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書き込みしなくなってだいぶ経ってしまった。今年一年を漢字一文字で表すと私は『菌』だろう。もちろん新型のインフルエンザウィルスのことだ。私自身は幸いにも今のところ、インフルエンザには感染していない。ただし、教育機関を相手に仕事をしているのでさまざまな行事がスケジュール変更されそのたびにこちらは頭を抱える羽目になった。もうひとつ、コンピュータウィルスにも悩まされた。ウィルス対策のソフトはインストールしていたのだが、どういうわけか今までの仕事のファイルがすべて破壊された。それらを復旧させるための出費とパソコンの買い替えの費用は支払いの立て込むこの年末にはかなりのダメージだった。『菌』・・・、もうこれっきりにして欲しい。来年は良い年というよりは、昨年並みの現状維持であって欲しい。
2009.12.26
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オリンピック報道の片隅で元力士・荒勢さんの訃報が小さく報じられていた。最近の外国人だらけの相撲はほとんど興味がなくなってしまい見ることは少なくなったが、荒勢が活躍していたころはよく見ていた。とにかく前に出る相撲でとくに「がぶりより」が彼の得意技だった。そのため引き技を出す相手にはいとも簡単に土をつけられてしまったりもしたように記憶している。でも、その前に出る相撲本来の精神を貫く姿勢は大好きだった。ご冥福を心からお祈りします。
2008.08.13
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私は賃貸マンションで生活している。今年になってから気づいたのだが、このマンションのオーナーらしき人物が駐車場の公共水道を使って自分の車の洗車をしている。それも頻繁に悪びれることもなく。でも、これっていけないことだよね?
2008.06.26
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「やばい」という言葉が最近は褒め言葉のようになってきている。非常によろしくない。
2008.04.01
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年が明けちゃった。暮れの押し迫ったときに高熱に見舞われ、意識もうろうのまま年越ししてしまいました。今日やっと平熱。厄払いと思い、やっと初詣に行って来た。昨年まではお仕事がいっぱい来ますようにとお祈りしてたが今年は健康第一と祈願した。
2008.01.03
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2,3日前の夕方のこと。嫁が肩を落として仕事から帰ってきた。事情を聞くとスーパーで買ったトンカツ用の肉を自転車のかごに入れたまま、その場を離れた数分のあいだに盗られてしまったのだそうだ。嫁の落ち度が一番の原因ではあるにせよ、まだ日も高い真夏の夕暮れ時に、人目を忍んだかどうかは知らないが、無人の自転車のかごから商品の入ったレジ袋を失敬するその大胆不敵さには驚きを通り越して、むしろ感心してしまう。下手人がどのような人物なのかは知らないが、仮に主婦だとしてその盗んだものを家族に振舞う心境とは一体どのようなものか?何も知らずおいしそうにトンカツをほおばる家族の笑顔をその下手人は一家団欒とでも思っているのだろうか?手癖の悪い人はこの世には少なからず存在する。それはまさに「癖・へき」であって、ともすればその人の性格の一部とも言っていいのかもしれない。主婦を例にとってしまったが、学生かもしれないし、帰宅途中のサラリーマンかもしれない。盗みに限らず「癖」はだれでも持っていることだ。その晩は冷蔵庫に残っていたやきそばがメインディッシュとして食卓に出てきた。おいしかったことは言うまでもないが、そんな話を聞いてから食べるのだから、トンカツと天秤にかけるわけではないが味はいつもより少し苦いものが混じっていた。食い物の恨みほど怖いものはない・・・ということを下手人に言いたい。
2007.08.26
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カメラマンの先輩で私がフリーになってすぐのぜんぜん稼ぎがない時期に面倒を見てくれた人がいて、密かにその人を目標にしていた。ところが最近撮影の仕事がうまく行かず、ふさぎがちになっているらしく彼の奥さんに聞いたら「うつ病」らしいとのことだった。私と出会ったころから明るく快活で真面目で几帳面な人だったのに、最近ではふさぎ込む日が多くなってきているのだという。物の本などではまさに彼のような性格の人が「うつ病」になりやすいのだそうだ。彼から受けた恩は私にとっては何にも変えがたいものであるため、何とか力になってあげたいとは思うのだが、彼自身は「うつ病」だとは知らされていないので、どのように接すればよいものか難しい。
2007.07.09
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ちょっとそたことがあって、ある人物を怒らせてしまった。さほどたいしたこともないだろうと思っていたが、彼のプライドを傷つけてしまったらしい。彼の怒りに対してはじゅうぶん反論できる言い分はあったが、仕事中だったのでヒラに謝った。彼は怒鳴り散らして気がすんだのか、さっさと姿を消した。切れやすい人は本当に増えている。いい大人でさえこの有り様だ。くわばら、くわばら・・・。
2007.06.24
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四十半ばにして改めて仕事というものを最近よく考えさせられる。バブル崩壊直後のリストラから必死で写真業界で生き延び、ようやく食えるようになるまで10年もかかってしまった。その間知り合った多くの関係者から今ひんぱんに声がかかる。「そろそろ仕事を引退したいから今やっているお客さんを引き継いでくれないか?」すでにそのような事情で仕事を引き継いでいるのも現在何件かある。これ以上仕事を増やすと到底一人ではこなす事ができなくなってしまうのは目に見えて明らかな状態にまできている。「会社を立ち上げるか?」そもそも会社組織などというものに眉をひそめていた自分が会社を作る構想を思い描いている図は我ながらこっけいだ。このオレが社長?笑っちゃうね!!
