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2014年09月23日
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昨年の今頃の北海道。
2014年09月15日
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最後の日のホテルは朝からエレベーターが動かなかった。部屋が6階だったので地下にあるレストランに行くのも大変だった。電力事情で、申し訳ないとのこと。ホテルのせいではないだろうに、おわびだといって空港までの約30キロのタクシー代をサービスしてくれた。私がさっそうとした若者だったらそこまでしてくれたかどうかわからないが・・ 4泊5日の旅をながながと書いた。旅の目的は観光ではなく片言の英語しかしゃべれない「アラカン」の自分を、知り合いのいない国に投げ込んでみようという実験だった。ベトナムを選択したのは正解だった。いい国だった。また行ってみたいと思ったし別の国にも行ってみたいと思う。健康であれば、できるだろう。 じつは帰国して体調を崩してしまった。どこかで悪いウイルスに取りつかれたかとあわてたが帰国翌日の村での共同作業でずぶぬれになったことが原因で肺炎にかかったのだった。だれかれに「もう若くないんだよ」といわれた。コンチキショウめ!! (おしまい)
2013年06月27日
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ベトナム最後の日は、飛行機が深夜便なので、時間がたっぷりあった。混雑した道路を歩くのにも慣れ始め、気が大きくなってちょこちょこ歩いてたら、地図を持っているにもかかわらず迷ってしまった。 異次元の路地に入ったようだった。人通りは少なく、バイクも車もあまり走っていない。歩道をゆっくり歩けた。暑い昼日中だった。建物の前の道で、お婆さんが小さな椅子に腰かけて本を読んでいた。もう一方の手には扇を持ってあおいでいた。通り過ぎる時「こんにちは」と言ったら本から私のほうに目を移して微笑みながら何か言った。たいていのベトナム人はよく微笑んでくれる。竹製の珍しい扇だったから指さして「素敵ですね」というとお婆さんはその扇を私の手に貸してくれた。三角形ではなく台形の大きなもので、あおぐと涼しい風が起きた。お婆さんは自分の座っている後ろにあったもう一つの椅子を横に並べてここへ座りなさいといった。遠慮なく座らせてもらったら、なんだかすこしベトナム人に近くなったような気がした。二人に風が届くように扇を動かした。何を読んでいるのですか?と本をのぞいた。あまり厚くない文字ばかりの本だった。2行くらい太字で書かれたあと、細字で5,6行書かれてある。聖書?と聞くとセイショと返されたような。そしてしばらく本のことを話してくれた。もちろん私にはわからなかったけれど。 しばらくおしゃべりをしたあと、お婆さんはまた本を読み始めた。私は手を動かしながらお婆さんの横に座っていた。 むかし戦争があったのだ、ということが急に胸に湧き起ってきた。。お婆さんの青春時代は戦時中だったはずだ。どんなたいへんな歴史を過ごしてきただろう。話が通じればいっぱい話を聞きたいのになぁ。 今は、ゆっくり読書をしている。扇を返して私、行きます、さよなら、と別れた。
2013年06月24日
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ドンスアン市場に行ったことも書いておこう。 ホテルのスタッフはみな笑顔で、なにかというと親身に話しかけてくれるし、相談にものってくれる。ドンスアン市場に行きたいというと市内地図の書かれた紙をだして、蛍光ペンでホテルからの順路を書いてくれた。およそ500メートルの距離だが道は角を曲がり曲り道路も横断して行かねばならない。私が一人で歩いて行ける?ときくと大丈夫だという。地図を片手に意を決して(大げさな言い方ともいえない)ホテルを出た。例によって人、バイク、車だらけの道路。信号もない。が、だいぶ歩けるようになっていた。教えられた道は、わりあい危険が少ない道だった。 ドンスアン市場は旧市街最大の市場だ。建物は古い日本の体育館のようで、全体が薄暗かった。3階まであって1階は雑貨とお土産、2,3階は布地と衣料品。一歩足を踏み入れるとめまいがしそうになった。人ひとりがやっと通れるような通路があって小さな店がぎっしりならんでいる。一つの店の大きさは三畳ほどで、そこに山のような品を並べている。店員さんは二人ぐらいづついるが一人は入れず通路に立っている。客も結構いたがたいていはベトナム人のようだ。田舎の人が買い出しに来て、田舎の店で売るというかんじだ。 綿やシルクが特産ということをきいていたからいろんな模様の布を買ってパッチワークでも作りたいなと思っていたがあてが外れて笑ってしまった。日本で布地やさんに行くと、丸まった布から1メートルとか2メートルと測って切ってもらうのだが丸ごとでしか売ってない。そのかさばる丸ごとの生地を5本6本とまとめて買っている人もいる。さすが市場だ。 衣類コーナーを見て回る。女物が一番多く、それから子供もの、どこの国でも男物は少ないようだ。Tシャツでもブラウスでもワンピースでもカラフルな模様のものが多い。店員さんは若い女性ばかりで気が楽だった。少々の衣類を買った。安い。(短パン2枚で500円ほど) 3階まで上がってみた。衣類やさんの奥に食堂がある。大皿にいろんな料理がならべてある。そうか、これが有名なクアンコム・ビンザンだ。好きなものを取って食べるバイキング方式。おかげでいろんな種類のベトナム式おふくろの味を賞味できた。味は日本人に合うし安い。 1階ではお土産を買った。数枚のかわいい布袋を買ったらおまけしてくれた。おまけされて気が付いた。そうだ、値引きをこっちからきりだすべきだったなぁ。
