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この2つ目のブログを開設して、今日で3000日目になる。そして今日は最愛の奥さんを亡くして、初めての月命日でもある。この1か月、訳の判らないまま、あっという間に過ぎ去った。今は何もかもが鮮明に頭の中にある。でも日々、色んな事があり、段々と記憶が薄れていく。何かに書き留めておこうと、日記としてスマホに書き込んでいたが、記憶媒体として少し不安もあり、自分のブログも少し使ってみる。1か月前の2013年2月19日、午後10時半に入院先の病室のベットの横に僕は居た。ベットでは眠っている奥さんがいた。その1時間前までは病気の為に、痛みで苦しんでいたが、痛みを抑える点滴が効いてきたのか眠り始めた。寝顔を見ていると左目に涙。しばらくしてナースステーションから看護師さんが慌ててやって来た。心電図が反応していないとの事だった。当直の先生もやって来た。最愛の奥さんは、静かに眠る様に亡くなった。はじめは信じられなかった。本当に眠っている様にしか、見えなかった。先生や看護師さんに何度も尋ねた。「本当に、亡くなっているんですか?」今にも目を覚まして起きて来そうな感じだった。辛かった。信じたくなかった。悲しかった。病気は8年前に発症した。長い闘病生活だった。去年の今頃はとても調子良く、主治医の先生もこのまま完治するのではないかと言うほど良かった。僕達もそう思ったし、体調から見て確信するほどだった。それまで辛い日々が続いていただけに、長い闘いの日々が報われる日が近いと信じて疑わなかった。でも去年の10月過ぎてから、検査の数値が変動し始めた。今までもそんな事があったので、辛くて大変だが、乗り越えられると二人で信じてた。でも今回は中々良くはならない。色んな事を勉強し、色んな事をした。数百万円もの高額治療も受けた。2月19日の昼に主治医に呼ばれた。「春を超えるのは、難しいかもしれません。」覚悟をしていたが、聞きたくない宣告を受けた。体が震えた。泣きたい、叫びたい。色んな感情がこみ上げたが、必死で堪えた。今、自分に出来る事はなんだろう。春までに出来る事はなんだろう。出来る事は、何だってしようと思った。涙が溢れ出すのを堪えて、病室に戻った。いつも通り笑顔で奥さんと話した。痛みが辛そうだった。少しでも良くなる様に何が出来るだろう。頭の中は奥さんの事でいっぱいだった。そしてその夜に、別れの時が急にやってきた。あっという間だった。奥さんが眠ってると思い、手を握ったり、体を撫でてあげたり。あの時の左目の涙は、さよならになってしまう事を伝えたかったんだね。心が痛かった。奥さんは自分にとって全てだった。中学校の同級生の間柄。自分の真の初恋の人であり、自分の全てにおいて、究極の理想の女性だった。奥さんが自分の生き甲斐だった。自分が生きる理由、生きる原動力が奥さんだった。奥さんの為だけに今まで生きてきた。それ以外、何も必要が無かった。自分が仕事をする理由は、愛する奥さんが食べたい物が食べれて、着たい服が買えて、行きたい場所に旅に行ける様にを叶える為に働いていた。当たり前の事を当たり前にやっていた。僕は何も要らなかった。お金は全て奥さんに渡した。ただ一緒に居られるだけで幸せだった。トイレ以外は24時間一緒に過ごした。奥さんの笑顔を見ていられるだけで幸せだった。奥さんを見ているだけで幸せだった。このまま普通に年を重ね、じいさん、ばあさんになってもいつも通り、手を繋いで歩いていられれば、それで幸せだった。看護師さんが、奥さんの体を綺麗にしてくれるのを横で見ていた。とても離れる気にはなれなかった。仕度が済んでベットに横たわる奥さんの傍にずっといた。急変を伝えたので、奥さんのお母さんと妹さんが駆け付けた。みんな泣いた。夕方まで普通にしていたのに・・・。お母さんが泣きながら言った。「今にも起きて来そうやん。」本当にまだ生きているみたいだった。僕は不意に病室の窓の外に目をやった。すると夜空に、ビックリする様な大きな流れ星が流れるのを見た。一瞬の出来事だが、見た事もない様な大きな流れ星だった。奥さんが僕に見せた奇跡なのかもしれない。
2013年03月19日
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昔は蕎麦好きだったのですが、10年以上前に四国・香川の讃岐うどんを食べてから、讃岐うどんも好きになり、蕎麦がおろそかになっていましたが、最近はやっと蕎麦とうどんを平行して楽しめる様になりました。私が好きになると、はじめは楽しんで食べて、そのうち出来るだけ頭を使い、舌に集中してシチュエーションに左右されない様にして、美味しいかを判断する様にしています。でも結局それは自分の好みなのでしょうけどね。大阪中央区にある、「そばよし大幸庵」さんにこの日は伺いました。オフィス街にあるので、サラリーマンが昼食に食べるだけの店かとも思いましたが、店構えがしっかりしているので、店主はこだわりがあるのかもと以前から気になってる店でした。注文してから、再度ゆっくりとメニューを見ていたら、暮坪かぶのざるそばがある事に気が付きました。しまった~。辛味大根のざるそばは山葵の代わりによく使われるので、出会いやすいのですが、暮坪かぶは中々手に入らないので、気が付くべきだった。残念。奥さんは鴨南蛮蕎麦を注文。鴨がネギしょってとはよく言ったもので、鴨の脂とネギ、そして出汁との絡みは良かった。私は自然薯のざるそばを注文。とろろではなく自然薯というのは、良いのではないでしょうか。主張があり、新蕎麦の時期は蕎麦を楽しむには、色んな考えがあるとは思います。蕎麦湯を楽しむには新たな味わいで良かったです。しかし蕎麦も自然薯も体に良い食材もので、血流などに良い様です。今、一番のお気に入りは長野県の「山品」さんと「うずら屋」さん。特に戸隠蕎麦の人気ナンバー1の「うずら屋」さんは最もリピートしたい店です。ある時、ネットの口コミで見て戸隠蕎麦の人気ナンバー2は、何故か大阪の「たかま」さんでした。地元の蕎麦屋をさしおいて、口コミサイトで何で大阪なの?と思いまして、気になって仕方がありません。「たかま」さんは午後7時半には売り切れで閉店しまう人気店。そんなに席数がある訳ではなく、どちらかと言うと優雅に食べるお店という感じです。まずは日本酒を頂きます。多彩な地酒を用意されており、メニューを見ているだけで楽しめます。蕎麦前も楽しめます。富山湾の白海老。厚焼き玉子も美味しかったです。季節の天麩羅も非常に美味しい。日本酒もすすみ、2杯目を注文。そして最後に真打、ざるそばを頂きます。ごちそうさまでした。
2013年01月03日
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先日、久しぶりに島田紳助さんオーナーの「寿司はせ川」さんに行きました。お店は大繁盛でお客さんがいっぱいおられました。個室をお願いしており、部屋に通して頂いたのですが、どの個室も笑い声がいっぱい。繁盛している事は良い事です。世の中みんな繁盛していればいいのに。お酒をお願いし、まずは一杯。特選料理にうちわ海老の塩茹でがあったので、頂きます。うちわ海老は、旨いんです。でも漁港近くで食べるのが本当は旨い。獲れたてというのは、本当に大切。水と豆腐も旅をさせるなって言いますもんね。続く特選料理はくえの刺身。鍋が一般の高級魚ですが、刺身は案外さっぱりしていながら、弾力と甘味が良く、美味しいんです。茗荷と一緒に頂きます。とろたくなんですが、思わず食べてしまってから、写真を撮るのを思い出しました。旨いとついつい忘れちゃう。海老芋のあんかけとゲソ天。この日は出来るだけ旬な物を注文しました。海老芋やさっきのくえ、うちわ海老など冬にはかかせません。黒鮑を注文し、半分を刺身に。実は私は鮑が苦手。残り半分をバター焼きに。私はこっちの方が好き。黒鮑は美味しいのですが、先日行ったある居酒屋で、メニューに「本日のおすすめ」として鮑と書いてあり、注文したのですが、これはとこぶし?と思う品物が出て来てビックリ。当然美味しくなく料理を残して、早々に立ち去りました。やはり本物が一番。当然ですが。私が好物なのは帆立。大帆立のバター焼きを堪能しました。天然鴨のすき焼き風鍋を注文。鴨もこの時期が旬。鴨の脂が旨くいい天然鴨は、少々焚き過ぎても固くはなりません。この時に一緒に上にぎりを注文しましたが、またしても撮影する前に食べてしまいました。もうお腹は満腹です。こんな美味しい物を頂けるのも奥さんのおかげ。一緒に食べると同じモノでも美味しく感じられる。感謝感謝です。
2013年01月02日
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新年を迎えましたが、午前中に今年の事を書き込みましたが、もう去年の事を書き込みます。正直、蕎麦の「なにわ翁」の事を書き込みたいなと思うのですが。「なにわ翁」は山梨の蕎麦打ち名人と言われた高橋名人に弟子入りし全国で3番目に「翁」を名乗る事を許されたお店。蕎麦が旨いのは当然なのかも。しかし、高橋名人が監修したお蕎麦屋さんでも、ダメな店は実際あります。蕎麦をたぐれば、塊で持ち上がったりとね。その土地につちかった地元の食べ物は色々あります。大阪と言えば粉もの。たこ焼きやお好み焼が有名。同じ粉モノですが、「ねぎ焼き」が有名なのですが。大阪十三が発祥で本店の「ねぎ焼き・やまもと」昭和40年位に、ある主婦が考え出した粉モノ。ねぎ焼は、鉄板に薄くひいた生地の上に、ねぎをたっぷりと乗せて作っていくお好み焼の様なもの。大阪の子はその積み上げたねぎが、しんなり沈んで行くのをじっくり見て、我慢を覚えたと言われるほど。店内にはカウンターとテーブルがあり、カウンターの向こうに厨房があり、ねぎ焼は勿論、お好み焼や焼きそばなどを作ってくれる。写真では写し切れませんが、沢山の方が分担して焼いておられます。注文したねぎ焼きは、すじこんねぎ焼き。レモンが絞ってあり、さっぱり感が食を進めます。かなり美味しい。お好み焼も美味しいのですが、焼きそばもかなり美味しい。だいたい得手不得手があるものなのですが、ここやまもとさんでは、何でも美味しいんです。
2013年01月01日
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新年を迎える事が出来て、とても幸せです。毎年同じ様に新年を迎えるのですが、今までダラ~と生きていたんだと反省する新年です。1度きりの人生なのに、もっと色んな事を感じ、色んな事に緊張し、1秒1秒ですらしっかり見つめて生きて行かなけりゃいけないと思う様になりました。何かをするとかではなく、目で見るもの、聞こえるもの、感じるもの。今までは流して生きていました。視点を変え、考え方を変えたら、生き方がこんなに変わるのかと思ってしまいます。大晦日は昼間に奥さんと買い物に行きました。繁華街には人が一杯。いつもは年越しそばを家で食べるのですが、今年は趣向を変えて蕎麦屋さんに食べに行きました。毎年年末のローカルニュース番組で年越しそばを店で食べている映像を見て、たまにはそれもいいかと。大阪で一番有名な蕎麦屋は「なにわ翁」さん。前から一度行ってみたかったお店です。大繁盛で行列になっていました。この「なにわ翁」さんに行こうか帝国ホテルの「藪そば」に行こうか悩みましたが、こちらに並ぶ事に。順番が来て店内に入り、注文します。まずは日本酒を注文。山形県の「東北泉」を頂きます。純米酒を堪能します。奥さんは鴨なんばんそば。鴨の脂がつゆと馴染んで旨いんです。私は九条ねぎそばを頂きます。九条ねぎの甘味はなんとも表現し難い旨味。その上に辛味大根が乗っており、少し混ぜながら頂くと蕎麦の味とネギの甘味を一層引き立てます。さすが蕎麦屋さんなので、ざるそばは最後に出して下さいます。新蕎麦を堪能。しっかり揃っている太さの蕎麦は、忙しいのにきっちり湯がかれて旨い。最近は手打ちと言って、均等に蕎麦を切れないお店もある。田舎蕎麦や個性なんて言葉を使うが、均一でない蕎麦は、茹で上りが均等でなく、生煮えや茹で過ぎがあったりする。また蕎麦がちぎれて、蕎麦湯が濁る。そんな蕎麦湯で次を茹でるから、次の蕎麦もちゃんと茹で上がらない。人様からお金を頂戴するプロである限り、忙しいは言い訳に出来ない。定価を決めているからには、一定の商品でなければならない。私はそう思う。2013年、知多半島の先端にある師崎での日の出。今年は巳年。蛇は古くから世界で神様として崇められていた生物。ヨーロッパでも蛇は色んな形で、神様として記録が残っている。龍は蛇に空を飛べる能力を付けた、人間の創造した生き物。蛇がいなければ龍は生まれなかった。インドから中国に伝わる時に蛇から龍に変わったとされている。蛇がとぐろを巻く姿は、正月に鏡餅として表現されています。白蛇がとぐろを巻く姿が鏡餅。蛇は昔から浸透しているのですね。今日は日本晴れ。箱根スカイラインから富士山を望みます。素晴らしい景色です。
2013年01月01日
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もう年末の大晦日。寒い一日だったのに、前回と同じく夏の出来事をここで書き込む。最近の事でも書き込みゃいいのに。8月のお盆の時に、大阪は四天王寺で「万灯ローソク」と言うのがあり、先祖供養を出来るんです。四天王寺さんは聖徳太子ともゆかりがあり、歴史古いお寺です。ここで先祖供養が出来るのですが、仏教としても風水としても、ご先祖様の供養は運気の上昇に良い効果を生みます。「常恭敬供養得平安発財」の言葉が中国にあり、先祖供養は大切です。お盆のこの時期に、四天王寺さんは多くの人が訪れ、ご先祖を供養します。自分の家系が判らない人にも有効です。お参りの後、大阪ミナミの繁華街に出向きました。九州、福岡のもつ鍋や水炊きのお店が、大阪や東京など、各地に進出してきています。大阪にも多くの店があるのですが、この日にお伺いしたのは、「蟻月」さん。蟻月さんはもつ鍋と水炊きの店があり、いつも満員の大盛況。すごい人気店です。以前にもつ鍋の方は行きまして、この日は水炊きの方へ来ました。まずはお酒を注文します。水炊きなのでまずスープを頂きます。サイドメニューで鶏ユッケを頂きます。九州の水炊きは濃厚な鶏スープが旨いです。ちなみに大阪の水炊きは普通に色んな食材を入れて、ポン酢で頂きます。鍋の後は鶏飯を頂きます。鍋のスープが旨い。最後にラーメン。最高です。
2012年12月31日
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少しばかりブログをさぼっていました。ブログを書き込める状況ではなかったと言うのが正確ですが。書き込もうと準備したまま放置した写真で、思い出日記になりますが、書き込んでおこうと思います。夏ごろに四国・香川に夫婦で讃岐うどんツアーに行きました。以前は、沢山食べる事が出来る胃袋でしたが、年齢と共に食せる量が減少しつつあります。ですから2人でお気に入りの店にだけ行く事に。旨い讃岐うどんを食べる事も楽しみですが、田舎道をのんびりドライブする事も、楽しみの一つ。時間に追われる毎日ですからね。開店時間前に、「がもう」に行きました。すでに何人かが開店を待っておられたので、その後に並びます。10人位は待ってましたかね。出汁が夫婦で好みなこの店を北海道のテレビ番組「おにぎりあたためますか」で大泉洋も絶賛していました。この番組はグルメ情報番組なのですが、これがまた出演者がよく食べるんです。1日のロケを通して、そんなに食べられるのか?というくらい食べる。大泉洋はフジテレビの「ペケポン」という番組で、食べ物の値段を当てるコーナーで全問正解していました。色んな物を美味しく食べるのではなく、考えながら食べると、味覚が鍛えられるのでしょうねぇ。「がもう」さんで私達夫婦が頂くのは、かけうどんにあげを乗せる。シンプルと言うのは、手が抜けない。色んな味付けがあると、誤魔化しが効く。しかしうどんと出汁はとてもシンプル。手を抜くと人は離れてしまう。讃岐うどんは仕事としても勉強になる。早朝から次のうどん屋さんに移動します。次は「山越」さん。この日は、早かった事もあり、ほとんど並ばずに食べれました。うどんを注文し、熱い出汁をかける場所に。釜玉やかけうどんを頂きます。やはり旨いです。うどんの味が気に入っています。小麦と塩の味が判るというのは、素晴らしい。この日は、大学時代の後輩にうどんを贈りました。後輩たちとここに食べに来れたらいいのになぁ。次に行ったのは「日の出製麺所」1日僅かしか開店しないお店で有名。ぶっかけうどん。釜たまうどん。海老天ぶっかけ。皆さん、この短い営業時間によく並ばれますね。プレミアムな事に人って弱い傾向にありますもんね。次に向かったのは、「谷川製麺所」さん。「谷川米穀店」さんではありません。昭和33年創業の老舗店です。谷川米穀店だんも昭和37年創業の老舗店ですけどね。冬場は時々、山で撃ったイノシシの肉が入る出汁で有名な製麺所。茄子、牛蒡、人参、筍などの野菜は、店主の畑で栽培されている物がずんどう鍋の出汁に入っている。うどんを温めて丼に入れ、ずんどう鍋の底を掻き混ぜて、出汁と具を丼に入れて頂きます。他には無い味。これもありかなと思える。これで満腹になり、帰路へ。高松港からフェリーで岡山宇野港へ。船旅はいい。世の中便利になり、早くなる事もとても大切ですが、ゆっくりが良い事もある。奥さんと好みも価値観も全て同じなので、旅は楽しい。一緒に楽しめるという幸せを当たり前と思ってはいけない。当たり前な事がどれだけ大切かを毎日幸せに思わなければいけない。1日1日を大切に生きていきたい。奥さんに感謝感謝です。
2012年12月30日
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先日、久々にプライベートな時間が少し取れました。ここんところ、プライベートな時間が取れないでいた。一日フリーな日が殆ど無し。その忙しさがお金に繋がればいいのですが、まったくそんな気配無し。効率の悪い人生な気がします。プライベートな時間を手に入れる前に、用事を済ませる為に移動していたのですが、交差点で見かけた看板をパチリ。この日、桑名正博さんの葬儀の日でした。全国版では知りませんが大阪のニュースでは、大々的に報道されました。御堂筋にもホント沢山の見送る人がいっぱいでした。桑名さんと言えば「セクシャルバイオレット」や「月のあかり」が有名ですよね。私の個人的なイメージは、若い時はやんちゃで悪いイメージだったのですが、刑事ドラマ「ジャングル」での刑事役や阪神淡路大震災での支援を見て、良いイメージに変わりました。街の居酒屋で食事をされてる時も、人がどんどん集まる不思議な魅力を持つ方です。ソウルナンバーを唄える歌手がまた一人。惜しい。昼食には天王寺で頂く事に。再開発で街の様相がガラリと変わり、現在も日本一のビルディングを製作中の天王寺。そこに昔からあった老舗洋食屋「グリル・マルヨシ」さんに行きました。メニューには無かったのですが、以前美味しかったドライカレーが食べたくて立ち寄ったので、スタッフさんに「ドライカレーある?」って聞いてみました。店長さんに相談して頂き、時間さえあれば作りますよと、快く受けて頂き、注文する事に。実は私は、ドライカレーがあまり得意では無い。でもここのはとっても美味しい。日によってバージョンが変わるのですが、どのバージョンも美味しかった。ピリッと刺激的な辛味が私達夫婦には好みの味。カリッと食感を楽しめるバージョンもある。汗を搔きながら窓の外に目をやると、時代を感じさせる優しげな看板。再開発で店は新しいのですが、味は昔のまま。ここはロールキャベツも有名なんです。この日は、ビーフカツサンドもテイクアウトで頂きました。夕方から手に入れた、プライベートな時間をこの日は落語に使います。以前から予約してチケットを手に入れてました。堺の市民会館大ホールに行きました。平日でしたが、大ホールが満員になるほどの大盛況。著作権の問題があり、高座に上がる落語家さんを写真に撮る事は出来ませんが、やはり噺家さんはしゃべりのプロ。凄く上手いです。さすがお金を払う価値があります。効果音も無ければ、大道具の様な物もなし。噺家さんの話術のみで話の情景が頭に浮かび、泣き笑いがある。高座に上がり、話はじめは世間の話題を上手に交えたりしながら、演目につなげて行くのは流石のひとこと。桂ざこば師匠の演目ではウルルと涙したりしましたし、桂南光師匠の演目「佐野山」は江戸時代の大相撲の話。これがまた素晴らしく、本当に大相撲会場に居て、大一番の相撲を見守る観客の興奮や熱気、笑い声が頭の中に浮かんできます。八百長を題材にしたお話ですが、野球賭博の話や関東のある演芸団体のは八百長ではなく、演出と言うんですなと言ってみて、観客の笑いを誘います。まさにプロ中のプロ。感動して弟子入りされる方の気持ちが判ります。こんな感動を味わえるのも奥さんが準備してくれたおかげなんです。感謝感謝。
2012年11月03日
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「隠庵・飛騨路」での3日目の朝を迎え、朝食を頂きます。朝食で昨日も今日も、好きな食材が並びます。岐阜県ならではのほう葉味噌や漬物ステーキが、ご飯に物凄く合う。ご飯が何杯も頂けちゃいます。この旅館は子供さんをお断りされるので、本当にゆっくりとした時間を楽しめます。ありがとうございます。帰りにカワライさんに、今年も蕎麦情報を頂きました。帰り道に行く事に。旅館を後にして、平湯の野菜直売場に立ち寄ったりもしました。高山方面に向かいますが、途中でいつも立ち寄る豆腐屋さんにも行きました。川瀬豆腐店さんの豆腐は、かなり美味しい。他府県ナンバーの車も時々来るのですが、一度私が豆腐職人さんに、ここの豆腐や揚げを食べてもらった事があるのですが美味しいと絶賛。プロが認めるほどですので、間違いないと思います。ふと目をやると、醤油瓶を入れるケースを目にします。銘柄は「キッコーナ醤油」。どうリアクションすれば良いのでしょうか。悪くも言えないし、面白く突っ込んでも・・・。高山市内に入り、旅館のカワライさんに教えて頂いた蕎麦屋に行きます。「ざる蕎麦・せと」さん。岐阜県高山市下岡本町1660-5電話・0577-35-5756営業時間11:00~16:00定休日・水曜日「ざる蕎麦・せと」さんの外観。カウンターから見える厨房で、店主が忙しそうに蕎麦を湯がく。二八蕎麦。食感優先で苦味、渋味、甘味、堅さ、香り、喉越しなど全てのバランスがいいんです。江戸前・十割。そば殻を剥いた蕎麦の実を手動の石臼で挽いた超粗挽きの蕎麦。蕎麦の甘味を感じます。田舎風・外一割。幻の蕎麦「高根在来」を使用の滋味優先。蕎麦の中心から表皮付近までひきぐるみ。苦味、渋味、甘味がとても顕著に出る味わい。焙煎・十割。蕎麦の実を軽くローストした蕎麦粉で打つ蕎麦。こんなのは味わった事がありません。まさに香味優先の蕎麦。かけそば。ざる蕎麦と並ぶ、シンプルにして奥深い蕎麦の味わいメニュー。温かい蕎麦を楽しむには一番です。ざるおろし。もりそばに辛味大根。最近私が山葵の薬味の代わりになる上に、蕎麦を引き立てる役割が大きいと書き込んでいる食材。全てにおいて、とても美味しいお蕎麦でした。裏話を聞きましたが独り立ちで、十分に素晴らしいお蕎麦ですよ。9月30日に長野県奈川地区で栽培された在来種の新蕎麦が届いたそう。奈川は野麦峠に続く道の裾野にある場所。「とうじそば」で有名な場所です。店主が袋を開けると、ココナッツの様な香りに包まれたそうです。専門家によっては、日本一美味しいと評価する方もおられるそう。蕎麦を十分に堪能し、高山市街の味噌や日本酒を購入します。いつもながら平瀬酒造さんに行き、大吟醸を購入します。これで今回5本の日本酒を購入しました。家で楽しみ。高山を後にし、家路につきます。帰り道もかなりあちこちと立ち寄り色んな食べ物を食べました。高速道路のサービスエリアが一番楽しいかな。味的なものは別として、地元ならではのものが楽しめるのがいいです。お盆の時期だったので渋滞は凄い距離でしたが、よい休みでした。こんな楽しい旅行が出来たのも、奥さんのおかげです。本当に感謝感謝。
2012年10月08日