2007.05.23
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何気なしにテレビをつけたら「ポケットモンスター」をやっていた。ちょうど私の隣に娘がいたので聞いてみた。「最近はもう興味なくなったのか?」彼女が小学生のころはテレビにかじりついて見ていたものである。おまけに「ポケットモンスター」関連のゲームソフトをどれだけ買わされたことか・・・。「興味なくなったというよりも、ついていけなくなったよ。モンスターがどんどん増えておぼえきれなくなっちゃった。」ふ~ん、そんなものかと私は思ったが、つい口から出てしまった一言が、娘の逆鱗に触れてしまった。「おい、それは老化現象の一種かも知れんぞ。」以後、何を言っても口をきいてくれない。失敗した・・・。
2007.04.05
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私の部屋の片隅には20代のころ買いあさったJazzのレコードが数百枚ひっそりとたたずんでいる。10年ほど前まではちゃんと動いていたターンテーブルもいまはうんともすんとも言わなくなりレコード盤に針を載せる作業もずいぶんとやっていない。でも、ときどき気まぐれに1枚レコードを引っ張り出し、ジャケットを眺め裏のモノクロの写真や英文で書かれたディスコグラフィーを読めもせず理解もできずにぼんやり眺めていたりする事がある。曲名と録音日、レコードレーベルによってはプロデューサーや録音技師の名前も載っているものもあったりする。そして何よりも「アーティスト」たちだ。担当楽器の横にそれぞれの演奏者の名前が記されている。それが私にとっての「アーティスト」だ。最近ではCDを1枚でもリリースすれば、その中身の如何に問わず「アーティスト・○○さん」として社会が認めてくれるようだ。何につけカタカナをおっかぶせてしまう日本人のあさはかな良くない一面だ。「駆け出しの歌い手さん」で良かろうに・・・。ワシは認めんぞ。
2007.02.28
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今日のお昼過ぎあたりから鼻がグズグズいいだした。風邪の兆候である。とうとう来たか・・・、日曜日まで撮影の仕事でずっと満足に寝れなかったが今日からは一息つけるかと気が緩んだ途端このありさまだ。子供のころから風邪のひき始めはいつも鼻水に悩まされ通しだ。一体この体の中のどこにこれだけの鼻水があるのかというほど、鼻をかむ。2,3日目には鼻の下が赤く炎症を起こし、ひどいときはかさぶたを作ったりもする。やだなぁ・・・。私が子供のころ通っていた小児科のお医者さんはいつも苦い粉薬を出した。親戚の同い年の子などが別のお医者さんに行ってもらってくる薬はシロップタイプのものだった。カキ氷にかける苺のシロップのような濃い赤のドロッとしたものだった(今でもあるのかは知らない)。いつも風邪のときにはあの五角形に折りたたまれた白い包み紙の中の恐ろしく苦い薬を服用していた私にとって、シロップタイプの薬は多少幼稚なイメージがあったが一度は試してみたい代物だった。幸いにも年に何度も風邪を引くような子供ではなかったため、ついぞその薬を口にすることも無く中学高校と成長し、今さら苦い薬は嫌だとはいえないような年になってしまっていた。昨年実家に帰ったときに子供のころ世話になった小児科の近くを通った。昔とあまり変わらない建物のままであったが、当時私を診察してくれたお医者様は亡くなられて、今はその息子さんが跡を継いでいる。その二代目の息子さんとは小学校の同級生でよく草野球をやって遊んだ仲だ。今度帰ったら彼に診察してもらおうかなんて考えたりする。そして子供のころあこがれていたシロップタイプの飲み薬を処方してもらおうかなんて、馬鹿なことも想像したり・・・まぁ、それはないな。ともあれ現在の風邪の進行を極力最小限に抑えるよう勤めなければならない、早く寝よう。
2007.01.29
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やはり今年も買ってしまった。ねんまつじゃんぼ。
2006.12.20
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ウィルスと言うものはコンピュータに限らず、季節がら最近よく耳にする。 インターネットが普及してさらにウィルスという言葉が身近になったように思うが、昔はたしかヴィールス(ビールス)と呼んでいたはずだ。 いつから現在の呼称に定着したのかは定かではないが、はじめてウィルスという言葉を聞いたときはなんだかしっくりとこないなぁ・・・と思った記憶がある。 いずれにせよ、あまり歓迎はしないものだ。
2006.11.30
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パチンコなんてもう何年やっていないだろう??CR機が幅を効かせてからというもの足が遠のいてしまった。時間つぶしにパチンコ屋で遊ぶなどということは今では不可能だろうなぁ。どっかに懐かしい台を置いてある店は無いものだろうか?温泉場のスマートボール屋さんに行けばあるかもしれない・・・。でも、ちょっと雰囲気違うなぁ、緊張感が無さそう。結構そんなふうに思っている人って、多いんじゃないだろうか?