2013年06月23日
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のどが渇いたので、ためらわずカフェに入る。そう、肝心なのは、ためらわずってところ。メニューわかるかな。言葉通じるかな。支払方法はどうなんだろ。なんてことを考えてためらってたら、のどの渇きも増すばかり。一人旅は力を付ける。仲良し三人組で行ってたら、力は三分の一しか付かない。(三人組で行けば、力はつかなくても楽しさは三倍であるにしても) 冷えたクリームたっぷりの珈琲を飲んでそれから勉強した英語力を試すべく「トイレはどこですか?」と聞くとちゃんと通じて、指さしてくれた。うれしいなぁ。それから、「もう少し珈琲はいかが?」というのが聞き取れたこともうれしいなぁ。 なお、自動販売機は旅の間、一度も見かけなかった。竹籠に5,6本の飲料水を入れて売っている人がいるから、きっとそういう人の邪魔をしないために無いのかもしれない。
2013年06月22日
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遊歩道の一角に電気自動車の乗り場がある。観光用で時速は7キロ、約1時間かけて旧市街地や湖の周囲をまわる。これはお奨めだ。客が来れば出発という仕組みで、私は貸切りだった。(約1000円)屋根はあるがサイドは開放されているからしっかりシートベルトはさせられる。トコトコとゆっくり動くこの車の横をバイクや車がすごいスピードで追い越していく。そのときの空気が生であじわえる。時々「ワー」とか「ウヒャー」とか声がでてしまう。すると運転手さんが笑いながら見知らぬ言葉で何か言うてる。 旧市街地はやはりすごい熱気だ。狭い路地にも店がびっしり並んでいて、どの店先にも大量の品物が積まれぶらさげて展示されている。同じ通りには同じ品物の店が続く。衣類やさんの通り、竹製品の通り、仏具さんの通り、生地屋さん、ブリキやさんなどなど。そしてその店の前には相変わらずぎっしり停まったバイクとの間に人が座り込んでしゃべっている。食堂の前ではフォーを食べている。なにかまな板の上で肉をさばいている。何もかもが見ていて飽きない。旧市街を抜けて、新市街にはいると大きな立派な建物があるのを運転手さんがいちいち指さして名称を教えてくれた。大教会とか劇場など。スリルとときめきの1時間だった。
2013年06月21日
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ベンチに座っていると、竹籠をもったおばさんが近づいてきた。何か言いながら籠のなかを見せる。バナナの皮で包んだ蒸し物が5,6個入っている。一つだけ取ってお金を払う。(数十円だったかな)包を広げると餅のようなものが現れたので、ちぎって食べてみると、あんこがサツマイモだった。甘くはない。素朴な味がした。 大きかったから食べきれずに、そのまま膝においていたら今度は絵葉書売りのお兄さんがきた。「日本」と「絵葉書」という言葉だけ日本語だった。私は日本語だけでの対応。会話は想像で「やー日本人だね、お土産に絵葉書はいらんかね?」「昨日買ったばかりなのよ」「安いよ、ほらこの湖とか、街の様子とかいろんな種類がありまっせ」「う~ん、きれいだね。でも昨日買ったし。それより、このおまんじゅう食べきれないんだけど、どうしたらいいと思う?」「それはこの湖に投げ込めばいいよ」「えっ!それはちょっと。汚したら悪いし」「大丈夫、魚の餌になるから。ほら投げてみて」「うん、じゃぁ」ちぎって投げると確かに小さな魚が寄ってきた。「ところで絵葉書はいらんの?」「ごめん、いりません」「そうか。じゃぁまた」 この湖の遊歩道は物売りが多いと聞いていたがしつこい感じはしなかった。話しかけてくれてありがとうという気持ち。 バッグから読みかけの文庫を取り出して読み始めるともう邪魔をする人はいなかった。
2013年06月20日
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郵便局で切手を買い、絵葉書に、机の上の糊を使って貼り、ポストに投函した。いちいち、こう書くと、まるでお使いにいった子供みたいだなぁ。だけど、言葉もわからない場所で、そうしようと思ったことをやりとげるのはたとえささいなことであってもうれしい。絵葉書一枚につき切手代金約40円。 郵便局の前は穏やかな水をたたえたホアンキエム湖だ。2キロぐらいある周囲は遊歩道になっていて大木が木陰をつくっている。やっと安心して歩ける道だ。ベンチもたくさんあってその一つに座った。アジア人、欧米人、地元の人、いろんな人が歩き、休んでいる。う~ん、異国に来たんだなぁと思った。
2013年06月19日
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ベトナムの人口は、約8580万人(09年)。ハロンツアーに行った時のガイドさんによると一年間の交通事故による死者は2万人とか。 たまたま、妹が見つけたと教えてくれたベトナムのバイク天国の記事がある。今日の新聞に載っていたそうだ。http://sankei.jp.msn.com/smp/life/news/130619/trd13061913320008-s.htm
