の記述内容だ。
こんなことが書いてあった。
『1932年1月25日。現代の空を飛んでいるいかなる飛行機とも似ていない、奇妙な形のしかも金属製の飛行機と空中接触した』
話は以上だが、これが信じるに値するものだとするなら、この現象こそ俺が偶然発見、実用化した時間旅行操作法のヒントとなったのだ」

田所の長い話に一区切りついた。
だが田所はまたむつかしい顔つきになって、腕組みをして小首を傾げ始めた。
次の言葉をさがしているように思えたが、たびたび説明に窮して彼が困るのを見るのもつらいので、私は思い切って質問してみた。

私「田所、時間旅行のヒントは、次元の裂け目とか時空のひずみってことか ? 」
別段驚くほどの推測でもなく、ここまでの話をおおざっぱに聞いていれば誰にも思いつく程度の考えなのだが、田所は腕組みを解いて、いかにも満足そうに顔をほころばせた。田所にとって超常現象を応用することは理論の飛躍であり、ためらいがあったようだ。私のひとことは、持論の展開へと話を進めるきっかけとなったのかも知れない。

田所「そうなのだ ! 我々の住む空間に裂け目を生じさせるのだ。村松、例の青木湖の実験はな、元々実にケチな考えから始めたことなのだ。
前にも話した通り、俺のログハウスは光熱費を出費する一切の公的エネルギー供給を受けてないよな」
私「ああ」

田所「電気などは発明した自家発電で、燃料代タダでまかなえる仕組みを作ったが、水は自然の恵みをどこかから得る必要があった。それが富士山伏流水だ。だが無論何らかの配管をして水を引くのはまずいから、地下の流れの中から、必要量を誰にも悟られぬようにして失敬する方法を考え出さなければならなかった」

私「それが青木湖なわけだよな。でもその実験からどうして時空にひずみが出来たんだ ? 」
田所「そこだ。俺も全く予期せぬことだった。初めのうちは、首尾よく地下水が地表に湧き上がって来たから、俺は生活の必要量を確保すれば充分だった。当然この頃は、取水量もたいしたものではなかったから、おおざっぱに見て深さ1.5m、数m四方の水たまりが出来る程度だった」

私「なるほどな。それがあの数十メートル四方の青木湖になるには、何かきっかけがあったのか・・・」
田所「そうなのだ。俺はある時、まだ水たまりくらいの伏流水を容器に集めようとしゃがんだ。その時目を疑うものを見た。
村松、わずか2,3m四方の水たまりに、コイかマスくらいの大きさの首長竜を見たとしたら、どんな気持ちになると思うか ? 」

首長竜幼体

田所に問われて、驚異を感ずるよりも、何か気味が悪くなるような感じがした。
田所「こういう時、少なくとも俺の場合は、この現代の世界で見慣れている何かの生き物に結び付けようとするのだが、この時見た黒い小さな生き物だけは魚にも両生類にも見えなかった。どう見ても『首長竜の幼体』としか思えなかった」

私「田所はその首長竜の赤ん坊を、金魚鉢か何んかに入れて少しでも飼ってみようとはしなかったのか ? 」
田所「興味は確かにあったがな、村松、さすがに俺もこの青木ヶ原が、スコットランドのネス湖に酷似した幻の湖沼を擁する秘境とは思えなかった。
このミニチュア首長竜は、現代の伏流水の地下から偶然現われたのではなく、気の遠くなるような太古の世界から、何かのはずみで迷い出たと推測するほうが妥当だとすぐに判断した」
私「なるほど」

田所「だから伏流水を再び地下に返す操作をするだけでは、この哀れな海棲竜を元の世界に戻すのは不可能なのは当然だと思い、さりとて急な現象に考えも浮かばず、しばし水たまりを泳ぐ首長竜の赤ん坊をながめていた。
ところがまたも予想もせぬ現象が起こった。水たまりの少し上の空間に小さな黒い穴があいたと見るまもなく、首長竜はその穴に吸い込まれて姿を消した」

私は田所の人工湖が一種のタイムトンネルを作ることは、ずっと以前訪ねた時に、首長竜成体を目の当たりにしながら田所の説明を聞いて知っていたが、時間旅行理論の話と深く関連させた今回の話は格別だった。
首長竜幼体の話も初めてだったような気がする。