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松本市内で、野麦さんの蕎麦を堪能してから、乗鞍方面に向かいます。本当はちょこちょこ寄った所もあったのですが、書き込むほどでも無かったので、はしょります。乗鞍高原で、のんびりとした贅沢な時間を過ごします。山の上は空気も綺麗し、自然が豊かだし、紫外線量以外は最高。以前から奥さんが、一度行ってみたい喫茶店があるとの事で、行ってみたのが、「キャビン」さん。山の上の高原の店らしく、居心地がいいです。ソフトクリームといえば、コーンに渦巻き状に乗せて頂くのが一般的で、気軽に食べられるスタイルですが、白いカップに入れて頂くと、ちょっとハイソな感じ。美味しく頂きました。ここで雨も降り始めたので、旅館に戻ります。部屋付きの露天風呂を堪能し、読書にふけります。時間に追われず、のんびり過ごせる贅沢で高価な時間。プレシャスタイム。この日の夕食はお店の方の計らいで、個室で頂きます。地酒のにごり。私は高山のにごり酒が好き。トロリとした旨味が深い。私は京都など、他の土地のにごりはあまり口に合わない。自分には岐阜県の水が合ってるのかな?岩魚も旨いんです。川魚がダメな私が美味しいと言うとは。地元の野草の天麩羅。通常エグみが強かったりするのですが、美味しく頂けます。日本酒派の私が、数少ない美味しいと感じるビールの一つ。飛騨牛をタジン鍋で調理し、ポン酢とミソだれで頂きます。これがまた旨い。凄く旨いんです。この日は、夜半からの雨が強く、福地温泉の夏祭り、「へんべとり」が中止でした。毎年ここに来て、伝統芸能を毎年見ていましたが、今年は残念。でも十分に贅沢な時間を堪能しています。
2012年10月08日
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戸隠そばを堪能し、戸隠神社も参拝し、大満足で出発します。県道68号線を走り、白馬・大町方面へ向かいます。初めて走る道は色んな景色があって楽しい。途中に集落があったりする。私はいつもそんな景色を見たら思う。ここで生活すると、どんな毎日を送るのだろうか?商売や仕事はどんな選択肢があるのだろうか?都会でしか生活した事が無い私には、旅行で地方によく行くが、生活方法がよく判らない。商店が開いてても、人通りは皆無だし、畑で農作業している人も見かけない。道沿いにたまに野菜直売をしている方を見かけるが、前後何キロかの道に人影を見ない。あの商売は成り立つのであろうか?なんて事をよく思う。知らないというのはダメですね。大町市の新行地区に入る。ここはお気に入りで、よく来る蕎麦屋の「山品」さんがある場所。お腹はいっぱいだったので、食べられませんけれど、店を見に行きました。お客さんでいっぱい。皆さん繁盛してとっても嬉しいです。私はいつも思う。どの店も繁盛していれば、みんな笑顔で幸せなのにって。蕎麦屋を後にして、近所の珈琲店に向かいます。一般道から奥まった細い道の所に入らないと判らないお店。偶然では行けないだろう。ここもお気に入りの「美麻珈琲」さんです。店の前に駐車スペースがあるのだが、一面蕎麦畑。一部はキャンプ場になっていてとてもいい所。店のテラスからの景色は、とても落ち着き時間の流れ方が変わります。冬は雪景色ですし、店内の暖炉が体を温めてくれます。ここは兵庫の三田にもお店があり、ケーキも美味しい。サントワントリフケーキは奥さんもお気に入り。珈琲豆は店主が1豆ごとに選別し、焙煎されており、美味しいんです。美麻珈琲を後にして、大町市から一路松本市へ向かいます。途中の酒屋でお気に入りの日本酒を購入。この地域で以前からのお気に入りは「白馬錦」なのですが、最近は「大雪渓」にはまっており、大吟醸を購入しました。妻籠宿でも日本酒を購入しており、手持ちのお酒が増えていきます。松本市から上高地方面に進路をとり、山を上がって行きます。私はこの新島々や沢渡、上高地あたりの山の景色やダムの景色も気に入っています。途中、雲間の滝なる滝があり、車で走っていると、ほんの一瞬しか見れないのですが、いつも見つけて喜んでいます。安房トンネルを抜けて平湯から北上し、福地温泉に到着。毎年お世話になっている「隠庵・ひだ路」さんに到着します。いつもお蕎麦の事でお世話になっている、カワライさんに出迎えて頂きました。到着するやまずは蕎麦の話から始まります。昨年教えて頂いた駒ヶ根の「丸富」さんに昨日行った事や、今日は早朝から戸隠の「うずら屋」さんに行った事、山葵をする際に砂糖を使用する話で盛り上がり、さすがカワライさんもご存知でした。部屋でのんびりした後、露天風呂も堪能しました。もうこのブログで何度も書き込んでいるので、写真の数は減らします。前菜を頂き、川魚の刺身と一緒に地酒を頂きます。私にとって「とりあえずビール」は「とりあえずお酒」なんです。日本酒は旨い。宿の名前が入ったラベルの酒は「白真弓」さんのでした。岐阜・高山の酒はどれも旨い。囲炉裏で炙る五平餅と鮎の塩焼き。川魚は実は苦手な私ですが、ここの魚を残した事はありません。いつも美味しい料理を提供して頂いています。写真は少ないですが、テーブルいっぱいの料理が並んでいます。そして今晩メインの飛騨牛の石焼きサイコロステーキ。さすがに旨いっす。宿のカワライさんが、私達蕎麦好き夫婦の為に、「そばもん」という蕎麦漫画を貸してくれました。この内容が中々素晴らしい。蕎麦って奥が深いっす。次の日、朝食を堪能した後、お出かけ。初めは雨だったので一日部屋でのんびりするつもりでしたが、雨もあがったので、松本市内に蕎麦を食べに行きました。目当ての蕎麦屋があったのですが、そこが定休日だったもので、別の店をチョイス。松本市内でいつも行列の人気店「野麦」さんに行きました。メニューはざるそばのみ。蕎麦は標高800mの契約農家で栽培し、香りを楽しめる様に、石臼で挽きぐるみにして九一で打っているそうです。つゆは枕崎産の鰹節に北海道産の真昆布、伊豆の干椎茸などを使っており、中々良いです。
2012年10月02日
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「うずら屋」さんでの戸隠そばを十分に堪能して、お店を出ます。順番を待っているお客さんが店の前に沢山います。あるお客さんが順番表を見て、今から2~3時間待ちと聞き、スタッフさんに順番表の1枚目の先頭の人を指さして、「この人達は何時に書いたの?」と質問。スタッフさんは「朝の5時半頃です。」と答え、驚いて諦めていました。まあ、普通は蕎麦を食べる為に、人気店とはいえ、3時間待つとは思わんわな。朝の5時半からみんな名前を書きに来てると知ったら、みんなの本気度が伺えて、文句も言えんわな。それにしても「うずら屋」さんの人気は圧倒的に他店を抜いてます。秋に獲れた新蕎麦も気温が上がる4月頃から劣化が始まり、夏の暑い時期は、味が最も落ちてしまう。そこで「うずら屋」さんは風味豊かな新蕎麦の味を食べてもらう為に、玄蕎麦が熟成し、糖度が最高に達する真冬の厳冬期に、年間使用分すべてを石臼製粉し、マイナス20℃で冷凍保存しているそうです。そうやって出来るだけ新蕎麦に近い味わいにして提供しているそうです。工夫の形は店それぞれだけど、皆さん努力してサービスを提供しているのですね。旨いはずです。食後は戸隠神社に参拝します。人が多くなると、色んな人の思惑が入り乱れる為か、気が感じにくくなります。それでも正しく参拝。推定樹齢700年のこちらの杉。皆さん気が付いておられませんが、ちゃんと「気」が見えています。別に見える見えないは大した問題ではなく、心の持ち方が大事だと思います。色んな「我」や「欲」が入り乱れるので、パワースポットに行っても良い気を受け取れなかったり、神様が疲れてお出かけしてしまったりします。また1時間はそのエリアにいないと、力を受け取りにくくなります。このへんは、デジタルな現代では無く、物々交換をしていた大昔の頃の感覚が必要ではないでしょうか。定価があり、お金という統一価値物質で簡単に手に入れるのではなく、物々交換ならば、その物の価値を十分に説明して、手に入れるプロセスや評価する所、今後の価値などを話し合い、利害が一致して成り立つ。これは人が人に願い事をする状況の原点とほぼ同じ状況ではないでしょうか。実質価値に差があっても相手がそれを良しと思えるならば成立する状況。これはそのまま神様への参拝に基本的には当てはまると思います。よく、参拝時に賽銭箱にお金を投げ入れる方を目にします。商売でお客と言えども、商品購入時に店側にお金を投げ付ける方は、あまりいないと思います。なのに神様に今からお願いしようとする時に、お金を投げ付ける人の願いを叶えてあげようとは、人間でも思いません。その願いが私利私欲に溢れていたら、知らん振りをされても仕方がないと思います。やはり、お願いですから、何事も丁寧に行動し、唱える言葉も丁寧にするのが筋と言うものではないでしょうか。営業の方が、商品を売り込む時に、相手の都合を考えず、一方的に訪ねて短時間に一方的にしゃべって、じゃあこの商品買ってね。とは言わないですよね。じっくり時間をかけて説明し、相手の反応を見て、言葉を変えたり、談笑したりと色んな手をうちますよね。パワースポットでの交渉も変わりはありません。ならば必然的に1時間近くは滞在する事になってしまいます。神事の作法は難しいですが、人として基本的な事は日常から行っているはずなので、ほぼ正しい答えは自分の中にあるはず。それが見えないのでは無く、見ようとしていないのが今どきの方々。この法則は商売は勿論、政治や外交でも人として基本的根本はあまり変わらない筈なんですけどね。まあ、人間はかなり身勝手で残酷な生き物なので、しょうがないのかも知れません。これについて書き始めると、止まらなくなるし、思想的な部分では賛否両論があるのでひかえますが、難しい問題ですよね。ここはどっちの領土だ。言い合って解決しなければ武力を使う。その力は人の命を奪ってしまう。宣戦布告をすればいい。と叫ぶ若者たち。ならば一方は安保条約があるから守ってくれ。と言う。普段はそんなもの必要無いから出て行ってくれと言ってるのに。もっと自国の権利を主張するべきだと言ってるのに、命が危ういと言葉を変えてしまう。人間の歴史上、力で制圧して来た事が圧倒的に多い。かなり残酷だ。この人間は猿が進化したと言われているが、長い歴史上で人間に物凄く近い猿を見た事が無い。インフルエンザ菌などは毎年変化するのに、何千年もの歴史をもつ人間社会で、紙一重の猿を見た事が無い。進化論は正しくないのではないのか・・・みたいな映画がありますよね。映画って、表面上のストーリーだけ楽しんでいてはいけませんよね。色んなメッセージが入ってるのが多い。日本の有名なアニメ映画もその世の中で起こっている事に対するメッセージ性が強い事は有名ですよね。ハリウッド映画の中でも、アメリカの恐ろしい軍事機密を違う表現で表しているのがありますよね。みんな黙って、気付くかなぁってしている。こんな人間の面倒を見ている神様は、かなり疲れておられるのではないでしょうか?余計な事はこのへんで。
2012年09月25日
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善光寺を後にして、戸隠神社に向かいます。一度走った道なので、カーブも道幅も覚えているので、気楽に運転して行きます。蕎麦屋の「うずら屋」さんの開店時間が午前10時。戸隠に到着したのは午前9時半頃。戸隠神社・中社前は、やや渋滞気味で、店の前にも沢山のお客さんが待っていました。何人待っているか数えられない位。駐車場も偶然1枠開いており、私の車が入って満車。店の前に到着したのは開店20分前くらい。早朝6時に書き込んだ紙は、他のお客さんの名前がぎっちり書き込まれて5枚目に達していました。開店時間時点で2~3時間待ちと表示されていました。早朝に名前を書き込みに来るのは大変でしたが、ここから3時間待つ事を考えたら、早起きして良かった。開店時間の午前10時に店主から、店の前で待つ多くのお客さんに説明がされます。これがとても丁寧。ネットの書き込みでもスタッフの方の対応がとても丁寧と書いてありました。人間ならば繁盛すると天狗になり、人気が当たり前みたいに感じて横柄になる人も少なくないのに、「うずら屋」さんはきっちりしている。これは四国香川県の讃岐うどんで、1日2000人もお客さんが来る「山越うどん」さんと同じだなぁと感じました。「商売人の頭は下げるためにある」と商売の神様が以前言っておられた。まさにその通りかも。予約の用紙に書き込んでいた1組目と2組目が12時からの食事を希望されたので、私たちは2組目として繰り上げられて、店内に案内されました。お店に入る時に、店主さんが早朝に名前を書き込みに来た私を覚えていてくれて、「お待たせしました。」と改めてご挨拶して頂きました。ホントにきっちりされています。お客様の事を覚えて商売するのは、ホテル・リッツカールトン大阪が当たり前のサービスとして提供している事。繁盛店は皆さん同じですね。案内されると、店内はすぐに満席。早速注文します。蕎麦を楽しみに来たので、ざるそばの大盛り2つ分の大権現盛りと呼ばれる商品を注文。色んなきのこの天麩羅盛合せと野沢菜漬け、そして日本酒を注文します。蕎麦前を楽しむ際に日本酒は欠かせませんが、多彩な地元のお酒の銘柄がメニューに並んでいました。折角旅行で来たので、奮発して大吟醸の「夜明け前」を注文します。私の持論で大吟醸が美味しいのは当たり前。米を磨き、それだけ手を加えているのだし。だから私は純米酒や純米吟醸などを普段好んで飲みます。基本的に本醸造は最近飲みません。本物の日本酒を飲みたいので。蕎麦のメニューとして本当はおろし蕎麦も食べたかった。戸隠で蕎麦の薬味大根として有名なのが、戸隠大根。その形からねずみ大根とも呼ばれています。小石がごろごろしている山地に育つ戸隠大根は薬味として大切な辛味が普通の大根より多い。ちょっと前は辛味大根は京野菜として、一部でしか栽培されなくなっていました。蕎麦の薬味でわさびは有名ですよね。夏の蕎麦はどうしても風味が落ちてしまうので、山葵の辛味で蕎麦の風味を際立たせる役目をするのですが、辛味は何も山葵だけの専売特許ではありません。辛味大根も蕎麦の風味を際立たせ、蕎麦つゆの味も深めます。蕎麦の風味と簡単な言葉で表すと大雑把ですね。つまり旨味と甘味を引き出してくれるのです。大根おろしは、それだけでなく消化酵素のジアスターゼが多く含まれています。これはでんぷんなどを糖に分解する役割が強く、蕎麦はジアスターゼに分解され、栄養分が腸から吸収されやすくなります。蕎麦と大根おろしは、体に吸収される為のベストパートナーなのです。大根おろしは、味の引き立て役、食欲増進役、健胃役、消化促進役と色んな役割をします。こんな役割は山葵・ネギ・七味など他の薬味にはマネできない役割の薬味ですね。野沢菜を頂きながら日本酒を堪能します。旨い。旨過ぎる。日本酒が旨いのもありますが、野沢菜も美味しい。地元の方がよく言われるのは「お土産で購入される方は、自宅でパッケージを開けて、中の漬け汁を捨ててしまうからね。」とおっしゃる。あれは味わいを落さない為にかなり重要だそうです。漬物は土地によって味が違う。季節でも違う。ここの野沢菜も秋~冬に購入するのが一番美味しいらしい。その時に、目に入った入れ物の上の表示。「砂糖・生わさび用」と書いてある。開けたら中は砂糖。先ほどは大根を薬味として紹介しましたが、蕎麦の薬味としてやはり欠かせないのは「山葵」。辛味が鼻に抜け、舌の上に味が残らない。揮発性の香辛料は、世界的に見ても珍しい。水温・水質・直接日が当たらないなど、良い条件が揃わないと生育出来ない環境のバロメーター。そんな山葵はあくが強い為に、おろす時におろし金に砂糖を敷き、茎の方からするのが、その味や香りを引き立たせる秘訣だそうです。山葵に砂糖とは知りませんでした。まだまだ奥が深い。戸隠蕎麦ときのこの天麩羅盛合せがやってきました。嬉しい。これを食べる為に、今回は長野の戸隠まで来ました。めっちゃ美味しい。きのこはヘルシーだしガンにも効果があると言われています。またきのこは自然界にも必要な存在で、松茸やしめじは菌根菌。マイタケやしめじは腐朽菌と呼ばれ、前者は樹木の根と共生し、後者は枯れた樹木や落ち葉を腐らせて大地に戻すという役割をしています。これで森林の新陳代謝が行われないと、樹木は育たない。日本でも森林破壊になっている場所は、きのこが殆ど育たないらしい。きのこは猛毒であるダイオキシンさえも分解する力がある事が判っています。きのこもわさびと同じで、自然界のバロメーターかもしれませんね。これを食べる為に、朝の4時半に起床して来たのです。席は2階の眺めの良い窓際。窓を開けて空気も気持ちいいです。お酒が一層旨い。あまりの旨さに、かけそばときのこの天麩羅を追加しました。
2012年09月25日
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駒ヶ根はゼロ磁場の分杭峠がある場所。一度は行ってみたい所かな。そんな伊那地区を後にして、松本のサービスエリアで一休み。再スタートして、向かうは長野。長野道を走り、長野市内へと向かいます。次の日に行きたい所があるので、長野駅前のホテルに宿泊します。次の日に戸隠に行って、蕎麦を食べるのが今回の第1目的の旅。その為に前の日に乗り込んだという訳。学生時代にスキーをする為に長野によく来ましたが、長野駅前辺りに来たのは、高校生の頃以来。駅前をブラブラ歩きます。懐かしいなぁ。あの人は今何をって感じ。長野駅前に着いた時点で、車のガソリンは少なかったのですが、次の日の朝に入れればいいかと思い、そのままにしたのが運のつき。夕食に行きたい店があったのですが、残念ながら満員。別の店も見つからず駅前の「油や」さんに行きました。蕎麦前に馬刺しと野沢菜。そして日本酒を頂きます。熊本の馬刺しと味わいが違うと思うのだが、熊本も信州の馬刺しも、カナダの馬がほとんど。生育の環境は大きいのだろうか?もつ煮はそれぞれの土地や、家庭の味が出る郷土料理。信州のも美味しく頂きます。次の日に行く、戸隠そばが目当てなので、期待を膨らませ頂きます。んんっ。美味しいのだが、想像ではもっと美味しいと予想してました。いや、明日食べる蕎麦はもっと美味しいはずと期待。戸隠は山岳信仰の霊峰として知られ、神代の昔「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったと言われる山で2千年に及ぶ歴史を刻んでいる。平安時代に戸隠は修験道場として知られ、江戸時代には上野・寛永寺の僧侶から蕎麦切りの技術がもたらされ、もてなしの料理として蕎麦をふるまったという当時の記録も残っている。そんな戸隠そばを食べに行きたくて、長野に来たのだが、リサーチして美味しいと評判の店を調べたのが、戸隠神社・中社傍の「うずら屋」さんでした。更に調べると大人気店なので、朝早くから順番の名前を書く紙が出されるとの事。その時間は午前5時半頃にお客さんが書き込みに来るらしい。なので、奥さんには寝てもらっておいて、こっそり朝の4時半頃にホテルを出て、車で片道50分位かかるので、行って来ようとしました。昨日、ガソリンをどうしようかと思っていましたが、朝でいいかと思い出発して、途中で給油しようかと思っていた。しかし、長野駅前から市内を出る所まで行ったが、ガソリンスタンドは開いて無く、これはまずいと長野市内に引き返し、ガソリンスタンドを探す事30分以上。走り回ってやっと1軒見つけて給油しました。店主にその事を話すと「長野は24時間営業のスタンドが無いからねぇ」との事。勉強になります。給油を済ませ、予定が大幅に遅れたので、とんでもない速度で市内を走り抜け、戸隠に向います。一つ問題が解決したのに、次の問題が発生。カーナビのデータが古いので、途中に新しく出来たトンネルがあり、カーナビは反応出来ず旧道を案内。既に予定時間に遅れていたので、迷うよりカーナビ案内の旧道を走る事に。予想はしていたが、道が細いし、クネクネのカーブだらけだし、急勾配だったりで大変。でも私的には、学生時代に峠を車で走り回っていた気分で飛ばせて楽しかったし、景色は良かったし、たまに地元農協のゆっくり走る軽トラもいたけど、中々良かったです。戸隠に朝の5時半頃に到着する様に予定していましたが、6時前に到着し、少し遅れましたが、まあOKかなと。戸隠神社・中社傍にある「うずら屋」さんを見つけました。駐車場に車を停めて、店の方に行きます。誰もおらず、空気も澄んでおり中々良い環境。早朝散歩が気持ちいいなぁと言うのが実感できる。店の前に行くと、お店の職人さんが蕎麦を打っておられました。名前を書く紙を見つけて、スタッフさんに書いてもいいかとお尋ねして書き込みます。既に3組の名前が書き込まれており、予定より遅かったが、まあ許せる順番かな。せっかく、早朝に来たので、少し散策。戸隠神社は有名なパワースポットなので、気が荒れていない早朝に行くのはおススメです。戸隠神社・中社の前でカメラのシャッターを切る。次に気になった対象に近づき、写真に収める。推定樹齢800年の素晴らしい大樹。この写真に写っているものに、気が付きましたか?早朝に木の中に戻る「気」。ありがたや、ありがたや。戸隠を後にして、長野市内に戻ります。帰りは旧道でなく、新しい道で帰ります。やっぱり走りやすい。でも帰りの時点でもガソリンスタンドは開いていなかったので、あの時に引き返して良かったと思いました。でなければ今頃はガス欠で大変になっていたかも。ホテルに戻って、チェックアウトして、奥さんと善光寺さんに行きます。ここも有名なパワースポットなんです。善光寺さんで参拝します。正しい作法で参拝し、お尋ねしたい事を唱えて、お答えを頂ける様にお願いし、おみくじをひかせて頂きます。有り難い事に、とても素晴らしいお言葉を頂きました。信じて進むしかありません。ありあたや、ありがたや。門前町にあるお店で、焼いたおやきを購入しました。美味しい。
2012年09月17日
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9月も半ばになるのに、お盆休みの事を今頃書き込む。忙しさにかまけてといつもなら言い訳する所ですが、今回はこの楽天ブログにムカついています。ここまでこの書き込みを何度行ってきた事でしょう。文章を考え、写真も選び、構成して書き込んでいる途中に、エラーをお越し、全て消えてしまう事を繰り返す。もうやめたろかと思うが気持ちを落ち着かせ、書き込み直す。どこまで辛抱できるのだろう?仕事を終えて、仮眠をし、朝の4時ごろに出発。吹田インターから名神高速を東へ向かう。以前の消えた書き込みでは、ここまでで、相当書いていた。もうアホらしくて書き込まれへん。クソ楽天システム。いつもは小牧JCTから中央道に行くのだが、今回は一宮JCTから東海北陸自動車道を北上し、美濃関JCTから東海環状自動車道に入り土岐JCTから中央道に入る。距離的には遠回りなのだが、緑が多い道で気持ちいい。中央道を走り、中津川インターを降りて、中山道の宿場町、妻籠宿に到着。朝の8時過ぎにいつもここに来る。この時間なら、人も少なくて居心地がいい。ツバメも飛んで気持ちいい。これより遅くなると人でいっぱいになってしまう。景色も綺麗だし、空気も綺麗。のんびり心の洗濯には良い場所です。栗きんとんを購入するのもいつもの事。ここで購入する「澤田屋」さんの栗きんとんは栗の味が濃く、お土産に送って皆さん「栗、濃い!」と好評。今回は冷たい栗きんとん「雪こごり」というのを親友に贈る。ご家族に好評で、再度注文して頂いたらしい。そんなに喜んで頂けると嬉しい。妻籠宿内にある酒屋で木曽の日本酒「中乗さん」の大吟醸を購入。「中乗さん」は酒類コンクール金賞受賞で間違いない。私達夫婦はお気に入りで、毎年購入しにくる。いつもはここから中山道である国道19号線を北上するのだが、今回は中津川インターに戻り、中央道を北上する。次の目的地は駒ヶ根インター近くにある、蕎麦屋さん「丸富」さんに行きました。毎年宿泊する福地温泉の「隠れ庵・ひだ路」のスタッフさんであるカワライさんに去年教えてもらった店。そこの蕎麦を食べに行きます。看板。店の入り口。 丸富 長野県駒ヶ根市赤穂23-180 電話0265-83-3809 営業時間11:00~15:00 定休日 火曜日ここは蕎麦好きなら、かなり有名なお店。よりよい環境を求めて飯田市から駒ヶ根市に移転してきた「丸富」さん。地下50メートルから汲み上げた水で2種類の蕎麦を打っておられる。店内。蕎麦前と言うほどの事ではありませんが、一応蕎麦前で鶏肝煮をノンアルコールビールで頂きます。市内で自家栽培している玄蕎麦と国内産の玄蕎麦を粗挽きにし、二八で打つ「朝日屋」はやや太め。蕎麦の風味が口の中に広がります。飯田市上村村下栗の里の玄蕎麦の皮を剥き、細かく挽いた粉で打つ「白檜曽乃蕎麦切」は十割の細打ち。つゆも濃口と薄口の二種類を仕込んでいる。開店時間を狙って行きましたが、すぐに満席になってしまうほど人気店。美味しいです。皆さんよく御存じですね。折角、伊那地区に来ているので、地元で有名な食べ物も頂きます。伊那の麺料理で、蕎麦以外ではローメン。焼きそば好きな私にはとっても大好きな味。もう一つ、伊那ならソースかつ丼。シンプルなスタイルですが、それだけに直球の味わい。素材の扱いがモノを言う。旨いです。