2013年06月19日
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地質博物館から国際郵便局までの距離は300メートルぐらいだが大きな道路を渡らなければならない。近くに信号はない。横断歩道もない。絶えず車とバイクが走っている。渡ろうと試みて何度も戻ることをくりかえしていると、歩道に停めてあるたくさんのバイクの持ち主たちにのらないか?と声をかけられる。 歩道には人が大勢歩いているが道路を横断しているのは百人に一人くらいだ。みんなどうやって向こう側へ行くのだろうと不思議なおもいがする。横断する勇者は若者とは限らない。地元の人なんだろう、結構な年配者もいて、その動きを見ていた。さっさっさと歩くでもなく、ゆっくり止まり止まり歩くのでもない。普通より少しの早足で最初から最後まで同じように歩いている。バイクも車も横断する人間を確認できて、うまいことスピードを緩めたり進路を斜めに変えたりしているようだった。車が少な目だと思った時に、思い切って道路に飛び出した。30度を超す外気温のなか、肝が冷えた。
2013年06月18日
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旧市街の対は新市街というんだったかな。道路が広く並木も大きく、銀行や一流ブランドの専門店などが並んでいる。そうだった、ハノイはベトナムの首都なのだ。バオタン・デアチャットというのは地質博物館のことだ。重厚な建物だ。そのすぐ前で下されて広い門から入ろうとすると係員がいて、門の横の人ひとり通れるほどの通路から入れと手で示される。やはりここも車優先なのだ。大門は車専用の出入り口らしい。博物館の中はしんとしていて隅の椅子に若い女性が一人いた。(すごい美人!)無料ということは分かっていたから、女性に声だけかけてさっそく観覧する。石、石、石。一つづつガラスに入ってならべてある。水晶、赤い石、青い石、黒い石・・こぶし大のもの、抱えきれない大きさのもの。その一つ一つにベトナム語と英語で書かれた解説があるけれど、読めないし知らなくてもいいと思う。ただ見るのが好きだから。ゆっくり見た後、階段を上がろうとすると美人さんに声をかけられた。机に広げたノートに名前・住所・職業をかくようになっていた。読めない文字で数人が書いてあった。私は日本の住所と名前とそして「農業」と漢字で書いた。それから二階へ。そこもだれもいない。宝物を独占している気分で観ていく。ここには主に化石が展示されていた。すごいよね、アンモナイトや貝。それからトンボやシダ類もあった。三階まで続いた。私は老眼鏡をかけてそのうえ、日本の百均で買った25センチほどの虫眼鏡を持ってきていた。建物を出るとき美人さんに「ありがとう、とてもよかったです」と、いちおう英語で言った。
2013年06月16日
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朝食にフォーを食べた。フォーは、日本でいえば、おにぎりとか、ご飯とみそ汁とか、うどんといった位置にある食べ物のようだ。家の入り口や屋台などで、なにか食べているというと、それはフォーなのだ。ホテルの朝食で注文すれば食べられる。メニューのフォーの写真を指さして「プリーズ」というだけ。ほとんどうどんだった。どんぶりでくる。スープの中に白い麺が入ってて、上に野菜とチキンとか牛肉とかがのる。ライムが一片ついてて、それを絞ったり唐辛子を混ぜたりしてもよい。日本人の舌にあうさっぱりした味でおいしく食べられた。まだ街を見ていない。前夜のうちに市内地図をみながら行く順路の計画をたてていた。最初はバオタン・デアチャット。とても覚えられないから単語をかいてフロントに見せる。タクシーで6万ドンぐらいだとのこと。本によるとドンから0を三つとって4をかけるとおおよその円、と書いてある。覚えやすい換算法だ。6万ドンなら240円!ホテルは別として物価は安い。あんまり安いのでたとえば6万ドンといってもかける4で24という数字がでてくると240円か2400円か、ま、どっちかだなと適当になっていく。タクシーを呼んでもらった。
2013年06月15日
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ハロン湾からハノイへ戻るバスは飛ばしに飛ばした。正面をみていると、追い越したり追い越されたりとまるでカーチェイス。怖いので横のながれる風景に目をやった。日が沈んだら、こんな田舎道を通ってきたかしらと思うようなさびしさだった。明かりが少ない。電力事情なのかもしれない。朝、最後に乗った乗客から順番にバスを降りていく。一日をともにしたあちこちの国の人たち。手を振りあって別れた。私のホテルに着いたのは夜8時だった。ガイドさんの仕事は朝8時から夜8時までだったんだ。お疲れ様~8時は日本では10時だ。母はもう熟睡してるだろう。
2013年06月14日
