一夢庵

一夢庵

2006年01月20日
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歴史に名を残すような人の人生を見ると、人生の要所で、奇跡的な出会いとか、めぐり合わせとか、それこそ、映画や小説のように思うことありませんか?
そういう奇跡を見て、そこに大きな意思のようなものを感じることありませんか?


ここからは、あくまで私の個人的な意見です。

例えば、飛行機事故で奇跡的に助かった人とかは、大きな意思が、その人の運を宣伝する為に、そういう最悪の状況の中で、生き残らした・・・なんていう解釈もできます。
運が良いことを、何かで宣伝しなければ、誰にもその人が強運の持ち主であるとは分かりませんからね。


また、戦国武将や一流といわれる経営者は、自分のことを冷徹に客観的に見られる人でもありますから、自分の実力も当然あるでしょうが、自分の成功が自分の力だけではなく、眼には見えないし、それが何なのか定かではないが、そういう大きな力の存在を自分の繁栄の裏に感じているのかもしれないですね。
古来、そういう眼には見えなくて、なんなのか定かではないが確かに存在すると思える力のことを、神と呼んできたのかもしれませんね。

そういう強運の持ち主を自分の側近におくことで、間接的にでもそのパワーが使えるという解釈をする人が、日本の戦国武将や経営者には多いということのように思います。



そこまでの強運の持ち主なんて、滅多にいませんが、精子と卵子の関係で言っても、生まれてきただけでもう十分奇跡かもしれないですね。
因みに、自然科学の分野においては、確立が100分の1以下なら、そこには何らかの法則、何らかの意志が働いている、と考えようというのが基本と聞いたことがあります。
要するに、自然科学の世界においては、100分の1以下の確立なら、偶然という言葉は使えない、ってことになります。

何気なく生きている日常もそういう見方をすれば、その大いなる存在によって生かされているのかもしれないですね。


また、その大いなる存在は、愚痴や文句のようなマイナスエネルギーを避けるようで、喜びや感謝というプラスエネルギーを出す人にエールを送ってくださるようです。

自分の認識力の低さで、幸運を不運と取り違えてしまうこと、私なんか良くありますが、喩え分からなくても、こじつけでも、無理やりでも何でも良いですが、幸運という解釈をしてしまうと、よりその大いなる存在が喜んでくださるようです。

長者番付No.1の斉藤一人さんも多くの本を出されていますが、もしかしたらそういうことを伝えたいのかもしれないと思います。


ここまでのお付き合い、感謝です。

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最終更新日  2006年01月21日 01時04分43秒
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