2012年09月17日
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今年の夏の暑さも厳しいですが、夏バテには精が着く食べ物というのが昔からの言い伝え。夏に精のつく食べ物ならやはり「うなぎ」。先日訪れたのは、旭区高殿にある「魚伊」さんです。魚伊さんは鰻と鯨料理で有名なお店。今回は、鰻を頂きます。うな丼。左から食べるのが通。なぜなら味が濃い尻尾が右になる様に鰻を配置するのが定石だから。脂が特にのっている部分を後半に食べる。またうな丼である事が、温度を下げずに美味しく食べられる。魚伊さんのうな丼、さすがに旨いです。吸い物も抜かり無し。お酒も豊富に用意されていました。JALファーストクラスで出されていた「伯楽星」も用意されていました。この魚伊さん、油断できません。大阪で旨い焼き鳥屋を探していました。今の所、新大阪駅近くの「園」さんだけかな。中々美味しい店に出会えない現状です。そんな中、新たに美味しい店に出会えました。店に見に行くとお客さんでいっぱい。皆さん美味しい店をよく知っておられるんですね。大阪市福島にある「あやむ屋」さん。かなり美味しいのは店主のこだわり。その為に大切なのは、炭・串・塩。お店を始めた頃は、炭箱は下2段を中国産の炭、上2段を紀州の備長炭で焼いておられたそうです。でも中国産が切れた時に全部紀州産でやったら、全然違って断然良かったそうです。結局全て紀州の備長炭にする事に。炭代は4万円から14万円に跳ね上がったけど、それでも使いたい炭の良さ。熱量が凄いから、火が素材に入るのは早いけど、ギリギリまで焦げないそうです。それでも客単価が4000円の焼き鳥屋において、炭代が高過ぎます。それに対して店主さん曰く、「良いと判っているのに安い炭に戻ると経営者っぽいでしょ。僕は経営者ではなく、焼き鳥職人で、旨いもん好きでありたいんです。」だそうです。炭の火力に太刀打ちする為に、串は平均より0.5mm太い3mmサイズを使用。その串に食材を逆三角形に打つ。手元から先に行くほど素材が大きくなる。どんなに工夫しても先がよく焼けて、手元が焼けないので、この形にすると均等に火が入るそうです。塩は、最初に打つ塩はフランス・カマルグの岩塩。店で使っている丹波地鶏は脂が多いので、この強い辛さに合うとの事。仕上げの塩は対馬の赤島の塩。粒が大きくて旨味はあるけど、あまり辛くない。後は、焼き手の問題だそうで、ささみなら温かい刺身のイメージで焼き、せせりはモモより火を入れるけど、串の近辺はミディアムレアで。肝は焼き過ぎず生過ぎず。という風にひと串ごとに考えながら毎日焼いているそうです。この店の旨さは有名で、夜が更ける頃に店の営業を終えた料理人達がこぞってここに集う。そんな時の情報交換から、新たな素材に出会う事もしばしば。「知ってしまうと買っちゃうたち」だそうで、鴨、羊、バスク豚。野菜にも凝り始め、原価は上がってしまう。でも「僕も以前はサラリーマンしていたし、勤め人が普通に食べられる値段でやりたいと価格は抑えに抑えたまま。旨い物好きは酒好きとばかり、鮭の知識も品揃えも素晴らしい。焼き鳥屋に行く旅に、鶏はもっと色んなお酒に合うのに、どうして揃えないんだろうと思い続けていたそうだ。「白子焼なら王禄の渓」と純米吟醸を合わせたかと思えば、「皮にはアイラモルト」とセレクト。「鴨や羊には赤ワイン」。そうして増える一方の置き場所に困って近所にマンションを借りたとか。
2012年08月17日
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昨日は京都の五山の送り火で、市内も賑わっていたようです。その為とは思いませんが、大阪ではいつも混雑している店や通りが空いていました。食べたい物が食べられて良かったのですがね。最近京都で、お気に入りのランチがあり、よく行ってます。京都の河原町と烏丸の間、錦通り商店街の近くで柳馬場通りにある「一の傳」さんです。京都市中京区柳馬場通り錦上る十文字町435番地「一の傳」電話075-254-4070定休日 水曜日お買物 10:00~18:00お食事 11:00~14:30 一人3150円一の傳に入ってのエントランスです。町屋の雰囲気が漂うお店で、ここで西京みそ漬けを購入出来ますし、発送もできます。平日のランチ時で、雨まで降っていたのに、満員で大盛況。予約をしておかないと、難しいかも。今回はラッキーな事に個室に案内して頂けました。操業八十余年のお店。コンチキチンとBGMも京都らしく、居心地も良かったです。この時は7月、(文月)の御品書きを見ます。ここは西京みそ漬けの専門店で、ランチ時だけ食事が出来ます。まずは季節の前菜盛合せです。小鮎の塩焼き、とうもろこしの冷製スープ、長芋の昆布〆寿司など選りすぐりの前菜。陶器もお店のオリジナルです。焼き鱧の香ばし椀。徳島産の活け締め鱧をふっくらと焼き上げ、柔らかな冬瓜や木綿豆腐と一緒に頂きます。野菜の冷やし焚合せ。京都・上賀茂の賀茂茄子、無花果、蓮根など季節の野菜の冷製焚き合せです。銀だらの蔵みそ焼。お店のメイン食材。約200年前に宮中料理として作られた西京味噌。その秘伝の西京味噌の中で、魚を二昼夜以上もじっくりと漬け込む、昔ながらの「本漬け」製法です。釜炊きのふっくらご飯、赤だし、京漬物。一卓ずつ土釜で炊き込み、お米の甘みが引き立つ、ふっくら炊き立ての美味しさです。完熟マンゴ、ライム添え。よく熟したマンゴの素材の味を爽やかなライムの風味で頂きました。このランチはよく出来ています。下手な料亭で、対して旨くない料理に高いお金を払うのは、如何なものかと思っていました。庶民に嬉しい料金設定で、京都らしい懐石料理を頂けるのは、とてもありがたい。
2012年08月17日
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親友に付き合ってもらって、ホテル・ニューグランドでのカクテルを楽しんだ後は、もう1軒お店に付き合ってもらった。元町商店街の端にある、おでんの「石川屋」さん。横浜で有名だけでなく、海外の船員の中でも知られた存在のおでん屋さん。おでんはその土地ならではの味わいがある。大阪の人間から見ても、関東のおでんは興味あり。横浜でもう1軒有名な野毛のおでんさんと比べると、石川屋さんは関西に近い味付けかもしれませんね。店の情緒も私は好き。おでんだねのちくわぶは、大阪には無いし、好みもあるかもしれないが私はちくわぶが結構好き。おでん以外の1品料理も美味しい。中華料理もたらふく食べて、おでんも食べて、お酒も飲んで、もう満腹です。中華街の端にある、雑貨店に友人を連れて行った。友人は、中々のスピリチュアルな力の持ち主。パワーストーンをちょいと選んでもらった。その店に連れて行ったのは、もう一つ目的があり、そのスピリチュアルな力を機械で計測する事が出来る。私自身も正月にその機械で好結果を得て、友人も計測してやろうと思ったわけです。さて結果は、なんと私以上の凄い結果。私の時も店員さんが驚いていましたが、友人のは更に驚き。参りました。次の日、お仕事で友人と共に東京に向かいます。私は早朝の街や電車が好き。空気が澄んでいたり、静かな街を楽しめるから。東京へ出向いて、仕事を済ませ、昼食を摂る事に。今回、行く店を決めていました。神楽坂にある親子丼で有名な「鳥茶屋・別亭」さん。俳優の三国連太郎さんがお気に入りの様です。タクシーで飯田橋駅前に行きます。そこで神楽坂に入る前に不思議な光景を見ます。通りの入り口に進入禁止の標識と一方通行進入の標識が並んで表示されている事です。(写真を撮れば良かった)タクシーの運転手に聞くと、一説では神楽坂近くに田中角栄さんの自宅があったとか。毎日国会に出向く際に、朝は出て行き易い様に、帰りは戻り易い様に、時間帯を区別して交通規則を変えてしまったらしいです。総理大臣になれば、そんな権力もあるのですかねぇ?神楽坂を上がって行きます。鳥茶屋・別亭さんに行く為に、案内板通り裏通りに入って行きます。静かな住宅地を歩いていると、鳥茶屋・別亭さんがありました。神楽坂別亭・鳥茶屋新宿区神楽坂3-6電話03-3260-6661営業時間・11:30~14:30 16:00~22:00定休日・無休飯田橋西口から西へ5辻目を左本来はうどんすきの店だそうです。親子丼950円この親子丼は非加熱の醤油と味醂を寝かせた、本がえしに北海道の天然利尻昆布の出汁を加えた割り下が、鶏肉の旨味と柔らかさ、卵の甘みを引き立てます。うどんすきの名店と知られる『神楽坂鳥茶屋』は本店と別亭の二軒があります。三國さんいわく「神楽坂界隈では、ここの親子丼が随一だと思います。質の高い鶏肉と地卵などの食材を使い、料理人の腕前も一流。にも関わらず、値段が高過ぎない所がいい。お店の雰囲気も良く、落ち着きます。」との事。旨味と柔らかさに優れた、山梨県の富士高原とりに、岩手県大船渡の南部とり地卵を使った親子丼。単品950円親子御膳1500円花街の情緒が漂い、表通りの賑やかさとは別世界の静けさです。昼食を済ませ、昼からお台場に行ってみます。実は私はお台場に行った事がありません。お台場初デビューです。新橋からゆりかもめに乗ります。乗るのも初めてならば、景色も初めて。東京湾も見えるし、東京タワーも東京スカイツリーも見えました。よくテレビで見る景色がいっぱい。あ~私は十分田舎モノ。フジテレビの階段を見て、感動しました。あ~私は田舎モノ。ダイバーシティも凄い人でした。そして今回見たかったのは等身大のガンダム。テレビのニュースでしか見た事が無いので、感動しました。30年前に放送されたガンダムがやはり人気ですよね。このガンダムに使われているエンジンが、次世代のエネルギーだと私は思う。ガンダムもジオン軍のザクも原子力なのだが、現代の核分裂では無く、核融合エンジンである。海の水が原料で、もし壊れても水しか出ない。(水素と酸素)研究されていますが、まだ実験棟も出来ていません。こちらに力を注げばいいのですけどね。お台場を堪能し、横浜に戻ります。夕食に萬珍楼で食事をし、今回のお仕事を終えます。大阪に戻る新幹線でも私のテンションは上がっていました。
2012年08月16日
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お盆休みの間に、少しでも多くの過去の出来事を書き込む日々です。そうしないと、どんどんネタと写真が溜まって行ってしまう。もう書き込むのを諦めたネタもあります。6月に仕事で東京・横浜に行きました。普段旅行の時にしか新幹線を利用しませんので、たまに乗ると旅行気分でテンションが上がります。思えば30数年以上前から、東京ー大阪を行き来するために、新幹線はよく利用していました。日本の流通の大動脈と言えば、新幹線と高速道路。今は新幹線に代わるリニアモーターカーを開発し、まずは東京ー名古屋の開業を目指してJR東海が頑張っていますが、東京ー新大阪が開通するのは、2047年と確か記事には載っていたと思います。地球上で走るリニアが東京~大阪で開通するのが、その頃と言われているのに、先日別の記事で宇宙エレベーターが出来るのが、2040年ごろと記載されていました。東京ー大阪間を結ぶより、宇宙に行く方が、早く出来るの?私の勘違いでしょうか?東京に向かう新幹線。N700系は以前よりも高性能。昔は車内で駅弁を食べる際、お茶を飲むのも、揺れて飲みにくかったですが、さすが揺れが小さい。もうすぐ新型車両N700系Aが完成するそうで、更なる安全性能の向上が充実するとか。素晴らしいです。新横浜で下車し、石川町方面に向かいます。私にとって大好きな横浜。排気ガスが多くても、私にとって神奈川県の空気が吸えるだけで幸せ。横浜線で車窓から見える景色も、私にとれば夢の世界に居る気分。訳の判らんボロアパートですら、私にはTDLより素晴らしい景色。宿泊するホテルにチェックインして、中華街で昼食を摂ります。昔から横浜に来れば、欠かさず訪れるのが、広東料理の「安記」さん。ここの中華粥が昔から有名ですが、ここの一品料理もかなり旨い。上からきも皿・ツブ貝のニンニク煮・海老そば・五目粥。どれを食べてもハズレ無し。特に海老そばは中華街でもトップクラスに近いのではないでしょうか?ここ数年、中華街の多くの店で海老そばを食べ続けていますが、中々総合バランスで旨い店に巡り合いません。この安記さんと、他数軒しか今の所旨いと納得できる店がありません。昔は夕食をたらふく食べて、お腹がいっぱいになっても、もう1杯ラーメンを食べようと思える旨い店が多かった。最近は無いですね。料理は総合バランス。色んな材料を上手く調理し組み合わせて、初めて素晴らしい1品になる。最高の材料を集めるだけでは、美味しい1皿にはなり得ませんね。例えは簡単。同じ材料を使ってプロの料理人と、素人が同じ料理を作れば、どちらが旨いかは簡単ですよね。そのプロの中でも、素晴らしい料理人が感性を使って作り上げる料理。それはたとえ、ラーメン1杯でも感動できる旨さになりえる。昼から仕事に出向き、夕飯時にもう一人同業者で同級生と会う約束をしており、横浜の同じホテルで宿泊する予定だったので、待ち合わせをした。ウチの奥さんと友人の3人で夕食の為に再び中華街へ。予約をしておけば良かったと反省。目指していた「萬珍楼」が満員だったので、「同發」さんに変更しました。焼きの同發で有名な広東料理店。私は大好きな皮付き豚と焼豚を青島ビールで頂きます。同級生である親友と、色んな談笑をします。学生時代から彼には色々お世話になりました。今でも仕事上でも色んなアドバイスをもらいます。彼には敵わないから。ここの海老そばもとても美味しい。他の食べ物も美味しいのですが、やはり店によって得意・不得意があると思います。この一皿は他の○○の店の方が美味しいかななんてのもありますが、それはどんな一流店でも同じ事が言えると思います。一流だから全てが美味しいとは限らない。夕食後に親友と2人で、どうしても行きたかった場所に向かいます。正月のブログでも絶賛したホテル・ニューグランドの中にある、バー「シーガーディアン2」。サザンの曲にも出て来るバーです。ホテル本館玄関の回転ドアを入り、正面の階段を上らず、右に廻り込んだ場所にあります。かつては作家大佛先生や池波正太郎先生、松岡右洋外相、石原裕次郎や松田優作などがお気に入りだったバーです。英国調の雰囲気を醸し出すシーガーディアンでは、グラスの音と会話が静かに重なり、人々の心を酔わせ、濃厚な時間が流れていきます。今回、シーガーディアン2に行きたかったのは、カクテルを愉しみたかった為です。横浜から世界に広まったカクテルもあります。カクテルはCocktailと綴られます。つまり「雄鶏の尻尾」です。語源については諸説ありますが、昔英国をはじめヨーロッパの貴族の間では、様々なワインを合わせて飲む事が流行っていました。貴婦人たちがそのワインを雄鶏の尻尾で優しく掻き混ぜた事に由来しているとも言われていますし、別の説では19世紀初頭にメキシコとアメリカが国境問題で戦争になっていました。イギリスの仲裁で和睦が図られ、その際に酒が用意されましたが、双方とも毒が入っているのではないかと口にしませんでした。そんな険悪な雰囲気に、ある娘がとっさに双方の酒を合わせて飲み干したのです。将軍たちは驚き、その勇気ある娘を褒め、双方共に酒を口にしました。その娘の名前を尋ねたところ、勇気ある娘はメキシコ王の娘「コキテル」でした。それ以来酒と酒を合わせる事をカクテルと呼ばれる様になったとも言われています。スペイン名「コキテル」は英語では「コクテル」と発音し、この素晴らしい勇気ある行動に対して、米英軍の将軍たちは彼女の名前を永遠に讃え、後世に残す事にしたそうです。日本で最初のカクテルは、ホテル・ニューグランドの前身であるグランドホテルの支配人、ルイス・エッピンガーによって明治22年に作られた「バンブー」です。竹を割った様なすっきりした辛口で、横浜港に到着した客船から降り立つ、紳士淑女を魅了しました。今でも人気ナンバーワンの「ヨコハマ」は入港時の横浜の美しい夕陽をイメージして作られたと言われています。横浜のイメージカラーはブルーなのですが、このカクテルは真っ赤なカクテル。サボイのカクテルブックにも紹介されている世界的なカクテルなんです。カクテルは時代を反映すると言われています。昭和初期の不景気な時代に大金を夢見て創造したと言われる「ミリオンダラー」や2004年に横浜みなとみらいの開業を機に、「MOTOMACHI」や「CHINATOWN」といった、この場所にちなんだカクテルも作られました。そんなカクテルを味わいたくて、この場所に来たかったのです。バンブーヨコハマソルティードックホワイトレディどれも美しく、当然ながら旨い。とても素晴らしいカクテルばかり。最後にもう1品、最近流行のカクテルを注文。モヒートが出て来ました。さすが、一流バー。ちゃんとミントの葉を潰せる様に、すりこ木まで用意してくれる。最高です。
2012年08月16日
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休みの日には、旨い店を探す時があります。でも食べ物屋は星の数ほどあるので、ハズレも多くカロリーばかりを摂取する日も少なくありません。(まぁ、当たりの時もカロリー摂取してますが・・・)大阪ミナミ、心斎橋の北側の船場と呼ばれるエリアに、旨いランチが食べられます。「せんば・とら島」さん。心斎橋のTOKYUハンズから3辻ほど北側だったと思います。ランチしか営業していません。本当はお店は、他に移転されたのですが、地元の方がどうしてもこの味を失いたくないので、営業して欲しいと嘆願し、ランチ時だけ営業を続けておられます。店に入ると、注文はしません。座るだけ。メニューは牛鍋一つなので、座って待っていると、牛鍋が出て来ます。まずは出汁を飲んで頂きたい。牛の鍋なのに、さっぱりとした味。でも薄い訳ではなく、コクもあります。スライスされた牛肉を頬張ると旨味が口の中に広がります。うどんも入っています。ご飯と一緒に食べるも良し。ご飯に出汁や牛肉、具などを入れて、ぞうすいっぽく食べるも良し。食べ終わると、当分体がポカポカと熱いくらい。汗っかきな私は、いつまでも汗が噴いています。旨いっす。夜に訪れたのは谷町4丁目辺りにある、以前ブログにも書き込んだ蕎麦屋の「しゅばり」さん。以前は昼に蕎麦を食べに来まして、とても美味しかったので、何度も利用しています。蕎麦屋では蕎麦を食べる前に、一品料理とお酒を楽しむのが本来の姿。このお店は日本酒も揃えておられるし、他の品々も旨いのではないかと思っていました。お酒と一緒にまず楽しんだのは、卵の黄身を味噌漬けにした逸品。「べっこう卵」と「茄子の煮びたし」。べっこう卵は格別なアテ。四国・高知の名物の一つに、かつおのたたきが有名ですよね。私も子供の頃から食べていますが、大阪での一般的な食べ方は、ポン酢で頂く方法ですが、地元高知ではかつおの塩たたきが食されますよね。以前から知っていましたが、中々食べられる店が無かったり、あってもイマイチだったり。しかししゅばりさんの塩たたきは、結構イケました。本物を食べた事が無いので、この味が正しいのかは判りませんが美味しくは頂けました。貝柱と小エビのかき揚げも、抜群に旨い。天麩羅屋の天麩羅と蕎麦屋の天麩羅は違うと言うのは、昔から当たり前ですが、このかき揚げはお酒のアテとして頂きますので、天麩羅屋さんの製法で作られています。ごま油が効いていて旨いです。この日、日本酒に一番合うアテは、アジの味醂干しやイカの一夜干し、鮭の燻製などを炙って頂くものでした。干す事で旨味成分が凝縮し、炙る時の香ばしい匂いと、口の中に広がる味わいが何とも言えません。お酒が止まらなくなります。最後は勿論、お蕎麦で締めます。奥さんは鴨つけそば。私は十割のもりそば。2種類の蕎麦粉のをそれぞれ頂きます。日本酒好きには、蕎麦はたまりません。次の日も、洋食屋に行きました。再開発で街ががらりと変わってきている、大阪・天王寺。ここにも昔からある洋食屋があります。「グリル・マルヨシ」さん。以前の天王寺は綺麗な近鉄百貨店以外は、昔ながらの薄暗い商店街や路地が多く、そこに多くの商店が並んでいた。今でもそんな場所が残っているが、天王寺駅の南側は当時の面影はほとんど残っていない。大阪では時々ニュースになる日雇い労働者のあいりん地区に近い事もあって、そんな薄暗いイメージの街並みだったのだが、今はとても明るくて綺麗になっている。昔ながらの住民と開発にあたり、色々問題もあったが、今は落ち着いているようである。とってもきれいになったマルヨシに先日伺い、人気だったのは、大人のお子様ランチと銘打ったものだった。奥さんはこれを注文。私はドライカレーのオムライス。ピリリと辛い粒がアクセントで美味しかった。
2012年08月15日
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色々、時間と体力があれば、食べ歩きにも行っています。ハズレもあればアタリもあります。人が美味しいと言っても自分が美味しく感じなければ通わないですし、自分が美味しく感じても他の人が美味しいと感じるとは限らない。これはいつまでも続く問題だと思います。そんな中で、最近大当たりで、物凄くハマっているお店があります。その店の店内に「写真撮影は他のお客様の迷惑になりますので、ご遠慮ください。」と書かれているにも関わらず、たまたま半個室の様な所に入れたので、こっそりお写真を撮らせて頂きました。御店主、すいません。神戸三ノ宮にある北野坂を上がっていく場所にある「牛や たん平」さん。牛のタン料理専門店なのですが、滅茶苦茶旨いんです。お店が入っているビルの正面外観。お店の玄関。旨い事を皆さんご承知の様で、いつ行っても満員。予約をして行くのがベター。先日夜の9時に予約して行きましたが、満員で予約していないと入れない状況でした。コース料理を注文しました。最初に出て来たのは、たんの味噌漬け。これは日替わりで、他の場合もありました。次にたんのお刺身。これも格別に旨い。いつまでも口に運んでいたい気持ちになります。次にたんの石焼き。通常焼肉屋さんに行って、塩タンを頼んでもあっという間に食べ終わってしまいます。でもここではいつまでもタンを食べ続けていられる感じ。勿論美味しいのは間違いありません。コース料理とは別に、アラカルトでたんのユッケを注文しました。タンのユッケなんて初めて食べました。にんにくが効いて旨過ぎです。タンと言えばタンシチューが定番料理。でもここのタンシチューは洋食屋さんなどとは、まったく違う味わいでした。いよいよメインの登場です。カルビ焼き。まずはたまねぎを石焼きします。たまねぎの火が通ってきたら、カルビを入れて石焼きします。物凄く美味しくてたまりませんでした。たんご飯とテールスープが出て来ます。これも日によって違うようです。デザートで締めます。あまりにも美味しくて、最近よく行っています。ここには何と、メジャーリーガーのイチロー選手もオフの時に立ち寄られます。美味しいしヘルシーだし。店に置いているビールがイチロー選手がCMしている「一番搾り」なのは偶然なのでしょうか?
