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資料集・松永朋哉





第26回山之口貘賞
(主催・琉球新報社)
応募詩集:8冊
選考委員:知念榮喜、花田英三、天沢退二郎

与那嶺千枝子「神々が消えた日」
窪田洋子「日曜日」
平田嗣吉「陰のある愛」
松永朋哉「月夜の子守唄」
平川良栄「独白(monologue)」
伊波泰志「柱のない家」
親川早苗「パピヨンの森で会おう」
結城万成「紙吹雪」





<第26回山之口貘賞受賞詩集から(自選)>
松永朋哉



「人形」

 ただ座っているだけ

 ただ笑っているだけ

 何も言わない

 お人形

 それでも

 何かを見つめて

 人形は

 生きている







「鏡」

 こぶしで殴ったら

 私が

 輝きながら

 壊れていった。








「水中花」

 水の底でいつも

 あなたの夢を見ている

 あなたの声を聴いている








2003年7月2日朝刊

貘賞に松永朋哉さん
「優雅でやさしい」と評価 

 第26回山之口貘賞(主催・琉球新報社、後援・山之口貘記念会、南海日日新聞社)の選考会が6月30日、東京都内で開かれ、松永朋哉さん(21)=沖縄国際大学3年=の「月夜の子守唄」(自費出版)に決まった。第22回に18歳で受賞した宮城隆尋さんに次ぐ2番目に若い受賞者で、学生の受賞も2人目。贈呈式は30日午後6時から、琉球新報児童文学賞とともに那覇市泉崎の琉球新報ホールで行われる。
 今回は八冊の応募があった。選考委員は知念榮喜氏(詩人、H氏賞、地球賞受賞)、花田英三氏(詩人、第十四回山之口貘賞受賞)、天沢退二郎氏(詩人、現代詩手帖賞新人賞、宮沢賢治賞受賞)の3氏。
 松永さんの作品について知念氏は「優雅でやさしい詩」、花田氏は「一瞬のひらめきの凝縮力があった」、天沢氏は「言葉と感性が新鮮」とそれぞれ高く評価した。
 選考は二冊の詩集に絞り込まれたが、松永さんの受賞で三氏が一致した。



2003年7月2日朝刊

貘賞受賞「信じられなくて…」
詩、小説ともに意欲
松永朋哉さん 

 「(受賞の)通知があったとき、えっと思った。自分よりうまくてすごい人はいっぱいいるはずなのに。なかなか信じられなくて…」。第26回山之口貘賞に決まった松永朋哉さん(21)=那覇市=は、はにかんだような表情で感想を語った。沖縄国際大学日本文化学科の3年生。18歳の最年少で受賞した宮城隆尋さんは高校、大学の先輩でもあり、文芸部の先輩。その先輩と同じ賞の受賞を喜んだ。
 物静かな性格。選考会が終わった6月30日夜、電話で連絡を受けたときはグループで調べものをしていたので、「みんなに知らせていいのかどうか迷った」らしい。応募していた同じ文芸部の仲間が連絡したらしく、次々、携帯電話がかかったりメールで祝福のメッセージが入ってきて、うれしさが込み上げてきたという。同級生で同じ文芸部仲間の當間弘子さんは「すごいですよね」と笑顔で祝福した。
 幼いころから本好きだった。「読むのも書くことも好きだった」というが、どちらかというと「小説の方が好き」と話す。詩は大学に入ってから本格的に書き始め、応募した詩集は大学入学後の1年半ほどの作品を収録したが、この詩集づくりは宮城さんに勧められたと打ち明けた。
 手作りの詩集で「自費出版ながら、モンパチなどのインディーズのようにきちんとした出版社から出さなくても、多くの人に読まれたら」との願いも込めたと話す。
 「今の自分は詩も小説も好き。両方書いていければいいなと思う」と話した。
 文芸部顧問の大野隆之助教授は「控えめで、今時珍しい文学少女タイプ。受賞はもちろんうれしいし、大学や文芸部の誇り。多くの学生が文芸に目を向けてくれるきっかけになれば」と弾んだ声で話した。






