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1月26日の日記、「中学校の道徳の『教科書』 その3」に、徒然なる人さんからコメントをいただきました。私の日記のカテゴリー「『道徳』について」をしっかりと読んで下さった上、真摯なコメントを下さいました。 私自身の認識を再度考える良い機会をいただいたと考え、改めて、少しづつ「道徳」の「教科書(副読本)」や授業について、そして「学習指導要領」について、一人の中学生の親の立場から考えて書いていくことにしました。 今日の日記は、「教科書(副読本)」について考えたことです。 徒然なる人さんから、「道徳の教科書というものは存在しません。副読本はあります。」というご指摘をいただきました。 これは大きな違いがあります。教科書はその中身そのものをおしえなければいけませんが、道徳はあくまでも副読本ですから、別に、それを題材に授業を行う必要はありません。ただ、便宜上、購入しているだけです。 道徳の授業で取り上げるべき価値項目は、「学習指導要領」に細かく記されていますので、それを参考になさってください。 と、いうことは、道徳の授業は、何をする場なのか、といいますと簡単に言えば、ある価値について生徒とともに深めていく場です。価値を教える場ではありません。ということは、絶対に価値を押しつける場であってはならないのです。・・・・・・・・・・・・ ご指摘と「教科書」と「副読本」の先生方にとっての意味、重みの違いを教えていただけてよかったと思います。また、「道徳教育」について、現場の先生方のご苦労をかいま見たように思います。徒然なる人さん、ありがとうございました。 ご指摘をふまえた上で、私の日記のタイトルや文中の「道徳の教科書」という表記を「『道徳』の『教科書(副読本)』」と修正させていただきました。 やはり、素直に「副読本」と書けない私がいます。 一度書いてしまったから、訂正するのが恥ずかしい、という気持が全くないとはいいませんけど、あのクラスにおいてある「道徳」の副読本は、通常「教科書」と呼ばれているからです。この前参観した、公開授業でも先生の生徒への呼びかけは「教科書を開いて」でした。 また、私の子ども時代の記憶でも、あの教室においてある「道徳」の副読本は「教科書」として認知されていました。個人もちでない変わった教科書。なぜ、他の教科書と違って、自分の持ち物ではないのか不思議に思っていましたし、本の内容をすべて授業でするわけではない、「ちょっと変わった教科書」だと思っていましたけど。小学校でも中学校でも、「道徳」の時間は、テキストで授業をする日は少なくて、テレビ視聴が多かった記憶があります。NHKドラマの「中学生日記」は定番でした。 授業を計画、実施する先生方にとっては、副読本と教科書の違いは大きなものでしょう。 けれども、受ける側の生徒にとっては、あまり大きな違いはありません。 「教科書」と呼ばれるものは「教科書」なのです。 (もっとも、試験があるほかの教科、特に受験に必要な5教科の教科書のようには読まないでしょう。授業へのモチベーションを保つのも大変なことでしょう。) 授業が面白くなければ、とりあえずボーッとしているとか、やることがないから目の前の「教科書」の授業と関係ない部分を読んでいる子もいることでしょう(昔の私がそうでした・・多分、とろろ丼もその口です・・)。もちろん、読み物として面白い話を読んで、つまらないと感じたら見ることもないでしょうけれど。「道徳」は受験に関係ないからと、頭の休み時間に当てている子もあるでしょうね。 親の立場からしてみると、他の「教科書」と違って、通常家庭では見ることができないのが、「道徳」の「教科書(副読本)」です。書かれていることの全てが授業で扱われるわけではないにしても(それは自分の経験でなんとなく知っていることだと思います)、何が書かれているのかには興味があります。また、親の立場は納税者の立場でもありますが、「便宜上購入する」財源はやはり税金であるとも思います。「便宜上購入する」「副読本」であって、授業への影響力は個々の学校、先生方の取り組み次第であるにしても、「義務教育はこれを無償とする」の無償の中に入っているものです。この点で言えば、一般の「副読本」よりも、「心のノート」について、もっと興味を持って積極的に見ていく必要がありますね。 現場の先生方の努力とご苦労は理解できます。 学習指導要領に書かれている「価値」の中でも、児童・生徒にとって、自分の経験から離れている「価値」について、認識を深めていくためには、「価値」を具体化する素材が必要です。その素材を効率よく提供しているのが、「教科書(副読本)」といえるのではないでしょうか。副読本とはいえ、各出版社は、当然、「学習指導要領」を踏まえた作成をするわけです。また、より多くの学校に採用、購入してもらえるように、授業で使ってもらえるように、内容にも営業上も工夫を重ねているはずです。前の日記に引用した、光村図書の「年間指導計画例」なども、その工夫の一つだと考えます。 もちろん、その結果としての「副読本」をどのように使うかは、現場の先生方にゆだねられてはいるのですが・・・ 大分長くなりました。 今日はここまでにしておきます。 続きはまた後日に・・ パソコンの調子が悪いので、更新がなかなか出来ないこともあるかもしれません。 W-ZERO3のメール更新が多い私ですが、やはり、きちんと考えたい時には、パソコンで調べ物をしながら書きたいので。 ご意見、ご批判等お待ちしています。
2007.01.31
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夜勤明けで、帰宅途中に本屋さんをめぐって、ついさっき帰ってきたところです。コメントにお返事をかくのがやっとで、これから、中学校へ行かなくてはなりません。2時から広報委員会、3時から常任委員会、3時半から運営委員会です。きっと夕食はアライグマオヤジさんととろろ丼さんがなんとかしてくれるでしょう。夜勤明けで午後に出かけたあと、料理しようものならわたしがどれだけ不機嫌になるか、二人ともよく知っているので・・・家事をきちんとこなしている人って尊敬します。私にはとてもできません・・昔から「お嫁さんがひつようだね」といわれ続けてきたので。ブログも今日は、このあと書けないかも。パソの調子もよくないし。困ったなぁ・・・
2007.01.30
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さて、「道徳」の教科書についてです。 前の日記に書いたように、光村図書の中学校「道徳」教科書(正確には副読本として発売されてます)には、「石段の思い出」という文章が掲載されています。 出典は、吉野源三郎著の君たちはどう生きるか岩波文庫(税込み 735円) 今日は、この「君たちはどう生きるか」について、この物語の成り立ちと著者の思いについて、少し丁寧にご紹介したいと思います。 岩波文庫版には、戦後、1967年に一部改訂(著者本人によるリライト)されてポプラ社より出版されたときの著者による解説「作品について」と、1981年に雑誌「世界」8月号(著者の追悼特集)に掲載された丸山真男による追悼文「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」が掲載されています。本編だけでなく、この解説文のどちらも今読んでも古びていません。いや、今だからこそ大人にも子どもにも読んでほしい文章です。 この本は、1935年(昭和10年)から配本が開始した「日本少国民文庫」(全16巻 山本有三編纂)の最終巻として、1937年(昭和12年)7月に配本されました。時代は、太平洋戦争前夜、丁度、「君たちがどう生きるか」が出版された1937年7月には、盧溝橋事件が起こり、日中戦争が始まっています。 以下、まず吉野源三郎本人の解説「作品」についてより引用します。・・・『日本小国民文庫』の観光は、もちろん、このような時勢を考えて計画されたものでした。当時、軍国主義の勃興とともに、すでに言論や出版の自由はいちじるしく制限され、労働運動や社会主義の運動は、凶暴といっていいほどの激しい弾圧を受けていました。山本先生のような自由主義の立場におられた作家でも、1935年には、もう自由な執筆が困難となっておられました。その中で先生は、少年少女に訴える余地はまだ残っているし、せめてこの人々だけは、時勢の悪い影響から守りたい、と思い立たれました。先生の考えでは、今日の少年少女こそ次の時代を背負うべき大切な人たちである。この人々にこそ、まだ希望はある。だから、この人々には、偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化のあることを、なんとかして伝えておかねばならないし、人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかねばならない、というのでした。荒れ狂うファシズムのもとで、先生はヒューマニズムの精神を守らねばならないと考え、その希望を次の時代にかけたのでした。当時、少年少女の読み物でも、ムッソリーニやヒットラーが英雄として賛美され、軍国主義がときを得顔に大手をふっていたことを思うと、山本先生の識見はすぐれたものでした。・・(P302「作品について」より) そして、「君たちはどう生きるか」は、この「日本少国民文庫」の最終巻として倫理を扱う、文庫の根本の考え方を伝える大切な本として企画されており、当初は山本有三本人が執筆の予定だったものの、眼の病気で執筆不可能になってしまったため、編集者として関わっていた吉野源三郎が急遽筆をとることになったのだそうです。 このような成り立ちを持つ、「君たちはどう生きるか」には、主人公の潤一君(通称コペル君)の幼いながらじっくりと考える有様、それを温かくときには厳しく見守りながら、助言をしていく「おじさん」の言葉、そして、「石段の思い出」にあるお母さんの言葉など、随所に人間として生きる上での大切なことについて、ものの見方、考え方、時に視点を変えて自分中心ではなくものごとを見ることや、経験を自分なりの言葉で考えていくこと、社会の中で生きていくということについて描かれています。 あの、言論弾圧の時代に、そういう時代だからこそ、より重要なものとして「自分自身が心から感じたことや、しみじみと心を動かされたことをくれぐれも大切にしなくてはいけない。」(P57)と読者に語りかけているのです。・・・僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。 だから、誤りを犯すこともある。 しかし― 僕達は、自分で自分を決定する力を持っている。 だから、誤りから立ち直ることも出来るのだ。(本文より P256) 「石段の思い出」のお母さんの話のあとに、「おじさん」が潤一君のためにノートに書き溜めている文章として書かれたものの抜粋です。残念ながら、光村図書の「教科書」には掲載されていません。ひとつの単元としては長くなりすぎるということもあるでしょうが、この文章は本編の大事件がわからないと、文脈的に唐突になってしまうからでしょう。 けれども、「石段の思い出」の抜粋部分だけでは、言論弾圧の時代になお青少年に時代に流されずに「人間らしさ」を伝えようとした、吉野源三郎や山本有三の思いにまで行き着くことは困難です。表面的な「反省」「内省」に、矮小化されてしまう危険性も大きいと思います。 以下は、前にも引用した、ネット検索で見つけた「年間指導計画例」からの引用を示します。3月の部分に「石段の思い出」があります。