2012年08月13日
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ある休みの日に、大阪ミナミの千日前にある、洋食屋「重亭」さんに伺った。大阪の洋食屋さんは、それぞれ個性やこだわりがあるし、昔ながらの洋食の味が食べられたりする。今回の「重亭」さんは中々行くチャンスが無く、初めての訪問です。店の前には、順番を待つ行列があり、店の人気振りをうかがわせます。大きなオムライス。ボリューム満点だし、味わいも良い。現代の味ではないが、古臭く無い。懐かしい味わいのオムライス。ハンバーグステーキ。かなりの頻度で皆さん注文されます。肉汁豊富でありながら、胃にもたれない。旨味が多いハンバーグが人気です。更に、ポークカツも注文。洋食屋ってのは、昔わたしが子供の頃は繁華街のデパートに親と買い物に来て、折角の外出だから美味しいモノを食べて帰ろうなんて言うのが、ハイカラな時代でした。だから大阪のミナミにはそういう洋食屋さんが多い。この日は用事を済ませた後、大阪府南部の泉佐野市にある、お好み焼屋さんに行った。泉佐野市は関西空港がある場所である。お店の名前は「薩摩富士」さん。昔、この近くに住んでおりよく伺った。このお店は、自分でお好み焼を焼かせてくれる。最近はお客に手を出させない店が多くなった。勿論プロフェッショナルが美味しく焼いてくれるのが最高なのだが、上手に焼く技術が無い店もある。先日も夫婦で大阪ならば、誰もが知っているお好み焼屋のチェーン店に行ったのだが、超下手くそ。あまりの不味さに店員を呼び付け散々説教をした。「こんな不味いお好み焼を食べた事ないわ。こんなんでお金をとるなんて、どんな神経をしてるねん。同じチェーン店でもこんな不味いもの出せへんで。」と説教が延々。「お代金は結構です。」と言われたが、「こんなもんでイチャモン付けたと思われたら腹立つわ。ちゃんと金は払うけど、二度と来るか!本部にも文句言ってやるわ。」と怒鳴り散らし。店中のお客さんが注目していた。大阪人は粉モノ文化と共に育って来た。たこ焼きもお好み焼も、上手に作って当たり前。お客に触らせへんのやったら、ちゃんとせえ!と思う。それだけに、「薩摩富士」さんは頼めば焼いてくれるが、自分で焼く方が旨い。大阪人なら当たり前だが、作る工程を写真に収めた。家によって少し、しきたりは違うので、若干の差があるのはご容赦を。今回は「豚玉」と「すじこん」を注文。どちらもモダン焼きにします。モダン焼きとは、焼きそばが入る事ですわ。まずは具の豚を鉄板で焼きます。その横で、すじこんの「すじ」と「こんにゃく」を焼きます。すじこん自体は煮て完成品であるので、そんなに火を通しません。これと同時にボウルの中のキャベツや小麦粉、卵を混ぜ、焼いてる豚肉は好みによって一口大にコテで切り、鉄板からあげておきます。豚肉をどけたら、そばを鉄板の空いたスペースで焼きます。塩と胡椒で味付けして、最後に少なめにソースを絡めます。焼いたそばを横によけて、混ぜたお好み焼の生地を鉄板に広げます。この時に生地を全て使いません。少し残しておきます。丸く成型したらその上に焼いた豚肉やすじこん、他に好きなトッピング(今回はキムチやチーズ)などをのせ、その上に先ほど焼いたそばを載せます。更にその上に、さきほど残しておいた生地を載せます。じっくり我慢して下が焼けたら、ひっくり返します。この時点でそばの面は下にあります。カリカリが好きな方は、よく焼きます。そばのしっとり感が欲しい方は、そこそこでひっくり返すのです。最後にひっくり返す前に、ウチは生卵を鉄板に落とし、コテで少し黄味を潰し、その上にそばの面のお好みを卵に接する様に置き、軽い力で、コテをお好み焼の上に乗せ、少し回転させて卵と馴染ませます。そして最後の返しをして、そばの面が上に来る様にして、そばが焦げない様にし、ソース・マヨネーズ・青のり・鰹節を載せて完成。これは大阪人なら皆さん出来る筈ですし、出来へん人は修行ですわ。住民票も大阪から変更してもらわなあきまへんなぁ。厚みのあるのが好きな方や、薄いのが好きな方、それぞれですわ。厚みがあっても大阪の人は、上手に火を通して美味しく作ります。
2012年08月13日
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学生時代の後輩が、夫婦で大阪まで遊びに来てくれた。しかしながら、この出来事は、またもや5月のGWの事。早く書き込まなきゃとずっと思っていたのに、忙しさにかまけてさぼっていた。最近は政治的な事を書かずに、食べ物や旅行の事を多く書く様にしているのだが、食べ物でも折角旬な食べ物を頂いて、ブログにアップしようと、写真まで撮っているのに、これも書き込んでいない。きっと旬とは関係の無い時期に、書き込む事になるのだろう。色々美味しい店はあれど、折角後輩夫婦が大阪まで来てくれるので、出来るだけ後で話のネタになれば、いいなと考える。だってただご近所さんや友達に「美味しかったわ」と話しても中々感動は伝わらない。「こんな店だった。」「すっごい場所に店があった。」「見た事ない食材だった。」なんてシチュエーションが話に絡めば後々いい思い出として話しやすいかなと。と言っても、そんなお店もあまり知らないし。自分的に気に入ってても他人にとってそうでも無い事は多い。そこで選んだのは島田紳助さんのお店で「京風鉄板・はせ川」。芸能界は辞められたけど、話題にはなると思うし、料理の味はシェフが素晴らしいので、とても美味しい。後輩でもあるが、私にとっては親友(マブダチ)の様なものだ。宿泊先のホテルまで迎えに行く。ホテルが「キタ」。食事は「ミナミ」だったので、大阪の雰囲気を知ってもらうために、駅前の繁華街を歩き、混み合っている地下鉄を使い、ザワザワ感を味わってもらう。店内に入って席に着き、注文と記念写真。いつも人物の写真を載せる時に目をいじるのだが、楽しみながらも、もっと良い方法が無いかななんて思ったりする。目の前にコース料理に使われるロブスターが水槽から出されて、ご紹介。ハサミを縛られて、今から調理されちゃうのですね。コースの初めに、はまぐりを炭火で焼かれたものと、タンシチューが出て来ました。お酒で乾杯をして頂きます。とってもすご腕の伊藤シェフ。料理も素晴らしいが、店の隅々まで意識を行き渡せる所も凄い。ウチと他の客の料理をしながら、双方のお客の話題も耳に入れ、急に振られても対応されるし、他のスタッフの動きや、厨房の方も気を巡らせる。私はいつも思う。こんなお店に来たら、何にも考えずにバカみたいに食べて呑んでするだけでなく、お店の心配りも味の内として感じたい。私自身商売をしていても思う。「俺は客だぞ。」って言う方にだからなんやねん。って思ってしまう。お互いの気持ちが咬みあってこそ、良いサービスが提供されて、お客様側も利益を得るのだと思う。相手の気持ちを読むというのは、日本人特有であると聞いた事がある。「察する」というのは、日本人と中東のほんの一部の民族だけが使いこなせて、他の国の方々は、「察する」の内容は理解できるが日常に使われる事は無いと聞いた。だから日本の外交は上手くいかないのであろう。領土問題でも相手の気持ちを察するのではなく、実力行使で動いているのが、国際的に一般だ。飛騨牛のステーキ。ロース肉で、卵を絡めたすき焼き。そのすき焼きの食べ終わった卵で作る、たまご焼き。ご飯ものでは、お茶漬けを選択。私はへしこの茶漬けを選んだ。ガーリックライスもお願いする事が出来る。最後に濃厚ソフトクリームを追加しました。私の胃袋も満足満足。この後は、キタに戻り、ヒルトンのスカイラウンジや、シェリー酒が飲めるバーに連れて行ったりしました。大阪を楽しむ事が出来たのでしょうか?不安と疑問です。もっとディープな大阪も今度は案内したいなと考える私です。親友よ、遊びに来てくれてありがとう。
2012年08月13日
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まだ5月の出来事を書き込むのかって感じであるが、ブログは過去の出来事の記録場としても使えているので、書き込んでおく。よく、あの旅行はいつ行ったかなぁとか、あれはいつ食べたかなぁなんていう時に、見返したりしているもので。沖縄旅行で、存分に沖縄の料理を食べたので、大阪に帰って来て大阪の食べ物が恋しくなり、大阪と言えばやはり粉もの。日本一長い商店街として、よくテレビでも紹介される天神橋筋商店街。その南端にあるお好み焼屋さんの「甚六」さん。昔ながらの大阪らしいお好み焼が味わえる。お好み焼が出来るまでの間に、焼きそばを楽しむ。ここの焼きそばは卵でくるんでくれる。やはり、お好み焼の基本は豚玉。ここのは、私が子供の頃に食べていた味と同じ、昔ながらの懐かしい味。最近、こんな味のお好み焼が減って来ました。お好み焼屋のニューフェイスは、新しい味わいを作り出す思いが強い。それはそれでいいのですが、古き良き味というのは大切にしなけりゃいけないと思います。
2012年07月16日
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7月になっても5月のGWの事を書くとは、自分でも如何なものかと思いつつ。沖縄最終日の朝は土砂降りでした。流石に梅雨の時期だし仕方がないなと思いながら、のんびりとホテルで朝食を頂きます。ビュッフェスタイルなのですが、沖縄ならではのメニューや、ホテルオリジナルの食材があったりと、中々楽しい。ホテルオリジナルの紅イモバターやパイナップルバターは宜しかったです。窓の外はすさまじい雨。晴れていたら前日行けなかった斎場御嶽に行こうかと思っていましたが、ちょっと出る気持ちにはなれない程のスッゴイ雨でした。午前中はチェックアウトまでゆっくりして、車で出発。その頃には雨は止んでいました。周辺の市街地をドライブした後、DFSギャラリア沖縄に行きました。これといった欲しいブランド品は無く、昼食をとる事に。特別なレストランではなく、地元の方が食べる様な普通の沖縄の食事を食べてみたいなぁなんて思う。別にあてがあった訳では無く、街を夫婦でブラブラ歩いてみた。自分の地元でご飯を食べる際、観光客が来なさそうでありながら、お客さんがよく入ってる店を想像してみる。そんな時に目に入って来た、お客さんが沢山入っている店を見かけた。地元のパチンコ店に併設されている食堂。パチンコ店のお客は勿論、近所の会社員やタクシードライバーが多く入っている。不味い店にそんな方々が多くは来ないはず。他に店だって多いんだし。沖縄ならではの一つ、タコライス。ふ~ちゃんぷるに沖縄そば。確かに毎日食べても飽きない味付けでした。やっぱりこうゆう所が、地元の味ってやつですかね。空港に行って、お土産を購入。完熟マンゴーゼリーや、タコライスのHOTソースなどを購入します。中でも目を引いたのは復刻版のオリオンビール。ちょっとアルコール度数が現在のよりも低めで、懐かしい味わいでした。今回、見たかったのに見られなかったのが、カンムリワシともう一つ。沖縄の県花の「デイゴ」。深い紅色の花が咲く南国の雰囲気たっぷりの花なのですが、2005年から花が咲かなくなる現象が起こっている。これはデイゴヒメコバチという虫が寄生した為である。デイゴがどんどん枯れ始めて、大変な問題になっていた。そんな時に2008年の秋に行われた種子取祭に来島されたある方が、祭りの重要な御嶽である世持御嶽のデイゴの巨木が枯れかかっているのを見て、「このまま枯れていくのをただ見ているんですか?デイゴの害虫を駆除する薬剤もできているそうですよ。」と言われ、皆さんが立ち上がったそうです。その努力の甲斐があって2011年にはデイゴの花が咲いたそうです。沖縄の有名な曲に「島唄」がありますよね。山梨県出身の宮沢さんが作ったTHE BOOMの曲で、アルゼンチンのワールドカップ公式曲にもなっていましたよね。私も好きな曲だったのですが、あまり深い意味を考えずに聴いていました。島唄でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来たでいごが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来たくり返す悲しみは 島を渡る風のようウージの森であなたと出会いウージの下で千代にさよなら島唄よ 風に乗り島とともに 海を渡れ島唄よ 風に乗り届けておくれ 私の涙宮沢さんが「島唄」の曲を作ったのは20年前。敗戦後の日本の復興の背景に、20万人という死者を出した沖縄戦の犠牲があった事を聞き、ガマと呼ばれる防空壕を歩き、土の中に眠る魂を風に乗せて解き放してあげたいと思い、鎮魂の思いを込めて平和を祈る歌を作ったとか。でいごの花がよく咲く年は、嵐、台風が多いという言い伝えを聞いて、読谷の浜から敵兵という嵐が上陸するシーンが浮かび、冒頭の歌詞が生まれたそう。中国、薩摩、日本、アメリカと繰り返し搾取されてきた歴史、サトウキビ畑の下のガマで手榴弾を持ち、どうして別れなければいけないのかと向き合う2人。男女の悲哀の様な歌ですが、そんな思いを込めて歌詞を作られたそうです。この曲を聴くと、南米の日系人の方々が、ふるさとを思い出すとか。そんなデイゴの花を今度は見たいです。飛行機で無事に大阪に帰ってきて、楽しい旅行も終わりました。GWの出来事を7月に書き込む事になるとは、この時思いもしませんでした。知らない所に行けたり、パワースポットも行けたり、楽しい旅行になったのも奥さんに感謝感謝です。
2012年07月03日
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久高島から戻り、斎場御嶽にも立ち寄りたかったのですが、営業時間に間に合わず入る事が出来ませんでした。またのチャンスに。国道を那覇市内に向かってのんびり走ります。よく沖縄出身の芸能人の名前に見る地名だったり、地元の町内放送で、子供に帰宅を呼びかけるなど、土地ならではの事を見たり聞いたりして楽しみます。市内に戻ってホテルにチェックインし、一休み。部屋のベットに横たわりながら夕飯のお店を探します。ネットでホテル近所の口コミで人気の店をピックアップ。やはり折角なので沖縄料理がいいかなぁと思って口コミトップの店に電話をします。「今なら空いてますよ。」と言う返事をもらい、予約のつもりだったが、そのまま店に行ってみる事に。しかし、店の前に着いたら、店内にお客は1人もおらず、薄暗くて本当は違うのだろうけれど、かなり怪しい店に見えてしまう雰囲気。折角の楽しい旅行で、わざわざ怪しい店に行くのも如何なものかと予定を変更し、次の日のランチに行こうかと考えていた店に変えました。去年も来ましたが、「ジャッキーステーキハウス」。お気に入りだった「ピザハウス」が閉店した為、現在のお気に入りのこの店は、いつも大盛況。お客が待っていない時を見た事が無いぐらい。芸能人のサイン色紙も数え切れないほどある。店内はいつも満員。これが夜中1時まで続く。人気店って凄い。先ほどの店に行かなくて良かったと心から思う。ジャッキーステーキハウスは、古くから地元客に親しまれているお店。何と言っても米軍お墨付きの「Aサイン」がある店。米軍統治時代に軍人や軍属が出入りしても良い飲食店が、掲げていた許可証。衛生面など厳しい基準をパスしないと、この許可証は発行されない。まずはオリオンビールとステーキに付いてくるサラダとスープ。250gのテンダーロインステーキ。これに沖縄では殆どのステーキハウスに置いてある定番ソース「A1ソース」をかけて頂きます。酸味が効いたソースが肉の旨味を引き立てます。
2012年06月28日
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ヤグルガーを後にして、先を急ぎます。沖縄七御嶽の一つで、沖縄の中でも最高の霊地である、クボー御嶽に訪れます。旧来から男子禁制の聖地。女性だけが入る事が許される聖地でしたが、最近は島の人以外や、メディア関係の心無い人たちが、勝手に入り、モラルを心得ず、荒らして帰ったりするので、現在は何人たりとも立ち入り禁止です。昔から様々な祭祀が行われている場所。昔は島の方が亡くなると、土葬だったそうで、ちゃんとした儀式で執り行われたりしていたのに、あるテレビ局がその棺を勝手に開けて、そのまま放置して帰ったりしたらしく、以前から私はメディアは最低だと、ブログで言って来ましたが、この話を聞いて、更にその思いは強くなりました。番組の視聴率の為なら、何でもする最低な人種である事を。ここが現在、外から見える一番奥の景色。この右奥に広場があるらしい。この画像を見て、結界がはられているのを気付ける方は相当な力の方ですね。この前に立っていると、力を感じます。ちょっと怖いくらい。クボー御嶽を後にします。道沿いに、果実が並べられていました。近くの木には、真っ赤な実もなっていました。その先にはロマンスロードと呼ばれる場所があります。写真では判りづらいですが、ここの景色はとても綺麗です。沖縄本島では中々見る事が出来ないほどの、エメラルドとブルーのグラデーションが最高です。久高島の最北にある、カベール岬へと続く道です。人工の建物が一切無い。ここがカベール岬です。琉球神話でアマミキヨが最初に降り立ったと言われる場所です。そう思って来た道を振り返ります。琉球神話のアマミキヨが降り立ち、最初に見た景色がこれなのかな?と思ったりしてみます。島の北側半分は神の住むエリアとして、島の人は住まないし、夜もこの辺りに立ち入らない聖地。人工の物は無い。神話の方と同じ景色を見ている事にちょっと感動。(正確にはこの景色はアマミキヨが作り上げた景色)カベール岬を後にして、時間も残り少なくなり、必死で自転車をこぎます。途中イシキ浜に立ち寄ります。ここは五穀が入った壺が流れてきて、ここから久高島や沖縄本島へと穀物が広まったとされる伝説の場所で、ニラーハラーの神、東リ大主の御嶽で、神に拝みを捧げる場所とされています。琉球国由来記にも出てくる有名な場所です。この時点でフェリーの最終便出航まで15分を切っており、自転車でラストスパートします。自転車を借りた「さばに」さんに到着し、女店主にまた来るねと挨拶を済ませ、フェリー乗り場に向かい、何とか間に合いました。フェリーと言っても、車4台乗れば、もう満車になる様な大きさの船です。本島の安座真港に戻って来て、帰り際に久高島の写真を撮りました。
2012年06月24日
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6月も後半になりつつあるのに、5月のGWの出来事を書き込むのは、如何なものかと思いつつも、毎日の忙しさにかまけて、書き込めない現実。パソコンの前に座っても、スイッチを入れる行為をしている時には睡魔に襲われ、立ち上がる頃には眠ってしまっている毎日。午前3時頃から、明け方までは毎日する事があるので、結局睡眠時間は3時間半位になってしまう。う~ん、何かいい方法は無いモノだろうか。 石垣島の軽井沢倶楽部での朝食を済ませ、チェックアウトの準備をする。荷物をまとめながら、ホテルのアンケートに答える為に色々書き込みます。チェックアウトを済ませ、予約をしておいたタクシーに乗り込み、石垣空港へ向かいます。タクシーの運転手さんに、カンムリワシを見れなかった事を話すと、「結構見れるんだけどねぇ」と答えが返ってくる。カンムリワシを探した場所を順追って説明すると、「結構イイところをついてるんだけどねぇ」だって。まだ今は会う事が出来ないと神様が言っているのかもね。 石垣空港を飛び立ち、沖縄那覇空港へ向かいます。眼下に宮古島を眺めながらあっという間に那覇空港へ。空港へ到着後、レンタカーを借りて出発。この日は、斎場御嶽(せーふぁうたき)に行く予定をしていました。沖縄の超パワースポットで、琉球創世の神・アマミキヨが創ったとされ、かつて琉球国王も参拝した由緒ある聖地でもあります。王国最高位の神女である、聞得大君が王国全土の安泰を祈願した場所であります。 御嶽とは、古くから祖霊を嵩信する沖縄の人々の信仰のよりどころで、神が宿るとされる聖地の事で、各地に点在しています。社はなく、多くは岩や木などの自然物。これは琉球に限らず、本土の神社でも同じで、奈良県の大神大社(三輪神社)なども同じですよね。 それを見に行きたいと思っていましたが、梅雨時期にも関わらずこの日は雨が降っていない。次の日は久高島に行くつもりでしたが、次の日は雨かもしれない。ならば今晴れているので、予定を変更してこの日に久高島に行く事にしました。 久高島には、フェリーか高速船で渡ります。その為に、安座真港に向かいました。フェリー、高速船合わせて1日6便。港に到着したのは、午後3時頃。残る船は安座真港発が午後4時。久高島発の最終便は午後5時発。 船のチケットを購入し、待合所や近所をブラブラします。 壁に描かれた絵が綺麗。 出航時間が来ましたので、高速船に乗船します。久高島まで15分の船旅。外洋なので結構揺れます。久高島に到着します。 島を回る為には、レンタルサイクルが必要。島に上陸し、真っ先に自転車を借りる為に「さばに」さんに向かいました。普段は売店と食堂のお店で、自転車も貸してくれる。女性店主は気さくな方で、「こんな時間から島を回るなんて遅刻なんじゃない?」なんて笑いながら送り出してくれました。 沖縄本島南部の知念の東。海に浮かぶ全長3~4キロの細長くて平坦な島。人口は約280~290人。ここを人は神の島と呼びます。天帝の命を受け、国建ての神、アマミキヨが島作りをしたと、沖縄の歴史書である中山世鑑に書かれています。アマミキヨはまだ島になっていない少し波間に顔を出した場所に降り立ち、天から持ってきた棒を立て、天帝に頼んで天から土、石、草、木を降ろしてもらい、それで久高島を作ったとの事です。そして沖縄に9ヵ所聖地を作ったと言われています。その内、7ヵ所が聖地として残っており、久高島もその中の一つですし、先ほどの斎場御嶽も同じ聖地です。色々回りたいのですが、時間が無いので、自転車を必死でこぎます。途中、島の方々とすれ違うので、あいさつすると、皆さんこんにちわと返してくれます。イザイガーと呼ばれる男子禁制の神聖な場所通過します。そしてヤグルガーと呼ばれる場所に行きました。沖縄の離島では、水の確保が大変です。久高島には何か所か井戸があるようです。この下にも井戸があり、五穀神話にもこの下の井戸が出てくるので、古くから枯れない井戸なんですね。それにしても他の場所もそうですが、このヤグルガーの景色は素晴らしい。