2006.10.30
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番号ポータビリティー制度が確立され、携帯電話会社各社は熾烈な顧客争奪戦に奔走している。各社独自のサービスもさることながら、そんなことにはまったく興味の無い私にとっては「みっともない」としか見えない。お客が殺到し、契約を受付できなくなるような会社まで出てくる始末。携帯電話依存症というものがもしあるのだとするならば、一体今の日本人の何割がそれに当てはまるのだろうか?事実、電車やバスに乗ったときよく見る光景は乗りむやいなや携帯電話を取り出す人の多いこと。人それぞれの事情はあるにせよ、何か眉をしかめてしまう情景だ。携帯電話会社にとって私は決していいお客ではないが、一番初めの携帯電話を買ってから10年以上になるが契約会社を変えたことは無い。もっとそんな顧客を大事にするべきだと思うが、今は新しい制度に乗じて新規契約を獲得する方が優先されているのだろう。携帯電話にしてもパソコンにしても所詮は道具なのだという冷めた視線が必要だと思う。コマーシャルの扇動や周りの人間に左右されて熱を移されるようなことにだけはなりたくない。自分は自分人は人なのだ。
2006.10.29
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くわえタバコで駅に入り、改札を抜けるや否やそのタバコを投げ捨て、ホームについた。電車が来るまでもう一本タバコに火をつけ空になったタバコの空き箱をネジって線路に投げた。駅に備え付けの灰皿は他の連中のタバコであふれかえり、もうもうと各銘柄が入り混じったおぞましい匂いの煙を立ち上らせている。そうこうしているうちに電車がホームに入ってきたので、火のついたまま、残りが長い吸いかけの一本を先ほど捨てた空き箱を狙って、指で弾き飛ばした。よく見るとその線路からも幾筋もタバコの煙が立ち上がっていたが、気ぜわしく入線してきた通勤電車の風圧にもまれ、朝の空気の中に攪拌されてしまった。・・・・ほんの10年かそこら前の都心の駅の朝の通勤風景はこんな感じだった。マナーの悪さ、健康に対する悪影響などを問題視され喫煙行為がどんどん規制されて今日に至っている。けっこうなことだと思う。ルールが無かったからルールを作ったまでのことで、ルールを守りさえすれば大人の趣向としてたしなめばいいことである。ならば、酒はどうか?昨今報道をにぎわせている、公務員の飲酒運転や飲酒による乱行(らんぎょう)。これは今に始まったことではなく、現在問題視されているにもかかわらず、飲酒による悪癖を改めない人物が多くいることが世の中に報じられている。しかも公務員。私は酒もタバコも好きであるが、タバコのような妙な規制が酒にも及ばないように願っている。飲んだら乗るなよ。事故起こしてしまったら逃げるなよ。
2006.09.19
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嫁は肩こりがひどい。ある日、嫁が知人から肩こりに効くという塗り薬をもらってきた。強烈な湿布薬のにおいが鼻をつく、いかにも効きそうなものだった。注意書きを見てみるとそこには「動物用」と記されてあり、嫁に聞いてみると知人の獣医経由で入手したらしい。競走馬などに使っているものなのだそうだ。「君の肩こりは馬並なんだな」と、ちょっと皮肉ってから嫁のカチカチの肩に塗ってやった。すると、今までの薬とはやはり違うのか、湿布の浸透がおさまるまで効く効くと悲鳴に近い雄叫びをあげた。それが風呂上りの下着姿であられもない格好なので、夫とはいえ見ている私のほうが目を覆ってしまう有様だった。今ではその馬並の湿布薬にも慣れてしまったのか、塗ってやっても平然としている。嫁の肩こりは馬をも超越してしまったということなのか・・・。
2006.09.01
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娘は明日1学期の終業式を迎える。 翌日からは夏休みなのだ。私にも若い頃があったから毎年訪れる夏休みにはいつもいいしれぬ期待感を持って迎えたものだった。 その頃私は実家の2階の一部屋を与えてもらっていた。南向きに窓があって部屋の真ん中に寝転ぶといつも頭上に窓が大きく開いて晴れた日にはきれいな青空を拝むことができた。 夏の晴天の日には真っ青な空に雲のかたまりがいくつも浮かび、上空の風に乗ってゆっくりと、寝転んで見上げている窓の四辺を通過していった。次第に視覚が麻痺してきて雲が移動しているはずなのに、なぜだか自分のいる部屋が船のような速度で動いている錯覚にとらわれる。 私の娘にはこのような感覚がわかってもらえるだろうか?我が家の南窓を見上げると隣のマンションがデンと鎮座している。くっきりと浮き上がる雲も今住んでいるところではめったには見れないのだ。 多感な年頃の夏休み・・・・受験勉強で終わらせてしまってはあまりにかわいそうな気がしてならない。
2006.07.19
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きょう、車の中で突然ひらめいた。人間は感情の豊かな生き物だが獣や鳥、魚、虫、微生物に感情があるのだとすればその根本にあるのは恐怖心じゃないのだろうか?、、、と。つまり、食われるか、食われないか。非常時か平常時か、怖いか怖くないか。脳が発達するにつれ、恐怖心を元にさまざまな感情が培養されるような気がする。その最終的な感情が人間独特の喜びとか幸福感ようなものなのかもしれない。しかしそれは恐怖心が姿を変えただけのものであるためとてももろく、わずかな衝撃で恐怖心に近づいていく。その途中には怒りや憎しみなどを通過しなければならない。最終的に恐怖心にたどりついてしまった人間は、大海にさまようプランクトンほどもない微生物の精神にまで落ち込んでいってしまう。なんだかまとめが今ひとつだが、感情の大元が恐怖心というのは当たらずといえども遠からずという気がしてならない。
2006.05.12
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顔相学では耳たぶは金運をあらわすところなのだそうだ。そこにピアスの穴を開けるということは財布に穴を開けることを意味するらしい。「かあさん、今すぐそのピアスの穴ふさげ!!」女性のピアスはだいぶ昔からあったが男までもがいそいそとピアスの穴を開けるようになってから日本の経済がおかしくなってきたのかもしれない。
