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495 素敵な旦那様 sage 2005/05/17(火) 22:17:07 ここ数ヶ月いろんな意味で忙しかった。 25で自営をはじめて10年ちょいやってきた店をたたんだ。 利益が出ず、嫁の収入が主な生活費になっていて、いつやめるかのタイミングをみていただけだったからな。 そんな俺を嫁は「13年間お疲れ様でした」と優しく迎えてくれた。 最後の2年くらいは全然仕事にならず、イライラして嫁に当り散らしたこともあった。 でも、そんな時でも嫁は俺のストレスのはけ口になってくれて、夜には抱きしめて眠ってくれた。 一時、共同経営してたやつに騙されて借金を負わされたとき、死のうと思ったこともあった。 色んなものが残ってたら嫁が俺を思い出してつらいだろうと思って、写真や身の回りモノを処分してた。 すると、嫁がそれに気づいてこういった。 「もし、本気で死ぬんなら私も一緒に連れてって。その代わり一週間だけ時間を頂戴。私も身の回りを整理してから死にたいから」 結局、その一週間の間に嫁と何度も話し合い、二人で乗り越えていこうと決心した。 あの時、嫁が気づいてくれなかったら、一週間待ってといわなかったら、俺は今ごろ死んでただろうな。 何度も泣きながら嫁と話し合ったのも、今じゃいい思い出だ。 この年で手に職もなく無職になったから、これから大変だろうけど、俺には嫁が残ってるから。 一番大切なものが残ってる以上、頑張っていこうと思う。 意味ワカラン文章スマソ。 明日から就職活動だ!
2007/03/28
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896 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/11/20(月) 00:53:55 ID:zrCTk7u8 こんなスレあったのか・・・ふと思い出したので 書き捨てますね 自分、中学の時に原因不明の病気になったんだけど(今も 継続中、ただ病名はわかってる)当時はとにかく病院を たらい回しで母親と紹介状持って行って診察受けてた で、ある時母親が一言ぽつり。 泣きながら「そんな風に産んでごめんね」って(´・ω・`) 多分医師が病名もあやふやな癖して「先天性のものですね」 って無責任に言ってたからだろうな 「お前なんか産まれてこなきゃ良かった」って 言われるより切なかったよ・°・(ノД`)°・°・ ごめんねまだ治んなくてごめんね 幸い特に今すぐ命に関わるような病気じゃないけど 今も毎日薬飲んでる。ステロイドだから顔がむくんでるしorz 別の意味でそれも切ない('A`)モウナレタケドネ… そんなこんなでもう10年以上経ってるけど親孝行は できているのかいないのか・・・せめて長生きして下さい
2007/03/20
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14 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2005/07/14(木) 02:27:28 ID:wugxA7WN 長文です。uzeeeee!人はスルーおながい。 学生時代にほぼ縁切りした母が結婚してから初めて尋ねて来た。 お互い殆ど会話もなく、母も居心地悪くなったのか30分くらいで そろそろ帰るよ、と言い、私も、そ、と思って送ろうとした時に、 後姿の私を見て母が「あんた何挿してるのw」と笑った。 で、「凄いでしょ、耳かき一本で髪まとまるんよ」と耳かきを取ってやり直した。 母は「かわいい髪やな、と思ってたんだけど。へぇぇ!」と関心するように目を見開いた。 なんか嬉しくなって(ダンナには「ふーん」とスルーされた私) 「その長さでもできるかも?座って座って」と食卓に戻って母に座ってもらった。 櫛持ってきて梳くと、むかーし子供時代に触れたような記憶がある母の髪と違って バサバサになっててね。 何か涙が出てきてぼろぼろ泣けてきた。 「何泣いてんのw」と振り返った母の目も赤かった。鼻も啜ってた。 何とか母の髪も夜会巻きできたけど、やっぱり耳かきだったから泣き笑いしてしまった。 その後、やり方を母に一所懸命教えて、母も腕が痛い~と言いながらも 流石女のロマン、めげずに練習して随分できるようになり、ボールペンでやったり 要らないお箸でやったり、二人でゲラゲラ笑いながら遊んでた。最後は嬉しそうに 「涼しいし嬉しいわ~このお箸、貰っとくw」とそのまま箸を頭に挿して車に乗って帰って行った。 昨夜、母から夫婦箸と簪が送られてきた。簪は母とお揃いらしい。 教えてくれた人たち、このスレ維持してくれる人たちありがとう。ほんとにありがとう。 これからは少しずつ親孝行しようと思います。
2007/03/05
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汚い猫を見つけたので虐待することにした。他人の目に触れるとまずいので家に連れ帰る事にする。嫌がる猫を風呂場に連れ込みお湯攻め。充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め。お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。風呂場での攻めの後は、全身にくまなく熱風をかける。その後に、乾燥した不味そうな魚を食わせる事にする。そして俺はとてもじゃないが飲めない白い飲み物を買ってきて飲ませる。もちろん、温めた後にわざと冷やしてぬるくなったものをだ。その後は棒の先端に無数の針状の突起が付いた物体を左右に振り回して猫の闘争本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。ぐったりとした猫をダンボールの中にタオルをしいただけの質素な入れ物に放り込み寝るまで監視した後に就寝。より少し大きいくらいの専用プラスティック箱に入れて車に乗せて振動攻撃そして白服を着た女性2人に押さえつけられ、白服の男に針を刺してもらう。このときの悲鳴にはさすがに耳を覆う。白服に金を渡し、来月も来ると約束する元気がなくなったのでここぞとばかり白服屋敷へ何度も行く声もあまりでないようだ ある日か細い声で、一言「ニャ-」と私につぶやいた。恨み言だろうか・・・つぎの日静かに息を引き取った。燃やしてもらい、呪文を唱える和尚にさらに攻撃してもらう。今もなお。和尚の元に通う まだ私の攻撃は続いている・・・
2007/02/15
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めぐへ手紙なんて書いたこと無いけど、今日は思ってること書くさ。初めて沖縄でお前に会った時、シーサーみたいな顔やっさって思った。沖縄でも貧乏で毎日畳に新聞敷いてご飯食べてた俺を見て『なんかピクニックみたいで楽しいさ』って、お前は一緒になって毎日ご飯を食べてくれた。で、俺が東京に行く時になっても親の反対を押し切って付いて来たさ俺が凹んで沖縄に帰りたいと思っていた時でもなんで『なんとかなるさ』ってニコニコしてた?金が無くて夏は共同の炊事場で風呂に入らなきゃならなくても『プールみたいで楽しいさ』ってニコニコしてた?お前といるとどんな事でも楽しいさいつも横でニコニコしてくれてありがとういまだに家賃二万の四畳半だけど、将来は絶対沖縄に家建てるからさお前は俺にとって本当の守り神シーサーですまさみつ
2007/02/14
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4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」こっそりと中を読んでみたら、「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」と書いてあったそうだ。旦那は去年、交通事故で他界した。字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ~」最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない。