2012年06月19日
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ホタルを見た後は、バンナ森林公園内の展望台に行って、石垣市の夜景を見たりした後、街に降りる事に。ホタルガイドをしてくれた、タクシーのガイドさんに離島フェリーターミナルに向かってもらう様にお願いする。夕食を摂るためだ。市街地に入る所で、運転手さんの携帯電話が鳴った。「かみさんからの電話で、娘と飲み始めているから早く帰っておいでさって電話ですわ。ははははっ(笑)」だって。本来なら勤務中なのだが、これが沖縄のイイところなのでしょうかねぇ。うちなーな雰囲気であまり腹も立たない自分が居ました。離島フェリーターミナルの近所に到着し、タクシーを降りて向かうは「ゆうな」さん。地元沖縄料理が美味しくて、石垣島に来るたびに訪れる店です。まずは生オリオンビールと泡盛を注文。カラカラに入れて氷と水を一緒に用意してくれました。水割りにして分量を増やさないと、どんどん飲んでしまうので、水割りにしますが、薄いので結局ガンガン飲んでしまいます。やはり外せないのは八重山そば。沖縄そばやソーキソバよりも、私は八重山そばの方が好きです。コーレーグースとピパーチを入れて、より八重山そばらしく頂きます。はじめはコーレーグースが苦手だったのですが、今は入れないと食べた気がしません。海鮮サラダも地元の魚が意外に旨いし、沖縄ならではの海ぶどうもトッピング。海ぶどうも注文しますが、これだけは、現地で食べないと美味しくありません。鮮度に絶対的に差が出てしまう食べ物。本土で沖縄料理専門店で食べても、これだけは現地で食べないと駄目ですね。写真の様にプリプリで透明感がある様な新鮮なモノに出会えませんもんね。もずくとアーサーの天麩羅も最高。ふーちゃんぷるも麩に味が染み込んで美味しい。八重山の麩はとっても長いんですよ。ゴーヤチャンプルもソーメンチャンプルも美味しいですが、ふーちゃんぷるが旨いです。沖縄と言えばあぐーの豚。その豚のカツが美味しい。じゅーしーご飯も最高です。何を食べても美味しい「ゆうな」のお店。夫婦で気に入っています。次の日は、石垣島を離れて沖縄本島に向かいます。
2012年06月02日
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島1周のドライブを終えて、自宅用の泡盛を購入しに行きました。石垣市真栄里にある「稲福の泡盛市場」さんに行きました。昔は泡盛と焼酎が飲めなかった私ですが、ここ数年で泡盛が飲める様になってきました。色んな泡盛を飲んだり、珈琲泡盛を飲んだりして楽しんできました、ここ稲福さんは県内48酒造所の揃っているお店なのですが、沖縄本島ではなく、八重山諸島のがしっかり揃っています。こちらが片意地張らず、正直に泡盛初心者なのですが、色々美味しい泡盛を飲んでいるうちに古酒の泡盛は更に美味しいと聞いて買いに来ましたと話すと、年配の女性店員さんが、丁寧に色々教えてくださいました。それぞれ泡盛には個性があるので、色んな種類のものを試飲させて下さいました。3年以上貯蔵した泡盛は古酒(クース)と呼ばれます。クースの魅力は何と言っても芳醇でまろやかな味にあります。3年、5年、10年古酒と色々ありますが、貯蔵年数が長ければ長いほど、まろやかさや味わいが増して、ハクがついていくそうです。昔は100年以上寝かせた古酒が、あちこちにあったそうですが、太平洋戦争の際に、米軍の艦砲射撃と空爆で、多くの貯蔵庫が破壊されて、ほとんど残っていないそうです。泡盛も20年物になると、無色透明が山吹色に色が付いたりします。そして泡盛特有のクセのある匂いも抜けます。アルコール度はきついのに、口当たりがまろやかになるのです。一番こだわったのは請福酒造の「一九七四」。38年前に造られた泡盛。請福酒造さんにある、一般に出回る泡盛の中で、一番古い最後のカメ出し。通常ではもう手に入らないので、奮発して購入しました。泡盛はブランデーなどと同じで、長期に貯蔵する事で熟成するのですが、泡盛は添加物を一切使わずに、黒麹菌だけを使用するので、瓶詰めの状態でも熟成が続きます。それだけに、2004年に造られた泡盛「太陽(ていだ)」。販売が7年古酒という事なので、2011年発売なのですが、もう一人のお若い女性定員さんが上記の理由で少しでも熟成した物をと、奥から出してきてくれた。これは表示と違い、実際は10年物なんだそうです。有り難いのですが、そこまでして頂けた理由をお聞きすると、その方が「泡盛の試飲の飲みっぷりと解説が、他の人と違い良かったから。」との事。綺麗なお姉さんに感謝です。フランスから輸入した樫樽で熟成した「八重泉」や、与那国産米で造られた「与那国」も購入しました。大満足です。去年と同じく街中のスーパーにも、足を運んでみます。地元ならではの商品を見に行くのも、楽しみの一つです。さすが、沖縄ならではの商品を見つけました。メーカーさんによってパッケージは違うのですが、黒糖です。離島別に販売されていました。確かに島によって味が違います。波照間島と与那国島の黒糖を購入しました。島の人は黒糖と泡盛で楽しむんですよね。ホテルに戻り、一休みしてから予約をしてあったホタル観賞に出掛けました。地元のタクシー運転手がガイドをしてくれるツアーが、ホテルで申し込めるのですが、先ほど行った泡盛市場の、女性スタッフの方々も絶賛されていました。タクシーに乗り込む時は、まだ明るかったのですが、運転手さん曰く、これぐらいが丁度いいとか。バンナ森林公園に入る頃は、日も暮れて薄暗くなっていました。奥の方に車で入って行き、駐車場に到着。懐中電灯を一人1つ持たされて、公園の中に入って行きます。電燈も無いし、真っ暗になりつつあるので、懐中電灯を点けます。他にもホタルを見に来ている方が結構いました。公園の遊歩道の一番奥手まで来た頃は真っ暗。そんな中で僅かな発光体が現れます。森の中をかよわい光で飛んでいたり、葉に居たり。これがヤエヤマホタルだそうです。あちらこちらとポワンとした光を放ち始めるホタル。遊歩道の淵から森の奥の方まで、どんどん光り始めます。運転手さんの解説で陽が落ちて暗くなった午後7時過ぎ位から、不思議と一斉に光りだすそうです。飛んでいる光はオスの方で、葉に止まっている光はメスだそうです。オスはメスの光に誘われて接触し、その時に交尾を済ませ、その交尾が終了するとオスは役目を終えて死んでしまうそうです。メスは産卵をしたら、役目を終えて死んでしまうそうです。一斉にひかりますが、本当に弱々しく、光っていられるのは40分程度だそうで、その間にメスと交尾できなくても、オスは力尽きて死んでしまうとか。親に教えられる事もなく、DNAの情報通り生まれて行動して、あっという間に終わってしまう生涯。あまりにはかな過ぎます。遊歩道から外れて森に踏み込むと、ハブが居るそうなので、遊歩道に佇んでホタルの生涯を観察しました。
2012年05月29日
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建設中の新石垣空港を後にして、東方向へ。カンムリワシを探しながら車を運転しますが、中々見つかりません。国道を走っていても、たまに見かけるそうだが、出会えなさそうだったので、脇道に入ってみます。舗装されておらず、砂利道を進みます。道はどんどん細くなり、人が住んでると思えない草むらの中に、急に小さな家があったり、牛を飼っている家だったり、採掘場だったり。観光客が来なさそうな場所で、偶然出て来られた地元の方にジロリと睨まれます。そんな場所を恐々抜けて行きます。鳥の巣がありそうな木を見つけますが、カンムリワシはおらず。人が全く居ない場所なので、何かあっても怖いので、来た道を戻り国道へ。パワースポットの一つでもある、玉取崎展望台に立ち寄ったりもした。近くの山には色んな伝説がある。中には遠く波照間島に居る愛する男性に会えない悲しさから山になってしまった少女の伝説があったりする。天候も晴れてきて、田舎の畑の景色の向こうに見える海も綺麗である。カンムリワシは見つからないが、カラスの数は圧倒的に多い。カンムリワシとカラスでは1対1ならカンムリワシがはるかに強い。しかしカラスは賢い。餌を狙うのに、カラスは数羽集まってカンムリワシに数で対抗して追っ払う。ヒキガエルなども餌になる。しかしヒキガエルは背中に毒を持つ。その事を知っているカンムリワシはヒキガエルをひっくり返してお腹の方から食べる。賢いカラスはそんなカンムリワシの行動を見て学び、数羽でカンムリワシを追い払って、カエルをひっくり返して食べたりする。賢いカラスはハブも食べる。ハブのしっぽを掴んで、空高く舞い上がり、上空からハブを落とす。地面に叩き付けられたハブをカラスは再び掴んで空に上がり、地面に落とす。これを繰り返して死んだハブをカラスは食べる。本当にカラスは賢い。天敵も居ないし、数が増える訳だ。私はこんな景色が好きだ。一本道に建物などが無い景色に畑と電柱。そして海と空。普段目にする事が無い景色なので、イイと思ってしまうのでしょうかね?石垣島最北端の平久保崎に到着。灯台を含めた景色は、とても素晴らしい。空や海の色が良ければ、気軽にデジカメのシャッターを切るだけで、こんなに綺麗な写真が撮影できるなんて、石垣島ってホントに素晴らしい場所です。この後、島の北側を海沿いに走ったり、全く人が居ない山の中を走ったり、底原ダムの辺りも走りましたが、カンムリワシは見つかりませんでした。まだ出会えない暗示なのでしょうかね?干潮時の川に降りてみると、去年も見た小さなカニが穴から出たり入ったりしていた。マングローブの傍には色んな生き物がいて、すごいです。
2012年05月24日
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前日の夕食に、アルコール60度の泡盛を頂き、いい気分で夜を過ごしました。大きなベットが2部屋に4つもあり、そのベットも大の字になってもまだ余る大きさ。寝心地も良かったです。ホテルの朝食はバイキングスタイル。朝食・和食自由に頂けます。洋食タイプです。一部しか写していませんが、ゴーヤなどの地元の食材も多かったです。シェフに頼めば、フレンチトーストやオムレツをその場で作ってくれます。よくあるスタイルですが、やはり目の前で作って頂けるのは美味しさが伝わりますね。和食タイプです。ジーマミ豆腐や八重山そばなども揃っていて、地元食材を楽しめます。食後はヨーグルトにパッションジャムやマンゴージャムを乗せてヘルシーに。食後にお出かけしました。お目当ては日本最西端にある神社の御朱印を頂きたくて。桃林寺というのですが、1609年に薩摩藩が琉球を侵攻。その支配下に置かれた石垣島で薩摩藩による検地で寺院が無い事を指摘され、1614年に石垣島地方で最初に建てられた寺院。隣に権現堂も建てられたが、こちらは1771年の石垣島を襲った明和の大津波で倒壊してしまったらしい。隣なのに僅かな違いで、桃林寺は災難を免れたのですね。お寺に行くと、中国人と思われる観光客が騒がしく来ておられました。若い女性観光客は境内で何故かセクシーポーズを決めて、数人で写真を撮りあい。国民性の違いなのでしょうか?中国人旅行者が日本を観光する際、沖縄で最低1泊以上をツアーに組み込むと、取得ビザの期間が長期間のものを手に入れられる特区システム。だから中国人観光客を沖縄で多く見るのですね。さて、本来の目的の御朱印ですが、社務所に行っても誰も居ない。どんなに大声で呼んでみても、「火事だ!」なんて叫んでみても反応が無い。ネットの書き込みでも、人が居る事がほとんど無く中々御朱印を貰えないと書いてあったので、この日もそうなのであろう。日本最西端の御朱印は残念ながらでした。ホテルに戻って昼食を頂きます。カレーを予約注文していたのですが、圧力鍋で煮込まれた石垣牛の厚みがある牛肉は、びっくりするほどのトロトロの柔らかさ。カレーの旨さも良かったです。再び車でホテルを出ます。島を一周するドライブは毎年の事。のんびりした景色はいつも通りなのですが、日頃のすさんだ心が洗われる気分です。ゆっくり走りながら、今回は国の特別天然記念物で石垣市の市鳥でもあるカンムリワシを探します。地元の方の意見を参考に、よく出現しそうなエリアを調べ、また電柱に居るのを見かけるとも聞いていたので注意します。のんびり田舎道を走りますが、オオクイナ・ムラサキサギ・キンバトを見かけても、さすがにカンムリワシは居ません。カラスは嫌と言うほど見るのですけどね。途中、建設中の新石垣空港の所に通りかかります。去年はまだ切り開いただけの状況でしたが、今年は滑走路にアスファルトがひいてあり、管制塔も出来ていました。この空港が出来ても、当分は不便だろうなぁ。まだ近所に何もないし、一番不便なのは離島フェリーターミナルが遠い事。今の空港ならば、フェリーターミナルが近いので、最終便がぎりぎりな時、タクシーの運転手が電話して、出航を待ってくれたりする。でも空港が遠いと、何分待てばいいのか、予定がたたないもんね。空港の滑走路が長いと、大きな飛行機が降りれるし、いい部分もあるのでしょうがね。
2012年05月22日
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GWの旅行記を書き込んでいる途中ですが、天体ショーがあったので、一応ぶっこみで。直接目で見たり、カメラで撮影してはいけませんと聞いていたので、日食レンズで見るだけにしていたのに、やや曇り空だったので、カメラで撮影できるのではと思い、シャッターを切ってみた。中々見れないものなので、一応記念に。職場でお客さんに見せたら、皆さんオーバーに絶賛してくれました。
2012年05月22日
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石垣牛の「金城」さんを出る。昼間、石垣島の繁華街に居ても、ほとんど人が居ない。都会育ちの私には、この光景に違和感があって仕方がない。自分の地元の繁華街に同じ時間に居れば、人で溢れている。営業の人、運搬の人、遊んでいる人、休憩中の人、観光客など様々な人で溢れてる。でも、ここは通行人ですら少ない。夜は結構人が行きかうのにね。場所が悪いのかな?イオンなどの大型ショッピングセンターに行くと、結構人がいる。旅先でのスーパーマーケットはホント面白い。自分の地元では見ない食材も多いし、日本テレビの「ケンミンショー」で放送されていた、シーチキンの箱買いの件も、確かに箱で売っていたし、皆さん箱で買って行ってた。黒糖も普通に産地別で売ってるし、見て回っているだけで楽しい。この日、行きたかったのは、去年購入した石垣島の絵葉書の場所に行ってみたかった。石垣島はとても綺麗で、川平湾などはミシュラン・グリーンガイドで3つ星に選ばれる程、素晴らしい美しさである事は間違いない。川平湾に限らず、島の何処に行っても素晴らしい場所が多い。そんな素晴らしい景色を集めた石垣島の絵葉書を去年購入したのだが、その内の1枚があまりに綺麗なので、その場所を見たいし、写真に収めたいと思ったのである。それが下記の画像である。写真はプロのカメラマンが撮影するので、技術的にも凄いのであろう。そんな写真に遠く及ばないのは当然としても、こんな素晴らしい景色を写真に収めたい。この写真は旅行会社の石垣島ツアーのパンフレットにも使用されている程である。この絵葉書の場所を調べると、川平湾の更に奥にある、底地ビーチである事が判った。宿泊先のホテルの従業員さんに聞いて、道順も教えてもらい、ビーチの直前は舗装されていない細い道であるなんて情報までも教えて頂いた。車でその底地ビーチに向かってみた。とても綺麗で広い白砂のビーチで、晴れて海の色が綺麗なら、とても素晴らしい景色だと思えるビーチである。しかし、絵葉書の様な浮桟橋が見当たらない。それらしい場所を見当つけて移動してみた。そして浮桟橋を発見。雰囲気は間違いないのだが、どうカメラを構えても絵葉書と同じ景色にはならない。しかし浮桟橋の形や板の枚数、遠くの対岸の山の数も同じである。色々条件を付き合してみて、ここで間違い無い筈である。かなり違うが、シャッターを切る。プロのカメラマンは、機材が違うのは勿論だが、色々シチュエーションを工夫するのかな?ボートは移動するとして、対岸の陸の景色や遠近感は、どうやってあんな絵葉書にするのだろう?この後、川平湾を散策した。黒真珠の養殖でも有名だが、全国で8か所しかない、国指定名勝地に川平湾は選ばれている。近くの川平ファームにも立ち寄る。沖縄県特別賞を受賞した、パッション果汁100%のジュースは、本土のテレビでも紹介され、サプリメントとしても人気。ジュースも好きだが、私はジャムも好きで、パンにもヨーグルトにも相性抜群である。ちなみにパッションフルーツは高血圧予防、マンゴーは美肌・整腸作用、パイナップルは消化促進、ドラゴンフルーツは美白効果、グァバは糖尿病、シークワーサーは血糖値抑制、パパイヤは胃もたれ、ゴーヤは食欲不振などに効く。他に沖縄特産で黒糖は老化防止、モズクは動脈硬化予防、アーサーは便秘。よもぎは解熱などにも効果的と言われている。ホテルに帰って、夕飯時にレストランに向かう。この日は、ホテルのフランス料理のコースを頂く事に。今までホテルでの食事はGWのスペシャルな期間限定な食事しか楽しまず、他は市街地に食事に出て行っていた。以前から軽井沢倶楽部ホテル石垣島のフランス料理は気になっていたが、今回、初めて予約を入れてみた。まずは前菜。『タマン(はえふえふき鯛)の三つの味わい』。マリネはマスタードソースの辛味が心地よい。クロケットはシークァサー風味のヴェルジジュソースで、フランはエンサイと共に頂く。一緒に泡盛で八重泉の「樫樽貯蔵」を頂く。43度の泡盛をフランス製の樫樽で熟成させており、口に含むとブランデーの様なまろやかさと芳醇さが楽しめます。奥さんはシークァサー・インペリアルと呼ばれる、シークァサーをジンジャエールで割るジュース。次に続くは温前菜。『石垣島プーレ・ノワール(黒鶏)とフォアグラのカイエット グリーンアスパラガスのソテーを添えて』。真っ黒な鶏ともアヒルともとれない鶏肉を豚の脂網で包んでおり、中にはフォアグラが入っている。この鶏の濃厚さがくせになりそう。スープは『石垣島で獲れたクブシミ(甲烏賊)と海ブドウの入った冷製トマトスープ ガーリッククルトン添え』涼しげなガラスの器にさっぱりした酸味の利いたトマトスープは旨い。しかし海ブドウは、もっと鮮度のいいのがあると思うのですがって印象ですが、この海ブドウが悪い訳ではありません。ここで奥さんはマンゴーとオレンジをブレンドしたマンゴーディライトなる飲み物を追加。私は日本最西端の与那国島が生んだ泡盛「花酒・与那国」を追加します。よく冷やした花酒を華やかな琉球グラスにロックで頂きます。アルコール60度のこの泡盛は濃潤な香りと、トロリとした舌触りを楽しめる。チェイサーを用意してくれるが、私はこのままを楽しむ。ウェイトレスの方が、メニューのアルコール全般を紹介してくれるのだが、ワインなども充実しているレストランだが私の泡盛の要求に、真摯に応えてくれる。彼女曰く「私はお酒好きですから。」のコメントに、「本土で飲む泡盛と、味わいが違うし、離島それぞれの泡盛に個性があるのは、硬水の影響もあるからですかね?」と振ってみた。躊躇なく彼女は「沖縄の人は、最初ロックやストレートで泡盛を飲み始めて、自分の酔いに合わせて水で割っていくんです。その水が本土の軟水と違い、島の硬水の方が泡盛には合うんでしょうかね」と切り返してくれた。私は「さすが!酒好き。」と彼女を絶賛した。更に「泡盛は昔は日本の在来米を使っていましたけど、昭和の初め頃から、硬質米であるタイ米を使い、黒麹を使って製菌・熟成した麹を仕込みガメで水・酵母を加えて発酵させて、蒸留するのですけど、この水も硬水なのと、島によって水の味わいが少しずつ違うのも、影響してると思います。」と続けた。素晴らしい。ちゃんと判って飲んでいる所が素晴らしい。こんな人とお酒を飲むと、絶対楽しい。魚料理は『白ワインで蒸したアカジンミーバイ(スジアラ)と島産車海老&ズッキーニのルロー アーサーのソース添え』肉料理は『石垣産和牛フィレ肉のシャルルマーニュ風と仔羊ロース肉のロティ、さつま芋のパナード、大谷渡のベニエ、長茄子のパルメザンチーズ焼き添え』地物で有名な大谷渡は沖縄ならではの葉物ですし、仔羊はさすがの旨さ。ちなみに石垣島は松阪牛や神戸牛の仔牛の産地として有名ですし、石垣牛は八重山郡内で生産・育成された登記書及び生産履歴証明書を有し、生後おおむね20ヶ月以上肥育管理された黒毛和種の去勢及び雌牛の事を言います。出荷期間は去勢で24~55ヶ月、雌牛で24~40ヶ月と指定。品質表示は特選がAまたはBの5等級、4等級。銘産でAまたはBの3等級、2等級と格付けされて石垣牛のラベルを発行される。最後にデザートは『パッションフルーツのバヌケとライチシャーベット』でした。とても良いひと時でした。
