1999Web

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松永朋哉

松永「月夜の子守唄」


ゆがんだ「自由」は力を失った
形骸化した「幸福」に価値はない
子供はそれを知っているから
影に取り込まれないように
力を求めて、逃げているのだ。
                 ――「夢の記憶」より抜粋


松永朋哉の詩集「月夜の子守唄」。
沖縄・奄美の詩人を顕彰する第26回山之口獏賞を受賞しました。
2002年10月1日発行。詩20篇、A5判全46ページ。定価1000円。
松永は1982年生まれ。現在は八重山で生活している。
詩集は沖縄国際大学文芸部在籍中にまとめ、在学中に同賞を受賞した。
残部の確認は管理人までメールを。

ちなみに左上に写っているのはアシモ。
管理人の家にあったから写したまでであり、例によって詩集にはまったく関係ない。(紹介者:管理人miya-zy 2007.12)










メロン殺人事件/松永朋哉


物的証拠は被害者が
死ぬ直前まで食べていた
メロンだけ
誰が殺したのか
どうやって殺したのか
なぜ殺したのか

すべては謎

名探偵は考える
名刑事は動き回る
名助手は記録する

メロンは部屋中に
甘い香りを漂わせ
空腹を刺激する

さあ、あなたも
メロンを一切れどうぞ
これを食べたなら

すべての謎が
と け る で しょ う



(詩誌「1999」創刊号)







ウンケー/松永朋哉


十三夜の月が昇る
海の彼方
ニライカナイの方角から
はたまた
空の彼方の
後生(グソー)から
たくさんの人が
里帰り
パーランクーが鳴り響く
ほのかに漂う
ジューシーの香り

ウチェーソーチ
ウチェーンシェービティー

ご先祖様
お帰りなさいませ


(詩誌「1999」創刊号)






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同人特集     松永朋哉   (詩誌「1999」Vol.3)
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詩「夢の記憶」(詩集『月夜の子守唄』より)松永朋哉
松永朋哉メールインタビュー  (聞き手 トーマ・ヒロコ)
松永朋哉論「素朴から宇宙志向まで」宮城隆尋




松永朋哉
(まつながともや)
1982年、沖縄県に生まれる。2001年に沖縄国際大学総合文化学部日本文化学科に入学。同大学の文芸部に所属し、4年次の時に自費出版した処女詩集『月夜の子守唄』で第二十六回山之口貘賞を受賞。大学卒業後、沖縄本島から離れ、八重山諸島に属する西表島で就職。現在、小説・詩を中心に同人活動を行い、郷土紙である琉球新報の「落ち穂」(エッセイ)に執筆中。





夢の記憶/松永朋哉


畳の居間で大人たちが
世間話をしているのを尻目に
子供は逃げ出した
彼らに見つからないように

見渡す限りのさとうきび
その中に廃屋が一件
子供は鉄条網を乗り越えて
どこまでも逃げた

階段を駆け下りて
小さな縫製工場を通り抜けて
子供は必死に走った
捕まらないように

見上げれば灰色の雷雲
電線には大きな黒い鳥
子供は怯えている
黒い影が追ってくるから

追いかけてくる恐怖と絶望
抱え込んだ孤独と無力感
子供は逃げる
捕まれば存在が消される

歪んだ「自由」は力を失った
形骸化した「幸福」に価値はない
子供はそれを知っているから
影に取り込まれないように

力を求めて、逃げているのだ。







詩集『月夜の子守唄』より







■■■松永朋哉メールインタビュー

■■■■■■■■■■■■■■■聞き手 トーマ・ヒロコ



詩集『月夜の子守唄』で山之口貘賞を受賞してから三年。現在、松永朋哉は西表島で働きながら創作活動をしている。今年一月から『琉球新報』の「落ち穂」でコラムを連載中(六月まで)でもある彼女に創作のこと、西表生活のことを聞いてみた。
(聴き手 トーマ・ヒロコ)

●西表に移り住んでから一年が経ちましたね。西表生活はどうですか?
「西表島は本島とやはり全然違います。アウトドア人か飲める人か夜の孤独に耐えられる人でないと一人暮らしは無理です。自然はいっぱいですので、子供を育てるには最高の場所ですよ」

●「落ち穂」でも滝を見に行ったり、バスの旅に出かけたりしたことを書いていますよね。西表に来てからアウトドア派になったように見えますが、どうでしょう? でも、もともとドライブ好きでしたよね?
「えっそう? でも確かにドライブは好きです。でも車ない上にレンタカーは高いのでバスを利用しているという感じです。ダイビングとか釣りはしていないからなぁ…。だからアウトドアというのはためらっているんだけど、まあその魅力は他の人が伝えてくれるでしょ☆」

●話はがらりと変わりますが、詩や小説を書くようになったきっかけは何ですか?
「私が創作に入ったのは、小さい頃学校がすごい嫌で本しか友達がいなかったことからです。現実逃避と空想で遊んでいるうちに、書くことを覚えたって感じです」

●その頃どんな本を読んでいたんですか?
「それこそ魔法使いやら妖精やらが出てくる話ばかり読んでいました。あとは幽霊やらゾンビやらが出てくる話とか。なのにキョンシーだけは恐くて見れなかった」