2007/02/13
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劇場の喫煙所にて。俺がボーっと煙草吸ってたら、後から来たおっちゃんが「アレ?アレ?」という感じでライターを探してた。お、これはいい事をするチャーンス!と思い、このスレで学んだように、自然に、さりげなく・・・を意識しながら自分のライターを差し出した。しかし。おっちゃんの手には、やっと見つかったらしい高級そうなライターが既に握られていた。うわ百円ライターなんて出しちゃって俺ってばもう!と慌てて手を引っ込めようとしたら、「有難う、確かあった筈なんだけどなぁ」とか誤魔化しながら俺のライター使ってくれた。こっちが有難うだよ、おっちゃん。
2007/02/12
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このスレ見るの避けてたけど、ちょっとのぞいてみた大学進学が決まって上京するとき家族がうっとおしかった自分は飛行機の時間も言わず朝一で家を出て行こうとしてた。でも、母親はおきていた。前日から寝てない模様。朝御飯の用意をしていたみたいだが時間がないからといって、家を後にした。ちょうどタイミングよく空港行きのバスが来ていておれはそれに乗り込んだ。ふと窓から外を見ると、走ってくる母親の姿。道路に立ちバスを見送る母親は泣いていた。せつなかった・・・それから10年近く実家に帰ることはなかった。電話もしない。そして去年、母親はなくなった。死に目には会えなかった。(当然だよな、こんな親不孝もんだし・・・)冷たくなって棺に入った母親のほほを触りながら一晩中あやまった。ごめん・・・素直になれなかった自分に腹が立つ。マザコンだといわれようとも俺はお母さんが好き!ぁぁぁ、このスレやっぱ見なきゃよかった
2007/02/05
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がくへ。ご飯、ちゃんと食べといてね。牛乳も飲んでください。いっぱいおみやげ買ってくるね。まゆより。http://img8a.atura.jp/bbs/4388/img/0001514120.jpgもうこんな事故が二度と起こらないことを願います。
2007/02/04
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380 おさかなくわえた名無しさん sage New! 2006/07/02(日) 17:42:17 ID:LHgFBPXG 普段俺のことをバカにしまくってるドーベルマンのロッキー しかし小学生のとき、ロッキーは俺を助けてくれた 当時お袋の実家に帰省していたとき、近所のデカい川にロッキーと一緒に 遊びにいったんだが、川の石を渡って真ん中までたどり着いたとき、 足元のコケに滑らせて転落してしまった 落ちた場所はギリギリ足が着く深さだったんだが、流されるうちに深い場所に いってしまい、パニくった俺は泳ぐことも忘れ溺れていった 釣り人はもっと上流の方に行かないといないし、道路からも遠いので 溺れながらも必死で叫んでも、誰も来ない状況 しかも川の水は冷たく、段々力が抜けていって、死を覚悟し始めた頃、 目の前にロッキーがいて、俺のシャツを噛んで川の岸に運んでくれた 正直ロッキーが来るのはありえないと思ってた だって俺はロッキーが逃げないようにリードを階段の手すりに結んでいたから どうやってロッキーは来れたんだろうって思って水を吐いて落ち着いてから ロッキーを見ると、リードが噛み千切られていた 首からも余程暴れたのか血が出ていて、こんなに必死になって俺のことを 助けてくれたのかと思うと、小学生ながらも感動して、号泣した それ以来ロッキーは俺のヒーロー
2007/01/17
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245 :それも名無しだ :2005/12/02(金) 23:36:31 ID:FWIf0SGU >>205 口笛吹けるラムネとかあったよな? あと炭酸のメロンソーダーの粉とか。 小学校の頃は遠足の際に駄菓子屋で300円分買うのが楽しみだったっけ・・・。 その店も時代の流れに取り残されて潰れてしまった。 「今まで来てくれた子達、みんな良い子達だったよ。本当にありがとう」 潰れた店のシャッターの張り紙が未だに忘れられない。
2007/01/17
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いつも見ていただきありがとうございますm(_ _)mしばらく放置していましたこのブログに以前から感じていたことをそのままお伝えしたいです。このブログは平均して一日70アクセスがあります私が更新をストップして「そろそろ潮時かな・・・このブログを辞めようかな・・・」と思っていました。年明けからずっと見ていたのですけどそれでも30~40アクセスの毎日があって非常に嬉しく思っています。こんな糞ブログでもずっと見てくれる人がいて本当に嬉しく思っています。たとえ、見てくれる人が少なくなっても「見たい」と思ってくれる人が少なからずも「いる」と言う事が、有難い気持ちで一杯です。こんなつまらないブログでいいんですか?更新もママならないんです・・・正直ネタを探すのもめい一杯なんですが、お付き合いしてくれますか?
2007/01/16
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33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:05/02/14(月) 00:48:30 ID:m/8GrOr50 消6の頃通い始めた塾にかわいい女の子がいた。 一目ぼれした。 思えば初恋だった。 でも、そのときの友達関係が崩れるのが怖くて告白できないでいた。 厨、工と同じ学校に進んだが、ずっと片思いの友達関係だった。 工三の冬、その子がいきなり話しかけてくれなくなった。 他の友達に聞くと、彼氏ができたそうだった。 悲しかったが、そのショックをばねに受験勉強を頑張ってた。 時々図書室などで、その子が彼氏と勉強している姿を見かけることがあった。 辛くて仕方なかった。 春、勉強の甲斐あってかそこそこの大学入学でき、そこでの新生活があの冬の思い出を薄めてくれていた。 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:05/02/14(月) 00:49:17 ID:m/8GrOr50 二年後、成人式のため帰郷してクラス会に参加した。 もしその子がいたら、ずっと好きだったことを打ち明けるつもりだった。 でもその子は来てなかった。 その子と三人組で仲のよかった友達二人に聞いたら、泣きだした。 その子は急性白血病で、前の年に亡くなったそうだ。 さらに、その子と俺は両思いだったのに俺がずっと告白しないから、 何度もアタックしていたあの彼氏と付き合うことになったと伝えられた。 泣いた。 盛り上がってる居酒屋の座敷の隅で、友人二人と号泣した。 成人と認められて初めて飲む酒は、思い出と涙の味だった。 消=小学生厨=中学生工=高校生
2007/01/16
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804 :Mr.名無しさん :04/10/19 22:46:06 去年の5月の俺へ おい,4月に大学で受けた健康診断の結果があるよな。 下駄箱の上でなべの下敷きになってるやつだ。よく探せ。 結果のところに要精密検査と書いてあるな。 よく見るんだ,右下だ。 分かったらさっさと病院行け。金がなかったら学生ローンで借金してでも病院行け! 就職活動やめて今すぐに病院行け! どうせ今受けてる会社はどっこも通りゃしないんだよ。 1年後,お前は,田舎に帰り町役場に勤めているよ。 高校の時付き合ってた彼女と再会して,また付き合うようになるよ。 俺は,今,とても幸せだよ。俺は,彼女と結婚したい。 彼女との間に2人くらいつくって, 住宅ローン大変かもしれないけど一戸建を建てて, 親父とお袋とも同居して平凡だけど平和で明るい家庭を持ちたい。 去年の5月の俺へ 頼むから病院行って,検査を受けてください。