◆テーマ:「失敗を生かす」◆ねらい:1-(5)「反省・個性の伸張」 失敗から学び、自己の向上を図ろうとする態度を育てる◆ねらい達成に効果的な発問例 ○潤一の母は悪いことをしたわけではないのに、なぜ後々まで後悔しているのか。 ○潤一の母にとって、「石段の思い出」が嫌な思い出ではないのはなぜか。 ○あなたは「ああすればよかった」と後悔した経験をどのように生かしていきたいと思うか◆「心のノート」のページと活用のポイント P33 展開後段で活用 後悔した経験を生かして、自分のどのようなところを伸ばしていきたいか記入させる。 P5-6 本時の後に、1年を振り返りながら、「私の自画像」に付け加えさせたり、「初めの一歩」読み返して初心を思い返させたりするなどして、2年に進級する心構えをさせる。◆関 連 ・学級活動 ・勤労生産・奉仕的行事 ・家庭との連携 中学生に、責任をもって自分で考える、というそのこと自体を教えるのは確かに難しいことに違いないのですが、このような発問に対して、「ともかくノートに何かかかなくてはならない」と「これが正当だろう」という回答をそれなりに書き込むのが中学生ではないでしょうか。個別にしっかりと考えていく土台をつくるのに、一斉授業という形式はあまり適切ではないと思います。 だから、是非、中学生たちやお母さんたちに、「君たちはどう生きるか」の全部を読み通してほしいのです。読むだけの意味がある本です。読んでいく中で、主人公の潤一君(コペル君)と一緒に考えていく時間を持つことができると思います。 それこそ、「学力向上」や「教育再生」なる美辞麗句で、きちんと考える力を養う教育がなおざりにされかねない今だからこそ、読んで欲しいと思います。光村図書の教科書作成者にもそういう意図があったと思いたいところですが・・・ 丸山真男の「『君たちはどう生きるか」をめぐる回想」の文章を最後にご紹介します。・・・いまや悪名高い、学習塾からはじまる受験戦争は、「知識」というものについての昔からの、こうした固定観念を前提として、その傾向が教育の平等化によって加熱されたにすぎず、けっして戦後の突発的な現象ではありません。そうして、こういう「知識」・・実はここの情報にすぎないもの・・のつめこみと氾濫への反省は、これまたきまって「知育偏重」というステロ化された叫びをよびお越し、その是正が「道徳教育の振興」という名でもとめられるということも、明治以来、何度リフレインされた陳腐な合唱でしょうか。その際、いったい「偏重」されたのは、本当に知育なのか、あるいは「道徳教育」なるものは、―そのイデオロギー的内容をぬきにしても―あの、私たちの年配の者が「修身」の授業で経験したように、それ自体が、個々の「徳目」のつめこみではなかったのか、という問題は一向に反省される気配はありません・・(P325) --------------2007年8月4日 光村図書の道徳副読本へのリンクを追加します。http://www.mitsumura-tosho.co.jp/kyoka/doutoku/kyo_doutoku_Tokusyu/kyo_doutoku_Tokusyu.asp一年生の副読本目次は↓http://www.mitsumura-tosho.co.jp/Kyoka/doutoku/kyo_doutoku_kyozai/kyo_doutoku_kyozai-c1.asp
2007.01.29
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写真は、正門から入ってすぐのところに固まってたっていた屋外展示を一望したところです。建物系の展示は中に入ってみました。 「Time machine Book」山浦綾子作巨大な「本」の展示物。ちゃんとページがめくれて読むことができます。この作品の作者から、とろろ丼さんは、樹脂を固めたもののカケラをもらって嬉しそうでした。
2007.01.28
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武蔵野美術大学の卒業制作展に、二日続けて行ってきました。展覧会開催時間は5時までなんだけど、結局6時くらいまで見ていて、それからバスで国分寺まで出て、買い物をして、帰ってきました。 かなり疲れました! やっぱり気合いの入った作品を観るのって、エネルギーが必要なんですよね。 展覧会自体は明日の月曜日までやっているんだけど、月曜日は夜勤入りだし、このまえとめちゃったキャッシュ・カードの復活手続きをしなくてはならないので、私は見に行けません。とろろ丼さんも学校だしね。 やっぱりムサビの卒展は面白いです。 昨日は、屋外展示とホールの展示を中心に観て、今日は、我が家のアライグマオヤジさんが出演した映画(映像学科学生作品)をちょっと観て(180分の大作・・全部は鑑賞すていられなかった・・)、それからデザイン情報学科と芸術文化学科の展示を堪能しました。 日本画学科、油絵学科、彫刻学科、四角伝達デザイン学科、工芸工業デザイン学科、空間演出デザイン学科、建築学科、基礎デザイン学科は、ホール展示など、本当にごく一部の展示しか観ることができませんでした。二日間観ても、半分も観ることができなかったです。今度、4月に、優秀作品展があるはずですから、またそれも観に行こうと思ってます。 「子ども」や「福祉」をテーマにした作品もけっこうありました。「子どもとお手伝い」、「学校給食」「子どもと言葉」などのテーマで、フィールドワークやワークショップを実施し、さらに考察を加えて作品にしていたり、高齢者向けの宅配弁当のラッピングにデザインしたものなど、実際に作って使ってみる、コミュニケーション・ツールとしてのアート、という実用的なものとか。 家族でウケたのは、「博物館」という展示で、偽の歴史的遺物をでっちあげ(いかにもフェイクとわかるものね!)それを博物館仕立てで展示した上にご丁寧に作者自身が学芸員よろしく展示品解説ツアーを組んだものです。 それから、4~5坪ほどの2階建てくらいの大きさの家を1軒、たくさんのロープをかけて人力でひっくり返した(?)もの。横倒しになった建物の中でその様子を上映・・このわけわからなさ好きです。 アニメ、漫画、コスプレなどのオタク文化の研究もけっこうあって、とろろ丼さんは論文を読みふけってました。 疲れたけど、楽しくて、若者のエネルギーをいっぱい浴びてきた感じです! 学食、安くておいしかった。 -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.27
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「道徳」の教科書についても、教育再生会議の第一次報告についても、(ずっと書けないでいる自立支援法についても)、書きたいことは山ほどありますが、本日、27日と明日28日はちょっと休憩します。だって、ムサビの卒業制作展を見に行くんだもの。芸祭もおもしろかったけど、卒業制作展って、学生さんたちのそれぞれの集大成なので、とっても見ごたえがあるし、面白いんですよ。絵画や彫刻だけでなくて、映画やアニメーション、パフォーマンスもあるし。午前中から一日がかりで出かけていくつもりです。模擬店はないから無駄なお金は使わないし。無料で楽しめるテーマパークです。だから、今日と明日はそのレポートになる予定です。
2007.01.27
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「道徳」の教科書について、3本目の日記です。22日の公開授業でパラパラと見た「道徳」の教科書に、私の好きな物語も入っていました。 「石段の思い出」です。 出典は、吉野源三郎作「君たちはどう生きるか」。昭和12年、初版刊行。戦後、著者自身によるリライトも出版されましたが、現在、岩波文庫から、初版と同じ文面で仮名遣いだけ、現代仮名遣いに修正されたものが出ています。エーリッヒ・ケストナーの「飛ぶ教室」、下村湖人の「次郎物語」と並んで、私の好きな物語の一つなんです。娘には、中学生のうちに是非とも読んで欲しい本の一つなのですが、なかなか読んでくれません・・・・・ 私にとって、大好きなそして大切な物語なので、教科書に掲載されていることで、大勢の中学生に読む機会がある、ということ自体はうれしいのですが・・・・・ 取り上げ方が、いまいち、というか、残念な切り取り方をされています。 幅広い領域の文章を少しづつ掲載していくという教科書の特性からやむを得ない面もあるのですが、長い物語の一部を抜き出してあるので、エピソードが物語の全体像や前後の文脈から切り離されてしまっています。 教科書に掲載されている「石段の思い出」は、「お母さん」が「潤一君」に自分の女学生時代の「石段の思い出」を語る部分です。 その、思い出とは、 ・・ある日、長い石段で見知らぬおばあさんが重そうな荷物をもって苦労して上がっていく場面に出会った。おばあさんの後ろから石段を登っていた自分は、おばあさんの手助けをしようと思いながらも、声をかけることがなかなかできないでいるうちに、とうとう段を登りきってしまった。結局、自分に勇気がなくておばあさんの手助けができないままだっとことでとても後悔した。この石段の思い出は、今になっても自分の心に残っている。でもその「石段の思い出」があるからこそ、自分の中にある良い部分を臆せずに少しでもだそうとしてこれたのだと思う・・ というエピソードです。 このエピソード自体もなかなかいいお話ではあるのですが、実はこのエピソード、潤一くんの学校生活、友人関係での大事件、大問題があり、本当に辛い思いや激しい後悔のあと、おじさんの厳しい助言を得て、自分の問題に立ち向かった直後のエピソードなのです。 お母さんが「石段の思い出」を話したのは、潤一君が体調を崩して2週間も学校を休むほどの苦しみ、友人たちへの自分の行動(一種の裏切り行為)に対する責任の取り方にたどり着いて、・・言い訳でごまかすのではなくて、絶好されても仕方ないことをふまえた上で、自分の裏切り行為を認め、自分の弱さを求め、後悔の気持ちと心からの謝罪を書いた手紙を友人に出した数日後です。友人たちからはまだ返事がもらえていません。 そして、潤一くんの大事件は、学校内の「いじめ」や上級生との上下関係、規律、暴力などがからんでいます。今の中学生とある意味変わらない部分がとても多いと思うんです。 お母さんが「石段の思い出」を話したのは、自分自身の弱さに傷つき、けれども必死に立ち向かった潤一くんへのエールなんです。潤一くんが自分で問題を解決しようとする様子をじっと見守り、一山越えたところでの暖かい励まし。親子の関係として読んでも素敵なところです。 このエピソードだけでは、お母さんの思い出が中心なので、潤一くんの葛藤と成長や親子の関わりを読みとるのは、ちょっと難しい。本当にもったいない切り取り方だと思います。 私のブログを見て下さっている、中学生ブロガーのみなさんやお母さんたちには、是非、原典の「君たちはどう生きるか」を読んでいただきたいと思います。 とろろ丼さんも早く読んでね!←「君たちはどう生きるか」吉野源三郎 岩波文庫版のリンク←ポプラ社の「君たちはどう生きるか改定」2000年発行 戦後の改定版へのリンク-----------------sent from W-ZERO3
2007.01.26
