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2020.10.01
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カテゴリ: 宇宙意識など



この名称は古代ヘブライ語が古代リラ語から受け継いだものであり、発音の難しい九文字のJschwischからきている。神またはJHWH(イシュヴィッシュ)は創造者でもなければ、創造の機能も持たない。神はただ単にこの称号を持った普通の人間にすぎず、実際上の原始創出、普遍的意識、または事実上の全的な創造の力は唯一、広大な宇宙のすべての微細物質や粗物資の被造物を作り上げた創造のみが有するもの。

創造は神に代わるものではなく、また想像上の実体としての神やその他、人格、非人格を問わずあらゆる神々や偶像を表現する別称でもない。

創造は発生と消滅、また宇宙の存在、そしてすべての命あるもの、創造の手による小さいもの、大きいものの責任を握るものである。

創造こそは宇宙に存在する、人の想像の及ぶ限りのすべての力と勢力のうち最も力強く、大きなものである。

創造は生命の存在であり、非存在である。それは存在か非存在かを支配するものである。

創造は最も偉大で巨大で霊的エネルギーの塊であり、光り輝くゾハールである。それによって存在は可能になり、存在が実現する。それゆえに創造は最も純粋な形態のエネルギーである。

創造はすべての生命の上にあり、生命そのものである。真にすばらしいものである。宇宙において、すべての生命において、創造のみが絶対的なものである。

創造は人間が知る限り、または知っていると信じている最も完全なものであるにもかかわらず、常にとどまるところなく完全さを目指し、発展しなければならない。
それゆえ、創造は常にとどまるところなく、人間の霊の形態を持った新しい霊集合体によって人間たちに霊を注ぎ込む。

この人間の霊は限りない転生を通じて常に進歩発展し完全さに到達するという使命を果たさなければならない。無数の人生を通じてこれがなされれば、霊は創造のもとに戻り、そこで創造と一つになる。それによって創造そのものがさらに完璧になり、ますます偉大になる。

人間の霊の初めはまったく無知であり、白紙のようなものであるから、次第に知識と英知を蓄えなければならず、発展しなければならない。
霊は人生を重ねれば重ねるほど賢く、利口になる。そして霊的な知識と英知のみが人間とその生命を形成する。それゆえ、考えや行動が人間的で世俗的であればあるほど、その人間の霊は未開発段階にあるといえる。なぜなら、世俗的、人間的な思考は、その人間が思考の発展において初期の未発達な段階にあるということ。
一般的にいうと人類の大部分は、支配者や政府によって意識的にこの段階に止められている。一つの理由は彼ら自身がそれ以上のことを知らないからであり、また他面では、それによって人間を最も好都合な方法で隷属させ、抑圧できるから。これに関して最も悪質な策謀を行っているのは宗教である。それは人間の自尊心を葬り、術策と悪巧みによって想像上の神の前にへりくだるよう駆り立てる。
しかし神は第一、創造ではなく、さらに人間の霊生活にいかなる影響を及ぼすこともできない。論理的一貫性に敏感に反応できる意志ある者、思慮ある者にはこれを証明することができる。
イマヌエル自身が言ったように、神は人間である。神は霊的に王や皇帝の上に座し、実際、正確にはJHWH(イシュヴィッシュ)と呼ばれる人間を現す。
JHWHとはドイツ語に訳せば、Weisheitskonig、すなわち英知の王を意味する。
また、イマヌエルはすでに当時、神JHWHは他の人たちと同じ人間である。しかし神の上の計り知れないほどの高みには創造があり、創造のみが計り知れない秘密なのだと言っている。
しかし、この言葉がいかなる聖なる書にも見あたらないのは、記述者たちによってまったく変造され、歪曲されて再現されたためである。なぜなら真理は、教会と神のあらゆるイメージを壊すから。しかしこれは、○○○〇教だけにとどまらず、他の宗教にも当てはまること。

もし人間が正しく考え、知ろうとするのであれば、唯一、創造のみ、または霊を最大の力として認め、賛美するが良い。実際、人間の概念からすれば創造は神と呼ばれるべきである。なぜなら神という言葉は創造を表すべきだから。
言うまでもなく人間にとって、突然、神ではなく、創造または霊に祈るということはなじめないことであろう。しかしこの試みをあえてすることをすべての人々に勧めたい。そうすれば祈りの形態が変わってきて、底知れない安らぎに包まれるという独特の確認をすることでしょう。
また、その人は祈りが聞き入れられ、人生が好転し、幸せになったことを確認することでしょう。

創造に語りかければ、創造の一部である人間の霊が自ずから語りかけられるのであるから、何の不思議もない。
創造は実際にすべての生命の上に立つ、最もすばらしいものである。
そしてそれだけでも人間から創造として尊重され、敬われ、認められるに充分に値する。

宗教が押しつけようとする神に対する崇拝と尊敬は不自然であり誤っている。これを知っていながら宗教の神に祈る者は創造の掟に反しており、霊的な完全性に至る発展の道、すなわち霊的な知識と創造的な英知への道を妨げることになる。

創造としての創造は、すべての創造の創造であり、創造そのもの。
そして創造のみが、生命と存在の活気ある根源の力の塊である。

存在する生命のすべては創造でもあり、創造は宇宙である。天体やすべての動物と植物、その他あらゆる生命、生まれることと滅びること、そして生命そのもの・すべての生あるものは創造を内蔵しつつ脈動し、存在する。
それは死にあっても変わらない。死、それは別の次元の生を意味し、創造はその中にさえも存在する。様式、形態、規模はどうであろうともすべての生命と同じように、創造は死のうちにも脈打ちながら流れる。