2012年05月17日
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相変わらず、中々パソコンの前に座れない毎日です。仕事を終えて、家に帰り、ソファに座るとウトウトしてしまう。本ぷくを得られる為のお参りは、欠かさずするので、それが済んだらもう外が明るい。パソコンの前に座って受信メールを見るのが精一杯。でも精一杯と自分に線を引いてしまうのは、甘えでしかない。自分にとってやるべき事をやった上で、更に必要な事を課す。ブログで旅の思い出を書き込んで、奥さんと楽しむのも必要な事のひとつかもね。今年のGWは、3年連続石垣島と沖縄本島の旅。行く所が同じでも、色々楽しみを膨らませられる我が夫婦。同じ道の同じドライブでも、そのドライブを深く深く追及して楽しみを見いだす。それは何処へ旅行に行っても、同じ楽しみ方をしているので、同じ場所であっても前回よりも楽しんでいる。それは景色を単にマクロからミクロに見ているだけでなく、時間の流れや、風の匂いや感触であったりもする。石垣島へ行くにあたって、ルートはいくつもあるが、今年は去年と同じ関西空港から石垣島への直行便を利用した。朝早いので、家からでは公共交通機関の始発では間に合わない為に、タクシーを予約して間に合いそうな駅まで行き、そこから電車で関西空港まで向かった。大阪市内から空港までの沿線は、以前住んでいたエリアなので、懐かしい景色もあれば、変わった景色も楽しめる。電車の車窓からは以前の職場も目にする事ができた。関西空港に到着し、チェックインを済ませ、早々に保安ゲートを潜ってしまう。中に入って、搭乗する飛行機を眺めながら、売店でうどんやそばを頂いた。関西空港を飛び立つ時は、晴れの天気だったが、天気予報では沖縄は梅雨入り。雨は覚悟の旅である。機内では寝たり、本を読んだり。飛行機が高度を下げ始めて石垣島が近づいてきた時は、窓の外は凄い雨模様であった。飛行機の窓は勿論開かないが、開閉機能があってもとても開ける気分にはならない程の雨だった。滑走路に着陸し、逆噴射で強い制動力を感じた後は、乗降口からタラップを降りて、石垣空港へ降り立った。この時にはほぼ雨はあがっており、迎えに来たレンタカー会社の車に乗って、営業所に到着する頃には、ほぼ雨はあがっていた。さあ、簡単な手続きを済ませて出発だと思ったが、レンタカー会社の方と車チェックをする事になった。まあこれもいつも通り簡単なチェックだと思いきや、物凄く細かいチェックを職員の方が始めた。こんな事が始まると、私の変人の虫が騒ぎだす。そこまでするんなら、トコトンやったるわ。って感じで、様々な角度から車をチェックする。車体面の全てにおいて各方向から見て、僅かな窪みや歪みは勿論の事、時間をかけて、塗装からWAXの取り残しと思われる物も指摘し、ドアの淵から車体の淵を目視と指の触感でキズから泥の付着も指摘するのは当たり前。タイヤハウスの内貼りも緩みも指摘し、さあ次は内装をチェック始めるぞと言った時点で、向こうから「すいませんでした。」と頭を下げてきた。しかし「いやいや、こんなに細かいチェックをさせられたのは初めてなので、徹底的にやりましょう。そちらが始めた事ですからね。」と強引にチェックを始めるが、「本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げて頂いたので、勘弁してあげる事に。中には悪い客も居るのでしょうから、レンタカー会社の気持ちも判るんですけどね。まずはレンタカー会社を後にして、宿泊予定の軽井沢倶楽部石垣島へ向かい、チェックインの手続きを済ませます。ホテル側も複数回利用している事はチェック済み。前回は利用アンケートに、ホテルを褒めながらも細かくネチネチと改善点を物凄い量で書いたので、何かコメントがあるかなと思ったが、何も無かった。島の観光について色々質問した後は、昼食を食べに、繁華街へと向かった。伺ったのは石垣牛の「金城」さん。旅先で旨い物を食べる為の情報集めは、やはり地元の方に聞くのが一番。そこで去年に宿泊した軽井沢倶楽部石垣島のスタッフの方に、「よそから友達が来た時に、連れて行くならどの店に行かれますか?」と尋ねて、教えてくれた店。去年は日程的に行けなかったので、今年はぜひ行きたいと思っていました。まずは地ビールを注文。石垣島ビールは口当たりがよく、とても飲みやすいビールでした。「金城」さんで旨いと評判の一品である、石垣牛のハンバーグを頂く。確かに旨い。コロッケも美味しいと評判。これも驚きの旨さ。たかがコロッケと侮れない。メインを石垣牛のステーキにしようか、焼肉にしようか悩んで、店員さんに相談。こんな時は、何でも素直に聞くのが一番。色々聞いてみて、特選焼肉を注文。これも旨かった。ホテルの方が薦められるのも納得の旨さでした。
2012年05月15日
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先日の爆弾低気圧の日、ちょっとした仕事を済ませて、大阪市内の谷町6丁目近所の蕎麦屋に昼ご飯を食べに行った。「文目堂」大阪市中央区安堂寺町2-2-2606-7504-526011:30~2:305:30~8:30定休日(水曜日)昭和初期に建造された3階建の古い家屋を生かして、蕎麦屋を営んでおられる店主。蕎麦は玄蕎麦を使用した粗挽きと、丸抜きを使う細切りの2種類。僕は粗挽きで辛味大根おろしそば。粗挽きは外一(そといち)。そば粉が10で小麦粉を1のつなぎを加え、力強い風味が良いです。奥さんは細切りで、つなぎなしの10割そば。喉越しはとっても良いです。産地を決める事は無く、毎日使う分だけを製粉し、粉の状態で水加減を調整。生地の仕上がり具合で細さも変えるとか。店主は東京の老舗蕎麦屋で食べた蕎麦に感動し、大阪でも江戸前の蕎麦が食べられる様に考えたとか。外観の写真を拡大すると、窓の中にある人物が本当は写っています。店の中に入るまで気が付かなかったのですが、店内に入ると元世界チャンピオンの井岡さんが、奥さんと子供連れで来店されていました。ご本人は覚えておられないと思うが、私は20年前に仕事上で井岡さんと出会っている。こちらが店内に入った時に、井岡さんが私に目を止めたのは、記憶のどこかに見覚えがあったのを感じられたのかもしれません。元世界チャンピオンの傍で、蕎麦を食べるのもおつなものです。
2012年04月13日
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春の月日が来ても、ずっと寒い日が続いていましたが、4月も何日か経ってやっと暖かい日が訪れる様になりました。少しだけ良い事があったので、奥さんと仕事終わりに焼き鳥に行きました。新大阪の隣の駅の傍に、現在お気に入りの焼き鳥屋があります。「園」さんです。以前にも書き込んだ焼き鳥屋さんです。現在の所、一番美味しいので気に入っています。ここの焼き鳥屋さんが薦めているシェリー酒ですが、酒屋さんに買いに行くと、中々売っていないものなんですよね。それでも見つけて購入し、自宅で楽しんでいる私です。シェリー酒にも色々タイプがあって迷ってしまいます。この日、いつもなら日本酒でスタートする私ですが、シェリー酒で始めました。口当たりの良い、フィノ・モンティリヤードを頂きました。もう最高に旨いっす。色んな焼き鳥を頂きました。画像は前回と同じなので省略しますが、物凄く旨い。私が認めている行きつけの焼き鳥屋は、とても数が少ないのです。鶏肉の裏事情も含めて、おそらく一般の方々はビックリされる事が多いのではないかと思っているのですが、そんな諸事情を踏まえても、「園」さんの焼き鳥は旨い。オーストラリア産のラム肉の炭火焼を頂きます。これもたまりません。このラム肉を頂く時には、すでにシェリー酒は飲み干し、紹興酒を頂いておりました。程よい肉汁とはいえ、ジューシーな油ものにも、紹興酒は料理の味を引き立てます。しかしながら、紹興酒はさっさと飲み干し、次は大好きな日本酒を頂きました。今回は「淡緑」という山廃純米原酒。日本酒はあらゆる料理に合うと私は思っています。最後の〆は鶏丼と鳥スープ。まずは鳥丼を頂きます。焼き鳥とご飯とタレが絶妙です。少し頂いた所で、鳥スープをかけて頂きます。鳥雑炊というメニューはあるのですが、甘辛いタレがかかっている所に、スープをかけて食べると旨味が増して美味しいんです。満腹になり、店を出てJR東海道線沿いにある、桜並木を見ます。ライトアップされていて夜桜の花見に最高。今年は桜の花の色づきが薄い様に感じるのは、私だけでしょうか?
2012年04月10日
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ここんところ、気に入って毎月訪れている魚料理の店があります。以前にも書き込んだ大阪の三国にある「松果」さん。和食の店や、魚料理を多く出す日本料理店や居酒屋さんは沢山ありますが、中々美味しいお店には当たりません。地方出身者で実家が漁港の近所などに住んでおられた知り合いを食事にお連れする時は、いつも悩みのタネでした。美味しい魚料理を知っている人は、「大阪での魚料理は諦めているから」なんてよく言われてしまいます。そんな中でもここ「松果」さんは安定して美味しい店と思っています。赤なまこは、子供の頃は中々美味しいとは思えなかったし、手が出ませんでした。今では自ら食べてしまうほど美味しい。きずしもお酒を飲む様になってから、食べるようになりました。子供の頃は背の青い魚は正直苦手だったです。今ではお寿司屋さんでも喜んで食べていますが、年齢と共に味覚が変わるのでしょうね。この写真を撮った時は1月末でした。新潟産の美味しいカニ刺しを頂いたのですが、華がさいて、甘みもあり、たまりません。今回嬉しかったのは、この寒ブリの御造り。旬の寒ブリが美味しかったのは当然なのですが、山葵じゃなくて、辛味大根だったのが嬉しい。山葵代わりに辛味大根はお蕎麦でも中々いけるんです。蕎麦の香りを楽しめながら引き立てる。非常に素晴らしい。魚料理で煮付は外せない一品。半身の金目鯛を原型が無くなるまで、食べつくします。勿論、タイのタイにもお目にかかります。カニは色んな食べ方がありますが、焼きはとても贅沢な食べ方。鍋に入れて雑炊も良いのですが、焼く事で甘みと香ばしさを堪能できます。刺身も三杯酢も茹でも天麩羅もいいのですけどね。炭火で焼いて、煙で燻され、焼きは最高です。これも新潟産のカニでした。個人的にはすっぽん鍋は、京都のが一番だと思っていますが、「松果」さんのも美味しいです。この日の〆はあなご飯。ふっくらしたあなごと、ご飯の相性がばっちり。先日はひつまぶしを頂きました。色んなアイデアをお持ちの店主に感謝感謝。
2012年03月18日
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2月の末のある朝、のんびりくつろいでいたが、朝の情報番組をテレビで見ていて、ご進物に良さそうな物が出ていたので、ちょこっとドライブに夫婦で出掛けました。吹田インターから、名神高速に乗って、一路東へ向かいます。京都南インターで高速を降りて、北方向へ向かいます。ちょこちょこと道を曲がって目指すは西京区の桂離宮の向かいにある、中村軒さん。御菓子司 中村軒京都市西京区桂浅原町61電話075-381-2650店の裏手にある駐車場に車を止めて、案内通りに細い路地を進みます。路地を抜けて表通りに出た所にお店の正面があります。明治時代初期に初代中村由松さんが、この土地に「饅頭屋」を始めたのが最初です。中村軒さんの一番の有名なお品は「かつら饅頭」で、天皇皇后両陛下に献上されたりもする、商品が有名なのですが、他にも「きんつば」や「よもぎだんご」「花見だんご」「麦代餅」なども人気商品です。それらも自宅様に購入させて頂きましたが、今回の目的は「うなぎ茶漬け」と呼ばれるうなぎの山椒煮です。ある御婦人にバレンタインデーで頂き物をしましたので、そのホワイトデーお返しを何にするか、考えていました。始めはご婦人が焼き物がお好きなので、備前焼でも用意しようかと思っていたのですが、中村軒さんのうなぎ茶漬けを見て、これだと思い、購入しに来ました。しかしながら、味を確認しなければ、舌のこえたご婦人に失礼があってはいけないので、店内でうなぎ茶漬けを頂く事にしました。店内に飾られている雛人形を拝見したり、天皇陛下からの招待状が飾られていたので拝見したりして、時間を過ごしました。そして運ばれて来た「うなぎ茶漬け」。お茶をかけて早速頂きます。山椒がよく効き、舌が少し痺れる感じ。うなぎに煮込んだ味が十分染み込んでおり、熱いお茶で、まるで花が咲くかのように、口の中で広がります。お茶も美味しくないとこの味は出せませんね。茶菓子を美味しく頂く為のお茶でもあるので、間違い無しですね。甘酒も頂きました。私は甘酒が得意な方ではないのですが、中村軒さんの甘酒は美味しく頂く事が出来ました。よもぎだんごも頂いたのですが、よもぎの香りも広がりますが、餡である粒あんが素晴らしい美味しさです。中村軒さんの粒あんは、北海道産の小豆を使用し、昔ながらのおくどさん(かまど)で上木(くぬぎの割木)を燃やして、じっくり炊き上げていきます。火を止めても、すぐには温度が下がらず、おくどさんのレンガや土、銅製の釜が抱いている余熱が一味違う、奥の深い味わいを作り出しているそうです。ご婦人への御進物用に、うなぎ茶漬けを購入し、お店を後にします。このまま京都南インターへ戻り、名神高速を東へ向かいます。途中草津SAに立ち寄った後、新名神を駆け抜け、東名阪自動車道に入ります。名古屋方面に向かっていたのですが、途中の蟹江インターで高速を降りて、一般道を一宮方面に走ります。「天吉」愛知県一宮市栄町1丁目電話0586-72-6521定休日 日曜日もう何十年営業されておられるのか、判らない位、古くから営業されている天麩羅屋さん。私が通う様になったのが25年前。それが現在の2代目の大将なので、先代の店主から入れれば50年はやっておられるのではないだろうか?何度か店内を少し改装されているのだが、小料理屋っぽい雰囲気が私は好きだ。初めての方にはちょっと入りにくいかもしれない。私はここの天麩羅以外は、基本的に食べない。それぐらい惚れてます。味も旨いがサービスも好き。色々勉強になります。この日は車で行ったので、お酒が飲めなかったのもあり、最初からご飯を頂きます。最初に出して頂いた、海老の天麩羅までは写真に撮りましたが、それ以降は食べるので一生懸命で、写真を撮れませんでした。夫婦で「美味しいねぇ」という言葉しか出ない。余計な言葉を話す必要が無い。黙々と天麩羅を食べます。おまかせなので、次々と出されます。鱚やサヨリ、ふきのとう、烏賊、しいたけ、白魚、三つ葉、かき揚げなど旬な食材も堪能します。最近は食が細くなっていたのに、あまりの旨さに食が進みます。おまかせを一通り食べた後も追加をお願いしました。追加もおまかせをすると、牡蠣、空豆、帆立を揚げて頂きました。夫婦で食べながら、結婚前の恋愛時代にも来た事を思い出します。当時の事が走馬灯の様に頭の中を流れて、思わず涙が溢れ出てしまいました。当時の自分を思い出します。自分と言う人間も、少なからず変化がありました。若い頃は、当時はしっかりしているつもりでも、今から思えば未熟で甘々でしたね。今でもダメな部分がある。直さなきゃと思いますが、自分に甘いですね。美味しい天麩羅をたらふく頂き、大満足。支払を済ませます。いつもながら驚きの安さ。お店を後にして帰路につきます。一宮から岐阜羽島の方面を走ります。県道18号線を走ると、木曽川の手間でいつもお客さんで満員の焼肉屋がある。「焼肉一式・すすき屋」さんと言うのだが、20年以上前から店の前を通るたびに満員の店しか見た事が無い。夕方の4時半にはお客さんでいっぱい。凄い店があるもんだと、いつも思っていたが、今でも凄い。
2012年03月05日
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先月、私にとって、とても大切な人の1人が旅立った。そして1か月が経った。私が現在の仕事を始めた際の、大切な恩人でもある。心から信頼できる親友である。正直、その親友と出会わなければ、現在の私は無いかもしれない。アルバイトで入った会社に親友は居た。しかし、仕事の初日に出会った訳ではない。初日にその親友は、仕事をズル休みして、B’Zのコンサートに行っていた。特に意識をした訳では無いが、不慣れな私を色々助けてくれた。音楽の事で意気投合し、ロックやハードロックで話が盛り上がった。J-POPでも趣味が合い、カラオケにもよく一緒に行った。車の話も趣味が合い、私が当時乗っていたR32・GT-Rで色んな所にもドライブに行ったし、スキーも行った。会社の忘年会でも、朝まで一緒に飲み明かした。仕事では、どれだけ助けてもらった事か、感謝感謝と言う言葉では表し切れない。色んなピンチを救ってくれたし、職場で笑いが絶える事は無かった。自分が大好きな横浜に中華料理を食べに、連れて行った事も、沖縄旅行もイイ思い出である。話題にネタが尽きる事は無く、何時間でも話し続けられた。親友の結婚を心から祝福した。人に決して話せない悩みも、互いに心から相談できた唯一の相手だった。そんな親友が旅立たなければならないきっかけは、5~6年前からだった。その日は突然やって来た。誰かが悪い訳では無い。命は神様に任せるしか無い。それでも、順調に事は良い方向に向かっていた筈だった。お互い励まし合ってメールで連絡を取り合い、お互いの誕生日も祝い、「また一緒に飲みに行こう。一緒に働こう。」と言っていた。1年半前くらいに、突然悪い方向に動き出した。それでも大丈夫、大丈夫と応援した。良い方向に動ける様に、自分の出来る範囲の事を失礼が無い様に行った。時にはパワースポットの写真を贈ったり、良い方向に動ける様に呪文の話までした。久しぶりに再会する事も出来た。親友の笑顔にホッとする反面、その様子に旅立ちを予感させる一面も感じた。無理を押して私の為に、曲を用意してCDを作ってくれた。親友に逢えたのは、それが結局最後だった。苦しかっただろう。痛かっただろう。それでも笑顔を絶やさず、歯をくいしばっただろう。人間の無力を、嫌と言うほど痛感する。丁度1か月前、親友は旅立った。ご家族から連絡を頂いた。ずっと見守り続けていたご家族の心の痛みは、言葉などでは表現できない。でも親友の頑張り続けた日々が終わり、心からねぎらう気持ちでいっぱいであろう。「よく頑張ったね。」そんな声が聞こえて来そうであった。私はご家族と多くを語る言葉を見つける事が出来なかった。でもご家族から「今まで、いっぱい励まして頂いていたのは、聞いておりました。今まで本当にありがとうございました。」そう言われて私の胸の中は一杯になりました。その夜、親友からもらったCDを聞きました。何度も聞きました。親友には、家族に対して色んな心残りがあっただろう。私はいつも人に言っている。「人生は1度っきり。再演無しの生涯本番。」いつ何があろうとも、後悔しない様に、一瞬一瞬を精一杯、全力でいかなきゃいけないと。次の瞬間、何が起こるか判らない。散ってしまうかもしれない。後で、もう少し頑張ればとか、あの時ああしておけば、何て思わなくて良い様に。親友よ。さらば。
2012年02月24日
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もう2月も後半になりますが、最近体力が無い為ですが、仕事を終えて一日が終わりパソコンの前に座るにまで至りません。節分にお参りに行ったのに、ブログに書き込むのがこんなに遅くなるなんてねぇ。以前は睡眠時間なんて無くても大丈夫だったのに。2月2日に天気予報を見て、富士山を見たいなぁと思い、3日に山梨県にまで行きました。辺りは一面雪景色でしたが、富士山は綺麗でした。山梨の方々は、こんなに素晴らしい富士山を毎日見れるのですね。羨ましい。ふらふら気ままに移動しながら、大阪に帰って、夜は大阪市内の南の方に位置するあびこ観音に出向きました。その昔、あびこ観音には聖徳太子が来られたそうな。小さな観音さんではあるが、節分のこの時期、三日間は近所の市営路線バスもお祭りの為に走る事が出来ない。それぐらい人気で、近隣の駐車場は満車状態ですし、夜店も多く出店し、賑わっている祭りです。護摩木に願い事を伝えて書き込んでもらい、お祓いをして頂きます。横でほら貝をブォ~と吹いてもらいながら、「臨兵闘者皆陳烈在前」と唱えて頂く。今年も無病息災、家内安全、願い事が叶うといいなぁ。夜店でお酒を飲んだり、色んな食べ物を頂きました。それだけでは足りなかったので、天神橋筋界隈に行き、お好み焼を頂きました。広島焼もしくは広島風お好み焼きと大阪では呼ばれる、お好み焼「厳島」さん。カウンターとテーブル席があるこじんまりしたお店。昔は箕面にあった、元阪神タイガースの掛布さんが経営していた、広島風お好み焼きを気に入って食べに行っていましたが、閉店してしまい、最近はこの「厳島」さんに行っています。店内のカウンター席には「幸運の椅子」と呼ばれる椅子があります。幸運度はわかりません。お好み焼の前に、ホルモン焼きそばを頂きます。以前、広島出身の芸能人が「男は黙って肉玉ぞばのせだ!」なんてテレビで言っていました。それに従っている訳ではありませんが、確かにそれが美味しくて、コストパフォーマンス的にも丁度良いと思い、いつも注文しています。広島の方は広島風お好み焼きと呼ばれるのが嫌と聞いています。これがお好み焼であり、関西の方が関西風と名乗れば良いとか。まあ美味しければ、私にとって呼び名は何でも良いのですが、とりあえずお好み焼を頂きましたと言っておきます。