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昨日の日記の続きです。「その1」と同様、「教科書」という記述を「教科書(副読本)」と訂正いたします。理由については、後日あらためて日記にいたします(1月31日 加筆訂正)。 読ませていただいた「道徳」の「教科書(副読本)」(光村図書)は、随筆や小説からの抜粋、軽いエッセイ、解説文、生徒作文などが、掲載されていて、それぞれにテーマ(学習指導要領で指定されている、道徳の授業で教えるべきテーマ)が併記されていました。 で、私は、「愛国心」のテーマに何が掲載されているのかをチラッとみてみました。 図版と解説文で、タイトルは「日本画の美―東山魁夷」です。 ふ~ん・・・ ネットで見た指導計画例(グーグル検索で発見。もとは光村図書のHP)によれば、 http://www.mitsumura-tosho.co.jp/Data/Download/files/18cdo_n1_p.pdf資料名:23 「日本画の美―東山魁夷」[日本芸術の美]ねらい:4-(9)愛国心 日本画のよさや美しさを味わう、日本の優れた伝統や文化を愛する心を養う。ねらい達成に効果的な発問例:○「濤声」を感傷して、感じ取ったことを話し合う。○魁夷の描く絵には、どのような願いや考えが込められているか。○すばらしいと思う日本の伝統はなにか。 それはどんな理由からか。「心のノート」のページと活用のポイント P.117 展開後段で活用 「私がすばらしいと思う伝統・文化」について考えをまとめさせ、日本の伝統や文化を守り育てようとする態度を育てる。関 連:美術 社会(歴史) という、例があがっていました。 東山魁夷の絵は美しくてけっこう好きです。 でも、なんで「愛国心」につながるのかよくわからないですね。 東山魁夷の作品は東山魁夷の作品で、「日本文化」の代表にしてしまって、 東山魁夷の作品を通して、日本の優れた文化や伝統を愛する心を養うって、 東山魁夷に対しても、なんだか失礼な気がします。 作品は作品として味わえばいい。 「日本画」を鑑賞することと、日本の伝統や文化を守り育てようとする態度って どうつながるんでしょう。 「日本画」というジャンルが日本のオリジナルだから? でも、東山魁夷だって、日本の中だけで絵の修行をしてきたわけではないですよね。 ドイツに留学もして、世界各地をめぐって外国の素敵な風景もたくさん描いてます。 ことさら、日本らしさを追求していたわけではないでしょう。 ただ、自分の作品製作に真摯に向き合う中で、 東山魁夷自身が、自分の核になる何かをつかんだ、 その中になにかしら日本的なものがあったであろうとは思いますけど。 文化は、交流してお互いに影響を与え合って変化して豊かになっていくものでしょ。 わざわざ「日本の優れた伝統や文化」として鑑賞するのって、変じゃないですか? いえ、もちろん、 東山魁夷の作品だって、知らないより知っていた方が、 美しいものは知っていた方が 人生楽しいとは思いますけど。 だいたい、「日本の優れた伝統や文化」って何を指しているの? わざわざ「日本の」と言わなくてはならない理由は何? 何を子供達に教えたいんでしょう。 日本の文化は優れているからエライってことでしょうか。 私なんか、「すばらしいと思う伝統・文化」って何かといわれたら、 まよわず「日本のアニメーション」って答えちゃいますね。 とにかく好きだしね。 なによりも自分の中に深く根付いているし。 作品の質の高さはもちろん、 いわゆる「芸術作品」よりも広く受け入れられ楽しまれていることも、 受け手が作って楽しむ二次創作という文化ができていることも、 世界に発信して、オタク文化を広めているところも、 なにしろ、オタクやアニメという言葉はそのまま英語になっちゃったし コスプレだって、cos playという言葉になっちゃったし。 アニメの登場人物が「白人」っぽいところも、 商業主義でグッズ販売が展開しているところも、 すごく日本的だと思うし。 なんていう話を展開していったら、 どんな反応がでてくるかしら。 伝統がない、とか言われるかしら。 サブ・カルチャーだからだめ、といわれるかしら。 ジブリはいいけどヤオイはダメとかいわれたりして。 あ、「愛国心」から離れてしまうからダメかもしれない。 今のアニメは日本国内だけでは作れなくなっているし。 そして、なにより宮崎駿監督なんか、「愛国心教育」なんて文脈で 自分の作品を取り上げられたら怒るような気もします。
2007.01.25
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一昨日の、学校公開の「道徳」の授業中、「道徳」の教科書をみせていただきました。 「道徳」の教科書は、正確には「副読本」です。 中学校の「道徳」の「教科書」その3で、徒然なる人さんからコメントをいただきました。「教科書」と「副読本」の違いについてと、「道徳」の「副読本」の扱いについては、別の日記にまとめて書くつもりでおります。ここでは、便宜上「教科書(副読本)」という言葉を使わせていただきます。(1月31日 追記) この「教科書(副読本)」は、個人持ちではなく、クラスに人数分そろえてある共有物です。そういえば、私自身が児童・生徒だったころ(3*年前)も、「道徳」の「教科書(副読本)」は学校の共有物でした。欠席の生徒がいたので、参観した私たちが読む分があったのです(参観していたのは、私とうちのアライグマオヤジさん、それからクラスメイトの保護者であるPTA会長と副会長でした)。 「教科書(副読本)」の出版社は光村図書。 目次をみると、随筆や小説、解説文、軽いエッセイ、生徒作文など、さまざまなジャンルの文章がならんでいて、それぞれの章には、指導するテーマが併記されていました。 例えば、昨日の授業で使っていた「私の職業を奪わないで」は「勤労・社会への奉仕」という具合です・・・ 私の意見としては、あの文章が「勤労」はともかく「社会への奉仕」をテーマにしているとは考えにくいのですが、これは、光村図書が、学習指導要領にそって組み立てたもの、ということですね。 「勤労」と「社会への奉仕」をセットにして単元を組むというのが、学習指導要領の考え方だということです。 これは大事なことです。 自分の仕事に「誇り」を持つ、ということは、「仕事の結果に対する責任」を持つことだと思いますから。いい加減な仕事をしてもお金さえ儲かれば「勝ち組」、「やったもんがち」では、本来社会は成り立ちません。成り立たないのに、ごまかしで儲けることが横行するから、いろいろな事件が起こったわけです。 無茶な価格競争のあおりで、とにかく安く仕上げて売値を安くしても利益がでるように・・・商品購入者が病気になるとか、建物が地震で倒壊するかもしれないとか、交通事故を起こす危険が高くなるかもしれないとか、環境が汚染されるかもしれないとか、「仕事」の結果発生する問題について、きちんと考えないで利益をあげることを優先してきた結果を子どもたちは見ているわけですから、公共心を育てる取り組みは大切ですよね! 道徳の授業でなんとかなるとは思わないし、「公共を担い社会を支える心」と「社会への奉仕」はなんだか違うとは思いますけど。このテーマ、しばらく続きます。(1月31日に一部加筆いたしました。加筆部分は青い字にしてあります)-----------------sent from W-ZERO3
2007.01.24
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昨日は、道徳教育の公開授業と「講演会」「意見交換会」があるということで、前もって、勤務表に休みを入れておいて、学校へ行ってきました。 「道徳」の授業は・・・ 主題が、「勤労・社会奉仕」だそうです。 教科書は、光村図書。 以下、はいふさらた学習指導案からの引用ですが・・ 1.資料名 「わたしの職業を奪わないで」(光村図所「中学道徳1」) 2.内容項目 4-(5)勤労・社会への奉仕 3.ねらい 働くことの意義について考えを深め、働くことを通して社会に貢献していこうとする心情を育てる。 4.主題設定の理由 生徒たちは、マスコミなどを通してフリーターの常態化、ニートの増加など勤労の概念と再検討せざるをえない社会の実態を見ている。これに呼応して、汗にまみれて地道に苦労を重ねて働くことを軽視するような風潮が支配的になりつつある。 1月○日に実施される職場訪問を控え、働くことが、生活するための金銭の獲得手段にとどまるものではなく、使命感をもったもの、本人や社会の形成根拠になること、ひいては「生きる」ことの本質にかかわることであることを留意させていきたいと考え、こpの主題を設定した。 「わたしの職業を奪わないで」・・って、今の時代に聞くと、かなりギクッとするタイトルですよね。リストラ?とか。 岩波ジュニア新書285「主権者はきみだ」からの抜粋で、著者は森英樹さん。 ドイツの大学の研究室で、掃除専門の女性職員への「ちょっとした親切心」で、ある日、自分で研究室を掃除しておいたところ、その女性職員から「私の職業を奪わないで」と怒られてしまった、実は、その女性職員は、掃除の「マイスター」だった、というエピソードの紹介から、様々な職業に「マイスター制度」があるドイツの職業に対する考え方、プロフェッショナルとしての誇りをもつことと、「会社員」「公務員」「自由業」など、就業形態で職業を表すことがおおく、仕事の内容よりも所属に重きをおく日本の職業に対するとらえ方の違いを考察している文章でした。 これ、私はどこかで読んだ記憶があるんです。どこだったかは思い出せませんが。 光村図書だし・・もしかしたら、私自身が教科書で見たとか? 本当にどこでみたんだろう・・ 先生は一生懸命の授業をなさっていました。 ご自身の経験(教員として働きはじめるまでいろいろな職業経験をお持ちの方です。私よりも少し年上の方。)も踏まえ、天職といえるような職業をゆっくりさがしていってほしい、というお話で授業が終了しました。 お話はよかったんです。 でも、気になったことが、3つ。 一つは、授業のポイントです。 「自分のやりたい仕事、自分に向いている仕事をゆっくり探す」というのは、中学1年生にはまぁ妥当な助言だと思いますが、「働くことが、生活するための金銭の獲得手段にとどまるものではなく」という点を強調しすぎているようにも思いました。 「主題設定の理由」の中の「汗にまみれて地道に苦労を重ねて働くことを軽視するような風潮が支配的」という表現も、ちょっとステレオタイプな感じです。 「汗にまみれる」仕事って、ブルーカラーの仕事とか、農業とかのことでしょうか。 地道に苦労してキャリアを積み重ねる必要は、どこにでもあることだし。 それが1年中、空調で同じ温度になっているオフィスや病院でも同じことですよね。ちょっと主題設定が甘いような気がします。真面目に地道に嫌なことでも取り組みましょう、ということなのか、研究職も掃除も職業に貴賎はない、という話をしたいのか、教材をどのように生かしたいのか。 天職、みつけられると本当にいいです。 でも、先生ご自身の経験談にあったように、ともかく、生計維持のための手段として嫌でもなんでも働いて、迷ったり、落ち込んだり、いいことがあったり、やりがいがみえてきたり、いろいろな経験がでてくる中で、「天職」といえるようなものがだんだんと見えてくるような気がします。 「自分の本当にやりたい仕事」に出会えるかどうか、は、目の前のやりたくない仕事をやりながら、その中で考えたり工夫したりすることから自分自身がわかってきたりする、そのプロセスを大事にするかどうか、にかかっていると、私は思います。 やめたい仕事でも、「お給料」と思いながら、「お給料」に見合うだけの働きを提供する、ことを自分に課してやっていけば、何かしら得るものはあるわけで・・それが、最終的に、転職や新しい資格取得などにつながる場合もあれば、そのまま「嫌だった仕事」が実は「やりがいのある仕事」に変わっていく場合もあるわけですから。 