▼「自分は被害者。“加害者”である秘書に罰を与えるのは当然」
秘書に対する暴言と暴行が週刊誌で報じられ、自民党を離党した豊田真由子衆院議員。豊田氏が「この、ハゲ~っ!」などと暴言を吐いたのは、支援者などのバースデーカード 47 人分の宛先を間違えた送付ミスに対する怒りのせいらしいが、この怒りの根底には強い被害者意識が潜んでいた可能性が高い。
「送付ミスのせいで、支持者に謝罪しなければならなくなったのだから、自分こそ被害者」という思い込みが、豊田氏の暴走の一因のように見える。こうした被害者意識を抱くことが妥当か否かはさておき、少なくとも豊田氏本人は、「自分は被害者なのだから、“加害者”である秘書に罰を与えるのは当然」と考えたのではないか。
同時に、豊田氏の胸中には恐れもあったと考えられる。送付ミスが支持者を怒らせたら、次の選挙で投票してもらえず、落選するのではないかという恐れである。
エリートであるだけに、自分自身が手に入れた肩書や特権への執着も、それを失うことへの恐れも人一倍強いはずだ。この恐れが豊田氏の怒りに拍車をかけたことは想像に難くない。
このように怒りが恐れから生まれることは、豊田氏に限らず誰にでもある。
恐れているからこそ怒らずにはいられないわけだが、この恐れをかき立てるのが被害者意識である。
というのも、被害者意識が強いほど、理解してもらえないとか、ないがしろにされていると感じやすく、「うまくいかないのではないか」「状況がさらに悪くなるのではないか」という恐れに常にさいなまれるからだ。
自分自身の怒りっぽさを他人のせいにしており、被害者意識が強い印象を私は受けたが、「怖い時ほど怒ってしまう」という言葉は本質を突いている。強い被害者意識を抱いているほど、恐れにさいなまれ、怒らずにはいられないのが人間である。
しかも、被害者意識と恐れが強いほど、怒りが激しくなり、“加害者”とみなす相手に罰を与えることを正当化する。これは、「自分は理不尽な仕打ちを受けた被害者なのだから、少々罰を与えても許される」という思い込みによる。
“正義の鉄槌”を下すことに酔いしれて暴走
客観的にはどうであれ、少なくとも本人はそう思い込んでいる。そのため、攻撃的な言動に歯止めがかからない。むしろ、正義は自分の側にあると信じているので、しばしば“正義の鉄槌”を下すことに酔いしれて暴走する。
その典型が豊田氏だが、現在の日本社会には豊田氏予備軍が大勢いるのではないかと危惧せずにはいられない。強い被害者意識を抱き、喪失への恐れにさいなまれている人が少なくないからである。
プレジデントオンライン
片田
珠美著 より抜粋
