このページは「k.t1579の雑記帳」です

22.「痛み」が語るもの(18.1.28)


すべてがアカラサマになる、ということは一見、明々白々としていてキモチの良いこと、なのかもしれません。けれども、それを知ったとしても、果たして何が良くなるのか。その確証も持たないまま、「しんじつ」なる観念すらも、アヤフヤナままコトバを振りかざしたものの得られる結論など知れているし。だから「言語明瞭、意味不明瞭」なる事態も有り得る。ほんとうは、もうここまで白状しかかっているのに云えない。そんな、モドカシサヲ越えたところに
求めていた気持ちは存在するのかもしれない。

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