いつか木を植えたい

いつか木を植えたい

ママ友礼賛




皆で大きなお腹して、出産の楽しみや不安を話っていたのが、それぞれが無事出産を終え、赤ちゃんを抱いての育児の話へと繋がる。
ほぼ同じ月齢の赤ちゃんを持つ母親同士。これ以上の力強い味方はない。
週に1、2回は誰かの家に集まり、お茶しておしゃべりして。他に、月齢の浅い乳児連れてどこへ行けるでなし、何が出来るでなし。
大変な育児も、お互いに話をする事で救われ、楽しみに変わった。
日々成長する可愛い赤ちゃん達。我が子が可愛いのは当然だが、他の赤ちゃん達も愛おしくて仕方がない。我が子の腹違いのほぼ双子、三つ子、と言ったところか。

それが、どれ程のストレス発散になっていたのか、どれ程幸福な事であったのか、その本当のありがたみについて、まだ解っていなかった頃。
共に育児をしていけると、このままずっと一緒にいられると、信じていた。
別れの時が来るなどとは、疑いもしていなかった。



息子が生後5ヶ月の時に、ご主人様の転勤が決まった。
転勤は、1ヶ月後。


もう後、1ヶ月しか、ここにいられない。
残りの日々を惜しむかの様に、友人達とほぼ毎日会った。
もうすぐ、こんな風に会えなくなる。寂しい。寂しいなんて、そんな言葉では小さ過ぎる。
ここまで頑張って息子を育ててこられたのも、友人達のお陰。
1人ではなかった。皆で皆の赤ちゃんを育ててきたのだ。赤ちゃんも母親も、ずっと一緒に成長してきた。


別れの当日まで、友人達は傍にいてくれた。
涙が溢れて、止まらなかった。
戦友達。言葉では言い尽くせない程、感謝の気持ちでいっぱいだ。
本当に、本当にありがとう。
決して、忘れない。



転勤の為引越した先は、悲しいくらいのイナカだった。
何もない。
何もない。見も知らぬ、縁もゆかりもない土地。こんな、誰1人知ってる者もいない土地で、子育てしていかなくてはならないのか。

イナカなのが、嫌なのではない。私自身田舎育ちだし。そうではなくて、ここは色んな所から色んな人々が集まってくる土地ではないという事。人の出入りの少ない閉鎖的な、大多数を古くからの地元民が占める排他的な土地。


相変わらず、寝ないでグズってばかりの息子。
睡眠不足と泣き声に、頭痛が酷くなり、気分が暗くなる一方の私。
新たな職場で忙しいご主人様。育児の大変さを訴える事もままならない。相談しても、返ってくる言葉は「最弱の母」「まだ慣れないのか」。

・・・・・孤独。


引越して数日後、息子を抱いて散歩に出た。
出てすぐに、ご近所の方と思しきご年配の女性と行き会った。こんにちはー、と挨拶すると、その方は私の顔を見て息子の顔を見て、「あんた、どこに来た嫁さん?」と言った。
ええぇぇ?えーと、そこのアパートの・・・と、答えると、「ああ、ヨソ者か」。
カルチャァーーー!ショォック!!

改めて、本当にこの土地でやっていけるだろうかと、とぼとぼとぼとぼ、暗い気持ちで、あてもなく歩く。
暫く歩いていると、ぱっと目の前が開けた。

季節は春。
桜並み木の美しい神社に、行き着いていた。
その場にあったベンチに座り、しばし桜を眺める。
腕の中には、すやすや眠る息子の姿。
私には、この子がいる。
涙が出そうになった。
引越してきて、初めて、心に光が差した気がした。

ここは、息子の故郷になる。

以前暮らしていた場所の事は、何も覚えていないだろう。この土地が、息子の初めての記憶の場所だ。
息子の故郷を、母が嫌っていてどうするのだ。
住めば都。きっと、何とかなる。



普段歩いている時、道行く人とこんにちはーと、突然友達にはなれない。その点、乳幼児を抱っこしている母親同士は、こんにちはーの挨拶で、いきなり知り合いになれちゃったりする。
素晴らしい。
勿論その後、知り合いから「ママ友」になれるかどうかは、相性次第だけど。

私が住むアパートには、小さな子どものいる家庭が多い。何人かのママ友ができた。
本来は人付き合いの苦手な私だが、地元の育児サークルにも、そのうちのご近所ママに誘われて入り、そこでも新たなママ友ができた。



息子を通して世界は広がる。
希望の光を灯してくれるのは、息子だ。



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