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ハロン湾はユネスコの世界遺産に登録されている。本に書いてあることをそのまま書くと{海面からニョキニョキと突出した大小2000の奇岩が静かな海面にその姿を映し出す幻想的な光景はまさに海の桂林。まるで一幅の絵画を見ているような美しさだ。}とある。桂林にいったことはないから桂林は山のハロン湾みたいなんだろうなと思った。曇天のせいもあって蒸し暑く、海の色も真っ青ではないがそれが却って墨絵の世界を想像させられた。バスツアーの一行ともう一組のツアー客とでのクルーズ。船内でのランチは5,6人ごとのテーブルに大皿で貝のバター焼き、さつま揚げ、ゆでエビ、それに卵焼きなどが来た。日本のそれと思って食べると、味が微妙にちがう。香辛料の違いかな。食べられないわけではない。ひとつの島に上陸した。最近になって発見されたという鍾乳洞を歩く。外からは想像もつかないライトアップされた不思議な光景だった。全部の岩岩が石灰岩でできているとなると、まだこれからも見つかりそう。島の近くには、いかだのように浮いた場所での水上生活をしている人もいる。船には数人の女の子たちが物売りにきた。生きているように見えるトカゲやカブトムシなどのおもちゃ、貝で作ったアクセサリー。コリアのおじいさんに目を付けた子が私のガイドを通じて「おじさん若い、若く見える」としきりに言いながら真珠のネックレスを売りつけている。そしてついに財布からお金をださせた。おじいさん、若いと言われてうれしくなったのかな。女の子をあわれんだのかな。ほんとにネックレスがほしかったのかな。
2013年06月13日
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バスツアーの途中でトイレ休憩があった。道の駅みたいなところで、土産物屋さんになっている。ベトナムの土産で有名なのは、シルク製品、少数民族調のバッグ、珈琲、それから日本特有のものかと思い込んでいた漆塗りの花瓶などなど。どちらかというと女性むきのものが多い。見てるだけで楽しくなるけど、私が買ったのは10枚ほどの絵葉書のみ。さて、トイレはというとホテル以外のトイレでは、使用した紙を流せないところが多かった。横に箱が置かれてあって、そこへ捨てるようになっている。・・だけど習性には困ったもんだ。考えもなしに即、便器に入れてしまう・・。デジカメを持って行ってあちこちで撮ったけれど残念ながらいまのところブログにアップできないでいる。文章を読んで想像するだけ、というのも乙なものじゃない?(笑)
2013年06月12日
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バスの中でおしゃべりするよりはずっと外の景色を見ていた。市街地を外れてもしばらくは道路沿いに縦長の建物は続いたがだんだん道路沿いにしか人家は見えなくなった。最初に道路を作ってそれに沿って家を建てたような感じ。そして相変わらず家の前には風呂の椅子様なのに座って人が話をしていた。市街地でもそうだがどこでも道沿いには大きな樹が植えてあった。赤い花が咲いている樹、実がなっている樹。涼しい木陰ができている。建物が途切れると黄金の田んぼが広がった。二期作の、今は一回目の稲の収穫時期だそうだ。田植えも稲刈りも、人力とそれからたまに放し飼いになっている水牛とで。少し狭いところに畑もあった。よくみるとつるの広がったかぼちゃ、サトイモ、それからハスがらも!なんと村の畑と畝の作り方までおんなじだ。違うのは、境界にバナナの木がずらっとたっていること。遠くに山々が見え始めると、ガイドさんが言った。「あの削って赤土が見えているところはルビーを掘っているところです」スコップを持っていつか来よう!
2013年06月11日
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朝8時にホテルまで迎えが来ることになっている。日帰りツアーに申し込んでいたからだ。旅の途中の小さなツアーはマラソンをしている途中にちょっとだけバスに乗るようなものだがエントリーした選手ではないのだから、それもよし。日本語ガイド付きのハロン湾行きというやつだ。日本人たちとぼったくられた話をしたり聞かされたりと旅の参考になるおしゃべりができるかなと思った。8時、30人ほど乗れるバスがきた。半分以上の席はもう埋まっているが、それからもあちこちのホテルに停まって客を乗せていった。・・日本人は私ともう一人若い女性の二人だった。彼女は英語ができるので、ほかの客ともしゃべれている。ガイドさんは実質私だけについた。名古屋で日本語を勉強したというベトナムの中年女性だった。ゴールデンウイークは日本人も多かったらしいが今の時期はすくないのだそうな。ちなみにハノイ観光の一番いい季節は秋、とのこと。乗客はほとんど欧米人で老夫婦というカップルが多かった。コリアからという二人のおじさんは片言の日本語がしゃべれて坂本竜馬が好きなどと話しかけてくれた。いつも一人旅をしているという大柄の若い女性は宮島に行った時の画面を見せてくれたしオーストラリアのご夫婦にはこっちから、娘がケアンズに住んでいる話をこっちから英語でしゃべったよ!!ハノイからハロン湾まではなにしろ遠い。2時間半もかかるのだ。
2013年06月10日
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ハノイの夜が明けるころ、稲妻が走り雷がなった。それがしばらく続いた。雨も降っている。今はそういうシーズンらしい。早めに着替えて降りて行った。まだ早い時間なので、夕方のような交通量はないだろうとおもったのだ。確かに少ない。注意すればホテル前の道路を渡れるほどだった。バイク程ではないが自転車も多い街だ。荷台に山ほどの荷物を積んだ自転車が来たので写真を撮った。よく見るとバラの花束だった。丁寧に花の一つ一つを紙で包んである。最初に部屋に入ったとき、ベッドの上にバラの花びらが散らしてあったし毎日テーブルや洗面所にも花が飾ってあった。きっとこうして毎朝売りに来る人から買っているのだろう。デジカメから取り入れた写真、うまくアップできますように。
