いつか木を植えたい

いつか木を植えたい

幸せ妊娠生活



それは、年が明けて早々の事。予感があった。
次の月経が来る予定の約2週間前から、私は妊娠している、と確信していた。
何か特別な感情もなく、驚きも、焦りも、戸惑いも、喜びも、なく。
妊娠検査薬の結果が、「陽性」と出た時、やっぱりねと冷静に思い、そして次に、思いがけない程の喜びが湧き上がってきた。

ご主人様には内緒にした。自分だけが妊娠の事実を知っている、という幸福を心の中で存分に味わった。1週間後、産婦人科で妊娠が確定した後に報告した。


妊娠3ヶ月目、つわりに見舞われる。
物凄い眠気。当時パートで仕事をしていたのだが、仕事中も通勤電車の中でも眠くて眠くて仕方ない。家では取り憑かれた様に眠ってばかりいた。
胃のムカムカ。吐きづわりではなかった様で、ただただムカムカが続く。
情緒不安定。何でもない事で涙がポロポロ出た。不安な時、悲しい時は勿論、嬉しくても泣けた。人から妊娠を「おめでとう」と言われるだけで涙が出た。
と、ここまでは大した事なかったのだが、ある日急変。

仕事中、突然、冷や汗と眩暈、吐き気に襲われ、お腹が張ってきた。早退して帰宅し、そのまま布団へ。
翌日から起き上がる事が出来なくなった。
気持ち悪さはそれまでのムカムカの比ではなく、何も食べられない。喉が異常に渇くので水分を摂りたいのだが、「水」そのものを受け付けない。辛うじて飲めたのがよく冷えたウーロン茶。枕元にペットボトルのウーロン茶を氷に浸けて置いておき、チビチビ飲んでは眠る。
結局、そんな状態が2週間以上続き、入院はしなかったものの、病院で何度か点滴を打たれた。

最も辛い2週間が過ぎた後も、口に出来るのはウーロン茶、トマト、いちごのみ。
「湯」の臭いに耐えられなくてお風呂に入るのも辛かった。

仕事にはなんとか復帰。
だが、里帰り出産を決め、その後も産休を取る事になる。パートなのに長期間休むのを申し訳なく思い、辞表を提出。2ヶ月後に退職した。
小さな事務所だったが、それだけに温かい職場だったので、辞めるのはとても残念だった。
「赤ちゃん産まれたら見せに来てね」「手が離れたらいつでも復帰していいよ」と皆が言って下さった。
良い職場に恵まれていたと、感謝している。


この頃、つわりに倒れている私を尻目に、これまでと変わらず家事を手伝うわけでなく、妊娠出産の不安を話しても聞き流すだけのご主人様に、初めて不信感を抱く。
赤ちゃんが産まれても、この人はきっと何もしないだろうと確信した。
別に、病院に付き添って一緒にエコーを見てくれとか、そのテの事は望まないが、なんというか、もっと一緒に妊娠を楽しんで欲しかった。
自分は妊娠していないから、実感が湧かないのは仕方がない。でも、幸せに浸っている私に、少しは同意してくれてもいいのにと、自分の子でもあるのだからと、ずっと思っていた。
思っていただけで、何も言えなかったが。
所詮、「母体マシーン」位にしか、思っていなかったのかもしれない。


つわりは徐々に解消。
魚などの生臭いもの、ご飯などの「湯」っぽい臭いのするものはダメだったが、何故かフライドポテトが異常に食べたくて、他は、トマトソースのパスタ、ゆでたジャガイモ+塩が主食になった。


お腹の中で、胎児は順調に成長していった。
エコーで見せて貰う度に、育っている胎児が愛おしくて、嬉しかった。
まだまだ小さ過ぎて、顔などはよく分からないのにも拘らず、元気に動き回る姿は何故だかご主人様によく似て見えて、ああママは大変だなぁ、と思ったのを覚えている。

胎動を感じる様になると、それはもう、楽しくて仕方なかった。


つわりが終わると、今度は何故か甘いものが食べたくなった。
それまでの私は甘いものが苦手で、ケーキなどは見る気もしなかったというのに。謎だ。


地区の母親学級に参加し、同じ時期の妊婦の友達がたくさんできた。
皆で、時々ランチやケーキなどを食べながら、お互いの不安や楽しみを話すのが、とても大切な幸福な時間となった。

幸せな妊婦生活だった。



実は、この妊娠の以前にも、私は一度妊娠していたことがある。
その時のことは、今でもまだ、私の中では解決できない。
想いが甦る度に悲しくて、切なくて、それでも生きている自分は、なんと利己的なのかと思う。
もう二度と、妊娠などしない、と自分に言い聞かせてきたのに。
・・・・・私という人間のエゴは、計り知れない。



何事もなかったかの様に、妊娠も半ばを過ぎ安定期に入った幸せ妊婦は、幸せな時を過ごす。


里帰り出産する予定の病院で診て貰う為、一度実家に帰った。
父も母も、妹も、少し離れた所に住んでいる母方の祖母も、久しぶりに会う皆が、私のお腹を見て触って「女の子だね」と。何で?

病院では、初めて胎児の心音を聞かせて貰い、感動。
力強く速い鼓動。生きている。嬉しい。
担当医は若い女の先生で、親切で丁寧だった。安心してお産を任せられる、と思った。

地元の友達とも久しぶりに会い、貴重な時間を持った。
先輩ママ達から、出産について、育児について、教えて貰う。経験は十人十色。でも、異口同音に「大丈夫、私でも産めたんだから」「大丈夫、子どもは育つから」と。


妊娠後期に入ると、眠りがどんどん浅くなっていった。
お腹も大きくなって、軽いヘルニア持ちである腰や、足の付け根が痛む。
けれど、お腹の中で胎児が元気に動いているのを感じる幸せの方が、遥かに勝る。

病院で、性別を訊いてみた。「今日のところは男の子のモノは見えない」との事。じゃあ、60%女の子って事かあ。
次の時も訊いてみたが、今度はソノ場所が隠れていて見えなかった。

エコーに映る胎児は、お口モグモグさせたり、お手々をグーパーしたり、可愛い。

そろそろ名前も考え始める。私もご主人様も、申し合わせた様に女の子の名前ばかり。

8ヶ月の終わり、とうとう性別が判明。
「ああ、ついてますね」と先生。
ええぇぇ?!と思わず言ってしまった。
元気に産まれてきてくれさえすれば、どちらでも良いのだが、なんとなく勝手に女の子だろうと決め付けていたから、ビックリした。

改めて、男の子の名前を考える。2つ候補を決め、あとは実際に産まれてきた子の顔を見てから、という事にした。


9ヶ月に入り、里帰りする日がやってきた。
その前日、暫く会わない、そして、出産に付き添う事もないご主人様に訊いてみた。
この子、可愛い?
彼は、お腹をなでながら、「可愛いよ。と言うより愛おしい」と言った。

ありがとう。
これで、心置きなく、出産に立ち向かえる。



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