はじめから、「自分に向いた仕事」なんていったって、もとの自分の器が小さかったら、たいした仕事なんかできませんからね。「何が自分に向いているかわからない」と萎縮している人もニートと呼ばれる人のなかにはいるわけです。 確かに、お金だけが目的の働き方も考え方が歪む場合がありますよね。 堀エモンから、耐震偽装や、賞味期限切れの材料利用まで、お金だけが大きな目的になってしまっていて、その仕事の社会的な貢献、影響に考えが及ばなくなってしまっていたからこそ、起こった事件だと思いますし。 でも、絵に描いた餅状態の「使命感」をお説教されてもピンとこないでしょうし、お給料に見合うだけの「働き」をしなければならないことと、「働いた分」の正当な報酬をもらう「権利」があることは表裏一体です。働いて生計を維持する、生活を支える部分をないがしろにして、社会貢献はありえませんから!(私の聞いた授業は、「お説教」とはいえませんが、子供たちの発言が少ないので、結果的に先生が一方的に説明する授業になってしまっていました。先生の経験談はなかなか興味深かったのですけど)。 あとの二つは、いろいろな説明の中で、先生の使った言葉にちょっと気になるものがあったということです。 一つは、転勤などの説明の時に使った「郵便局のおばちゃんが」という言葉。これは、先生はわかりやすく生徒にイメージしやすいように日常語を使ったのですが、「働く」こと、「働く人」の尊重をテーマにしているなら、ここは「女性職員」というべきでしょう。 もう一つは、家族の中の働く人をイメージさせようとした問いかけで「みなさんのお父さんは」と言ったことです。働いてるのは、「お父さん」だけじゃないもの。 そんなことをいろいろ考えていたのですが、 公開授業のあとの講演会は、ピアニストの方の演奏と「子育て、家庭力」についてのお話で、カルチャー講座みたいな感じでした。演奏は素晴らしかったし、お話も素敵でした。 でも、このカルチャー講座の感想と道徳の授業の話と一緒に意見交換はちょっと無理です。企画の意図がよくわからない。というより、うがって考えれば、「道徳の授業」に自信がないから、突っ込みをさけるために、講演会にカルチャー講座をもってきたのか?とさえ考えてしまいます。 いやいや、学校も大変なのはよくわかります。 基本的な躾の部分を家庭に求めるのはあたりまえのことですし、なかなか学校に足を向けない保護者を呼ぶためにも、楽しくて興味を引くような講演会を企画なさったんだとは思いますけど、本気で「道徳」の授業から、学校と家庭の連携まで考える意見交換会をしたかったのなら、もっと違う形でないと意見だせません。 うるさがたでついつい一言多い私は、昨日も苦情を言って帰ってきました。 なまいきで困った親だと思われているかもしれませんね。
2007.01.23
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久しぶりにとろろ丼さんと、「地獄少女 二籠」を観た。第15話「この国のために」とろろ丼さんは、感想を母に書けという。自分は、骨姐さんが「怨み聞き届けたり」の一言しか出演しないから書かないのだそうだ。・・・・・・・・・・・・・どうも、この「地獄少女 二籠」は、「家族」の愛憎劇が多いような気がする。第15話も、「家族」の物語だった。以下、ネタバレです。☆☆☆☆☆☆☆☆☆物語は、一人の少女が、地獄通信にアクセスしているところから始まる。彼女が書き込むのは、首相「大泉太一郎」の名。送信するものの、エラーメッセージが現れ、受け取ってもらえない。地獄通信にアクセスできること自体が、強い怨みを持っている証拠なのだが、エラーメッセージが出てしまうので、この時点で、本人の自覚している怨みの矛先が違うらしいということがわかる。少女の家は、下町の零細企業らしい。「大泉」政権発足以来、中小零細企業は大きなダメージを受け、下町の商店街は、いくつもの店がやめていった。少女の家の工場も、かなり経営が厳しいらしい。父は、選挙運動に夢中。「大泉政権」に対抗する候補者の選挙事務所に入り浸りで仕事は殆んどしていないようだ。少女も学校にも行かずに、選挙活動にあけくれている。その中で、母だけがやつれた様子で一人、工場のミシンを踏んでいる。ガランとした工場。かつては、従業員もいたのかもしれない。けれども、父は頓着せずに、選挙事務所に詰めている。しかし、父の選挙活動もどうも順調というわけではなさそう。父よりも少女の方が、事務所で発言力があるようだ。それもそのはず、この父、選挙事務所でも酒を飲んだりしている。父が、なんとなくつまはじきされている中、少女の方が、いろいろと提案をしては受け入れられている。どうも、そのことが気に入らないようだ。若い選挙参報の悪口を娘にいったりしているが、どうみても、娘の活躍を嫉妬しているようにしか見えない。候補者の講演会当日に、少女の母が倒れたと連絡が入る。少女は、病院の母のもとにかけつけ、彼女がまかされていた講演会の受付に、父が代役ではいるが・・これがまったく役に立たない様子が描かれる。病院で少女は、母に「倒れるまで働かなくては生活できないなんて」と大泉政権の政策を非難するが、母は静かに、政治のせいではない、と伝える。「もっと大変な時もあったけど、そのときは家族みんなで乗り切った」と。父が、うまくいかないことを全て政治のせいにして、自分では全く働かず、街金からも借金を重ね、家も工場も抵当に入っていること、少女の貯金もすべて解約していること、母に日常的に暴力を振るっていることなどを話す。少女の一家の様子を輪入道と一目連が見守っている。輪入道は、「政治を勉強しなくちゃ」と新聞をよんだりもする。ただし、その記事は、なぜかロッキード事件の裁判。うーん・・30年近く前の新聞!?母の入院生活に必要なものをそろえ、少女は選挙事務所に戻るが、父は機嫌が悪く、少女が講演会の受付をサボったことを非難する。母のことさえ、こんな時に入院するなんて、となじるのだ。少女は父と言い争いになる。実は、講演会は、父の不手際、参加者と喧嘩になるなど散々な結果で、父のせいでかなりのダメージを陣営はこうむったのだった。選挙参報の山本は、このダメージを快復させるには、今日、公園近くの街灯のない場所で、事件が起こる必要がある、と父にたきつける。ここの候補者が作ろうと働きかけたものの実現しなかった街灯。その暗がりの中で、事件が起これば、今日の講演会の不祥事はうやむやにできる、というのが山本参報の読み。山本は、父に、娘である少女を犠牲者にするように伝えるのだ。父は、自分に失点快復の機会を与えられたのが嬉しかったのか、それとも、娘を貶めたかったのか、二つ返事で快諾する。少女が暗がりを通りかかると目だし帽をかぶった暴漢ふたり。押さえつけられてガムテープで縛られ、あわや強姦!・・・・というところで、突然現れた輪入道の火の車に暴漢は追い払われる。助かった少女は、選挙事務所前に走って戻り、父に助けを求めようとするが・・・・選挙事務所前に止まっていたワゴン車の中で、暴漢役の二人を叱りつける父。事件が今日でなくては意味がない、と言い放つ山本。少女は、自分が父に売られて、選挙のために襲われたことを知ったのだ。家のパソコンで再び地獄通信にアクセスする少女。こんどは、ターゲットの名を「お父さん」と入力する。けれども、今回もエラー。「その人には既に依頼者がいる」と愛ちゃんが告げる。依頼者は母。少女はハッと気付く。そのとき、母は病院のベッドで藁人形の糸を解いた。父は地獄流しにあい、家は売りに出されたが、少女と母は支えあって、ささやかな生活を始める。「大泉」政権も「痛みを伴う」改革を推進してきたらしい。街も人の心の荒れも、政治とのかかわりぬきということはありえない。地獄流しの大鳥居が、いつもにまして、靖国神社の大鳥居に見えた。けれど、少女の家の不幸は、自分勝手で小心者の父と父にすがりつく母の関係から来ている。それでも、少女も母も、父を愛していたのだ。多分。「幸せ」を取り戻そうと、母はひたすら耐え、働き、少女は、父に寄り添って政治活動に身を投じた。「お父さんが目をさましてくれたら」「政治が変わったら」幸せな過去が取り戻せる、そう信じて。そして、愛と怨憎は裏表。もう!!!共依存の世界ですね!!!だめです!もっと強くならなくちゃ。「地獄流し」するくらいなら、とっとと逃げてください!父と政治活動に邁進していた少女だって、母に浴びせている父の暴力がわかっていたら、もっと違う考え方を持ててかもしれないのに。女だからって、耐えちゃだめです!ラストシーンのささやかな生活は、地獄流しなんかなくても、「幸せ」幻想しばりから、一度離れていたら手に入ったのに。母の胸に刻まれた契約の刻印が痛々しかった。最近の家族内での殺害事件と同じ閉塞感を感じましたね。出て行けばいいのに。でも、出て行けないんですよね。ようやくアクセスした出口が「地獄通信」しかないって・・・・
2007.01.22
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猫自慢です。ちゃあ君は、最近いつもよりも余計に愛想がいいんです。写真は、アライグマオヤジにだっこされて大満足のちゃあ君。このところ、いつもは私にはそんなに甘えてこない、ちゃあ君が、やたらとくっついてきます。抱っこすると目を細めてグルグルのどをならします。・・・・・・・・寒いからねフローリングの床の上より抱っこのほうが暖かいものね。
2007.01.21
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今日は、中学校PTAの互選会でした。私は、司会。これまで、互選会の司会は、本部役員でやっていたようですが、今年度の会長の方針「みんなで少しづつかかわるPTA活動」の一環として、互選会の司会も、本部ではなくて、常任委員会(本部+委員会正副委員長)から誰か、ということになったので、ちょっとお手伝いしてみました。去年、小学校の互選会で司会しているから。で、美容院に行って、戦闘モードに変身!したんですよね。化粧もして、一張羅のスーツも着て。案の定、広報紙に描いた漫画の「P子さん」よろしく、(フリーページのPTA広報 カットをご覧ください)私だと気がつかない人が数名・・でも、私って、地元滞在時間がホントに短いから、知っている人って限られてしまうんですよね。もともと人の顔をおぼえるのが苦手だし。ま、あくまでも「司会」ってことで、引き受けたんですけど。「司会」って、会の場をなんとか活発にすることが一番大事だと思うんですよね。ひたすら、みんな黙っている会って辛いですし。なんとか場を盛り上げて、ちょっとでもやってもいいかな、と思う人が発言しやすくできたら・・・これって、グループ・ワークと通じるところがありますよね。グループ・ワークはあんまり得意な領域ではないんですけど、仕事上の会議の進行、整理はなんとかやっているわけだから、役員を引き受けてくれそうなあては事前には、なし、だったんですけど、「あたって砕けろ」とばかりに進めました。自己紹介のあと、最初は、みなさん黙っているし、どうしようかと思ったんですけど、とりあえず、現会長から今年度の本部の活動を説明していただいて、端から、どんなかかわり方ができるか、とか、説明を聞いた上での質問や意見を発言してもらいました。みなさん、くじで当たったかたも、推薦の方も、積極的に引き受けてくださる、という方は、いらっしゃいませんでしたが、お話が進むうちに、書記や会計なら・・・という方が出てこられて、休憩時間をはさんで、ちょっとなごやかな感じになってきました。そこで、今年の会長さんが、ホントに忙しい方なんですけど、他の方からも、彼女が会長としてでてくれるなら・・という意見も出てきたこともあって、続投を決断してくださいました。本当に頭がさがります。会長が続投なら・・あとは、忙しい彼女をどうフォローするか、という視点から、「活動自体がよくわからない」方でも、「自信がない」方でも、時間をシェアする、仕事をシェアする、という視点から協力していただいて、とても素敵なチームが出来た感じがします。引き受けてくださった皆さんに感謝・・・