2013年06月09日
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ホテルの玄関を数段下ったところが小さなレストランになっている。が、開店しているのは朝食の時間だけだった。(朝食は無料)夕ご飯をどうしようかなと迷っているとフロントがメニューを見せてくれた。ルームサービスしてくれるらしい。メニューはベトナム語のほかに英語でも書かれてあったので「スモールピザ」と「フライドライス」を注文した。ふつうこんな取り合わせで食べたりしないんだけど・・フライドライスが間違ったのか、それともそれがそうなのかピザと一緒に来たのはお好み焼きみたいなものでしかもはちみつのような甘いタレがついていた。野菜のかわりに、サービス盆のフルーツを数個食べる。冷蔵庫の中のビールを一缶飲んで合計600円ぐらい。一人の夕食は、ま、こんなものだ。
2013年06月08日
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ホテルは中クラスを選んだ。市街地にあるのはどこも縦長の建物だ。カウンターにいる女性が一人だけ片言の日本語を話してくれる。後は英語が少し、ボーイさんたちはすべてベトナム語のようだった。みな笑顔で好感がもてた。ボーイさんやレストランのウエイトレス、シーツの交換に来てくれる人たちはみんなまだ十代にみえる。というか、日本の中学生ぐらいにみえる。ベトナムでデブは旅行者以外には見かけなかった。部屋は6階、窓があるけれどひしめいた建物しか見えなかった。毎日大皿いっぱいの見知らぬフルーツが置かれてあった。ベッドは特大のダブルがデ~ンとあって、そう狭くはないのに帰るまでになんど足に青あざを作ったことか。同じ部屋に泊まるのは荷物を持たずに歩けるのが良い。リュックはおいて、ショルダーバッグだけでいつも外出した。とはいうものの、歩けない。ホテルを一歩でると歩道だ。その歩道にはバイクが駐輪場のようにぎっしり停まっている。ホテル従業員やお店の人のものもあるのだろうがバイクタクシーが多いらしい。あちこちで「バイク?」と聞かれた。乗らないか?ということらしい。バイクにだけは乗る勇気がなかった。車道は2車線、3車線とひろくても市街地ではほとんど信号がない。そこを車の間を縫ってバイクが走る、追い越す、曲がる。クラクションは途絶えることがない。ベトナム人ほど運転感覚がうまい国はいないだろうと感心した。そう、街で二人乗りはあたりまえ、3人乗りもよく見た。最高は5人乗りというのも目撃!!(子供3人連れの夫婦?)また荷物もあきれるほど積んでいる。2メートルほどの間口の店が連なっている。そしてその間口と駐輪したバイクのあいだには家主と家族らしい人たちが2,3人づつ風呂の椅子みたいなのに座り込んでしゃべったり食事をしていた。着いた日はホテルから十メートルも離れることができなかった。
2013年06月07日
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4時間で、ハノイのノイバイ空港に到着した。腕時計を2時間遅らせて12時30分が現地時間だ。雷雨の予想がうれしくもはずれて晴れていた。入国審査、税関検査、そして到着ロビーへと何度もシュミレーションしてたことをやって(といっても前の人についていっただけ)一階に着く。両替をこんどは5千円分する。細かいお金がほしかったんだけど、通じなかった。ハノイの市街地までは約30キロ。ミニバスに乗ろうとロビー入口まで行く。背を伸ばして伸ばして、旅慣れたように歩け。本で見覚えのあるミニバスが停まっていたので近づくと切符売りらしい赤いシャツの男が声をかけてくる。通じないが、ミニバスを指さすからうなずくと両替して、まだ手に持ったままのお金に手をのばす。1枚出すと首を振ってもう1枚とる。いくらなんでも高すぎじゃないか?私は日本語で抗議する。男はベトナム語でしばらく何か言ってたが、ついに小さな金額のお札を返した。それでも納得できない。そこへミニバスの運転手が来たからメモ帳に、渡した金額を書き、赤いシャツの男を指さして抗議した。すると運転手はわけのわからない言葉を私に向かってしゃべり始めた。ミニバスの入口付近に欧米人らしい中年の旅行者が座ってたので私の今回初めての英語だ、ハウマッチユーペイ?と聞いた。彼は英語かなにかで何か答えたが、ききとれなーい。運転手が、まーまーというように、つまりあきらめなさいというような表情でハノイの地図を出してきた。どこまでか?というのだろう。ハンガー通りを指さすとオッケーオッケーとうなずき、乗れというしぐさをした。なんだかはぐらかされてしまったようだ。満員に詰め込まれたバスが市街地へ向かって動き出してからもしばらくは腹立たしさが収まらなかった。あとで計算してみると200円のところを1500円といった金額をとられたのだった。ぼったくりというのがあるんだなぁ。それを降り立った最初に経験したのはよかったのかもしれない。私もお金をむき出しにしてたのはわるかった。きっと赤いシャツの男は貧しくて、いつもあそこ付近でぼったくることが仕事で運転手も仕方ない奴だと思いながら見て見ぬふりをしているんだろう。満員だったバスから客がそれぞれの希望する場所で一人ひとり降りていく。そしてなんと私が最後に残った。こ、これからどうなるんだーと緊張したら運転手が振り向いて「ハンガー」と笑いかけた。降りるとき「サンキュー」だってさ。
2013年06月06日