●キョンシーはとても流行っていましたね。ちなみにその頃書いていたジャンルは何ですか? 小説ですか?
「書いていたのは小説。落書き程度の漫画も描いていたのですが個人的には文字のほうが楽で今の道に」

●どんな内容だったんでしょうか?
「冒険もの、ホラーもの、推理ものオンリーでした」

●大学の頃も推理もの書いていましたよね。小さい頃から書いていたんですね。では、詩はもっと大きくなってから書き始めたんですか?
「詩を本格的に(?)書き始めたのは大学入ってからです。きっかけはOTV…ではなく、というか特になく、何か好き勝手に書いていたら宮城さんに詩集を作らないかという流れで今に至ります」

●松永さんにとって詩を書くというのはどういうことでしょうか?
「詩に限らず、創作は人生です」

●詩集『月夜の子守唄』を出して、また山之口貘賞を受賞して得られたものを教えて下さい。
「得られたものは、あるのかもしれないけれど、まだぴんときてないな」

●そうなんですか。新聞に書評やコラムを書くようになって活動の場が広がったのは、詩集を出して貘賞を受賞したからだと思うのですが、どうでしょう?
「確かにそれはあるかも。世の中にとっかかりができたというか。受賞によって、世の中に自分をアピールできる手段を得られたのかもしれません」

●書評やコラムは字数が決まっていると思いますが、書くのは難しいですか?
「実は字数とか制限が決まっていた方がやりやすいっす。あまりフリーすぎるとあとで『削って』とか来た瞬間、はよ言えや…ってなことに(笑)」

●確かに削るのは大変ですもんね。では最後に今後の抱負を聞かせて下さい。
「今は創作でローカル制覇することです。先はホノルルマラソン並みに長いけど」

(インタビュー 二〇〇六年四月)






■■■松永朋哉論
■■■「素朴から宇宙志向まで」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■宮城隆尋




松永朋哉の詩世界に迫るため、第一詩集『月夜の子守唄』を中心に論じてみたい。
詩集中、目を引くのは「夢の記憶」。今まさに大人の自分に抹殺されんとしている子どもの自分が描かれる。すなわち、思春期を経る間に人間は誰しも社会的存在として生まれ変わるとして、そこで殺されてしまう思春期以前の自分を、思春期以前の自分の視点で描いていると読むことができる。大人になる際に感じる恐怖とは、子供である自分が抹殺されてしまうことへの恐怖であり、まだ子供だった頃の自分の視点で見れば、自分がこの世から消されてしまい、新たに生まれた「大人の自分」が自分に成り代わって生き始めることになる。その視点の転換が、この詩に描かれている大人から逃れようとする心境に説得力をもたせている。通常では獲得しにくい視点で描かれた佳品だ。また、「ジャメ・ヴュ」では、未視感を捉えようとする視点がある。



木漏れ日
運動場からの歓声
道端で眠る猫

鉄棒
砂場

見慣れた世界なのに
何もかも違う

卒業して五年
雲梯は
低くなった


(「ジャメ・ヴュ」)



時の流れの中からある一瞬を切り取り、現在と切り結ぶ。
さらに「並木道」での〈わたしはどこへ/行くべきなのかと〉という、自己に対峙しようとする真摯な姿勢から発せられる問いかけは、詩の書き手としての可能性を示している。
しかし、表題作「月夜の子守唄」には物足りなさも感じる。人間と動物たちが同列で配置され、ともに歌う情景が描かれている。人間が自然と共存したいと願っても、生活の利便性の向上と天秤にかけることが避けられず、なかなか実現できないという人類が抱える自己矛盾を素通りしてしまっていないかという危惧があるからだ。
詩集掲載作以外にも、本誌前号掲載の「たくましい花」では、排水溝の中に咲く花を描き、〈アスファルトの大地を侵食していけ〉と締めている。小さな命を見つめる目があり、人間以外の生命に対する畏敬の念が表出する作風は『月夜の子守唄』収載の「ガジュマル」などから通じて描かれている。また同号掲載の「街灯の下のゴキブリ」には独特のユーモアセンスが現れている。「銀河鉄道の夜更け」(『月夜の子守唄』)など、ときに宇宙を志向し、ロマンあふれる詩を描こうとする姿勢が顕著なことも、忘れてはならない松永の特徴といえる。
松永は二〇〇三年に『月夜の子守唄』で第二十六回山之口貘賞を受賞したが、受賞の妥当性について県内の新聞紙上で論争が巻き起こった。しかしその論争中でまともな作品分析はされず、明快な論拠を示しての論考が皆無だったことが、松永の資質、受賞の妥当性に問題がなかったことの証明となっている。
沖縄のオフラインの詩壇では現在、五十歳未満の詩人が皆無に等しい状況がある。松永にはその中にあって世代をつなぐ役割の担い手として期待する。また、小さな命を見つめる素朴であるがゆえに普遍的な価値観から、宇宙を志向する作風まで自在に描くことで、沖縄の詩の可能性を広げる一人の担い手としても、独特の存在感を示し続けて欲しいものだ。


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