よく遊び、よく学ぶ!

よく遊び、よく学ぶ!

2007.12.03
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真言宗は禅宗の範疇に入らないと思っていましたが、同じように鐘とシンバルのようなものを打ち鳴らすんですね。

祭壇には菊がたくさんあって、それからお焼香は式の本当の最後の最後、一般の焼香が終わると、親族の最後のお別れでした。

こうやってみると、仏教と一口に言うけれどかなり違う部分がありますね。
式のあとで先輩が先日神道のお葬式に出たことを話してくれました。

音楽が流れてだいぶ雰囲気が違うそうです。
廃仏毀釈で分けられる前の状態とはどんなものだったのでしょうか。

その時代の人にはあたり前のことが、それを知らない者にとっては全く不可解なものにうつるのは今も昔も、宗教だろうが文化だろうが同じことですね。

ちょっと調べただけでもとっても興味深い事実が出てきました。
本当に日本人って興味深いですね。

総合して言えば、「したたか」な民族と言えるかもしれません。
「したたか」とは「強か」と書くのですね。
確かにしたたかさには強さがあります。

「廃仏希釈」の反対は?「神仏習合」ですね。
これをしたのが聖徳太子だと知って、驚きました。
今から1500年前のことですって。

神話の世界。日本に昔からあった「神」と中国から来た「仏教」。この2つを矛盾なく取り入れること、天才聖徳太子の面目躍如ですね。
そうして支配階級には「神道」、民衆には「仏教」が受け入れられたんですって。
だから日本の神は「支配的」なんだと。。。

今でも残る福井、勝山の「平泉寺白山神社」という神社仏閣。
廃仏稀釈前は「白山神社平泉寺」と言っていたそうです。



神仏習合をさらに発展させたのは、徳川家康だそうです。
仏教の寺壇制度は現生のみならず死後の管理にも大きな力を発揮していったそうです。
こうして現在残っている「葬式仏教」の基礎ができたらしいです。

「天道」による統一のもとに神・仏・儒の三道を説く熊沢蕃山の「心学王倫書」(1650)というものが流行したそうです。

このように結びついた「神・仏・儒」は長く日本人の意識を規定していきます。


神仏が分けられると、私たちはお寺の檀家と神社の氏子の立場が与えられました。
第二次世界大戦の敗戦後、神道が否定されると私たちは「檀家」は意識するものの、氏神に対して、氏子という立場をあまり意識しなくなったような気がしています。

そして、現在まったくと言っていいほど最近は忘れているのが「儒教」の存在です。
近代のモラルの低下、の一因に「儒教」の存在低下があると考える人もいます。

数年前の「韓流ブーム」は「儒教的な精神に基づく、礼儀正しい、美形の若者たち」が「50代より上の団塊の世代によって支持された」ことが理由じゃなかと、ひそかに思っています。^^

だから社会の乱れを直すために、「神仏習合」を復活させようという動きもあるようです。
「自己責任」「競争社会」「格差」などの欧米的な考え方に違和感を持つ人々など、日本人が日本人に戻りたいと願う心理の表れなのかもしれません。





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Last updated  2007.12.04 00:41:54
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