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出発が10時半なので2時間前には福岡空港に着くように行った。それでも大勢並んでいる。知り合いが一人もいないのは心細いがまぁ、福岡空港なので、日本語が通じるのは安心だ。チエックインしたあと、手荷物検査で引っかかってしまった。持ち物はショルダーバッグとリュックのみだ。リュックには少々の着替えと化粧品、それに現地の天気予報が「雷雨」との知らせがあったので折り畳み傘と簡易レインコート。おばさんの一人旅に危険物の心当たりなどない。が、リュックを開けられた。日焼け止めの液体が原因だったようで売店でチャックのついたビニール袋を買ってくるように言われた。10円で買った袋に日焼け止めだけ別に入れてもう一度通過すると、オッケイ。本(私が本というのは、地球の歩き方のことです)によると両替はベトナムの空港で、と書かれてあるが、それにしてもほんの少しでも向こうの通貨を持ってないと不安だし、言葉が通じないところで両替できる自信もなかったので7000円分だけベトナムドンに換えた。中途半端な数字が不安を表してるね。お金はほんにややこしい。1円が250ドンくらい。だので、というか、向こう任せだったんだけど10万ドンが5枚と20万ドンが4枚きた。すごい大きな数字だ。ドンには10枚以上の色々なお札があるのだけれどぜ~んぶホーおじさんの肖像なので最後まで苦労した。うまくウインドーサイドのシートをゲットして、飛行機に乗り込んだ。 (つづく)
2013年06月05日
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もう書くことはないだろうと思っていたが開いてみると、まだこのブログはいきていた。一人旅してきたことを少しづつ書いていこうと思う。ガイドブックは「地球の歩き方・ベトナム」。この本は本当に役に立った。トルコかベトナムかと迷ったが、トルコは今世情が騒がしいし、ベトナムなら福岡からの直行便がある。直行便は、旅慣れていない私にとって魅力的だった。行く前にやったことは、まず本を読むこと。スケジュールを立てること。往復の飛行機チケットを買っておくこと。(58000円)ホテルを予約すること。3泊で16000円)むこうでの日帰りツアーの予約を取っておくこと。こういう予約を取っておくと不安がだいぶ薄れる。そう、一人旅は不安がいっぱい。出発の二日前あたりは胃が痛んで、どうして行くことにしたんだろうと悩んだ。一人旅を何度もしたことのある知人(若者)でさえ、けっこうそういう思いはするらしい。マリッジブルーという言葉があるけれどいうなればこれはトラベルブルーというところか。 (つづく)
2013年06月04日
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「ありがとうございます」とコマーシャルで高倉健がいってるけど何に対していってるのかわからない。私は「ありがとうございました」です。ブログに書く材料を提供してくれた村の人達、わくわくする本を書いてくれた作家の方、それから「きんかんハウス」に遊びにきてくれた方々に。おかげで、ずぼらな私がほとんど毎日、六年間も書き続けることが出来ました。ここでひとまずおしまいにしたいと思います。またどこかでお会いしましょう。p.s私は元気です。現実のきんかんハウスは、もちろん続けます。
2012年09月04日
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いちにち雨。 昨日までと違うところは斜め雨。 風も強し。 しかし特に被害はなさそう。 これから徐々に台風は遠ざかるだろう。 なにもしないまま過ぎるいちにち。
2012年08月27日
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台風のせいですぐにザーッと雨が降る。一日中。もう何十日、晴れの日がないだろう。夕方になって少しまぶたの腫れがひいて来た気がするがまだ人前には出れない。昨日はツアー(約40人ほど)のだれもがのんきにピクニック気分で参加していたはずだ。3歳の女の子もいた。キレンゲショウマは1200メートルくらいの山の斜面に群生して咲いていた。その場所も往復も足場が悪くてそのうえ雨でぬかるんだ。幅が20センチくらいの泥土の急な斜面を歩くのに、みんな杖が必要だった。すーさんはずっとSさんのサポートをしていた。(手伝わなくてすまない・・)私の一人あとを下っていたWさんが落ちたときは驚いた。幸い一本の木が1メートルほど下にあってそこで引っかかったのは不幸中の幸い。往復の道は大変だったが誰も怪我はなく結局、私だけが「虫刺されの治療に費用がかかったら知らせてください」といわれた。ドジだね。以前読んで感想を書いていた宮尾さんの天涯の花を読み返してみるとキレンゲショウマを見に四国に行ってみたいとかいてある。隣村に咲いていたとは・・
2012年08月26日
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小雨のなか、 諸塚村の「黒岳登山とキレンゲショウマ観察会」ツアーに参加した。 詳しく書きたいけど きつい。 山で右のまぶたをブヨに刺されたところが 腫れに腫れた。
2012年08月25日
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楽しみだなぁ。 明日は句会仲間たちと山ガール! 隣村の千メートル級の山に登る予定です。 目的はキレンゲショウマという花の群落をみること。 ただ気がかりなのは天候。 今も降っている。
2012年08月24日