2007/01/16
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天国のあなたへ 娘を背に日の丸の小旗をふって、 あなたを見送ってから、もう半世紀がすぎてしまいました。 たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんのつかの間でした。 三二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは、今どうしていますか。 私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。 あなたは三二歳の青年、私は傘寿を迎える年です。 おそばに行った時、おまえはどこの人だ、なんて言わないでね。 よく来たと言って、あの頃のように寄り添って座らせて下さいね。 お逢いしたら娘夫婦のこと、孫のこと、 また、すぎし日のあれこれを話し、思いっきり甘えてみたい。 あなたは優しく、そうかそうかとうなづきながら、 慰め、よくがんばったねとほめて下さいね。 そして、そちらの「きみまち坂」につれて行ってもらいたい。 春、あでやかな桜花 夏、なまめかしい新緑 秋、ようえんなもみじ 冬、清らかな雪模様 など四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。 私はお別れしてからずっとあなたを思いつづけ、愛情を支えにして生きて参りました。 もう一度あなたの腕に抱かれ、ねむりたいものです。 力いっぱい抱きしめて絶対にはなさないで下さいね。
2007/01/16
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勤務先の倒産で職を失い、住処も失うかと言うときに母が亡くなった。何もかもがどうでも良くなり、自棄になって死ぬ場所を探していたとき遺品を整理していた兄から一本の電話があった。「お前名義の定期預金証書が見つかった。140万ある。」社会人になってから、毎月の給料から仕送りしていた金を使わずに定期を積んでいたらしい。俺たちがまだ小さいときに父が亡くなりパートの掛け持ちで相当苦労しただろうから、せめて子育てが終わった後は金の心配をさせたくないと思い送っていた金だ。お母さん、貴女がいない世界は非常につまらないものになってしまいました。でも、もう少しだけ、悪あがきしてみようと思います。産んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。
2007/01/03
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もう何年も前になる。 中学生の弟が鏡の前で一人で笑ってるのを見掛け、吹き出しかけた。 服や髪に気を遣いだし、彼女が出来たと喜んでた時期だった。 だから、今度は笑顔を作る練習でも始めたのか?と考えた。 9つ離れてるから弟が生まれる前から知っていて、あの赤ん坊が 大きくなったもんだと、兄貴面して見なかったことにしてやった。 その後もそういう姿を幾度か見掛けた。 どれだけ経ってか、弟と喋るうちにやっと理由が分かった。 前に法事で親戚が集まったときに、みんな口を揃えて 「○○(弟)は笑ったらお父さんにそっくり!」って言ってたんだよ。 俺から見ても、確かによく似てる。父が死んだのは弟がまだ幼い ときで、弟は父の顔を憶えていない。父は写真を撮られるのが 苦手だったから、笑顔の写真が一枚もない。 弟は普段、誰かが父の話をしても、大して興味なさげにしてるだけだった。 だから、記憶に残ってなきゃこんなもんかと寂しく感じたこともあった。 でも、そんなわけないんだよな。弟は、ああやって父に会ってたのか と思うと、なぜか弟に申し訳なく切なくなる。 あの時、からかわなくて良かった。
2006/12/27
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昨日の夜。年末だし仕事も超忙しいし残業続きだし、 普通に午前2時に帰宅、いつもどおりだよ。 テーブルの上の冷めたおかずがいつもより少しリッチだった。 ボーナス出たばっかしだしな、 でもあんま飛ばして使うとすぐなくなっちゃうぞー、 オレの稼ぎは少ないぜぇー、 かなんかブツブツ言いながら食って、風呂入って、ビール飲んで即寝。 今朝、しょんべんで目が覚めたら オレの横でまだ寝てるかみさんの枕元に、花一輪。 摘みたてっぽい、なんかわからんけど、とにかく花だ。 なんか供えてあんの。 なんじゃこりゃ、と思いながらしょんべん行って 二度寝する前にリビングで、我が家で一番の早起き小僧に 「かーさんの枕元に花置いたのお前か」ってきいたら 犬の散歩の途中で近所の人に 「かーさんにあげたいので一輪だけ下さい」って貰ってきたんだと。 「とーさん、好きな女の誕生日には、花ぐらいあげなきゃだめだ」 ってマジ顔で言われた。 「あの花、とーさんから、ってことにしといてやるから。」って。 昨日、かみさんの誕生日だった。 ・・・・・わすれてた。。。。。 小4の息子、生まれた時なんか3キロなかったんだぜ、 あのチビスケがオレに貸し作りやがった。 嬉しいやら情けないやらで、朝からなんだか涙ぐんじゃったよ。 オレ、今日、ケーキ買って早めに帰るよ。
2006/12/18
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いつも迷惑かけてごめんなさい。いつも反抗してごめんなさい。いつも我儘言ってごめんなさい。馬鹿な娘でごめんなさい。面と向かって「ありがとう」と言えない娘でごめんなさい。愛情かけて育ててくれてありがとう。いつも叱ってくれてありがとう。いつも一緒に笑ってくれて、悩んでくれて、本当にありがとう。母さんの子で本当に良かった。ありがとう、大好きです。
2006/12/15
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いつも御覧頂きありがとうございます。ホマルハウトです。以前ブログの記事にしたありがとうを三度更新しました。某動画アップローダーサイトにありがとうについてのものがありまたかなり興味深かったので追加URLをアップしておきました。見る限りまだまだ続きがあったようです。よかったら見てください。ありがとうの続きがありました 2http://plaza.rakuten.co.jp/yasasikunaretara/diary/200611020003/ホマルハウト
2006/12/15
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ヽJ(`Д´)しノ そんな悪い子はウチの子やないっ!出て行きなさいっ! (ノД`) アーンアーン、出て行ってやる~ ヽJ(`Д´)しノ 待ち!その服はオカーサンが買うてやったんや!置いてき! (ノД`) アーンアーン(服脱いで出て行こうとする) ヽJ(`Д´)しノ 待ち!そのパンツもオカーサンが買うてやったんや!置いてき! (ノД`) アーンアーン(パンツも脱いで出て行こうとする) ・゚・J(ノД`)し・゚・。 待ち!アンタはオカーサンがこしらえたんや!置いてき!(ギュー) ・゚・(ノД`)・゚・。 カーチャン、アーンアーン(ギュー)
2006/12/13