2006.04.19
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SONNY ROLLINSの古いアルバムに「TENOR MADNESS」という曲がある。JAZZファンにはお馴染みのアルバムだ。そしてその中の同じタイトルの曲もJAZZの歴史の中でスポットをあてられる名演奏の一つだ。なぜならJAZZ・SAXの大御所SONNY ROLLINSとあのJOHN COLTRANEがその1曲だけ競演しているからに他ならない。JOHN COLTRANEの初リーダーアルバム「COLTRANE」は中身は別として私はこのジャケットがとても好きだ。モノクロ写真の若きJOHN COLTRANEが愛用のテーブルに横たえたサックス越しにこちらを希望に満ちたまなざしで真っ直ぐ見つめている。「初心」という言葉をいつも連想させてくれるようないい写真だ。同じようなジャケットがSONNY ROLLINSにもある。天才肌のSONNY ROLLINSはデヴュー間もなくかなりの名声と実力を得ていたが、完ぺき主義の彼は自分自身で満足のいかない演奏は聴かせたくないという理由でJAZZ界から2年以上も姿を消してしまう。その間ニューヨークのウィリアムズバーグ橋の上で一人で日がな1日サックスの練習をしていた。満を持して復帰した時に発表したアルバム、そのタイトルも「橋・BRIDGE」。私はこのジャケットのSONNY ROLLINSが一番好きだ。深いブルーの背景に愛用のサックスを首からストラップでさげ、少し遠くを穏やかな表情で見ている。自信に満ち溢れた、たくましさを感じさせるこれもとてもいい写真だ。彼らの直接的な接点は私たち一般のJAZZを聞く者達は名曲中の名演奏「TENOR MADNESS」でしかうかがい知る事ができない。モノラル録音であるためJAZZ初心者はSONNY ROLLINSとJOHN COLTRANEの吹き分けがどこなのかわからないかも知れないが、それを探りながら聞くのも楽しみ方の一つだ。
2006.04.13
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昨今の株価の上昇で、好景気が叫ばれているせいなのか、私の仕事もなんとなく上向き傾向にあるようだ。新年度から新たに取引先が増えたし、昨年度のある行事の撮影では過去最高の売り上げをマークしたこともあった。私自身も今やっている仕事場では手狭になったため、新しく部屋を借りて仕事場として使う事にもなった。自営業の持病みたいなものだが、ふとこれがいつまで続くものなのか不安に駆られる。ある日突然ハラホロヒレハレと地に落ちてしまうか分からない恐怖心が付きまとう。バブル崩壊といわれている時期には私は会社員だったが、あれよあれよというまに世の中が沈んでいく様を経験してきた者たちには最近の上向き景気も短期的なものか、または上辺だけの物かもしれないと思ってしまう。銀行の金利も少しづつ回復していると聞いたが、実際に私たち庶民レベルがニッコリできるような段階ではなさそうだ。ともあれ新年度がスタートし、私はパソコンで作った名刺を片手に新しい取引先の人にペコペコしに行く。後々、経済の状況がどうなろうと時代や社会や景気のせいにして負け惜しみを言うのだけは止そう。
2006.04.10
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メガネを新しくした。近眼も乱視も進行していなかったが、「少し老眼の気が始まっているようですね。」だって。はい、自覚しております・・・。
2006.03.06
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生き様とはあまりいい表現の言葉ではない・・・・とうすうす思っていた。書籍やテレビ放送で芸能人や著名人の半生を紹介することがあるが、そのたびに生き様という言葉を使う。なんだか嫌だなと思っていたが、最近あまりいい表現ではないと知って、なっとくした。「ザマを見ろ」の「様」なのだ。
2006.02.20
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今年の正月は実家で過ごした。従兄弟の娘と久しぶりに会い、彼女の子供たちとも楽しい時間をすごして帰ってきた。その子らには私は「埼玉のおじちゃん」と呼ばれている。なんだか長ったらしい呼ばれ方であるが、それ以上でもそれ以下でもない自分に妙に納得してしまうところがある。昔の日本映画、小津安二郎の映画などにはヒロインの理解者的な存在として「おじさま」なる役柄がある。それは父親の同級生で父親とは違う会社の重役などを勤めている中年男性、という設定がよく見受けられる。ときとしてそのおじさまはヒロインの女性を誘って銀座のレストランで食事をしたり、恋愛の相談などを聞いてやったり、見合いの口を持ってきたりしている。まぁ、肩書きは及びもつかないのだが私は小津安二郎的「おじさま」になって見たいと思う。最近では「チョイ悪おやじ」というものが取りざたされているようだが、どこかに無理を感じてしまう。やはり日本人のまっとうな中年男性の行く末は正しい「おじさま」になることなのではないだろうか?私はまず手始めに従兄弟の娘の子供たちの長女(この子がメチャかわいい!!)に「オジチャマ」と呼ばせることにした。最初は恥ずかしがっていたようだが、しばらくすると違和感なくすんなりと彼女の小さい口から「おじちゃま!」と声が出てくるようになった。私はこの幼い娘と「おじちゃま」の名に恥じぬように良き中年の道を歩まねばならない。それは辛いことというよりもむしろ心地よい修行の快感に近い。いつの日か花も恥らう乙女となった彼女と差しで銀座のレストランでお食事することを夢見て・・・・。
2006.01.30
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自慢にもならないことだと思っているのだが私はプリクラの経験がない。
2006.01.16
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子供のころオロナミンCってアンプルに入っていたよなぁ~。小さいやすりでキコキコとくびれたところをコスってパキッと割るのは大人でないとやっちゃいけないことだった。まだアンプル入りのオロナミンCってあるんだろうか?