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お馴染、湯川先生が難問を解決するガリレオシリーズ7です。4編からなる短篇でのご活躍。事件そのものよりも、先生の解きかたや草薙刑事とのかかわりが好きです。Xみたいな長編が読みたいなぁ。
2012年08月23日
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今日も、汗ではなく、雨にぬれる。 雨ばかり続くので 金柑も病気がでるのか茶色く変色したものがある。 そのくせ虫だけは元気。 今年は量も少ないのに、これ以上悪くならないでほしい。
2012年08月22日
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清楚な佇まい。 でもどこかパンダにも似た愛嬌も。
2012年08月21日
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一日だらだらと雨だった。残尿感という言葉がふと頭にうかんだ。雨がやんだとハウスに行くと、すぐまた降りだして戻る。また止んで行く、の繰り返し。午後三時からはもう行く気になれず近場の畑で草取りをした。すると猫と犬が大騒ぎ・・みたいな今日一番の激しい降り方になった。もう夕方だし帰ったら即風呂にいればいいやと開き直ってそのまま鍬を動かした。ずぶぬれは服が重いが気持ちはよい。そこへ傘をさしたヨシコおばが通りかかっておしゃべりが始まった。ヨシコおばは女の子が履くような真っ赤な長靴を履いている。そこへ隣の伯父も傘をさしてきて話に加わった。私は濡れながら草取りながらの参加。はっくしょ~~ん!!!今は激しい雨+雷。
2012年08月20日
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朝7時より村の草刈があって汗だくになって戻った。そうだ、カレンダーに書いてあったんだ。日向市で高校生による短歌甲子園の決勝戦の日だった。急いで着替えた。初めて行くが、今回は第二回目だ。九州大会ということで県外からの応募もあり12校が参加していた。間に合ったのは決勝戦で、宮崎西校と沖縄の八重山商工校だった。会場にはおおぜいの観客がいて、遅れて入った私は立ち見だった。左右に座った二つの高校生三人づつ自作を発表して自分や仲間の歌を説明したり相手校がほめたり質問を投げかけたりする。歌も瑞々しい感受性にあふれたもので、また質問のしどころもなるほどと感心することばかり。時々観客からの笑いも起きる。そうやって全部の歌が終わると三人の歌人がどちらかの旗を上げて決まるのだ。なんと贅沢なことに審査委員長は伊藤一彦先生。審査員の一人には俵万智さんもいる。今回は宮崎西が優勝した。恋や高校生活の若さあふれる歌ばかりだった。ネットで検索すると短歌甲子園は盛岡市で大きなものが行われているようだ。日向市のももっともっと盛んになってほしい。高校生には歌えない題材でなにか歌いたいと、つい力んだ。
2012年08月19日
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朝4時に起きて暑くなるまでにハウスの草を取ろうと思ってたが前夜遅くまで起きてたせいで起きられなかった。午後の風が吹き始めたら行こうと思ってたがまだ本が終わらないのでダメだった。おもしろい本があると予定が狂う。おもしろい本はそう多くないほうが助かる。
2012年08月18日
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しばらくハウスを放っていて 久しぶりに行くと 雑草だらけで、うんざり。 特に野生の朝顔。 金柑の樹の上まで伸びて覆うように広がっている。 取り除くのは大変だが ま、それだけ土が肥えているって思えばいいか。
2012年08月17日
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夕立は天の気まぐれ本日は庭の半分だけ濡らし去るな~んてね何でもかんでも七五調にしてみる。短歌二箇所俳句二箇所締め切り近し。買わねば当たらぬ宝くじ・・みたいに出さねば当たらぬから。じゃなくて発表までのお楽しみ、かな。と書きながら本当は読書に入り込んでいる。読みたかった本が手に入った。上下巻あるとは思わなかった。2冊も読めるのが嬉しいと思う本だ。
2012年08月16日
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読売の編集手帳は毎日読んでいるが 今日のは特別よかった。 霊園の同じ区画にある荒れたお墓の話だ。 墓誌には昭和19年に21歳で亡くなった青年と昭和51年に81歳で死去した父親らしき人の名が刻まれているという。 そのあと母親の名を刻んでくれる人も守る人もなくて墓は荒れたのだろうと想像している。 そして記者は、そのお墓に水と線香のお裾分けをしているそうだ。 これから送り火を焚きにいくところ。
2012年08月15日
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いかがお過ごしでしょうか。 昼からは今日も雨になりました。 家主さんの新盆です。 昨日は沢山のかたがお参りにきましたが、今日はボチボチなので一人でゆっくりしています。 ご仏壇の横にちょうちんの灯をともしています。 ちょうちんに描かれた水色の萩の絵が涼しげです。
2012年08月15日