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799 名前:素敵な旦那様[sage] 投稿日:2005/10/05(水) 13:58:13 息子へ。 お前とはじめて会った時、お前はまだ3歳だった。 母さんの後ろにすっぽり隠れて恥ずかしそうにしていたな。 お前と母さん二人暮らしの部屋に遊びに行き、帰らないでと泣かれた時、 俺は決心したんだ。母さんとお前を絶対に幸せにすると… お前に淋しい思いはさせないと。 あれから俺の親父ぶりはどうだったか?親父がいて良かったと思ってくれただろうか? それとも、こんな親父ならいらないと思われていたのだろうか? 俺なりにお前を必死で愛してきたが、伝わっていたのだろうか? お前が大人になった時、酒でも飲みながらそういう話もしてみたかったぞ。 大学生になったお前、社会人になったお前、子を持つ父親になったお前 もっともっと見たかったぞ。 息子よ、一人で淋しくないか?ごめんな、一人にさせてしまったな。 俺はまだそっちには行けない…もう1つの約束、大事な母さんがいるからな。 母さんの事は心配するな、俺が一生大事にしていく。 あと何十年後になるだろう、母さんお前そして俺、また3人で仲良く暮らせる日が 来るだろう。それまで待っててくれな。息子よ、お前に会いたいぞ…
2006/12/10
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この前病気になったんですよ、末期のね。で、生まれて初めて飼い主との別れを経験したわけですわ。正直最初は別れって簡単なもんだと思ってたのよ。野良猫時代は普通のことだったからさ。あのね、俺が間違ってた。あれは猫が経験するもんじゃない。冷血動物だね、は虫類だけが耐えられるものだよ。最初に動物病院に入った時さ、めちゃめちゃ痛くて脚そろ~って動かしてそろ~っと尻尾ひきずったのよ。10秒くらいかけてさ。でなんか体が動かなくなって診療台の上でへたりこんじゃったのさ。そしたら飼い主がさ「苦しいのか」とか目で訴えてくるの。同じ過ちは2度繰り返さないのが俺よ。だからニャーンて鳴いたのさ。えぇ、そりゃもう鳴きましたとも。全てを忘れて鳴いたよ。家に迷い込んだ時のヤツの暖かいまなざしとか、初めて膝で寝たときにホントに気持ちよかった事とか、エサをくれる時の呼び声とか色々思い浮かんでくるのを頭から振り払ってね。だって長引くと飼い主がつらいだろうって思ったからね。そしてらエライ事になった。もうすごい即死。そして飼い主のすごい涙。幅3cmくらい。昔の漫画だけど星飛雄馬やはだしのゲンにも負けない。それで横見たら飼い主がすごい悲しそうな顔を俺の方に向けてんの。ホントごめんなさい。正直「飼い主を苦しみから救ってやるのが義務だぜ!」なんて見栄張らないで素直に最後まで悪あがきしてやればよかった、せめて自然に任せて死ねばよかったと思ったよ。心の底から承諾書にサインさせた事を後悔したね。でも埋葬が終わって天国で「飼い主って寿命ありすぎるよな!これだから人間は。今度は長生きするカメにでも生まれるか」とか言っちゃてんの。ホント俺ってダメ猫。…もう泣かないで下さい。
2006/12/08
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114 :考える名無しさん :2006/05/05(金) 13:14:30 雨の日に。 傘を忘れてずぶ濡れで歩いていて。 友達は傘を渡してくれるけれども、断る。 すると自分の傘を閉じた友達。 二人でずぶ濡れになって歩いた。 傘を差し出されても受け取れないような 無駄にプライドの高い人間を気遣ってくれる姿に 自分の下らないプライドを心から恥じた。 翌日、二人揃って風邪をひいた。
2006/12/05
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社会人になって初めて迎えた母さんの誕生日。「いつもありがとう」ってプレゼントを渡したかった。でも照れくさいし、もし選んだプレゼントが気に入ってもらえないと怖かった。だから「選ぶのめんどいから」って嘘ついてデパートに連れて行って、「何でもいいから適当に買えよ」とぶっきらぼうに言うと、「高いエプロンだけどいい?」とおずおずと見せに来て、値札見たらたった3000円。「こんな安物かよ」とひったくって後ろ向いて、泣きそうな顔を見られないようにレジに走った。服でもバックでも、ほかに何でもあるだろ、財布の中に給料全部入れてきたんだぞ!って涙が出たけど、トイレで急いで顔洗って、そ知らぬ顔で袋を渡した。そしたら、母さんがうれしそうにそれを抱きしめたのを見て、また泣きそうになった。いまでも帰るたびにそのエプロンつけて飯作ってくれて、ありがとう。ほんと美味いよ。世界一だ。いつも素直になれなくてごめん。マザコンでもいいよ、母さん大好きだ。
2006/12/04
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新婚早々義父母と同居した母。当時ガチガチの教職者だった義父母に召使い同然に扱われ続けてた。何も言われないようにいつも完璧な家事をこなしてたしご飯すっごい美味しいかった。私のピアノお稽古バッグも売れるくらい立派なの作ってくれた。今も大事に持ってるよ。たまに来てた義姉は母の結婚祝いに裁ちハサミを贈るような基地外。味噌汁すら美味しく作れない義母に、母を家族として扱わない義父。私にとっては優しい祖父母でも、母にとっちゃ憎らしい相手だったよね。黒い服に凝ってた母に、義姉と義父が「黒は昔は娼婦が着る色だ」等と言ったこともあったね。どんなに嫌な目にあっても、決して家事放棄しなかった母ちゃん。すげえよ。あんな義父母プラス姉に何言われても家出もしなかった母ちゃん。えらいよ。絶対に家の為だけの女にはならないって、仕事もこなした母ちゃん。枯れたらオシマイって家の中でも小奇麗に、外ではいつもお洒落してた母ちゃん。私の身内はあなただけよって私に言って泣いてた母ちゃん。世界一可愛い、世界一大切だよって言ってくれた母ちゃん。強く美しい母ちゃんは私の永遠の憧れです。 私も母ちゃんの子孫を残しました。まだまだ親孝行たっぷりするから、何が何でも健康でいてよね。
2006/12/01
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「私の人生は普通の人よりも短かった だけど○○君と一緒に 過ごせたことで 普通の人よりも ずっと幸せな日々を送れた」「僕の恋人」フラッシュswf(音量注意してください)http://www.geocities.jp/urya_com/kanojo.html【製作者】うりゃ氏
2006/11/30
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まず最初にコメントやBBSに書き込みした中で気を悪くされた方に謝ります。大変失礼しました。と言うのも私自身は夜になると酒の勢いで色々記事とかコメントを書いてしまう【悪い癖】がありましてこのブログ管理しているにも関わらず、その内容にそぐわない発言をしてしまってると深く反省しています。なんでしょうか。酒を飲むのと飲まない時との気の持ちの持ち様が180℃変わってしまうんです。これは、多分誰にも止められないとんでもない非常識な事をやらかしていると理解しても、自分自身でも止められない大変申し訳無い悪い癖なんです。朝になって「何でこんな書き込みをしたのだろう」と頭を抱えてしまいます。せっかくこんなつまらないブログを見てくれる人がいてコメントやBBS残してくれる人がいるのに、邪険にしている自分に嫌気が差します。【このブログを見て頂いた方へ】やさしくなれたら・感動をテーマにこのブログを立ち上げました。管理人の酒癖悪さに嫌気をささずにこれからも暖かく見守って頂ければ幸いです。ホント勝手言ってスミマセンm(_ _)m管理人@ホマルハウトm(_ _)m
2006/11/29
