いつか木を植えたい

いつか木を植えたい

里帰り出産


久しぶりの実家での生活。
母のパートが休みの日は2人でよく出かけた。買い物したりランチしたり。人生で一番、母と密接に過ごした時間となった。
私は、実家とあまり折り合いが良くなく、高校卒業と同時に家を出て以来、滅多に帰省もしていなかった。
だが、自分も母親になるのを間近に控えた時、私の、特に母に対する想いも変わってきていた。


出産予定の病院で、先生に「赤ちゃんの心臓も元気に動いてるし、子宮口も開いてない。母子共に順調だけど、ちょっと赤ちゃんが小さめだから、安静にして、少しでも長くお腹に入れといて」と言い渡される。


母親学級で知り合った戦友達から、次々メールが入る。
「無事産まれましたぁ!」喜びの声。「次はあなたの番、頑張れ!」励ましの便り。
ああ、本当に良かった。おめでとう。我が事の様に嬉しさが込み上げてくる。

そして本当に、次は私の番なのだ。
入院や出産後に必要となる物を、買ったり借りたり揃え終わり、後は横になって心穏やかに出産の時を待つばかり。
嬉しさや待ち遠しさもあり、楽しかった妊娠生活が終わってしまう寂しさもあり、出産に対する不安もあり…。


私には、兄がいた。と言う。
産まれて、たった数時間しか生きられなかった兄が。母は今でも兄の事を忘れられない。子どもの頃からずっと兄の事を聞かされてきた。特に、私と妹、2人共に娘だったのが、母には辛い事だった。そういう時代だった。
私とて、多感な時期には、女に産まれて悪かったな、と自分の存在を全否定された様で、悲しく恨みがましく思っていたものだ。
父は一人っ子だ。父の母と同居していた我が家で、嫁である母は、その姑から「私は1人しか産まなかったが、男を産んだ」と何度も言われたそうだ。
「私だって産んだわ。ただ死んでしまっただけで」「それに、お兄ちゃんとアンタの間に流産した子もきっと男の子だった」「アンタは、男の子で儲けモンだったね」
そんな話を、母は里帰り中の私に繰り返した。娘の妊娠によって、自分の辛かった過去が、思い出されて仕方なかったのだろう。

私は、ずっと、そんな母の悲しみを受け止める様に、黙って話を聞いていた。

でも、出産を間近にした妊婦には、過酷な話であった。
では、私の、この、今お腹の中にいる子もそうなればいいのか?私も女の子を授かるべきだったのか?そうすれば、母の苦しみも、減るのか?

とうとう、私は母に言った。
いつもその話をされ、私は私の子が無事に産まれてきてくれるか、不安で堪らなくなる。この子は、男であれ女であれ、あなたにとっても可愛い初孫となるのだから、黙って、出産を楽しみに待っていて。と。



妊娠39Wの朝、うっすら出血していた。
午前中は腰の痛み、下痢か生理痛の様なダルさ。まだまだ時間はかかるだろうと余裕。
午後、ベッドに横になり、お腹の張りの合間に、産まれるのは明日かな、病院行く前に風呂入ろうなどと、まだ余裕の、と言うか、出産をナメた考えを巡らせる。
夕方近く、お腹の張りが本格的に。はっきり陣痛だ、と感じられる痛み。間隔は20~30分。
1時間後、間違いなく陣痛!というのがきた。あっという間に10分間隔。座っていても寝ていても痛い。
なのに、予定通り風呂に入る私←バカ。出血も増えてきて、陣痛に洗う手も止まる。さっさと済ませたいのに、1時間もかかってしまった。…アホである。母が仕事を早退してきてくれ、髪を乾かすのを手伝ってくれながら、「何でお風呂になんか…」と呆れている。そりゃ、そうだ。
陣痛の間隔6~7分。なんか話が違う、もっと時間がかかるもんなんじゃ?と、この期に及んでも思ったり。病院に電話すると、すぐ来るように言われた。

陣痛室にて内診。子宮口の開きは4cm。この後の時間の感覚は全くない。
どんどん陣痛は強く、間隔も短くなっていく。
硬~~~い便ピべんが、2週間ぶりに激し~~~い下痢に押し出されそうになるカンジ。それをまだまだ出しちゃダメーって言われてるのだ。呼吸で痛みを逃そうとするが、苦し過ぎてつい息をとめてしまう。
再びの内診。子宮口の開き8cm。やはり経過が早い方らしく、分娩室へ移動の許可が下りる。
分娩室へ行くのも一苦労。移動ったって、カーテン越しの隣の部屋へ行くだけなのだが。両脇支えて貰ってるのにへたり込んでしまう。
分娩台へ上がるのも大変。先生や看護士に「息してー」と言われるが、無理。こんなに苦しいのに。
今更ながら、出産って、本当に極限状態だな、と思う。
途切れる事なく襲ってくる陣痛の波に揉まれながら、何とか分娩台に。
装置をつけられ、処置をされる。酸素マスクでキモチ悪さまで加わった。吐きそうだ。

やっと、子宮口が全開になったと告げられる。
「次に陣痛が来たら大きく2回深呼吸して、上体を少し持ち上げオシリの穴を見るカンジでいきんでね」って…、そんな同時に色々言われても。そもそもいきむって、どうやるの?
とりあえず2回深呼吸して、うーーんっっとやってみるが…難しい。いきんでいる間は痛みがない。けど、力を込めるので息が止まる。「息つぎ!」と先生達の声。息をしないと赤ちゃんに酸素がいかない。
何度目かのいきみの時、破水。生暖かい液体が伝う。
何となく、いきみのコツが分かってきた。次に波が来たら、思いっ切りいきもう・・・。
そして、「頭が出てきたよ!」の声。合間の息つぎ中「もう肩まで出てきた!もう1回頑張れる?」
勿論、頑張りますとも!
「赤ちゃん出て来易くする為に切るね」と、会陰切開される。それでも全然痛みを感じない。
その後はスルスル~というカンジ。
陣痛も消え去った。感覚がマヒしている。


「ふうええぇぇ~」と、小さな産声が聞こえた。
2,616gの元気な男の子。
小さな小さな赤ちゃん。温かくて柔らかくて、なんて、可愛いんだろう。
本当に、産まれたのだ。
出産は、素晴らしかった。



病院には、母が付き添ってくれた。
陣痛で苦しむ私の背中をずっと摩ってくれていた。陣痛の合間にお茶をさっと差し出して飲ませてくれたり、汗を拭いてくれたり。

出産後の処置が済み、分娩台で横になっている私の元に、母が入室を許されて来た。目をキラキラさせ「赤ちゃん見せて貰ったよ。可愛かった。パパそっくりの元気な男の子だねぇ。頑張ったね、おめでとう」と言ってくれた。
あなたが、ずっと傍にいてくれたお陰です。ありがとう、と心からの感謝の気持ちを伝えた。

次は女の子が欲しい、と思った。
その娘の出産に、私も立ち会いたい。母の様に、気が利く付添い人になれるかどうかは分からないけれど。


母へ、私を産んでくれて、ありがとう。
赤ちゃん、無事に産まれてきてくれて、本当にありがとう。



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