2020末法元年                   ボンゾー(竺河原凡三)の般若月法

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2008年01月09日
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カテゴリ: 随想
 約2カ月ほどの入院生活(手術からは1カ月強)を終えて、一昨日、退院いたしました。手術は、約10時間に及び、切り刻まれた痛みは、今なお続きます。いつ死んでもいいと、仏法を学問として修行する身でありまがら、いざとなると、親兄弟、妻帯なしの単独者でありながら、猛烈な生への渇望を求め、手術に臨みました。お念仏の増上寺のすぐ近くの病院で、必死に心で題目をとなえ、あとは何を思っていたのか、思い出せません。手術は、一応成功ということですが、切られた傷が深くうずきます。

 生まれて初めての入院で、大手術からの生還、小生の人生観は、人間を失格していたことだとつくづく気づきました。男も女も、30までにはお互いに伴侶を求め、生活の基盤を築き、お互いを知り合うことで、人間を構築してゆく。そして、二人の結果から、その子孫が、親や祖父母を養い、歴史を伝えることに人間社会というものの根幹がある。かの『人間失格』を書いた太宰ですら、社会を築いていたのです。

 伯母や従姉や従兄などの親類、会社の上司や同僚、友人などが、約30人ほど病室をたずねて来てくれたことは、ほんとうに嬉しく、彼らが帰ったあとに泣いたものです。

 一般の現代人が死に至る時、仏教の教理などは役には立たないということも分かりました。私がずっととなえていたのは題目ではあり、一切の意味を失った「ナムミョウホウレンゲキョウ」でした。鎌倉時代の聖人が、すべてを『法華経』にゆだねるという他力を、題目のもとに一念三千の天台理論を修行としたのです。しかし、題目は、意味をもつ限り、修行にはならないのです。

 病気やけがなど自分ですべてコントロール出来ると思っていた自分が、主治医に絶対的に自分の命を預け、その結果は、法(法華経)に任せたのです。幼少のみぎりより、母の影響でとなえつづける題目、そこには深い意味などなかったのです。それゆえに修行たりえたのです。私は、もう、死んでも、生きても、いい。





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最終更新日  2008年01月09日 23時52分23秒
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