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2008年12月20日
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カテゴリ: 私は仏教徒
先日、「ブーリン家の姉妹」をみて、歴史の勉強になったと記したが( 未読の方はコチラ→ ))、クリスマスが近づいてきたんで、少しキリスト教について記する。

というのも、子どもからの質問にいろいろ答えていたら、自分の頭に中に体系だったものができ始めたんで、この際と思って・・・。

まず、「ブーリン家の姉妹」の歴史背景は、先日記していたから、今日は、キリスト教から見てどういう時代だったのかを、アンとメアリなしで考えてみる。

イギリスの宗教改革は、ルターやカルヴァンの改革とはちょっと違う。

宗教改革をおこなったヘンリー8世は、ローマ教皇には忠実で「信仰の擁護者」としてほめられいた。

ところがヘンリーは、イギリスとスペインとの同盟関係を維持するために、スペインの王女で兄の未亡人であ
るキャサリンと結婚させられる。

ところが、イギリスが外交政策を転換し、スペインよりもフランスに関係を強めようとなったため、キャサリンとの離婚(正式には結婚不成立)をローマ教皇に申し出た。



しかし、ローマ教皇は許可せず、ヘンリーは、教皇の許可なしで離婚を決意する。

それだけでなく、ヘンリーは議会を召集し、カトリック教会からの独立を承認させ、1534年に「国王至上法」を制定。

「イギリスの教会の首長は国王である」と定め、国王が最高の権力者であり、かつ宗教界においてもトップであるとした。

しかし、教義の内容はカトリック教会とまったく同じだった。

その後、エドワード6世のときに、教義内容もルター派に近づいたが、その後、また反動化があり、最終的に
教義が確定したのはエリザベス1世の「39か条」(1563年)によって。

その教義は、全体としてはカトリックとプロテスタントとの中間的なものであった。

この国王を項点とする教会制度は現在もつづいており、ふつうイギリス国教会と呼ばれているが、正式にはアン
グリカン教会といい、日本では聖公会(せいこうかい)といわれている。

このイギリス国協会に反対する人たちが出てきた。

これがピューリタン。



次回は、そもそもに戻る。





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最終更新日  2008年12月24日 23時47分17秒コメント(0) | コメントを書く


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