2006.01.09
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仕事でここ何日か、川崎の某大学に通っている。学生たちもぽつぽつとサークル活動などで校内を歩いていた。そこで仕切りと飛び交う言葉は「あけおめ」であった。意味は判るのだが、直接めんと向かって挨拶するときはちゃんと言おうよね。オレもこまっしゃくれた若僧にこんな小言をいう親父になったのだ。
2006.01.06
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今年の暮れも暗い報道が目立つ。せいぜい株価が上昇して景気が上向き加減なことぐらいか・・。ニュースを見て、小説や映画ではなくして現実に殺人に快感を覚える人間がいるのだと、驚いた。連行される警察の車の中で不気味に笑う顔は本当に笑っているのか、虚勢を張っているのか、それとも陶酔した演技なのだろうか?年末ジャンボ宝くじに願いを込める私は社会に埋もれる小市民の一人に他ならない。昨日は嫁もロト6を買ってきて、もう当たる気でいるらしい。妻よ、お前もか・・・・。少なくとも我が家は昨年同様の年末の光景だ。
2005.12.21
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無免許の医療行為で逮捕された男がいた。しかし、その勤務態度は評判よく患者に対する接し方も丁寧で、そのためか年収もかなりの金額をもらっていた。いかんせん、医師国家試験をパスすることなく医師免許を持たずに医者として暮らしていた。明らかに違法である。一方、難関の試験をみごと合格し、晴れて日本国から認められた一級建築士・姉歯何某は数多くの人の命を危険にさらし、日本の建築会の信頼をあっさりと崩してしまった。その罪の大きさははかり知れない。両者ともに罪を負った人だが、大岡越前守はどのようなお裁きを下すか・・・。
2005.12.10
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少子化について昨夜「朝まで生テレビ」で討論をしていた。手っ取り早いのは年に1度か2度、日本を停電にすれば一気に出生率が上がるのではないか?むかしニューヨークが大停電になったときのように・・・。あまりにも軽薄な意見で申し訳がない。
2005.11.26
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AO入試という制度で、せがれは大学に合格した。AO入試????自己推薦のようなもので、自分の得意分野をアピールし論文などを提出して大学の入学試験の代わりにするような制度であるらしい。当の本人は学力は今ひとつ・・・、欠席や遅刻も多く(ほぼズル休み)現在の学校での部活動というものもやっていない。成績も入学以来下降線を描いている有様だ。大学に提出した論文もそうとう教師の筆入れが合ったようで、自分の信念を書いたわけではない。でも、合格したのは親として喜ぶべきことなのか?私は合格はできないと踏んでいた。というよりは正直なところ、大学に合格させないで欲しいと望んでいた。さしたる苦労もなく、勉強で机に向かっていたわけでもなく、ゲームとギターとパソコンに明け暮れる大学などに入れるわけがないと思っていた。もしこれで大学に合格するものならば、まるで無試験で入学したようなもので、運がいいというよりは甘すぎる、と思っていた。真面目に勉強して学校での生活も規則を守り、真剣に目標を持って受験に立ち向かっている子供たちは一体なんなのか?いくら少子化といっても、大学側も変な受験制度を考え付いたものだ。もう一度自分に問うが、親として喜ぶべきことなのか?それとも獅子の親子のように厳しい試練を子供に与えた方がいいのだろうか?だが、AOで大学に入ろうが試験を受けて大学に入ろうが、入学してからがいかに充実した学生生活を送るかが、重要なのかもしれない。願わくばたくさんの壁が彼の前に立ちはだかり、それを真面目に乗り越えてくれることを祈るばかりである。
2005.10.29
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何週か雨の日曜日が続き、昨日やっと晴天の日曜を迎えた。おかげさまで一つ大仕事が片付き、一山越えた気がする。永かった・・・。
2005.10.23