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433 名前:もしもし、わたし名無しよ 本日のレス 投稿日:2005/04/26(火) 22:16:09 数か月前に俺は老人ホームへ三日間の実習に行ってきた。 俺は実習二日目に痴呆の婆さんの大切な飯茶碗を割ってしまった。すぐに婆さんの部屋に行き何度も謝った。 婆さんは、失敗は誰にでもある、話してくれてありがとうと言ってくれた。 そして実習失敗続きで凹んでいる俺を婆さんは励ましてくれた。 励まされた俺は婆さんと仲良くなり、たくさん話をした。 俺は婆さんにお返しをしたくて帰りに筆と画紙と婆さんが好きな花の柄の飯茶碗を買って帰った。 慣れない筆で画紙に見やすいようでかい字でばあさんに簡単なメッセージと花の絵を書いた。 それにしてもヘタ糞、才能ねぇな、俺…○| ̄|_ しかし痴呆の婆さんはさっきまで一緒だった俺の事も話も もう忘れてんだろうよ、なんとなくせつねえ。 次の日俺は婆さんの部屋に行き、飯茶碗ときたねえ絵手紙を渡した。 しかし、婆さんは前日の事なのに俺の名前や話した内容まで結構覚えていた。 これには職員も皆、驚いていた。 10分前に入った風呂の事さえ忘れてる婆さんなのにな…。 ヤベ…何だかちょっと嬉しい(*゚∀゚)=3 婆さんは俺のきたねえ手紙に嬉し泣きしだした。 会いにすら来ねぇ、息子夫婦がいつ迎えに来るか?と一日に何度も質問する婆さん… 俺のきたねえ手紙がそんなに嬉しいのか…泣けてくる。 思わずシワシワの手を握っちまったじゃねーか、この野郎ヽ(`Д´)ノ 三か月後俺はヘルパーとして施設に就職が決まった。 久しぶりにあの婆さんにも会いたくなり実習先に報告に行った。 しかし婆さんはいなかった…。 職員はあの婆さんは亡くなったと告げてきた…。 婆さんは後日、自分の部屋の壁に俺のきたねえ手紙を 職員に貼ってくれと頼んだそうだ。 茶碗は使わず毎日磨いて小型テレビの上に飾っていたそうだ。 そして亡くなる前日の朝飯を俺の飯茶碗をおろして使ったそうだ。 俺はその場で号泣してしまった。 ……みんな見てるのに情けねえ。・゜・(ノД`)・゜・。 仕事も長続きしなかった俺だけどこの仕事だけは 長く続けようと強く誓ったよ
2006/11/26
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524 名前:水先案名無い人 :05/03/13 19:53:57 ID:dt5fi3EJ0>>520の747の質問に Yes って答えられたことあるダメダメな私。 でも、その人が潔い とは思えなかった。 「こういう時はウソつけやぁ!」 てオモタ。スレ汚しスマソ
2006/11/26
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実況 NHK:山本浩 彼ほど悔しい思いをしたサッカー選手がいたでしょうか 彼ほど非難の的になったサッカー選手がいたでしょうか 自分の力ではどうにもならない悲しさ、 異国の地で孤独に押しつぶされそうになった夜 彼はそれらを全て前に進むためのエネルギーにしてきました。 今、彼ほど日本中から愛されている男はいません。 そして、彼ほどサッカーを愛している男はいないでしょう。 彼は1人ではありません。 彼が胸の前で握りしめている拳の中には我々の魂が握られています。 キングの称号を持つ男が、今ピッチの中へ走り出していきました。 三浦知良、ワールドカップ、デビュー戦です。 【三浦知良】wikihttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B5%A6%E7%9F%A5%E8%89%AF
2006/11/26
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正直自分でも勘違いだとおもうんだけど 幼稚園~小学校低学年までくらいの頃なんだけど 近所にしゃべる犬が居たような記憶があるw 毎週土日に川原に座ってるから 暇な時はその犬の所へ遊びに行ってた クッキーあげたり撫でてやったりしてた かなり流暢に話すから、楽しくて仕方なかった ある時いつものように川原へいったら 犬が箱をくわえてて、「ありがとう」つって俺にくれたんだけど それ以来全く姿を見なくなった なぜか、もう二度と会えないっていう確信があっておお泣きしたよ 当然だれもそんな事信じてくれないw でも、その時の箱はいまでもちゃんと飾ってあるんだよね ちなみに中にはすごく綺麗な石が入ってる まぁ、その出来事で何がかわった訳でもないし 本当でも勘違いでも何も困らないから 単純に素敵な記憶として覚えておこうって思ってるんだけどねw つまんなくてごめん
2006/11/25
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クリスマスの朝、昨晩用意しておいた靴下を見てみるとけっこう膨らんでいる。 わくわくしながら探ってみると、1枚の紙切れが。 「あさごはんです」それを見た後、靴下をひっくり返すとサランラップに包まれた3つのおにぎりが。 それを泣きながらを食べていると玄関から「○○(自分の名前)~!」という 両親の声。 行ってみると父がプレゼントを持っていて、こう言った。 「いやあ~、サンタさんが間違って玄関にプレゼントを置いてったらしいぞ。」 その後、プレゼントを渡され、嬉しくてまた泣いた。 今思えば父の肩には雪が乗っかってた。 おそらく、取り寄せてもらっていたプレゼントを急いで取りに行ってくれたのだと思う。 そんな父は単身赴任の身となり、クリスマスを一緒に過ごす事は滅多にない。 今となっては遅いけど、言わせてもらう。 「ありがとう」と。 そして、小五の妹の為に言わせてもらう。 「靴下に朝ごはんを入れないでください」と。
2006/11/24
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1年の価値を知るには 卒業試験に落ちた学生に 聞いてみなさい 1ヶ月の価値を知るには 未熟児を産んだお母さんに 聞いてみなさい 1週間の価値を知るには 週刊誌の編集者に 聞いてみなさい 1時間の価値を知るには 会うのが待ちきれない恋人達に 聞いてみなさい 1分の価値を知るには 電車やバス、飛行機に乗り遅れた人に 聞いてみなさい 1秒の価値を知るには 事故で生き残った人に 聞いてみなさい 千分の1秒の価値を知るには オリンピックで銀メダルを獲った人に 聞いてみなさい 時間は待ってくれません あなたの持っている全ての時間を大切にしなさい
2006/11/21
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259 :ぱくぱく名無しさん :sage :2006/06/12(月) 21:35:25 ID:rHYgxjEOP(2) おまいら、き込み者に萌えてどうするよw 鉄のフライパンに萌えろよな 以下、どうでもいい独り言なので、スルーしてくれ -------------------------------- 一人暮らしを始めるにあたって、意気込んでフライパンを買った ブランドとかわからんが、とにかく28cmのやつを1本 それまで、料理なんて全くしなかったんだが 一人暮らしだから自分で作るしかない そう思って、買った 空焼きしたり、油を馴染ませたり、手入れを怠って真っ赤に錆びさせたり それを金たわしでゴシゴシやって、また空焼きして油を馴染ませたり とりあえず、目玉焼きは、上手になった 彼女ができた すんげーかわいいし素直 だけど、料理はぜんぜんダメだったw たまの休みの日には俺が、ちょっとだけ贅沢してステーキを焼いた 彼女はミディアム、俺はレアが好きだった このフライパンは、お前と出会う前から俺と一緒に暮らしていると 言ったら彼女はふくれっ面になって、それから笑った俺と彼女は幸せな時間を過ごした 料理が下手な彼女は、目玉焼きを何度も焦がした 俺は笑いながら、焦げた目玉焼きを美味しく頂いた 大事なフライパンなのに、ごめんなさいと、彼女は詫びた 大丈夫だよと金タワシでこすって空焼きしたら、彼女は フライパンの深く碧い色を「きれいね」と言った 彼女は、突然、いなくなった 事故だった 俺は今も、時々、フライパンを金タワシでこすって空焼きする 深く碧い色が蘇る 彼女の「きれいね」という言葉が蘇る 28cmのフライパンは、俺と一緒にいる 焦げた目玉焼きはもう食べられないが フライパンのおかげで、彼女の「きれいね」は 今でも、いつでも聞けるんだ
