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2021.03.11
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カテゴリ: 俺式ツイート
​ 足元が大きく揺れていました
 誰1人として設備を止めようとせず
  逃げようともせず
   避難路確保にドアを開けた自分は異端視されました

 自分が元消防団員だから、とかでなく災害対応の当り前の動きから只々異様なものを見ることになったのが10年前の今日でした。
 10分、20分……なんなら1日2日。時間の経過と共に詳報が伝えられ、改めて実感させられた文字通りの『未曽有の大災害』。
 それが10年前、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。
 当時の政権の無策無能ぶりから揶揄も込めて“菅党大人災”などと一部で称されていた、なんてことを後々で知りました。
 前述の光景は当時の自分が地震発生時に見たものです。
 地震が起きたら即座に外に、と言うのが意外と危ない事がある、と言うのは分かります。だから逃げ出すのにタイムラグが出る、と言うのも分からなくは無いんです。
 只、それはそれとしても稼働していた設備を全く止めようとしない事と椅子にただ座って揺れるのが治まるのをぼ~っと待ってるだけ、と言うのは違う筈なんです。
 今思い返しても恐ろしい有り得てはいけない光景でした。


 地球の表面には10数枚ほどの岩盤プレートがあるそうです。
 日本と言う国はその10数枚の内の4枚が交錯し合うところにあります。
 交錯し合う………つまりは互いに押し合い圧し合いを続けている、と言う事な訳ですが、言い方を替えれば「常にプレートが歪み合っている」訳です。
 そして歪みは一定量溜まってしまえば、何処かで解放を求めるようになります。雑な言い方になりますが、それが地震の発生になります。
 要するに「何時だって地震が起きやすい状態にある」国、それが日本です。
 そこを常に、とまでは言いませんが​ほんの少しでも意識の端に乗せておくことがあって良いのではないでしょうか。
 震災復興のために続けられていた様々な支援・応援の中で終了となるものが出てきていると聞きます。
 10年一区切り。
 一区切り、と切ってしまうのではなく、10年経ったところで改めてPDCAをしてみる。
 そこが必要なのではないか。そう思う訳です。
 終わるんじゃないんです。何時までも支援に頼り続けていく訳でも勿論ありません。

 あの当時には無かったツールも今ならあります。災害緊急メールの精度だって上がりました。
 変わっていっていることだってちゃんとあるんです。
 10年経って、振り返って考えて、そして生かすために前を向く。
 それがこれから先の10年に繋がっていくのではないかな、と。

 明日からの毎日だって、只来るから迎えるのではなく、何かをするために迎える。





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最終更新日  2021.03.11 23:48:38コメント(0) | コメントを書く
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