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ごく近い親戚の者にギャンブルで身を持ち崩した人物がいる。 賭けマージャンが元だった。 すったもんだしたのはもうかれこれ20年ほど前の昔のことだが、マージャンを彼に教えたのは私の父だったように記憶している。ときどき子供だった私も父たちのマージャンに入れてもらい、彼と一緒に牌を打ったりしたことがあった。 ある日、父や彼と一緒にマージャンをしていると、私がすごく安っぽい手で上がってしまった。そのとき彼は烈火のごとく怒った。今にして思えば、きっといい手がそろっていたのだろう。 幼いころから兄のように思っていた彼だったが、そのときばかりは怖いというよりも恐怖を覚えた。 父はすでに他界してしまったが、彼にマージャンを教えたことをそうとう悔やんでいたらしい。父自身ギャンブルにのめりこむではなかったので、賭け事の魅力に取り憑かれてしまった人間の執着心や心のもろさはわからなかったのかもしれない。 私自身も父同様、賭け事には一切興味がなく、莫大な借金もなければその反面巨額の一攫千金もない。これをつまらん人生と呼ぶのだろうか(人生金だけじゃないよね)? 結局彼は借金を家族に残し、姿をくらました。何年か後の娘の結婚式にも顔を出さなかった。私の父の葬儀にも来なかった。 今の私にとって彼は反面教師としての存在が大であるが、目を閉じて思い描く彼の姿は、身長が高く胸板が厚く、いつも白いワイシャツとパリッとしたスーツを着込んだ伊達男で、男としてあこがれる姿でもある。
2005.10.07
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先の選挙で当選した若い青年の報道がひっきりなしに放映されている。記者は彼の失言を誘発させようとカマをかけているのがありありとわかって、はなはだ見苦しい。私たち有権者はそんなものを見たくもないし、テレビの視聴者としても経験の浅い政治家の答弁など、何をも期待するものではない。当選した若い議員は一所懸命に勉強するのが当然であり、報道記者はもっと重要なニュースを探すべきだ。世間がお笑いブームだからといって、何もかもがそんな風潮に染まってはならない。もっと真面目にやれ。
2005.10.06
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どうも、違和感があるなぁ~と若いころから思っている言葉がある。「愛している」という言葉だ。なんとなく日本語的でないような気がしてならなかった。”I love you."を直訳してそのまま日本語として使っているような気がしてならない。昔見たB級映画である男がサイボーグの女性とセックスをしたあと、そのサイボーグの女性がセックスという行為をなんと言うものか男に聞くシーンがあった。男はかっこつけもあったのだろうか、これは愛情だ、愛そのものだとその女性サイボーグに教えた。セックスの快感を覚えてしまった女性サイボーグは毎日のように男にせがむ。「愛をしてちょうだい。」「愛をしよう!」このケースがまったく当てはまるのか、はなはだ疑問だが「愛している」という日本語にはそんな文章表現の感じが受け取れる。無学ながらもう一歩突っ込んで考えると、日本の歴史上で「愛している」がでてくるのはどこなのだろう。たぶん、キリスト教伝来の聖書の中のセンテンスからなのではないだろうか?私は聖書を真剣に読んだことはないので、どの程度「愛している」という言葉が記載されているかはわからないが、愛という言葉は数多く出てくる。はたしてポルトガル人が訳したのか、オランダ人が訳したのか、日本人が訳したのか、中国人を介して訳したのか・・・・・。それとももっと時代が進んで明治あたりの外国文学が日本に紹介されたあたりから使い始めたことなか・・・。いずれにしろ、現代においても非常に言いづらい言葉であるには変わりない。とくに私は若いころから上記のような疑問を抱いていたため、嫁にもろくに言ったためしがない。
2005.09.26
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今日の午前、アメリカの国内航空機が前輪のトラブルで危険な着陸をすることになった。仕事に出かける前だった私は時間を気にしながらも固唾を呑んでそのライブ映像に見入っていた。チャンネルは昔、麹町に本社のあったテレビ局の映像だった。ついに着陸の瞬間が迫ってきて、見事な操縦ですべるようなタッチダウンを見せた、前輪のタイヤが摩擦で炎を上げながらも徐々に逆噴射して機体の速度がゆっくりになっていくのがわかった。早く止まれ、早く止まれと願いながらテレビの画面に集中していると、あともう少しで機体が無事停止してメデタシメデタシというところで、こともあろうに突然CMに切り替えてしまった。さすがの私も誰もいない家の中で「オイ!!! なにしとんじゃ、こらぁ!!」と大声で叫んでしまった。それでスポンサーは喜ぶのだろうか?私はいきなり切り替わったスポンサーをしっかりと覚えているが絶対に好印象は持たないし、機転の効かぬ昔、麹町に本社のあったテレビ局にも同じ感情を抱いてしまう。通常の時間を変更して放映していた別のチャンネルを探し出したときには、もう機体は停止していた。最悪だ・・・。
2005.09.22