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橋の上まで行ってみました。 だいぶ作業がすんで 土嚢が並んでいます。 七時から片側通行できるようになったそうです。 暑いなかでの仕事は大変だったでしょう。 前に崩れた杉はきれいに取り除いてしまっていたので いま倒れているのは 全て昨日のぶんです。
2012年08月13日
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信じられないでしょうが、村の道は渋滞しています。6月の雨で土砂崩れした国道の同じ場所が、昨夜もう一度もっとたくさん崩れて通れなくなったんです。幸いなことに怪我などはありませんでした。村の道が迂回路になったけど何しろ隣村からの山道はほとんど車一台がやっとという狭さなのでそれで渋滞というわけです。お盆で行き交う車も多いようです。お墓のすぐ下を道が通っているから永い眠りについている人達もビックリしていることでしょう。なんだか村全体がざわざわしています。
2012年08月13日
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あっという間に雨が強く降りだして あわてて洗濯物を取り込んだ。 隣はどうかと庭先まで行ってみると 出てなくてホッとした。 だが百メートル上にある牛小屋の外に まあ見事なほどの沢山の洗濯物! イダ君があちこちにロープを渡して干してある。 留守らしい。 とても取り込めそうにない量と激しい雨。 悪いがそのまま家に入った。
2012年08月12日
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1トンの薬を撒いたり ハウス周りの雑草を刈ってしまったりすると ああよく働いたと思う。 が、今日みたいに大きな作業ではなくて ちいさなことをちょこちょこしても達成感がない。 こっちの仕事のほうが、 実は大切だったりするのだけど。 また雨になった。 雨音が激しい。
2012年08月11日
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お供えにとトミ子さんが大きなスイカを台車を押して持ってきてくれた。ありがたいことだ。今年のわが畑のスイカは全滅だったが小さなメロンがたくさん出来た。売っているものほど甘くはないけれどほのかな甘味が気持ちよい。昨日の今頃はすごい雨と雷だった。今日も来るかな。空が曇ってきた。
2012年08月10日
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胃のあたりがぷっくりしてきた。いかんいかん、痩せなくちゃ。あわてて豆腐とかコンニャクなどカロリーの低いものを食べるようにした。しかし満腹しないと収まらないからたくさん食べてしまう。(あ!食欲は無いと言ってたかも・・)たくさん食べると胃がぷっくりになる。カロリーはそんなに摂らなくても胃は痩せない。腹八分ということのなんと難しいことよ。
2012年08月09日
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暑さで食欲もわかない。ダイエットのチャンスだ!と思うことにしている。今夜はトミ子さんがくれたこんにゃくにしようとその上にかける油ミソを作っていた。細かく切ったピーマンを炒めてミソと和える。ふとふりむくと笑っちゃうよ。食堂の椅子にヨシコおばが座ってる。昼間、乗用車に乗って出かけるとき。ヨシコおばが2メートルも長さがある竹や草のたばを汗だくだくで村の道を引いている場面に遭遇した。今年膝の手術をした80過ぎのおば、ではなく本当はお婆さんだ。そういうときは誰だって声をかけるだろう。「私が軽トラで運ぶよ」って。それで来たのだった。「暇なときでいいから頼むわ」といわれた。・・なんかたくさんありそうだ・・私がお婆さんになったとき頼める人が村に住んでいるだろうか。
2012年08月08日
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五つの短篇からなる直木賞作品、とのこと。でも私には芥川賞のほうが向いている気がした。ちなみに私自身の思い込みだが、たとえ悪事を働くにせよ溌剌さがあって好感がもてるのが直木賞の本の主人公だ。昼は暑くて家にこもる。さっきからは雨と雷で家にこもる。真夏は屋外の仕事をするときがない。
2012年08月08日
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どこかお出かけ? ちょっと金柑会に。 えっ?今ごろ金柑売ってるの?
2012年08月08日
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暑いけど今日は立秋なんだね。 今テレビで高千穂のススキがでてた。
2012年08月07日
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暑かったり 雨が続いたり ハウスにも行ってない。 久しぶりにのぞいたら 金柑は、ちゃんとやるべきことをやっている。 これは三番花。 米を作らない理由のひとつが 真夏の防除作業が嫌、というのだけど あ~あ トミ子さんから明日の作業を頼まれてしまった。 膝痛で大変なのがわかっているから 断れない。
2012年08月06日
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