田所「それでだ。これは全くの思いつきで、親父曰くの直観という程のものでもなかったが、俺は伏流水の水量を増やしてみた。同時に伏流水を地上へ呼び出す速度をいろいろに変えて、何回も実験を重ねた。

そしてある時、例の青木湖を作る実験をしているさいちゅうに、今度は首長竜の成体が現われたのだ。
このころになると、空間に裂け目を生ぜしめる方法と太古の動物の生息環境つまり、地質時代との関係が少しずつわかって来た」

私「つまり、中生代白亜紀の恐竜なんかを選択して呼び出すことが可能になったってわけか・・・」
田所「その通りだ。この段階で、時間旅行実現までは無理としても、少なくともSFによくある『タイムトンネル』効果を物理学的に実現させることが出来た。
さて村松。かなり乱暴な結論になるが、話を一応しめくくりたい。

あくまで目下のところと、慎重さを保ったままにするわがままを許してもらいたいが、時空にひずみを生じさせるには、ある範囲の空間内で、その空間にやはりある範囲以上の位置を占め、なおかつある速度以上で動いている『物質、物体』」の位置を本来の位置から急激に移動させる必要があることがわかった。しかし逆が必ずしも成り立つとは断定出来ない。座標の急激変化が関わるということが言えるだけだ」

田所の言わんとすることがわかったような気がしたが、口をはさむより、彼のよどみない弁舌のような理論を聞きたい気持ちが、私の愚かな衝動を抑えた。

田所「村松、富士山伏流水は、地下をある程度の速度で流れくだっているわけだよな」
私は今の気持ちを彼に伝えるようなつもりで「うん、そうだな」と短く返した。

田所「俺がまだ生活用水を無断で取り出すためにだけやっていた行為は、本来その伏流水が刻々のある時刻に存在すべき位置、少し堅苦しく言い換えると、座標を一瞬で変化させていたわけだ。
例えば午前10時0分0秒に俺の真下の地下から1メートル上方にある伏流水群が、わずか1秒後の午前10時0分1秒には、俺の真下に流れくだっているはずの座標を、俺が人工的操作で変化させて、地上にくみ上げていたのだ。

この時、俺の真下の地下のある一帯は一瞬、ある体積の伏流水を失って干上がった暗黒の空間になる。
ここに時空のひずみを生ずる可能性があることがわかったきっかけが、先ほど話した首長竜の幼体の発見だ。
くどくて済まぬが、要するに『空間内の座標を急激に変化させると時空にひずみを生ずる』ということだ。

なお、誤解のないよう、一応断わっておかねばならぬが、俺が主張しているのは『時空のひずみ』であって『空間のひずみ』ではない。空間のひずみなら、とっくの昔にファラデーが電界または電場の働く空間にはある種のひずみが生ずる近接作用説または媒達説を唱え、この考えは現代物理学に広く用いられている。

まあもっとも、空間のひずみと言おうが時空のひずみと言おうが、俺自身はこだわっていない。起こる現象の意味を承知している限り、言葉などどうでもいい」

田所はこのあとも、例えば首長竜の幼体が過去から現われて、再び自然に過去に戻った現象を『時空反作用』と名づけて説明したり、いろいろな話をしてくれたが、これを書き尽くすと、私のような凡才にも、田所の仮説のダイジェスト本一冊が書けるほどになるので、省くしかない。

ただ時空反作用は、現象自体が劇的場面になるし、田所はこれを座標変換による副次的自然現象でなく、意識して人工的に起こし、かつ、元の状態に戻す方法をも開発させている。ゆえに今後もこの現象を経験する可能性が大いにあるので、ごく簡単に書いておく。
田所によると、『時空にひずみを作ると、過去を強引に引き寄せるせいか、一種の空間的弾力性を生ずる。反作用のような現象が起きる』ということである。
その結果、太古から来た動物は再び反作用によって元の時代と場所へ帰るらしい。


それより私にとっていよいよ感激と興奮を抑えきれない冒険の旅に一歩踏み出す経験が待っていた。
田所発明のタイムマシン試運転である。それは、ある事情に迫られてのことでもあったが、いずれにせよ、田所の長い講義は一旦終わり、突如試運転へと舞台が移ることとなる。

―序章第2節その6了、 序章第3節その1 へとつづく―








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