全2件 (2件中 1-2件目)
1

1月も今日で終わりですね…一昨年の師走…施設入所の母に目で楽しんでもらおうとコツコツ作って持って行ったフェルトのお節です…喜怒哀楽が乏しくなってた母ですが何点か手に取ってしげしげ見てくれました…少し目が輝いたようにも見えましたがほぼ無反応でした…苦笑それでも亡き母との忘れられない懐かしい想い出です…ここ何ヶ月か道新の日曜版NEWSクロスワードにはまっている夫。今日も新聞を隈なく読み終わった後、その新聞を私に譲るなり早速挑戦~そしてそれからが私の忍耐の始まり?!新聞は黙読するのに何故かクロスワードは声を出して行う癖がある夫~マスに入れるワードが簡単に次々見つかった時は「おう!大したもんだな!俺!」と鼻高々~なかなか見っからない時はあ~でもない!こ~でもない!と何度もワード探しを声を大にしてのマス埋め~挙句に「おい!これなんだと思う?」とこちらにも何度か振ってくる。(おいおい!)横で新聞の記事、田中将大投手の楽天復帰会見の記事を読んでた私は夫の度重なる妨害で文字を追うだけで内容は一つも入ってこず一向に前に進めません!なかなかマー君は楽天に復帰できません…笑中断させられる度「あれっ!さっきどこまで読んだかな?」と振り出しに戻る羽目に…気分よく遊んでるので水を差すわけにもいきませんし…あぁ~早くマスが埋まって!!と祈る思いの毎週日曜日です。来週は新聞をゲットしたら夫に捕まらないうちにそっとリビングから自室に退散しよう!笑
2021年01月31日
コメント(0)

今日は97年の人生に幕を下ろした母が逝って6回目の月命日です…娘の私より早く婿殿である夫が仏壇に線香をあげててくれてました…感謝!あの日の夏の空とは打って変わって1日中雪降りのどんよりした今日の冬の空です… 昨年夏のお隣の庭に咲くテッセン~母の面会に行く朝、あまりにも綺麗だったので撮らさせていただきました… 7月暑い夏…その日3回目の母急変!の電話が施設から夜遅く入りました…それまでも度々呼び出しがあり、その度峠を乗り越えてくれた母…「きっとまた今度も大丈夫だね~」と冷静さをよそおいながらも、これまでにはなかった遅い時間帯の電話に最悪の場合の覚悟もして夫の運転する車で急ぎ母の元へと向かいました。母の部屋に入ると連絡をくださった看護師さんの他、遅い時間にも関わらずドクターが往診して下さっていた事から、ただならなぬ雰囲気がすぐに読みとれました…「状態が良くありません」ドクターの声…やはりとうとうその時が来たようです…母のそばに駆け寄り母の痩せた身体をただたださすってあげることしか術がありません…再びドクターから「あと5分くらいで呼吸が止まりますので声をかけてあげて下さい」あぁ…いよいよ…「母さん!母さん!」いつもは、ばあちゃんと呼ぶ事が多かったのに何故かその瞬間は「母さん!」と子供に帰って何度も呼んでました…私たち夫婦が来るのを待っていたかのように、ほどなくして母の命の灯が消えました…誰よりも信頼し頼り切っていた婿殿である夫と娘の私に看取られながら静かに…静かに…ドクターの臨終の宣告がなければ、いつ息を引き取ったのかも分からないほど、それは静かで安らかな母の最期でした…昨日までの急変時、駆け付けてくれた母の息子達夫婦や孫たちとも代わる代わる会えてたので心残りはもうなかったのでしょう…本当に眠るように逝った母の最期でした…まだ温もりの残っている母を抱きしめ…「母さんよく頑張ったね…ありがとね…もう頑張らなくて良いからゆっくり休んでね…」思わず口から出た自分の言葉が母の死を認めることとなり悲しみを更に深めてしまいました…高齢だから…の一言では片付けられない、諦めきれないたった一人の母との切なく悲しい別れでした…手をかければ手をかけるほど…一緒に暮らした期間が長ければ長いほど…その別れは辛いものでした…「家に帰りたい…家に帰りたい…」入所時何度か施設からの電話で聞かされた母の切なる訴え…辛い思いさせると思ったのか気丈な母は面会時、娘の私には1度として口に出して言う事はありませんでした…その時の母の気持ちを思うと切なくいまだに思い出すと涙が溢れてきます…連れて帰れるものなら連れて帰ってあげたかった…願いを叶えてあげる事が出来なかった母が帰りたかった家…ようやく連れて帰る事が出来ました…「もう何にも心配しなくていいよ!