junyama0921のブログ

junyama0921のブログ

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

junyama0921

junyama0921

Calendar

Favorite Blog

沖縄戦線異状あり !? 背番号のないエースGさん

Comments

背番号のないエース0829 @ 松谷みよ子 「私のアンネ = フランク」に、上記の内…
アンチ中井りか@ 中井りか以外のトヤマアイドルは無名 テレビ東京青春高校3年C組のアイドル部だ…

Freepage List

2018.11.23
XML
テーマ: 日本の歴史(1120)
カテゴリ: カテゴリ未分類
1年ぶりに、「風の中の龍馬」の続き、3回目を書きます。


 慶応元(1865)年1月、前年(元治元年)12月にわずか80人で「長州・功山寺(今の山口県下関市)」で、日本中の佐幕派(幕府を支持する人たち)を敵にまわして挙兵した高杉晋作と諸隊(力士隊・遊撃隊など)は、予想に反して、秋吉台近くの「絵堂の戦い」などで200人から400人の軍勢で、1000人とも2000人とも言われる長州藩の佐幕派を次々と破ります。

 一度はほぼ消えてしまったかに見えた勤皇討幕の灯は、慶応元年3月頃までには、長州(山口県)の高杉晋作らの活躍によって再び燃え上がります。

 さらに、長州の民衆や奇兵隊、藩の海軍なども味方につけて、ついには長州藩を牛耳っていた佐幕派を破り、藩の実権を握ります。



<写真 坂本龍馬の妻・お龍>







 一方、坂本龍馬は、元治元年から慶応元年(1864年~1865年)頃、京都の医者の娘・楢崎龍と知り合い結婚します。

 さらに、「日本初の商社」と言われる亀山社中(のちの海援隊)を、長崎で立ち上げます。


 この亀山社中は、銃などの武器を、幕府と開戦まじかの「長州藩」に薩摩藩名で斡旋し、薩摩藩には不作だった「米」を長州から取り寄せます。

 龍馬と亀山社中は、経済の力で犬猿の仲だった「薩長」を結び付ける作戦をとりました。

 復活した尊王藩の長州が次第に勢力を拡大するのを横目に、龍馬は、大阪・京都・長州・鹿児島などを精力的に訪問し、薩摩の西郷隆盛や長州の桂小五郎などと会って「薩長同盟」の斡旋を行います。



 この頃の坂本龍馬の手紙で特に紹介したいのが、「慶応元(1865)年9月9日付け坂本乙女(姉)、乳母おやべ」あてのものです。

「じつにお国(土佐=高知)のようなところにて、何の志ざしも無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり。」と、高知に留まり、慶応元年5月に切腹になった盟友武市半平太らへの土佐藩の対応を、龍馬は怒りを込めて批判しています。

 さらに、同じ9月9日付けのお龍への手紙で、恋人であり嫁になる「お龍」のことを、龍馬は姉の乙女に紹介しています。

「(借金により悪者2人に大阪へ連れて行かれた妹と弟を取り返すためにお龍が)悪者2人を相手に、死ぬる覚悟にて、刃物をふところに、喧嘩をした。(中略)
 この女(お龍)は、まことにおもしろき女にて、私が危うい時に救ってくれたこともあります。
 私に万が一の時は、(この女のことを)姉上、よろしくお願いします。」

 龍馬らしくて、おもしろいですね。
 恋人のことを、こんな風に姉に紹介する歴史上の人物は、坂本龍馬以外には、あまりいないのではないかなと思います。

 
 さて、「薩長同盟」の試みは、慶応元(1865)年の5月に、西郷隆盛が訪問する予定だった下関に、現れなかったことで、一旦、挫折します。

 しかし、龍馬らの「経済同盟先行」の作戦と懸命の斡旋が成功し、翌慶応2(1866)年1月22日に、京都で薩摩の西郷隆盛らと長州の桂小五郎らの間で「薩長同盟」が締結されました。

 まさに、恩讐を超えて幕末最強の「薩摩・長州の両藩」が密約を結ぶ、歴史的な同盟が実現しました。

 この同盟で、注目すべきは、締結した文書の裏書(朱書き)で、この文書の内容を保証して裏書をしたのは、なんと一介の浪人の坂本龍馬であった点です。



 討幕の導火線に火をつけ、「江戸幕府270年」の終わりの始まりとなった「薩長同盟」に大きな貢献をした坂本龍馬は京都伏見にある定宿「寺田屋」で休んでいました。

 ところが、その坂本龍馬を捕縛しようと、幕府の官吏が迫っていました。

 このあとのことは、次回の「風の中の龍馬」で紹介します。





<写真 「薩長同盟」裏書 (宮内庁所有)>







 おしまいに、「坂本龍馬の言葉」とも言われている『英将秘訣』をテーマに書いてある詩を、「じゅんくう詩集」から紹介します。




詩「坂本龍馬生誕183年と151回忌 ~英将秘訣~」


2018(平成30)年11月15日は 
坂本龍馬の183回目の誕生日
そして151回忌

坂本龍馬の言葉とも言われる??
「英将秘訣」の言葉(*「」じゅんくう現代語訳)と綴る


日本を洗濯することに
命を賭けた
龍馬は

おねしょの治らない少年
塾を退学
いじめられっ子
どうしようもない子供だった


*「世に生を受けた人間に上下はない。自分自身を最上だと思え」 

剣道をはじめた時から
龍馬は豹変した

剣豪
リーダー
江戸留学

そして志士になった

*「私の命は 天地に預け 自由自在に生きることこそ 生き甲斐だ」


若き龍馬青年は
夢と未来を探して
脱藩した


*「恥ということを捨てて 世の中のことは成るなり」


江戸
土佐
京都

長州
福井
鹿児島
長崎

日本中を旅した龍馬は
志だけで
夢を追った


*「この世に生まれ 生きるのは ことを成すためだ 人の跡を追い 真似などするな」


ぼくはフリーじゃきに」

高杉晋作
西郷隆盛
勝海舟

歴史に残る英雄になった龍馬
海を愛し
海を旅し
海に消えた


*「私が死ぬときは 命を天に返すと思い定めて 死を恐れるな」

心はいつも太平洋ぜよ
夢は世界の海援隊

(「じゅんくう詩集」 2018年11月15日より)



​
竜馬がゆく(1)新装版 (文春文庫) [ 司馬遼太郎 ] ​







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2018.11.23 10:17:20
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: