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December 6, 2006
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テーマ: Jazz(2024)
カテゴリ: Songwriter
今日は、アメリカの作詞家、アイラ・ガーシュウィンが生まれた日です。
今年は、ちょうど生誕110年になります。

Ira Gershwin

●アイラ・ガーシュウィン(Ira Gershwin)

1896年12月6日、アメリカ、ニューヨークのロウワー・イーストサイド生まれ。
1983年8月17日、カリフォルニア州ロサンゼルス、ビバリーヒルズで死去。
86歳。




アイラ・ガーシュウィンは、アメリカで活躍した作詞家です。
1932年に作詞家として初めてピューリツァー賞を受賞しました。

両親はロシア系ユダヤ人の移民で、1896年に長男としてアメリカで生まれました。

ジョージ・ガーシュウィンとコンビを組んで、数々のミュージカルや映画などの、
アメリカン・ポピュラー・ミュージックの名作を残しました。

アイラは、小さいころから本を読むことが好きな少年でした。
ある日、父親がアイラのために買い与えたピアノには興味を示しませんでしたが、
一方、弟のジョージは、このピアノに夢中になり、ジョージの音楽的才能を伸ばすことになりました。
アイラは、学生時代には学生新聞などで執筆活動に取り組んでいたそうです。

作詞家としては、初めはあまり売れず、下積みが長かったのですが、
1921年、当時人気の作曲家、ヴィンセント・ユーマンスと組んでショーの音楽を担当し、
しだいに作詞家として認められるようになってきました。
そのころ作曲家として人気が高まってきた弟のジョージと、1924年から本格的にコンビを組むことになり、
以後1937年にジョージが他界するまで、兄弟のコンビで膨大な数のミュージカル音楽、映画音楽、


アイラの書く詩は、知的でありながらもユーモアに富んだ親しみやすいもので、
ジョージの作曲したメロディーとよくマッチし、多くの人々に愛され続けています。

アイラはジョージの死後、一時活動を休止し、引退を考えたそうですが、
他の作曲家と組んで1960年代まで創作活動を続けました。

インストゥルメンタルで演奏されることが多いジャズでは、ジョージのメロディーの方のみが注目されますが、

ジャズ・シンガーのビリー・ホリデイは、伴奏をしていたピアノのマル・ウォルドロンに生前、
「たとえ歌を歌わない曲でも、歌詞をよくかみしめて弾くように」と言っていたそうです。
また、映画『ラウンド・ミッドナイト』の中で、サックスのデクスター・ゴードンが曲を吹いている途中で、
「ダメだ、歌詞を忘れた」と言って吹けなくなるシーンも印象的です。

ジョージ・ガーシュウィンとのコンビの作品で、
ジャズ・スタンダード・ナンバーとして演奏され続けているものとしては、

「ザ・マン・アイ・ラヴ」
「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」
「ス・ワンダフル」
「アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー」
「バット・ノット・フォー・ミー」
「アイ・ラヴズ・ユー、ポーギー」
「ア・フォギー・デイ」
「誰も奪えぬこの思い(They Can't Take That Away From Me)」
「ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」

など数多くの楽曲があります。

ジョージが他界したあとの作品で、ジャズ・スタンダード・ナンバーとしては、

「マイ・シップ」作曲:クルト・ワイル
「言い出しかねて(I Can't Get Started)」作曲:ヴァーノン・デューク

などがよく知られています。

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Last updated  December 6, 2006 03:56:33 AM
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