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ほいぴさんFreepage List
あけましておめでとうございます。
去年は娘と一昨年は息子の受験で、正月はおめでたい気分にはなれませんでした。
そして、今年は思いっきりめでたい気分になるぞ~っと思っていたんですけど・・・
自分が幼い頃は、お正月は思い切りめでたい日でした。
まず、12月30日ころ、家族総出でお餅つきをします。
どこかで笹を切ってきて大掃除もしましたね。
大晦日はやっぱり紅白歌合戦でしょう。
小学校2年くらいまでは、近所にテレビのない家庭もあって、
その人たちが、我が家へ紅白を見に来てにぎわってました。
でも、年越しそばを食べる習慣は、まだ自分らの地域にはなかったなぁ。
そんな諸々で、否が応でもお正月気分を掻き立ててくれます。
そして正月。
朝、母がいっちょらいの服を着せてくれます。
小学校低学年の頃までは、自分らの地域では登校日になっていて、
小学校へ登校します。全校で集まり、お祝いをします。
紅白の饅頭をもらい家へ帰ってきます。
そして、お楽しみのお年玉をもらいます。入っていたのは百円札でしたね。
そして、一日中お正月番組を見て過ごします。お正月からやている店なんかなかったですし、どこの家庭もテレビか初詣だったんでしょう。
ムラの神社は、明治の合祀で村の中央にまとめられ、離れたところにあります。
いっそうのこと、もっと離れた伊勢神宮に近鉄または国鉄でお参りにいきます。
もちろん自家用車はどこのうちもありませんから。あったとしてもミゼットでは行きません。
少年の頃寂しかったのは、父が昔にしては珍しく兄弟が少なかったので来客が少なかったことです。近所の農家には、都会から親戚が大挙してやってくるのがうらやましかったもです。お年玉の金額でなく、にぎわってない我が家がうらめしかったものです。
また、母は当時すでにその父母が亡くなっていて、実家というものがありませんでした。友だちは、みんな母親の実家へ帰っていくのですが、自分にはそれが出来ないのがさみしかったものです。
でも、子どもの頃の自分にとっては、やっぱりお正月は特別の日でした。
だいたいあんなに遅くまでテレビが見れるのも、一年に一回大晦日だけでしたし。
日に日に、テレビ番組からお正月番組が少なくなっていくのがさみしくてしょうがなかったものです。もちろん、それは3学期が始まり近づいているということでもあって
「アラーの使者」の再放送を見ながら
「もうすぐ学校がはじまる・・・」とため息もついてしまうのでした。
昭和30年代のお正月の話でした。
やっぱり、自分はどこかであの頃の
理屈じゃない「ハレ」の気分が抜けないでしょうね。
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