All The Things You Are

July 12, 2006
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【昭和歌謡の名曲】

『恋の奴隷』

昭和44年(1969年)6月

作詞:なかにし 礼(なかにし れい)
作曲:鈴木 邦彦(すずき くにひこ)
歌:奥村 チヨ(おくむら ちよ)

● 歌詞




この曲は、奥村チヨが歌い、昭和44年(1969年)6月1日にリリースされました。

6月1日にリリースされ、7月7日のオリコン・チャートの16位に入り、

このとき1位の森山良子の「禁じられた恋」は5週連続の首位獲得で、
いよいよ勢いに乗っていたときだったので、とうとう抜くことはできませんでしたが、
透明感の森山と、官能的の奥村という対極的な楽曲が上位2曲並ぶことになりました。

「あなたと逢ったその日から 恋の奴隷になりました」という歌い出しも強烈ですが、

「悪い時はどうぞぶってね

好きな時に思い出してね

好きなように私をかえて

あなた好みの女になりたい」

と、男冥利に尽きる歌詞ですが、時代は男女同権、ウーマンリブの気運が高まりはじめた頃に、
マゾヒスティックに繰り広げられる男と女の愛憎劇をリアルに想起させるこの猛烈ナンバーは、
NHKでは放送禁止になるなど衝撃的問題作ながらも大ヒットを記録し、名曲になっていきました。



彼女は、この曲のレコーディングの時、
「どうして私がこんな歌を歌わなくてはならないの?
私はこんな歌を歌うために歌手になったんじゃないのに・・・」と、
スタジオのすみで泣いてしまい、しばらくレコーディングができなかったと言います。

しかし、官能的な魅力で媚びるように歌う奥村チヨの強烈なインパクトに、


NHKでは、この歌詞が問題となり放送禁止になりました。
しかし、あまりにも大人気になったので、その年の紅白歌合戦に出場させないわけにはいかなくなり、
NHKは問題となった部分の歌詞を変更することを条件に歌唱を許可しましたが、
奥村側は歌詞を変更することを断って「恋の奴隷」の次の曲の「恋泥棒」を歌うというエピソードがありました。

この曲は有線放送大賞を受賞しました。

この「恋の奴隷」の後、これに続き「恋泥棒」、「恋狂い」の「恋」シリーズ三部作として発表されました。




●奥村 チヨ(おくむら ちよ)

昭和22年(1947年)2月18日生まれ。
千葉県野田市生まれ。
3歳の時に大阪府池田市に移住。
本名:奥村 智代(おくむら ちよ)

昭和39年(1964年)、高校在学中に小野薬品のドリンク剤 “リキホルモ” のCMソングを歌ったのがきっかけで、
渡辺プロダクションにスカウトされる。

高校卒業後の昭和40年(1965年)に「あなたがいなくても」、「私を愛して」でデビュー。
和製シルヴィー・バルタンとして売り出され、小悪魔的な魅力と甘えたような歌い方でたちまち人気を集める。
黛ジュン、小川知子とともに東芝三人娘と呼ばれる。

昭和40年(1965年)、第三弾の「ごめんねジロー」が大ヒットしてフジテレビ新人奨励賞を受賞。
昭和42年(1967年)、ザ・ベンチャーズ作曲、橋本淳作詞「北国の青い空」が大ヒット。
昭和44年~45年(1969年~70年)、「恋の奴隷」、「恋泥棒」、「恋狂い」の、
いわゆる「恋3部作」の爆発的大ヒットにより、人気歌手としての地位を確立した。
それまでのコケティッシュな雰囲気に、新たに官能的な魅力も加わり、
昭和44年(1969年)に、NHK紅白歌合戦初出場。
(NHKでは「恋の奴隷」の歌唱が禁じられていたため「恋泥棒」を歌った)。

その後も昭和46年(1971年)の「終着駅」などのヒットを出すが、
昭和49年(1974年)に、「終着駅」の作曲者である浜圭介と結婚、芸能界を退く。

昭和63年(1988年)に、歌手活動を再開。
以降 、テレビ・ラジオ・グラビア・CMと、多方面に活躍中。





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Last updated  July 12, 2006 11:57:45 PM
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