2007.01.20
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すみません・・・私のマヌケ話です。ことのおこりは、17日の夜勤へ行く途中でした。バスに乗って、座席に座り・・あれ・・バッグが軽い財布が入っていなかったんですね。 このときは、家に忘れてきたのだろうとおもいました。よくやらかすんです。 幸い、バッグの内ポケットに、夜勤明けで直行しようと思っていた美容院フルコース分のお金として1万5千円は入れてあったし、JRのスイカとモノレールの回数券、それにバスカードはあるから、通勤には困らない。で、そのまま出勤しました。 夜勤明けで、美容院へ。そして夕方家にかえって、食事。ブログの更新。 それからおもむろに財布を捜しましたが・・・ 見つからない・・・ 私自身よりも私の捜し物がうまいアライグマオヤジ(通称、「ビビビのコナン」)のブログができあがってから、一緒に探してもらいましたがやっぱりダメ。 もしかして・・ 17日に気づいた時よりも前に落としてたとか・・・ 最後に財布を見た記憶は・・ 16日の夕方、国分寺の駅ビルで支払いをしたとき。 「カスペ! 美味しんぼ塾 ラーメン道」をみながら、家の夕食もラーメンにしようということになり、チャーシューとメンマを買ったんですよね。18時55分くらい。それから、バス待ちの時間を惜しんで(だってTV始まっちゃう)、タクシーをおごり、家に帰ったのですけど・・タクシーの支払いを財布から支払ったのか、ポケットの小銭だったのかがどうしても思い出せない。 あせりました。 財布には、私のキャッシュカードのほか、クレジットカード、健康保険証、職員証、あと、実家の父のキャッシュカードなど貴重品がたくさんはいってます。 家の中にある可能性が高いけど、外でおとしたのだとしたら・・ とにかくカードを止めなくちゃ、と電話をしました。 深夜、もう少しさがしてみたのだけど、やっぱりみつからない。 あきらめて寝ました。 朝・・・ とろろ丼さんに起こされて、朝食。 一応、彼女にも、聞いてみよう・・ 「ねえ、私の財布しらない?」 すっと立ち上がった彼女は、某所からさっと財布を出してきてくれました。 タクシー代を財布から支払った私は、財布を手に持ったまま帰宅。テレビの横の乾いた洗濯物(靴下の山)を入れておいた紙袋にひょいとおいてコートを脱いでたんです。 とろろ丼さんは、見てて覚えていたらしいです。よかった!感謝! でも、大騒ぎして止めたカードの復旧をしなくちゃなりません・・・・・・・・・ -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.19
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一昨日、昨日のアクセスは、やはり何かの検索に上がっていたのでしょう。今日は、通常のヒット数に戻りました。本日は、夜勤明けで、いつもの美容院に行って来ました。いつもの・・といっても昨日の日記に書いたとおり、ほぼ一年ぶり・・なんですが・・いつものとおり、あたたかく迎えてもらいました。本日は、もうどうにも手に負えなくなっていた頭をシャンプー、カット、パーマ、ヘアダイのフルコース!!開始が約13:00、終了が18:00過ぎになりました。手入れの下手な私に合わせて、洗いっぱなしでも形がキレイになるようなそして、なかなか美容院に行かない私のために、半年くらいはなんとかかっこがつくという素敵な髪型にしてもらいました。で、写真を公開しちゃいます(加工済み)。 左がビフォー・・・最近、假屋崎省吾さんに似ていると言われました。左がアフター♪・・自分的には15歳くらい若返った気がしてます。やっぱり美容院っていいですよね。気持がゆたかになります。美容師さんがとろろ丼さん(中1)の保育園時代の「ママ友」なので、すべておまかせ、して安心していられるのが一番いいです。ここの美容院に出会うまで、私はずいぶん苦労していたんですから。これからも年に1~3回くらいだとは思いますけど、ずっとここのお店のお世話になるつもりです。あ、↓は、美容師さんにとってもらった後ろ姿の写真。バック・シャンでしょ。
2007.01.18
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本日は、夜勤です。しかも、いろいろとやらなくちゃならない事務仕事がたまっているので、きっと明日はへろへろです。明日は、絶対に美容院にいくつもりで、さっき予約の電話をかけました。ヘアダイ、カット、パーマのフルコース。だって、20日のPTA互選会で、パリッとかっこよくしていたいんだもん。私の「専属美容師さん」って、娘の保育園時代の「ママ友」なんですよ。いや、「ママ友」っていうより、「オバサン仲間」というか、子育て戦線の「戦友」っていうか、お互い気心がよくわかってるから、「まかせるから、若々しく、かっこよくして!」「わかった。どーせ、あなたは次いつくるかわからないしね。長持ちする、手入れも簡単なものにしておくわね」だいたい、いつもこんな調子です。でも、確かに、この前に美容院行ったのは、去年の小学校卒業式前。髪を染めたのなんか、昨年一月末だったんですよ。それも、小学校の互選会の前。さ、がんばるぞ!
2007.01.17
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ブログ管理のページをあけてみてびっくり。なんと、本日ヒットが200を突破している。しかも、21:00代にすでに50ヒット超・・・これは、やっぱり斎藤博之さんのところから入ってきたとしか思えないです。トラックバックをいただいたので。で、見ました。「カスペ! 美味しんぼ塾 ラーメン道 日本全県グランプリ」残念ながら、斎藤さんが推薦した津軽ラーメン「山忠村上」は予選敗退でしたが、あの鶏がらに煮干、焼き干しアジ、鰹節に昆布のラーメン。とってもおいしそうでした。決勝戦は北海道のカニラーメンと九州のマー油使いとんこつラーメンも私好み。ほんとに「ラーメン」と一言で言っても、あまりにも違うので比べるのは難しいですよね。番組の審査員、「美味しんぼ塾」塾生の得点と有名ラーメン店の得点の差が興味深かったです。どっちかというと、有名ラーメン店の得点の方が、郷土料理っぽいものが得点が低いというか・・創作性の強いものに軍配が上がったというか・・・九州ラーメンのおにいちゃんとお父さんのタレをめぐる確執と和解なんてオハナシも入っていたりして(さすが「美味しんぼ」!さすがフジ)全国各地のいろいろな人が、それぞれの思いで、おいしいラーメンを作っているんだなぁというのが面白かったです。
2007.01.16
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今日は、出張であちこちまわりました。 写真は、ついでに寄った、小金井市の社会福祉会館の中にある、市内の作業所等の製作物を販売しているお店です。 「りんくの店」という名前で、障がいを持った方たちの「仕事」場である、作業所で作っているいろいろなものを販売しています。 手作りの鍋つかみや鞄、アクセサリー、アロマキャンドル、皮細工、クッキーやケーキ、パン。 みな一生懸命に作ったものばかりです。店員さんも、あちこちの作業所の利用者の方が交替で勤めます。 こういうお店は各地に増えています。 機会があったら、是非お立ち寄りください。 でも、自主製作品の販売売り上げで、障害者自立支援法が求める就労支援にみあうだけの工賃を稼ぎだすことは・・・・・困難・・・・というより、無理なんですよね。 お菓子類は、材料費がかなりかかるけれども、値段を高くすることは難しいし、織物やパッチワークなどの手工芸品は製作にかかる手間と時間に見合うだけの値段をつけるのは難しい。ちょっとした小物だったら、100円ショップで買えてしまいますから。 この写真のようなお店や、行政機関のホール等での販売活動をしても、売れなかったら工賃に反映できないので、売り上げを働いた時間割に分配しても、時間給で数10円~せいぜい100円台。 もっと「稼げる」仕事をすればいい、という意見もありますが、「内職」仕事を請け負っても単価が安いですから、自主制作+内職仕事でも、時給200円台の工賃を稼ぎ出すのはとても難しいんです。 さらに、そうそう毎日出勤できない人も多いですから、月の工賃が1万円にとどくだけ働ける人はとても少ない。 そんな状況の中で、自立支援法の施設に移行すると、利用者には「利用料」の負担が発生するんです。 「収入に応じた」負担軽減もあるにはあるのですが、もともと、障害年金と作業所工賃だけではとても一人暮らしを維持できるような収入にはなりません・・・ 実際のところ、「無理に一人暮らし(親元からの自立)するのではなくて、家族と同居していなさい」と言われているのに等しい状況です。 「だからこそ、これからは一般就労にむけての就労支援だ」、というのが、理屈なのですが・・・・・
2007.01.15
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雁屋哲公式サイト「美味しんぼ塾」をご存知ですか?雁屋哲さんは、マンガ「美味しんぼ」の原作者です。私は、このマンガ、連載開始当初から好きでした。(主人公の山岡さんは、当時の彼氏にちょっと似てますw)この「美味しんぼ塾」の中に、「ラーメン会議 ラーメンは郷土料理だ」という連載があるのですが、現在、東北地方のラーメンを案内する講師として、よたよたあひるのネット友達、斎藤博之さんが登場しています。斎藤博之さんは、東北・北海道をフィールドにして、祭、民族芸能、食文化、NPO、地域づくりなど幅広い視点(恐山からラーメンまで)から、郷土文化について執筆・活動しているライターです。斎藤博之さんのブログは↓ライター斎藤博之の仕事こちらのブログでも、ラーメンの記事がシリーズで掲載されてます。ラーメンから、地域の食材や地域おこしというテーマが語られています。で、みなさんにお知らせしたいのは、この「日本全県ラーメン巡り」が元になった、1月16日(火)の「カスペ!」(フジテレビ系 19:00~20:54)で「美味しんぼ塾 ラーメン道 日本全県グランプリ」という番組が放送されることです。斎藤さんも東北の案内人として出演なさるということで、お知らせをいただきました。我が家ではすでに録画することにしているのですが、皆さんにも、ぜひぜひ斎藤さんのブログと合わせてご覧いただけたら、と思ってご案内します。
2007.01.14
