ぶろぐ。

ぶろぐ。

2012.01.19
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カテゴリ: ペット
今日、1月19日は、私にとって大切な日です☆


まずは祖父の命日です。


3年前の今日、祖父が亡くなりました。


高齢だったので、だんだん弱ってきていたのですが、5年前に倒れて救急車で運ばれました。


ドラマのように、「今すぐ手術をしなければ、あと数日の命かもしれないが、体力が手術に耐えられるかも分からない。」と言われました。


手術をする事に決めましたが、術後なかなか意識が戻らなかったので、「このまま死んでしまうかも。」と思い、「手術をしなければ、お別れする時間はあったのかも。」などと思ってしまったりしてました。


その後、意識を取り戻し、数週間、入院しました。


その間、「薬の副作用?で幻覚を見たり、暴れたりするかもしれない。」という事で、家族で交代で毎日、付き添ってました。


じいちゃんが、不思議な夢を見た。と言いました。





じいちゃんも食べたかったのに、私の父親が、「食べたらダメだ。」と言ったそうです。


じいちゃんは、「意地悪だな。」と思いながらも、食べるのを諦めたそうです。


我が家では、この夢を、「三途の巻き寿司」と呼んでいます。


「三途の川」とか「トンネル」とかは聞きますが、じいちゃんの場合は、「巻き寿司」だったようです。


もし、食べていたら、あの世に行っていたのかもしれませんね。



その後、じいちゃんは退院しましたが、寝たきりに近い生活になりました。


医者も、「寝たきりにならないために、少しだけでも歩くようにして下さい。」と言っていたのですが、思うように動かない事や、面倒になって歩かなくなりました。


亡くなった日の朝も、「部屋の中を、2,3歩だけ歩こう。」と言っても、「しんどいから。」と言っていて、歩きませんでした。


その日は本当に、しんどかったようなのですが、「またいつもの事か。」と思っていて、その日は、医者が往診に来る日だったので、「医者が来るのを待とうね。」って、病院に電話して、「しんどいって言ってるので、なるべく早めに来て下さい。」と言ったのですが、医者も「いつもの事だ。」と思ったのでしょう、なかなか来てくれませんでした。


だんだん、具合が悪くなってきたので、「医者を待たずに、救急車を呼ぼうか?」と家族で相談していたら、やっと医者が来て、「すぐ、救急車を呼んで下さい。」と。


その後、救急車で運ばれたのですが、よくニュースでもあるように、なかなか受け入れてくれる病院が見つからず、救急車の中で意識不明になり、やっと病院に運ばれましたが、もう手遅れでした。





高齢だったし、覚悟もしていたのですが、「往診の医者を待たずに、早く救急車を呼んでいれば、助からなくても、お別れする時間はあったかも。」と後悔しました。


私も、「いつもの事か。」と、冷たい態度をとったまま、お別れしてしまいました。


その後は、悲しむ間もなく、お通夜やお葬式の準備でバタバタしていました。


お葬式でも、慣れないお葬式で分からない事だらけだし、そういう人がたくさん集まる場が苦手なので、吐きそうになりながらも、やっと終えたところに、近所の人から、「お葬式のやり方が、よくなかった。」と陰口を叩かれ、私は、腹が立ったのですが、祖母は、ますます落ち込んでいて、可哀想でした。