創造はすべての存在する生命であり、存在するすべての生命は創造によって満たされる。またそれゆえに創造はすべての存在する生命そのものに存在する。

人間とその他すべての存在する生命は創造のなすものであり、また創造そのものでもある。それは生命全体のなかにある創造の霊の部分によってすべての生命は創造の一部となるから。それはどのような物質、様式、形態、規模であっても変わることなく、またどのような時間と空間に属していようとも変わることはない。

創造と賢者と正しい者の名において。
普遍なる創造を讃えよ。
そして預言者は神と創造について語る。
人間が真理を理解し、神と創造の違いを見分けることができるということを。
こうしてこの言葉は地球の人間に向けられる。
創造と賢者と正しい者の名において。
真理を認め人生の道をそれに従えることについて。
地球上の神々は人間であった。
彼らは遠い宇宙の、別の銀河、別の世界から来た。
彼らは地球上で不法にも人の上に立ち、自らを神、創造主と称した。
彼らは地球人が依存し信じるセクトや宗教をつくった。
そして彼らは人々に神々、創造主として崇拝することを要求した。
そのため地球人は奴隷化され、永久に神々に依存するようになった。
そして神々は各々の宗教をつくり、虜になった人たちの上に創造者として君臨した。
多くの神々は堕落しており、悪質で、権力欲とあらゆる悪にとりつかれていた。
彼らは死と罰則と堕落の掟を公布し、気の向くままに人を殺した。
地球人はそれとは知らず、また真実についても無知であった。
そこで彼らはその都度、信じる宗教の神に従い、信仰の暗闇の虜となった。
神が創造主であり、生命の生みの親であるという。
なぜなら神は真実、つまり彼も同じ人間であるということを言わなかった。
神もまた人間であり、そのうえには生命の最高の力として創造があるという知識も隠された。
それゆえに神は人であり、創造は創造なのである。
神は人間に贖罪と報復を要求し、怒り、人を殺す。また神は人が人を殺す法律と掟を布く。
しかし創造は怒りも報復も知らず、人を殺さず、贖罪も求めない。
神は人のように、人間的に考え、振る舞う。創造はすべてにおいて創造的であり、論理的である。
神の人間的な法則と掟によって、人間の間に争いの種が蒔かれ、死と堕落がもたらされる。
神は権勢欲のある宇宙飛行士、つまり人間であり、悪質な権力と残忍な法律と掟をもってすべてを支配しようとするもの。
創造は平和と愛であり、唯一その法則と掟のみが生命を保証するものである。
創造は報復も、また復習も要求しない。創造が要求するのはその法則と掟に則った進化のみである。
愛と真理のみ世界が世界の向上を実現する。
創造は人間が人を殺すべきでないこと、戦争をするべきでないことを定める。
神、つまり人間は、殺人、戦争、報復そして復讐を定める。
創造は平和と知識を定める。
神はしかし不和と信仰を定める。
創造は賢明であり、無限の驚異に満ちている。
神はしかし人間なみの知識しか持たず、人間特有の不条理に満ちている。
創造は最高で最も完璧なものであり、その法則や掟も同様である。
神はしかし人間がそうであるように不完全であり、信仰、報復そして不完全を命ずる。
愛のみが創造の法則である。しかし神は報復、処罰と死を命じ、この法則を嘲笑する。
しかし創造とは生と愛を要求し、また生命体が決して害され、苦しみや痛みを加えられることのない規定を要求する。
創造は生命が守られ、保たれなければならないことを定める。
神はしかし生命の破壊と呪詛を要求する。
神は人間であり、地球には未知の惑星から来た宇宙飛行士であり、その軍勢は臣下である。
神は権勢欲に溢れた人間であり、霊的導きを持たないすべての人間と同じように不完全である。
神は地球人類を支配し、弾圧するために、他の惑星からすべての臣下を引き連れて地球に来た。
創造はしかし宇宙のあらゆるところに、常に存在し、すべての生命を創出したものである。
創造の法則と掟はすべての生命あるものに共通であり、全宇宙を通じて愛をもって通用する。
神の法則と掟はしかし神が君臨するところ、人間が神の言いなりになるところのみで通用する。
人間は、地球上の人間を自ら祭り上げてつくった神々にも隷属する。
そしてまた人間は、生命のない物質で作った偶像、石や木、金属などでつくった偶像をも尊ぶ。
そして人間は神や偶像に祈り、何よりも創造を無視する。
しかし真実は創造が最高のものであり、それはすべての生命に生命の力を与える威力を持っている。
神が成りたがっていて、絶対に成ることができないもの、すなわちすべての生命を生む創造に成れるのは創造だけしかいない。
創造は存在であり、生命の存在そのものである。
神はしかし人間の威力の嘆かわしい似姿に他ならず、人間のあらゆる悪を背負っている。
神は人間の悪質な堕落の被造物であり、神の要求と命令によってすべての書物に書かれているような悪の化身となる。
ずっと昔から神は人間に血と命を要求し、また神は卑屈な屈従を要求した。
しかし創造は屈従を定めず、人間性と人間の尊厳を、そして愛と生命を定めた。
創造は創造的であり、いかにしても人間と比べられるところは微塵もない。また自らを神と呼ぶ人間とも比べられない。
創造は唯一の創造であり、神は神であり、そして人間である。
神は自らを創造であると思いあがり、それを自称するにもかかわらず、少しも創造に似通うところはない
唯一創造のみが創造であり、神もまた完全に創造の被造物である。
それゆえに神は実際より高いものに自分を見せかけようとする人間である。

(ビリー)エドゥアルト・アルベルト・マイヤー





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最終更新日  2023.03.31 15:10:14


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