2006/11/20
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36 :素敵な旦那様:04/10/02 07:58:47 嫁の日記を盗み読みしたら いつも昼飯は、納豆ご飯やお茶漬けしか食べてないって分った。 友達とファミレスに行くのも月に一度と決めてるらしい。 俺に美味しい料理を食べさせたいからみたいな意味のことが 書いてあった。昼飯けずって夕飯にまわすって。 しかも、すげー明るく書いてあんの。 「今日は○ちゃん(俺)の好きな牡蠣を買うのだ~」とかさ。 俺の文句とかも書いてあるけど、文句書いてるくせに最後は俺を庇ったこと書いてるし。 マジで泣いた。もっと俺に甲斐性があれば昼から寿司でもなんでも食わせてやるんだけどな。 給料少ないのに専業で居てくれって言ったの俺だし。 金のことで責められたこと一度もないし(タバコ減らせとは言われるが) 節約も楽しいよーとか言ってたし。 盗み読みは良くないことだが、結婚してよかったってつくづく思った。 こんなに俺につくしてくれたのって親以外で初めてだし。 何もしてやれんから、浮気だけはしないと誓うよ。ま、浮気しようにももてないからできない俺だがな。 これを元ネタにしたflash「結婚してよかったな」http://www.geocities.jp/ejisonlove/kekon.html以前<この記事にした>ものと同じものでした。
2006/11/18
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もう十数年前になるけど、嫁が急逝してドロップアウトした。 赴任先の基幹病院のある地方都市。俺の嫁は誰も知り合いもいない土地で、 最後まで子供の心配しながら最後まで俺に謝り続けて一人で逝った。 3歳の娘一人残して。 葬式の時、娘は「ママいつ来るの?ママいつ起きるの?いつ起きるの?」 ってずっと泣いていた。 娘は嫁の実家で面倒みてもらいながら仕事に戻ったよ。忙しい病院だった事に加え、いつも学会準備に追われていたので帰宅は毎日遅かった。それでも休みの日には嫁の実家に泊まりにいって、少しでも娘と一緒にすごすようにした。 母親がいなくなった事も受け入れているようで、俺がいくといつも笑って走って 来て「パパー!!」って抱きついてきた。 嫁の実家に行ってからは泣くこともなく娘は楽しく暮らしているように見えたよ。 嫁の実家で娘と一緒に寝ていた時、深夜にすすり泣くような声で目が覚めた。 俺が起きた事に気が付くと、一生懸命に寝た振りをしようとしていたけど、 すすり泣く声が漏れる。娘を抱き上げて、どうして泣くのを我慢するんだ?って聞いても黙っていた。何度も何度も聞いたら、「じいちゃんとばあちゃんに、パパは忙しくて疲れているのだから絶対に泣いたりして困らせちゃダメ!」 って言われてそれを一生懸命まもっていたらしい。 嫁の実家の生活でも気をつかって、いい子でいなきゃいけないって頑張って、 3歳の子が泣きもせず、わがままも言わずに祖父母の言う事もよく聞いて、毎晩 ふとんの中で祖父母を起こさないように一人で声を殺して泣いていたらしい。 娘は嫁の実家に来て以来はじめて大声をあげて泣いた。 「ママんとこ行きたいー おうちに帰りたいー おうち帰るー」ってずっと叫んでいた。 娘にとっては大好きな母親と暮らしたあの家だけが「自分のおうち」だった。 今まで言えなかった思いが噴き出して狂ったように朝まで泣き叫んでいた。 驚いて起きてきた祖父母も悟ったらしく一緒に泣いていた。 娘に「もう頑張らなくていいんだよ。おうちに帰ろうね」と約束して抱きしめて 一緒に泣いた。 <続き>
2006/11/17
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医局を辞める決意をしたよ。娘を連れ帰ると決めたので、少しでも娘と一緒にいる為に。 週休3日の自由診療のクリニックへの入職も決めた。休みが多く早く帰宅できて、当直や オンコールのない職場ならなんでもよかった。 教授室のドアをたたき事情を説明した。教授はドロップアウトする俺を、汚物でもみるような目でみて「いいから早くここから出て行きなさい」と言ったのを最後に目もあわせてくれなかった。上の先生達にも、数時間なじられた。赴任先の病院を急に辞める事で迷惑かけるので、血の気の多い先輩には殴られた。 退局後、祖父母に心からのお礼を言って娘を連れ帰ってきた。小さな仏壇も用意して、 その前が娘のお気に入りの場所になった。 昼間は保育園にあずけたり、嫁の実家にあずけたりして新しい仕事を始めた。 早いと4時、遅くとも6時には帰る事ができるクリニックだったので、娘とすごす時間は格段に増えた。包茎手術から植毛、美容外科までなんでもやった。 大学の同期の連中からは白い目で見られ続けた。その手のクリニックが今よりはるかに あやしいイメージの時代だったので。 こんな医者として最下層までドロップアウトした俺を見て育ったのに、娘は医学部に行きたいって言い出した。正直、今の情勢で医者になるのは疑問だったけど、こんな 俺を見ながらにして同じ仕事を目指してくれたのが本当にうれしかった。 医学部に合格して、娘と二人で母親の墓前に報告にいった。こんなにいい子に育ってくれたと胸をはって報告できた。 娘が社会にでて、幸せにしてくれる旦那をみつけたら俺はいつ死んでもいいな。 ちょっと疲れたよ^^;。 医局員が見たら誰の事か一目瞭然だな。その節は本当に御迷惑おかけしました。 娘と二人でなんとかやっています。 <戻る>
2006/11/17
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___ ____ ─=ニ二__  ̄ ̄ ̄  ̄ ̄ ̄"""'''''''''── __  ̄ ̄ ̄二二ニ=- '''''""" ̄ ̄ -=ニニニニ=- 元気にしてるかな・・・ あいつ ∧∧ _,,-''" _ ,(ュ゚ /^),-''"; ;, ' / ,_O_,,-''"'; ', :' ;; ;, '' (.゙ー'''", ;,; ' ; ;; ': , ' _,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :' _,,-','", ;: ' ; :, ': ,: :'
2006/11/15
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540 名前:( ´∀`)ノ7777さん[] 投稿日:2006/04/09(日) 05:31:22 ID:s1fvg9WR 今から5年くらい前にヤフオにウィッグを出品した事があった(全ヅラタイプ) 出品して二時間、早期終了願いが質問欄から 断ると、あまりにもしつこいので理由を聞いてみたら… 白血病の姉が一時帰宅する事になったからプレゼントしたいとの事 感動してしまい、速攻終了して他にも出品予定だったウィッグを全部オマケして速達で送った かなり赤字だったけど何だか満足だった それから二週間くらい過ぎた頃、手紙と写真が送られてきた とびきりのお洒落に、例のウィッグ姿 満面の笑み とても綺麗な21歳の女性でした 手紙には感謝のメッセ 嬉しかった 541 名前:( ´∀`)ノ7777さん[] 投稿日:2006/04/09(日) 05:31:59 ID:s1fvg9WR それから自然に彼女との文通が続いた 二年半を過ぎた頃、パッタリと手紙がこなくなった それから半年くらい過ぎた頃 妹さんからA4サイズの封筒が届いた 中には写真と、書き掛けの手紙 そしてもう一枚別の写真 葬儀の集合写真だった… 涙が止まらなかった… 以前手紙に私は、いつか退院したら、素敵なプレゼントあげるね☆って約束した それは高価だったけどとても彼女に似合いそうなウィッグと洋服 先月プレゼントを持って初めて彼女に逢いにいった もちろん彼女が眠る場所に…
2006/11/15