ずっとここにいていいよ!」心の中で語りかけていました…コロナ禍の大変な中、余命の短い母のため、これまで何度も急変時の連絡を下さり特段の配慮で面会を許し臨終の場に立ち会わせて下さった施設の計らい…そしてスタッフの皆様の家族や母に対する細やかな配慮…その時の事を思い出すと感謝の気持ちは勿論の事、心苦しさと申し訳なさの気持ちでいっぱいになります…また16年間という長い年月…1年間は私自身の不注意の怪我のため余儀なく施設入所とはなってしまいましたが 長きに渡って、いつも変わらない心で妻の両親に接してくれた夫…妻の危なげな在宅介護を咎めることなくしっかり支え続けてくれた夫…帰省時なにかと不便を強いられたにも関わらず一度として不平不満を言うことなく見守ってくれてた息子や娘…そんな家族の協力があったればこそ成し遂げられた在宅介護でした…感謝しかありません…母に別れを告げている間、臨終に間に合わなかった兄弟達への連絡や葬儀社の手配などなど夫が一手に引き受けててくれてました…最後の最後まで母の為に尽力してくれた夫には言葉では言い尽くせない感謝してもしきれない気持ちでいっぱいです…母もどんなに夫に感謝し手を合わせながら旅立ったことでしょう…高齢の親との同居は穏やかな楽しい時間はあっという間に過ぎ、想像を超えた大変な時間を過ごす事のほうが多かったかもしれません…でも逝かれてしまうと辛かった出来事や苦い想い出などは忘れ良い想い出だけが残つてしまうから不思議です…ディサービス利用ショートステイ利用施設への入所母の部屋の介護器具の撤去…様々な段階を踏んで少しずつ少しずつ母との別離の覚悟をさせられてたようです…振り返ってみると心の準備が出来てない中で母と離れ離れになった一年間が私にとって最も辛く切なかったように思います…その一年間で折に触れ母を案じ泣き尽くしたせいか、母の最期は思いの外冷静に受け止めれていた自分がいたような気がします。しばらく放置していたブログ、また再開しようと思います。何度目の再開になっちゃうのか?! 苦笑これまで介護で埋め尽くされてたブログ…夫と二人暮らしのブログは平々凡々でネタはあまりないと思いますが。。。笑でも親を見送り気がついたら私たち夫婦もとうに高齢者の仲間入り?!後何年、元気でいられるか…後何年、生かさせてもらえるか…そう思うと日々の些細な出来事や諍いすらもかけがえのない、いとおしいものと感じてくるのかもしれません… 両親がお世話になった恩返しを今後夫には低姿勢で返してしていかなければと心にはしっかり誓っておりますが…この先どう反抗的で横柄な妻に豹変するかも知れませんので公言はしません…何しろ久しぶりのブログ更新に手間取り今日は一日中パソコンに向かい疲れたからと夫の休みを口実に夕飯は簡単なものに!と舌の根も乾かぬうちに前言を撤回するような良からぬことを企んでる悪妻ですから~笑気負わず無理せず風の吹くまま気の向くまま~追記ブログを再開してすぐに思い浮かぶのはpotato-sさん!母の在宅介護時、拙く、ともすれば暗く滅入ってしまうような介護日記に愛想もつかさず経験談からたくさんのアドバイス励ましや労りのコメントを書き続けて下さったpotato-sさん!あなたのコメントでどれほど救われたことでしょう…あなたのコメントでうちひしがれそうな心を何度奮い立たせたる事が出来たでしょう…あなたのコメントで何度孤独な介護を乗り切ることが出来たでしょう…いつも感謝の気持ちでいっぱいでした。役目を終えましたのでまたゆっくり訪問させていただきますね~
2021年01月30日
コメント(2)
全2件 (2件中 1-2件目)
1