灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

11月



「何で王子様は本当のコトに気が付かないんだろう。」
「そうだよね。本当に王子様を助けたのは人魚姫なのに。」
「このお姫様も腹立つよね。ただ助け起こしただけじゃん。」
綾ちゃんと絵美ちゃんと菜実子ちゃんはアンデルセンの人魚姫を呼んで口々に言いました。
3人は幼稚園の頃からの仲良しグループで、何をするのも一緒なのです。
小学校に上がって3年生になって、クラスはみんな別々ですが、放課後やお休みの日にはいつも誰かの家に集まって遊びます。
絵美ちゃんは、まるちゃんとたまちゃんと丸尾くんと一緒のクラスでした。
だから、こんな相談事を持ちかけられた時、本当に驚いたのです。
「誰にも内緒ですよ。一言でもばらしたら、もう探偵は出来ないと思って下さい。そのくらい、コトは重大なのです。」
丸尾くんは、まずそう念を押してまるちゃんとたまちゃんに話し始めました。
「確信は無いのです。でも、疑えばきりがないのです。」
今月の初めの土曜日でした。
学校が終わって、3人はいつものように菜実子ちゃんの家に集まったのです。
菜実子ちゃんの部屋は2階にあって、ピンク色の可愛い花模様のカーテンが掛かったステキな部屋でした。
そこで、菜実子ちゃんの新しい鉛筆のキャップを見せてもらったのです。
4個セットのそのキャップは、透明で、うっすらと色がついています。
ピンクと水色と黄色と黄緑です。
ピンクにはうさぎ、水色には雲、黄色にはお花、黄緑には金魚の絵が描かれています。
色を合わせた鉛筆にキャップをはめ、太陽にかざすと、きらきらと輝きました。
菜実子ちゃんの家はお金持ちで、いつもいろいろと新しい物を買ってもらっているのでした。
それを、うらやましいと思わないと言えばウソになると絵美ちゃんは言いました。
そうして、次の日曜日に、菜実子ちゃんが同じクラスのお友達と約束したため、絵美ちゃんは1人で綾ちゃんの家に遊びに行きました。
何気なく綾ちゃんのどっしりとした学習机の上を見た時でした。
木で出来た綾ちゃんの机は、飾り気など何もなく煤が着いたように古ぼけています。
工作の時間に作った、空き缶に紙粘土をくっつけたペン立て。唯一、女の子らしいピンク色したその中のはさみや定規や一通りの文房具の中に、あのキャップをはめた鉛筆があったのです。
うっすらピンク色をして、可愛いウサギがとんでる絵のキャップ。
一瞬、目を疑いました。
見間違いかも知れない。そんなはずはない。
もしかしたら、綾ちゃんだって買って貰ったのかもしれないし、菜実子ちゃんがくれたのかも知れない。
でも…。
確かめる勇気もなく、絵美ちゃんは綾ちゃんの家を後にしました。
そうして昨日、菜実子ちゃんが言ったのです。
「ピンクのキャップ、無くなっちゃたの。」
「…。」
丸尾くんの話に、まるちゃんもたまちゃんも黙ってしまいました。
「それって、綾ちゃんが盗んだ、ってこと?」
勇気を持ってまるちゃんが言いました。
盗むって、泥棒ってこと?
警察につかまるの?
それは、今までに経験したことのないような恐ろしいことのように感じます。
一つため息を吐いて丸尾くんも言いました。
「たぶん、そうでしょうね。」
「絵美ちゃんは、何て言っているの?」
「絵美さんはね、出来ることなら、何も無かったコトにしたい、と。自分は何も知らなかったんだって思いたい。幼稚園の頃からの仲良し3人組を絶対に壊したくはない。でも,本当の友達だったら、綾ちゃんにも菜実子ちゃんにも黙ってることが良いことではないから、と。」
思いあまって、クラス委員の丸尾くんに相談してきたのです。
「ふう…。」
3人は良い考えも浮かばずに、ただ、ため息を吐きました。
一応の解決は、突然にやって来たのです。