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中三の頃、母が死んだ 俺が殺したも同然だった・・・ あの日、俺が楽しみにとってあったアイスクリームを、母が弟に食べさせてしまった 学校から帰り、冷凍庫を開け、アイスを探したが見つからなかった 母親に問い詰めると、弟が欲しがったのであげたと言った その時楽しみにしていた俺は、すごく怒った 母親に怒鳴り散らし、最後に「死ね!」と叫び、夕飯も食べずに部屋に篭った それから何時間か経った 俺は寝てしまっていたようだ、が、父親が部屋に飛び込んできたので目が覚めた 「母さんが轢かれた・・・!」 あの時の親父の顔と言葉を、俺は一生忘れないだろう 俺達が病院に着いたとき、母親はどうしようもない状態だと言われた 医者は最後に傍にいてあげてくださいと言い、部屋を出た それから少しして、母親は息を引き取った その後、母親があの時間に外にいた事を父から聞いた 買い物に行くと言って出て行き、その帰りに車に轢かれた事 現場のビニール袋の中には、アイスが一つだけ入っていた事 救急車の中でずっとごめんねと呟いていた事 その時、俺のために母はアイスを買いに行って事故にあったとわかった 通夜と葬式の間中、俺はずっと泣いた そして、今でもこの時期になると自然に涙が出てくることもある 母さん、ごめんな 俺が最後に死ねなんて言わなかったらと、今でも悔やみ続けているスレ汚しスマソ このスレを見て感情的になって書いてしまった
2006/11/13
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親父のことなんだが… 親父の車はマーク2だった。 黒くてぴかぴかで大きくて、免許取立ての漏れには例えオサーン車だろうが 憧れの対象だった。 いい練習台にもなってくれた。親父に内緒で大学へ乗っていったこともある。 親父とマーク2のお蔭で漏れは車幅感覚の掴み方を覚えることが出来た。 親父はある日、雨の中央道でクラッシュした。 スピードの出しすぎだったのかハイドロ起こしたのかは知らんが、単独で ずいぶん酷い事故をやらかしたと連絡が入った。 慌てて家に帰ると事故ったはずの親父がへらへら笑っていた。 「車はどうなった」と聞くと「廃車だわ」とへらへらしていた。 迎えに言った母によるとマーク2は見るも無残な姿になっていたらしい。 後部座席も助手席も完全に潰れ、同乗者がいたら確実に死んでいたと聞いた。 親父が無傷だったのは奇跡だという。 車が守ってくれたのかと思ったが、反省の色が無い親父に無性に腹が立った。 続きを読む
2006/11/10
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長くてスマソ しばらく後で、親父宛に大きな包みが送られてきた。 中身はマーク2のナンバープレートだった。 所々凹んで傷だらけになってはいるが、そこには見慣れた数字が並んでいた。 親父はそれを手にとって、傷を触りながらじっと眺めていた。 「父さん、マーク2帰ってきたね」そう言ってみたら親父は 「そうやなあ」とだけ言った。 車を無くした親父は必要に迫られてヨタの不人気車を買った。(よりによってアバロン…) 以前は浮気ばっかして家族サービスなんぞしなかった親父が、家族皆を旅行やら ドライブやらに連れて行ってくれるようになったのもそれからだった。 今思うと、あいつは命をかけて親父を変えてくれたのかもしれない。 自分の車じゃないから愛車と言えないかもしれないが… 漏れはあのマーク2に感謝している。 今、マーク2がいたところに漏れのレビンが停まっている。 黒を選んだ理由は親父には秘密だ。 1へ戻る
2006/11/10
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俺は親父の存在を知らない。 親父は俺が1才になったころ事故で死んだらしい。 海で亡くなり死体も揚がらなかったので遺骨は無く、遺影だけが仏間に置かれている。 突然いなくなった親父。 まだ若かった母さんが、その死を受け入れるのにどれだけ時間がかかっただろう。 出来たはずなのに再婚もせず、たったひとりで俺を育ててくれた。 今年の俺の誕生日の朝、仕事に向かう俺に母さんはこう言った。 「あんたもお父さんと同じ年になったねぇ」 俺はあと何年生きられるんだろう。 あと何年、一緒にいてあげられるんだろう。 たくさん親不孝してきた。 いなくなってしまえと思った時期もあった。 でも、母さんがいたから生きていられた。 母さんが守っていてくれたから寂しい思いをしないでいられた。今年、俺は結婚し、母親と同居してる。 早く孫を見せてやりたい。
2006/11/09
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死のうと思ってとある山へ行った。 手首を切っても死にきれず、血だらけでほげーっと山を歩き回った。 すると前方からオッサンがやってきた。俺はまさか他人に会うと思わなかったので、 びっくりしたんだが、どうやら相手も自殺志願者だったらしく、片手に酒瓶、 もう片手にロープを握り締めていた。 俺は何故か悲しくてわーっとそのオッサンに抱きついてしまった。 オッサンは「とにかく山を降りよう」と俺を連れ、歩き出したが、道なんか 分かるはずも無い。俺はまたも泣いてしまった。オッサンは「大丈夫だ必ず降りれる」 とはげましてくれた。翌朝明るくなってようやく登山道発見。二人で山を降りた。 オッサンは救急車を呼んで俺を乗せてくれた。自分では気づかなかったが、かなり 出血がやばかった。お世話になった病院の人や看護婦さん、そしてあのオッサンのため、 俺は生きることにした。あれはオッサンの姿をした天使だったのだ。名前くらい聞けば良かった。 願わくばオッサンもどこかで生きていてくれることを望む。
2006/11/09
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510 名前: 大人になった名無しさん [sage] 投稿日: 2006/03/27(月) 13:52:48 俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。 まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。 この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、 良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。 こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、 やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。 あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。 父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。 一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。 でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、 その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。 当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、 「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。 星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。 でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。 