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打ち上げは本当に楽しかったです。委員全員+担当の副会長、総勢9名の出席でした。みんな楽しそうに飲んでしゃべって・・やっぱり、PTA活動って、こういう関係ができるから面白いんですよね。今年の広報委員会、本当に素晴らしいメンバーだったので、私のよたよた委員長でもなんとかやってこれた、という感じです。でもね、気になるのはね、みな、「何もしないでいたのに、素敵なのできてよかった」と言ってくれるのが・・・・・・・・・・・・私にとっては、一番大変なところは、みな他の人がやってくれたから楽しくレイアウトしていられたんですけど・・でもね、でもね、これだけのメンバーが集まっていたんだから、逆に、もっとちゃんと企画が練れたらもっといいものができたはずなんだよね。みんなの、持っている力やエネルギーをもっと生かす形で委員会できなかったことはとっても心残りなんです。「やり残したことがあると思うならもう一年やってもいいんじゃない?」と言ってくれた人、複数。やっぱりやろうかな。来年。でも、メンバーが変わってやっていけるかな・・・結局、まだまだ、迷っている私。4月の新学年保護者会まできっと迷っているんでしょうね。
2007.01.14
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まだまだ、3学期の活動があるところも多いようですが、うちの中学校のPTA、広報委員会は、2学期発行の分で予算を使い切り(実際は、かなりのもぐり委員負担がでてしまう)3学期はやることもないという状態で、今日は、大打ち上げ会です。いまのところ、委員8名全員出席なので、この一年(まだ1年たってないけど)の活動の反省もできるし。まあ、2回発行の2回とも印刷を外注してきれいなものができたということはよかったよね。企画について、変更また変更になってしまった、その運営については、反省点をまとめる。うーん・・・来年度・・・・・・・・本当は、もう一回やりたいんだよね。私。今度は、委員会全体で企画を練る、レイアウトの大枠ももっと決めて、記事担当の割り振りもしっかりする、とかさ、そういうやり方でもう一回やりたいんだけど・・・どうしよう・・ということもちょっと話をしてみようかな・・と思っているところです。
2007.01.13
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日にちは違うし、だいたい鏡もちじゃないし!でも、とにかく「おばあ」から教わった、お醤油と鰹節のお雑煮で「鏡開き」しました。実は、鏡餅、年末に買ったまま、正月中ずっと鞄の底にわすれられていたので・・・せめて旧正月に飾ろうと思って、今日は使いませんでした。旧正月が終わったら、お汁粉にしようかな。
2007.01.12
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昨日は、午後のPTA会議のためにお休みをとっていたので、午前中は掃除・洗濯をしながら「鋼の錬金術師」のドラマCDとか、「ハガレン放送局・・TAKE6」とか、聞いてました。DVDだと見入っちゃって仕事にならないから。 いやいや、やっぱり「ハガレン放送局TAKE6」はしびれます~~~ まず、朴さん、釘宮さんのいつもの不思議な「ぱろー」の挨拶のあと、大川さん登場・・大川さんの「ぱろー」を期待してると・・・ 「生きていると思ったよ」の大佐ボイス・・・ いやーん♪・・・・・・・・・・・・・・・ 何度聞いても・・・・ も、たまりません・・(以下、自粛) うっとりしたり、大笑いしたりしながら、なんとか掃除、洗濯も一段落してから、 お楽しみのDVD鑑賞をしました。 「劇場版 名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌」です! 謎の依頼人に、招かれた毛利小五郎と少年探偵団、それに蘭ちゃん。 毛利探偵に依頼する事件の説明の前に、遊園地ミラクルランドのフリーパスIDという腕と計型の機械を全員が渡されて装着。 依頼人の指示により、毛利探偵以外にコナンがその場に残され、他のメンバーは、ミラクルランドに遊びに行く。けれど、渡されたIDは、次元爆弾がしこまれていて、謎の事件を12時間以内に解かなければ爆発してしまうという代物だった。 蘭ちゃんと少年探偵団を人質にとられ、毛利探偵とコナンの必死の操作がはじまる。なにしろ依頼人は、依頼する事件の説明すらしないのだ。ところどころヒントを与えるだけ。しかも、謎の依頼人は、なぜかコナンが工藤新一だということも知っているようだ・・・ 捜査の中で、事件と怪盗キッドが何かしら関係しているらしいことがわかってくる。また、西の高校生探偵、服部平次クンも、和葉ちゃんを人質にとられて同じように捜査をしていた。 ・・・と、コナン・ワールド・オールスター大活躍という感じでした。あいかわらず、パニック映画仕立てで、コナンは何度も窮地を脱出。 スリルは満載なんですけど・・ 過去の事件の再捜査という設定や、連続殺人ではないことが、なんとなく、「健全なファミリー映画路線」をねらっているのかな、という感じがしました。 青少年が被害をうけたり関わったりする犯罪が目立つから製作再度が自粛してるのかな・・とか、確か、このタイトルはゲームボーイカラーのゲームで出ていたものだから、そのリメイクということで、謎解きとアクション中心の健全さを確保したのかしら、とかいろいろ考えました。確か、この前の映画もゲームのリメイクだったんですよね。 「大切な人」を助けるための捜査、という設定のわりに、ラブラブシーンが全く無かったのもファミリー向けだから? カップルは計4組もでてくるんですけど。 ・・・・・ちょっとした台詞に込められている、「思いやり」や「愛情表現」は、なかなかよろしいです。 でも、まぁ楽しめました。 設定にかなり無理があるんだけど、見ている間はそんなに気にならなかったです。観終えてよくよく考えると、???というところが若干ありますけど、まぁ気にしないのが、この映画を楽しむコツでしょうね。 ところで、設定上の毛利小五郎や妃英里(蘭ちゃんのお母さん)の年齢が38歳くらいだって、知っていました? 工藤新一君のお母さん工藤由希子さんと毛利探偵と妻、妃英里さんは、高校時代の、の同級生なんです。で、工藤由希子さんが、20歳で結婚して、翌年に新一クンが生まれているんですよね。で、新一クンと蘭ちゃんは高校2年生だから17歳くらい。で、計算すると38歳くらいということになります。 ん~~ 弁護士の妃英里さん、学生結婚で子育てしながら学業を終え、さらに司法試験合格、ということになりますね!でも、もしかしたら、あの才媛ぶりだと、大学行かなくても司法試験合格したかもしれません。。 閑話休題・・・・ それよりなりより 主人公の親の年齢を追い越して なお、アニメ映画を楽しみにしている私って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.12
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今日は、中学校PTAの互選会準備のための委員会でした。あちこちのブログを見ると、どこの学校も互選会は大変みたいですね。うちもご他聞にもれず、「決まるのかしら」状態です。でも、やるしかないよねぇ・・・小学校の時のような、「選考委員会」がないので、本部と、各委員会の正副委員長で構成されている「常任委員会」で、互選会の運営をします・・で・・・・・当日の司会になってしまいました(^^;A本部の主だった人は、推薦で名前が挙がってしまっているんですよね。候補者になっている人が、互選会の司会できないですものねぇ。推薦以外は、くじ引きで選出された候補者だし。1回で決まるかどうか・・・無理かも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、なんとか決めたいですよね。小学校のPTAよりずっと楽だというのをプッシュする・・少なくとも、今年が市中P連の会長校だったので、その会長校の役をやった今年の本部よりはずっと楽なはずなので、今年の仕事の分担方法、どうやってこなして来たかという説明を現本部からしてもらうことにしました。とりあえず、司会はするけど、結果がどうなるか・・・今度の休みには美容院に行って、戦闘モード変身のために、髪を染めてカットしてこようっと。
2007.01.11
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7日の日記で、私が実家では、七草粥をやったことがない話を書きました。 だから、七草粥を作るのも食べるのも、子どもができて、アライグマオヤジさんと、今は亡き彼の母上と一緒に暮らすようになってからです。 私とアライグマオヤジは入籍していません。 双方のライフスタイル上の趣味の結果です。だから、彼の母上も、私にとっては、「義母」でも「姑」でもないんですね。縁あって、一緒に暮らすことになった他人です。娘のとろろ丼さんからみたら、血の繋がっている「おばあさん」なんですけどね。 だから、我が家での家族同士の呼び方は、とろろ丼さんの視点になってました。「かぁ」と「とお」と「ばぁ」。「ばぁ」には「おばあ」というバリエーションもありましたが。 さてさて、今日はこの亡き「おばあ」についての自慢話です。 人様の母上を私が自慢するというのも、変な話ですが、とにかく素敵な女性でした。 だいたい、「子どもができました。一緒に住みます。入籍しません。」なんて、とんでもない話を聞いて、いろいろ思うところはあったにせよ、まずのリアクションは・・・ 「よかったじゃない。平塚らいてふさんと奥村博さんと同じね。」と、にこにこと私を迎えてくれました。まぁ、ともかく只者じゃなかったんです。 アライグマオヤジさんは、彼女の、かなり年がいってからの子どもでした。「おばあ」は、大正初期の生まれで、私自身の祖母と同じ年でした。でも、この「おばあ」は、昭和初期のモダンガール。銀座をハイヒールで歩いていて、路面電車の線路にヒールをひっかけて折ったこともあるというエピソードも教えてくれました。裸足の足は見事なまでの外反母趾(私の足は、健康で平べったい足です)。 お嬢さん育ちなのに、ずいぶん貧乏生活もして、でも卑屈じゃない。 気持ちが自立していてカッコいいのに、タカピーじゃないし。ちょっと間抜け加減がかわいらしいところもあったりして。80歳を過ぎてからは、やっぱり年々弱くなっていって、いろいろとできないことが増えていき、最後1年は本当の寝たきり状態だったけれど、その自分の衰えを受け入れていく様子も、本気でかっこよかったんですよね。 さてさて、話は七草粥にもどりますが・・・ この「おばあ」は、年中行事を大切にしてました。 でも、少女時代は創刊当時の「子供の科学」を愛読し、大人になってからは、創刊号から「暮らしの手帳」を愛読していたような人なので、取り組みは大事にするけど、形にはこだわらないというか・・・ 七草粥についての「おばあ」の見解は、 「要するに、ビタミンが不足しやすいから、青菜が入ればなんでもいいのよ。その昔は旧暦だから、お正月の七草のころは、きっと今の1月7日より草が大きかったでしょうけど、それでもそんなに育ってないから、いろんな草を寄せ集めてたんでしょう。」と、わざわざ七草を買い求めることなく、小松菜かほうれん草をゆがいて細かく刻んでいました。 庭にハコベとセリが生えていたので、翌年はそれを使ってみようと私が提案したら、面白がって、一緒に草を集めてくれました。でも、「おばあ」説のとおり、ふつうに生えているハコベもセリもまだほんとにやっと芽が出たばかりのような小さいものですから、集めて泥を落として湯がくとほんのちょっぴりになってしまいます。結局、大根葉とカブの葉っぱと、小松菜を入れて青菜の量を増やしました。 とにかく、かっこよくて、かわいらしくて、好奇心旺盛で、どんなときでも自分で楽しみを見つけることに長けていて、恨みがましいことのかけらもみせない素敵な女性でした。 2002年の1月3日に、在宅でなくなったのですが、在宅介護の日々を含めて、とてもすばらしい時間をプレゼントしてくれた人なんです。私も、あんなお年寄りになりたいなぁと思っています。 性格的に、なれるかどうかは?ですが、 せめて、「おばあ」の年中行事は続けていきたいなぁ、とお節料理や七草粥をするのです。 明日は鏡開き。 「おばあ」から教わった、我が家の鏡開きは、お湯にお醤油をいれただけのおつゆに、焼いたお持ちを入れ、削り節をもみこむようにその上から入れるというかなり変わったお雑煮です。普段は朝食べるのですが、明日の朝は今晩のご飯の残りがあるので、夜の食卓になるのかなぁ・・・ -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.10
