2007年11月23日
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枯れ葉





        五厘を持っていけば口一杯になる大きな飴玉が一個買えた。
        燐寸の小箱も二個一銭だった。

        そんな五厘も数が少なくなり、
        五厘が無いときは一銭貰えて嬉しかったものである。
        そんな五厘も小学校へ入学する頃には姿を消していた。

        日中戦争が始まった頃には、釜山に住んでいた。
        北支の兵力を増強するため、関釜山連絡船が利用され、
        釜山からは汽車で移動する。
        船に比べて汽車は輸送能力が少ないので、
        釜山で一日か二日滞在する。
        兵士の宿泊に民家の協力が求められた。
        その時の兵士の中に「自分らは一銭五厘だから」と言う人がいた。
        一銭五厘は葉書を意味し、葉書一枚で集められたと言うことだった。

        戦後、銭の単位の硬貨が無くなり、今では円が最低。
        一銭の硬貨と今の十円の硬貨は形が似ているが、
        今の十円より当時の一銭の方が価値が高かったような気がする。






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最終更新日  2007年11月23日 15時11分44秒 コメント(2) | コメントを書く


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