突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。 いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。 同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人抱き合ってわんわん泣いたっけ。それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。 高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて俺が言っても、 「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って冗談めかして笑ったっけ。 そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。 結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。 でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。 良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。 心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。
2006/11/07
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若い兄ちゃんが携帯をいじっていた。隣にばあちゃんがいて、ばあちゃんは 「医療機器使ってるから電源切ってください」と言った。 その男は「来たメールを読んでるだけだから」と言って、いじるのを止めない。隣のリーマンが 「今は読んでるだけでも読んでるうちにメールが来るかもしれないだろ。切りなさい」 と言った。兄ちゃん、怒り狂った口調で「ああ?!!」 逆切れだ!リーマンやばいぞ!(兄ちゃんはかなりいいガタイ) 見てる人が皆そう思ったとき、兄ちゃんは携帯をリーマンに突きつけながら言った。 「見ろよ!俺に来た最後のメールは4ヶ月前だ! それ以来誰も送ってこないんだよ! 今更誰が送って来るんだよ!!! 俺から送る相手もいないんだよ!!!」 みんな黙り込んだ。しかしその中に一人だけ、無愛想な顔をして彼に近付く若い女がいた。 彼女は男から携帯を奪い取ると何か操作をして、再度男に突き返した。 男が呆然としていると、女は自分の携帯をいじり始めた。 しばらくして、男の携帯が鳴った。 男は目を見開いてぱちぱちさせながら携帯を見た。 もうね、多分みんな心の中で泣いてた。男も泣いてた。 世界は愛によって回っているんだと実感した。
2006/11/06
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■ [コピペ]この間ラーメン屋で30分待ちで並んでいた時のこと この間ラーメン屋で30分待ちで並んでいた時のこと 前にいたオバサンが携帯でなにやらゴソゴソ話をしていた。 別に聞く気は無かったのだが、どうも買い物している友人に 今からラーメン食べるところだからこいということらしい。 それから20分位経って俺の番まで後5人位になったとき オバサンの友人が二人現れ、こっちっこっちと呼ぶオバサンの後ろ私の前へ 何のためらいも無く割り込んできた。 あまりのずうずうしさに唖然としたが、どうにも腹の虫が収まらず 「非常識でしょう、割り込みは」と文句を言ったら 「最初から彼女たちの分も取っていたんです」と並んでいたオバサンに平然と言い返されたれた。 それを見ていたオバサンの前に並んでいた20才位の学生さんらしき彼が 私を始めその後ろに並んでいた14・5人に向かって一言 「いやー久しぶりです 皆さんの分取っておきましたから私の後ろへどうぞ」 それを聞いてオバサン達は「なんて白々しいことをするの」と学生さんに言ったら 後ろにいたリーマンが「そりゃあんたたちのことでしょ」で一同拍手 騒ぎを聞きつけたバイト君がオバサン達に決めの一言 「三人とも後ろへ並んでいただくか帰っていただくか決めてください」 オバサンたちはブツクサ文句を言いながら帰っていった。 残った皆は学生さんとバイト君に感謝の言葉を送った。
2006/11/04
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今は家に取りに来なきゃいけないものがあって帰ってきた。 急いでるのにウケるよね。2chに書き込んでる暇があるならさっさと病院行けって 感じだろうね。病院行きたくないんです。 母さん、死んじゃった。 朝死ぬことねぇだろ…本当に母さんらしいね。 ほんっと、人騒がせな親だよなァ。 ねぇ、母さん。死んだら芋ようかん食えないよ? 死んだら、買って行ってあげないよ? 死んだら食べれないんだよ? 本当に急すぎて、ネタだと思われるだろ? 人騒がせだなァ… 母さん、ムカついてるでしょ? 医者にはあと一ヶ月って言われてたのにね。 一ヶ月、芋ようかん食べれたのにね。俺も買って行ってあげたのにね。 何でだよ、棺おけに芋ようかん入れたくないよ。 買って行くから、また食べてよ。また笑ってよ。 また俺の名前呼んでよ。 元ネタhttp://img8a.atura.jp/bbs/4388/img/0000894884.zipの61あたり1に戻る※まとめ※最初に2chに書き込まれたレスはこちら二番目のレスはこちら三番目のレスはこちらyoutube動画(問題があるようでしたら削除します)http://www.youtube.com/watch?v=nYrC1mRERGU
2006/11/02
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ありがとうすいません。今まで泣いてました… 厚かましいけど、書かせてくれ。お願いします、書かせて下さい… 最近はずっと起きてる。なるべく寝ないようにしてる。寝ても二、三時間くらい。 後、俺の家族に残された一ヶ月って時間を、出来るだけ記憶に留めておきたかったんだ。 寝てしまうその時間すらも惜しいんだよ。俺に何か出来ないか、俺に何か出来ないか、そればっか考えてる。 残念な事に、俺には何も出来ないんだよ。病気の進行は容赦ない。母さんをすぐに蝕んでいくんだ。 薬の副作用で母さんの顔がむくんで、髪がボロボロ抜け落ちていった時に、 「アハハ、お母さんブサイクになっちゃったわねぇ~!!」 って、母さんは元気いっぱいに俺に言ったんだ。 俺が病室を出ると、母さんの泣き声が漏れてきた。俺は病院の廊下で恥ずかしながら泣いたよ。 俺の前では元気いっぱいに振舞っていたのは親心なんだって気付いたよ。 母さん、俺バカでごめん。 だから、俺が出来る事って稚拙だけど、母さんの好きな芋ようかんを買っていってやったんだよ。 俺はたまに買って行ってやるんだ。母さんが病気になる前から、給料入ったらお土産で買ってくのね。 はしゃいで、顔をくしゃくしゃにして喜んで…食べながら泣いて… 日常ってとても素晴らしいものだね。些細なことでもキラキラしている。 芋ようかんですら愛しくて、ありがたくて、涙が出てしまうくらいのものだよ。 俺はきっとこれから、いつもの芋ようかんを買う和菓子屋を通る度に そのキラキラした日常を思い出して、泣いて、「ありがとう」って感謝するんだろうね。 本当は眩しいくらいのものなんだよ、日常って。 絶対に家族ってとてもとても眩しいものなんだよ。 だから、恥ずかしくても自分の家族にありがとうって言ってやってくれ。 暖かくてキラキラしててかけがえのないもの。 俺の中では永遠に生き続けるもの。 母さんありがとう。 …もうだめぽ。スクリーン半分涙で見えねぇよ。。。 続きを見る※まとめ※最初に2chに書き込まれたレスはこちら二番目のレスはこちら三番目のレスはこちら
2006/11/02
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