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と、いうことで(何が、「と、いうこと」なのかは、8日の日記をみてね♪)、写真は我が家の人気者、ちゃあ君が、掃除機と戦っているところです。 ちゃあ君は、掃除機がとても嫌いで本当は怖いのですが、スイッチの入っていない時には、戦いをいどみにきます。 フーっと唸って威嚇して、猫パンチを2、3発くりだし、それから、隙を見てパッと後ろに回り込み、そのあとは、素早く屋根裏への梯子段にかけ上がって安全地帯から見下ろすんですよ。かわいいやつ。 9日は、日勤でした。 8日のお酒疲れが若干残ったあとの、1日出張仕事で、家に帰ってからはもうへろへろ。買ってきたローマイヤのドリアをチンしたものとキィニョんのパン。半額になっていたスモークサーモンをサラダ菜の上に並べたサラダ、それにお湯で溶くだけのスープ・・という夕食をとろろ丼さんが用意してくれて、それを食べた後、8時前にはつぶれて寝てしまいました。とろろ丼さん、ありがとう! ふと気がつくと、隣にはみいちゃん(ちゃあ君のお母さん猫)がそっと寄り添っていてくれていました。そして、体の上をスタスタ歩く生き物がいて、「ん?」と思っていたら、ちゃあ君が、私の伸ばした腕の先に降りてきて、手の甲を枕にくるっと丸まってゴロゴロいいはじめたんです。 どうも、うちの猫たちは、へばっていると介抱にきてくれるみたいです。
2007.01.09
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夜勤明けで、夕方から友人とお酒を楽しんで、その時は、よかったんだけど・・・ 帰ってから、ブログどころじゃなくて、そのまま爆睡しました。 でも、日記の記入率100%は、まだ取り返せるので、せこいですが、本日10日に、8日と9日の分をアップしておきます。 8日が、この言い訳日記。 9日分は久しぶりの猫自慢でもしようかな。-----------------sent from W-ZERO3
2007.01.08
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写真は、「エミリー」なとろろ丼さん。 この、「エミリー」は、我が家の今年のカレンダーです。 写真と本文は関係ありません・・・ 今日は七草です。 夜勤なものだから、しっかり寝坊。 私だけでなく、アライグマオヤジさんも寝坊。健康的なとろろ丼さんだけ、おなかが空いて目を覚まし、適当にあるものを食べていたようです。いけない親ですよね。 で、さすがに11時ごろに起き出して、七草粥をつくりました。私の実家では、七草粥はとくにしていなかったんですよね。 たぶん、父はお粥なんて嫌いだし。 昨日の、日勤の帰りに七草を買って帰ろうと思っていたのですが、てっきり忘れて帰ってきてしまったので、買い置きの小松菜と大根葉、大根とカブをいれました。
2007.01.07
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こんにちは。 世の中は3連休なのに、3日間とも仕事のよたよたあひるです。今日は日勤で、通勤途中に書いたメールを、昼休憩で手直しして送信します。 明日が夜勤入りで夕方から、明後日は明けで朝仕事がおわって、帰宅がふつうなら昼頃。。。 写真は、今朝の朝ご飯に食べた、「ウリ坊パン」。国分寺の手作りパン屋さん、キィニョンのおいしいパンです。 後ろの大きなパンも、ウリ坊の形なんですよ。向かって左のすぼまった方が頭。よく見ると、ちゃんと顔もあるんです。ゴマが練りこんである、カンパーニュっぽいパンです。 手前の小さなイノシシ顔のパンは、甘い生地の何も入っていないパンでした。おいしいパンだったけど、寝坊したので、パンと紅茶だけ、おかず無しの朝ご飯。食育上、問題あり?かな・・・
2007.01.06
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たまには、貴婦人見習い全開日記 もう、昨年のことだけれど、ボーッと見ていたTV番組で、中高年女性の「ときめき」について放送していた。演歌の氷川クンとか韓流スターとかを追っかけるパワフルなオバサンたち。 我が身を振り返ると・・・・・ ここ数年来、「ときめき」の対象は2次元ばっかりだ! ・・・ちとまずいかな・・・まぁ、リアルな「恋」に走るといろいろ面倒くさいことがあるわけだから、二次元にうつつをぬかしているくらいが平和で良いかも♪しれません。 その昔、現役のオタクお姉さんだったろ(ファースト・ガンダムのころね!O○TとかJ○NEとか、ぱ○とか愛読書だった・・)から、ビデオどころかTVもない生活をしていた20代(当然のごとくアニメもわからなくなった。このころが一番、「恋」していたなぁ・・)を経て、子どもが大きくなるにつれて、娘からアニメ熱が再発。で、昨日も娘とアニメイト探索してきたし。 「再発」してからの、「ときめき」キャラのリスト↓。 「犬夜叉」の みろく様(漢字がでない!) 「名探偵コナン」の工藤新一くん 「ONEPIEACE」のロロノア・ゾロとサンジ君 「NARUTO」は、カカシ先生 「Dグレ」は・・迷うけど、アレン君かな。いかさまトランプの時のにこやかに黒いアレン君が可愛い。 あと、ジブリの「耳をすませば」の聖司クンもいいし、「ハチミツとクローバー」の竹本クンもかわいい・・・ けど、 やっぱりピカイチは、 「鋼の錬金術師」のロイ・マスタング大佐! 漫画もアニメもどっちも好き! 男性としても、上司としても理想なのっ!! 上司だったら、女性としての恋心が報われなくても、部下として、一生ついていきます! アニメだと、大佐のキャラもいいけど、大川透さんの声も最高なんです。生大川さん、汗っかきの大きな体(ちょっと婉曲表現)だけど、もうもう、あのお声だけで、すべてOKです。もう、キャーキャーです! 並べてみると、どっちかというと、一見軽くて、キザで、浮気性に見えて、でも、実は結構重たいものを背負ってたりするキャラが多いかな。女たらしで精神的なマッチョが好きなの!あ、「女たらし」は、その性質にもよるけど・・・女抜きでも自分の世界が成り立つオトコじゃないとイヤ。女を所有する感覚の持ち主ははなからパス・・なので・・ いったい、どこが「フェミニスト」なのか、オトコの好みを書き出すといつも苦笑いです。 でも、 でもねぇ・・ 精神的なマッチョで「求道者」タイプの人って、一緒に暮らすには向いてない。 ほどほどに、 刺激的な話ができて ほどほどに 暮らしを楽しむことができて って・・・やっぱり・・・ うちのアライグマオヤジさんが 一番 いいかも・・ だから、リアルな「ときめき」と無縁 だったりして! すいません! ながなが書いて、 あげくにのろけてしまいました。 -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.05
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さて、昨日、立川で何を買ってきたのか、という日記です。 立川駅着がおおよそ12時半くらいでしたが、まずはグランディオの中華街で、食事・・・ではなくて買い物。しかも石鹸(なぜ!)。支払いはアライグマオヤジさん。私はださないの。だって、石鹸何でもいいなら、まだ家にある。 それから、倹約のために、390円中華そばの日高屋で食事。中華そばと餃子、鶏のからあげ、・・・私だけ半チャーハン。ちょっと食べ過ぎかしら。3人で計2300円。 そのあと、TSUTAYA でDVDの物色。 レンタルでは、 「名探偵コナン・・探偵たちの鎮魂歌」←私が観たいの!準新作になるまで待ってた。 「妄想代理人 1」←とろろ丼さん 「ドラえもん 魔界大冒険」←とろろ丼さん。なんだか久しぶりに普通のアニメですね。年末のドラえもんスペシャルで、今度の春休み映画が、これのリメイクなので前の作品をみたくなったとか。以上3本で、計1060円。 購入したのは、 「セロニアス・モンク ストレート・ノー・チェイサー」←セロニアス・モンクのドキュメンタリーで、製作総指揮がクリント・イーストウッド。期間限定で1500円だったし、これは買うしかないと思って購入・・が、レジに行く前に「2枚で2500円だからこれもね、」と、アライグマオヤジが持ってきたのが「ロッキー・ホラー・ショー」・・・娘にもみせたいそうで・・まぁ、いいや・・でも、これで今日のお茶タイムはケーキ無しね。 それから、南口アレアレアのオリオン書房で本の物色。買いたい本が決まっているわけではない、なんとなく本屋さんをぶらぶらしながら本を見るには格好の書店です。本の配置が面白いんですよ。 今回買ってきたのは、 「世界を信じるためのメソッド・・・ぼくらの時代のメディア・リテラシー」(森 達也著 理論社) 「よりみちパンセ」というシリーズの一冊名のですが、このシリーズがなかなかいいんです。多分、中学生・高校生向けのシリーズとして企画されているんですが、ちゃんと考える為の土台がどういうものなのか、一流(よたよたあひる評価!)の著者が平易な言葉で書いています。読みやすいけど、内容は濃い、というシリーズです。 今回購入した「世界を信じるためのメソッド・・・ぼくらの時代のメディア・リテラシー」も、期待に違わぬ一冊でした。 まずは、私が読んで、それからとろろ丼さんに、絶対読んでもらいます。彼女、冬休みは、ろくに勉強してないので、これ読むくらいは義務にしておきましょう。 本を購入した後、UCCコーヒーの喫茶店で休憩です。私一人なら100円マックなんですが、まあ、家族外出の一息タイムですから、座り心地の良い椅子にしておきます。 とろろ丼さんは、ホットレモネード。 アライグマオヤジは、黒糖カフェオレ。 私は、蜂蜜カフェオレ。 ケーキがない分、甘い飲み物で血糖値を揚げて、エネルギーを蓄えました。 喫茶店で、HP回復した後、北口へ向かいました。で、フロム中武の4階です。 とろろ丼さんと私は、アニメイト。 アライグマオヤジさんは、古銭のお店がお目当て。 ここで、私から、とろろ丼さんに、「地獄少女」カレンダーをプレゼント。お年玉の替わりです。1月中、ちゃんと勉強と家事をしたら、さらに、追加も考えてますが(ごりえさんのマネです)・・・今のところ、中学1年生への親からのお年玉、2310円也は少ないですよね。欲しいDVDがあるはずなので、がんばるかなぁ・・・ アライグマオヤジさんは、旧ユーゴスラビアやフランコ政権下のスペイン等々の硬貨を購入して大満足してました。無くなった国の硬貨を集めるのが好きなんです。硬貨の保存状態にはそれほどこだわりがないので、安くていい趣味だと思います。 レシート3000円以上で1回福引きができますので、「地獄少女カレンダー」と古銭のレシートをあわせて1回くじがひけましたが、残念ながらポケットティッシュでした。 フロム中武のあとは、ビッグカメラ。 ここでは、パソコンの下見です。 思い切って、ちょっといいのを(ソニーのバイオ)買おうか、それとも、安いのを2台買おうか、まだ迷っていて決められません。 人混みで、とろろ丼さんは疲れてしまい、第一デパートは行くのをやめました。ビッグカメラで立川はおしまいにして、国分寺にもどり、最後に紀ノ国屋書店で買いたい本があるそうです。今日は、これ以上、母の財布をあてにできないことがわかったので、第一デパートへ行っても悲しい気持ちになりそうでやめたのかもしれません。 国分寺では、とろろ丼さんは紀ノ国屋書店へ、私とアライグマオヤジはマルイファミリー食品館へ。ゆでうどんの玉と、明日の朝食用のパンと牛乳、ゆずジャムを買って、最後にドトールコーヒーで待ち合わせ、お茶をしました。3人分540円。 と、いう買い物三昧の一日でした。 どうも我が家は、飲食費と書籍・DVD代が他を圧迫してしまいます。今年は、倹約にへもう! -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.05