じいちゃんが死んだという実感がないまま、2,3日たった、ある日。





うちは、動物を飼ってはいけない家だったので、懐いて住み着いてもダメだし、「ごめんね。」と言いながら、家に入りました。


それから毎日のように、その猫を見かけるようになりました。


家の裏に生ごみを捨てる、コーンポスト?を置いているのですが、その辺りで食べ物を探したりしてました。


「お腹が空いているんだろうな。可哀想に。」と思い、私がゴミを捨てる係なので、食べれそうな物をこっそり、コーンポストの外に置いておきました。


そしたら、その猫は、それを食べたようで無くなってました。


だんだん情も湧いてきて、煮干しとか、晩御飯のおかずを置くようになりました。


家族の中で、賛成してくれるであろう妹にだけ、猫の事を教えました。


が、他の家族は、猫を見かけると、追い払ってました・・・。


祖母は、箒で叩くふりをしたり、近くに石を投げたりしてました・・・。


なのに、猫は家に住み着きました。


家の裏を歩いていた時、汚いダンボールの中に黒い物体が。


その猫が、丸くなって寝てました。


数日は、家族に見つからなかったのですが、とうとう見つかって、追い出されました。


ダンボールも片づけられてしましました。


「もっと、いい家に住み着きな。」って思っていたのに、今度は車庫の隅っこに。


そこも、少しの間は見つからなかったのですが、また見つかってしまいました。


妹と家族に「この猫を飼いたい。」とお願いしました。


家族は大反対で、大ゲンカになりました。



私が、小学生の時にも猫が住み着いた事がありました。


その時も、離れた河原に捨てに行きました。


私たち、姉妹3人は大泣きしましたが、飼う事は許されませんでした。


一度、捨てられたのかもしれない猫ちゃん、また私たちに捨てられて、悲しかったでしょう・・・。


その後も、どうなったのか・・・。



子供の頃に、何度か捨て犬、捨て猫を見かけても、助けてあげる事ができませんでした・・・。


くろが住み着く、1年ほど前に、隣の家の土地に、薄汚れたワンちゃんが住み着きました。


そのワンちゃんの事も気になっていたのですが、なにもできないまま、ある日「見かけなくなったな。」と思っていたら、「車にはねられて死んだ。」と聞きました。


その時も、「飼ってあげていれば。」という罪悪感でいっぱいになりました。



だから、今回は、どうしても見捨てたくありませんでした。


妹と、家を出て、ペットが飼えるアパートも探していました。


収入の無い私と、安い給料の妹、ボロボロでいいから、安く借りれる家はないかなと探していました。


そんなある日、猫の姿を見かけなくなりました。


「どうしたのかな。どこかいい家を見つけたのならいいのだけど・・・。」と心配していたら、母親と2人で、網戸の張り替えをしている時、猫が軽く足を引きずりながら、帰ってきました。


野良猫とケンカでもしたのでしょう。


その姿を見て、反対していた母親が、「可哀想に。」と。


その日から、母親も賛成してくれるようになりました。


それから数日たって、父親も何とか許してくれました。


祖母は最後まで反対していましたが、今は可愛いと思っているようです。


住み着いてから、正式に飼っていい事になるまで、3か月もかかりました。



「飼いたい。」と言いだしたものの、実は私は動物が苦手でした。


3、4歳くらいの時、親戚のおばさんの小型犬に、指先をちょこっと噛まれて、犬はもちろん、全ての動物が怖くなってしましました。


トラウマってやつですかね。


その時、一緒にいた妹も、泣き叫んでいる私の姿を見て、動物苦手になってしまいました。


とりあえず、動物病院に連れて行きましたが、まだ怖くて、上手く抱きかかえる事もできない私たちを見て先生が「大丈夫かな?」という顔をしてました。


その時、病院で「猫ちゃんのお名前は?」って聞かれて、まだ決めてなかったので、何も思いつかなくて「くろ」って答えて、そのまんまの名前になってしまいました。



あれから、もう3年がたちました。


じいちゃんが死んで、数日後に現れたくろ。


じいちゃんの生まれ変わり?とかとも思ったり。


きっと、じいちゃんが連れて来てくれたのかもしれませんね。


なので、くろの誕生日は、じいちゃんの命日の19日って事にしてます。


だから今日は、大切な日です。


これからも、元気で長生きして、ずっと一緒にいたいです。


くろにささやかなプレゼントをあげました。


うちは貧乏なので、住み着く時に「この家では、贅沢はできないよ。」って言いました。


「餌はちゃんとあげるし、病気やケガをしたら病院に連れて行くけど、おもちゃや、可愛い服は買ってあげられないからね。」と。


前に1度だけ、おもちゃをあげたのですが、気に入らなかったようで遊んでくれませんでしたし。


今回は、「またたび」と「ネズミのおもちゃ」です。



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また遊んでいる所が撮れたら載せようと思います。




じいちゃん、ありがとう。


お誕生日おめでとう、くろ。



















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最終更新日  2012.01.19 18:51:35
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