2003年7月3日朝刊

<ひと>
感覚を表現するのが詩
第26回山之口貘賞に決まった松永朋哉さん

 「自分の記憶では(子どものころから)外で遊ぶより、家の中で本を読んだり、創作していることが多かった」という文学好き。中でもファンタジーやSF小説に夢中で、読むのも書くのもその系統が多い。詩を本格的に書き始めたのは大学入学後で、山之口貘賞の先輩でもある宮城隆尋さんに勧められて手作りした初めての詩集が「思いがけず」受賞詩集に選ばれた。
 首里高校では文芸部にいて、小説や作文を書いたり俳句を詠んだりした。沖縄国際大に進学後も迷わず文芸部に入り、2年生のときは部長も務めた。
 「自分の感覚を表現するのが詩」ととらえる。「窓の外の景色、湿っぽい空気、水のにおい…。こうしたものをどんなふうに感じているか」。自然を表現するのを好むというが、詩集には基地や戦争を「赤」い色彩で鋭く告発した作品もあり、沖縄の置かれた現実を正面から見据えている。
 好きな作家は今は特にいないらしいが、昔は椎名誠の作品を片っ端から読んだ。詩人では文語体の詩を好むといい、高村光太郎や北原白秋の名を挙げた。受賞した山之口貘の作品は教科書などで読んだことがある。
 松永朋哉はペンネーム。「朋哉は中性的なイメージ。読者は男か女か戸惑うと思うので、それが楽しくて付けた」とちゃめっ気も。
 将来は「詩と小説の両方を書いて、それで生計を立てられたらいいんですが」と話す。
 両親と弟2人の5人家族。「家族には特に文芸好きはいないが、おじいさんとおじさんに本好きがいて、多分、その影響もあったのかも」。那覇市在住。1982年4月生まれの21歳。




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選考評
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【知念榮喜】

 松永朋哉さんの『月夜の子守唄』が愛唱されるでしょう。きこえます。「かえる/鈴虫/こおろぎ/人間」よ!

「この島の赤」を目間(まなかい)にしなければなりません。

この島は

悲しいくらい赤が

似合うようになってしまった

 歯を咬(か)んでこの「島の赤」を渡るでしょう。

2003年7月25日朝刊文化面
「<第26回山之口貘賞・選評>(上)/ぼくらは唄う!/知念榮喜」より抜粋






【天沢退二郎】 

 初めてこの賞にかかわることになって、応募作八冊、おそるおそる読んでいった。-隅々、『月夜の子守唄』から、机上に積まれた順に。

 どれも、骨のある詩集といおうか、それぞれに読みごたえがあって、よかった……

 松永朋哉さんの『月夜の子守唄』は、まずこれから読んで手元のメモに一、二行書きつけたときは、まだこれが受賞作になるとは思わなかったけれど、新鮮で、格調のある、凛りん

とした表現という印象に好感を持った。しかし、冒頭の「風が吹いてきた」-北風、南風、西風と吹いてきて、第四連、《そして私は東風》とはじまって、《全てのものを創造し》終行が《私は導きを告げる風》。これはつまり、私は創造主で、神だと言っているわけで、何だか思い上がっているのではないか……というのは私の幼稚な誤解であった。これは「東風」がそう言ってるのであって、語調はあくまで新鮮、品格のある若書き(よい意味での)の序詩なのだ。次の「可視光線」をはじめとして、とくに字体を大きくした、三、四行の短詩がときにまじって、何かをクローズ・アップするのが、効果的。主題としては、事あるごとに「私」にたちもどるところが、一種自己回帰的と見えるが、これも逆に、一冊の詩集を引き締める自己対象化の手綱と考えられよう。


2003年7月28日朝刊文化面
「第26回山之口貘賞選評(中)それぞれに対照的な詩集たち 天沢退二郎」より抜粋






【花田英三】


 松永朋哉(二十歳)『月夜の子守唄』も処女詩集で、本の作りからして初々しく未熟で、詩も陳腐かと思えば一瞬の閃(ひらめ)きがあり、困った。

悪魔よりも慈悲深く

野獣よりも寛大で

神様よりも非情で

天使よりも冷酷な私

 乱暴なくらい真っ直(す)ぐ、この人は詩を掴(つか)む。

  〈鏡〉

こぶしで殴ったら

私が

輝きながら

壊れていった。

 原石の魅力。しかし全体として不安定過ぎ、私は次作を期待することにした。

 選考会で私が『独白』を推したのに対して知念氏は『柱のない家』を天沢氏は『月夜の子守唄』を推した。

 こうも意見が分かれたのは私としては初めての経験で武者ぶるいしたが、それ以上に、お二人共が若い人の作品を推したのには正直いって驚いた。私としては『柱…』も『月夜…』もまだ若書きで不安定過ぎると退けていたのである。でも一方で『独白』に決まったのでは無難過ぎてつまらないとも思っていた。私は次第にやぶにらみになり、次第に意見を変えていく自分に気付いた。(不安定で未熟な魅力ある原石を発見することこそが選考の役目ではないか)-私は意見を変えた。爽々(すがすが)しかった。(詩人)
※年齢は詩集発行時。

2003年7月29日朝刊文化面
「<第26回山之口貘賞>選評(下)老年の詩人たち、若年の詩人たち 花田英三」より抜粋

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