2012年02月20日
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2012年を迎え、自分自身の身の回りに、色んなイベントがある。家族と出掛けたり、ショッピングや食事も大きなイベントだし、友人や恩人との食事や新年会も大切なイベントである。大切な仲間の内の一つで、大学時代のバスケ部OB会の新年会を企画した。OB会と言っても、全員ではあまりにも大人数なので、一番身近かで心通じ合うメンバーだけで集まって新年会を開催した。去年もそのメンバーで温泉&信州そば旅行を行い、とても楽しい思い出を作らせてもらった。自分的には去年の温泉旅行は、企画を練りに練った旅行で、絶対成功したかった企画である。心通じ合う、コアなメンバーだっただけに、あまりに旅行が楽しかったので、旅行後に普段の生活に戻った時に、反動が大きく、気持ちが平常心に中々戻らなかった。今回の、新年会も折角みんなが集まるので、楽しい企画にしたい。今回、自分の中で重きを置いたのは食事。普段は中々行かないけど、ちょっと美味しい所に食べに行こうと考えました。新年会前日は、行きつけの居酒屋で大好きな日本酒と鍋を堪能し、新年会当日は、奥さんに新大阪駅まで送ってもらいました。新幹線に乗り込み、一路名古屋へ向かいます。新幹線に乗車して、定刻通り列車は発車しました。朝食を食べながらビールを飲んでいるとバスケ部後輩からメールが届きました。スケジュールはあらかじめ、全員に通達していましたが、時間に余裕があるので、のんびりした行動の私とは逆に、後輩はしっかり集合時間前に、名古屋駅に到着していました。メールで名古屋からの切符の手配などを伝えて、のんびり新幹線の旅を満喫しました。名古屋駅に到着し、集合場所に行く前に、名古屋駅コンコースのお土産売り場に行き、ミセスハートの天使のババロアを購入し、集合場所へ向かいました。既に全員集合しており、新年会場所に向かうべく、近鉄名古屋駅に向かいます。特急鳥羽行きのチケットを後輩に配ってもらい、ホームに入ります。気の合う後輩と、とりあえず日本酒ワンカップを購入し昼間からの飲酒を楽しみます。列車に乗り込み、発車するやいなや、先ほど購入したババロアを全員に配りました。名古屋の人間は1人しか居なかったので、帰りに家族へのお土産に如何という紹介を込めて、皆さんに配って食べて頂きました。近鉄特急は予想を超えて、ほぼ満席状態。店を予約していただけに、もし決めた列車に乗れなかったらと危惧していましたが、予定通り事が進んで良かったです。去年企画した温泉旅行に参加出来なかった先輩も、今回は参加して頂けたので、旅行の出来事を含めて近況報告をしたり、電車の中も結構ワイワイ賑やかにさせて頂きました。目的地の松阪駅に到着し、徒歩でお店に向かいます。列車の中は鳥羽か伊勢に行かれる乗客でいっぱいでしたが、松阪駅に降りる客は少なく、駅前商店街を歩いても、人はまばらでした。さっきまで人で溢れかえっていた名古屋駅とのギャップに、地方の現実を見ます。今回、新年会の会場に選んだお店は、松阪牛で有名な「和田金」さんです。「牛銀本店」さんも有名ですが、皇族の方も来店される御用達の和田金さんをチョイスしました。以前も食べに来ましたが、今回は予約をしていたので、個室を擁して頂きました。それでもお昼時の時間は、既に予約でいっぱいだったので、店の人気はさすがの様です。部屋に案内され、丸いテーブルの周りに座ります。中央には炭が静かに燃えています。五徳の上にすき焼き鍋を置き、準備して頂いている間にみんなで乾杯!地酒が胃に染み込んでいる間に、仲居さんの準備が進んでいき、お肉が焼かれていきます。卵を溶いた皿の中に、程よく調理された肉が入れられます。一気に全員の分は焼けないので、早速みなさんよりもお先に頂きます。旨いなぁ~。ネギや豆腐なども順次焼いて頂き、再度2枚目のお肉を焼いて頂きます。それまでの旨味が鍋に出ていますし、仲居さんの1枚目と2枚目の味付けの具合も、変化させてあり旨い。ご飯の上には、皿に残った卵や旨味の残りをかけて頂くと、もう最高です。たっぷりお酒も頂いて、無事1次会を終えます。敷居が高そうなイメージですし、中々この様な店にメンバーも行く事が無いと思い、話のネタにもなるので、チョイスした和田金さん。社会勉強みたいなものです。店を後にして、松阪駅まで戻ります。名古屋に戻りたいのですが、伊勢方面からの乗客が多くて、特急は完売状態。仕方なく、急行で名古屋まで戻ります。名古屋駅で横浜から駆け付けてくれたメンバーが合流し、2次会を開きました。駅のそばの居酒屋で宴会スタート。心の通じ合うメンバーとの語らいは、楽しくていつも時間が短く感じる。体育会系であるので、上下関係はきちんとあるが、変な力関係や、男女の差別は無く、みんなが横並びの関係で話せる雰囲気を大切にしているつもりである。先輩が後輩を抑え込む様な事はしないし、マネージャーも大切な仲間なのだから、変なOB会の様にお酌をさせたりはしない。言いたい事は言い、意見が合わなければ熱く語り合い、困った事があれば遠慮無く相談できる関係を続けたい。それぞれが違う業種を営んでいるが、仕事や経営の相談を出来る関係でいたい。遊びや色恋、子供の相談や、世の中の事の相談だってイイ。そこに行けば、いつもの笑顔に逢える。そんな場所であるたいと思っている。1日、楽しく過ごせて、メンバーに感謝感謝。
2012年02月07日
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食事を終わらせ、ホテル内を散策。去年も正月にニューグランドへ食事に来ましたので、催し物を知っていました。2階のフロアには紅白幕が施され、餅つき会場がセッティングされていました。ニューグランドは、歴史あるホテルだけに、よく見ると色んな事が発見できます。2階に上がる階段には、イタリアンタイルが施されていますし、エレベーター上部には綴れ織り「天女奏楽之図」が掲げられ、ロビーの高い部分にある、半円のレリーフはインドの神々にも見えるインド古代芸術カーマストラの「釈迦誕生」で、あまりの美しさに進駐軍に接収される事を恐れ、石膏で塗り固めて難を逃れたとの事。また写真の紅白幕の前に無造作に置かれている椅子は、元祖横浜家具のキングズチェアーで、この椅子1脚で乗用車が1台買えてしまえるような代物です。桃山調のフェニックスルームの上階には、「勝利の間」と呼ばれる部屋があります。上記の写真の部屋ですが、ダグラス・マッカーサーが何度となく来日した折、使用されたお気に入りの315号室、マッカーサースウィートとも呼ばれます。戦後の日本に、愛機バターン号で厚木飛行場に降り立ち、濃いサングラスにノータイでコーンパイプをくわえる姿は、有名ですよね。その時、側近が「閣下、これからどちらへ」の問いに、マッカーサーは即座に「ホテルニューグランド」と言い、315号室に入りました。簡素な調度品しか無い部屋でしたが、大きな窓から望む港風景がお気に入りで、その景色を見て「ベリーグッド」と側近に話したそうです。マッカーサーは戦前から父親と一緒に、フィリピン大統領のお付き武官としてや、ジーン夫人との新婚旅行にも、ニューグランドを利用していたそうで、大のお気に入りだったようです。1945年当時は終戦直後という事もあって、初日のディナーに供されたものは、スケソウ鱈の干物を牛乳で戻してムニエルにしたものに、生胡瓜の棒切りに酢をかけただけのピクルスもどきしか無く、当然口に合うわけもなく、滞在中は山下公園の兵士の野営から持ち込まれた料理を食べていたと言われています。かつては日本を代表した、お気に入りニューグランドの現状に唖然としたマッカーサーですが、日本の窮状を理解した進駐軍から、空襲で壊滅状態になった横浜市民に大量の物資が届けられる事にもなりました。親日家のマッカーサーによって、色々な配慮もあった事は有名な話です。昔と今の氷川丸とマリンタワーの比較写真です。街の発展は素晴らしいですよね。いつの時代も横浜はお洒落で色気のある街です。時代の変化に合わせて、その形は変わっていきますが、素晴らしい街である事は変わりありません。それはハイカラな最新のショッピングセンターだけでなく、下町の商店街も同じです。やはり、住む人がみんなハマっ子だからなんでしょうね。横浜を後にして、東京駅に行きます。正月であっても東京駅は大混雑。駅弁は勿論、色んなお土産屋さんが空いているので、お気に入りを買いまくりです。大好きな銀座千疋屋のマンゴープリンも購入したし、レストランエリアでは藪そば監修の蕎麦屋さんで食事も出来ました。後は、ゆったりと新幹線で帰路につきます。楽しい旅行が出来るのも、奥さんのおかげです。いつもながら感謝感謝です。
2012年01月28日
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萬珍楼点心舗で食事をした際に、ちょっとしたトラブルがあった。別に文句を言うつもりは無かったのだが、事実確認だけしようと思い、店員にお話をすると、副支配人がすぐにやって来て、丁寧に事情を説明して頂いた。大きい店でお客様も多かったのに、小回りの利く対応をして頂き、とても満足できました。一旦ホテルに戻り、少し眠った後、奥さんと一緒に山下公園に向かった。新年を迎えるカウントダウンと『除夜の汽笛』を聞く為です。誰が声を出し始めたのか不明だが、山下公園に居る多くの人がカウントダウンを始めた。そして0時。横浜港に停泊している船や氷川丸が汽笛を鳴らす。みなとみらいの方は花火があがり、マリンタワーもカラフルにライトアップされる。この日は、NHKの「ゆく年くる年」が山下公園でロケをしていたそうだ。東北の震災に対して、ろうそくの灯りがともされたり、みんなの願いが込められたりんごに模ったランプを公園の木に吊るしたりと、色んな催しが行われていた。中華街では、多くの爆竹があちらこちらで鳴らされ、新年を祝った。2011年は、世の中的にも個人的にも色んな事がありました。この世に別れを告げる可能性もあった。自分の中で思い描いていた、小さな夢も叶える事ができた。楽しい事も辛い事も多い1年だった。良くも悪くも、自分の心をかなりすり減らしたと思う。心の傷を癒してもらえた事もあった。神様や大切な人達に、感謝の気持ちもいっぱいある。何気ない言葉をかけてもらい、言った本人は気付いていないけれど、私自身は感動して涙した事もある。今、自分が存在しているのは、そんな人達のおかげでもある。次の日、ホテルをチェックアウトして、ニューグランドに食事をしに行く。フィレステーキとシーフードドリアを注文。ニューグランド発祥のシーフードドリア(シュリンプドリア)を語るに、絶対必要な人はニューグランド初代料理長であったサリーワイル氏です。関東大震災後、横浜復興のシンボルとして昭和2年に政財界の肝いりで誕生した、ニューグランド。当時、その辺りの瓦礫で埋め立てて造られた山下公園は、日本初の臨海公園でした。昔のニューグランド前の海岸通りや横浜港、山下公園。ベーブ・ルースやチャールズ・チャップリン、イギリス王室や日本の皇室の方々も訪れたニューグランドに招聘された料理長は、当時ヨーロッパ料理界の貴公子と呼ばれたスイス人のサリーワイル氏(当時30歳)でした。長旅の果てに極東の島国である日本にやって来たサリーワイル氏が、心に不安を抱いていた事は想像に難しくありません。しかしワイル氏が着いた横浜は、文明開化の時代から外国資本のホテルが軒を連ね、料理のレベルも非常に高かった事に驚き、母親にホテルでの仕事はやりがいのある場所だと手紙を送ったそうです。その手腕は、色々と発揮されます。サリーワイル氏の出身国がスイスなので、周りをフランス、ドイツ、イタリア、オーストリアといった国に囲まれており、フランス料理にこだわらず、各国の有名な料理を取り入れ、バラエティに富んだメニューが並んだ方が日本人に受け入れられると考えました。それはヨーロッパ料理という感覚で、日本人の心を上手にとらえました。サリーワイル氏の凄い発想は、それまでフランス料理はコース料理だけだった所にアラカルトの導入を図りました。当時は全コースを食べても食べなくても、コース料理の料金を取られていました。それを好きな料理だけを注文出来たり、酒のアテにだけでも利用できるようにしたのです。そしてメニューには英語・フランス語・イタリア語などが混載された独特のメニューでした。これは当時、日本の表玄関だった横浜港に上陸する多くの外国人にとって、一番分かりやすい工夫がなされたメニューでした。またサリーワイル氏は、料理の腕前も勿論一流ですが、柔軟な考え方で日本のフランス料理をも大きく変えました。それはナイフやフォークの順番を間違えてはいけないとか、音を立ててはならないとか、ワイングラスは脚を持たなければならないとか、高笑いをしてはならないなどといった、堅苦しい雰囲気での食事を排除してしまったのです。食事はマナーだ、ルールだなどと難しい事を言わないで、和やかに楽しもうと言ったのです。それまではワイン以外の強い酒はタブーとされていたのを、好きな酒を自由に飲める様にしたり、喫煙もOKとしました。シェフが厨房から出てグリルに出向き、「今日の料理のお味はいかがでいたか?」と声をかける事も、サリーワイル氏が最初に始めました。これは日本人、外国人に関わらず、たちまち評判になりました。昭和5年にはグリルにピアノを入れて、当時では珍しいフィリピンバンドを専属に演奏させ、それがまた評判になり、連日満席で席が取れない日々が続いたと言われています。日本の若い料理人に好奇心や羨望の興味を抱かせ、外国の生の情報が得られ、夢や憧れを具体化できると、全国から修行のために料理人が集まり、サリーワイル氏は日本のホテルレストラン業界に多大な影響を及ぼし、日本の近代フランス料理の父と呼ばれました。そんなサリーワイル氏が来日して、一番最初に始めた事は、当時衛生観念の低い日本の料理人に対し、徹底して衛生面を厳しく教えた事でした。日に3度厨房の床掃除をさせ、その日の終わりには、鍋や調理用具を大きな蒸気釜で1時間煮沸させました。そして大小様々な鍋を先輩後輩関係無く、全員で磨かせました。そしてサリーワイル氏を最も有名にしたのは「シュリンプドリア」でした。日本人の主食であるご飯に小海老のクリーム煮を乗せ、ヨーロッパで流行していたグラタンソースと組み合わせた料理を作り上げました。きっかけは、ある日ホテルに宿泊していた銀行家が体調を崩し、料理長に何か喉の通りの良い物を作って欲しいとリクエストした事でした。サリーワイル氏は即興で、当時20銭で売られていたタンバル、太鼓型の器に盛られたライスの上に小海老のクリーム煮を乗せ、グラタンソースをかけて焼き上げてお出ししたのです。これが大ブレークしたのです。
2012年01月26日
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ニューグランドでの食事を終えて、本日も鎌倉へ向かいます。高校生の頃はバイクで行くのが楽しかったし、大学生以降は車で向かうのも楽しかった。でも当時は体力があったのだろう。今は電車で行くのが、とても楽に感じている。まだまだ若いつもりは、錯覚なのであろう。JRで鎌倉駅に到着し、1日乗車券「のりおくん」を購入し、江ノ電のホームに立ちます。駅の看板も色々あり楽しい。レトロな絵柄の看板もあれば、江ノ電の線路沿いの肉屋さんの看板があったり、他の駅では中々出会えない風景を写真に収めたりもしました。江ノ電に乗り込み、長谷駅で下車しました。個人的に長谷寺は、とても気に入っています。御朱印もとても立派なもので、御朱印帳を素晴らしい印で埋めてくれます。736年に創建された古刹で、上境内にある御本尊の十一面観音菩薩立像は国内最大の木造観音。見晴台の景色は相模湾を臨む、絶好の景勝地でもあります。ベンチに腰かけて景色を眺めますが、上空をトンビが舞ってます。人間の持つ食べ物を狙っているのですが、一気に急降下してくるさまは、ちょっと怖い。鎌倉のシンボルと言っても過言ではない、鎌倉大仏。1252年に大仏の造営が始まったと言われていますが、完成年や造営の目的が不明で謎も多いとか。長谷駅から1駅先に向かいます。江ノ電唯一のトンネルで、入口と出口でトンネルの名前が違う不思議なトンネルを抜けると、極楽寺駅に到着です。昔はドラマ「俺たちの朝」でロケ地になり、勝野洋さんや長谷直美さんなどが出演されていたのを思い出します。現在は「最後から二番目の恋」のロケ地にもなっています。そのドラマを当初見るつもりでは無かったのですが、神奈川好きの私としては、ちょっと興味があり、一度見てしまうと、そのまま見続けてしまうハマりっぷりです。CMなどでも定番の鎌倉高校前駅にも下車し、江の島バックに写真なんかを撮っちゃうミーハーぶりです。湘南も行きたい所がいっぱいで、時間が全然足りません。陽が傾いてきたので、横浜に戻ります。この日の夕食は、「萬珍楼点心舗」に行きました。海老の湯葉巻きあげ、黄君牌紹興酒、カイランのニンニク炒めイカのニンニク香味揚げ、燕とフカヒレのスープ、鮑のオイスターソース煮北京ダックとクラゲの香味炒め、大海老のマヨネーズ絡め、五目蒸し三日月餃子とマーライコーマンゴープリンのココナッツソースかけ、カメゼリーのカプチーノ仕立てどれも美味しく頂きました。食事中ちょっとした問題が発生したのですが、副支配人がすぐに出てきて、対応してくれました。ちゃんとしたお店は、対応も満足です。エビマヨ発祥の「萬珍楼」さんのを食べるのは、いつも満足。カメゼリーは初体験でした。
2012年01月24日