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携帯電話の調子が悪い。どうやらこちらの声は届いているようだが、相手の声がまったく聞こえない。呼び出し音などはいつものようにけたたましく鳴るので、スピーカーが壊れたわけでもなさそうだ。ためしにイヤホンをつけてみたらなんとイヤホンからは相手の声が聞こえることがわかった。しばらく忙しいので電話屋さんにも行けそうにない。我慢してイヤホンをつけて持ち歩くことに決めた。といいつつ、次はどの機種にしようかな?・・・と思ってほくそえんでいたりもする。嫁には「仕方ないだろ、壊れちゃったんだから」とまっとうな理由ができた。今度は丈夫な機種がいいな~・・・。
2005.09.12
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台風・・・・・その昔は大風(おおかぜ)といっていたと言う。いつしかその言葉は中国にわたり現地でタイフウと発音された。英語圏での付き合いの多かった中国の人たちから口移してやがてタイフーン(typhoon)と呼ばれるようになった。維新後、気象学が日本でも盛んになり、古来より大風と呼んでいた嵐のことを台湾方面からやってくる大風という意味を込めて「台風」と当て字したという。琉球薩摩で輸出した絹織物が巡りめぐって、蝦夷錦として日本上陸したようなものか?本当か嘘か、最近小耳にはさんだ。
2005.09.06
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今日で夏休み終了だ。子供たちはもう大きくなってしまい、どこかに遊びに行こうとか、何かを買ってくれとかせがむような年齢ではないのだが、夏休みの間何もしてやれなかったので、なんだかかわいそうに思っている。今日は外に食事に連れて行ってやろう・・・。あんまり高くないところだけどね。
2005.08.31
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めずらしくDVDを借りて映画を見た。「カッコーの巣の上で」この映画が封切られたのは私が高校生のころだったろうか?親友とこの映画について熱く語り合った思い出がある。若かったんだな~・・。ジャック・ニコルソンも思いっきり若いよなぁ。もう1本「キリング・フィールド」も、借りてきた。これも古い作品だが、私にとってはつい最近のようにも思える。多感な時期に見た映画はいつまでも新作なのだ。
2005.08.24
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きょうは車で移動する予定だったが、朝のニュースで高速道路が帰省ラッシュで何十キロと渋滞しているようだったので、急遽電車に切り替えた。よっぽどの長い時間乗車するのでなければ、イスには座らない。とくに理由はないのだが、なんとなくそれを自分に強いていることに妙な優越感のようなものを感じていたりする。きょうも電車の出口近くの手すりにつかまっていた。すると視界の端っこに妙な動きをする人が見えた。20代半ばのあまりさえない服を着た若者が、そこそこ込み合った車両の通路を半笑いで何かをつぶやきながら、小走りに往復していた。周りの人も無視を決め込んでいる。それとはなしに観察していると危害を加えそうな感じでもないので、放っておいた。2,3の駅に停車しているうちにその若者はちゃっかりと空いた席に腰かけておとなしくしていた。彼には失礼かもしれないが、やはり精神的にやんでいるところがあるのかもしれない。なぜなら、『普通』とは明らかに違うからだ。でも、この『普通』という概念は何を基準にして言っているのだろうか?最近ニュースを騒がせている殺人事件の容疑者の人物像などを見ると、そのほとんどは真面目でおとなしく『普通』の人・・・・・というコメントが目に付く。本当に『普通』の人なのだろうか?『普通』の人だと思い込んでいるだけなのではないだろうか?今日の電車内の若者にしてみても、彼以外の乗客は私も含めて『普通』の人なのだろうか?電車に乗り込むなり、携帯電話でメールし始めることは今となっては『普通』のことなのか、肌も露な服をきて肩口から背中にかけて洋式の刺青をしているのは『普通』の人なのか、いつもカメラをぶら下げて何かをねらって目を光らせているのは『普通』の人なのか・・・・・。『普通』の人ほど実体がなく、突き詰めると絶対に『普通』ではない奇妙な存在になってしまう者はない。世の中に『普通』の人など存在しない。人間が他の人との係わり合いを希薄にすればするほど、ともすれば理想像ともいえる『普通』の人の必要性が高まってくる。私がきょう乗った電車の車両内には『普通』の人はおそらく一人もいなかったはずだ。彼はほんのちょっと私たちよりも何かが抜きん出ていただけなのかもしれないし、何かが少しだけ欠落していただけなのかもしれない。ひょっとすると彼こそが『普通』の人の代表者なのかもしれない・・・・・ん~、それはないか?
2005.08.13
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政界が大騒ぎの1日だった。解散総選挙・・・・また税金が飛んでいく。うわさでは550億円ほどだとか・・・・。そんだけの金があったら、窮地に貧している中小企業がいくつ救えることだろうか?
