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2018年04月23日
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暑い暑い日となった21日は 可愛いアレックスが初めて迎えた命日でした

そしてまた父の納骨の日でもありました


まるでアレックスが父の他界への悲しみの予行演習をしたのか?と思うほど時期が重なりました

父は96歳という高齢でしたが 最後まで頭もしっかりしてたし 自力歩行もしてました

ですが昨年10月に玄関で転倒して 大腿骨骨折し手術を受けました 

結果的に手術は無事に(?)終わり 2週間ほどでリハビリの為に転院

それから入院生活となりました    実家の高齢の母は日に2回の面会を欠かしませんでした

そして私達子供は手術の際に病院に駆け付けたあとは 母からの状況報告に安堵しておりました


が しばらくして母が病院がリハビリをしなくなったと言い始めました



昨年もアレックスが重篤で一睡もしないで迎えたお正月、まるでデジャブのようでした

医者が兄に余命ひと月を宣告し 私達はまた集められました


ですが父は「元気になったら又お前の家に遊びに行きたい」と話し

私は「そうだね、春になって雪が溶けたら迎えに来るね」と答えたり


葛藤を胸に秘めて楽しい話題をするのはなかなか切なく

病室からでて家に向かうバスや新幹線、飛行機の中で何度も涙が溢れてきて困りました


それほど 父はベッドにいても食べて 話して 子供たちや孫が見舞に来るのを喜んでいました

私は出来るだけ多くと 10日に一度は見舞いに帰りました


医者の見立て違い?と思ってた時もあったけど 着実に父は弱っていきました

それでも 最後まで私に 呼吸器をつけた時でさえ 「寒くないか?風邪ひくなよ・・・」とか心配し

「ばあさんになにか御馳走食べさせてもらえ」とか「遠いところから何度も来てもらってお金使わせてすまない」とかずっと言っていて



私はこんなに大事に育てて貰っていたんだと改めて思ったものでした


父は宣告されたひと月を超え 2か月をも超え 待ち望んだ春を前に3月に入った5日に逝きました



96歳、 人は長生きと言います 実際そうなんですけど 私達子供には常に親でした

誕生日には必ずプレゼントやおこずかいを贈ってくれました

そして 季節季節に美味しい魚や食べ物、私の好物 パパさんの好物をずっと届けてくれていました




そして 筆マメな父は 沢山の手紙をくれました 

書き出しには「娘よ・・・とか我が娘よ・・・」とあり

差出人は親父よりと書いてあり いつも最後には 体に気を付けて元気に過ごすようにとありました


いままでは 当たり前でふつうだったのですが もうその手紙が来ることが無いと思った時に

涙がこぼれました

もう私に 「我が娘よ・・・」そう書いてくれる人はこの世にいないんだと思うと

親を亡くすと言う事がどういう事なのかを思い知りました


手元にある何通もの手紙の束を 読み返すたび父の想いが伝わってきて

もっとちゃんと答えてやればよかったと 後悔ばかりの今日この頃です

納骨とアレックスの命日の4月21日は 故郷青森の桜が満開でとても綺麗でした


母は父が入院した頃から それまではしっかりしていたのに少しボケが始まった気がします

おそらくショックが大きかったせいかと思います

約70年も連れ添ったのだもの 無理ない事で その姿は可哀相でもあり

ある意味幸せなことだと思っています

大事な親がまだ一人私にはいます それだけで私は幸せなんだと思います





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最終更新日  2018年04月23日 20時33分23秒
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