「それがどうしたの!」
その言葉に、綾ちゃんもそばにいるだけの絵美ちゃんも、頬をぶたれた様な気がしたと言います。
それほど、怒った菜実子ちゃんを見るのは始めてでした。
「お母さんがいないから何だって言うの?」
誰もが、避けていたことを菜実子ちゃんは口にしました。
綾ちゃんのお母さんは、綾ちゃんがまだ小さい頃にお父さんと離婚して、家を出て行ったのです。
綾ちゃんはお母さんの顔も知らず、仕事で忙しいお父さんにかわって、おじいさんとおばあさんに育てられたのです。
「だって、菜実子ちゃんは何でも持ってるでしょう?お父さんもお母さんも立派なお家も自分の部屋も可愛い文房具だって、何だってあるじゃない。キャップ1つくらいいいじゃない。」
綾ちゃんの家で、机の上のピンクのキャップを見付けられ、菜実子ちゃんにとがめられた時、そう綾ちゃんは言ったのです。
「お母さんがいなかったら人の物を盗んでもいいの?世の中にはもっと可哀相な人だって一杯いるのよ。綾ちゃんだけが可哀相なわけじゃない!1人で悲劇のヒロインぶらないでよ!」
綾ちゃんが返そうとしたピンクのキャップを菜実子ちゃんは、結局は受け取らずに帰って行ったと言います。
泣き出した綾ちゃんにも、歯をくいしばって出ていった菜実子ちゃんにも、絵美ちゃんは何も出来ませんでした。

「私が一番卑怯だったの」
後から絵美ちゃんは丸尾くんに、そう話したそうです。
友達なのに、知っていたのに、私は何もしなかった。何も出来なかった。
「あなたは、充分悩んだじゃありませんか。」
丸尾くんは静かに言いました。
絵美ちゃんは泣きながら首を振ります。
「1人で悩むふりをしてしただけなの。本当に悲劇のヒロインぶってたのは綾ちゃんじゃなっくて私だったの。」

それから数日して、綾ちゃんへ菜実子ちゃんから絵本が届きました。
アンデルセンの人魚姫です。
裏表紙の装丁で白紙であるはずの最後のページには、300年の修行を終えた人魚姫が天使になっている絵が描かれていました。
『私のこと、ひどいことを言ったと思ってるでしょ?もう友達なんかじゃないって。許して欲しいなんて思わない。でもね、綾ちゃんにはもっと強く生きて欲しい。』
そう1言だけ、添えられていました。
それからの3人は、気まずい雰囲気を残したまま、元通りになることはなかったと言います。

「私は、綾ちゃんがうらやましかった。」
そう、菜実子ちゃんは言いました。
お母さんがいなくなっても、お父さんが忙しくても、一緒に暮らしているおじいちゃんもおばあちゃんもいる。
お父さんの妹が来てくれて、一緒にご飯を作るのだと言っていた綾ちゃんが。
「私には誰もいなかった。」
交通事故で、お父さんもお母さんも死んでしまった。
その時、誰1人として引き取りに来る人はいなかったと聞いた。
私はこの世で1人ぼっちなのだと。
施設で過ごした日の事は、よく覚えていない。
ある日、突然この人が、新しいお父さんとお母さんだよと教えられた。
何の疑いもせず、それを信じた。
新しいお父さんとお母さんは優しかった。
大きな新しい家で、自分1人の部屋もあたえられた。何でも買ってくれた。
でも。
「お母さんがいなくなっちゃったの。」
泣きながら言った綾ちゃんの言葉に、思い出した。
自分が1人ぼっちだってことに。
「こんなどこの誰かもわからない子を養女にするなんて。」
「両親とも交通事故で死ぬんて、縁起の悪い子供じゃないか。」
よくも残酷なことが言えたと思う。小さな子供の前で。
涙をこらえ、うつむいた子供を、親戚達は陰気な子だと言った。
強くなりたい。こんな時に笑えるように。
泣きながら、誰かが何かをしてくれるのを待っている悲劇のヒロインなんかまっぴらだ。
誰よりも、強くなりたい。

綾ちゃんがそれを知ったのは、それから6年後の事でした。
高校入学時の必要書類の戸籍謄本を見せ合う友達の中で、菜実子ちゃんは屈託無く微笑みながら、戸惑うことなく養女と記されたそれを差し出したそうです。



【あとがき】~由記~
今は戸籍なんかも変わって来ていると聞きましたが…。
由記の父親は養子でした。
だから、実の両親に育てられることを幸せと感じて欲しい。
実の両親だと言うだけで、言えること、出来ること、許されることが沢山あります。
そんな想いでこのお話を書きました。

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