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もう1月も半分を過ぎているのに、書き込んでいるのは去年の大晦日の日の話。さっさと書き終わらねばと思うのだが、そう毎日パソコンの前に座れるほど、時間が無いのもあれば、忙しい状況でもある。しかしながら生きる為に、やる事があるというのは、本当に有り難い事である。こんな当たり前と思えていた過去の自分の愚かさと、それがいかに大変で、当たり前では無い事に、今は気付いている状況に感謝しつつ、自分の生きる価値や意味が、日に日に見えなくなってきている。朝起きて、ホテルの朝食を頂く。その後、ぶらぶらと散歩する。やはり、神奈川に住みたい。高校生だった頃に住んでいた神奈川も良かったが、年を重ねて自分の状況も変わると、また見え方が変わってくる。子供だったあの頃。思い出すなぁ。親に反対されていた、バイクの免許を内緒で取得し、学校で禁止されていたバイクを内緒で購入し、勝手気ままに神奈川県内をバイクで走り回っていたものだ。楽しい思いもすれば、怪我する事もあった。当時住んでいた建物に別の学校の上級生が居て、簡単に言えば夜は暴走族の方々だったが、私には優しくて、兄貴的な感じだった。ある夜、その上級生の走りに連れて行ってもらった事がある。全てが初めての事で、わくわくもあれば、怖い事もあった。今から見ればやはり子供だったなぁ。振り返れば、よくあんな色んな事をしたもんだ。そういえば、あの頃警察で指紋を採取されたが、あの記録は今でも残っているんだろうか?中華街の「慶福楼・新館」さんに昼食を頂きに行きました。福建路にある、本館には以前よく行っていました。昔は福建料理店はここしか無かった。そのうち、「接延」さんが福建料理店としてオープンし、先代で当時中華街の会長さんでもあった方が、スープ炒飯で大人気になった。以前から「接延」さんには行きたいのに、上手くタイミングが合わない。でも慶福楼には行けるのだから、何かご縁があるのだろうか。「福建式あんかけ炒飯」と「ワンタンメン」を頂く。薄く塩味の効いた福建料理はあっさりして食べやすい。冬場は牡蠣料理や上海蟹が旨い事で有名です。本当は初詣に、中華街の関帝廟に行きたいのですが、元日は人が並ぶので、大晦日の日に参拝します。いつもと同じ様に金紙と線香を購入し、順番にお参りしていきます。今までいくつものお言葉を頂き、沢山助けて頂きました。感謝と今後をお伝えして行きます。いつも神様に参拝するばかりで、ちゃんと見ている様で、関帝廟をちゃんと見ていなかった事に気付き、今回は細かい部分まで見る事にしました。関帝廟の門の上や、社殿の上に色々装飾がなされており、真中は地球で左右に龍がいる事は以前から知っていましたが、この龍がガラス細工である事は知りませんでした。また、その龍の下には、色んな人や動物が所狭しと装飾されている事も、今回初めて知りました。写真でズームして撮影し、細かい所まで見て、驚きです。目が良くはないとはいえ、全然気付きませんでした。他にも関帝廟には、色んな事があるのですが、ここには書き込むのが大変なのでやめておきます。やはり関羽様の前に、ひざまづくと緊張し、身が引き締まる思いです。自然と涙が出てしまうのは、何故なのでしょうか?色々とご報告させて頂き、感謝をし、今後の事をお尋ねし、お言葉を頂きました。参拝を終えて、さっき食事をしたばかりですが、早い昼食を頂きに、ホテルニューグランドに行きました。このホテル発祥のナポリタンスパゲティを頂きます。この一世を風靡した料理は、終戦とともに、ホテルニューグランドを接収した進駐軍が、日本人にそれまで馴染みの無かったトマトケチャップを持ち込んで、茹でて塩胡椒で味付けしたパスタに和えて食べていました。当時、トマトケチャップとパスタは軍用食だったそうです。ニューグランドで当時、総料理長であった入江茂忠氏は、トマトケチャップでは味気が無いので、刻んだニンニクに玉ねぎや生トマト、トマトペーストを入れ、オリーブオイルをたっぷりと使ったトマトソースを作りました。ハム、玉ねぎ、ピーマン、マッシュルームを強火で炒め、パスタを加え、トマトソースを和えて、最後にパルメザンチーズとパセリのみじん切りを振り掛けました。中世の頃、イタリアのナポリで、スパゲティはトマトから作られたソースをパスタにかけ、路上の屋台で販売されていた、貧しい人々の料理だったそうです。入江氏はそれをヒントにそのパスタを「スパゲッティナポリタン」と呼ぶ事にし、誕生したのが始まりでした。勿論、イタリアにもアメリカにも、スパゲッティナポリタンという言葉は存在しません。ニューグランドに来たら、必ず頂くアップルパイ・ア・ラ・モードも美味しかったのですが、今回、ショーケースに並ぶケーキで、目を奪われるモノがありました。ホテルニューグランドで、幻の銘菓と呼ばれる「ラム・ボール」があったからです。アメリカのケーキにクラムケーキと呼ばれるものがあります。パウンドケーキやチョコレートケーキ、デコレーションケーキに使われる、スポンジケーキを成型する際、切り落とした端切れを活用したケーキです。その様々な端切れを砕いて、混ぜ合わせ、ラム酒を加えて木枠で押し固めます。数種類のケーキの味が混ざるので、哲学的な味に変わるとか。しかしながら表面の見栄えが悪いので、押し固めたケーキの上に生クリームを絞ったり、リンゴや洋ナシなどのフルーツコンポートのスライスを並べたり、時にはパイ生地を細長く切り、網目に張り付けて、再度焼き上げられたりします。この様なクラムケーキの作り方は、戦後ホテルが接収された際に、進駐軍により持ち込まれた手法でした。そこからニューグランドが独自の手法に変えたのが、ラムボールです。混ぜ合わせられた切り落としに、ラム酒、バタークリーム、シナモン、プラリネを加えゴルフボールよりやや大きめに丸められた形にします。そこにチョコレートをまとわせ、ラム酒の香りを逃がさぬ様に固めます。その上にスミレの花の砂糖漬けをトッピングします。これが女性に人気で、すぐに売り切れてしまうとか。切り落としが無ければ作れませんし、必ず店頭に並ぶものではないので、幻の銘菓と呼ばれる所以でもあるようです。
2012年01月19日
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鶴岡八幡宮でさざれ石を見ましたが、君が代での歌詞ではどんな石なのか全く想像がつきませんでした。説明書きが、そこには表記されており、「石灰石が雨水で溶解され生じた乳状液が小石を凝結して、君が代に詠われている様に、大きくなって岩に成長したものです。この石は昭和三十六年に、岐阜県春日町で小林宗一氏によって発見されて、昭和五十二年に岐阜県の天然記念物に指定されました。この石は発見者の御子息により昭和五十六年に、当八幡宮に奉納されました。」と書かれています。何故、さざれ石が君が代の歌詞に詠われているのかは不明ですし、これ以上の事を今の所、調べようとは何故か思いませんでした。いつもウェザーニュースのカメラで見ている、八幡宮前の交差点に立ち、カメラの場所を探したりしました。若宮大路を歩きます。色んな旅番組を見るたびに、旅人が立ち寄ったり、取り上げられた店が色々並んでいました。ある店の前で、ソーセージを焼きながら呼び込みをしている男性がおられました。オープンスタイルでイスとテーブルが並べられていましたが、お客さんは居ませんでした。寒い中でしたが、何故か気が向いて地ビールとプレーンな太いウインナーを注文し、頂きました。ビールもウインナーも結構美味しくて、購入して帰ろうかと思うぐらい。そんな事を奥さんと話しながら食べていると、次々とお客さんがやって来て、空いているイスとテーブルは全て満席になってしまいました。商売もスポーツも何でもそうだと、普段から思っているのですが、「流れ」というものが物事にはあるのではないでしょうか?スポーツの勝負所や試合の流れがある様に、商売も人の流れや運気の流れや方向性が、あると思っています。誰もいない店に足を踏み入れるのは勇気が必要だったりしますが、超人気店でもなければ、どこだって普通は最初からお客様が溢れている事はありませんよね。流れを引き込むと言う部分では風水の勉強をしていて、色んな店を見てあてはまる事が多いなぁと思ったりします。店主は知ってか知らずか、運の良い店もありますよね。路地に入って小町通りに向かいます。途中、卵焼きで有名な「おざわ」さんの前を通ります。みなさん並んで凄いです。小町通りも人が多く、人の波をかき分けて歩いて行きます。色んなお店が多く、目移りします。上空を見上げると、トンビが飛んでいたり、家の屋根の上に降りていたり。この辺りのトンビは人が持っている食べ物を狙って急降下してくるので注意注意。色々歩き回って、足も疲れてきたので、電車に乗って横浜市に戻ります。夕飯時になり、以前から行ってみたかった華正樓(新館)さんに行きました。広東料理や四川料理などにはよく行くのですが、正統な北京料理店には、中々訪れる機会が今までありませんでしたので、とても楽しみ。冷製三種前菜と紹興酒(女児紅)、青菜と茸の牡蠣ソース煮、酸辣湯。最近は前菜のクラゲも創作料理的に、奇を狙った味付けをする店が増えており、がっかりする事が多くありました。昔よく食べた、オーソドックスな味付けが一番美味しかったと夫婦で話していましたが、華正樓さんのはまさにその味。北京料理は中華料理の正統な料理だけに、期待通りの美味しさです。焼豚も蒸し鶏も美味しい。紹興酒もカメ出しや、何年物だとか、色んなウンチクがあり、色んな物を楽しむのが好きです。青菜と茸の牡蠣ソース煮も酸辣湯も、納得の王道の味。食に関しては好みもあるので、奥さんは、別の店の酸辣湯が一番好きみたいであるが、それでも華正樓さんの味にも納得です。小龍包もレンゲに乗せて端を突くと、スープがどっと溢れ出す。肉の旨味が混ざったスープをすすった後に、小龍包を口の中に運ぶ。やはり本物はこうでなくては。豚の角煮に関しても、以前ブログで書き込んだ様に、正しく作るのには下ごしらえに時間がかかる。でもその手間を惜しむと、旨い物が出来ない。客が来るからと言って時間を節約して中途半端な料理を出されたら、たまったものではありません。しかし客側も勉強不足で、人が旨いと言うから旨いと言わなければ、味音痴と思われると言うのを恐れて、自身の舌で判断する事を恐れたりする。だから大した事が無い店が繁盛したり、ネットの口コミに左右されたりするのだ。どんなに他人の評判が良くても、自分が旨いと思えない所に通えないでしょ。仮に美味しくても、料金が高過ぎたら、これも行けない。全てはバランスだと思います。色々堪能した後、満腹と思いながらも、店の向かいにある「江戸清」さんに立ち寄り、肉まんを購入してしまいました。改良を重ねた大きな肉まん。旨さは健在でした。
2012年01月17日
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鎌倉山のローストビーフの店を後にして、次に向かうは北鎌倉の建長寺です。鶴岡八幡宮辺りでタクシーを降りて、建長寺まで歩く事にしました。長い上り坂だったので、もう少しタクシーに乗れば良かったと後悔。鎌倉5山第1位の名刹である建長寺。正式名称は「巨福山建長興国禅寺」で鎌倉幕府5代執権の北条時頼が開山、1253年に創建しました。谷のある鎌倉の地形を生かし、総門、三門、仏殿、法堂が一直線に並んだ宋風の配置が特徴の中国様式が用いられています。日本初の禅宗寺院として、厳格な規律や作法を定めました。火災などで多くが焼失し、現在の建物のほとんどが江戸時代以降に再建されました。三門をくぐって右手に鐘楼にかかる梵鐘は、物部重光が1255年に鋳造したもので、建長寺創建時から残る数少ないものです。円覚寺、常楽寺と並ぶ鎌倉三名鐘のひとつで、国宝に指定されています。方丈の龍王殿では坐禅が行われる。元々寺院の長老の住居だった方丈ですが、1943年に京都から総門と共に移築されたものです。今回、建長寺に来て、どうしても拝見したかったのが、法堂に描かれている雲龍図です。法堂は1814年に建立されており、大型禅宗様式建築物として、高い評価が認められています。県の文化財に指定もされています。この天井に2002年、鎌倉在住の日本画家、小泉淳作画伯による、「雲龍図」が掲げられています。畳80畳分の大きさで最上の墨と言われる程君房(ていくんぼう)を使用し、麻紙に描かれてます。よく似た絵で、京都の建仁寺には双龍図が描かれています。龍の爪は5本描かれています。本来の龍の爪は5本なのですが、中国では皇帝の顔を「龍顔」。皇帝の正装を「龍袍」と言われており、「五爪の龍」は天子の象徴とされていました。属国であった朝鮮半島の代々の王朝は「四爪の龍」しか用いる事が許されず、朝鮮半島から日本へは、更に一本指が少ない「三爪の龍」として伝えられていました。沖縄の琉球帝国は四爪が描かれています。方丈の隣の建物では、写経も行えます。机に半紙を置き、筆を持ちながら前を見ると方丈庭園が広がります。無心に筆を動かし、写経を行いました。建長寺で御朱印を頂いた後、鶴岡八幡宮に向かいます。1180年に源氏復興の旗揚げをした源頼朝が、由比ガ浜にあった八幡宮を現在の場所に遷し、源氏の守護神としたのが始まりと言われています。参拝して御朱印を頂いた後、ここでどうしても見たかったのが、国歌君が代に唄われている「さざれ石」。どんなものか、初めて拝見しました。
2012年01月12日
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鎌倉駅からタクシーに乗って、向かった先は鎌倉山。その鎌倉山の住宅地の中にひっそりと佇むレストランがある。「ローストビーフの店 鎌倉山本店」食通のセレブの方々が愛するというふれ込みの店。門をくぐり、小路を進むと遠くの景色まで見渡せる素晴らしい眺望。1000坪の敷地に建つ風情ある建物は、戦後に錢高組の別荘として建てられた和洋が見事に調和した空間。予約の名前を告げて席に案内される。広い庭を見渡せる。たまにリスが走っているのを見かけるとか。食べ物は、ローストビーフのコースと決まっていたので、まずは飲み物を頂く。まあ、メインがお肉であるし、ワインも良いのであるが、前菜に魚介が出るのを知っているのもあるし、私は日本酒を注文する。日本酒は全ての料理にあう、世界に誇れるお酒だと私は思っている。よくお肉には赤ワインで、魚介類には白ワインと言われる。この冬の季節ならば生カキが美味しいので、生カキならシャブリと言う方もおられるだろう。しかし魚介類に白ワインも生カキにシャブリも、後味が生臭く感じる方が少なくないのではないだろうか。ワインには日本酒よりも有機酸塩がとても多く含まれている。この有機酸塩がワインの味や旨味の豊かさの源なのだが、残念ながらこの有機酸塩が魚介類の生臭さを強調してしまうのである。その代名詞がキャビアを食べる時である。キャビアと一緒にワインやシャンパンを一緒に飲んだ経験がある方は、二度と一緒に飲む事は無いはずである。これはワインの故郷、フランスでは常識である。子供の頃からワインを飲むフランス人といえども、馬鹿じゃない。ワインとキャビアが合わない事は十分知っているので、一緒にワインは飲まない。フランス人がキャビアを食べる時は、ウォッカを飲むのである。しかしウォッカは食事に合わせて飲むお酒では無いし、今や世界的な日本食ブームなので、フランス人でも日本酒で食される方もおられる。日本酒には有機酸塩が入っていない上に、米の糖類があるので、旨味を膨らませるのである。言い換えればご飯に塩辛を乗せて食べるのと同じ理屈である。米と塩辛や魚介類は合うのである。勿論日本酒は肉料理にも合うし、他の各国の料理にも合う。日本酒は凄いのである。メニューに日本酒は一ノ蔵しかなかったので、それを注文。前菜は真鯛と海老の刺身と写真には無いが帆立のバター焼き。箸置きにレモンを使い、帆立に絞る事も出来る。ナプキンは勿論な事、使う割り箸にも店の名前が入っている。サラダとスープもテーブルの傍で取り分けてくれます。ローストビーフは席の横で取り分けてくれます。塩と胡椒だけで焼き上げる牛ロースはシンプルな料理だけに、素材と焼く技術が重要である。肉はサシが入り過ぎない赤身を使われるのであるが、周囲には程よい脂身が付いており、肉の味を楽しめる。3mm程度の厚みに切る技術も素晴らしい。これ以上厚いと歯ごたえが固く感じてしまう。このローストビーフにグレービーソースか、ニンニク醤油ソースのどちらかをかける。ホースラディッシュ(山山葵)を付けて頂く。これが物凄く旨い。付け合せの芋も甘くて美味しい。さすがの美味しさです。レアに焼き上げて肉汁がしたたり、その香ばしさと甘さ、そしてとろける様な柔らかい食感が美食の中の美食と言われる所以であります。ローストビーフの歴史は古く、イギリスの代表的な料理の一つです。昔、イギリスにはイスラムとヒンズー教の植民地が多くありました。イスラムは豚肉を食べませんし、ヒンズーは牛肉を食べません。どちらも大丈夫な羊も様々に調理されてきました。でもイギリス人の本当の大好物は牛なのです。ローストビーフに関しましてはロンドンのトラファルガー広場に、シンプソンズと呼ばれるローストビーフ専門店が数世紀にわたって商売されている店があります。ローストビーフをワゴンに乗せて、テーブルを回り、お客様の目の前で切り分ける。スライスしたローストビーフを皿に取り分けて盛り付けしてお出しする。そんなサービスは、ローストビーフに重きを置いていれば、当たり前の様に行われる。ローストビーフは作り方もシンプルで、素材の差が大きいですが、人間の味覚には好みと感受性の差がある。「旨い」という評価には、どうしても個人差が出てしまう。しかし、料理のスタイル。言い換えれば皿の上の状態はオリジナリティをアピールできる。オリジナリティと言っても、単純に他との違いは難しい。ローストビーフをいかに美味しく楽しむ為に、どうするか。皿や盛り付けも一つ。添え物も一つ。ソースも一つ。色んなオリジナルがある。その中でローストビーフと言う料理の歴史を物語るオリジナルとして、添え物に言及したい。ローストビーフの添え物の一つにヨークシャープディングがあります。六世紀、伝説上の英国王であるアーサー王が不遇の時の話がある。数人の騎士と共にヨークシャー地方に旅に出ました。日が暮れて、とある小さな農家に泊めてもらう事になりました。その家の主人は王に差し出す牛1頭も無い貧しさでした。その主人は家にあるだけの小麦粉と卵と牛乳で蒸したプディングを作り、アーサー王とその騎士に差し出し、牛肉を出せない事を詫びました。しかし家族のもてなしは、大変心のこもったものでした。数年後、ブリテン島の大王になったアーサー王は、ふとヨークシャーの片田舎での農家の事を思い出し、その農家の主人を都に招きました。その夜、王は豪華な食卓に大きなローストビーフと、あの夜に主人が作ってくれたプディングが添えられました。そしてアーサー王は厳かに言いました。「今後ローストビーフを食べる時は、必ずヨークシャープディングを添えるであろう。それは人が人に寄せる好意と親切の表れの様なものである」と言いました。後に、招かれた農家の主人には、王から広大な牧草地と多くの牛を与えられました。それ以降に、ローストビーフにヨークシャープディングを添える習慣はイギリスのみならず、世界へと広まっていきました。この事から、メニューには英国に敬意を表して、「anglaise英国風」を記載しなければなりません。ヨークシャープディングは、さほど美味しいものではありません。若いコックさんが気を利かせて他の美味しい添え物に換えたりしますが、正式には間違いで、ローストビーフにはヨークシャープディングが正しいのです。これは東京の一流ホテルでも作っていません。食べ方もローストビーフとプディングを別々に食べるのではありません。ビーフの上にプディングをのせ、ナイフとフォークで潰して平らにし、そこに山山葵を添え、ソースをかけてビーフを巻いて食べると、全てにハーモニーが生まれて美味しいのです。鎌倉山のローストビーフはプディングがありませんでしたが、美味しかったです。食後のデザートもテーブル横まで、ワゴンに沢山乗せてやって来ます。その中の2種類を選択して頂きました。珈琲も美味しく頂き、大満足です。大満足ですが、お高い。
2012年01月06日
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この日は、朝の10時頃にホテルを出て、一路鎌倉方面に向かいます。毎回神奈川県に来て思うし、このブログにも書き込んでいるが、神奈川の女性は本当にお洒落で綺麗な方が多いです。これは全ての年齢の方に共通で、若い方もお年を召した方も皆さんファッショナブルで、着こなしやコーディネートが上手い。大阪とはえらい違い。どちらを向いても、必ず綺麗な方やお洒落な方が居る。これは土地柄なのでしょうか?例えば大阪ならば、子供の頃から「吉本新喜劇」を見たり、漫才などお笑いに触れる環境が他県民より圧倒的に豊富だと思う。そこで培われた笑いのセンスと人を笑わせてナンボみたいな土地柄が、一般の素人であっても、他県民から見れば、そこそこの芸人に見えるぐらいのお笑いのセンスを自然に身に付けている。その様な目線で見て、横浜の方々は、お洒落なファッションに自然と触れ合う環境が整っており、目から勝手に知識やセンスとして入ってくるので、自然と着こなしも上手く、素敵な人々に見えるのではないだろうか?勿論これは神奈川好きと言う、私個人の偏った考えも、多少加味されているのは否めないが、それを差し引いてもやはり綺麗でお洒落な女性が多いと感じる。特に中高年の着こなしは素敵である。私が大阪のオバちゃんを見て、もっとこんな服を着ればいいのにとか、あんな靴やブーツを履けばいいのにと思う着こなしを神奈川のマダムの方々は、嫌味無く上手にされている。だから嫁姑が並んで歩いていても素敵であるし、老夫婦が手をつないで歩く姿も素敵である。やはり人生の最後は神奈川県で終えたい想いが強くなります。鎌倉に到着して、スケジュールをさっさとこなす為に、駅前からタクシーに乗って、銭洗弁財天(宇賀福神社)に向かいます。1185年、巳の年、巳の月、巳の刻に源頼朝の夢枕に立った水の神・宇賀福神のお告げに従って、霊水溢れるこの地に御神体を祀ったのが始まりと言われています。鎌倉5名水に数えられている、ここの霊水でお金を清めると、お金が何杯も増えるとか、商売が繁盛すると言われています。社務所で蝋燭と線香を購入し、線香と蝋燭を供え本宮でお参りをします。奥宮の岩窟に入り、右手のお社にお参りします。その後、ザルにお金を入れて、ひしゃくで霊水をかけて、お金を自身の心を清めます。お金を拭いて財布に戻すのですが、勿論そのまま入れればお財布が濡れてしまいますので、ビニール袋を用意してそれに入れておきます。本当は本宮の裏にある、上之水神・下之水神・七福神社と参拝すればご利益アップなのですが、その日の予定と足が痛むのがあり、他の参拝は断念。社務所で「おたから小判」「幸運の銭亀」「お清めの塩」を購入し、御朱印も頂きます。最後に、お参りをしたので、神様のお言葉を頂く為におみくじをひきました。自身の住所や生年月日、素性などを詳しく説明し、祈願したい事を丁寧に説明し、お答えを賜りたいと参拝すると、神様のお言葉として聞けるのがおみくじです。ここのおみくじは扇子型をしており、お言葉は有り難い事に「大吉」でした。神社を後にして、次の目的地に向かいます。足が痛むのは先刻承知で歩き始めたのですが、大吉の幸運なのでしょうか?親切なタクシーの運転手の方が、「迎車のついでだから、途中までタダで乗せて行ってあげるよ。」と乗せて頂きました。お客を車に乗せて収入を得る商売をされておられるのに、お金は要らないなんて、なんて幸運なのでしょうか。本当に足が痛かっただけに、とても助かりました。
2012年01月04日
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