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なんとか、念願の立川へ行ってきました。 写真は、JR立川駅北口をでたところにある、フロム中武という、地元デパートです。 久しぶりに見たら、例のおもしろキャッチコピーが変わっていました。いつ替えたのでしょう?クリスマス・セールからこのコピーだったのかなぁ?・・・・・ あいかわらずの、ギリギリ・アートって感じのコピーで私は好きです。
2007.01.05
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↑とろろ丼さん(中1)のイラストうちのとろろ丼さん(楽天ブログ 「ドーナッツの穴の場所」)が、「Kill Bill」のDVDケースにあった1シーンを描いたもの。なかなかうまくできたので、ブログにUPをすすめましたが、なぜか、「よたよたあひるの方に載せて」と言ってたので、親ばかギャラリーでも作ろうかと思っているのですが、とりあえず、日記にUPしました。いつもの、膝の上の画板(!)ではなくて、(とろろ丼さんは、イラストも宿題も膝の上が定位置)気が付いたらちゃんとちゃぶ台に紙をおいて描いていたので、けっこう気合いが入っていたのだと思います。気合いの理由は栗山千明さんかなぁ・・最近「栗山千明さん素敵!」病なんですよね。しかし、とろろ丼さん、絵、うまくなりました。もうかなわないな・・
2007.01.04
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今日は、本当は、立川まで遊びに行く予定だったのですが・・・やはり、一つ年をとったのか(爆)昨日の夜勤明け、超勤、初詣の疲れが残ってしまったのか朝寝坊したあと、朝昼兼用でお節とお雑煮を食べて、また、眠ってしまいました・・・猫と一緒にぬくぬくと寝正月これもなかなかいいものです、でも・・・とろろ丼さんは、立川行きを楽しみにしていたので、午後3時半にやっと起き出して、せめてもの国分寺行き。国分寺のチェーン古本屋に、昨年末に整理した処分するマンガをもって行き、売り上げ額 800円ゲットして、その場で、文庫本1冊とDVD1枚を買っていました。それから、駅ビルのドトールで一休みして、ユニクロでセーターを2枚購入。本当は、福袋を買おうかと思っていたのだけど、もう、サイズがMとSしかなくて、あきらめました。で、マルイファミリー食品館で、30%オフのふぐのお刺身(薄づくり)これに、年末に買っておいた、小鯛の酢漬けと酢だこ、やっぱり年末に買っておいた、九十九里の鰯の卯の花漬を並べて、カブとアブラゲのお味噌汁で久しぶりの白い御飯を炊いて夕食にします。明日こそ、立川にいくぞ!
2007.01.03
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あの、露天の勢い、当たりそうにないのにやりたくなる、くじやら宝つり、射的やわなげなどのゲームや、新旧とりまぜた玩具。 昔ながらの一味とうがらしや薄荷、あめ玉、食紅色のふ菓子。そして、時代とともに商品が変わってきている食べ物屋台・・・ なんとなくインチキ臭いものと、まっとうな商売とが、混然一体となっている「祭り」の感じが好きです。 宮台真司先生には、「祭りにのせられる田子作」とお叱りをうけそうですけどね。 写真は、昨年見つけて、今年も、この店で食べるために大国魂神社に初詣した、「北海道・じゃがバター」のお店です。 小さいじゃがいもを丸ごと油で揚げて、そこに塩をふってバターをのせたものを売っているんです。じゃが6個入りで、400円。 なぜか、おばちゃんお手製のキムチをおまけにつけてくれます。今年は、おいもを揚げていて、キムチをおいている店をさがして見つけてとても嬉しかった。 キムチを目印にこの店に買いにくる常連さんが他にもいるみたいです。 おばちゃんにたのんで、写真を撮らせてもらいました。
2007.01.02
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初夜勤、初超勤、に続いて、初詣に行ってきました。府中の大国魂神社です。 写真は参拝の順番待ちの時に、撮影した本殿です。屋根は銅板拭きなので、長年の風雪の中で緑色になっています。私は、こういう銅板拭きのお宮は好きです。 この格式の高いお宮の本殿前に、参拝を待つ人が何故か持っている、青いイルカの風船がなんともいえない味わいをかもしだしていて、撮影しました・・ でも、 銅板拭きの神社は、やっぱり「格」が高いお宮なんですよね。つまり、古くからあって、しかも、その歴史の中で、支配階級に優遇されてきた、ということですが・・・そして、だから、戦時中の国家神道でもそれなりの役割をもっていたということですよね。 今も、参道の入り口の大鳥居に、日の丸の旗を両脇に飾った「慶祝・悠仁親王殿下御誕生」の横断幕が掲げてありました。 私は皇室をあがめたてまつる人ではないので、このような横断幕をあからさまに掲げている神社にお参りする資格はないような気もするのですが、宗教に関係なく「お祭りごと」好きの恐るべき日本人なので、参道にずらっと並んだ屋台を楽しみながらの初詣が大好きなんです。困ったものです。
2007.01.02
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1月2日、12時30分。 ようやく、本日の仕事、終わりました。 勤務先の施設利用者の方で、一人、年末から嘔吐と頭痛があり、手持ちの薬で様子をみていた方がいらしたのですが、症状が収まらないので、内科の合併症との関係も心配だし、救急対応の府中病院、東京ERを受診することになり、付き添って行ってきたのです。 普段なら、救急対応病院へは行きません。市内の休日当番医を受診するか、売薬で様子をみるかということにするのですが、統合失調症の治療薬を飲んでいて、さらにいろいろな内科合併症を持っていらっしゃる方なので、るので、熱のない頭痛も嘔吐もけっこう怖いのです。腸閉塞や脳卒中とか、薬の副作用の重症なものとかの可能性も考えなくちゃならないし、精神症状の身体症状化の可能性もあります。今回は、二日間症状がつづき、まだ病院の通常運営まで二日ある、手持ちの頭痛約は飲んでもきかない・・というところから、正月明けまで待つのも、万が一を考えると心配でしたので、受診しようということになったのです。しかも、受診先をさがして電話をしたところ、内科と脳神経内科と精神科のクロスオーバーなので、内科医だけの休日診療では難しいだろうと言われ、東京ER受診となりました。 問診、触診、麻痺のチェック・・・念のため、CTと腹部レントゲン検査。結果は、脳出血や腸閉塞等の心配はなく、通常の感染性腸炎だろうということになり、まずは一安心。頭痛も、検査や診察が終わってからは大分楽になっていたようです。ご本人が安心なさったので、身体の緊張がほぐれたのが大きかったのではないかと思いました。 結果、大事無かったのは良かったのですが、そうすると、受診の妥当性が気になるところです。 風邪だろうとめどがついていれば、多少吐いても、下痢をしていても、水分補給をして安静にしていた方が、うかつに救急受診などして、もっとたちの悪い感染症を拾ってくるより早くなおるのですが、悪い可能性を考えてしまうと受診して安心したくなりますよね。 受診をするか、しばらく様子を見るか、判断の見極めは、経験を積むしかないのですが・・今回の教訓として、様子を見るときのポイントの一つとして、体調不良からくる不安と緊張をどう和らげるか、という点を考える必要があると思いました。 -----------------sent from W-ZERO3
2007.01.02
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写真は今年の我が家の元旦の御馳走です。お節料理は、例年より品数が少ないので、(用意する気力と体力が・・)お重に詰めるのはやめて、つれあいがその昔、どこかのバザーでゲットしてきたらしい、お祝い用の器(この13年間ずっと使っている)に入りきらない分は、お皿に盛りつけました。手作りのお節は・・・煎り鶏、黒豆(がんこおやじ納豆という納豆屋さんのレシピ。手早く簡単で失敗しないの)、紅白なます、ゴマメ、ローストビーフ(12月24日の夕方、国産牛モモ肉30%オフで買ったお肉)、数の子(阿佐ヶ谷で折れたのの特売品。塩抜きしただけのと、みりんとしょうゆのタレにつけといたのをとりまぜ)、ブロッコリーの茹でたの(彩りと容器の数合わせ)。 それに、阿佐ヶ谷の蒲鉾屋さんで買ったこぶ巻きとキントンを併せて盛りつけ。 気合いが入ると、ローストビーフの他にも、鶏ロールとか、ローストポークも作ったことあるし、栗キントンも甘露煮を使って作るんだけど、今年はパス。とろろ丼さんはちょっともの足らない気分のようです。彼女はあんまり練り物を好まないから。 お雑煮は昆布ダシに、里芋と大根と小松菜だけのシンプルな雑煮。動物性のものが何も入らないところが特徴的です。最初はびっくりしたのだけどね。 料理のかなりの部分は元旦になってから作り、朝、ゆっくり目が覚めてからお雑煮を一から作る・・こんな状態はほんとに初めて・・なまけものの節句働きという言葉そのままの元旦でした。 で、これから夜勤です。 みなさま、今年もよろしくお願いします。1月3日、1:55 写真を編集しました。
2007.01.01
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とうとう新年になりました。今年のお正月はかなり悲惨です。準備が十分にできなかった・・せめて、というわけではありませんが、ブログのデザインをちょっと変えました。トップも変えました。何の写真かおわかりになるでしょうか?「はなあぶく」ちゃんとおなじ、「れい」さんのお写真です。とても、素敵な写真をとる方なんですよ。まあ、それでも、おいしい御節料理はあるわけだし、絶望的に荒れた家も、かなりひどく散らかった家くらいには片付いたし、良しとしましょう。今年の抱負は、ブログを続けることブログを続けながらも、掃除もちゃんとすること今年の年末には、今度こそ新しいお重を買えるように、ボーナスをとっておくこと、あ、仕事の研究発表もすること!くれぐれも、所内発表だからといって、研究発表当日の昼休みに、発表原稿をまだ書いているようなハメに陥らぬようにすること・・今年もよろしくお願い致します
2007.01.01
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