2005.08.08
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子供のころから水切りが得意だった。一緒に遊ぶ友達が見つからないときなど、近くのかわらでよく水切りをやって遊んだ。大人になって、小学校や幼稚園の写真屋をやるようになり、林間学校や合宿、修学旅行などで自由時間に子供たちが暇つぶしに湖や川で水切りをやる場面によく出くわす。近頃の子供は少年野球でもやっていない限り、投げるということをあまりしないらしい。サッカーは流行なのか、たいていの子供はリフティングをそこそここなしたりする。水切りで重要なのは丸くて角のない平たい石を探すことと、投げるときになるべく低く遠くに思い切り投げることだ。私がお手本で子供たちに投げて見せると、その石の跳ね具合に狂喜乱舞する。一気に私は子供たちのハートをつかんでそれ以降の撮影が楽になる。私の顔を見るたびに「いい石探してよ」とせがんでくる。それよりも君たちの写真を撮ることが私の大事なお仕事なのだ。
2005.08.05
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寒天が市場から消えているらしい。 ダイエットというものに対する日本人の狂信的な関心度には驚くよりもあきれてしまう。 寒天でも棒寒天は純天然製法で、寒い冬にしか生産できない(粉寒天は違うと思う)そうだ。現状で寒天を待ち焦がれている人たちは今年の冬以降にならなければ手に入れられないことになる。 商魂に長けている人ならば、手持ちの寒天をオークションに出しているかもしれない。悪知恵の働く人は寒天サギを考え出し、一儲けしてほくそえむかもしれない。 ブーム、流行は正常な思考力を麻痺させてしまうところがある。大きなところで言えばバブル時代の好景気が当てはまるように思う。あのころは日本人の労働者の多くが投資家か経済評論家のような気分になっていて、うろ覚えの株の話など飲み屋で交わしていた。 あの時代にも冷静な目で社会を見ていた人も多くいて、こんなのは異常なことだと財布のヒモをしっかりと締めて、バブル崩壊後のダメージも最小限にとどめた人や企業も少なくない。 寒天も一時的な発熱と思うが製法が製法だけに来年度の発売までこの狂信的な消費者の関心が続くのか疑問である。また、売れ行きを当て込んで大量生産してしまう業者の安易な期待も危険なことだ。こんな馬鹿げたお祭り騒ぎで伝統製法を地道に守り続けてきた寒天業者の破綻を危惧するのは考えすぎだろうか? 現にバブル崩壊後、絶対につぶれないと思っていた銀行がいくつもいくつも合併や吸収で姿を消している。 世の中に絶対はない、寒天ダイエットをしたからといって必ず理想の体型になる保証もない。寒天とバブル経済を並べて論じるのも無理があるが、どうもこのブームというものには眉をひそめざるを得ない。
2005.07.21
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梅雨明けした。てことはえやこん始動だ。いいチモキなのだ。気象庁が梅雨明け宣言なるものを取り止め、梅雨明けしたものと見られる・・・という非常にあいまいな表現をするようになって、久しい。・・・・苦情も多かったんだろうな。気象庁でさえそんな具合だから、今の若い人の話し言葉の乱れなんて枚挙の暇がないほどだ。でも、今日はえやこんが効いているのでつべこべいうのは止そう。はぁ~、いいチモキ。
2005.07.18
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風呂釜が壊れた。正確には湯量を制御する装置が壊れ火はつくものの、お湯が出ない。水道水をバスタブに張り、追い炊きすれば何とかお風呂が出来上がる。そんなことが1週間ほど前におこった我が家のささいな事故。ガス会社、不動産屋、大家とさんざんやり取りをして、今日修理の人が来てくれた。小一時間ほど給湯器と格闘していたみたいだが、結局持ってきた部品と合わないからまたきますとのこと。おいおい、電話で給湯器の型番までちゃんと教えたではないかい。で、部品が届くのがあさって以降だと~ぉ。まさにガキの使いというものだ。どうも公共事業を扱う会社の人たちはお役人気質がぬけていない。自営やフリーの仕事で食っている者たちにすれば、そんなヘマは即、仕事からほされることにつながる。上っ面だけ丁寧な言葉遣いをしても、仕事に対する危機感や想像力に欠けているところが見られる。これが真冬に壊れていたら、我慢にも限界がきていたことだろう。真昼なら水風呂でもかえって気持ちのいいような季節に、壊れてくれたことをこの度の修理関係者は感謝すべきであるよ。
2005.07.16
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梅雨明けの声を聞くまでは「えやこん」はつけないぞ。ブレーカースイッチもOFFにしちゃうもんね。後何日じゃ。
2005.07.14
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小学5~6年生のころ、小椋佳を背伸びして聞いているうちに好きになった。歌詞の内容も把握できないまま、「さらば青春」や「白い一日」など口ずさんでいた。中学になったころ、小椋佳がヒット曲を連発し歌謡界でもてはやされるようになった。私の周りの友人でも何人かぽつぽつとファンが増えていった。そのころだろうか、小椋佳がやたらこむづかしい漢字を歌詞の中に使い始め、曲の優しい感じが好きで、意味もわからず聞いていた私は混乱するばかりだった。出す曲ごとにその度合いは増し、鼻につき始めて私は小椋佳を聞くことを止めた。一番最初に聞いていいな~と思ったのは「大いなる旅路」というテレビ番組の主題歌だった。確か曲のタイトルもそのままであったと思う。「風がふと運んだ、汽笛の音に・・・」というフレーズがあって、当時の生活の中でなにかうら寂しさを感じてしまう実感があった。今のように高いビルなどなかった時代、駅からは4~5キロも離れていたと思うが、夜中によく貨物車の入れ替えをする汽車の汽笛の音が風に乗って聞こえてきたものだ。まだ蒸気機関車が走っていたころだったから、その汽笛の音はマイナーコードで聞こえてきた。こむずかしい漢字にまみれた小椋佳を捨てた私は一気に歌詞のないインストゥルメンタルミュージックに切り替えてしまうのでした。
2005.06.24
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