不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

不可思議の海岸線が長くなる為に・・・

2004/11/13
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テーマ: 京都。(6234)
カテゴリ: 日本旅行記
京都旅行の162話目です。
◇木の根道から『 霊宝殿 』へ訪れました。
霊宝殿 』の前には与謝野晶子書斎『 冬柏亭 』があります。
小さな建物です。
弟子からプレゼントされたらしいのはうらやましいですね。
霊宝殿
3階まである建物でした。
ほとんど訪れる人はいませんでしたね。
1階は鞍馬山の生物や地層などについてです。
2階は寺宝展観室や与謝野記念室などがあります。
3階は仏像奉安室があります。

それから少し歩くと、 金堂 です。
少し広い場所に人がまばらにいる程度でした。
金堂 」の前、広場の南端に石があります。
囲っていてなんだろうかと思いますが、「 翔雲台
ここは平安京の擁護授福のため本尊が降臨した場所とされています。
狛犬も変わっていて大きかったですね。


金堂 から降って行くと、立派な石を使ったいるらしい階段がありました。
よくはわかりませんが、この辺りで取れる石らしいですね。
石の価値はわかりませんね。


その看板には、込むので歩いてください見たいな事を書いてあったと思います。
その時は知りませんでしたが、無料?らしいです。
だから、その様な書き方をしていたのでしょうか?
普通は書きませんよね(笑)。
由岐神社 』があるので、歩いておりました。


 ☆☆☆  鞍馬寺  うんちく ☆☆☆

鑑真(がんじん)和上の高弟である鑑禎(がんてい)上人が宝亀元年(770年)にこの地に草庵を造り、毘沙門天を安置したのが鞍馬寺の創始であると伝えられている。
その後、延暦15年(796年)に造東寺長官の藤原伊勢人が貴布禰明神のお告げにより、王城鎮護の道場として伽藍を造営し、千手観世音を祀ったとされている。
寛平年間(889~898年)には峯延が入寺して真言宗の寺になったが、天永年間(1110~1113年)に天台座主忠尋が入寺して天台宗に復したといわれている。
更に、昭和22年(1947年)には鞍馬弘教が立教され、当寺が総本山となり、現在に至っている。

若き牛若丸が修行した地として有名。
寺域には義経供養等などのゆかりの遺跡があちらこちらに見られる。


◇この鞍馬山は、ハイキングコースとして有名なのかな?
そんなグループが多かったですね。
看板を見る限りでは、こんな山の中でも治安が悪いんですね。
訪れる人は気をつけてくださいね。






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Last updated  2004/11/13 07:34:11 PM
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