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2026.05.23
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財布にやさしく、満足度も高そうですよね………

 もしそうなら控えめに言ってサイコーです。
 が、実際は『坂額御前』です。“御膳”じゃないです、ハイ。況してや“半額御膳”では断じて無いんですよ、うん。
 三大御前のお1人とのことなんですが、他のお2人が巴御前と静御前だそうです。で、この両者とも源平絡みの方々なんですが、件の坂額御前も鎌倉時代の方でしてね………。

三大御前は3人とも時代が同じか近いなぁ!?

 今以て詳しいところを調べてないんで、そんな感想のお話です。
 で、何がどうなってそんなお話が出たのかと言えば、本日はですね

FM新潟恒例『サタナビ㏌胎内市』の公開生放送 ​に行ってきたから!です



連続運転約3時間は大臀筋にキました………orz

 駐車場が混むことを予想して少し早めに着けるように画策したんですが………多分、奏功しましたね。結構ギリギリでしたから(汗
 ラジオの公開生放送、ということで自分達の喋りなんかも少し電波に乗ってしまったんですが、多分、9割9分9厘9毛の知合いは気付いていない筈です。………一言しか乗っていない筈ですしね。
 で、その放送の中でパーソナリティーの1人が場の空気をかっさらってしまった一言が

「何か、美味しそう」

 でした。すかさずもう1人のパーソナリティさんが「食べ物じゃないです」と受けてました。
 胎内市のあれこれについての宣伝も兼ねての放送、ということで胎内史に欠かせない人物として「坂額御前」についての研究や普及をされている方のお話があったんですよ。
 一言で言えば

「公式の史書に出てくる実在の女武者」

 それが坂額御前、です。
 巴御前も色々エピソードに事欠かない方ですし、静御前は新潟県全域に何故か所縁をお持ちです。

 その内で大きなものとして、公式の史書というのが源家側のもの、という点がポイントです。というのも当の御前氏は鎌倉政権側から見て敵側の将だったから、です。
 あの当時の日本史に於いて、女性であることや敵将であることの2点どちらかでもあれば勝者側の書物に名前が残ることなんて殆ど無かったことなんですよ。現に、もしかしたら他にもいたのかも知れないのに“三大”ですしね。
 それが書物に残り、且つ今も語り継がれている………。相当なことな訳です。
 その坂額御前の紹介と公開生放送の会場になっている「道の駅胎内」がその所縁の地の1つであることなんかもお話がありまして、面白かったですよ。
 当地は大体こんな感じ、でしょうか。






 取り敢えず至近に色々見所の多い道の駅でした。
 こんなんとか………







 なんと 対面には「ボケ防止」のご利益があるお寺がある 、とのことで迷うことなくお参りに行ってきてます。大きな観音様が坐されておりますお寺でして、このお山自体が鎌倉の時代には坂額御前のおられた居城の跡になるらしき、のことで………。
 御前に見守られていた生放送だったんですねぇ………。〇MI君、大丈夫かな?色々………(汗

 で、せっかく胎内まで来たのなら、とお昼はさておいて



 記憶通りの美味しいお饅頭でした♪やっぱり外せないんですよねぇ~。
 こちらの先にある乙宝寺にもお参りをさせて頂いてから買いに伺いました。
 どちらもずいぶん前に父の運転(?)で来た事があるっきりだと記憶しているところで、自分の運転で来たのは今日が初の筈です。胎内市へ来ること自体が多分13,4年振りくらいの話でしょうからねぇ………。
 変わらないものがあるのは何やら有難かったです。
 そして、今日1番気になったのは帰りの道中の出会いです。



 新新バイパス上にある『道の駅豊栄』で見付けました。

Lie or True!?

 最後の最後でとんだ疑問を投げつけてくれましたよ。これ、本当ですか?1991年7月開駅の新潟ふるさと村よりも古い、と!?………(* ̄- ̄)ふ~ん





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最終更新日  2026.05.23 19:06:32
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